サイドBプロローグ『道化師は嗤う』
第2章エクスプレス ダブルストーリーの裏の物語も始まります。
有明事件のあと、姿を毛したベルトコーネ、彼をめぐり、警視庁内にて新たな動きが起きます。
その席にて起こる事件とは?
サイドBプロローグ『道化師は嗤う』
スタートです
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「くそっ! 貧乏くじ引いたぜ!!」
一人の男が悪態をついている。
頭はパーマヘアのオールバック、濃紺のシャツに黒に限りなく近いダークグレーのジャケット上下、靴はリーガルキャリアのトラディショナルシューズ、一見するとその剣呑な目つきと、右顎脇にあるナイフ傷から本職の丸ヤの人物に誤認しかねない。しかし彼が居たのは警視庁本庁である。歌舞伎町でも寿町でもない。れっきとした警察本庁の刑事である。
所属は組織犯罪対策課の組織犯罪対策4課、役職は捜査員であり刑事、階級は警部補、荒真田康介警部補、特攻装警1号アトラスの相棒である。
「仕方ないだろ、康介」
苛立つ荒真田を諭しているのは特徴的な外見を持つ特攻装警アトラスだ。彼も所属は組織犯罪対策課の4課で暴対である。二人は本庁庁舎内の廊下を歩いている。そして、同フロア内の会議室目指して向かっているところだった。
ときに、カレンダーの暦は2040年の2月7日であり新年早々の難事件を回されてしまったのである。
「例のベルトコーネの動向で、4課独自の調査の結果、間違いなく東京都下のステルスヤクザが絡んでいる可能性が出てきた以上、合同捜査本部へ誰かが4課から出なければならん。ならば殺り合った経験のある俺が行くしか無いだろ?」
アトラスの説得を耳にして荒真田は頭を掻きながら溜息をつく。
「わーってるよ、お前と付き合って以来宿命みたいなもんだからな。お前と一緒にいると退屈する事はまずないしな」
「役得ってやつか?」
「言ってろ、ポンコツ!」
「骨董品と言ってほしいね」
「値段がつかないのにか?」
「解体屋にいけば10万円くらいにはなるだろう」
「もっと安いぞ? 最近チタンは値崩れしてるからな」
「それは困るな」
二人で互いに悪態をつきながら笑い合う。それは旧来からの親友であるかのように、呼吸をするように二人の息はピッタリと合っていた。思えば荒真田がアトラスの指導監督役に抜擢されたのは6年前のことだ。当時はまだ未知の存在であった特攻装警、それが暴対に配属されたとき誰かがアトラスと組まねばならなかった。それを荒真田にあてがったのは課長である霧旗で理由はただ一つ『若い者の方が思考が柔軟だから』と言う理由だった。
その時、荒真田がつぶやいた一言が――『くそっ! 貧乏くじ引いたぜ!!』――だった。なにかと面倒に巻き込まれることの多い荒真田の場合、それは口癖のようなものだった。
それから6年の時間が過ぎ、様々な苦難や事件を解決するたびに二人の絆は強くなっていく。アンドロイドと人間――、その優れたパートナーシップは、アトラス以後の特攻装警を配備する上で重要な試金石として、警察内外の多方面から高く評価されている。
同じフロアの中の大会議室。そこに設けられていたのはとある事件の合同捜査本部だ。
【 有明1000mビル襲撃事件逃亡アンドロイド追跡合同捜査本部 】
その会議室の入口にはやけに長ったらしいタイトルが付けられている。一般に“戒名”と呼ばれる捜査本部の名前のことだが、こればかりは昭和の頃からいつになっても変わらない。もっとシンプルなものにしようと言う意見もあったが、試行錯誤したすえにやっぱり今までのほうが良いということになった。年間に数えきれないほどの事件が発生する中で、それぞれの事件を簡単に識別して、それでいて事件内容がすぐに分かるようにするには、多少長くなっても詳細に説明されたタイトルのほうが良いということなのだろう。
二人はその捜査本部を見つけると、静かに中に入っていく。すると、まだ若干早かったのか、中にはそれほどのたくさんの捜査員は集まっていなかった。荒真田がつぶやく。
「ずいぶんすくねぇな」
「まだ、これからだろう。かなりいろいろなセクションから来るって話だからな」
「そんなにか?」
「あぁ、捜査1課、警備部、武装警官部隊、情報機動隊、それから俺達の組織犯罪対策――警視庁の強面のオールキャストだ」
「しゃーねーか、何しろ拘置所から力技で逃げられたからな」
「かなりの被害者も出ている。なりふりかまって居られないさ」
「ちげぇねえ」
そんな事を話しながら二人は並んだ席の一番後ろへと陣取る。こう言う合同捜査の場では余り目立つような場所には座らない主義であった。一般的な背広姿の刑事職員の前では自分たちの姿は浮いてしまいやすいためだ。それに必要以上に目立って迷惑がられることもある。
一番後方の一番隅っこ。そこでおとなしくしていると、合同捜査に参加する面々が次々に姿を現してくる。
「来たぞ」
「ん――」
折りたたみ椅子に腰掛けてくつろいでいた二人だが、他の警察職員が現れたことで、居住まいを正す。そして、続々と入ってくる面々に視線を走らせる。まず入ってきたのは刑事部の面々だった。背広姿の刑事たちが続々と姿を現す。そして、その最後を締めるように登場したのはフィールの上司である大石拳吾課長である。
「お、大石課長直々じゃねぇか」
「この案件はあくまでもベルトコーネの逃走中に発生した殺人事件の捜査がメインだからな、刑事部の捜査1課が仕切るのは当然だろう」
「なるほど。それじゃ俺達はあいつらの水際案内人ってわけだ」
「そうなるな」
「めんどくせぇ、素直に言う事聞いてくれればいいが」
「そうぼやくな、問題が有れば大石課長に俺から直接話しておく。俺達のシマで捜査1課のやり方をされたら間違いなく人死にが出る」
「ちげぇねぇ。昔のヤクザと今のヤクザは全く別物だからな」
部署が大きく異なるとやり方や流儀が全く異なるということは珍しく無い。捜査1課と組織犯罪対策4課、水の中の生き物に例えればイルカとサメくらいに違いがある。その彼らが同衾するのだ、揉めないと言う方が無理というものだろう。
それから少し遅れて登場したのは警備部の警備1課、近衛課長と警備部の職員数名、そして、特攻装警5号のエリオットだ。
「おー、お前の弟来てるじゃねーの。でもいつもと少し格好が違わねぇか?」
「なに?」
荒真田の言葉に視線を向ければ、そこにはいつもの特殊兵装を全て外して特注のジャケットを羽織ったエリオットの姿が有った。通常は出動要請があるまで待機状態で居ることがほとんどなのだが、今日に限っては特殊兵装を全てオフにした状態で現れていた。
入室した時点で近衛がアトラスと荒真田に気づいていた。警備部の制服姿の近衛が手を上げて挨拶すれば、アトラスも荒真田も会釈して返礼をする。荒真田は暴対での駆け出しの頃のほんの僅かな期間、近衛と同じセクションに居た記憶がある。たとえ短期間でも同じ釜の飯を食った間柄である、荒真田にとって近衛は尊敬に値する大先輩である。
その近衛は警備部の職員を席に座らせると、エリオットを伴ってアトラスたちのところへとやってくる。自然に荒真田も緊張せざるを得ない。先に声をかけてきたのは近衛である。
「久しぶりだな康介」
「先輩もお元気そうで。このあいだの有明じゃ大活躍だったみたいですね」
「余り目立つのは主義じゃないんだが、結果として目立ってしまったからな。ああ言うのはこれっきりにしたいものだな。そう言うお前もアトラスと一緒に実績を上げてるそうだな」
「実績というか、コイツのおこぼれをもらってるようなもんです。まぁ、死なない程度にやってますよ」
「無理はするなよ。また色々ときな臭いのが動き始まったみたいだからな」
「カミソリですね? 話は聞きました」
「名前と素性を隠蔽して別人になっている。企業舎弟関係の動向には注意しろよ」
「わかってます。アトラスと基礎調査はすでにやってます。何かつかめたら先輩のところにも情報を流しておきますよ」
「頼む。私自身を向こうもマークしているみたいだからな」
「気をつけてください」
「無論だ」
手慣れたやり取りで会話を交わすと、近衛の言葉はアトラスの方へと向いた。
「また、お前の手を借りることになるな」
「いつもの事です。それよりエリオットを連れて来てますね」
「あぁ、コイツか」
そう答えつつ、視線でエリオットの様子をうかがう。いつもの重武装姿とは異なり、追加武装や追加装甲を全て外し、ヘルメットも外してオフにしている。そこにアーマーベスト風のジャケットを羽織れば一般捜査任務時のオフ仕様のエリオットとなる。いつもの重武装兵器そのものの姿とは異なり、頭部は生身の人間とほとんど大差なかった。ブラウンのショートヘアで瞳はダークグレー、それに加えて欧米風のやや日本人離れした顔立ちである。
「大石からの要請だったんだ。ベルトコーネの追跡調査でアトラスたちと同行させたいと言うのでな」
「エリオットを俺達と――っすか? 先輩?」
「あぁ、おそらくベルトコーネと遭遇した際の非常戦闘を想定したのだろう。暴走状態のベルトコーネと生身の捜査員を鉢合わせるのは自殺行為だからな。それにかねてから戦闘活動以外での任務にエリオットを従事させることも考えていたからな、ちょうどいい機会だ。お前たちの手を煩わせることもあるかもしれんが指導鞭撻、よろしくたのむよ」
近衛がそういい終えれれば、エリオットもついいつもの癖なのか敬礼で答える。
「よろしくお願いいたします」
「あぁ、よろしくな。それとだ――」
荒真田は笑みを浮かべながらエリオットに告げる。
「おれたちについてくる気なら敬礼はやめておけ。警察だとまるわかりになるからな。犯罪捜査も時と場合によっちゃぁ警察であることを隠さにゃならないこともある。これは俺の勘だが――今回の事件、久しぶりに暴力団組織のどまんなかに突っ込む事になる。お前が今まで居た世界とは180度反対の別世界の話になる。そのためにも組織犯罪捜査に必要なイロハを叩きこむから覚悟しておけ」
「エリオット、そう言う事だ。しっかりついてこい」
アトラスがエリオットに告げれば、エリオットははっきりと頷いた。
「肝に命じます」
その時、長年に渡り染み付いた修正なのかエリオットはつい右手で敬礼をしてしまう。その反応に荒真田も近衛も苦笑せざるを得ない。
「コイツは骨が折れそうだな――、基礎から叩き込まないと」
「無理があるのは承知している。だが、お前なら出来るだろう? なにしろアトラスとのコンビだからな」
「そりゃそうですが――、しかたない。腹くくりますよ」
「頼むぞ――。代わりに今度奢ろう」
「ほんとっすか? 期待してますよ?」
近衛の言葉に荒真田も砕けて答える。そして、近衛は軽く手を振りながら戻っていく。近衛は警備部代表として最前列に座ることになる。そのエリオットと近衛の後ろ姿を眺めながら荒真田はなにやらつぶやいている。
「なんか、お前の弟、まるっきり軍人みたいなヤツだな」
「それはよく言われるよ。警察らしくないってな」
「軍人みたいな警官がやってきて、所轄の刑事とコンビを組む――むかしそんな映画がどっかにあったな」
「見覚えがあるな。みのりと一緒にネットビデオで見たことがある。アメリカ映画だな」
「そうそれ、タイトルなんだっけ」
「レッドブル」
「そうだそれだ。ロシアの軍警官がニューヨークに来て大暴れした映画だ。主演誰だっけ?」
「シュワルツネッガーだな」
アトラスのその言葉を耳にして荒真田は吹き出しそうになる。
「康介? どうした」
「いや、すまん――」
こみ上げる笑い声を荒真田は必死におさえていた。そして、漸くに堪えきると吹き出しそうになった理由をアトラスに打ち明けた。
「――ヘルメット脱いだお前の弟とシュワルツネッガーがなんとなく似てたんでな」
アトラスも想像以上にツボに嵌ってしまったらしい。荒真田に告げられて瞬間的に吹きそうになる。それを必死に堪えるとアトラスは荒真田に抗議した。
「康介、それ反則だ。確かに誰かに似ているとは思ったんだが――」
今現在の場所柄、声を上げて笑う訳にはいかない。残る他のセクションからの参加者も続々と入室してきている。そんな中で二人とも思い出し笑いをこらえるのにしばらく苦労することとなった。
それから会議がはじめられたのは20分ほど後のことである。
その会議室に集まったのは総勢で60人ほど。
主力は捜査1課で、そこにアトラスたちが所属する組織犯罪対策部など様々なセクションが特別支援として加わる。
参加対象は組織犯罪対策2課の国際犯罪組織捜査係から数名、4課の暴力犯特別捜査係からアトラスと荒真田を含む数名が参加、警備部の警備1課からエリオットを代表として連絡調整役として数名、そしてさらに、武装警官部隊・盤古の東京大隊より大隊長妻木を筆頭として連絡調整役として数名、さらには特攻装警ディアリオを擁する情報機動隊の姿も有った。実際の捜査ではこれに所轄の捜査員が加わることとなる。その協力対象となる所轄署である第7方面の本部長や所轄署の代表の顔も見られた。
そもそも、この会議は警視庁内での捜査方針の確認の意味があり、すべての捜査員が揃っているわけではない。すべての人員を揃えれは200人から300人程度の規模となるはずだ。
「そういや」
「どうした、康介」
「いや、お前の新しい弟のところが来てないな」
「あぁ、グラウザーか。あいつは来ない」
「来ないって――、ベルトコーネとやりあったんじゃねぇか。居たほうが良いんじゃねぇか?」
「いや、この間のクリスマスにお台場で起きたひったくり事件で、もう一つの逃亡マリオネットを補足しているんだ。第1方面本部や捜査1課の別働隊に協力している」
「だからこっちには来られないってわけか」
「そう言うことだ。何しろ特攻装警はまだまだ頭数が足らないからな。それに今回のこっちの事件は東京拘置所のある葛飾区で起きている。あいつは港区、第1方面と第7方面の所属の違いもある引っ張りだすのは少々難しいな」
「なるほど――、それならしゃーねーな」
有力な戦闘要員として荒真田も期待していたのだろう。アテが外れてため息をついていた。
その後、それぞれの所属別に固まりながら最前列の壇上には捜査1課課長の大石拳吾警視正を中心として、捜査1課の管理官が数名、組織犯罪対策2課課長、組織犯罪対策4課課長の霧旗警視正、警備1課課長の近衛警視正、武装警官部隊東京大隊長の妻木、情報機動隊隊長の鏡石が並んでいた。
だが、そこにやや遅れて新たに加わるメンバーが居た。その顔ぶれを見て、刑事警察の面々からざわめきが起こる。
「なんでアイツラが――?」
驚きを持ってつぶやいた荒真田だったが、ざわついていたのは彼だけではなかった。刑事部に関わる者たち全員が遅れて現れた者達の姿に不快感を表している。だが、それを露骨に嫌悪する様子は無くその場は速やかに落ち着きを取り戻していく。
荒真田が口にした疑問の言葉にアトラスは答えを持ち合わせていない。だが、おおよその理由と事情は察する事はそれなりに出来る。アトラスも思わず驚きながらつぶやいた。
「公安4課?!」
「いや、4課だけじゃねぇ。公安捜査も来ている。いや、外事もだ。どう言うこった?!」
遅れて現れたのは公安部の人間たちだった。そこにはディアリオを擁する公安4課も同行しており、4課課長の大戸島の姿もある。頭髪をヘアワックスできっちりとしたオールバックに貼り付け、細身の色付きメガネで視線を隠した姿があまりにも印象的だった。
公安部と刑事部は水と油だ。そもそもの方針が根本から異なる。その彼らが刑事警察の集まる場へと姿を表している事自体が驚き以外の何物でも無い。ざわめきがさざなみのように会議室の中へと広がる。だが、それを打ち消すように捜査1課の管理官の一人が叫んだ。
「静粛に!」
それをきっかけとして水を打ったように静かになる。それに続いて捜査1課課長の大石が告げた。
「思うところがいろいろとあるのは分かるが、現在状況に対しては改めて説明する。今は緊急事態だと心得てほしい。それでは全員揃ったようなので早速始めようと思う。柊木管理官」
「はっ!」
大石に命じられて管理官の一人が立ち上がる。そして、手元の小型マイクを用いて発声する。
「それではこれより、有明1000mビル襲撃事件における容疑アンドロイドの逃走事件の捜査会議を始める!」
柊木管理官の宣言により会議室に緊張が走る。もはや雑談はもとより咳すらもためらわれるだろう。そして間をおかずに柊木管理官により事件状況の確認が行われた。
「まずは事件状況の確認から始める!」
場の視線が一気に壇上へと集中する。その隣で女性職員が大型のディスプレイスクリーンに表示される資料や画像を操作していた。
「まず第1の事件は昨年の11月3日に江東区有明の通称・有明1000mビルにて発生した国際サミット襲撃テロ事件である。本襲撃事件では通称マリオネット・ディンキー、本名ディンキー・アンカーソン率いるアンドロイドテロ集団により大規模なビル破壊テロ行為が行われ、サミット来賓が襲われている。なお、同事件は本庁警備1課課長の指示の下、機動隊、武装警官部隊、情報機動隊、ならびに全特攻装警の卓越した連携により、サミット来賓の一人の死亡者も発生させることなく事件を集結させることに成功している」
管理官の言葉から、場の視線の一部がアトラスとエリオットに向けられている。あの事件では特攻装警たちの能力の高さと重要性が改めてクローズアップされることとなった。壇上席からは近衛が満足気にアトラスたちに視線を向けているのが判る。
「事件終結後、襲撃犯首謀者集団であるディンキー・アンカーソン1名と配下のアンドロイドの6体が緊急避難行為として撃破・破壊され残骸が証拠物件として確保されている。なお、ディンキー・アンカーソンはすでに死亡しており、当事件を引き起こした時点でダミーのアンドロイドに置き換えられていることが判明した。これについてはICPOを通じてイギリスのスコットランド・ヤード等の各国警察諸機関に事実確認を行っている段階である」
ディスプレイには収容された破壊済みのアンドロイド体の参考映像が表示されている。解体され偽装アンドロイドであったことが判明したディンキー本人をはじめ、アンジェ、マリー、ジュリアの残骸、ディアリオに撃破されたガルディノ、センチュリーにより破壊されたコナンが映しだされていた。
「その後、事件現場から逃走を図った3体のうち、個体名メリッサが特攻装警第6号のフィールによって確保されているが、証拠隠滅機能を正体不明の第3者に実行されたことにより自壊・炎上しており、現時点まで重要な証拠となる情報はメリッサからは得られていない状態である」
当然ながらメリッサの燃え残った残骸も映しだされた。残念ながらメリッサが首謀者だとは考えにくい。それだけに彼女が炎上してしまったのは痛恨だった。
「のこる2体のうち、女性形の1体、個体名ローラは無傷のまま逃走に成功、現時点に至るまでその身柄は補足できていない。なお、ローラの追跡については別の捜査本部にて追跡捜査が続行されている。これについては後ほど改めて説明する」
ローラ――、全くの無傷のままに逃走に成功したマリオネットの一体。決して戦闘能力は高いとは言えなかったが、放置していい存在ではない。
「さて、残る1体の個体名ベルトコーネだが、これは事件現場において全特攻装警による総力戦の末、見事撃破された。極めて高い戦闘能力を保持しており、武装警官部隊にも多数の殉職者が発生している。そして、現場にて機能停止が確認された後、厳重警備の上で東京拘置所付属の犯罪性アンドロイド収容施設にて確保・分析が行われた。その際、完全機能停止が所定の分析装置により確認され、そののち48時間を経過してもなお全機能の停止が確認されているため、分析を担当した警視庁科捜研では完全機能停止と破壊完了を宣言、詳細な分解調査のため、警視庁科捜研へと搬送が行われることとなった。葛飾区小菅の東京拘置所から練馬区石神井の科捜研へと移送途中、完全停止していたはずのベルトコーネが突如再起動。首都高速中央環状線の新板橋ランプ付近を走行中に、移送任務についていた護送職員2名を殺害、移送車両を破壊した後に車両運転手1名も殺害し逃走した」
ついで表示されたのはベルトコーネ逃走時に破壊された移送車両と同乗していた4名の警察職員の顔写真である。3名の命が失われ1名がかろうじて助かっていた。何の罪もないのに無残に殺害されたのである。だが、事件はそれで終わったわけではなかった。
「この時、移送車両の破壊により、追突事故が誘発され民間人に死亡者が1名、重軽傷者が7名発生している。この追突事故の発生とそれにともなう大規模渋滞の発生により事件現場へと到達するのが遅れる事態が発生した。これにより容疑アンドロイド・通称名ベルトコーネの確保と追跡に支障が発生し、池袋付近にて消息を断たれる結果となった。その後、本日に至るまでベルトコーネと認められる違法アンドロイドの確認と確保に至ってない。事件経過については以上である」
柊木管理官の説明が終れば、大石がさらに言葉を続ける。
「事件の経過については以上だ。続いて、各部署からの現時点での確認情報について報告してもらう。まずは警備部」
大石がそう告げれば、呼びかけに応じて警備部代表として近衛が立ち上がった。
「警備部、警備1課の近衛です。警備部からの確認情報について説明します」
一呼吸間を置いて近衛は説明を始めた。
「警備部では事件当時、事件発生の知らせを受けて警備部で保有する特攻装警5号機エリオットを待機させると共に事件発生現場周辺に機動隊数十名を展開、一般市民を保護すると同時にベルトコーネとの接触を警戒しました。その後、現場である高速道路の軌道から離脱し、一般道路沿いに逃走を開始したベルトコーネを数名の隊員が視認しますが、その後の追跡に失敗、その脚力による逃走を許してしまい、現時点に至るまで未確認です。なお、目撃した機動隊員からの報告では、有明での機能停止時点での破壊状況より変化が見られており、ある程度の自己修復が行われたと判断すべきだと考えます。警備からは以上です」
近衛の報告が終わると、再び大石が告げる。
「では続いて、組織犯罪対策部」
大石に求められて立ち上がったのは組織犯罪対策部4課の理事官である大下警視だ。霧旗課長の下で4課の陣頭指揮を執る人物だ。
「組織犯罪対策部4課の大下です。ここでは2課と4課での調査結果を同時に報告させていただきます」
暴対の人間だと言ってもさすがに理事官クラスとなると端正に背広を着こなしている。その辺は最前線で捜査活動を行う荒真田とは大きく異なっている。
「事件発生後、我々組織犯罪対策4課では、捜査対象であるベルトコーネが密入国時に広域暴力団組織・緋色会の援助を受けて上陸したという事実を考慮して、緋色会とその下部組織の動向をマークしました。その結果、最終的にベルトコーネが消息を絶った北池袋地区周辺にて、緋色会の1次傘下団体の関連フロント企業が活発に活動していたとの情報を掴みました。また2課の調査により緋色会以外の各種海外系組織――具体的には中華系の台湾幇・香港18K・トライアド、ロシアン・マフィア、アフリカ系組織、イスラム極左支援団体もベルトコーネ逃走以後に活発に動いていたとの情報を得ています。いずれもがベルトコーネの捕獲・懐柔を目的としていたのは間違いありません。ですが、現時点で何処かの組織がベルトコーネの捕捉に成功しているとの情報は得られていないため、今なお調査活動を続行しております。組織犯罪対策よりは以上です」
大下理事官の報告を受けて大石が答える。
「では次に情報機動隊」
大石のその声に応じたのはディアリオを擁する情報機動隊だ。まず先だって立ち上がったのは隊長の鏡石である。
「情報機動隊隊長鏡石です。こちらからの情報については我が隊の特攻装警ディアリオから報告いたします」
そして、ディアリオは鏡石からの目配せを受けて立ち上がる。
「情報機動隊所属、特攻装警4号のディアリオです。これまでに当隊で把握した情報について報告させていただきます」
ディアリオがそう告げながらディスプレイに画像を表示していく。はじめに映しだされたのはそれまでにディアリオや特攻装警たちが確認したベルトコーネの姿だった。
「まず、今回の案件で追跡対象となるベルトコーネですが、先の有明事件において特攻装警第7号機グラウザーとの格闘戦により打撃による大規模なダメージを受けており、一時は完全に機能停止までいたっております。ですが、今回の暴走逃走事件に至ったことにより判明しましたが、かなり高度な自己回復能力を有しており、ほぼメンテナンスフリーで活動を続行出来るものと推測されます。また、有明事件やそれ以前の南本牧埠頭事件でのデータから、その打撃能力は単なる物理的な格闘戦闘能力に限らず、何らかの手段で打撃能力を強化している物と推測されます。その能力詳細と原理は残念ながら情報不足で確定はできませんが、これはベルトコーネとの戦闘が単なる機械白兵戦にとどまらず大規模な破壊戦闘を伴うことを示唆しています。今後、ベルトコーネを発見しても有効な戦闘手段が無いのであれば、追跡と詳細把握のみに務めるべきだと判断します」
そして、さらにディスプレイの映像は変わって行く。
「続いて逃走事件以後のベルトコーネの動向について情報機動隊での追跡結果についてです。我々情報機動隊ではネット空間上の情報や、都市内の様々な防犯カメラなどを通じてベルトコーネの存在を追跡してきました。その動向から足跡が北池袋付近にて途絶えたことは判明しています。しかし問題はそこからです」
ディアリオはディスプレイに北池袋での最終目撃データを中心にベルトコーネの様々な消息情報を時系列に基づいて表示させていく。
「通常、この様な逃亡案件では肉眼での目撃情報が途絶えても、それ以外の様々な手段やメディアを通じて何らかの足跡や消息情報が追跡できるはずです。物理的な足跡が全く消え失せてしまうことはありえず、何らかの手がかりが残されている筈だからです。ですが、今回のベルトコーネのケースに関してはこの北池袋での足跡の途絶以後、手がかりとなる情報は何もつかめていません。これは、この情報化された大都市東京においてはありえない状況であると言わざるを得ません。しかしながら、我々情報機動隊ではこの状況を生み出し得る唯一の存在にすでに遭遇しております。その資料映像がこちらです」
そして、ディアリオはとある人物の画像を表示させる。
それはピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。
赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼の名は――そう、クラウンと名乗っていた。
そのクラウンの姿は実画像ではなく、CGによる再現画像だった。その映し出された画像に対してディアリオは説明を続ける。
「CG再現画像で恐縮ですが、私の肉眼では視認できていたのですが、デジタル記録に保存した段階でまるでレンタルビデオを不正ダビングしようとしたみたいにスクランブルがかかってしまい再生が困難な状態にあります。この画像は私の記憶を頼りに再構成したものです。ご了承ください」
ディスプレイに映し出された人物画像について、組織犯罪対策の霧旗が思わず疑問を口にする。
「そんなことがあるのかね? アンタの“目”では見えていたのだろう?」
霧旗が呈した疑問にディアリオは簡潔に答える。
「あくまでも推論ですが、一般的なレンタルのDVDなどでも、デッキで再生する分には正常に表示されますが、これを何らかの手段で不正に複製し保存しようとすると画像が乱れて再生が困難になるケースがあります。おそらくはそう言ったスクランブル信号を含んだパターンであると推測されます」
「なるほど、分かった」
その説明に霧旗も頷かざるをえない。
「この画像の人物ですが、個体名はクラウン、私が有明1000mビルの内部にて遭遇した人物で、ベルトコーネと同じ、ディンキー配下のアンドロイドである個体名ローラを拉致して連れ去った人物です。その正体素性は一切不明であると同時に、詳細不明な手段による高度なステルス能力を持ち、さらにはマグナム弾丸の射撃すらも無効化するほどの特殊な防御力を備えています。この人物について我々情報機動隊では有明事件以後も調査を続けてきました。ですが、ネット上では都市伝説レベルで参照にすらならない噂話程度の情報しか確認できませんでした。そこで、現在今なお、調査を続行していますが進展は無い状態です」
会議室に困惑に満ちた空気が漂っていた。おぼろげなイメージのみで具体性に何一つ乏しい情報は捜査の妨げになりかねないからだ。だが、ディアリオは続ける。このクラウンなる人物について知らせなければならない必然性があるためだ。
「今回、この人物についてご報告した事には理由があります。まず、有明事件の被疑者集団の残党2名のうち1名を拉致・保護したのが紛れもなくこの人物であるということ、さらには昨年のクリスマス・イブの12月24日に中央防波堤無番区の市街地にてこの人物を目撃したという証言が得られたためです。つまり、この人物は実在であり極めて高度な技術力を有していること、また画像情報の保存が困難であるため視認がしにくいこと、いつどこに出現してもおかしくないこと、などから個体名ローラと同様にベルトコーネとも遭遇していた可能性も考えられるためです。もしそれが事実であるとするなら、その高度なステルス能力によりベルトコーネの足跡が抹消されていると考えてもおかしくないためです」
そのディアリオの発言を受けて大石が告げた。
「なるほど、それではベルトコーネの追跡調査を行う際に、この人物に遭遇する可能性もわるわけだな?」
「はい、かなり高い確率で姿を現すでしょう。ですが、生身の人間ともサイボーグともアンドロイドとも判別できないため、接触時に強引な行動は慎むべきかと思います」
「判った」
大石はそう答えると、会議室の全員に告げる。
「皆に告げる。本件の捜査にあたるさいはこの人物については十分留意するように。目撃時のいかなる情報も捜査本部に報告し記録する事だ。いいな!?」
「はいっ!!!」
大石の言葉に一斉に返答がなされた。そして、さらにディアリオが告げる。
「そしてさらに、今回の事件の背後関係について新たに得られた情報があるのですが、コレについては私ではなく、公安部の方から報告させて頂きたいと思います」
ディアリオが告げる。そして、会議室にやや遅れて姿を現した公安部が一斉に動いていた。情報機動隊を擁する公安4課、かつては記録情報の整理と管理が主任務だったのだが、組織再編によって、より能動的な情報収集と情報犯罪への攻撃的な対処が可能な組織へと改変がなされた経緯がある。
その公安4課の課長である大戸島がディアリオの後を受けて説明すべく立ち上がった。
刑事警察の場に公安が現れる。それだけでも大事なのだが、そもそも合同捜査となる事自体がこれまでは考えられない話だ。しかし、それが目の前に居る。その事実だけで場に緊張が走っている。
しかし、立ち上がった大戸島にそれを気にする素振りは全く無く超然としていて一切の気後れはしていなかった。三つ揃えのスーツを着こみ鋭い視線をたたえたまま、鏡石の上司はよく通る低い声で話し始めた。
「改めて失礼いたします。公安部公安4課、課長大戸島です。今回の合同捜査の件、ご協力、まことに感謝いたします」
しかし、その言葉を持ってしても、その場に漂う不信感は拭いようがなかった。大戸島はそれらを気にすること無く平然と語り続けた。
「この場にお集まりいただいた皆様には、いささかの違和感がお有りかと思います。ですが、大変に切迫した状況にある事をご承知頂きたい。そもそも、本事案において我々公安が介入したのには理由があります。それは今回の有明事件の主犯であるディンキー・アンカーソン一味の背後に存在している国際犯罪組織が非常に厄介、かつ危険なものであるためです」
そして、その言葉を受けるように、ディアリオがその傍らで大型ディスプレイにデータ表示を始める。そこには、アジア、アフリカ、南アメリカ、南半球世界のありとあらゆる名だたる反社会組織が映しだされようとしていた。
中近東のISIS、中央アフリカのボコラハム、ヒズボラ、新人民軍、メキシコの麻薬カルテル、ロシアンマフィアのブラトラ、ケニアのムンギギ、中南米のMS13、ロス・セタス、ブラジルのPCC、中華圏のトライアド、インドネシアのジェマー・イスラミア、台湾幇………そして、日本のヤクザマフィア
中には相互に利害対立していて到底、同参は不可能な組織の名前すらも有る。一見するとそれが意味する物が何であるのか、容易にはわからない。この会議場に居合わせた人々が狐につままれたような表情を浮かべている中で、大戸島は冷静な表情の中に深刻さを滲ませながら口を開いた。
「我々はディンキー・アンカーソンが日本に上陸した際に支援関係に有った組織の名前を独自に入手していました。同時に、特攻装警第3号機のセンチュリーも独自にその組織の名称を調べあげていたことも判明いたしました。この組織の名称は〝ガサク〟、アラビア語で〝黄昏〟を意味しております。そして、この組織がこれまでの犯罪組織やテロ団体とは思想や行動方針が全く異なる新しいタイプの組織であることも掴みました。今回のベルトコーネの消息追跡において彼らに遭遇する可能性が高いことをご承知いただきたいのです」
大戸島が告げた言葉は深刻さを帯びていた。自然に場を仕切っていた大石から改めて質問の言葉が投げられる。
「新しいタイプの組織――とは?」
その言葉に反応して視線を返してうなづくとディアリオに命じながら更に言葉をつづける。そこにはガサクの行動の具体的なパターンが示されていた。
「本来、反社会組織というのは、それ自体が活動の母体となる中心的な拠点や指導者を持ち、一定のエリアを支配下に置きながら活動しています。かつて我が国で科学薬物によるテロ事件を引き起こした某団体もそうでした。反社会組織というのはいかに巨大になろうと、いかに広範囲に広がろうと、決して命令系統と言うシステムから逃れることはできません。そして、その命令系統とその中枢部を維持し、拡大し、その機密性を守るために、それぞれが独自のドグマや教義を持つように至ります。さらには時間の経過とともに手段が目的化しより複雑化する。そう言った犯罪性組織の成り立ちを我々は今までにたくさん見ている。しかしながら、それらは個々の組織によって独立しており全く別個のものです。一時的な協力関係は発生してもすぐに利害対立が表面化してまた離合集散を繰り返します。それが故に我々警察の対処は可能でした。たとえ相手が我々の何倍もの組織規模を持っていたとしてもです」
大戸島のその言葉を否定する者は誰も居ない。それは警察として治安を守るものとして、常日頃から向き合っている現実だからだ。大戸島はさらに語る。普段、いかなるときも冷静であり感情を表に現さない彼がめずらしく熱を帯びた言葉で語り続けていた。
「ですが今回、ディンキー・アンカーソンに関する案件にて存在が判明した“ガサク”――、この組織だけは根本からそのロジックが一切通用しないのです」
会議場に大戸島の言葉が響き渡る。そして、その言葉の真意を確かめるように声を発したのは、あの時、有明ビルの最前線で死闘を演じたアトラスであった。アトラスは挙手の上で大戸島へと問いかけた。
「大戸島警視、それはどう言う意味です?」
アトラスには疑問があった。組織犯罪対策というセクションで、常に闇社会組織と向き合い続けてきたアトラスにとって、今以上に特殊性に満ちた組織など有るのだろうか? 想像力の外と言う他無く全く想像すらつかなかった。だが、その疑問を出さずに居られるアトラスではなかった。
「特攻装警の第1号機として、そして組織犯罪対策部で日進月歩で次々に新顔が現れる闇社会の最前線で私は戦い続けてきました。警視がディアリオに命じて表示させた反社会組織はいずれもが既存の反社会組織や犯罪性組織の範疇に収まるものであり、新しいタイプの組織が現れたとしてもそれらを大きく超えるとは到底思えない。しいて言えば、現在我々が対応に苦慮しているステルスヤクザなどがそれにあたる。一般社会はもとより犯罪社会の側からも視認しにくいほどに地下潜伏を徹底させている彼らは、時代の移り変わりと社会のネット化によって生まれた新しい形態の反社会組織と言えなくもない。警視にお尋ねしたい。ガサクはそれすらも超えるというのですか?」
アトラスの問いは切実なものだった。時代の移り変わりは社会概念や技術の進歩、その他、様々な要因が重なり合って生まれる。犯罪のあり方も、それを抑止する手段や方法も常に変わり続ける。それに対処し続けるのは警察の宿命であり絶対条件だ。その必要性はアトラスも承知の上だ。
その時、大戸島はアトラスのその問いにはっきりと頷いていた。何の迷いもなく明確にアトラスの問いを肯定している。そして、大戸島はその口で告げる。
「その通りです。ガサクは我々が、否、世界中の法治組織が体験したことのない全くの新種の組織と言わざるをえない物なのです」
そしてディアリオが大戸島に命じられて写しだしたのは有る模式図だ。そこには架空の複数の組織がカラフルな円で示されている。
「そもそも、ガサクは明確な実態を持たない組織です。例えば、この模式図に示したように複数の組織が存在したとします。これらを仮に組織A、組織B、組織Cとします」
そして、それらの組織が架空の国家を示す色地図の上に配置されている。
「当然、これらの組織はそれぞれが拠点とするエリアや国家や都市に根を張り、そこから大きく動くことはまずありません。自らが支配域とするエリアを堅持し、それを拡大するように動く。時には互いが互いを攻撃し合い、あるいは利害関係から一時的に協力しあうことも有る。しかしそれらは本来一時的な利害に端を発する者でしか無い――はずでした。だが――」
そこにさらに描かれたのは3つの組織の間にまるで糊か接着剤かスライムの様に入り込む異物だった。それは活発に動く3つの組織の間でクッションの役割を果たしつつ巧妙に密着しているかのように見えた。
「そこに新たに姿を合した存在こそが“ガサク”です。彼らはこの図に示す通り、組織と組織の間に立ち、衝突と潰し合いを防ぐ役割をします。さらには、過剰に組織と組織が結びつくことを防ぐことすらする。また、さらにはそれぞれの組織同士が協力しあう必要が生まれた場合、それらを仲立ちして、やがては恒久的な相互交流関係を生み出すことすらやってのける」
その時、近衛が感想を口にする。
「なんだか、反社会組織の互助会の様な感じがしてきますな」
近衛の言い得て妙な表現に大戸島は頷いた。
「その表現は決して間違ってはいないと思います」
だが近衛もただ頷くだけではない。彼なりの疑問を指摘した。
「しかし、これらが事実だったとして、単に利益供与や組織間交流の仲立ちだけで、先ほどのリストに挙げられた名だたる組織と関係を結ぶことが本当に可能なのですか? 特に宗教的な違いや、民族間抗争のよる対立や反目は乗り越えることは不可能に近い。よほどの利益と究極的な目的でも無い限りは」
「いい質問です。いやむしろ当然の疑問でしょう。だが、ガサクはそれをやってのけた。なぜなら彼らには極めて強力な取引材料となる物が存在しているからだ。それを求めて今や世界中の反社会組織や犯罪性集団がガサクとのコンタクトを取ろうと躍起になっている。ガサクと取引できるのであれば多少の対立感情は眼をつぶるべきと言わんばかりに」
「では、その取引材料とは一体何なのです?」
近衛の問いに大戸島は一瞬沈黙する。だが会議場に集まった人々全員に目配せすると、はっきりとこう告げたのだ。
「アンドロイドの安価で確実な開発製造技術です」
沈黙が訪れた。誰もその次の言葉が言えない。驚きと、呆然と、恐怖と、多大な不安とが、集まった人々の脳裏を一瞬にして支配したがためだ。
「無論、製造技術にとどまらず、改造強化ノウハウのレクチャーやアドバイス、さらにはアンドロイド開発を用いた現金獲得手法の後押しまでやってのける。恐ろしいほどの技術力と組織浸透力です」
あってはならない事実だった。起きてはならない事態だった。それは日本警察が特攻装警という形でアンドロイドを導入することに成功した時から、同じことが犯罪者や反社会組織の側に起こることを誰もが強く懸念していたからに他ならなかった。大戸島はさらに続けた。
「加えて、昨年に起きた有明事件の一件が、アンドロイドによるテロが大都市部でのテロ犯罪に大変有効だと世界中に知らしめてしまった。しかも、それを成功させるにはそれなりの戦闘能力を持つアンドロイドが必要だということもです」
大戸島の言葉に近衛が語る。
「確かに――、ディンキー・アンカーソンのマリオネットの存在がもたらしたインパクトは非常に大きかった。高レベルな戦闘能力を持ったアンドロイドやロボットの需要が増えるのは、当然の流れといえるだろうな。しかし、そういった存在がそう安々と手に入るとは限らない。現に、ディンキー・アンカーソンの場合、ディンキー自身が優れた技術者であったと言う側面も影響して――」
近衛は慎重に言葉を選びながら語り続けたが、ある事実に気づいて言葉を失う。そして、おのれの中に湧いてきた不安を形にして大戸島に問いかけた。
「ま、まさか――!」
近衛は思わず立ち上がる。
「ディンキーと同等の物を『奴ら』も提供できるとでも?」
近衛が叫べば、大戸島は静かに頷き返した。
「近衛警視正の仰るとおりです」
降りかかる絶望的な事実のその重さに誰もが気づいていながら、それに対抗するべき言葉も手段も容易には思いつかない。だた、重苦しくこう告げるしか無い。
「なん……だと?」
ようやくに言葉を漏らしたのは近衛だ。そして、エリオットも言葉を漏らす。
「1年半前の成田……」
エリオットはその脳裏に思い出していた。子供に偽装したテロアンドロイドを含む偽装襲撃事件――そのあまりに陰惨で残酷な事件は日本国内のみならず世界中に衝撃を与えている。そしてそれ以来、類する事件は今なお世界中で続いているのだ。
絶句するエリオットを脇に見ながらアトラスは思わず天井を仰いだ。
「そう言う事か――、そう言う連中が世界中の反社会組織のスキルアップのためにせっせと動き回っていたってわけか! なるほど、どうりでディンキー・アンカーソンみたいなのが単独でも世界中でテロ活動を継続できたわけだ! そういうことか!」
会議場が徐々にざわめいていく。公安が大戸島を通じて明かした事実はあまりにも重いものだったからだ。そして、大石が皆が感じている驚きと恐怖を明確に言い切る。
「そんな危険な奴らがディンキー・アンカーソンをきっかけとしてこの国に入り込んでいるというのか? この日本に!?」
大石が叫ぶように問いかければ、大戸島ははっきり頷いた。
「その通りです。彼らはすでにこの国の中へと足を踏み入れようとしている。彼らの蔓延を阻止するためにはもはや、公安がどうとか刑事警察がどうとか、そう言った低レベルな対立をしている段階ではないのです! ここにお集まりの皆様にはどうかそれをご承知いただきたい!」
今現在、この国の治安が置かれている状況を突きつけられるに至って、公安への対立意識を露わにしている者など居るはずがなかった。誰もが大戸島に頷いていた。そして、組織犯罪対策4課の霧旗が、蒼白な表情でその場に立ち上がりこう告げたのだ。
「大戸島課長、それに公安の皆さん。この件に関してアンタたちの持っている情報を全て開示しておほしい。俺達も持っている情報はすべてオープンにする。これはもうマリオネット・ディンキーと言う単独テロリストをどうこうと言うレベルの話じゃない。この国の治安を守るためには最優先で取り組まねばならない問題だ。ぐずぐずしていたら有明事件みたいなのが日本中で頻発しかねない!」
霧旗の言葉に誰もが頷いていた。そしてこの場に姿を現している公安の人間の総意として、大戸島はこう告げたのだ。
「無論です。霧旗警視。これは一つの節目です。市民生活の保護を目的とする刑事警察と、国体の護持を目的とする公安警察、それが初めて同じ目的で行動する事となるのです。それを成し得なければガサクの問題は解決できない」
その言葉が告げられた時、誰ともなく立ち上がりながら叫び始める。
「異議なし!」
「異議なし!」
そして、会議場に集った全員が立ち上がった時、彼らの意思は一つにまとった。会議場が強い意志で一つに結ばれた時。不意に甲高くよく通る音で、何者かが〝拍手〟を始めたのである。
――パチ、パチ、パチ、パチ……――
当然ながらその拍手に、その場に居た者の誰もが振り向いていた。ここは警視庁の会議室だ。オペラ座の観客席ではない。第3者に拍手をされるいわれなど無いのだ。
戸惑いと苛立ちを覚えながら皆が背後を振り向けば、会議室のはるか後方の壁際に一つのシルエットを見ることになる。
「いや! 素晴らしい! これこそ警察! これこそ治安を託された人々の真の姿! 困難の前には対立すら乗り越える! ドラマですねぇ! 実に素晴らしい!!」
甲高い耳に残る口調でその人物はまくし立てていた。その言葉の内容から日本警察を賞賛する意図がある事はわかるが、その言葉を耳にしている誰もが喜ぶ気にはなれなかった。一抹の苛立ちを覚えながら人々は彼の姿を見つめた。
それはピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。
赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼の名は――
「クラウン!?」
彼の名を驚き叫ぶ者が居る。特攻装警の4号機のディアリオだ。
その名を叫び驚くディアリオが走りだせば、アトラスとエリオットもそれに応じて素早く進み出る。会議室がざわめく、それ以前に動揺が走る。困惑がさざなみのように広がる中で、いち早く言葉を発したのは警備部の近衛だった。
「貴様、なぜここに居る?!」
近衛のみならず警備部のメンバーや武装警察部隊の面々が進み出て人垣のバリケードをつくり上げる。この場に居合わせる人々を少しでも危機から守るためだ。それは意図したものでなく、彼ら自身が体に染み込ませていた極自然体な行動であったのだ。
「そもそもどうやってここに入ってきた?! ここは警視庁の最奥部だぞ!」
近衛自身もその制服の内側に下げていたシグP230に手をかけていた。いつでも抜き放てるようにしてある。だが、クラウンは彼らの態度を気にしたような素振りは一切なかった。警戒するどころか喰ったような態度で飄々とするばかりだ。
「どうやって? そんなの言えるわけないじゃないですかぁ? だってワタクシ、エンターティナーですから! 芸人がネタを明かすなんてする訳ありませんってぇ! あはははは!」
クラウンはその目の前に日本警察の錚々たるメンバーを前にしても、一切気後れすること無く右手をひらひらとさせながら笑い飛ばす。そして、唐突に自己紹介を始めた。
「おっと、失礼いたしました。ワタクシ、クラウンと申します! そこのディアリオさんとは有明の素敵なステージでお会いしてましたねぇ? お元気でしたか?」
クラウンの言葉にディアリオは数歩進み出る。
「おかげさまで、あなたのおかげで仕事には困りません。休む暇も無く動き通しです」
「それはいけない! 日本人は働き過ぎです! 過労死しちゃいますよ?! あ、ワタシが仕事を増やしてるのか。あはははあは! これは失礼!」
「ふざけているのですか? これでも暇ではありません。私達には、やらねばならない使命がたくさんあります。邪魔をしに来たのであれば退散いただきたい」
はしゃぐかのようにジョークを交えてまくし立てるクラウンにディアリオは冷静なままに切り返した。クラウンはそれを変わらぬテンションで受け流す。右掌を顔の前で左右にひらひらさせると言葉を続ける。
「邪魔? いえいえ、そのようなつもりは毛頭ありませんよ! とーーーっても大切なことで伺った次第でして」
クラウンの言葉にアトラスがよく通る低い声で問いただす。
「大切な事?」
「はい!」
アトラスの冷徹な射抜くような視線を受けて、クラウンは姿勢を正し両手の腰の裏で組んで静かに語る。
「ワタクシ、今回は私自身の身の潔白についてお話したいと思いまして」
それまでのクラウンの面は笑い顔のピエロ顔だったが、そこで白と黒で描かれた目と口がアーチの様な形を描いたシンプルな笑い顔へと変わった。そのクラウンの言葉にアトラスは一言問いただした。
「身の潔白だと?」
「えぇ、そうです。なにか皆さん誤解されているようですね。そもそもがワタクシがやっていないことで時間を浪費しようと、なされてらっしゃるみたいですので」
「どう言う意味だ?」
「どう言う意味も、こう言う意味もありませんよ」
クラウンは両手を肩のところまで持ち上げて首をすくめてみせる。
「ワタシはベルトコーネなんか保護してませんよ。ワタシが保護したのはローラ嬢ただ一人です」
そう語る言葉にはおどけた様子はなく真面目に語るのみだ。
「なんだと?」
「もう一度いいますよ? ワタクシ、ベルトコーネなんか知らないと言っているんです。あんな戦闘キチガイの筋力バカ、どうなろうと知ったこっちゃありません。指一本、触るのもお断わりですよ」
「ずいぶんな言いようだな。そんなに嫌いなのか?」
アトラスはクラウンを挑発する。その言葉にクラウンは過剰に反応してみせる。
「当然ですよ! あんないつ爆発するかわからないような暴走魔をコントロールできるやつなんかどっこにも居ませんよ! 海外の闇社会での評価を調べてご覧なさい! ベルトコーネの評判は最悪です。少しでもディンキー老を侮辱するようなことが有ればすぐに暴れだすんです! それについては、特攻装警の皆さんも有明ではそれはそれはひどい目にあったのを覚えておいででしょう?」
クラウンに指摘された事実に否定する声は誰からもでなかった。忌避したい記憶を掘り起こされて、アトラスもエリオットも苦い表情を浮かべていた。そんな彼らを見つめながらクラウンは腕組しつつ言葉を続けた。
「それにです。やつをコントロールできる唯一の存在であるディンキー老が完全にこの世から居なくなった今、あいつを抑止できるようなヤツは世界中のどこにもいませんよ。ヤツを喜んで保護している奴がいたとすれば、それはよほどの変わり者か頭がイカれているかですよ」
「否定はできんな。その意見だけは俺も同意するところがあるな」
「ミスター・アトラス、そう言っていただけて恐縮です」
「だがクラウン、ベルトコーネはともかくなぜローラだけ保護する? 状況的にはメリッサも保護できたはずだ」
アトラスの問いにクラウンは表情ひとつ変えず静かに語りだした。
「それについてですが、特別にお話しましょう。実はワタクシ、とある方よりイザという時にはローラ嬢をお助けするように依頼を受けていたんです。ま、誰から頼まれたのかは言わなくても大体わかるとは思いますが」
アトラスはそんなクラウンに問いただし続けた。
「ディンキーか?」
「ノーコメントです」
「ならば、お前さんが保護したというローラとやらは今どこに居る」
「ノーコメントですよ。これでもワタシ、色々と依頼を受けて行動しています。クライアントの信用を失うわけにはまいりませんので」
「得体のしれない侵入者風情が、意外と世間体を気にするんだな?」
「あはは、当然でしょう? これでもワタクシ、書面の約束などあてにならない闇社会の住人です。データ化できない人物的信用度だけがウリですので」
「変なところに真面目なんだな」
「ありがとうございます。褒め言葉と受け取っておきましょう」
そう語るクラウンには敵意のような剣呑さは感じられなかった。しかし、クラウンの人物としての危険さとフランクさが入り交じる異様なアンバランスさに会議室に集まった誰もが苛立ちと警戒心を抱かずには居られなかった。それを代弁できるのは、あの有明事件で現場に居合わせた特攻装警たちだけである。ディアリオは言葉を選びながらクラウンに問いかけた。
「ならばクラウン。あなたに訊ねますが、ベルトコーネがあなたのもとに居ないとして、今どこに居るとお思いですか?」
「あなた、ワタシがそれを答えるとでも?」
ディアリオはクラウンの問いを否定する。
「愚問でしたね。それこそ聞くだけ無駄というものです」
「聡明な判断です。知っていたとしてそれを軽々しく口にするようでは信頼と言うものは得られませんよ」
「では、あなたの主張を簡単に信用するわけには行きません。なにより、あなたがベルトコーネに関わっていないと言う物的証拠が無い。なにしろ貴方自身が一切の痕跡を残しません。我々は我々なりのやり方でこの件に関して〝事実〟と言うものが果たしてどう言うものであったのか、確かめなければならない。そもそも――、警察というのは『事実を突き止める』と言うロジックの上にすべての行動は成り立っている。あなたが貴方自身のロジックを変えられないのならば、我々は我々のロジックを放棄するつもりは全く無い! あなたと交渉の余地はない。ご退席願おう!」
ディアリオが言い放った言葉に、アトラスもエリオットも頷いていた。
彼らだけではない。近衛も大石も大戸島も――、この会議室に居合わせたすべての人々がディアリオの言葉に同意の意思を示していた。一人ひとり立ち上がり、同じ場所を見つめている。そして、一つになった意思は視線となってクラウンと言う存在を一心に見つめるのだ。
その、何よりも熱い視線が集まっていることに気づかぬクラウンではない。組んでいた腕を解いて両手を腰の後ろに回すとポツリと一言つぶやいたのだ。
「事実ですか」
一言発したあとに僅かな沈黙を挟んで、クラウンは語り始めた。それは穏やかで人間的な感情の篭った言葉である。
「なるほど、これこそ世界に冠たる日本警察と言うもの。やはり貴方がたは信頼に値する存在です。足を運んだ甲斐がありました」
クラウンは日本警察を賞賛する言葉を述べると、恭しくその頭を垂れる。
「皆様方に申し上げます。今宵、ここにお伺いしたのは我が身の潔白を知らせるためではありません。皆様方に〝忠告〟をするために参ったのです」
〝忠告〟――その言葉の響きに思わず声を発したのは近衛である。
「忠告だと?」
クラウンは顔を上げる。上体を伏せたまま顔だけを上げて近衛へと言葉を返す。
「はい、さようで」
近衛につづいてクラウンに問いかけたのは公安4課の大戸島だ。
「貴様のような身元の不確かな闇社会の住人が我々に何の忠告が出来るというのだ? 不確かで曖昧な情報なら願い下げるぞ」
大戸島は猜疑心を隠さずに冷たく言い放った。正体はおろか、素性すら曖昧な闇社会の存在の言葉を簡単に信用出来ないのは当然といえば当然な話だ。だが、クラウンはひるまない。近衛や大戸島の反応すらも受け入れるが如く、言葉を続けたのだ。
「ですが――闇に身を置いている存在だからこそ語れる事実と言うものがあります。表社会に身を置いてはどんなに危険に身を晒しても得られない〝逸話〟と言うのが必ず在るものです。公安や暴対で日夜任務に向き合っている方でしたらお分かりになられるでしょう?」
クラウンのその言葉に暴対の霧旗がおもわず頷いている。闇社会、犯罪組織社会と言うのはどこまで踏み入っても終わりのない迷宮のような世界だ。そこを完全に取り締まるということがどれほど困難なのか、毎日のように味わっているだけにどうしても否定出来ないにおだ。
そして、集まる視線を真っ向から受けながらクラウンは数歩進み出てさらに語った。
「信じる信じないは敬愛する皆様方にお任せします。ですが、耳をふさぐ前に小耳の片隅にでも留めていただきたいのです。お聞きになりますか? 日本警察の皆さん?」
それは思わぬ詰問だった。正体不明の侵入者が情報の提供の是非を自ら問いただしているのだ。ただ否定して拒絶するなら誰にもできる。得られる情報なら全て手に入れてから、あとから適時精査してもいいはずだ。場の全員を代表するかのように近衛がクラウンの問いかけに答え返す。
「聞かせてもらおうか」
クラウンはそれを耳にして再び語りだしたのである。
「ありがとうございます。では、僭越ながら――」
クラウンが辺りを見回し〝忠告〟始めた。
「ワタシが皆様にご忠告申し上げるのは〝黄昏〟についてです」
黄昏――それが何を意味するかははっきりと判る。ガサクのことだ。
「黄昏に触れてはなりません。今の皆様方には荷が重すぎます。黄昏をイタズラに刺激すれば必ずや悲劇を招きます。闇社会に身を置く者として、ご忠告いたします。努々、黄昏を深追いしては決してなりません」
抑揚のない冷徹な声でクラウンは告げた、それに反論の声を上げたのは近衛だった。
「何もせずにただ黙って見ていろというのか」
クラウンは顔を左右に振った。
「いいえ、指をくわえて見ていろと言うのではありませんよ。ただ――、みなさまは見落としています。黄昏がいったいどのような存在と結びついて居るか? それを思い出して欲しいのです。黄昏は自ら独自に動くよりも、つながりを持っている他の闇社会勢力を支援することに特化しています。もし、黄昏が自らの立場に危機感を持てば、かならずや提携者に支援を求めるでしょう。そして、彼ら本来の力を駆使して、この国に世界中の反社会勢力や犯罪組織への影響力を行使し始めるはずなのです。同様の事例をアフリカの某国で散見したことがあります。オイルマネーと豊富な観光資源に支えられ、強固な軍隊を保持した中堅国家でしたが、今や見る影もありません。治安は瞬く間に崩壊し、今や一般市民は我先とばかりに逃げ出す始末。黄昏を怒らせれば、あの様な無残な結果を必ずや招いてしまうのです」
クラウンの語る言葉に耳を傾けていた大戸島だったが、その脳裏に閃くものが有った。
「エジプトの事か? 近年、反政府系組織が急速に力をつけた事で治安の悪化が著しく悪化していると外務省も警戒しているはずだ」
「はい、さようで」
「まさか――?! あれもガサクが背後に居たというのか?」
「そうです。あれはエジプト政府がガサクの捕縛と抑圧に乗り出したので、世界中の提携組織の協力を得て徹底的な国家破壊の大規模テロに乗り出したのです。眠っていた人喰いトラのシッポを踏んだようなもの。見せしめとばかりにエジプトと言う国のあちこちでテロ目的のロボットやアンドロイドを大量に氾濫させられて、国家としての枠組みを瞬く間にガタガタにされてしまいました。今や、あの国を観光目的で訪れる者すらおりません。なぜなら、まさに世界中の悪がエジプトの地に集まり始めたのですから」
クラウンは右手の人差し指を意味ありげに立てながら更に言葉を続ける。
「もし、黄昏をイタズラに刺激して危機感を煽れば、必ずや提携組織を日本へと大量に招き寄せるでしょう。それはすなわち、1年半前の成田事件や、今回の有明での一件の様なテロ事件が日本中で多発することにほかなりません。つまり、有明の超高層ビルで起きたようなアンドロイドテロが日本中を覆いかねないのです。そうなれば、いかな貴方がたと言えど全てを守りきることはもはや不可能。ここの特攻装警と言う存在をもってしても多勢に無勢。いずれ力尽きることは自明の理です」
だが、クラウンの語るそら恐ろしい事実を耳にしてもなお、近衛はひるまずに反論を始めた。
「だがしかし! だからと言ってなにもしないわけにいかん!」
「当然です。警察が悪意を持った者を前にして何もせずに手を引いて良いはずがありません。ましてや勤勉で清廉なこの国の警察機構です。そのままに現実から逃げまわるような皆様方ではないことは十分承知しています」
クラウンは皆を眺めながら二本の指を立ててみせる。
「よろしいですか? 皆様方がとりうる手段は2つあります。まずひとつ目が黄昏に対する動向把握を徹底させることです。敵にさとられぬように細心の注意をはらいながら、この日本においてどれほどの浸透を見せているか確実に把握するのです。そして、もう1つ――」
クラウンはアトラスたち特攻装警の3人に視線を向けていた。
「もう1つは彼らの様な存在を充実させることです。目には目を、歯には歯を、この国が生み出した世界でも指折りのアンドロイド警察である特攻装警を、より確実に完成させていくことです。それが成った時こそ、黄昏に対して反撃することが可能となるのです。よいですか? 今はまだ黄昏を刺激するときではありません。努々、今成すべきことを間違えないことです」
クラウンが語る言葉を、誰もがじっと聞き入っていた。それは光の当たらない闇社会に身を置くものであるからこそ、知りうる知見により放たれた言葉である。それが信用に足る忠告だったのか、今はまだ判断しきれないだろう。感謝の言葉はこそ誰の口からも出ることはなかったが、ただ、ディアリオはクラウンにその真意を問いただそうとしていた。
「クラウン」
「はい、何でしょう?」
「なぜ、この様な忠告を?」
その言葉には戸惑いが有った。だが、クラウンもディアリオの言葉に、ある種の謝意を感じ取ったようである。
「あなたはなぜ、危険を犯してまでこの様な忠告をなさるのです?」
ディアリオの問いかけにクラウンはピエロを模した笑い顔をマスクのスクリーンに映しながら答えようとしていた。
「わたし、この国の警察が大好きでしてねぇ。世界中を見回してもあなたがた程に、勤勉で高いモラルを宿した警察はありませんから」
その言葉に謙遜を答えたのは大石だった。
「買いかぶり過ぎだ。我々とて完璧ではない」
冷静に控えめに答える大石だったが、その言葉にクラウンは顔を左右に振りながら告げた。
「いえいえ、世界中を見回しても、この国の警察ほどに高い精神性を保持した治安機構はなかなか存在しません。今や、欧米の先進国の警察といえども、職務放棄や人種差別、汚職に不正と、法と平和を守るべき担い手が、その役目を放棄しているような事件があとを絶ちません。ワタクシ、これでも世界中を飛び回っています。クズとしか言いようのない警察を嫌というほど見てきました。しかし、この国は正面切って国家が軍隊を持つことが許されていません。だからこそ、この国では警察の力が重要視されます。だが、皆様方はどんなに強大な力を持たされても、信念が揺るぐことは無いでしょう。今日この場で皆様の姿を拝見させていただいて改めて納得いたしました。すなわち――」
クラウンが右手を軽く振り回す。そして。胸のあたりで前方へと差し出した時、その手には一輪の端が握られていた。それは日本を代表する花――〝菊〟であった。
「――これこそが『サムライ』の末裔であるのだと」
その言葉を語ると同時にクラウンは手にした一輪の菊を頭上へと投げ放った。そして、宙を舞う菊の花はある一点で解き放たれ、その花びらを吹雪のごとく舞い散らせ始めたのだ。花びらは倍々ゲームに増えていく。旋風を伴いながら、その部屋の一面を花吹雪が舞い踊り、人々の視界を奪っていく。その時アトラスが思わず叫んでいた。
「まずい!」
舞い踊る花びらの中、アトラスは必死にクラウンの姿を探していた。すぐさまディアリオが後を追う。
「ディアリオ!」
「ダメです! センサーに反応ありません! 館内のセキュリティシステムにも痕跡無しです!」
それでも人々は逃げ惑うこと無く、努めて冷静に行動していた。大石が、近衛が――、あるいはこの会議室に集まっていた人々が皆、突発的なことに戸惑うこと無く、それぞれの役目に応じた行動を速やかにとっていた。無駄だとはわかっている。だが、クラウンの逃亡を許すこと無く、その足跡だけでも捕捉しようとしていたのである。
大石が鏡石に問う。
「何かわかったか?」
「だめです、館内の監視カメラはもとより、周辺の街頭カメラにも写っていません」
同じくして、警備部の職員や武装警官部隊の隊員たちは会議室の壁面に異常がないか調べようとしている。武装警官部隊の隊長である妻木が問いただす。
「何か見つかったか?!」
「だめです! 傷一つ無しです!」
「くそっ! 一体どこに消えた?!」
誰もが慌ただしく動き回っていた。だが、それでもクラウンの存在を証明するような物は足跡一つ残っては居なかったのである。
「なんてやつだ。本当に消え失せてしまった」
驚きの言葉を発した近衛だったが、戸惑いや驚きよりも、その見事なまでの立ち振舞を少なからず賞賛しているのが言葉の端々に垣間見えていた。
アトラスもため息混じりに、残された大量の菊の花びらをかき分けるようにして、確かめている。
「クラウンのヤツ! 後始末の事も考えろ!」
「まったくです」
ディアリオも苛立ちを隠さずに必死になって痕跡を探している。だが、どんなに調べてもそこに残されているのは菊の花の残骸であった。苛立ちながらアトラスが語る。
「一体どうやって消えた?! いや、それ以前にこの花弁はどこから来た? 本庁庁舎の中でイリュージョンでもしに来たのかあいつは!」
それほどに花びらは膨大だった。広い大会議室の約半分ほどを埋め尽くすほどの量である。とても手のひらで隠しおおせる物ではない。しかし、ディアリオはその花びらを数枚手に取ると自らのセンサーと視聴覚を駆使して調べ始めている。
【オールレンジアイ視覚センサー】
【特殊モード1 】
【 超精密HDR拡大モード】
【特殊モード2 】
【 X線透過モード】
【特殊モード2種同時起動 】
【スキャンスタート 】
十数秒ほど数枚の花弁を注視していたが、ディアリオは速やかに回答を得ていた。
「兄さん、どうやらそのイリュージョンのネタ。少しは分かりそうですよ」
「なんだと?」
アトラスが呟けば、周辺を確かめようと集まってきていた近衛や大石も振り向いている。歩み寄る大石がディアリオに問うた。
「どういうことだ?」
「はい、実はこの花弁。形状が全て同じなんです。表面や基本構造は一見、天然の物のように見えますが、その全てが全く同じ形や色をしています。寸分の狂いもありません。おそらく人工的に作られたものかと思われます。ですがこれ以上詳しくは専門部署で解析してもらったほうがよろしいかと」
「わかった。科捜研に回そう」
「お願いします」
だが、その隣でエリオットも何かを見つけたようであった。
「ん?」
「どうした、エリオット?」
――クラウンが立っていた辺りの床に何かを見つけたのは、特攻装警のエリオットである。地面になにやらカード状の物が落ちている。エリオットはそれを拾い上げると傍らのアトラスにそのことを伝えた。
「これを見てください」
エリオットの周りに皆が集まる。そして、名刺大の純白のアルミ製のカードに、何やら一文が記されていることに気づいている。
「何か書いてあります」
近衛はエリオットに命じる。
「読み上げろ」
「はい――『聖なる龍は神となる』」
「どう言う意味だ?」
「わかりません。何かの暗号でしょうか?」
皆が戸惑いを見せる中、有明の時にクラウンと相対した経験のあるディアリオがそのカードを手にとって見つめながら言う。
「いえ暗号と言うより、クラウンからのメッセージでしょう。私達に対する置き土産です。つまりこのキーワードを頼りに追ってこいという挑戦の意思表示と思われます」
ディアリオにアトラスが問うた。
「どうする?」
「無論、追います。ここまで振り回されて黙っては居られません」
「そうか――、ならば俺達も動こう。メッセージの内容に引っかかる物がある。と、言うより心あたりがあるんだ。晃介、お前も同行してくれるな?」
アトラスが荒真田を呼び寄せれば、それを間近で見ていた荒真田は抑揚を抑えた静かな声でこたえた。
「当然だろ? あんなやつに好き勝手に本庁庁舎に出入りされて、黙ってられるわけねぇ」
「早速、会議が終わり次第、情報収集だ。聖――、龍――、神――、やっこさんが置いていった足がかり。マブネタなのかガセネタなのか、しっかりと確かめさせてもらおう」
「あぁ」
アトラスと荒真田が頷き合えば、二人の会話を耳にしていた場の者たちもそれに同意して頷いていた。そして近衛は内ポケットから純白のハンカチを取り出すと、エリオットが見つけたカードを受け取って大石に手渡す。
「大石、これも科捜研にまわしてくれ」
「わかった。何か分かり次第伝える」
「頼むぞ」
そして、それを受け取った大石は部下の柊木管理官へとそれを託した。速やかに専門部署へと運ばれて詳細に調べられるだろう。大石は振り返ると皆の方へと告げる。
「それより、合同会議を仕切りなおそう。あんな奇っ怪な奴が暗躍しているとなれば捜査体制や機密保持のレベルも再考せねばならん。よろしいですね? 大戸島警視」
気づけば公安の大戸島もアトラスたちの輪に歩み寄っていた。集まっていた者たちの顔を一瞥しつつ答え返す。
「異論はありません。むしろ、ガサクの存在が確実なものであり、犯罪社会が今までになく深刻な状態にあると確信が得られました。今回はあくまでも初顔合わせと言うことで、間を置かずに第2回目の会議を行いましょう。その上で捜査方針を決定したい」
「同感です」
大戸島の言葉に大石が同意する。そして、皆が意思確認として頷き合っている。
そして、鑑識の人々が会議室の中へと入ってくる。速やかに立入禁止のテープが張り巡らされ、クラウンが立ち振舞をしていたその場所は現場保存のために確保されることとなった。
雑然としていた会議室内であったが、壇上の中央へと戻った大石が全員に向けて告げる。
「静粛に! 立ったままでいいのでその場で聞くように!」
その号令を受けて皆が直立のままで大石の方へと視線を向けていた。
「不測の事態が発生したが、我々は立ち止まる訳にはいかない。今日はこれで一旦解散として明日あらためて合同会議を仕切りなおすこととする。それまでに各セクションにおいて今後の対策や方針について独自に検討するように。安全な市民生活と国家の安寧のためにも我々は立ち止まる訳にはいかない! 各自奮起するように! 以上!」
そして、大石の部下の柊木管理官が告げた。
「それではこれにて解散!」
号令が響き、全員が敬礼をする。一糸乱れぬ行動の後に、それぞれのセクションへと人々は帰っていく。
エリオットは近衛と共に警備部へ、ディアリオは鏡石や大戸島とともに公安4課へ、大石も捜査部へと帰るだろう。荒真田がアトラスに告げる。
「俺達も行くか」
「あぁ」
そう語り合う2人に、上司である霧旗が歩いてくるのが見える。彼らが戻るのは組織犯罪対策部、その中でもヤクザマフィアを主として取り扱う組織犯罪対策4課だ。
休息の時は終わりを告げた。
また、眠れぬ夜の日々が、彼らを待っているのだ。

















