5:午後7時:新宿駅付近高層ホテル最上階高級中華レストラン『菜天鳳』
新宿駅から3分ほど離れたところに20階建ての高層ホテルがある。私鉄系の経営の高級ホテルであり、その最上階層は上流階級御用達の高級店が並んでいる。その中の中華レストランの1つが『菜天鳳』である。
【正統なる本格中華料理】というのが売りであり、本土の中国や香港や台湾などから腕に自信のある本職の中華料理人を集めてきて客に提供することを売りとしている高級中華料理店である。
その店舗内は入ってすぐは一般客向けのフロアだが、入り口からすぐに枝分かれして人目につかないフロアの奥の方へ設けられた部屋が数室ある。
特別な客向けの〝特別個室〟である。
その特別個室の中の一つをほぼ毎日のように頻繁に利用する常連客がいる。店員の誰もがその本名を知らず予約は必ず偽名で行われる。その君にも一定のパターンがあり店長やマネージャークラス以上ならその人物が誰であるかをすぐに理解する。
そしてその特別個室の一つが用意され彼をいつでも迎えるのである。
その日はシンプルなディナーであった。午後4時に連絡が入り午後6時半にその〝特別な客〟が姿を現した。店員の誰もが緊張を強いられる一瞬である。そして彼専属の女性給仕役が、来店した彼を特別室へと招いていく。そして誰にも、護衛にすらも邪魔されない特別な時間である。
高級な素材である樫の木の両開き扉を護衛する様にスーツ姿の男性が二名立っている。その奥で一人の男が昼食をとっていた。
メニューはフカヒレのスープをメインに、点心類を豊富に、そして魚料理を加えている。そのテーブル上には酒はない。
年の頃は40代後半、野心も行動力も最も勢いが乗った時期である。
髪の毛は黒髪をラフなオールバックになでつけている。着込んでいるのは高級三つ揃えスーツ、足元にはトラディショナルシューズを履き、服装の仕立てだけなら上流階級のエグゼクティブビジネスマンに見えなくもない。だがその目元に浮かべる視線は何よりも剣呑である。
「おい」
男が冷淡に声を発する。するとその部屋に1人だけ佇んでいる女性給仕役が歩み寄る。艶光りする布地に金糸で刺繍が施されたチャイナ服姿の彼女は男の発する剣呑な気配に臆すること無くしずしずと小首をかしげながら男の求める物を読み取り提供していく。
男の手元のグラスがからになっていた事に気づいて、彼女はよく冷えた中国茶をグラスに注いでいく。そして彼の手元の取り皿が汚れているのに気づき、予備の取り皿に替えてゆく。何も余計な会話が無いのは、彼女の洞察力が鋭いからであり、常連客のその男の行動と要望をよく理解しているからである。
「ご苦労」
労いの言葉をかけるが、彼女はただ静かに微笑むだけである。
小籠包の入った小型の蒸籠を空にする。あらかたの料理を食し終えたその時である。特別室の片隅に置かれた木製のサイドテーブル。その上に置かれた古風なダイヤル式の電話機が鳴った。今どきのご時世でダイヤル式の回線はありえないが、機能性より雰囲気とムードを狙ったセレクトであった。
「喂」
中国語で〝もしもし〟に相当する電話での挨拶である。電話の向こうで男性が手短に話しており、聞き終えると彼女はさらに告げる。
「清稍等一下」
そう答えると電話のダイヤルに模した操作ボタンの中から【保留】を選び通話を停め男性に向けてこう声を発したのである。
「陽先生、ご来客です」
「誰だ」
「聖先生でらっしゃいます」
「通せ」
「はい、お通しします」
中華圏の言葉で〝先生〟とは、英語の〝ミスター〟の様な意味付けの言葉だ。日本語なら〝〇〇さん〟や〝〇〇氏〟となるだろう。
給仕役の女性は男にそう答えると再び受話器に向けて会話を再開する。
「請出示客人」
来客者を通す様に伝えてから30秒もしないうちに、部屋の扉は開いた。そしてそこから現れたのは1人の男性であった。
「よぉ、天龍」
「お前か」
男性が視線を向ければ、そこに居たのは身長180くらいの長身の美形の男で薄灰色の高級ジャケットをノーネクタイで着こなしていた。さらに長い茶髪をなでつけるように後ろへと流している。その語り口も態度も軽い物で剣呑さは微塵も感じられない。それは先にこの部屋に居た男とは全くの正反対のものであった。
来客者は先に部屋に居た客人の態度が不満なのかごねるように問い返した。
「なんだ、なんだつれねぇなあ、相変わらず愛想のねぇ男だ」
「馬鹿野郎、ヤクザが愛想よかったらメンツ立たねぇだろう。それよりくだらねぇ馬鹿話するために来たのか?」
「いや? お前がここに居るはずだから一緒に飯でも食おうと思ってな」
「お前と一緒に飯食う趣味なんかねえよ。それにもう食い終えたところだ」
「なんだもう食ったのか? 早えな」
「〝あの島〟の会合に顔を出さないと行けないんでな」
「七審か?」
「あぁ」
軽薄男の軽い問いかけに、自らをヤクザと言い切ったその男は荒っぽく言い返す。だがその男はさらに言葉を続けた。
「聖、その名は軽々しく口にするな」
視線だけで相手を殺すかの様に鋭く睨む。軽薄男は自らの発言の甘さを詫た。
「悪かった。余計な口だった」
「気をつけろ。どこに〝耳〟があるかわからん。今の御時世、どれだけ危険知ってるだろう?」
「そうだ、そうだったな。気をつけるよ」
「そうしてくれ。お前は不注意が過ぎる、今に命を落とすぞ」
「分かった」
ヤクザ男の詰問に、軽薄男は柄にもなく真面目に返答する。そこには先程までの軽々しいやり取りは微塵も感じられない。互いをしっかりと理解し合い信頼しあった相互信頼があるだけである。
その二人のうち――
軽薄男の名は聖蓮、ヤクザ男の名は天龍陽二郎と言う。
「それより何の用だ」
天龍は話の流れを区切るように聖に問いかける。突っ立っていた聖は天龍の隣に腰掛けながら問いかけはじめる。
「お前に1つ聞きたいことがあってな」
聖の言葉に天龍の視線が彼の方を向いた。視線と視線がかちあい聖はさらに言葉を続ける。
「お前、一体何をしようとしている?」
不安げに、それでいて若干の苛立ちを込め、聖は天龍に言葉を浴びせた。
「聞いたぞ、海外の重要テロリストを引っ張り込もうとしているそうじゃないか! 海外の裏社会や犯罪勢力と連携を図るのは俺も反対はしない! だがお前が相手をしようとしていたヤツについて調べさせてもらったがとんでもない奴だぞ! 日本国内に招き入れて何をしでかすかわからないぞ? どう言う事だ天龍? ディンキー・アンカーソンがどんなやつか知っているのか!?」
天龍は聖の剣幕を馬耳東風とばかりに微動だにしない。右手で冷えた中国茶の入ったグラスを手にすると一口それを飲み込み、言葉を返した。
「聖、お前は日本がこのままでいいと思っているのか?」
「なに?」
聖が反応したのを視線で追うとさらに続ける。
「この国はあの馬鹿げたお祭り騒ぎの2020年代のアレで浮かれまくった上に、派手な経済計画をぶち上げた。昭和の日本の経済復興よもう一度ってわけだ。だが――、その結果どうなった? この国はあのオリンピックってド派手イベントでマトモになったか?」
天龍は聖を鋭く睨みながら問いかけていた。その視線に天龍の思いの必死さが滲んでいる。
「――まぁ、平和になったかと言えば疑問はつくな。なにしろ余りにも沢山の余計な連中がこの国に入り込みすぎた。今や外国人に乗っ取られたエリアが溢れかえってる。正直思うよ。一体この国は誰のものだ? ってな」
抑揚のある特徴的な語り口、聖は会話を楽しんでいるようでその言葉の端々には怒りが滲んでいた。
「そう言う事だ。今や俺たち生粋の日本人の知らないところで勝手に物事がドンドン進んでいる。お人好しの島国人を置き去りにしてな。だからと言って指を咥えて黙っているわけにはいかん。この国はオレたち自身で動かすべきだ。表の社会も、裏の社会も」
天龍が語る現実に聖は頷く。
「当然だ。だから俺は今の会社を築き上げた。日本人である俺のこの手で、世界を牛耳れる多国籍企業体を作り上げるためにな。俺の作り上げた企業グループである『マイザー・エンタープライズ』、そしてお前の『緋色会』、さらに神埼の『岸川島インダストリアル』、この三つが手を組み、裏と表からこの国を掌握し、さらには世界へと手を伸ばす。それが俺達が共有した理念でありヴィジョンだった。だがそれとあの狂ったテロリストと何が関係有る?」
それは理想だった。現実を打破し、自分たち自身で主導権を握る――、一人の男として野心を持つなら当然の確信だった。天龍は聖が抱いた疑問に対する答えを口にする。
「アレはな〝試金石〟なんだよ」
「試金石?」
「そうだ――」
意味深な言葉を吐く天龍だったが、静かに凄みのある笑みを浮かべるだけでそれ以上は語らない。聖は天龍の語る言葉の意味をじっと噛みしめる。そして聖もまたニヤリと笑みを浮かべたのだ。
「なるほどそう言う心づもりか。でかい爆弾をわざと動かせば、それにくっついてる連中の足跡が嫌でも解るもんな」
「そう言う事だ。第一だ。どんなに高い技術があろうが優秀なアンドロイドを装備していようが、背後の協力者の存在なしに、世界中で暴れる事など不可能だ。ならばそれをあえてこの国に引きずり込むことで、世界の力の動きの現在の姿を顕わにできるはずだ」
「なるほど、よーく解ったぜ。まったく、お前らしいよ。自分から危ない橋にどんどん突っ込んでいく。それでいて絶対に落ちずに必ず渡り切る。そう言う男だったなお前ってやつは。なぁ? 広域暴力団緋色会筆頭若頭、天龍陽二郎さんよ」
それがこの特別個室の主の名だった。そしてその身に有り余る野心を抱えた男の肩書である。
その天龍は一通り食事をし終えて立ち上がると、彼専属の女性給仕役に視線で合図をする。彼女はまたあの電話機を取り上げ、操作し部屋の外へと連絡する。
「陽先生吃完了」
その声に聖がある事に気づいて天龍に問いかける。
「天龍、その女、大丈夫なのか?」
当然の問いかけであった。重要情報を聞かれれば、それが外部に漏れるおそれがある。機密保持の基本である。
だが問いかけられた天龍は足を止め、ちょうどたまたま彼の脇に佇んでいた女性給仕役に手をかけるとその首筋に触れる。
「問題ない。おい、アレを見せろ」
「はい、お見せします」
彼女は静かに微笑みながらチャイナドレスの襟元を緩めると首の根元の辺りの素肌を露出させる。そして数秒沈黙していたかと思うと――
――プシュ――
――と空気の漏れるような音を立てながら鎖骨の真下の辺りに隠されていたハッチをオープンにする。するとその中が露出したのである。
「どうぞ――」
彼女は聖にむけて告げる。そしてその中に見えたものを目の当たりにして彼は思わずつぶやいていた。
「サイボーグ? いや、アンドロイドか」
その答えに天龍ははっきりと頷いていた。
「俺もこう言う身の上だからな。常連としている店があって、俺に懇意にされているウェイトレスが居るとなれば、それを狙うやつがいつ現れてもおかしくない。実際、1人拉致られた事がある。一命は取り留めたが、人格はズタズタ。再起不能になっちまった。今でも俺の息のかかった病院施設で介護している。だからこの店にも迷惑をかけないようにコイツを持ち込んで配置させたんだ」
「なるほど、アンドロイドなら拉致られて痛めつけられても、こっちには良心は傷まんからな」
その言葉に天龍は頷かなかった。ただじっと静かに微笑むだけである。
「俺は行くぞ。暇ではないんでな」
「わかった。この店の払いは俺が出しておくよ」
「そうか、ありがとうな」
聖の善意に、天龍は謝意を口にした。そしてそのまま扉の向こうへと姿を消したのである。あとに残されたのは聖だけである。
「さて、俺も少し腹ごしらえしていくか。おい――」
聖もこの店で昼食を取ることにしたらしい。天龍に従っていた女性給仕のアンドロイドに声をかけたのだ。
「俺も何か食べていく。用意してくれ。それと天龍の払いは俺が出す」
「是的、先生」
中国語で返答し、また部屋の外へと連絡をとる。聖が待つ間もアンドロイドの彼女は勤勉であり、不満1つこぼさずに淡々と役割をこなしていく。その姿を見つめつつ聖はこう口にしたのである。
「さて、この街と言うテーブルに、何が出てくるのか見させてもうよ、天龍――」
意味深な言葉を吐きつつも聖は悠然と席に腰掛けていた。かれの疑問に答える声は無かった。
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X5:[特攻装警関連情報集積ルーム〔バー・アルファベット〕]再び
〝ベル〟は再びX-CHANNELの最下層フロア『コキュートス』に舞い降りていた。そしてナビの誘導するままにとある扉の前へと佇んでいた。
扉には、特攻装警関連情報集積ルーム〔バー・アルファベット〕と記されている。午前中にペロと訪れた場所である。
そしてその扉の両サイドには西洋甲冑姿の甲冑戦士がゲートガードよろしく大型の戦斧を手に警護している。セキュリティ識別システムの概念イメージである。その甲冑戦士が訪ねてくる。
『本エリアは限定資格フロアです。来床資格の無い者は強制排除されます。来床資格をご提示ください』
ベルは自らの資格を提示した。
「〝ベル〟です。先程、ペロさんに登録承認していただきました」
『了解、これより識別IDをチェックします。動かないでください』
その言葉の後に甲冑戦士のヘルメットのバイザーが上がり、内部から青白い光が照射される。
セキュリティーによる固有IDの識別処理がされ、十数秒後にバイザーは閉じて光が消える。甲冑戦士はベルを正規登録者として承認した。
『フロアメンバー【ベル】様、ようこそいらっしゃいました。〝扉〟を開きます』
その宣言の後にルーム入り口扉が開く。招かれるようにベルはその中へと足を踏み入れていった。
そこはオールディーズ時代を想起させるような〝オーセンティックバー〟と呼ばれる正統派のクラシカルスタイルのバーだった。否、バーの様な意匠を施したカスタムルームであり恒久設置型の会議室にのみ許されている仕様だ。このルームのメンバーの場合、秘密の隠れ家としてのクラシカルなバースタイルを狙ったのだろう。
ルームの中にはすでに人影があった。猫紳士のペロに、ファンタジーの旅人姿のダンテ、バーマスターのモノリス氏に、見慣れない影が2名ほど追加されている。
英国のパブリックスクール風の燕尾服制服姿のアバターが一人に、シルバーのロングヘアで首から下は後ろが透けて見える半透明なロングドレス少女が一人、いずれも落ち着いた雰囲気の上達者と言う佇まいであった。
「失礼します」
落ち着いて、それでいてはっきりとベルは挨拶をする。すると最初に反応したのは猫紳士のペロだ。
「お、迷子にならずに来たね?」
「迷子になんかなりませんよ。子供じゃないし」
ペロに続いてダンテも声をかけてくる。
「ベル、彼らもこのルームの正規メンバーだ。紹介しよう〝アーサー〟と〝ミルドレッド〟だ」
アーサーが燕尾服制服姿でダークブラウンヘアの白人風。ミルドレッドが頭部以外が半透明なミステリアスなアバターのドレススタイルだ。
「やぁ」
シンプルに挨拶するのがアーサー。
「よろしくね」
穏やかな語り口はミルドレッド。
いずれもこの部屋の雰囲気にふさわしい口調と佇まいである。
だが猫紳士のペロは先を急ぐように語り始める。
「すまないが早速だけど――」
丸テーブル周囲にベルを含めた5人が座を囲む。ペロへ4人の視線が1手に集まった。
「――今、特攻装警たちを囲む状況について整理したい。かなり緊迫しているようだ」
ペロがそう語ればアーサーが――
「そのようだね」
――そうつぶやきながら自らの手元の当たりにタブレット状の映像パネルを広げる。必要情報を空間に投影するための操作方法の一つだ。完全にVR空間上で両手でのハンドリング操作でデータを操作するスタイルなのだ。
「まさか、こんな連中を引っ張り込むやつらが居るとはね」
そう苛立ちつつ必要情報を選択して空間投影する。するとそこには一人の老人の映像が複数表示される。日本人ではない白人系で白髪の長い髪の向こうに狂気走った視線が垣間見えている。動画・静止画が複数、輪を描きながら、丸テーブルの中央の空間上で漂っていた。
「こいつは――!」
ダンテが息をのむ。ミルドレッドが深刻そうに眉を潜めていた。ペロもあまりいい表情とは言えなかった。皆の反応に疑問をいだいたのはベルである。
「あの――」
ベルが声を発する。
「――このお爺さんって?」
実態が17になったかならないかのティーンエージャーであるベルではこの手の情報に聡いとは言えない。ペロもそれは分かっている。優しく掻い摘むように最もふさわしい表現を選んで教えた。
「この人はね――、今現在、世界で一番危ないお爺さんさ」
ペロの言葉にミルドレッドがうなずく。
「えぇ、世界中から嫌われている世界一の厄介者。何しろたった一人で世界中を巡ってテロ活動を続けているくらいだから」
「テロ? この方、一人でですか?」
にわかには信じられない。だがその疑念を打ち消すように説明を始めたのはアーサーである。
「厳密に言うとひとりじゃない。配下となるアンドロイドの部下が何人かいる。だが彼と行動を共にする人間は居ない。意思決定者としては一人だが、それを実行するのは複数の存在だ。まるで〝人形〟を操る悪い魔法使いのようにね――」
アーサーの説明にダンテが続けた。
「闇社会での通り名は『マリオネット・ディンキー』――インターポールを通じて世界中の警察や治安組織に危険情報が共有されているくらいだ。当然、日本でも警戒はされていたがある事情から上陸は無いだろうと見られていたはずだが――」
そこまで語ってダンテは気付く。
「待てよ? こいつのターゲットは」
「こう言う人達ね」
ミルドレッドもデータを操作し始める。所有するVR体験システムに大規模データベース装置がリンクされており、ヴァーチャルグローブでの操作を通じて仮想空間上に引き出せるのだ。無数に集積された光の塊をルービック・キューブでも操作するように器用にコントロールして必要なデータを取り出していく。
そこには著名な〝英国国籍〟の有名人が多数呼び出されていた。それを丸テーブルの中央に円環表示させる。
「彼のターゲットは全て英国人、それも人種がどうとかということより、英国と言う国の国民であれば誰でもいいと言う状態ね。ビル、空港、飛行機、企業、船舶、軍事基地――手当たり次第に近いわ。だから当然、活動エリアは欧州が多く、次いで北米大陸――あとは旧英国植民地で今なおイギリスとの協力が盛んな国ね」
「つまり――」
ペロが指(?)を組みながら話をまとめる。ベルに聞かせるためにだ。
「――この変なお爺さんは、執拗にイギリスの人間だけを狙っているのさ。神出鬼没で遠慮無用――ほんと厄介な人間さ。でも――あ? まてよ?」
ペロもまたデータを操作し始める。彼の場合は空間に光のキーボードを映し出しキータイプするスタイルだ。
「たしかさぁ、今年の11月にコレあるよね?」
ペロが表示させたのはとあるプレスリリース記事だ。そこにはこうあった。
【 世界未来世界構想・国際サミット 】
【 日時:2039年11月3日 】
【 会場:有明1000mビル第4ブロック 】
【 有明スカイメッセ 】
「これ、世界中から知識人とか著名人とか、学会の有力者とかてんこ盛りでしょ? 当然イギリスからも――」
ペロが言えばアーサーが調べる。
「これだな」
【 世界未来世界構想・国際サミット 】
【 英国代表: 】
【 英国王立科学アカデミー内 】
【 自主研究ソサエティ『円卓の会』 】
【 代表:ウォルター・ワイズマン 】
「この集団って――」
さらにダンテが懐から緑色の燐光を放つ球体のオーブを取り出す。ダンテはそれを介してデータ操作をしている。
「この人が居るだろう?」
【 人工頭脳学博士 】
【 チャールズ・ガドニック 】
チロリアンハットの下、めったに見せない視線が光っている。
「――現在、世界中で普及しているアンドロイドに用いられている人工頭脳の主流・クレア頭脳を発明した人物だ」
ミルドレッドが言う。
「当然、彼も来るでしょうね。印象に違わず良くも悪くも英国人気質そのものな人だから、たとえ日本政府が来るなと言っても――」
そこにペロがため息をつきながら言った。
「――来るだろうねぇ。テロに屈するのはプライドが許さないだろうから」
ペロのその言葉に皆が言葉を失っていた。否、戸惑い呆れていたと言ったほうがいい。だがその沈黙に声を発したのは誰であろう――
「あの――」
――置いてきぼりを食らっていたベルである。
「この状況でイギリスを代表するようなすごい人が日本に来るのって、なんか狼に生肉なげてるような気がするんですけど」
いかにも素人っぽい表現だった。だがある意味核心をついた表現でもある。ミルドレッドが苦笑しつつもベルを褒めた。
「面白い表現ね。でも案外核心をついてるわ」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。だって――」
ミルドレッドがキューブタイプのコンソールを操作する。そしてテーブル中央にとある構造物を表示させた。
――有明1000mビル――
完全完成時の建築高が、ちょうど1000mになる事から付けられた名称である。
「これをみて」
3DCG映像により1000mビルの構造が映し出される。完全完成時の最高高さが1000m、それが4つの工期に分けられている。現在は第1工期が完成したところであり全てで12ブロックある構造の中でも第4ブロックまでが完成している。
国際サミットが開催されるのは第4ブロックである。そこに国際見本市会場としての有明スカイメッセが設置されている。ビジネスブロックも兼ねていて、多彩な国際規模のビジネス展開が可能と言うのが触れ込みだった。だが――
「この第4ブロック、完全に〝空中の孤島〟よね。万が一の事が起きたらどうやって逃げるのかしら?」
「逃げられませんよね――」
ベルが当惑しながら答えた。ミルドレッドが頷きながら続ける。
「テロリストとしては理想的な環境よ。直接殺害できなくても火事でも起こせれば高確率でダメージを与えられるだろうし」
「こりゃぁ」
ペロが頭を掻きながらぼやく。
「絶対来るねぇ、ディンキーの爺さん。こりゃ日本警察が大変だな」
「そうだね」
アーサーが同意していた。だがダンテが新たな情報を投げ込んだ。
「でもね、出処は言えないが風聞としてこの件でとある組織が動いていると言われている」
目深にかぶったチロリアンハットの下で鋭い視線が動いている。ベルが問う。
「それってなんですか?」
ベルの言葉にダンテは視線を投げつつ答えた。
「首都圏下最大規模広域暴力団・緋色会」
その言葉にベルの顔が凍る。
「ス、ステルスヤクザ?」
ダンテははっきりと頷きながら続けた。
「21世紀初頭の暴対法の施行以後、日本の犯罪組織の主流だったヤクザは大幅に弱体化を招いた。だが、一部はマフィア化し社会の地下に潜ったり、拠点を台湾やシンガポールなどの海外に移すなどして生き残りに成功した。中でも緋色会は、構成員のほぼ全てを〝企業舎弟化〟する事で暴対法における指定暴力団との認定をすり抜けた。今なお猛威を奮っていると言われているんだ」
「目に見えない存在と化したインビジブルなヤクザ――そこからステルスヤクザって呼ばれるようになったのは――ベルも知ってるよね?」
ペロが話をまとめれば、ベルもうなずいた。
「東京の繁華街でうろついてる若い子たち間でステルスヤクザを怖がらない人はいませんから」
「だろうね。今、若者たちを一番餌食にしているのは間違いなく奴らだから」
ペロがつぶやく。そしてダンテがベルに問いかけるように続けた。
「たしか、ステルスヤクザの下位組織としてこう言う連中が活躍してるのは――知っているね?」
【 資料映像: 】
【 種別:武装暴走族 】
【 条件:首都圏下にて活動している 】
【 武装暴走族の代表的映像 】
そこに描かれているのは暴走族とはいい難いような異常とも言える奇異な連中であった。ド派手なメイクやファッションは当然として、その映像の全てに映るのがサイボーグだと言う事実。それもサイボーグと一目でわかる様な露骨な武装目的の改造がほとんどである。
嫌悪し吐き捨てるようにミルドレッドが言う。
「武装暴走族――ハイテクの使い方を履き違えたクズども」
アーサーが補足する。
「首都圏下はもとより日本全国の大都市圏を中心に大小無数のチームが群雄割拠している。小規模は数人規模から大規模は千人以上――、またそのチーム間の力関係も複雑で抗争も日常茶飯事――一般市民への影響も大きいと聞く。そして――」
アーサーそこでとある人物の映像を写しだした。
【 特攻装警第3号機『センチュリー』 】
【 形式:APO‐XJ‐C001 】
【 所属:警視庁生活安全部少年犯罪課 】
「日本警察はその対抗策として彼を特別に生み出したんだ。武装暴走族対策としてね」
――そう、センチュリーである。
それを目の当たりにした時、ベルの脳裏に思い出されるものがあった。
「そう言えば――」
ベルの顔に皆の視線が集まる。
「渋谷の街で武装暴走族の人たちの間で〝ハマ〟ででかい仕事がある、って噂が流れてるんです。断片的な噂があちこちを飛び交ってる状態なんですが、つなぎ合わせて考えるとどうやら〝横浜の湾岸地区にて密輸か密入国に関わる裏の仕事〟があるようなんです」
その言葉にミルドレッドが首をかしげる。
「ちょっと断片的すぎるわね」
「すいません、ですがもう一つ――、これは〝あの人〟から直接聞いたんですが」
「あの人って?」
「センチュリーさんからです。今日は横浜で仕事をするって言ってました。詳しい内容までは教えてくれませんでしたが」
「ベルちゃん」
ベルに声をかけたのはペロだ。
「ナイスな情報、ありがとうね。若い人たちの口コミ情報って侮れないからね。コレまで集まった情報を組み合わせるとこうなるね――
英国人狙いのおっかないテロ爺さんがサミット狙いで日本に来る可能性がある。それを支援しようとしているのがステルスヤクザの代表格の緋色会、同時にステルスヤクザの使いっ走りになりそうな武装暴走族の間で横浜で裏の大仕事が予定されている。そして――」
ペロの指先はテーブル中央の空間上に投影されているセンチュリーを指さしていた。
「――その横浜に応援で向かったのがこの特攻装警イチのトラブルメーカー! ただじゃあすまないねえ。どうする? みんな?」
そうペロが唱えれば、アーサーが言う。
「どうもこうもないさ、今は冷静に見守るだけさ」
ミルドレッドも言う。
「そうね、なにかするにしても情報不足だわ」
ダンテも告げる。
「監視と情報収集は続行しよう」
その言葉に続けたのはペロである。
「そうだね、なにより今は、彼ら〝特攻装警〟たちの可能性と実力を信じようじゃないか。彼らが〝国際規模〟の犯罪者たちにどれだけ通用するかをね」
その言葉にベルも頷かざるを得なかった。たとえどんなに大きな〝敵〟が現れたとしても――
「それを乗り切る以外にあの方たちに道はありませんから」
――それが一つの現実なのだ。
今もまた事件は進んでいく。ベルはセンチュリーの事を思い憂いている。
センチュリーは今もまた、横浜の夜の帳の下で戦っている。また無事に街角で会えるように祈らずには居られなかったのである。