表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/147

第31話『ビヨンド・ザ・ヒーロー』

それは長い旅路、

一体の総金属製のボディの持ち主から始まった長い戦いの日々、それが一つの形となって結実する瞬間


第31話、スタートです。

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「アトラス?」


 ディアリオはそのシグナルを感知した。

 否、それまで感知していたはずのアトラスからの確認信号が途絶したの気づいた。

 第4ブロック階層の管理センターを出てビルの構造データから第5ブロック階層への道を探していた時だった。


〔アトラス兄さん! どうしました! 兄さん!〕


 ディアリオはネット回線越しに必死に叫んだ。なにかとてつもないトラブルが起きている。基本的な確認信号すら途絶えるとはタダ事ではない。繰り返し存在証明の確認プロトコルを送信するがネットの向こう側からは応答は一切ない。慌てて、回線接続先をセンチュリーに切り替える。


〔センチュリー兄さん! 何がありました?! 応答してください!!〕


 返答がない。最低限の物理プロトコル信号はつながっているが、音声応答やセンサー信号のフィードバックは完全に途絶していた。

 ディアリオの心理を恐怖が押し包む。なによりも最悪な状況が起きていることを覚悟せざるを得ない。


「まさか――」


 ディアリオのその脳裏に第4ブロックでベルトコーネとやりあい敗北した時のことが自然に浮かんできた。その時と同じ――、否、それ以上の事態が起きている可能性があった。


「そうだ、もう一人!」


 ディアリオはエリオットに回線を繋ぐ。回線は途絶しておらず、回線の向こう側からはその安否を保証出来るだけの信号が確実に帰ってきていた。


〔エリオット! 応答してください! 何がありました! エリオット!〕

〔――――――〕


 返答が無い。こんなことは通常ならありえない。特攻装警の中で最も強いメンタルを有しているはずのエリオット、それが言葉を発することすらできない状況などありえるのだろうか?


「なにが、何があったんだ!?」


 ネットワークシステム越しに状況を確認したいところだが、未だ建設途中の第5ブロック階層へと入り込み初めたためか、ビルシステムの無線通信設備と繋がりにくくなっている。ビルの監視カメラにアクセスすることは困難だった。


「くそっ!!」


 悪態をつきながら先を急ごうとディアリオは足取りを早めた。

 細い円形通路からメンテナンス用階段を通じて第5階層ブロックへと入り込む。そして、広い直線通路へと出てくる。そこは第5ブロックのフロア基底部分であり、グラウザーたちがディンキー一派と一戦を繰り広げている場所の足元の真下であった。

 ディアリオは、フロアの中央近くの場所から外周方向へと伸びる通路をひた走った。


「急がねば」


 焦りを抑えつつもディアリオは先を急いだ。だが、通路のその先に見えてきたのは一つの見慣れぬ人影である。不意にディアリオの足取りが止まる。そして、その視線は己が向かう先の方向を凝視する。そこにディアリオはこの場にはありえない物の存在を目の当たりにしていた。


「な――?」


 それは形容しがたいものであった。

 赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボンが付けられており、顔面には白いプラスティック製の道化のマスクが装着されていた。マスクは純白であり、ディアリオに対して斜めに背中を向けているためその顔全てを伺うことは難しい。

 だが、ディアリオはその者の名を識っている。


「ピエロ?」


 そうだ、まごうことなきピエロだ。ジェスターともいう。アルルカンとも呼ばれる。

 それは道化者と呼ばれ、かつては古典的な権力者のもとで滑稽に人を笑わせ、その愚かしさから優越感を与え、時には痛烈な皮肉をまき散らすことを許されていた。だが、時代の流れとともにその存在は不要とされなくなり、今ではサーカスの幕下においてのみ存在するだけである。それが今、ディアリオの目の前に存在していた。

 窓のない閉鎖通路のまっただ中で、スポットライトのように非常灯の光を浴びながら、それは気を失ったままの一人の少女を両腕で横抱きにしていた。

 そのピエロはディアリオに対して背中を向けていたが、不意にその身を反転させると小首を傾げながらディアリオをじっと見つめ返してくる。そして、少女を抱いたまま器用に右手の人差指を立てると、その指を振りながらクスクスと笑いつつディアリオに告げた。


「違いますよ。悲しみを背負っただけのピエロじゃぁ、ありません」


 無表情に白かった道化のマスクの色が変わる。虹のように色が帯状となり波打っている。その表情を容易には見せなかったが、その虹色がカーテンが左右に開かれたかのように割れていき、その向こうからライトブルーの輝きを帯びながら満面の笑みを模した顔が浮かび上がってきた。


「わたしはクラウン」


 それは偽りの笑みだ、造られた笑みだ。その笑みの向こう側に何が隠されているのかは皆目見当がつかなかった。クラウンと名乗るそれはディアリオの方へと数歩進み出てくる。


「ちょっとした野暮用でこの子を迎えに来た所でしてね。こっそり姿を消すつもりだったのですが、あなたにバッタリと鉢合わせしてしまいました」


 クラウンは再び笑い始めた。顔をゆっくりと上下に揺らしながら不気味に耳障りな音程で間延びした歪んだ笑い声をその閉塞した通路の中に響かせ始めたのだ。


「あなたに会わずに逃げることも出来たのですが、ちょっとあなたに興味がわきましてねぇ。ご挨拶をしなければと思いまして」


 クラウンは歩き続けた。意図的に床の上でコツコツと足音を鳴らしている。そして、その規則正しい音は、クラウン自身が放つ得体のしれない気配と相まって、近寄りがたい不気味さを醸し出している。ディアリオから見てしっかりとその姿を捉えられるはずの位置まで進み出てくると不意にその不気味な笑い声を止めて前かがみに頭を下げ始めた。


「お初にお目にかかります。わたくし、クラウンと申します。以後、お見知り置きを――」


 挨拶し終えると体を前傾させたまま顔だけを上げる。洗練されたムダのない動きでだ。

 一方で、その視線はあきらかにディアリオを見ていた。


「ねぇ? 日本警察のアンドロイドのおまわりさん! ウフ、ウフ、ウフフフフフ――」 


 わざとらしい作られた口調で囁きながらクラウンはまた小首を傾げつつ笑い始めた。けっして広くないこの通路の中ではその声はひときわ耳障りであり、ディアリオにいらだちと混乱を与えてくる。


「貴様、何が言いたい? それよりここで何をしていた!」


 ディアリオはとっさに腰から愛用銃のクーナンを抜き放っていた。無論、行動の自由の少ない閉ざされた通路の中ならば外すということはありえない。それを見越して両手で銃を構え銃口をクラウンに向ける。十分すぎるほどの威嚇を行いつつディアリオは未知なる相手への探りを入れる。


「正当なる理由なくこの場にいるのであれば、不法侵入でその身柄を拘束する事になるぞ」

   

 銀色に鈍く輝くその銃口を突きつけられても、正体不明のその道化者はいささかも怯むことがなかった。そればかりかクスクスと薄気味悪い笑い声を上げつつ皮肉混じりに話しかけてくる。


「おお、怖い怖い! 私の方は丸腰なのに、何も武器は持ってないのに、あなたは私を撃とうとおっしゃるのか。もう少し落ち着かれても良いんじゃないですか? アハハハ!」

「ふざけるな!」

「ふざけてませんよぉ、私はいつでも真面目ですから。だってあなた――」

 

 クラウンはまたも前傾に頭を前へと出してくると偽りの笑顔の視線を向けながら諭すように問いかけてくる。


「ふざけるのが、道化者のそもそものお仕事じゃないですか?! アハハハヒハ!」


 そして、クラウンは右手の人差し指を立てて左右に振る。


「お仕事するなら楽しくやらなくては! ね!」


 クラウンがディアリオを嘲るかのように問いかけている。そこに誠意や真面目さは無くその本心は一切が伺い知れなかった。だが、ディアリオは自らの視界の中、そのクラウンが抱きかかえている物が、ただの人間の少女ではないことをすぐに理解していた。

 ディアリオはクラウンからの問いかけを一切無視して、照準をクラウンの眉間に狙いを定めた。


「その容疑者をこちらに渡してもらおうか」

「あら、そう来ますか」

「無論だ。マリオネット・ディンキー配下の一人、個体名『ローラ』、そのまま逃亡幇助を見逃すわけには行かない」


 その少女には見覚えがあった。フィールが交戦していたあのマリオネットの一体だ。

 ディアリオは威嚇効果を込めて、あえて手動で撃鉄を起こした。

 

「大人しくこちらへ渡せばそれでよし、引き渡さなければ攻撃を加える」


 ディアリオの言葉にクラウンは体を起こしていかにも愉快げに声を弾ませながら答える。

 

「嫌ですよ♪」

「逃亡幇助で身柄を拘束するぞ」

「無理ですよ~」

「無理じゃない!」

「分からない人ですねぇ」

「わからないのは貴様だ!」


 ディアリオが叫ぶ。そして両手でクーナンマグナムを狙い定めると一切の迷いなくその引き金を引いた。撃鉄が雷管を叩き炸薬が発火して弾丸は攻撃対象めがけて飛び出して行く。

 かたや、クラウンは自らの顔面めがけて飛来してくる鉛弾を目の当たりにしつつも一切の身動ぎすらしなかった。

 

「だから言ったじゃないですかぁ~♪」


 そう語るクラウンの仮面の色は純白だった。目もなく、口もなく、一切の笑みすら無い。限りなく無に近い白がそこにある。それはピエロめいた服装をしただけの一切の虚無だった。

 

「無駄だって」


 その言葉と同時に、弾丸はクラウンに当たらなかった。クラウンが放った言葉が不可思議な力を纏った言霊のように思えるほど不思議な光景をディアリオは目の当たりにしていた。

 弾丸は目に見えない壁に遮られたかのように、空中で一切の衝撃を発すること無く、空間上の一点で静止していた。火薬の炸裂によって与えられた一切の物理運動を放棄して空中の一点で静止する弾丸はまるで魔法かマジックのようだった。

 ディアリオの脳裏を驚きと疑問とが襲い一切の言葉を奪い去っていく。持ち前の強靭な理性で理解して処理しようとするが、プラスティック張りの床の上で軽い音を立てて弾けるその弾丸があらゆる説明を拒否している。

 

――キィィン――


 それは異様な光景だった。弾丸が静止して床に落ちる際に、どこからか吹き抜けてきた一陣の風がそこに物理的な障壁が存在しないことを証明していた。なによりもクラウンは身じろぎすらしていないのだから。

 

「な――、何が起こった?」


 漸くに絞り出した言葉をあざ笑ったのはクラウンだった。純白の仮面の上、真っ赤な色の唇が浮かび、その唇の両端が厭味ったらしく持ち上がっていく。

 

「ほぉおら、無駄だった!」


 唇が開く。顔全体に広がるほどの勢いで、そしてそこから溢れでたのは狂気だった。

 

「無駄だ! 無駄無駄! 無駄ー! あ~~~~っ! はははあは!! ハヒィーーーーィ!! 無駄ー! この国も、この世界も、秩序も、治安も、それを守ろうとする正義も権力もみぃ---ンな、無駄だよぉーーーん! ア~~~~ッアハハアハハーーッ!!!」


 その閉塞通路の中、灯りが消え漆黒の暗闇が訪れる。その暗闇の中で壊れた笑い袋のようにゲラゲラと笑い続けるクラウンを前にしてディアリオは呆然と立ちすくむしか無かった。そして、その狂気の総仕上げとばかりにクラウンの身体は空中へと静かに持ち上がっていく。

 そのクラウンはなおもローラを抱いたまま、ディアリオへと更に語り続ける。侮辱と憐憫と哀れみと歪んだ愉快と交えながら止まらぬ狂気のまま、その正体不明の道化師はディアリオへと暴走する言葉を洪水のように送りつけるのだ。

 

「無駄な努力を続けてらっしゃる日本のブリキのおまわりさんたち! ワタクシから心より敬意を表します! あまりに愚かしく滑稽のなので心より笑わせていただきます! あーっ、おっかしー! 必死にお金をかけて装備を作って武器を作って命を費やして、それでこの有り様! これから果たして何人の命が奪われるんでしょうねぇええ??

 それになにより、あなた達は知らなさすぎます! この世界の裏側に潜むとても! とても! とてもとてもとても! 醜く歪みきった欲望と言う名の巨大なシステムの存在に! そしてこの世界はただそれに貪られるだけの餌場だということに! そんな物を後生大事に守ってたってな~んにもできません! あなたも! ワタシも! この娘も! あのディンキーとか言う妄想老人も! み~んな無駄! せいぜい頑張ってくださーーーい! キャハハハアハハハハハハハハハハ!!!」

 

 耳障り極まりない残響を残しながら、クラウンのシルエットは闇の中へと霧散していく。それはクラウンだけではない。彼がその両腕に抱いたローラというの名のマリオネットすら異空間へと引き込まれるかのように霧散していくのだ。

 為す術はなかった。ディアリオは何も出来ずにその光景を漠然と眺めるしか無い。言葉をなくし、戦意をなくし、呆然と佇むディアリオはギリギリの心理状態の奥底からたった一言だけ絞り出した。

 

「お前は――誰だ?!」


 空間の中、浮かんでいるのは、色とりどりに色彩とメイクを変えていく、あのマスクだけだ。顔面いっぱいの唇が消え、代わりに浮かんできたのはサーカスの幕の下で滑稽に振る舞うあの悲しきピエロだ。目を縁どり、唇を大げさに表し、鼻は丸く縁取られている。そして、右目の縁取りの下に一滴の涙が光り輝いていた。

 

「おや? まだアナタの〝意思〟は折れませんか? さすがは日本警察の誇る最強の〝頭脳〟だ」


 その語り口に嘲りはなかった。冷静にディアリオを評価する誠意が滲んでいる。ディアリオは沈黙こそしたが一切狼狽えること無くクラウンの仮面の方へと歩み出そうとする。その行動を評してクラウンがさらなる言葉を吐いたのだ。


「アナタのその強い意思と真っ直ぐなポリシーを評して答えてさし上げましょう。私はクラウン、正義も悪も垣根なくそれぞれの心の中の正義の為に戦う者を、ただ見守る為だけに姿を現すちっぽけなちっぽけなジェスター」


 それは穏やかで静かな声だった。そして、素直に心に響く、真人間が放つ言葉だった。クラウンの言葉の変化に改めて驚くディアリオにクラウンは穏やかに語りかけてきた。

 

「さ、お行きなさい。この上であなたの兄弟が待っています。古の民族の名を騙る狂気の残骸に精一杯抗うために戦っています。ですが、時間的な余裕はありません。4人のうち3人が矢尽き刀折れ、最後の1人が今なお戦おうとしている」

  

 クラウンの言葉にディアリオは戦慄した。その言葉が本当なら先ほどの通信状況と符合する。

 

「最後の1人だと?」 

「えぇ、そうです。そして、それはあなたの新しい弟さんです。その彼がアナタの助けを待っています。この戦場にて倒れた衛士たちに報いるためにもあなたは立ち止まってはなりません。あなたが銃口を向けるべき相手は他にいます」


 灯りが戻っていく。非常灯が一つ一つ灯りだしディアリオの視界は戻って行く。そして、空中に浮かんでいたそのマスクは明るさにかき消されるかのように虚空の中へと完全に消えた。何処からとも無く聞こえてきたのはクラウンの声である。

 

「ワタシはクラウン。またどこかでお会いするでしょう。敵か味方かは保証できませんが。では、それまで――、ごきげんよう――」


 そして、完全に明るさと視界が元通りになる。あとに残されたのは呆然と佇むディアリオただ一人である。一瞬辺りを見回したディアリオだが。そこには何の残骸も証拠も残されては居なかった。理論や理屈で何が起こったのかを思案しようとする自分がいたが、ディアリオはそれを無駄だと判断して頭のなかから追い払った。

 

「行こう――」


 意識を集中させ疑念と不安と迷いを追い払うとディアリオは駆け出していく。向かう先は第5ブロック内へと続くこの通路の行き着く場所である。

 

 

 @     @     @

 

 

「そんな――」


 振り向いたグラウザーはその眼前の光景に愕然とした。

 

「あら、形勢逆転ね」


 メリッサはこともなげに言い切る。笑顔も浮かべず淡々としている。そして、彼女の言葉は傍らの老人へもかけられた。

 

「ディンキー様。あなたの忠臣が、あなたのためにやってくださいましたよ」


 メリッサから声をかけられたディンキーの顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。沈黙していたその唇が開き眼前の忠実なる家臣へと労いの言葉がかけられたのだ。

 

「見事だ――我が最高傑作よ」


 ディンキーは言った。最高傑作と。

 

「我が作り上げた最初のマリオネットにして最強のマリオネット――、お前こそはワシの意思を継ぐものぞ!」


 その叫びにも似た歓喜の言葉の先にディンキーは高笑いの声をあげていた。仮初の偽りのこの玉座の間の頂きで降って湧いたかのようなこの勝利の時を目の当たりにして、ディンキーは確かに喜びの声をあげていたのだ。

 それがどれだけ正常な意思に基づく歓びなのかはわからない。ただ一つ明確なことがある。

 

――ベルトコーネが勝利した――


 ただそれだけの事実である。



 @     @     @

 

 

 エリオットは茫然自失の状況にあった。心と意志が凍りつき理性が働かない。


――言葉を失う――


 そんな状況に陥ったのはこれがうまれて初めてであった。 

 愕然として眼前を見つめたままエリオットは膝を折った。彼の前方には死屍累々と屍のごとく身体を打ち捨てられたように横たえるアトラスとセンチュリーの姿があった。

 狙いは正確だった。

 アトラスが組み立てた戦術にも間違いはなかった。

 エリオットの主装備であるメタルブラスターの威力も、敵ベルトコーネを打ち倒すには必要十分な威力を宿していた。それを命中させるためにアトラスとセンチュリーがとった行動も決して間違いではない。

 戦術は間違ってはいない。読みも正しかった。

 ただひとつ事実を誤認していただけだった。

 

「残念だったな」


 ベルトコーネの声がする。それはエリオットの傍らからかけられていた。

 

「暴走時の俺が理性を完全に喪失していると思い込んでいたようだな。これでも最低限の奸計は思いつけるだけの知恵は残せるのでね」


 なんの感慨もなくただ憐憫だけをにじませながらベルトコーネは眼下で膝まづくエリオットを見下ろしつつ慰めの言葉を語りかけていた。

 

「戦闘時はたったひとつの事実を読み間違えただけで全てが変わる。誰も責めることは出来ん。責めるなら己自身を責めることだな」


 エリオットの顔が動く。振り向いた先にベルトコーネの姿がある。だがベルトコーネはエリオットが振り向き終える前に、己の右腕を思い切り振りかぶった。

 

「戦場に敗者の席はない」


 その拳は雷神トールのハンマーの如き勢いと衝撃でエリオットの頭部を打ち据えた。そして、その衝撃はエリオットの全身を木っ端のように弾き飛ばした。エリオットが飛んでいった先にあるのは高熱のプラズマ噴流で大破したアトラスとセンチュリーが折り重なるようにうち倒れた場所だった。

 かつてアトラスはベルトコーネの腕力をこう形容した。拳の一撃で10式戦車をふっ飛ばしかねない――と。その推測を実証するかのような衝撃だった。

 エリオットは動かなかった。アトラスやセンチュリーと重なり合うようにうち倒れると、それっきり沈黙する。完全な意識のフラットアウトである。

 

 グラウザーは呆然とその光景を目の当たりにしていた。

 アトラスとセンチュリーがケーブルとワイヤーでベルトコーネを拘束する。そして身の自由を奪い、エリオットがベルトコーネに最強の攻撃を加える。そして、ベルトコーネ攻略は完成するはずだった――

 だが、グラウザーが見た光景は想像すらできないものだ。

 拘束されたはずのベルトコーネがアトラスたちのケーブルとワイヤーの戒めを一瞬にして引きちぎる。そして、両手でアトラスたちのケーブルを握り締めるとアトラスとセンチュリーの身体を瞬時に引き寄せる。絶妙のタイミングを逆利用して、エリオットからの攻撃発射タイミングに合わせ、ベルトコーネはアトラスたちの身体を盾にしてみせたのだ。

 

 回避の余裕は全く無かった。

 温度1000度を超える重金属プラズマの噴流をまともに全身に浴びたアトラスとセンチュリー――、その体は溶解こそしなかったが、再起不能すら考えられるほどのダメージをその体にまともに受けたのだ。

 

 アトラスはその熱傷害から完全にシステムダウンし再起動すらできなくなっていた。耐熱性に優れた128Γチタンを溶かすことは出来なかったが、その体内へと浸潤してきた高熱は間違いなくアトラスのシステムを阻害していた。電子部品・電脳部品の破損もあるだろう。全ての作動を停止してアトラスは完全に沈黙していた。

 

 センチュリーは辛うじて意識の喪失と完全機能停止は免れていた。兄たるアトラスが盾になったのが大きかった。全身にまともに超高温プラズマを浴びることだけは避けれたが、手足の各部や頭部の一部にプラズマ流を浴びることは避けられなかった。

 高温の熱噴流を各部に浴びたことで四肢の各部が破損、歩行すらままならない状態にあった。特に、その頭部をかすったことで中枢頭脳が熱傷害で一時ダウン、再起動プロセスを行っているが動くことはほぼ不可能な状態にあった。

 

 エリオットは肉体面では損傷は無かった。だが、心理面へのダメージは推し量ることすら出来ぬほどダメージを負っていた。それは自らの手で兄弟の息の根を停めてしまったことがエリオットの心を完全にへし折っていたのである。エリオットの戦闘システム制御プログラムは彼の心理構造に直結している。戦闘に対する意思が正常に働かなければ、もはやレーザー一発撃つことすら出来ないだろう。


 特攻装警は強力な存在である。だが、それと同時に極めて精密で高等なテクノロジーの集積体でもある。細密なパズルのように構成要素が密接に影響し合いながら成立している存在であるだけに、重要なパーツが1つ壊れることで、全体がまともに機能しないことは決して珍しくはなかった。

 今、アトラスたちの戦いは重要なパーツを奪われた。もはや立ち上がることは無い。

 

「兄さん――」


 グラウザーはつぶやいた。だが、その言葉は届かない。

 

「兄さん!!」


 なおも叫び声を上げる。だが、アトラスたちは指一本動かない。ディンキーへと続く玉座への階段の途中で立ち止まると兄たちの方を振り向いては為す術なく立ちすくむしか無かった。

 そして、その眼下に見えるのは彼方から歩いてくる一人の男の姿だった。


「あれが、ベルトコーネ――」


 グラウザーは彼の名を唱えた。グラウザーのつぶやきに玉座のディンキーが告げる。

 

「そうだ、あれこそがベルトコーネ。我が率いる配下の中で最強の男だ」


 歪んだ笑みを浮かべるディンキーにグラウザーは視線を向ける。だが、ディンキーはグラウザーからの強い視線を受けても怯むことも恐れることもなかった。ディンキーが未だ識らぬ若い戦士を前にしてあざ笑うようにただ侮蔑の言葉を投げるだけである。

 

「お前如きに留められる物ではないぞ、若造! 奴こそは、たとえ千人の特殊部隊兵が束になっても死体の山を築き上げる最強の革命闘士だ! 我が復讐の遂行者だ! たとえ他の者が倒れても、奴さえ居れば我が復讐は続けられる! さぁ、ベルトコーネ! 我もとへ帰参せよ! そして我が前に立ちはだかる邪魔者共を消し去るのだ! 誰も、誰も許しはしないぞ! この世の全てを焦土と変えるまで!」


 その雄叫びにも似た言葉には恩讐と敵意と尽きぬ事のない破壊への衝動が滲み出していた。そには一切の温情も優しさもなかった。そうまさに――、対話への可能性は微塵も残されてはいなかったのだ。

 グラウザーは振り向くとディンキーの顔を見上げた。そして、そこに見えたのは敵意という感情の残骸だけだった。そこにはあの人工の楽園でディンキーと出会った時に見た優しさはどこにも残っていなかった。小動物のアニマトロニクスたちに優しく餌を与えていたあのしぐさはどこにも見られなかった。

 納得はできない、だが、理解するより他はなかった。

 

「これが〝犯罪者〟なのか」


 そして、これこそがこれから自分が向かい合って行かねばならない存在なのだと心の奥底に刻みつける。ならばどうすればいいのだろう? どんな選択をすればいいのだろう? 逡巡する時間はない。グラウザーは、すでに示唆されていた言葉の群れの中から最善の一言を見つけ出す。

 

「そんなことはさせないよ」


 静かなつぶやきだったが、そのはっきりとした口調はディンキーの耳にしっかりと届いている。自らのつぶやきに反応を示したディンキーにグラウザーは告げた。

 

「ベルトコーネは僕が止める。そして、あなたを捕らえる」


 両の拳を握り締めながらグラウザーは宣言する。静かな言い方だったが、それはこの閉ざされた空間を超えて空高くへと届きそうなまでに澄み渡っていた。だが、その決意の言葉をディンキーは高らかにあざ笑った。


「出来るものか! 自らの歩きゆく道程すら見つけられぬ未熟者が何が出来る!」


 確かに、ディンキーの言う通り自分自身では明日へと続く道すら見つけられないだろう。だが、グラウザーには確信があった。今なら判る事が一つだけあるのだ。

 

「道なら――」


 グラウザーは両の拳を硬く握りしめた。そして、右手を眼前に構えてベルトコーネを睨みつけた。

 

「道ならみんなが教えてくれた!!」


 そして、グラウザーは駈け出した。走りゆく先には3人の兄を奸計で葬り去ったベルトコーネが立ちはだかっている。勝てるとは限らない。だがもう一つ明確に分かっていること――、

 それはベルトコーネを倒さずして先はないということなのだ。

 


 @     @     @ 


 

 ベルトコーネが見ていた物――

 それは彼自身を生み出した創造主にしてしたがうべき主人たる存在、

 そしてもう一人、その主人を根底から作り変えてしまった者――

 事実を問いたださねばならなかった。何が真実で何を信じれば良かったのか、それを彼の2人に問いたださねばならなかった。そうでなければ散っていったアイツらの魂は浮かばれないだろう。


 コナン、ジュリア、アンジェ、マリー――、彼らはもう帰っては来ない。ともにディンキーを主人として付き従った日々はもはや過去のものだ。

 ガルディノ――、我らが主の理想からかけ離れてしまったができの悪い弟の様な存在だった。

 そして、アイツはどうしたろう? ローラは存命だろうか?

 

 幾つもの思いがベルトコーネの中を駆け巡っている。そして、その幾多もの思いは1つの疑問へと結びつく。

 

――これからどう生きればいいのだ?――


 アンドロイドは創造主より目的を持って生み出される存在だ。その目的を持たずして自らの存在意義は成り立たない。ならば、主人たるディンキーの目的とはなんだったのだろう? ましてや主人の命がすでに無いと言うのならばディンキーが抱いていた目的と理想には何の価値があろうと言うのだろうか?

 真実が知りたかった。そして今この胸中を支配している不安と疑念とを振り払い、再び、主人の命に服して戦いに自ら挑む日々へと戻りたかった。そのためにはやはり問いたださねばならない。

 あの女に――

 我らが主人の側に張り付くように付き従っているあのメイド風情に――

 ヤツが、奴こそが事実を知っているのだ。

 

「メリッサァァァァ!!」


 暴走する意識の中で奇妙なまでにクリアに働いている理性が彼女の名を求めた。だが、玉座の傍らから見下ろす視線はあくまで冷ややかで、そこに一切の信頼関係は存在していなかった。そう、それはまるで使い捨ての道具を見限り見下したような気配だ。

 その気配と視線がベルトコーネにさらなる怒りを呼び起こす。汲めども付きぬ怒りを携えて歩いて行くベルトコーネだったが、その視界の中に新たなる存在が見えてくるのに気づいた。

 

「誰だ?」


 それは若者だった。人間と見まごう生気と闘志に満ちた一人の若者だった。両の拳をしっかりと握りしめ、確かな足取りでベルトコーネの方へと迷うことなく歩みを進めてくる。そして、それは明らかに彼、ベルトコーネに敵対するべく立ち向かってくる者であった。


「小賢しい」


 ベルトコーネはなんの感慨もなく吐き捨てる。大切な主と、その主を捉えて離さない奸臣の元へとたどり着こうとしているのにもかかわらず、またも、それを邪魔しようとするのか? ならば、ベルトコーネが下す答えはひとつしか無い。

 ベルトコーネも両の拳を固める。相手が拳を固めて敵対するというのなら、自分も拳で答えるまでだ。そして、絶対的な力を持ってして排除する。

 今まではそうしてきた。これからもそうするだろう。

 なぜなら、それ以外の手段と方策をベルトコーネは彼の主人から教えられては居ないのだから。



@     @     @



 静寂が偽りの謁見の間を支配していた。

 構造物の隙間を、ときおり強い通り風が吹き抜けていく。その時の風切り音だけが、この空虚な空間の中で鳴り響いていた。

 その空虚な空間の中、対峙するのは二人のヒューマノイドタイプのアンドロイドだ。

 一人は日本警察。

 その警視庁が総力を上げて作り上げたアンドロイド警官、その最新タイプの第7号機。

 もう一人はテロリスト。

 孤高の老テロリストがその恩讐と敵意を塗り固めて作り上げた剛拳の格闘戦闘機体。


 2つの意志は今、真っ向正面からぶつかり合おうとしていた。

 はじめは静かに、そして、次第に足早に、グラウザーの足取りは加速していく。

 かたや、ベルトコーネはその歩みを焦って早めることなく、確実に堅実に目標に向けて歩みを進めていた。

 もうお互いに歩みを止めることは出来ない。その視線の先に互いの姿を認識したとき、戦闘によって雌雄を決する事でしか終りを迎える事が出来ないのだと無言のうちに悟っていた。

 

 グラウザーは、ベルトコーネを仕留める為に何か戦略があったわけではない。戦闘経験もノウハウも未だゼロに等しい状況だった。勝利の確信があるわけでもない。ただ、絶対に引くことのできぬ使命感がその脳裏と胸中を支配していた。そして、真正面から仕掛けるべくグラウザーは全速でベルトコーネへと飛び込んでいく。


 片やベルトコーネはグラウザーの動きに動じること無く、その速度をかえることはなかった。

 幾十幾百もの戦場とテロ現場をくぐり抜け、幾千もの敵を屠ってきた彼だ。初見の相手の力量などその挙動一つを見るだけで大抵のことは理解できた。今もまた、何の策もなく突っ込んでくるグラウザーを相手にして己との戦闘の技量の差を即座に感じ取れた。

 機先を制するべくベルトコーネは拳を繰り出した。右半身を前へと進め右足を踏みしめ、その勢いを殺すことなく左半身を飛び出せるかのように全身を回転させる。そして、左足を強く踏みしめると振りかぶった左の拳を雷神のハンマーのごとく撃ちだす。

 

 グラウザーの視界の脇からその剛拳が姿を表す。

 危険を感じてとっさに踏み止まると、両腕をクロスさせて頭上に構える。そして、両足を強く踏ん張ると襲ってくるであろう衝撃に身構えた。

 無論、それが正しい判断だとは限らない。それまでのアトラスたちのベルトコーネとの戦いの有り様を目の当たりにしていたのなら、直接接触をするだけでもどれほど危険なのか嫌でもわからされるはずだ。だが、グラウザーは知らなかった。ベルトコーネの拳が持つ、その衝撃と破壊力を。

 無知は罪である。

 だが同時に、勇気と勇猛さを支える大いなる力の源泉でもある。

 知り尽くすことが正しいとは限らない。知らないからこそ、選べられる選択肢もあるのだ。

 

――ゴォォォォォン!!――


 轟音が鳴り響く。鉄塊と鉄塊をぶつけ合わせたかのような重い衝撃音だ。それは目で見えない衝撃波の波紋を生み出し、この偽りの謁見の間の空間の中で鳴り響いた。床が震え壁が激しく揺れる。音と衝撃は何度も壁から壁へと反響し合いながら、その威力のたけの大きさを知らしめるのだ。

 偽りの玉座の上、ディンキーが微笑んでいた。

 

「これで終わりだ」


 その傍らでメリッサが冷ややかに醒めきった簡素な笑みを浮かべる。

 

「えぇ、終わりですわ。あなたの望む通りの結末ですわね」

「あぁ、終わりだ。そして、また再びはじま――」


 衝撃の残響が鎮まりゆく中、メリッサの言葉にディンキーは答えるが、その言葉は途中で絶句へと変わった。なぜなら、ディンキーはその目の中に信じられない物を目の当たりにしたからだ。

 

「なに?」


 思わずつぶやくディンキーのその傍らでメリッサは何も語らない。彼女の視界の中に写ったのはまさに信じがたいものだったからだ。

 今、メリッサの目に見えているもの。それはベルトコーネのある表情だった。無言のまま目を見張り、その眼下で全力で抵抗するグラウザーを凝視している。そして、その表情には驚愕と驚きがありありと浮かんでいる。

 メリッサとディンキーからは背中しか見えていないが、そこには明らかに、両腕を頭上でクロスさせ、両足を強く踏みしめ、その全身でベルトコーネの剛拳の衝撃とパワーに堪えきったグラウザーの姿があった。

 

 アトラスはかつてこう評した。


――拳の一撃で10式戦車すら倒しかねん――


 そして、直接のぶつかり合いを避けようとまでしたあの拳だ。だが、今、そこに存在しているのは、その剛拳に抗い、壮絶な破壊力を受け止め、倒れること無く立ち向かう意思を決して絶やさないグラウザーだった。その瞳は炯々として輝き続け、その心がいまだ折れずにいる事を主張していた。

 ベルトコーネはその姿を受け止めきれずにいた。受け止めきれぬからこそその驚きが口をついて思わず言葉として出てきてしまう。

 

「お前は誰だ?」


 ベルトコーネは知らなかった。目の前の小さな戦士が誰であるかを。そして、識らなかった。自らの破壊力と戦闘力に恐れを為さなず距離を置こうともせずに真正面からぶつかってくる者が居る事を。

 ありえなかった。

 今まで彼が拳を振り上げた相手は一撃で戦闘不能となるか、その拳の凄まじさを識って直接接触を端から避けて遠巻きにしているかのどちらかだった。決して、真正面から正攻法で向き合うことなど無かった。拳での直接戦闘など、ベルトコーネに立ち向かう警察や軍隊の選択肢の中には一切存在していなかったのだ。


 だが、それを選択したものがこれまで一人だけいた。

 アトラスだ。あの南本牧での一戦で相まみえた相手、彼だけが、ベルトコーネの拳に真正面から己の拳で立ち向かってきたのだ。あの時の歓びが、ベルトコーネの胸中に湧き上がってくる。

 あの時、ベルトコーネはアトラスに告げた。

 

『お前の拳を覚えておこう』


 それはアトラスに対する最高の賛辞のつもりだった。ベルトコーネの拳とその存在に恐れをなし、逃げ惑うばかりの人間だけが居るこの世界の中で、初めて現れたのがアトラスだった。己と言う存在を正面からぶつけられる相手――すなわち『好敵手』――、そう評価できる相手の出現はベルトコーネのアイデンティティを根底から揺さぶるものだったのだ。

 だが、そのアトラスもまた最後にとったのは複数連携による敬遠策だった。その時の失望と怒りはいかばかりだっただろうか。胸を焼く失望感はその脳裏に冷えきった冷静な思考力と判断力をベルトコーネに与えて、あの残酷なまでの反撃を行わせたのだ。

 だが、その怒りと失望が帳消しになる。

 真っ向から逃げない相手、

 真っ向から拳を受け止める相手、

 それはベルトコーネが無意識のうちに心の奥底から求める相手だった。

 そして、その驚きと歓喜が溢れでた時、ベルトコーネの口から思わず言葉が突いてでたのだ。

 

「貴様! 何者だ!」


 その言葉と同時に、左拳に込められた力に対して帰ってくる感触がある。グラウザーはその交差させた両腕にすべての力を込めると、両足に、身体に、その全身に力を込めてあらん限りの力でベルトコーネの剛拳に抗ってみせる。そして、グラウザーは反撃の意思を口にする。

 

「僕は――」

 

 全身に込めた力のバネを一気に開放し、ベルトコーネの拳を押し戻しながら、グラウザーは一気呵成に叫び声を上げた。

 

「日本警察! 特攻装警第7号機! グラウザーだ!!」


 それは自らの存在の証明であった。


 人は惑う。人は彷徨う。

 己が何者であるかを知ることが出来ぬ時、歩みは止まり、行き先を見失う。

 しかし、自分が何者であり、どこへ向かうべきなのか明確になった時、その歩みは確実なものとなり、そして、自らの前に立ちふさがったいかなる存在おも打倒し乗り越えて行けるのだ。

 グラウザーは識った。自分が何者であるかを。

 もうグラウザーは迷わなかった。

 道はついに開かれたのだ。



 @     @     @


 

 両腕の力を開放してクロスさせていた両腕を広げると、ベルトコーネの拳を弾き返す。

 予想だにしなかった反撃はベルトコーネに次なる一手を迷わせた。押し返された左拳の代わりの反撃をするよりも早く、グラウザーの次の攻撃が飛び込んでくる。

 グラウザーはベルトコーネの懐に飛び込むと左足を踏みしめてその足を軸にして全身のバネを解放する。そして、後方へと引いていた右脚を繰り出すと下から上へと振り上げる。 

 

――スパァァァァン!!――


 それは爽快すぎるほどの打撃音を響かせてベルトコーネの顔面へと撃ち込まれた。ベルトコーネはその頭部へと加えられた衝撃に図らずもその頭脳を揺さぶられることとなる。それはベルトコーネの意識を瞬間的に飛ばすこととなる。

 右へと揺らいだベルトコーネの身体に、右脚を引いたグラウザーは返す刀で左拳を打ち込んでいく。狙う先は再びベルトコーネの頭部。

 今度こそ敵を撃破する。そう強く意識しての左拳だったが、その拳はベルトコーネの闘志へとは一歩届かなかった。


――ズシッ!――


 ベルトコーネが踏み止まる。右脚を踏みしめ体勢を戻すと、その勢いのまま右拳を下から上へと振り上げる。その拳の先にはグラウザーの頭部がある。

 

「調子にのるなァ!!!」


 裂帛の気合を響かせてベルトコーネが叫んだ。こんなにいとも簡単に攻撃を加えられることなど、断じて認めるわけには行かなかった。そして、ベルトコーネの拳の動きにまでグラウザーの意識は届いていない。このままではグラウザーは頭部を打たれてそのままアウトだ。

 だがその時、グラウザーの意識の中に飛び込んできたものがあった。

 

〔危ない!!〕


 その声は無線回線を通じて飛び込んできた。

 

【 空間把握感覚・補正信号により修正    】 

【 強制動体制御、身体を後方へ退避     】


 それと同時に届いたのは、自らの肉体を動かす上での神経信号に対するダイレクトな動作制御の補正命令だ。左の拳を停めて、その命令信号に抗うこと無く素直に従えば、グラウザーは全身を後方へと引いてベルトコーネの拳をギリギリで躱す。グラウザーの鼻先をかすめてベルトコーネの右拳は空振りする。

 

「何っ?」


 ベルトコーネの口から驚きが漏れる。対してベルトコーネを視認しつつ後方へ飛び退くグラウザーだったが、なおも無線回線を通じて何者かの声が問いかけてきた。

 

〔間に合いましたね〕


 無線回線からの問いかけに戸惑いつつも、グラウザーはその声に問い返した。

 

〔あなたは?〕


 当然の疑問に対して返ってきたのは努めて冷静な落ち着いた声だ。

 

〔私は特攻装警第4号機ディアリオ、救援に来ました〕


 思わず周囲を見回しそうになるがディアリオからの声はグラウザーに、今、成すべきことを改めて突きつけてきた。


〔建築用機材の遠隔監視カメラを通じてアナタの姿を見ています。私が遠隔でサポートしますので、今はベルトコーネを撃破してください!〕


 ベルトコーネに立ち向かえるのは現状では自分だけだ。そう思っていただけに、ディアリオからのメッセージは何者にも増して心強い物があった。自分は一人ではない、その確信は安心とともに尽きぬ闘志をグラウザーのその胸中にもたらしてくれるのだ。


〔了解!〕


 グラウザーが無線越しに答えれば、ディアリオは更にアドバイスを送ってきた。

 

〔ベルトコーネはパワー重視の格闘機体ですが反応速度の面でも秀でています。しかし、トップスピードと反応速度ならスペック上はあなたのほうが上です! 直接打ち合うよりフットワークを駆使して相手を幻惑してください。奴に勝つにはそれしかありません!〕

〔はい!〕


 ディアリオの声に促されてベルトコーネの存在を視認すれば、ディアリオはなおもネットワーク越しに支援のための情報を送り込んでくる。

 

【 監視カメラ映像接続           】

【 カメラ映像スーパーインポーズ      】


 グラウザーの視界の片隅、3つほどのカメラ映像が送られてくる。それはベルトコーネとの位置関係を把握するのにはなによりも最適なものだ。

 グラウザーは眼前のベルトコーネと、ディアリオからの映像を視認しつつ。あらためて両の拳を固める。

 グラウザーが、アトラスやセンチュリーの様に体系だった格闘技能を習得しているとは考えられなかったが、それでも必要最低限の徒手格闘のスキルは知っているようであった。ボクシングのようにフットワークを駆使して両拳による打撃攻撃、それに加えての足技、彼が繰り出せるとすればそれがせいぜいだろう。

 だがグラウザーは迷わない。恐れない。ただ結果を求めて相対する敵を仕留めるだけである。

 

――ギュッ!――


 床面の上でグラウザーがブーツのソールを鳴らす。強く踏みしめたステップで瞬間的にベルトコーネの懐へと飛び込もうとする。

 それはベルトコーネの視界の右片隅だったが、ベルトコーネはギリギリで上半身をひねりつつ左拳をグラウザーめがけて打ち込んでいく。


 片や、グラウザーの視界には、赤い矢印で、ベルトコーネの拳撃の軌道のシュミレーションが表示された。グラウザーはそれの矢印の意味を悟ると、ベルトコーネに迫る動きを停止させた。

 膝と腰を落とし拳の軌道を掻い潜り、グラウザーは低い姿勢のまま横にステップを踏む。気配を消したままベルトコーネの左脇へと位置をとる。そして、ガラ空きのベルトコーネの頭部と胴体に両の拳の連撃を食らわせる。

 まずは左拳のフックを腹部の左脇腹へと撃ちこむ。そこは肋骨で覆われていない部位で人型アーキテクチャのアンドロイドでも防御しにくい部位の1つだ。

 苦痛に歪むベルトコーネの表情を垣間見つつ、すぐさま右拳は下から上へと抜ける痛烈なアッパーを放つ。それはベルトコーネの頭部の左後方へと一切の慈悲無く痛烈に突き刺さった。

 ベルトコーネの強靭な肉体と骨格はグラウザーの拳のもたらすダメージの半分すらも受け入れはしないだろう。だが、グラウザーもまた生身の人間ではない。強く固めた拳は鋼に等しいものであり、伊達にアトラスから初めて7人目のグラウザーまで技術を積み重ねて来たわけではない。人間にしか見えない外見のその中には、人々の暮らしの平穏を守るために積み重ねられた叡智が確実に宿っているのだ。


 ベルトコーネの意識は頭蓋内の頭脳を揺さぶられ瞬間的に飛んだ。

 それを逃さず右の拳を引く動作のまま、グラウザーは今度は右脚を軸に左脚を振り上げた。狙う先は再びベルトコーネの頭部、ヒットすれば今度は顔面へと食いこむはずだ。だが、ベルトコーネは本能的にとっさに左腕を跳ね上げるとそれを縦に構えてグラウザーの蹴りを確実に受け止めた。

 

「ぐっ!!」


 呻くような声がベルトコーネから漏れる。その時のベルトコーネの表情にアトラスやセンチュリーたちを翻弄した時のような余裕や気勢は一切感じられない。確かにディアリオの読み通りグラウザーの力はベルトコーネのそれには及ばないだろう。だが、それが通用しないかどうかは別の話だ。ベルトコーネの焦りにも似たその表情が何よりも全てを物語っていた。

 

 グラウザーは、これで攻撃の手を止めるつもりは無い。左の蹴りを阻止されつつも、今度は軸足とした右脚に込めた力を炸裂させて、今度は右の足を振り上げてベルトコーネの後頭部を狙った。左脚の蹴りを後方へと引きつつ右脚の蹴りを繰り出すさまはまさに空中殺法の類であり、それは常人を遥かに超える速度とバネと跳躍力を持つものだけが放つことの出来る〝攻め〟であるのだ。


 グラウザーの攻撃には動的な破壊力は感じられなかった。

 だが、そこに秘められたのは類まれな卓越した素早さと鋭利な鋭さだ。

 

――ズッパァァァァン!!――


 その蹴りはさながら鋼鉄の鞭である。目に見えぬ程の動きを伴ってベルトコーネの頭部を打ち据えれば、その打撃はベルトコーネから瞬間的な意識を確実に毟り取ったのだ。


 反撃を行うことすらままならぬままにベルトコーネの身体がよろめけば、グラウザーは更に攻撃を加えようとする。右脚を振り抜きベルトコーネに背を向けて着地すると、再び両足の力を開放して飛び上がる。そして、さらに右脚の蹴りを視認出来ぬほどの勢いでベルトコーネ目掛けて打ち据えるとそのつま先はベルトコーネの後頭部へと食いこんでいく。

 

 通常、回転飛び蹴りは見た目の派手さとは裏腹に実際のダメージは軽いと言われている。だがしかし――

 

――ズシィィィッ!――


 そのあまりに鋭い勢いを持つ蹴りは、鋼鉄製のハンマーであるかのような衝撃を持ってベルトコーネの身体を弾き飛ばした。

 

 蹴りを繰り出し終え着地したグラウザーは、右半身を前にしてベルトコーネへと構えをとる。

 対するベルトコーネはその衝撃にむしり取られた意識の隙を突かれて受け身を取れずに床へと打倒されることとなる。ベルトコーネが再び正気を取り戻したのは床へと這いつくばった直後だったが、ベルトコーネ自身が自分の身に何が起きたかを理解するのは数秒ほどの時が必要であった。


「なんだ?」


 ベルトコーネが両手を突いて上体を起こす。

 

「何が起きた?」


 生まれて初めて味わう『敵に翻弄される』と言う事態。それは未体験の屈辱であり、彼の認識に強い衝撃を与える。僅かなタイムラグの後にベルトコーネはあることに気づく。『敵に倒された』と言うその事実。それを許容出来るほどにはベルトコーネは惰弱では無い。その時、総身を襲うのはとてつもない屈辱。そして、その身を突き破らんばかりの怒り――


 静かに、そして着実に、ベルトコーネはその両足を地面へと突き立てていく。

 眠りから醒めて怒りの牙を露わにした虎狼の如く、その総身に怒りの気配を漂わせて、ベルトコーネはグラウザーを凝視しつつ立ち上がった。

 その両の拳を硬く握りしめ拳をつくり上げると、その体に湧き上がる怒りをぶつけるがごとくその右の拳を鉄製の床へと一際強く叩きつける。床面は1m程の窪みを作り上げ、その拳の力の威力をありありと示している。

 その右の拳を引き抜きながら、ベルトコーネはグラウザーへと敵意を言葉に変えて叫んだのだ。

 

「貴様か!」


 左脚を踏み出し踏みしめる。

 

「貴様がやったのか!」


 右脚も踏みしめ進み出る。

 

「答えろ!」


 ベルトコーネは左の拳を振り上げ、その拳先をグラウザーへと向ける。一切の猶予なく振りかぶった拳を眼前の敵へと彼は解き放った。

 

 グラウザーは分かっていた。とっさの直感的な判断だけでは回避しきれるものでない。時間が経てば経つほど敵もこちら側の手の内を見極めて対処してしまうだろう。

 右にスウェーして躱すか、左に体移動するべきか、

 しゃがみ込み、拳を掻い潜り相手の懐へと飛び込むか、

 瞬間的に選択肢は次々に湧いてくるがそれをどう選択すべきなのか、それを見極めるにはグラウザーはあまりに経験不足である。

 とっさにしゃがんで退避しようとするが、その視界の片隅でベルトコーネのつま先が意味ありげな動きを見せるのを見逃せ無かった。本能的に身体が止まり退路を見失ってしまう。


 グラウザーの眼前――、今まさにベルトコーネの剛拳は迫っていたのだ。

 

 時、同じ頃――

 ディアリオがアクセスしたのは、兄であるアトラスがベルトコーネ対策で行っていた戦闘シミュレーションの試行結果のデータだった。監視カメラとグラウザーの視界映像から得られるデータをもとに、戦闘シュミレーションの結果を照らしあわせて、これから敵が取りうるであろう行動を最速で予測して見せる。そして、その予測結果をグラウザーの視界の中のアドバイスデータとして映し出すのだ。


【敵、戦闘模擬パターン           】

【     <シュミレーションディスプレイ>】

【身体制御シグナル、強制修正        】


 グラウザーの視界の中、ベルトコーネの拳の軌道が映しだされるのと同時に、そのグラウザーの身体に駆け巡ったのは、自らの体を動かすための半強制的な動体制御信号だった。

 その動体制御信号に逆らうこと無く従えば、ベルトコーネの拳を、自らの身体をバックスウェーして躱す動きのそのままに、右手の掌底をベルトコーネの左腕へと突きたて拳撃の軌道を逸らしつつ、右脚を高く振り上げベルトコーネの喉元へとハイキックを叩きつけた。ベルトコーネの頭部はぐらつき、彼が繰りだそうとしていた左のローキックは出しきれずに中途半端なままだ。

 動体制御信号はさらなる攻撃を促してくる。

 右腕を床につき、それを軸にして左脚を下から上へと蹴りあげる。ベルトコーネのお株を奪うカポエイラ的な挙動のキックだ。その蹴りでベルトコーネの下腹部を蹴り込めば、防御を取り切れていなかったベルトコーネはまともにダメージを食らってその巨体を後方へとよろめかせたのだ。

 その光景は玉座の上からもはっきりと見えていた。ディンキーから驚きの声が漏れている。

 

「なんだと?」


 メリッサが戸惑いを口にする。

 

「ばかな――、あれでは1号機のアンドロイドと同じ――」


 ありえないことだった。生まれて間もない未成熟な未完成アンドロイドが、百戦錬磨にして老獪なベテランアンドロイドと同じ戦闘スキルを持ちうることなど想像すらつかなかった。だが、それは事実だ。

 その彼らも、よもや遠隔でディアリオが高度な支援をしているとは知る由も無かったのだが。


 素早く体を跳ね起こしたグラウザーは、敵を休ませること無くその懐に飛び込むと、左半身を前にして左腕を縦に構えてベルトコーネに密着する。そして、半身を切り替えるように右脚を踏み込み、左と右を入れ替えざま右肘による下から上への激しい打ち込みをベルトコーネの胸部へと叩きこんだ。

 さらなる仕上げに、ベルトコーネの頸部を撃ちぬく勢いで左腕の肘を左下から右上へと炸裂させれば、ベルトコーネの巨体は一切の受け身や防御を取り切れずにすべての攻撃のダメージをまともに食らったのだ。

 ベルトコーネの頭部が横飛びするかのようにまともにふっとばされる。方やグラウザーは、打ち込んだ左肘を後ろへと引く動作の勢いそのままに間合いをとる、間合いを取りつつ繰り出したのは右足のミドルキック――足全体をムチのようにしならせて全身の力をそのつま先に集中させて一気に開放する。


――ズドォッ!――


 重爆撃の如きその蹴りは、確実にベルトコーネのその腹部へとめり込むように食い込んでいく。そのダメージとインパクトが彼の全身へと浸潤していく。それまで何者の攻撃をも正面からうけとめきったはずのベルトコーネ。

 だが今、その顔は苦痛に歪み、意識の糸は今まさに切れようとしていた。


 右足を引いてグラウザーは攻撃を止めた。左拳を付き出して身構えたまま敵の挙動を注視する。

 それと同時に、彼の視界の中には敵・ベルトコーネの行動予測となる矢印や図形記号が踊っている。

 それを目の当たりにしてグラウザーはディアリオに問いかけた。

 

〔兄さん、これは?〕

〔敵ベルトコーネの戦闘シュミレーションです。1号アトラスが対ベルトコーネ戦闘のために作り上げたデータです。それを元にこちらからアドバイスしています〕


 それが兄であるアトラスの置き土産である事はグラウザーにとって何よりの僥倖だった。それに増して、もう一人の兄であるディアリオが適切に示してくれるのだ。グラウザーは自分の中に湧いていた密かな不安が和らいでいくのを感じる。

 

〔助かります。これで格闘スキルの差を縮められる!〕


 だが、それに慢心するディアリオではなかった。


〔安心するのはまだ先です〕


 兄からもたらされた叱咤の言葉すらも今はグラウザーには頼もしかった。

 

〔次が最後です。敵も残る力を全て開放してくるはずです! 今度こそヤツの意識を狩り取ってください! それで全てが決まります!〕

〔はいっ!〕


 グラウザーは今、半ば無意識に、アトラスと同じに空手の構えをとっている。左半身を前に左の手刀を突き出し、右の拳は引いた位置で腰の脇に構えている。両足のスタンスは広めに取り、重心を低めに落としている。

 ディアリオがグラウザーにもたらした戦闘シュミレーションデータ――、それがグラウザーの身体を駆け巡ることで、アトラスの戦闘スキルがグラウザーに憑依したとしても不思議ではなかった。


 そして、その光景を虚ろな意識の中で眺めている目があった。

 

【特攻装警第3号機センチュリー       】

【システム再起動シークエンス<実行完了>  】

【システムコンディション、トータルチェック 】

【左右前肢:全機能不全           】

【右下肢:神経系途絶            】

【左上肢:感覚受動系機能不全        】

【中枢頭脳部:運動系一部機能不全      】

【                     】

【意識回復レベル:正常           】

【基本運動不可能、痛覚系遮断        】


 体内システムが作動しセンチュリーを復活させようと必死になっている。意識はなんとか取り戻せたが、立ち上がることはどう考えても無理だった。

 朧気な意識の中で思い出せば、ベルトコーネを拘束したアクセルケーブルを突如引っ張られた時、そのまま離せば良かったのだが〝逃がすことができない〟と言う絶対的な思い込みがケーブルのグリップを手放すことを拒否させた。簡単に外れないように手に巻きつけたのも失敗だった。

 後悔しても遅いが死ななかっただけでも良しとするしか無い。


「くそっ……、体が……、動か……ねぇ……」


 四肢の感覚がない。もぎれている――と言うより、四肢の神経系が完全に焼き切れている感じだ。こういう時は人間でなくてよかったと思う。アンドロイドだから痛覚が自動制御できる。不要な痛みをシャットアウトできる。とは言え、このまま寝転がっていて良いはずがない。

 全身を必死に動かせば肩関節と胴体はなんとかなる。そこから這うことはどうにか出来そうだった。

 残された部分を必死に動かしてセンチュリーは敵の姿を追う。

 ベルトコーネ――、やつだけは諦めてはならない――

 

「どこだ!?」


 残された力を振り絞ってセンチュリーは身体を起こし顔を振り上げる。そして、視線を向けた先には空手の構えをとる見慣れた姿がある。

 

「兄貴?」


 一瞬、アトラスの後ろ姿に見えなくもない。その姿勢も構え方も、幾度も一緒に戦場で拳を並べたあのアトラスと瓜二つだ。だがその兄はセンチュリーのすぐ隣で自分と同じように倒れている。全身が焼け焦げていて再起動すらままならない状態だ。

 ならばあれは誰なのだ?

 そう、強い疑問を抱いて視線を向ければ、そこに立っているのはアイツだった。

 

「グラウザー?!」


 アイツが戦っている。ベルトコーネとガチで向かい合っている。

 そのグラウザーが右脚のミドルキックを繰り出しベルトコーネの胴体を打ち据えて倒そうとしているところだった。


「嘘だろう?」


 何が起きているのだろう?


「あいつ、まだ正式配備前だろ?」


 戦闘経験はおろか、実務経験すらまだのはずだ。しかし、それは幻覚ではない。グラウザーの蹴りは間違いなくベルトコーネにダメージを与えている。

 アトラスを、

 センチュリーを、

 エリオットを、

 フィールを――

 あれだけ圧倒したバケモノが生まれて間もない『ルーキー』に成すすべなく翻弄されているのだ。

 その姿を見るにつけ、センチュリーはあることに気づいた。

 

「間違いねぇ、アイツ、俺と同じ内骨格系のメカニズムだ! 動体制御重視の格闘タイプだ!」


 そのセンチュリーの体を引き起こそうとする者が居る。5号のエリオットだ。

 

「いいえ、それだけではありません」

「エリオット?」


 エリオットは肉体ダメージこそ少なかったが兄弟を打ち倒してしまった心理ダメージから漸く回復しつつあるところだった。それでも戦闘プログラムを再起動し戦闘行動を再開するには至っていない。そのエリオットがグラウザーを見つめながら言う。

 

「彼の肉体には私やアトラスと同程度の強度が見られます。外骨格系と同じ耐衝撃性能を有しています。ベルトコーネの打撃を受けても防御しきれている。これは明らかにパラドックスです」


 運動性能重視の内骨格、防御性能重視の外骨格、その二律背反するものをグラウザーは持っているというのだ。明らかに矛盾する現実に戸惑う2人に、ネット越しにディアリオが答えをもたらそうとしていた。

 

〔いいえ、パラドックスではありません〕

〔ディアリオ、どういう事だ?〕


 センチュリーの問いにディアリオは明確に答えた。

 

〔彼は完成形のハイブリッドタイプです〕

〔完成形?〕

〔はい――、アトラスから始まって、フィールに至るまで積み上げられてきた、特攻装警の開発テクノロジー、その1つの答えが彼なんです。人間的な外見、優れた運動性能、高い防御能力、高度なコミニュケーション能力、それら特攻装警に求められてきた全てを統合する事――、それが破錠すること無く盛り込まれている。彼は特攻装警という物の1つの答え。その彼に私がアトラスの戦闘シュミレーションデータを与えました。対ベルトコーネ戦用に組み上げられたものです〕


 ディアリオの言葉にセンチュリーが絶句した。


〔兄貴のデータ?〕


 エリオットが戸惑う。

 

〔信じられません。トレーニング期間を経ずにですか?!〕


 通常ならばアンドロイドといえど一定の運動スキルを物にするためにはそれなりのトレーニングが必要となる。人間よりは遥かに短い期間だが、それをこの戦闘中に即座に行えたというその事実は、センチュリーたちを驚愕させるには十分すぎる事実だった。

 

 ベルトコーネの身体が揺らいでいた。

 グラウザーに蹴られた胴体を、くの字に折り曲げつつ倒れそうになる。だが、最後の瞬間で右脚を踏ん張るとベルトコーネは切れそうになっていたその意識を最後の力を振り絞って取り戻した。

 

――ズンッ!!!――


 ベルトコーネが踏みしめた右脚が地響き立てて踏みしめられた。そして、体勢を瞬時に整えなおすと両足を踏みしめて、二つの拳を固め直す。

 

「認めん――」


 ベルトコーネはその視界の中にあらためてグラウザーを捉え直した。

 

「認めんぞ」


 右の腕を振り上げて、その拳を叩き込む相手を見据える。

 

「認められるかぁ!!! 貴様なぞ!!」


 そして、左の足を勢いよく前方へと繰り出しつつ踏みしめる。その拳の向かう先はグラウザーだ。

 

「我が主の理想の世界は成就されねばならん! 仇なす者は遍く倒されねばならん!」


 虚しい叫びだった。誰もそんなモノは望んでいないのだ。一個人のエゴを世界中にばらまいても誰も幸せにはならないのだ。そんな当たり前なことがベルトコーネには理解できないのだ。

 グラウザーはその猛り狂い叫びを上げるベルトコーネの姿に底知れぬ哀れさを感じていた。


――僕達アンドロイドは人間たちに求められて生まれてきたはずだ。この世界を発展させ、人間を幸せにするために生まれてきたはずだ。生まれるその前から使命と願いを託されて望まれて生まれてくるはずだ。だが、その願いがほんの少し、間違っているだけで、生まれてくるアンドロイドはその存在自体からして間違ったモノになってしまう。なぜだろう?――


 グラウザーは思う、拳を振り上げなおも戦おうとするベルトコーネを見つめながら。そして、その脳裏に想起されるのはアトラスがベルトコーネのために練り上げた技のシュミレーションの数々。


「兄さん、使わせていただきます」


 心のなかでつぶやきながらグラウザーは意を決して進み出た。

 恐るべき速度の剛拳が飛来する軌道、それを注視しつつグラウザーは左脚を前に出し震脚する。

 震脚と同時に構えていた左の手刀をベルトコーネめがけて繰り出していく。

 グラウザーの左手はベルトコーネの右拳の軌道にコンマ数ミリで接触する。

 そして、絶妙なタイミングと力の制御でベルトコーネの剛拳を弾いて逸らした。

 さらには、そのまま強く踏み込んでいき左腕の掌底をベルトコーネの胸板めがけて突き立てると、ベルトコーネの挙動を強引に静止した。


「ぐうぅっ!」


 ベルトコーネの喉から苦悶の声が漏れた。グラウザーはそう大して強い力で掌底を繰り出したわけではない、むしろ、ベルトコーネは自ら勢いと力で、グラウザーの掌底に自爆したようなものだ。

 そして、素早い速度でグラウザーの右脚が蹴り上がる。

 ベルトコーネの頸部を右脚のハイキックで蹴りこみ、そのあとの返す動きでベルトコーネの頭部へと右足の踵を落としてダメージを与える。頭部への二連撃を食らい、意識の途切れそうなベルトコーネに対して、グラウザーはさらに両の拳による連撃を叩き込んだ。


「おぉおおおおおおおっ!!!!!!」


 怒涛の叫びとともにグラウザーの拳は停まること無く繰り出され続ける。 

 左の拳を固めると右脚を下ろす動きと同時に、左の拳をベルトコーネの右頬へと叩きつける。

 間を置かずして右の拳を固めると、正拳でベルトコーネの胸部へと打ち込んでいく。

 右を戻せば再び左の拳で、相手の右胸を打つ。

 4発目の拳を繰り出す頃には、ベルトコーネは一切の防御行動を行うことはもはやできなくなっていたのだ。

 

 それから幾度目の拳が繰り出されたのだろう?

 まるで鋼鉄の大口径の弾丸を連射したかのように、ベルトコーネのボディはグラウザーの強固なその拳によって穴だらけの様相を呈しつつあったのだ。

 攻撃はもはやできない、防御も困難、それほどまでに無力化されつつあったベルトコーネだったが、それでもなお倒れて這いつくばることは無かった。

 

 敵が倒れるまで、その拳を繰り出し続けるつもりであった。

 だが、倒れる予兆すら無いベルトコーネにグラウザーは無心のままに拳を固め続けた。

 それを目の当たりにしていた周囲の者は誰も何も声を発しなかった。

 

 ディンキーはその光景を呆然として眺めていた。彼が理想と野望を成就させるために作り上げた人工の家臣たち。その最後の者がついに停まるその姿を目の当たりにしてディンキーはもはや何も語る言葉をなくしていた。


 メリッサは無言のまま状況を見つめている。その視線と表情には一切の感慨は湧いていない。ただ、次の手を判断しているのみだ。


 終末が近づいていた。

 決着の時はついに訪れたのだ。

 センチュリーたちは弟たるグラウザーの放つ猛攻を呆然として眺めていたが、逮捕対象であるはずのベルトコーネの惨状をようやく意識するに至った。それをしてエリオットが告げる。


「マズいですね」


 センチュリーが同意する。


「あぁ、これ以上はやり過ぎだ」

  

 エリオットに抱きかかえられたままのセンチュリーは、先輩として、兄として、伝えるべき言葉を叫びに変えた。

 

「やめろ! グラウザー!!」


 その声は澄み渡るようにその空間に響き渡る。そして、我を忘れかかっていたグラウザーに自分自身を取り戻させる。ハッとするように両の拳を止めると暴走する心を止めてくれた兄の方へと視線を返した。

 そこには満身創痍の兄が居る。そして、センチュリーは生まれて間もない弟に伝えるべき言葉をつげる。

 

「俺達は殺人者でもテロリストでもない。今やるべきことを間違えるな!」


 その言葉の意味はすぐにグラウザーの心のなかに染み渡っていく。成すべきこと、果たすべき役目、それが己が脳裏の中で冷静に組み上がっていく。

 攻撃の手を止め数歩後ろに下がる。そして、敵との間に間合いをとるとベルトコーネの動きを警戒しつつ冷静に見守り続けた。

 

 そして、それはゆっくりと前方へと揺らいでいく。

 その瞳に意志の力はない。

 その拳に破壊の怒りはない。

 その足に闘志の歩みはない。


――ガキィン!――

 

 ベルトコーネの膝が折れる。金属製の床で打撃音が響く。

 その総身には、もはや立ち上がるだけの気力もエネルギーも残されてはない。

 虚ろな視線をたたえながら、その巨体はついに力尽きて前のめりに倒れこんだ。

 

――ガッシャァッ!――


 何か大きな荷物でも投げ出されるかのような物音。

 それは到底、命ある物にまつわるような音でははない。〝死〟と言うよりは〝機能停止〟と呼ぶに相応しい音――、

 世界を、日本警察を、特攻装警を、散々に振り回し続けた存在にしては最後の瞬間はあまりにもあっけないものだった。

 

 誰も何も語らなかった。

 沈黙が支配する空間の中、グラウザーが吐く荒い息の呼吸音だけが微かにこだましている。ベルトコーネの剛拳と闘いぬき勝利を手にするため、その全身に巡らせた力を開放しつつある。その高まったエネルギーの余韻そのままにグラウザーは肩を上下させつつひたすらに深呼吸をつづけていた。


 アンドロイドでありながらも、呼吸の息吹がある――

 センチュリーはその事実を目の当たりにして思うことが有った。

 

――俺と同じだ――

 

 内骨格にして呼吸と有機物消化を備えたアンドロイド、それはセンチュリーの事であるが、グラウザーに今起きている事実は彼がセンチュリーと同じ機能を備えていることの証でもあった。

 自分と同じ存在であることに強い歓びが湧いてくる。だが、それと同時に疑問を感じるのも事実だ。

 しかし、今はその事にこだわる時ではない。

 語るべき言葉がある。

 伝えるべき意味がある。

 センチュリーは己が弟に今成すべきことを促した。

 

「グラウザー!」


 兄の声にグラウザーははっとしつつ振り向く。センチュリーはグラウザーの目を見つめつつ伝える。

 

「確保だ! ディンキーを押さえろ!」


 兄からの警察としての指示を耳にしてグラウザーは明確に頷く。

 

「はい!」


 そして、無力化されたベルトコーネの脇を通り過ぎ駆け出すと、偽りの玉座の上へと駆けていく。

 センチュリーはその姿を満足気に眺めている。

 

「弟か――」

「え?」


 エリオットは兄であるセンチュリーのつぶやきを耳にして振り向く。

 

「なんでもねぇ。お前もベルトコーネの機体を確保してくれ。俺のことはかまわねえ」


 エリオットは兄の言葉に無言で頷きながら、センチュリーの身体をそっと床に横たえた。

 センチュリーの視界の中、エリオットが、グラウザーが、それぞれの任務のために駆けていく。それを満足気に眺めている。

 

【特攻装警第3号機センチュリー       】

【ダメージ蓄積警戒レベル突破        】

【緊急休眠モード移行            】

【オールシステム・スリープ         】


 あとはアイツらがやってくれるはずだ。それを確信しながらセンチュリーの意識は眠りへと落ちていった。


戦いは終わる。

そして、もう1つの結末が訪れる


次回、第1章第32話『終わる者、始まる者』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ