インターミッション2『センチュリー』
新章開始前のインターミッションの第二話です!
今回はセンチュリーの登場!
普段の彼の勤務の様子が垣間見られます。
都会の街で彼を待つのは誰なのでしょうか?
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センチュリーの朝は早い。
大抵、朝日が昇る前――午前4時には目を覚ます。元々、アンドロイドであるため睡眠は必要最低限で十分なためだが、彼自身の性格的な物も影響していた。
誰もまだ目を覚まさないうちに簡素な寝台から起きだすと、第2科警研の建物の中、地下階にある遮音実験室へと向かう。そして、そこで誰にも迷惑がかからない環境下で朝の鍛錬を始める。
柔軟運動から始まり、套路と呼ばれる中国拳法での基本の型の反復練習、さらにはアンドロイドならではの仮想敵とのシュミレーションバトルトレーニングと続く。
それが終れば今度は自室に戻り常に両腰に下げている愛用拳銃の分解清掃へと続く。
銃種はLARグリズリーマークⅢの44口径マグナム弾。それとコルトデルタエリートの10mmオート弾。いずれもアメリカを代表するオートマチック拳銃コルト・ガバメントのコピー銃だが、強度や構造的に問題が多く作動不良が多い銃として有名だった。使用中に弾丸が銃の内部で引っかかってしまう――いわゆるジャムと呼ばれる作動不良を頻繁に起こす。
無論、警察業務のツールとしては欠陥以外の何物でもないが、彼としては手放せ無い理由があった。
センチュリーには恩人が何人か居る。
その内の一人は、米軍でデルタフォースに在籍していた経歴を持つ退役軍人。盤古創設にも戦略戦術コンサルタントとして関わりを持ち、警察組織に所属した当初のセンチュリーの事を何かと目にかけてくれた人物だ。
残る一人は、米国海軍退役軍人絡みのとあるサイボーグ犯罪事案で知り合った米国海軍・海軍犯罪捜査局の捜査官だった人物で、非公式ながら事件解決に協力しあうすることとなり、センチュリーにプロとしてのストイックさや職業意識の様なものを示してくれた人物だ。
それぞれからグリズリーとデルタエリートを譲り受けている。彼らから受けた心理的な資産の象徴として銃を大切している事もあり、センチュリーはそれらを自ら手放すつもりは全く無かったのだ。
誰にもクレームをつけられないために、その2つの愛銃をセンチュリーは毎朝40分ほどの時間をかけて分解清掃している。それらが終わる頃には6時を過ぎている。愛車であるバイクを駆り、行き付けのファーストフードで軽食をテイクアウトして簡単な朝食を取ると、そこから彼の警察としての業務が始まる。
必要に応じて本庁の少年犯罪課に顔を出し、上司からの指示を受ける。
日課の街頭パトロールから始まり、報告書作成、容疑者の取り調べ、他の捜査係員を同行しての捜査活動、場合によっては捜査対象となる触法青少年たちと接触してコミニュケーションをもち、必要に応じて保護するなど、彼の業務は極めて多岐に渡っている。これに他部署からの協力依頼や、違法武装犯罪者との非常戦闘などが加われば休む暇もないと言うのが現状だった。
だが、センチュリーにはそれを嘆く暇すら無かった。
彼は知っている。街には不運な子供たちが溢れているということを。
正しい教育、正しい家庭環境を得られた子供は今や少なく、むしろ、なんらかの問題を抱えた家庭のほうが圧倒的に多い。
経済的な貧困、育児放棄、虐待などもそうだが、経済的にも一見問題がなくとも、親子間に重篤なコミニュケーション上のトラブルを抱えている家庭もそこかしこにいくらでも転がっているのだ。
いわく、この時代の若者たち子どもたちは、自分を受け入れてくれる存在、自分を理解してくれる存在に非常に飢えており、家庭の外であっても、自分自身を受け入れてくれる存在や人物にであったならば、簡単にそれらに丸め込まれてついていってしまう事が多い。
そこまで行かなくとも、物理的・心理的・経済的に、様々な理由から自分の家に戻ることを疎ましく思い、なんとなくと言う曖昧な理由から夜の都会を漂うようにうろつく若者たちが後をたたない。
そう言う彼らと向かい合い保護する上で必要なのは、ルールでも腕力でも、ましてや威嚇でも無い。彼らの打ちひしがれた心を救い取れるだけの度量の広さであり、冷たく閉ざされた他者への関心を開かせるだけの誠意と熱意であるのだ。
センチュリーは知っている。紋切り型の上から目線では触法青少年たちと挨拶を交わすことすら出来ないということを。そんな彼の性格傾向がアンドロイドらしからぬ情緒性重視のざっくばらんな人柄へと育っていったのは、なにも育成が失敗したと言う事だけではなく、彼の任務上、必然の結果と言えるものだったのである。
登庁早々、前日の業務をまとめた報告書をデジタル文書として作成して提出すると、同僚たちと簡単な打ち合わせをして、都内の繁華街や人通りの多い場所へ、パトロールに繰り出す。街なみを横目に見ながら自らのバイクで流し、様々な犯罪事案へと目を光らせる。時には少年犯罪課の範疇を超えた事件や事案に出会うこともあるが、センチュリーはそれらを安易に丸投げするような事はしない。事情を把握すると担当部署と連絡を取り合いながら時には協力を得ながら、時には自ら行動を起こして解決へと尽力する。
時々、越権行為だとクレームを受けることがあるが、そのような事を気にするセンチュリーではない。
今や、センチュリーは夜の街の青少年少女たちにの間では、ある種のカリスマ的な視線が向けられるに至っていた。その日も、センチュリーは救いを求める若者たちの声なき声を耳にしていたのである。
@ @ @
「あたしヤってない~~」
若い女の子がベソをかきながら涙混じりに抗議している。ピンクと紫のストライプに派手に染めた髪に極ミニのスカートにカラーストッキング。派手に決めたギャル系であり一見して大人びて見えるが、それが彼女にとって精一杯の背伸びであり、まだまだ子どもと呼んでいい頃合いであることは見る者が見ればすぐに分かる。
その彼女を二人の生活安全係の係員が囲んでいる。罪状容疑は薬物使用と売春未遂。任意同行の段階だが、二人の所轄刑事の表情が硬いことから強引でも所轄署に連れて行こうとしていることは間違いなかった。
「詳しいことは署の方で聞いてやるよ」
しっかりと左右から肩を掴むと半ば強引に覆面パトカーへと連れて行こうとしているのがわかる。
「やだ! アタシ行かない!」
「ゴネてると罪が重くなるぞ!」
「やだー!」
どう見てもマトモな状況ではない。渋谷の繁華街の目抜き通りから一歩入った脇路地。ホテル街の入口となる辺りでその騒動は起こっていた。
「街頭カメラでここ連日お前の姿が写っている。薬物の売買と売春の客引きが通報があったんだ。署で調べれば判る。さっさと来るんだ!」
どう見てもマトモな状況ではない理由。それは確たる物証のない見込みと推測だけの判断で、強引に任意同行を行おうとしていることにあった。遠巻きに通行人が眺めているが誰も助けようとはしない。関り合いを持つのが面倒だと言うのもあるが、相手が国家権力を持った警察ではどうにもならないためでもあった。
「大人しく乗らんか!!」
「イヤァ!!」
悲鳴を上げて抵抗する少女をパトカーへと押し込もうとしている。周囲の批判的な視線も物ともせず行われた強権のゴリ押しである。
だがその時だ。
「ちょっと待て、お前ら」
よく通る力強い声。トーンがいささか低いのは怒りをはらんでいるためであった。
雑踏の中であっても誰の耳にもその声は届いただろう。その場を遠巻きにして見守っている野次馬たちも、その声の主の方に視線が集まっていく。
二人の男性刑事も、かけられた声の方を横目で見る。だが、そこに立っている人物に姿に、二人の表情が青ざめるのにさしたる時間はかからなかった。
「俺のナワバリで何してくれてんだ。きちんと仁義とスジは通ってんだろうな?」
怒気をはらんだその声は、強い警告となって二人に浴びせかけられていた。
声の主がさらに近づいてくる。鋭角的なシルエットのゴーグル付きヘルメットを頭部にいただき、タイトでメカニカルな全身スーツを身にまとったアンドロイド――、両腰にはあの2丁の拳銃を下げている彼――
「げ、特攻装――」
二人の捜査係員の片方――痩せたシルエットの若い男が驚きの声を漏らす。その彼の相方である老年の刑事は苛立ちを隠さずに邪魔者を追い払おうとする。
「邪魔すんじゃねぇセンチュリー、こいつは所轄の案件だ! 引っ込んでろ!」
その彼の視線にセンチュリーへの信頼や好意といった雰囲気は微塵も感じられない。ただ、邪魔者としてセンチュリーを疎む排除の心理だけが伝わってくる。
「売春の客引きして仕事しながらヤクを売りつける――、この辺で多発してるのは事実なんだ。街頭カメラの映像や目撃証言から、このガキがホンボシなのはアタリついてんだよ!」
怒声を浴びせ返しながら、二人はなおも少女を連行しようとしている。
それと向かい合うように立ちはだかるセンチュリーの背後には数人のティーンエイジャーの少女たちが不安げに事の成り行きを見守っている。その立ち位置から考えても、少女たちがセンチュリーをなにより強く頼りにしているのは明らかであった。
その少女たちの不安を代弁するかのように、センチュリーは言葉をつきつける。
「物証は?!」
センチュリーの言葉に老刑事が歯ぎしりする。無理矢理に少女を押さえつけるばかりで反論すら無い。センチュリーはなおも問いかけた。
「物証あんのか? って聞いてんだよ!」
センチュリーは叫びながらなおも歩き続けていた。刑事たちに肉薄するように立ちはだかる。そして、さらなる言葉を叩きつける。
「情況証拠と薄っぺらい目撃証言だけで、勘で犯人の当たりをつける。あとはシナリオ通りに自白させて物証はあとから強引にでもこじつける! それがお前らのやり口だな? 最近、反警察のNPOが騒いでるやつじゃねぇか! 何考えてんだてめぇら! そいつが無関係だったらどうする気だ!? 間違えましたじゃすまねえんだぞ!? 分かってんのか!」
センチュリーは一気にまくし立てた。二人の刑事たちの強引な見込み捜査を批判しつつ大声で威圧する。だが二人はセンチュリーに反応することすら拒否しだした。
「かまわん、連れてくぞ」
センチュリーと視線を一切合わせず老刑事は少女を無理矢理に押し込め始めた。強引にこの場から逃げ切るつもりなのだ。老刑事が少女を小突きながら車内へと押し込もうとし、相方の刑事は運転席へと乗り込んでいく。それはもはやまともな青少年犯罪捜査の姿ではなかった。
そっちがそのつもりなら、センチュリーもやり方はある。瞬発し一気にかけ出すと大きく跳躍してパトカーを飛び越える。そして、両腰の拳銃を抜き放ちフロントガラス越しに二人に突きつける。
「一度しか言わねえぞ」
ヘルメットのゴーグル越しにセンチュリーの鋭い視線が光った。
「そいつを置いていけ」
それは幾度も弾丸を放った使い込まれた銃口だった。一般的な警察職員の銃なら威嚇射撃すらめったに行わない。だが、激しい戦闘を何度もくぐり抜けている特攻装警だからこそ、センチュリーのグリズリーとデルタエリートは不気味なまでに黒光りして、何よりも強い敵意と威嚇を突き付けていた。
その銃口の本気度を、刑事たちも即座に感じたのだろう。瞬間的に動きが止まった。そして、さらなる言葉をセンチュリーは二人に怒涛のように叩きつけたのだ。
「そいつはな。先々月、保護施設から出てきたばっかりなんだよ。親がマトモに面倒見ねぇから、食うのにも困って浮浪者みたいな状況で万引きと売春繰り返して食いつないでたんだ。それを保護して身辺整理したうえで、クズ親とも縁切らせて施設で社会で生きていくのに必要なルールを一から教えてやったんだ! 施設を出た後、就職口も決まってようやくマトモな暮らしが出来るようになって、初めて人生の中で笑って暮らせるようになったばっかりなんだよ!! そいつがヤクだ売りだなんてやるはずぁねええんだよ!! 何が街頭監視カメラだ、要はキチンと街にでて一人一人の顔をキチンと見ていませんって自分からゲロってるようなもんだろうが! そんなんでマトモな捜査ができるか!!」
その言葉には、フロントガラスに亀裂すら与えそうな勢いがあった。そしてなにより、憶測や先入観を一切否定し、地に着いた確かな誠意に裏打ちされた正当性がその言葉には満ちていた。センチュリーのその言葉を無視するほどの強い悪意はその二人の男たちにはもはや残されてはいなかったのだ。
「いいかよく聞け。この街のガキどもはな、お前たちの点数稼ぎのコマじゃねえぞ! 警察として基本的な手続きも忘れちまったって言うなら警察学校からやり直せ!!」
センチュリーのその言葉に気圧されて若い刑事の方がパトカーのハンドルから手を離していた。そして、それ以上の揉め事から逃げ出すようにパトカーから降りてしまう。
「センチュリーさん」
若い刑事が言う。
「あなたの仰るとおりです」
そして、センチュリーと集まった若者たちへと謝罪の意思を含んだ視線を走らせるとパトカーから離れてしまう。老刑事はここに至ってもなお自分が置かれた立場を理解する様子は持ち合わせていなかった。
「おい、お前何やってる!」
老刑事が怒りの言葉を叩きつける。だが、その若い刑事も、これまでは年功序列の力関係に威圧されて抵抗できなかったためである事は明白だった。もとから疑問を抱いていたのだろう、彼もまた老刑事に言葉を吐いた。
「お――、俺、これ以上は無関係ですから」
そして、それ以上にセンチュリーに対して怯えの感情を垣間見せたのだ。
彼は分かっていた。特攻装警が持つある特殊機能のことを。それが故に彼はセンチュリーが現れた時に驚きと何よりも強い怯えの感情を見せたのだ。
特攻装警は自らの見聞きした視聴覚情報を、自らが必要と判断した場合に限り日本警察のネットワークデータベース上にアップロードする事が可能である。当然ながらセンチュリーが目撃した今夜の一見の一部始終は警視庁のデーターベース上に登録済みであり、所轄はもとより、本庁に至るまで、知れ渡ることになるのである。
センチュリーは頭を下げてくる若い刑事に語りかける。
「心配すんな、お前の方は悪いようにやしねぇ」
その言葉に何度も頭を下げる彼を尻目に、センチュリーは拳銃をホルスターに収めた。そして、老刑事へと歩み寄っていくと、彼が掴んで離さなかった少女を引き剥がすようにその手を引いた。さしたる抵抗も見せずに老刑事は少女を開放すると捨て台詞を吐きながら運転席へと移動していく。
「てめぇ、ただで済むと思うなよ」
事ここに至ってその男は自分に非があるとは一切認めようとはしていなかった。おそらくこの男は場所と日時を改めて同じような行為を繰り返すはずだ。そして、自分自身の思い込みだけを頼りに容疑者のレッテルを貼り続けるだろう。
センチュリーは歯ぎしりする。いっその事、コイツの額を撃ちぬいてしまおうかとも思う。そのいらだちがピークに達したその時である。
「そこまでだ」
場の背後から新たな声がする。若さを感じさせる働き盛りの壮年男性の声だ。
人垣が自然に左右に割れて数人の刑事と警官が姿を現したのだ。
「警視庁生活安全部少年犯罪課の者だ」
警察手帳を提示し、手帳を縦に開いてエンブレムを示しながら彼は名乗った。
背広姿で長身のその男性の姿を、センチュリーは見覚えがある。
「小野川さん」
その人物の名を呟く。面長の顔立ちで警察組織の人間としての剣呑さよりも、鷹揚さと穏やかさの方が強く印象に残る、そんな人物だ。小野川は自ら進み出ると同行した刑事や警官たちに指示を出す。
「少女と容疑者を保護」
「はっ!」
小野川の指示を受けると男たちの行動は早かった。
一人が少女の所に駆けつけると、センチュリーから受け取り、そっとその肩を抱くようにして保護する。よほど恐ろしかったのだろう。足元もおぼつかないほど震えており表情も蒼白である。泣きじゃくったせいで化粧が落ちていて、すっかり子供の顔を露わにしている。
センチュリーが少女に声をかける。
「もう大丈夫だ。お前の勤め先には俺から話しておく。二~三日休むんだ。いいな?」
少女はしゃくりあげながらセンチュリーの言葉に何度も頷いていた。そして、彼女を保護する刑事に依頼する。
「頼むぜ。病院に連れてって診断書をとってくれ」
「わかりました」
診断書――それが意味するものは1つだ。
応援の警官が現れて少女の体に毛布をかけてやる。そして、そのまま路上に待機しているパトカーへと招いて最寄りの警察病院へと連れていくはずだ。少女が連れられていく道すがら、少女の友人たちだろう彼女たちに声掛けする姿がかいま見える。少女を保護して連れて行こうとする刑事たちは、その友人たちへも簡単に説明をしては、その場に安心させることも忘れていなかった。
センチュリーはその少女の姿を安堵して見送ると、すぐにその視線を反転させる。
身を翻して、あの老刑事の方へと踵を返す。
「さてと――」
つぶやきながらセンチュリーが小野川のところへと歩み寄れば、小野川もその老刑事に何かを告げようとしているところだ。
「警視庁生活安全部少年犯罪課課長の小野川だ。貴様、渋谷署生活安全課の渋山だな?」
普段は穏やかな表情を崩さない小野川が珍しくその表情に怒気をはらんでいる。
「かねてから渋谷近辺の青少年たちから相談が寄せられていたんだ。任意と称して無理やり連れて行こうとする刑事が居る。連れてかれたら有無をいわさず自白させられる。友人が連れてかれた。助けてくれってな」
そして、センチュリーにも視線をなげつつ言葉を続ける。
「それで警務部の人間と連携しながら、内偵調査を行っていた。それで渋谷署の貴様の姿が浮上し、かねてから事実関係の裏付けをしていたんだ。お前がこれまで補導・逮捕した子どもたちにも再調査を行い、その全てが物証が不確かな自白強要による不当逮捕である疑いが濃くなった。全て審理差し戻しで処分取り消しが検討されている」
小野川の言葉にセンチュリーも思わず声を荒げる。
「処分を取り消しても、そいつらの人生はもとには戻らねぇ」
その言葉に小野川は頷く。場に居合わせた刑事や警官たちも頷いている。だが、退路を断たれたろ刑事は、事、ここに至ってもなお自分が置かれた立場について理解する頭を持ちあわせては居なかった。憮然とした表情で運転席から渋々に降りてくるとふてくされた表情で小野川やセンチュリーたちを睨み返した。
「こんなクズどもの人生がどうだってんだよ」
それは子どもたちの人生と人権を軽視する暴言である。センチュリーはもとより、駆けつけていた刑事たち警官たちの神経を逆なでするには十分な物だ。老刑事はさらに続けた。
「それに、俺はコイツに拳銃つきつけられたんだぞ! そいつはどうなる!」
老刑事がセンチュリーを指差していた。自分の非よりも、相手の失態をあげつらう、自己保身しか頭にないまさに老害そのもの姿だ。だが、それを耳にした小野川はある行動をとった。
数歩進み出て老刑事へと肉薄する。そして、背広の内ポケットから官給品のオートマチック拳銃――SIGのP230を抜き放った。それを老刑事に突きつけながら小野川は静かに言い放ったのだ。
「拳銃なら私にも突きつけられる」
撃鉄に指をかけながら老刑事を睨みつける。
「それがどうした?」
本気だった。一切の反論も異論も認めない強攻な態度に、老刑事も沈黙せざるを得ない。そして、彼が抵抗をやめたのを確認すると、取り囲んでいた刑事たちがその老刑事の身柄を左右から抑えこむ。手錠こそかけないもののその姿はまるっきり犯罪者である。
「お前の身柄は、これから警視庁の警務部に引き渡される。そして、監察官の取り調べが行われる」
老刑事の処遇を宣告すると小野川は視線で部下に促す。それを受けて刑事たちは老刑事の身柄を本庁へと連れて行くのだ。
その後、後始末について幾つかの指示を出すと、小野川はセンチュリーへと向き合った
「センチュリー」
「はい」
センチュリーは覚悟していた。一時の激情に駆られたとはいえ、問題は問題である。処分は免れない。南本牧や有明の一件のように明らかな危害行動でもなければ本来は拳銃を抜き放つことなど絶対にタブーなのだ。
覚悟を決めて冷静に沈黙するセンチュリーだったが、小野川から語られた言葉はとても穏やかである。
「本庁に戻り次第、報告書を提出しろ。それと保護した被害者の診断書が出され次第、傷害での被害届を提出させること。わかったな?」
その言葉にはセンチュリーの拳銃使用を咎める言葉は一切含まれていなかった。
「あの――俺――」
センチュリーは自ら己の犯したミスについて弁明しようとするが、その場から離れて歩き出そうとしていた小野川はそれらに耳を貸すことはなかった。センチュリーと通り過ぎる瞬間に一言だけ告げる。
「私は何も見なかった。何も聞かなかった。それだけだ」
それっきりだ。これ以上の議論は望まないし、必要でもない。なによりも警察そのものがこの事に関して無かったこととして徹底的に扱うことは明白だった。それを分からぬセンチュリーではない。小野川の言葉にセンチュリーは頭を下げる。
「ありがとうございます」
センチュリーの言葉を背中で聞きつつ小野川は答える。
「行ってやれ、彼女たちが待ってるぞ」
その言葉が指す先には、センチュリーの救いを待っていた少年少女たちの人垣があった。不当逮捕されかかていた少女たちの仲間友達であろう。その沢山の視線をうけてセンチュリーは彼女たちの下へと急ぎ駆けつける。
「兄貴!」
「センチュリー!」
黄色い歓声とともに声が上がる。
「お前ら」
センチュリーは落ち着いた声で答えた。そして、少女たちの問いかけに事の仔細を手短に答える。
「ね、ミーコ、どうなっちゃうの?」
「大丈夫だ。病院で二~三日休んだら家に帰れる」
その集まった少女たちの視線をうけてセンチュリーがはにかみながら答えれば、何人か、安堵したのか涙目を浮かべていた。
「よかった――兄貴が来てくれて」
「兄貴しか頼める人居ないから――」
それは悲しい現実だった。親たちを――大人たちを信用出来ない。不良行為に手を染める一因はそこから始まっているケースが圧倒的に多いのだ。センチュリーはこの東京の繁華街で若者たちと向き合い始めてからその事の重要性を嫌というほどあじわっていた。
捜査対象として事実を掘り返すよりも、まず、彼らの言葉に耳を傾け、信頼と対話の絆をつくり上げる。少年犯罪に立ち向かうには、そこからはじめなければ根本解決には至らないのだ。ましてや今回のように彼女たちを救う側であるはずの警察が失態を犯し、信頼を踏みにじったとなれば、センチュリーをはじめとする少年犯罪課に関わる者たちにしてみれば、信頼の絆を最初から作りなおさなければならなくなる痛恨の事態であった。
「俺の方こそ悪かった。別件でここんと渋谷の街から離れてたからな。その間にまさかこんなことになってたとは。ほんとにすまない」
南元牧や有明での一件で、センチュリーは本来の少年犯罪課の業務から離れることが多かった。その間に手薄になったことで、今回のような悪徳警官の出現を許してしまうこととなったのだ。
「頼むよ。兄貴が居ないと困るヤツ、いっぱいいるんだよ」
一人の少女が泣きながら抗議していた。
信頼できる大人が乏しいこの大都会の夜の街で、センチュリーを心から頼りにしている子どもたちは数えきれないほどで、それは好意と言う言葉では足りないほどに、救いを求める声としてセンチュリーの元に届けられている。センチュリーが警察組織の範疇からはみ出している存在であるからこそ、彼に心を開く者は後を絶たないのだ
その言葉にセンチュリーはただ一言――
「わりぃ」
――としか言えなかったのである。
そして、センチュリーと少女たちの間で会話が交わされている。その折に一人の少女が告げた。
「そうだ。リッカにもありがとう言わないと」
「だね、兄貴に話しつけてくれたのアイツだし」
少女たちは会話の流れである一人の少女を思い出していた。それはセンチュリーにとって、絶対に忘れることの出来ない大切な少女であった。
「そうだ――六花は?」
「いつものとこだよ。109の階段」
「分かった――」
少女たちには分かっていた。センチュリーにとって六花と言う少女がどれだけ大切かということを。だが、その事は嫉妬するには値しない。なぜなら――
センチュリーは少女たちの人垣から離れながら語りかける。
「どっかで待ち合わせしようぜ。久しぶりにお前らとも話したいしな」
「じゃ、アタイらもマルキューに行く」
「おし、じゃぁあとで待ち合わせようぜ」
――少女たちには分かっていた。センチュリーが誰に対しても別け隔てのない気さくな存在であることを。センチュリーが少女たちに与える安心と愛情の度合いには優劣は無いのだから。
手を振りながらセンチュリーはその場を後にした。そしてバイクを走らせて渋谷駅前、道玄坂下のファッションビル109へと向かう。
109は三角形をしたビルで、交差点に面した一角にはよく目立つ階段があった。
センチュリーは109の路上にバイクを横付けする。そして、バイクを降りるとその階段に一人の少女の姿を探した。
「六花!」
その少女はいつも109の階段に座り込んでいる。そして、つまらなそうに待ちゆく人々を眺めている。時代遅れの白ロリータ趣味のスカートドレス。首にはピンクのスカーフを巻き、両手でお気に入りのティディベアのぬいぐるみを抱きかかえている少女。
名前を福原六花と言う。
はたして、少女はそこに居た。109の入口階段。その6段目の隅っこ。雨でも降らないかぎり、彼女はそこに居る。
六花も名前を呼ばれてすぐに反応する。ぬいぐるみを抱いたまま階段から降りるとゆっくりとセンチュリーのところへと近づいてくる。
「あ、センチュリーたん」
「ここに居たのか」
「りっかたんはここにしかないのです、それとりっかたんはちょっとオコなのです」
センチュリーを見る六花の表情は少しばかりムスッとしていた。センチュリーにはその理由が理解できる。
「悪かったよ。放ったらかしにしてたわけじゃねえが、忙しくっってな」
「しかたないのです。センチュリーたんはみんなのヒーローなのです。でも――」
六花はセンチュリーにくっつくように寄り添うと、小さな体でセンチュリーに抱きつきながらこう訴えたのだ。
「りっかたんは、センチュリーたんの彼女なのです」
「だから、ほんとに悪かったって。もう何処にも行かねぇって」
「ほんと?」
「ほんとだ」
六花はセンチュリーの言葉に顔をあげていた。見上げるようにしている六花を見下ろせば、彼女がスカーフで隠している物がその首筋に垣間見えている。彼女の細い首筋には今でも紫色のあざが残っている。両手の指でくっきりと付けられたあざ――、絞殺されかかった時の無残な名残である。
センチュリーの言葉に六花がはにかんでいた。笑顔を浮かべながらはしゃいでいた。
「わぁい。センチュリーたんと一緒~♪」
「あぁ、もうほったらかしにしねえよ」
「うん、わかったぁ」
相好を崩して飛び跳ねながら笑うその姿には年齢に見合わない不釣り合いなものがあった。明らかに幼児のような幼さがあった。
センチュリーが六花を保護したのは2年前だ。とある児童虐待事件で保護して面倒を見て以来の付き合いだ。六花は両親から虐待やネグレクトを受けて育った。その首筋に残った無残な傷跡は実の母親から付けられたもので、母親に絞殺されかかったその時以来六花の心は無残に壊れてしまった。
本来なら18になろうと言う年齢なのだが、六花の心の年齢は10才程度で停まったままだ。栄養不良や虐待から体が育たず、12歳程度の体格しか無い。だれかが面倒を見てやらねば露頭の迷うのはあきらかなのだ。
センチュリーに保護されたそれ以後というもの、六花は何かがあるといつもここで彼を待って居た。
ここに居ればセンチュリーが迎えに来る。六花はそう信じているのだ。
「今日は一緒に居てやるよ。それとみんな一緒に集まるんだけど、六花も来るだろ?」
センチュリーの問いかけに立花ははっきりと頷き返していた。
「うん行くー!」
センチュリーといっしょに居られる。それだけで六花は十分に満足なのだ。
ちょうどその時、六花と手を繋げば、先ほどの少女たちが歩いてくるのが向こうから見えてくる。
センチュリーが手を振れば向こうも手を振り返してくる。
彼等の姿は渋谷の街角へと消えていったのである。

















