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インターミッション3『フィール』

インターミッション第3回です!

今回は秘密のベールに包まれたある存在が登場します!

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 特攻装警の紅一点、第6号機フィールの本来の所属は捜査部である。

 

 捜査部捜査1課が本来の所属であり、機動捜査隊とも連携して、様々な凶悪事件の初動捜査で速やかに現場状況を把握したり、他の捜査部にも課外協力を行い、捜査部が担当する様々な凶悪事件の捜査活動を補助するのが本来の役割である。

 そう、本来の――

 

 だが、ある事情からフィール本来の任務に重大な支障が出ていた。

 この所、来賓の接待から、公式行事の補助、果ては警察の宣伝イベントへの協力から、公安部門からの調査依頼まで、フィール本来の役割を逸脱した協力依頼があまりにも多すぎるのだ。

 重ねて言うが、フィールは捜査部所属である。

 総務部でも、広報部でも、警察音楽隊所属でもない。警察の最前線である捜査部所属である。

 

 捜査部の女性刑事の役割を補助するのが開発当初から求められていた本来の役割なのである。

 それに加えて、日本警察最新鋭の早期警戒管制システムを有した『空の目』としての役割も重要である。犯人追跡から、上空からの証拠集め、さらには大規模な交通誘導管制にも絶大な成果を上げることが可能だ。

 フィールという存在は本来の役割に用いれば極めて優秀なのだ。


 だが、それを全うするにはあまりにも“雑用”が多すぎた。

 そう――

 フィールをマスコットとして扱おうとする輩があまりにも多すぎるのだ。

 

 その事を訴えるためにフィールは捜査1課課長である大石とともに部署に出頭していた。

 

【特攻装警運営委員会】


 警察庁と警視庁との共同で運営されており、特攻装警の公正な運用を行うために、特攻装警にまつわる複雑な意思決定と判断を、一箇所に集約することを目的として設立されたセクションである。

 

 フィールと大石課長は連れ立って運営委員会に出頭していた。フィール本来の役割を再確認し、その適切な任務遂行を取り戻すためである。

 特攻装警を預かる者からは『鬼の巣』とか『閻魔大王の机』とか揶揄されるほど、緊張を強いられる恐ろしい場所であったがそんな事は言ってられない状況にあった。

 フィールも大石課長も困り果てていた。それを訴えるために今日、この場に出頭していたのである。

 

 

 @     @     @



「なんだこれは?!」

「イベント、イベント、イベント――、レセプション――まったく本来の業務スケジュールが狂いまくってる」

「警視庁は何を考えているんだね!!」


 部屋いっぱいに響き渡るような怒号があがる。

 大声を張り上げているのは、警察庁トップである警察庁長官の補助をする警察庁次長の近藤である。

 彼と一緒に大石からの報告書に苛立ちを覚えているのは、日本全体の警察を管理監督する役割を負っている警察庁の幹部連中だ。あまりにフィールの本来の役割からかけ離れた任務実態の多さに驚きと苛立ちが溢れかえっている。

 

 ここは警視庁内部の会議室の一室。警視庁上層部の人間が重要案件について議論するときに用いられる部屋である。その会議室で行われているのは『特攻装警運営委員会』の緊急集会である。

 運営委員会の主要なメンバーは国家公安委員会からの代表者1名をトップとして、警視庁と警察庁からそれぞれ特攻装警の運用に関わると判断されるセクションの課長級以上から適時選抜されている。さらに特攻装警の開発研究を担当している第2科警研から所長の新谷もメンバーとしてカウントされている。その総数20名、日本警察最後の砦である特攻装警を管理監督し適切に運用するために集められた精鋭たちである。


 国家公安委員会からの代表者と第2科警研所長を間に挟んで、警視庁と警察庁が会議用のテーブルを2列に挟んで向かい合わせに座っている。そして、警視庁側の列のもっとも上手に座っている人物が警察庁からの指摘を受けて弁明に必死になっているところであった。


「いえ、それは――、特攻装警の役割を周知しようと――」


 額いっぱいに汗をかいて弁明を繰り返しているのは警視庁の副総監で名前を浦安という。その年の春の人事異動で副総監に昇進したばかりの男だ。副総監は特攻装警運営員会の選抜対象であるために選ばれたのだ。警視庁の側でこの運営委員会のトップの座にあるのはこの副総監である。警視庁、警察庁、双方とも、組織トップの警視総監や警察庁長官は運営委員会には口出しをしないのが暗黙の了解であった。そのため、それぞれのナンバー2である副総監や警察庁次長が、双方の組織の意見の最終取りまとめ役を担う事となっていた――はずなのだが――

 

 警視庁副総監の浦安はなおも弁明を繰り返そうとする。だが、そこに強く切り込んだのは警察庁の技術審議官の丸山である。

 

「なにが、周知活動だ! 馬鹿も休み休み言いたまえ! こっちの業務記録では広報活動として報告が上がっているが、その内容を精査すれば場所は高級ホテルでそこに財務省官僚が同行――事実上の接待じゃないか! こんなものがよく承認が通ったものだな!」


 丸山の隣で腕を組んで場を眺めていたのは、刑事局刑事企画課課長の船井と言う男だ。ヤセ型のシルエットの船井は向かい合わせに座っている警視庁からの参加者を前にして静かに語りだした。

 

「1つお聞きしたいのですが――」


 冷ややかな表情の船井は、副総監の浦安を無視して、特攻装警の現場任務に直接に関わることとなる課長クラスの面々に視線を走らせる。

 

「特攻装警に関して、我々警察庁と言うのは、長期的な視点に立った組織運営や活動承認、様々な関連団体との調整役などを通じて、幅広いバックアップ活動を行うことを自らに課しています」


 船井の言葉に警察庁の面々は静かに頷いている。


「それと言うのも、特攻装警の実際の諸活動に関わっている警視庁の皆さんの方が、特攻装警の諸任務の実際の管理監督役にふさわしいと判断したからに他なりません。それ故、我々はこれまで特攻装警の現場活動に対して口出しする事は慎んできました」


 船井の言葉に、その隣の警備局警備企画課の宗川が頷きながら言う。

 

「船井課長の仰るとおりだ。“餅は餅屋”と言うことわざ通りです」


 船井はさらに告げた。


「それらを踏まえた上でですが――、警察の諸任務の現場で活動されてらっしゃる課長クラスの方々にお伺いしたい。この大石課長から報告が上がっているイベント活動依頼――、これらは特攻装警の役割に本当に必要なものでしょうか? 皆様方の率直なご意見をお伺いしたい」


 船井は表情は穏やかに笑っていたが、その目は鋭く周囲を見つめていた。その視線を受けて警視庁の面々は内心、忸怩たる思いを抱いている。彼が放った言葉のその真意、それを解らぬ警視庁ではない。答えを誤れば警察庁側が“特攻装警の管理権限の明け渡し”を求めてくるのは明白だからだ。

 場の視線が一瞬、ある男のところへと集まる。今回の事態を招いた張本人、副総監の浦安だ。警察庁からの追求にもただ黙したまま額の汗を拭くばかりで皆が納得する答えを出す気配は全く無かった。その無責任さに呆れつつ、警視庁の面々は特攻装警を守るためにも、明確な返答を返そうとしていた。

 

 まず先に口を開いたのは少年犯罪課の小野川だ。

 

「少年犯罪課の小野川です。昨今の少年犯罪は凶悪なカルト組織に青少年たちが常に脅かされている状態です。そう言った事態を解決し青少年を犯罪から守るためにも、特攻装警センチュリーはほとんど無休で毎日のように現場にて活動を続けている状態です。そう言った状況から考えても、特攻装警をイベントに借り出す事にそれほどの重要性があるとは考えられません。もし、センチュリーにその様な依頼があったとしても同意する必然性がありません。無論、センチュリー本人が拒否するでしょう」


 それを追うように意見を述べるのは組織犯罪対策4課の霧旗だ。警察らしからぬ歴戦の老兵の様な風貌の霧旗は暴対の最前線で暴力団組織に立ち向かい続けてきた。襟元を正してネクタイをしっかりと締めている姿は警察の現場を支える老骨そのものである。

 霧旗は形式的に頭を下げつつ挨拶する。

 

「暴対の霧旗です。警察庁の皆様方もご苦労さまです」


 そして、その口からしわがれた声で滔々と私見を口にし始めた。

 

「率直に言いますね。ヤクザやマフィア相手に睨み効かせている身の上としては、うちのアトラスにはまだまだ現場で頑張って貰わないと困ると言うのが本音ですわ。地道な地取りにがさ入れ、違法サイボーグヤクザの制圧戦闘に、証拠不足の時の強行突入――、あの『自分自身が証拠になる』ってアレですわ。我々生身の人間の刑事では太刀打ち出来ない事態にアイツにはどれだけ助けられたかわかりゃしません。最近ではヤクザ界隈ではアトラスのことを『片目』と呼んで敬遠しているくらいです。特攻装警という存在の有用性は第1号機を宛てがってもらえた儂らが一番良く分かっております。ですが――、それでも犯罪現場の状況を考えるのであれば、できればもう一人特攻装警が欲しいくらいですわ。先日の有明のサミット警備でもうちのアトラスを貸しましたが、戻ってくるまでは暴対の現場が死にそうになりました。もう、かんべんして欲しいですわ」


 暴対に身を置くものとして、組織犯罪者に立ち向かえるだけの剣呑さと胆力が求められる。霧旗は軽妙な語り口で笑いを交えながら語っていたが、その目は一時たりとも笑っては居なかった。


 霧旗が語り終えると次に口を開いたのは公安4課だ。公安4課は本来は資料収集と調査活動を旨とするセクションだが、旧来のサイバー犯罪対策課とは全く別の観点から、積極的な情報犯罪の摘発を目的として、組織内容を改変し、その隷下に『情報機動隊』を設立した経緯がある。特攻装警ディアリオを配下に置いているのは、実質的にはこの公安4課なのである。

 代表として会議に参加しているのは4課課長の大戸島――、極端にシルエットの細い、酷薄な印象のフチ無しメガネの男性だった。

 

「公安4課課長の大戸島です。警察庁の皆様方の日頃のご尽力には感謝いたしております。率直に申しますが今回の問題は公安4課としても公安部としても、信じられないと言うより他はありません。我々、公安4課と情報機動隊は非合法な手段も視野に入れながら国体安泰を最終目的として重篤な情報犯罪やネットワーク犯罪の討伐・抹消の為に活動しています。現在の情報犯罪の複雑化と悪化しつづける状況を鑑みるのであれば手段など選んでいられないというのが正直なところです。

 それらの現状解決のためには、特攻装警第4号機のディアリオの情報スキルは必須であり、それを本来の任務外に用いることなど言語道断言うよりほかはありません。よって今回のフィールの置かれている状況には強い疑問を呈するものです。以上です」


 大戸島は淡々とした口調で一気に言い切った。その口調には刑事警察の人間にはない、目的第一主義の者の冷淡さが垣間見えた。公安警察の特色が現れたとも言えるだろう。ただ、話し終えると大石や小野川といった他の課長たちと視線で合図をする。それなりの意思疎通はできているようである。

 そして、場の流れを察して次に意見を述べたのは警備部警備1課だ。機動隊員用の制服姿の近衛である。

 

「警備1課課長の近衛です。この度はご会堂いただき誠にありがとうございます」


 警察庁の面々に対して頭を下げ礼儀を通す。その語り口はとても落ち着いたものであった。

 

「あくまでも私見として述べさせていただけるならば、現在の特攻装警フィールの運用状況には著しい憤りを感じるものであります」


 そう告げる近衛の視線は、警視庁を代表するはずの浦安副総監に投げかけられていた。そして、速やかに視線を会議机を挟んで向かい合った警察庁のメンバーへと向けられる。


「そもそも我が警備部、すなわち機動隊が特攻装警の配属を望んだのは、凶悪化し重武装化する機械化犯罪に対処する上で、犯罪現場にて我が警察職員の人命が失われるという人的消耗の問題を早急に解決しなければならないと言う切羽詰まった事情があるからです。その対処のための方策として、武装警官部隊が設立されて全国で運用されているのは周知の事実ですが、あまりに過酷な勤務状態に、武装警官部隊と機動隊ともども連日のように改善要求が上訴されております。

 それらに加えて、先日の有明の超高層ビルでのテロ案件の様に、生身の人間では対処することが不可能な事案も発生しつつあります。そのような状況下で1号アトラスに始まり、最新鋭機7号グラウザーの存在は、最前線で生命の危険にさらされる現場隊員からすれば守護神とも言える存在になりつつあります。それに加えて我が機動隊の第5号機エリオットは非合法な極秘任務案件にも携わっており、その存在自体が市民社会から秘匿されております。それはすなわち都市社会の治安維持を再優先するのであれば、我々警察の内部事情は可能な限りマスメディアから隠しておきたいという切実な実情があるからです。マスメディアの目に晒されることにより犯罪者や非合法組織にも知られることとなり、さらなる犯罪手段の出現を促す事にもなりかねません。

 今回、捜査1課の大石課長から提出された本議案に関しましては、捜査部門の現場において多大な障害となるのは明白であり、一刻も早く犯罪捜査任務にフィールを専念させるべきと考える次第です。以上です」

 

 近衛は日頃から抱いていた思いを、様々に表現を変えながら一気に語りきった。その熱のこもった言葉に警察庁の人々もしきりに頷いている。すなわち現状のままでいいとは誰も思っていないのは明白だからである。

 船井は、警視庁の課長たちの言葉の一言一言に頷いていたが、未だ未発言だった交通部にも意見を求めることにする。その交通部からは交通総務課の女性課長が参加している。女性ながら課長職に就き、交通部の業務を影から支えている才女の仁科である。

 

「交通部の仁科課長、なにかご意見は?」


 仁科は、船井に問いかけられて頷きつつ言葉を発した。

 

「そうですね――、我が交通部には未だ特攻装警は未配備ではありますが、少年犯罪課に配属されている3号機のセンチュリーには常日頃から協力いただいている状況です。一般の交通取り締まりの他に、武装暴走族と言ったサイボーグカルト集団の取り締まりと犯罪事案の対応では特攻装警との連携無しには、対処することは不可能な状況にあります。

 捜査部の6号機フィールからは、上空からの取り締まり管制と言う面で日頃から協力を頂いており、もはや東京都下の都市部においては、フィールとセンチュリーの協力は欠かせない状況となりつつあります。できうるなら速やかに第8号機を建造し交通部にも配備を強く求めるものです。

 そう言った観点からも、今回のフィールの不適切運用の問題は、絶対に看過できない致命的な問題であると考える次第です」

 

「ご回答ありがとうございました。捜査1課の大石課長からはなにかご意見は?」


 仁科の言葉に船井が丁寧に返礼している。そして、議論の締めとして今回の議案の提出者である大石へとコメントを求めた。もはやことここに至れば大石が述べる言葉は1つしか無かった。

 

「私からの意見は、本委員会に上程いたしました提案書兼報告書にまとめてありますのでお手元の資料をご確認ください。なお、補足として私的意見を述べさせていただけるのであれば、現在策定運用されている“特攻装警運用規約”には大きな不備があります。それはすなわち、特攻装警の適用業務の範囲に関して、何の基準も設けられていないという問題です。決まりがないから何をさせても良いというわけではありません。この点において本委員会にて、運用規約の速やかなる改訂が必要であると訴えるものです」


 それは特攻装警の今後を考える上で、どうしても考えておかねばならない問題であった。

 特攻装警はある種のエキスパートである。何でも屋の雑用ではないのである。大石の訴えは当然であった。大石の言葉に船井は頷き返した。

 

「それについては私ども警察庁も同意見です。速やかに運用規約の改定案についてその内容も含めて後日、本委員会において検討を始めたいと思います。その際にはご協力をお願いするものであります。――さて、最後になりますが新谷所長、何かご意見は?」

 

 船井は、特攻装警の生みの親たる第2科警研の代表者にも意見を求めた。それまで沈黙を守っていた新谷だったが、船井の声を受けていつもの明るい語り口で話し始めた。

 

「意見も何も――、この場で私が言えることは何もありませんよ。そもそも、私は開発者であり技術屋です。その我々が生み出したものが、適切に運用されているかどうかについては、ただ一言『キチンと取り扱って欲しい』としか、述べることが出来ません。

 だいたいどんな存在にも“存在意義”と言うのがあります。何故この世に生み出されたのか、何故必要とされているのか、その理由があるはずなのです。私どもエンジニアはその理由に基づいて必要とされるものを必要な分だけ作り出すだけです。それでもなお出せる意見があるとすれば――」


 新谷は一呼吸置くと、右手でフィールを指し示してこう語ったのだ。

 

「――私達が生み出したその存在自身に意見を求めて見てはいかがでしょうか?」


 新谷の言葉に皆の視線がフィールに集まっていく。

 大石の隣でじっと席についていたフィール。警視庁の婦人警官の正装制服を身にまとい、頭部には制帽をいただいてフィールはじっと沈黙を守っていた。その沈黙するフィールに船井は声をかける。警察の備品ではなく、自らの意志と役目を持った警察職員として発言を求めた。


「特攻装警第6号機フィール、問題の当事者である君自身の率直な意見を聞かせてもらいたい」


 それまで周囲を見守りながら沈黙を守っていたフィールだったが、発言を許されて毅然とした態度と落ち着いた声で意見を述べ始めた。第2科警研所長の新谷はフィールが自らの意見を述べるのを受けて、自らの愛娘に等しい存在のその身を案ずるようにじっと見守っている。

  

「私は――」


 フィールは、静かに微笑みながら言葉を紡いでゆく。

 

「イベント任務は決して嫌いではありあません。例えば、外国からの来賓に日本警察について認識を深めてもらうための対応任務や、特攻装警と言う存在に対して好意やあこがれを抱いている学童や学生たちとの交流イベント、あるいは先日の有明のテロ事件での特別出向でのSP任務など、警察という組織のイメージ改善を図ることは大変重要だと思います。また、捜査部の任務を超えて、多種多様な任務をこなすことで私自身のスキル向上が図れるというメリットが有ります。その意味でも今まで私が着任してきた任務は、そのいずれもが欠くことのできない重要なものだと考えています」


 フィールは満足そうに微笑みながら意見を述べている。だが、彼女の発言はそこで終わりでは無い。本当に伝えたい事はその先にあるのだ。フィールは強い視線を湛えながら臆すること無く意見を述べ続けた。

  

「ですが――、それも限度という物があります。私の役割は捜査部での犯罪捜査活動の補助であり、捜査対象者とのネゴシエーションスキルの行使です。さらには固有の飛行能力を駆使して、他部門との連携を行うこともあります。生身の人間では太刀打ち出来ない存在に対して、非常戦闘を行うのも重要な業務です。

 しかしながら、現在は、それらに専念するのが困難であるほどに、毎週のようにイベント任務が持ち込まれている状態です。それと言うのも私という存在が一部でアイドル視され、警察外部の一般企業から協力依頼が連日のように持ち込まれ、上層部がこれを拒否すること無く受諾しているのが原因です。先日の有明テロ事件で特攻装警の存在がクローズアップされた事で、それらの傾向に拍車がかかってしまったのも要因の1つだと思われます。

 私は――、やはり特攻装警と言うのは“生身の人間では成し得ない”限界を超えた任務に従事してこそその真価を発揮すると思うのです。そのためにも、速やかなる適正運用への回帰を強く訴えたいと思います」

 

 彼女の凛とした声が会議室に響き渡っていた。警視庁の面々も、警察庁の面々も、フィールの意見のその真意について誰もがしっかりと理解していた。おそらくは“一人”を除いて――

 

 副総監の浦安は困り果てていた。本来ならただ一言『適正運用を図る』とだけ答えればいいのだが、それだけは口にしようとしない。そればかりか時折苛立ちの表情すら浮かべているのが判る。

 その彼の苛立ちの正体――、それを白日のもとに晒すべく意見を述べようとする者がこの会議に参加していた。警視庁捜査部捜査2課の課長で小崎と言う男だ。小柄なシルエットの彼は、重要な資料を手に挙手をして声を発した。

  

「ちょっとよろしいでしょうか?」


 周囲の視線が小崎のもとへとすみやかに集まる。収賄や詐欺と言った知能犯を相手にする捜査2課、その課長が何かを述べようとしていた。

 

「なんでしょうか、小崎課長」


 警察庁次長の近藤が返答する。小崎はさらに畳み掛ける。

 

「今回の件について告発したい案件があります。ただいま資料を配布いたしますのでそちらをご覧ください」


 小崎の言葉に応じて警視庁の女子職員が浦安副総監を除く、全ての会議参加者に資料の入ったフォルダーを配っていく。それが全員分に行き渡ったことを確かめて更に言葉を発した。

 

「資料をご覧になられましたでしょうか? 我々、捜査二課では、一部の広告代理店企業からの悪質な収賄事件の重要証拠を確保するに至りました。それらを精査した結果、或る事実が判明いたしました」


 その資料に目を通していけば、愕然とした表情や、憮然とした表情が瞬く間に広がっていく。そしてその資料がもたらす事件の張本人へとすべての視線が集まっていく。小崎はなおも発言を続けた。

 

「都内の一部の広告代理店やイベント企業から、警視庁上層部のある人物に対して、多額のリベートが支払われていることが判明いたしました。特攻装警フィールを優先的にイベント参加させる代わりにバックマージンが支払われる。さらにはイベントにフィールが優先的に参加させられるように便宜を図る。そう言った悪質な行為が行われている事実を確認いたしました。

 特攻装警フィールが本来の任務に支障をきたすほどに、イベント参加がスケジューリングされているのはこれが原因だと判明いたしました。リベートを支払っている企業については配布しました資料をごらんください。そして、そのリベートを受け取っている人間ですが、実は、この会議室の中に来ておられます」


 捜査2課が配布した資料を目にすれば、嫌でもある人物に怒りの視線を向けざるを得なかった。

 近衛が怒りの形相で睨みつけている。

 大戸島はもはや呆れ果てて資料に目を通すことすらしていない。

 鼻で笑い冷ややかに見つめているのは霧旗で、

 大石と小野川は互いに視線を合わせながら意見を交わしていた。

 

「おいおい、こりゃぁ――」


 新谷は思わず吹き出していた。あまりにも在ってはならない事態に怒るよりも笑うしか無いのだ、

 警察庁次長の近藤が回答を求めていた。

 

「これはどういう事かね?」


 浦安は答えに完全に窮してうつむいて呻くことしかできないでいる。

 国家公安委員会からの代表である笹原が鋭い視線と怒りで浦安を睨んでいる。それまで会議の状況を静かに見守っていたが、なおも何も答えない浦安副総監に対して大声で問い詰める。

 

「答えたまえ! 浦安副総監!!」


 捜査2課が配布した資料は告発状であった。

 

【特攻装警フィールの外部イベント参加にまつわる収賄容疑】


 それが事実であった。もはや一切の弁明すら通らない。うつむきがっくりと肩を落として浦安は一言も発しなくなった。浦安に対してすべての視線が集まる中、国家公安委員の笹原が告げる。

 

「本日只今を持って、浦安副総監を特攻装警運営委員会から罷免する事を宣言する」

「異議なし!」

「異議なし!」

「異議なし!」


 笹原の声にそれに同意する声が続く。浦安をかばう声は皆無だ。

 その上で警務部に緊急連絡が行われる。10分と待たずに警務部の監察官が浦安の身柄を抑えるべく会議室へと姿を現した。そして、すみやかに身柄が拘束されて別室へと拘引されるのである。

 かくして獅子身中の虫は駆除された。こうして、フィールと大石課長を悩ませていたイベント任務問題は急転直下で一気に解決へと向かったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

「本当にありがとうございました」


 運営委員会のメンバーの前でフィールは丁寧に頭を下げていた。そこには警視庁はもとより警察庁のメンバーも居合わせている。撤収が始まった会議室の片隅で、フィールは事件解決に至ったその感謝の気持ちを現していた。警視庁単独では解決が困難な問題だっただけに、警察庁の存外の協力的態度はフィールにとって何よりもありがたいものである。

 しかし、逆にフィールへと返されたのは“詫び”の言葉である。皆を代表してフィールに国家公安委員の笹原が答えていた。

 

「いや、頭を下げるべきは我々全員だ。君たち特攻装警を適切に運営を行わなければならないはずの人間の中から、収賄容疑者を出してしまうことなど、本来なら絶対に在ってはならない事だ。新参者の狼藉とはいえ痛恨の極みだ。本当に済まなかった」


 それに続けて警察庁次長の近藤が告げる。

 

「これからは互いにチェック機能をしっかりと果たせるようにしよう。それに特攻装警の任務の範囲について、適切な規定を早急に作らないとな」

「それはたしかに必要ですね」

「このような事を再発させないためにもな」


 近藤の言葉に近衛が同意し、さらには刑事局刑事企画課課長の船井の声が続いた。さらに霧旗が畳み掛ける。


「しかし――運営委員会のメンバーが収賄とは。マスコミに指弾されるのが辛いですな」

「たしかに――イベント斡旋程度ですんだから良いものの、これが機密事項や技術情報の流失につながったと考えたら――」

「背筋が冷たいだけではすみませんわ」


 二人の会話は淡々と交わされていたが、その内容の重さをその場に居合わせた誰もが嫌というほど理解していた。現在の日本警察にとっての最後の砦である特攻装警――そのがどれほど脆く薄氷の存在であるかを感じずには居られなかった。

 その空気を断ち切るように声を発したのは公安4課の大戸島である。

 

「やはり――」


 大戸島の声に皆の視線が集まる。

 

「特攻装警の運用規約は一度全面的な洗いなおしが必要でしょう。委員会メンバーの選抜基準も単に役職と階級だけを基準として判断するのではなく、経歴や身辺の洗い出しを経た上で機密保持が確実な堅実な人間のみを集めるべきだと思います。安浦のように『警察の機械化の是非と真価』について理解できない考えの浅い輩は除外してしかるべきです。特攻装警というものの重要性をキチンと理解出来るだけの知性と人間性を備えた人員を選抜すべきです」


 彼の言葉に皆が頷いている。大戸島の意見に技術審議官の丸山が答えた。

 

「つまりは、特攻装警と言う存在を『利権』の1つとは捉えてはならないと言うことです」


 それは、当然の答だった。警察という組織の中にあるなら、誰もが理解して置かなければならない絶対的な前提条件である。運営委員会の最終的な指揮をとる立場にある国家公安委員会の笹原が今後の方針を口にした。

 

「では、早急に運営委員会自身の改革案をまとめることとしましょう。警察庁・警視庁それぞれに案をまとめ、後日話し合いの場を持つことにします。よろしいですね?」


 笹原の声に皆が同意する。そして、最後を締めるように発言したのは第2科警研の新谷である。

 

「本当によろしくおねがいしますよ。創り手にとって、出来上がった物が“無駄”になる事ほど辛いことはないんですよ」


 真剣な表情で新谷は訴えていた。それは新谷をはじめとする第2科警研の技術者たちの総意であり本音であった。警視庁も警察庁も、新谷のことばに頷き返し――

 

「肝に銘じます」


――としか答えられなかったのである。



 @     @     @

 


 そして、警察庁と警視庁、場と時をあらためて話し合いを持つことに同意すると、その日は解散となった。普段から多忙な面々である。挨拶もそこそこに本来の職場へと皆帰っていく。


 そして、最後に残されたのはフィールとその上司である大石である。

 

「フィール」


 大石の声にフィールが振り向く。そして互いに視線を合わせると大石は告げた。

 

「捜査部に戻ろう。機捜から緊急の協力要請が出ているそうだ」


 大石の元へと歩み寄るとフィールは明るく晴れやかな顔で答える。

 

「はい!」

「行くぞ」


 二人は並び立って歩き出すと捜査部へと帰っていく。交わされた言葉は少なかったが、着任以来、苦楽を共にしていた二人には余分な会話は不要であった。大石は自らの捜査1課に連絡を取って指示をする。

 

「私だ。手の開いている者に命じてフィール用の2次装甲装備を用意させろ。本庁屋上のヘリポートから現場へと直行させる。機捜から事件概要の資料を受け取ることも忘れるな」


 今夜もまた遅くまで犯罪捜査に奔走することになるだろう。

 事件がフィールを待っている。安穏として休むわけにはいかないのだ。


次回はインターミッションの第4回です

どんな内容になるかは未定です


挿絵(By みてみん)



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