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第29話『正しきモノ ―邂逅―』

第5分ブロック階層――、そこはラストステージ。

今、最後の戦いが始まります。


第29話、スタートです。

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ガドニックは幾重にも折り重なった人工の迷宮を上へ上へと導かれていく。

 上昇する極秘のゴンドラに誘われて、1000mビル第4ブロックからさらに上へと運ばれていく。

 それは魔窟へと飲み込まれる得物のようである。しかし、そのような状況にありながらもガドニックには一縷の動揺すらも見られなかった。

 ゴンドラが停まる。そして、招き入れるように扉が開く。外へと出れば薄暗い通路へと出て行く。

 その通路に灯りは非常灯のみ。そんな心ぼそい灯りを頼りにしてガドニックは先へと進んでいく。

 やがて通路は螺旋を描くように登り始めていく。方向感覚を失いそうになりながらも、上へ上へと進んでいく。

 そして最上階へと上り詰めたとき、通路は唐突に光の中へとガドニックを招き入れた。

 正6角のビルのフロアの中、道はビルの最上階の中央部に開かれていた。

 眩い光に包まれた光のなかで、ガドニックはありえない光景を目の当たりにしていた。

 ガドニックは眉をしかめ左手をかざして見つめる。


「外へ出たのか」


 しかし、目がその強烈な光に慣れてくるにつれ、己れの導かれた場所が見えてくる。

 光の正体は希望の太陽ではない。それは、出口なき天空の魔宮を照らし出す灯火である。

 やがて、強力な光にその目が慣れてきた。そして己れが到達した場所の光景を少しづつ目にする。


「ここは?」


 ガドニックは目の当たりにした光景に驚きの声を上げずにはいられなかった。

 そこは本来ならば、1000mビルの現時点での最頂上であるはずだ。未完成の場であり、建築途中の光景が広がっているはずだった。

 だが――

 今、そこにあるのは、中世欧州の様々な王宮にあった謁見の間そのままの情景である。

 しかし、周囲をよく見回せば、それは有り合わせの鋼材を巧みに組み合わせて作り上げた見かけだけの代物であった。

 その謁見の間の周囲は、赤黒く錆びついたスレート鋼板を壁面に並べ合わせて作られている。

 足下は、ビルの配管が剥き出しであり、その上に赤いエンジニアリングプラスティック製の通路が、堂々と中央を貫いて引かれてある。

 ガドニックを照らし出しているのは、周囲の鋼板の壁の隙間に取り付けられたスポットライトだ。


 そして真紅の通路のその向こうには、多様なサイズの鋼管やケーブル収納用のキャブパイプでもって祭壇風の仕掛けが組まれている。


 その左右には、曲線と直線とが規則正しく折り重なる古代の紋様が、工業用の塗料で色彩豊かに描かれていた。そして、その高台にある祭壇の中ほどには、一つの玉座があった。

 建築用鋼板を曲げて打ち出して作られたその玉座には、シルバーブロンドの老人が座している。


――まさか、彼がそうなのか?!――


 ガドニックは、そこに驚きを見た。

 その老人の存在は、ガドニック自身は無論の事、英国の上流階級や知識人の間では知らぬ者は無かった。

 古代ケルトをその理想に描き数多の精霊を自在に操ったケルトのドルイド僧の様にマリオネットなるアンドロイドを駆使する。その頭脳は異様なまでに鋭敏で、情報ネットワークはおろかハイテク社会の特殊技術の多くをマスターした特Aクラスのテロリスト。

 長い顎髭を蓄えた、その顔には、それまでに彼が歩んできた苦難の年月が、深い皺となって幾重にも刻み込まれている。そしてその老体は偽りの玉座の上でガドニックを待っていた。


――この人物のために、我が国はどれほどに荒されたことか――


 微かな怒りと、大きな哀しみとが思い起こされてくる。その彼の凶行の数々は、記憶から消去しようにも英国に生を受けた者ならば、忘れる事は絶体にできないだろう。


「マリオネット・ディンキー!」


 ガドニックは眼前の玉座の上の人物に、激しい緊張を感じずには居られない。

 仮初の玉座の上に座していながらも、その気配だけでも敵対する者を威圧する勢いがある。ディンキーはまるで眠っているかの様に沈黙を守ったままだが、安易には語りかけられぬ剣呑さはさすがにテロリストとして世界に名を馳せているだけはある。だが、このまま沈黙したまま対峙する訳にはいかない。

 

「君が私をここへと招いた招待主か?」


 ガドニックが落ち着いて語りかけるが、ディンキーは黙して語らぬままだ。ガドニックは再度語りかける。


「ディンキー・アンカーソン。君自ら招いていながら、沈黙したままとはどう言うつもりかね?」


 ガドニックが問いかけるがディンキーから反応らしきものは何も帰ってこなかった。さすがに疑念を抱かずには居られなかったが、戸惑うガドニックを前にして、ディンキーの玉座の背後から何者かが姿を現した。


――誰だ?――


 それは一人の女性だった。

 英国貴族風の濃紺のメイド衣装をまとい、肩にはショールをかけている。肌は抜けるように白く、髪はプラチナブロンド。両手にシルクのグローブを嵌めており、物腰は静かだ。

 長いプラチナブロンドの髪を揺らしながらディンキーの脇へと回りこみ、やがて、ガドニックへと静かに語り始めたのだ。


「ようこそ。ディンキー様の玉座の間へ。英国を代表するアンドロイドの魁となるお方、ガドニック教授。貴方様をこころより歓迎いたしますわ」


 玉座からガドニックを見下ろしながらその女性は話しはじめる。そして、ガドニックにひと通り語り終えると、彼女はディンキーの顔を覗き込むようにすると、諭すように翔りかけたのだ。


「さ――、ディンキー様、ご来賓がいらっしゃいました。お目覚め下さいまし」


 その女の囁きが呼び水となり眠りの中にあったディンキーは少しづつ瞳を開いていった。


 それは冷たい瞳だった。

 それは瞳の中に一切の情愛も写しだしては居なかった。

 それはただ単に獲物を狙い定め捕食するためだけの視線だった。

 ディンキーは眠りから覚めたかのように瞳を開くと周囲に視線を走らせる。そして、眼下に見下ろした人物を認めると静かに語り始める。


「久しいな、我が宿敵よ。息災だったか?」


 言葉は穏やかだったがその奥に秘めた敵意は隠しきれるものではない。淡々とした物言いには一切の情感はこもっては居なかった。ディンキーの言葉にガドニックは冷淡に問い返す。


「お為ごかしはやめていただこう。私は君と親しくする謂れはない。要件があるなら速やかにしてもらいたいものだな」

「相変わらず冷淡なものだな。それとも英国の生まれゆえのプライドか?」

「答える義理はない。無意味なやり取りに終始するなら私は帰らせてもらうぞ」

「帰るか――、どうやって帰る。道など無いぞ? ワシが許さぬ限りはな」

「それこそ余計な気遣いというものだ。私にはじきに迎えが来る」

「迎え? 来るはずはない。ここはワシとワシの配下たちが作り上げた天空の楼閣だ。誰であろうと逃れることは出来ない。お前も、お前の連れの科学者どもも、私の掌中に服するより他は無いのだ」


 そして、ディンキーはゆっくりと体を乗り出してくる。なおも視線は見下ろすように、そして、見下すようにして低く広がりのある声でガドニックに対して宣告したのだ。


「さぁ、われに従え」


 宣告の言葉が残響を残してかりそめの謁見の間へと広がっていく。

 その言葉を聴くものはディンキーとメイドらしき女と、そして、狩られる側であるはずのガドニック教授――、その3人だけである。


「わが理想の下、我を王として敬え! そして、貴様の持つ力を差し出すのだ!」


 歌うように、叫ぶように、酔いしれるように、ディンキーは語り続ける。だが、ガドニックは険しい表情を崩さずに沈黙したままじっと見上げるだけだ。


「貴様たちが持つ英知を、わがケルト世界の復活のために役立てるのだ! さすればその命だけは助けてやろう」


 語り切るとディンキーの視線は一抹の凶器を帯びて、その身を乗り出すようにしてガドニックへと威圧をかけた。その威圧の後に、一抹の沈黙の時間が流れ去る。だが、ガドニックは答えなかった。

 

「どうした。さぁ答えよ! 応か否か?!」


 詰問するように、断罪するように、ディンキーはガドニックを問い詰めた。そして、それが死か――服従かをその選択を突きつける。片や、敵意を持ってディンキーを見つめていたガドニックだったがその表情は不意に困惑へと変わる。沈黙は長い時間続き、ガドニックが自ら答えることはついぞ無かった。

 しびれを切らしたメリッサが苛立ちを隠さぬままガドニックへと詰問する。

 

「どうしました? ディンキー様がお尋ねです」


 その斬りつけるような言葉をもってしても、ガドニックは沈黙を守ったままだ。

 否――、その何よりも強く冷徹な科学者としての視線と視点でガドニックは眼前の粗暴な犯罪者へと戦いを挑み始めたのだ。

 

「答えなさい!」


しびれを切らしたメリッサは勢い良く叫び声を上げた。そんな彼女すらも無視するかのように、ガドニックは一抹の憐憫を漂わせながら、漸くにディンキーへと声をかける。それはシンプルにして深く強い疑問である。


「お前は誰だ?」


 そのありあわせの鋼材で組み上げられた偽りの玉座に向けて、ガドニックが放った言葉だ。

 

「お前は私の知っているディンキー・アンカーソンではない」


 そう宣告してガドニックは両腕を組む。そしてさらに言葉を続ける。


「ディンキー・アンカーソンと言う男は、例えどんなに困窮しようとも、追い詰められようとも、一度、自分が敵として、そして、得物として狙った存在を、懐柔して自分の配下にしようなどとはしない男だ。ましてや――、彼が我々英国人に抱いた敵意は、海よりも深く、闇夜よりも暗い。けっしてそれは晴れることのない悪夢だ。晴れることが無い故に、例え世界で一人だけになろうとも、殺戮の旅路を終えることを良しとしない。もし、恩讐と復讐の旅を放棄する事で命を永らえることが出来たとしても、今一瞬の死を誇りを持って選ぶだろう。ヤツはそういう男だ」

 

 ガドニックがそう語りきった時、メリッサはガドニックに声をかける。

 

「ディンキー様をよくご存知ですのね?」


 メリッサの声に彼女の顔に視線を投げかけながらガドニックは答える。

 

「無論だ。同じアンドロイドを追求することを選んだものとして、彼と私は絶対に相容れることのない終生の敵同士だ。繰り返し断言するが、彼が私を懐柔しようなどということは絶対に有り得ないのだよ」

 

 攻撃的な睨みつけるような視線を前にしてメリッサはいささかもたじろぐことなく、冷ややかにガドニックを見下ろしながらディンキーへと語りかけた。

 

「――だ、そうですよ。どうなさいます? ディンキー様」


 車いすを兼ねた玉座の上、ディンキーは不意にその表情を崩しながら歪んだ笑い声を上げる。その笑い声の残響が残る中、その狂える王はその本性を露わにする。

 

「ふっ、相も変わらぬ頑迷さよのう。だが、貴様がこの程度の勧誘で膝を折るなどとは端から思っておらぬよ。貴様なら我の誘いを絶対に拒むであろうとな」

「当たり前だ。貴様が私の国の同胞の命をどれだけ奪い去ったと思っている! たとえ今この一瞬、私の仲間の命が奪われるからと言って貴様の軍門に降ったりしたのなら、これまでのすべて犠牲者たちに合わせる顔がない! 私を殺すというのなら、今ここで殺してもらおうではないか!」


 反論するガドニックの勢いは決して衰えることはなかった。衰えるばかりか、その口撃はさらなる勢いを増して、ディンキーへと立ち向かうのだ。


「それとも、私を今この場で殺せるほどの手駒が残っていないのではないかね?」


 それはガドニックがその冷徹なまでの鋭敏な思考で見つけておいた反撃のための言葉の刃だった。

 先ほどの状況とはうってかわり、沈黙するのは逆にディンキーの側であった。

 

「私は先刻、君にこう言ったはずだ。『いずれ迎えが来る』とね」


 組んでいた腕を下ろすと右手でメガネのブリッジを抑えてメガネの位置を正す。

 

「君がこのサミット会場を襲撃するであろうことは我々英国はもとより、この日本の警察でも予測されていたことだ。そのためこの国の警察組織は全力を上げて、この地を幾重にも警護してきた。それこそ水も漏らさぬ緻密さでだ」

「そうだな。極東の猿どもにしては随分と頑張って居たようだな。ワシの家臣たちが踏み潰して平らげてやったがな」

「相変わらず思いあがる思考のクセは治っていないようだな。この国の警察組織に所属する官憲たちを舐めないほうがいい。世界でもトップクラスの犯罪率の低さは伊達ではないぞ」

「ふっ、戯れ言を!」

「戯れ言か――、ならばこの場所に貴様の自慢の家臣が居ないのはなぜかね?」

「なんだと?」

「3人の荒武者に、4人の淑女、君のご自慢の家臣だったはずだが、護衛すら残っていないのはなぜだね?」


 ディンキーは沈黙した。まるで、思考が停止したかのように一切の語れる言葉を失ったかのようである。とっさにその傍らに佇んでいたメリッサが割って入る。

 

「ディンキー様の臣下たちはすでに戦地に赴いています。このビルの何処かにて目標を追っているはずです」

「そうか――、ならばなおさら〝彼ら〟と鉢合わせになっている確立は高いはずだ」


 僅かな焦りを垣間見せるメリッサにガドニックは告げる。その言葉に惹かれるようにディンキーは問い返した。

 

「貴様の言う〝彼ら〟とは誰だ?!」

「知らぬはずはあるまい」

「なに?」

「貴様がこの国に上陸する際に一線交えたと聞いている。そんな事も覚えていられないほど耄碌したのか? ミスター・ディンキー?」


 冷徹に言葉を紡ぎ続けるガドニックに、黙するディンキー、そして苛立つメリッサ――

 その3者の光景はあまりに対照的だった。その拮抗する光景を打破するかのごとくガドニックは告げた。マリオネット・ディンキーに立ち向かう5人の強い意志の名を――

 

「特攻装警――

 彼らはそう呼ばれている。彼らの呼び名を英語に訳するのならアンドロイド・ポリス・オフィサーとでも呼ぶべきかな。日本警察を擁するこの国が、その持てる科学技術の粋を集めて作り上げたアンドロイドによる警察官だ。貴様のように科学技術を悪用し市民生活を踏みにじる犯罪者に対して立ち向かう鉄の意志。この世界中において唯一、貴様の駆使する〝マリオネット〟に対抗しうる存在だ」

 

 高らかに語る声が偽りの玉座の間の空間の中に響き渡る。ガドニックは力強く歩き出しながら更に言葉を続けた。

 

「№1・アトラス ―― ヤクザマフィアに対抗する鋼の武人

 №3・センチュリー ―― サイボーグ犯罪者を追いハイウェイを走る狩人

 №4・ディアリオ ―― 世界トップクラスの情報処理機能を持つ電脳の番人

 №5・エリオット ―― 核爆弾の直撃下でも生き残り敵を追い詰める鋼鉄の騎士

 №6・フィール ―― 万民の心に寄り添う豊かな心を持つ可憐なる戦乙女

 彼らは様々な困難にぶつかりながらも平和な市民生活を取り戻すために一歩一歩進み続けている。たとえどんなに自分たちよりも強力な存在に阻まれようとも、決して諦めることなく立ち上がり、いかなる困難も乗り越えていく。なぜなら――」

 

 ガドニックは歩みを止めた。ディンキーに肉薄しつつも見上げるように更に告げた。

 

「彼らはこの国の平和を護るための最後の担い手だからだ! 彼らは知っている。自分たちが敗北した時こそ、この国の治安が決定的に破られる時だと。暴走する科学技術に世界中が侵されている今、人間を超える存在で人間の住む世界を守れるのか否か、その使命が課されているのだと彼らは強い覚悟を持って知っている。彼らには揺るぎない覚悟がある!」

 

 強い視線がディンキーとメリッサを威圧していた。ガドニックの問いかけはなおも続いた。


「時に尋ねるが、君たちは日本上陸の際に彼らとやりあっているはずだ。その際に君の配下のマリオネットは特攻装警たちと一線交えている。そして、彼らを打ち破り、その追跡を振り切ったはずだ」


 ガドニックの口撃にメリッサはたまらず口走った。

 

「なぜ、それを知っている?」

「答える義理はないな。その代わり教えてやろう。彼らは最初の敗北によって君たちに対抗する必要性を感じたはずだ。そして、いかなる万難を排してでも貴様たちのマリオネットを打ち破るすべを見つけ出すだろう」

「馬鹿な! このビルの中に到達していたのはフィールとディアリオだけだ! 残りは地上に取り残されている! しかもフィールはジュリアによって破壊された! 地上へと廃棄された! 残る一体で何が出来る!」


 メリッサは一切の冷静さを打ち捨てて食いかかるようにガドニックへと言葉をばらまいた。だが、ガドニックはひるまなかった。

 

「マリオネットを倒すことが出来る。いかなる困難を乗り越えてでも彼らはこのビルへとたどり着くだろう。なにより、この場に君らの配下が一体も帰還していない。それこそが明確な証拠ではないのかね?」

「おのれぇぇ!!」


 感情を破裂させて一際高く叫ぶと、メリッサは左手の指をガドニックへと突き出した。そして、指先から瞬間的に電磁火花を生じさせたかと思うと、3センチほどのサイズの電気の塊――球電を生み出して、弾丸のごとく撃ち放った。

 稲妻を伴いながら球電は飛び去りガドニックの頬をかすめて行く。完全にメリッサは主人たるディンキーを差し置いて、ガドニックを攻撃し始めた。


「跪きなさい! ディンキー様の御前です! 卑しき英国人の分際で!」


 メリッサは攻撃の手を止めなかった。青白い光を放つ球電を乱射しながらガドニックを屈服させようとしていた。それでもガドニックは何か確信でもあるのかメリッサの言葉に関心を払うこともなく立ちはだかり続ける。

 今や、ガドニックの視線はメリッサへと注がれていた。まるで意図の切れたマリオネットのように沈黙し続けるディンキーに一切の関心を払うこともない。そして、ガドニックは自らの内に生じていた一つの疑問をメリッサへと突きつける。

 

「君は誰だ?」

「なにを言っている?」

「もう一度聞くぞ、君は誰だ?」


 メリッサの表情に焦りが浮かびつつあった。取り繕うようにメリッサは語る。

 

「私の名はメリッサ、ディンキー様をお守りする介護役です」

「初めて見る顔だな」

「老いて身の自由の効かなくなったディンキー様をお世話するために生み出されました」

「ならば君もマリオネットの一人だというのかね?」


 メリッサは答えない。そこに答えがあるかのごとく死守するために。慈愛に満ちた笑顔を崩し、今やその顔には怒りに歪んだ醜悪が張り付いているだけだった。メリッサは左腕をガドニックに向けると五指を広げて電磁波を放ち始める。そして、その手のひらの中に10センチほどの大きさの雷の塊を作り上げていく。

 

「跪け――」


 地獄の底より響くような声でメリッサが言った。だが、鉄の意志で一人の科学者がその暴挙を断固突き放した。

 

「断る」


 その態度と言葉にメリッサは限界を超えた。

 

「ならば――」

 

 その掌中に一際明るく輝く球電を掴んでいたが、それをガドニックに向けて振りかぶる。

 メリッサは鋭く、冷たく、無慈悲な視線でガドニックに告げるのだ。

 

「死になさい」


 メリッサがその言葉と同時に左手の光の塊を投げ放つ。そして、すさまじいばかりの電磁ノイズ音を撒き散らしながらその球電はガドニックの元へと向かうだろう。

 それはガドニックを死へと誘う光だった。それが命中すればガドニックの肉体は一瞬にして燃え上がり一切の猶予もなく命は失われるだろう。しかしそれもまた覚悟の上だった。


「おのれの意思を曲げて命乞いをするなら、私はおのれの信念と矜持に殉ずる」


 ガドニックは目を閉じなかった。ただ、眼前の光景を見つめるだけである。

 

 その時、誰も気づいていなかった。

 誰も、もう一人の彼の姿に気づいていなかった。



 @     @     @



 かたや――

 その者は、その玉座の間に、その片隅から静かに足を踏み入れていた。

 彼は、自分の目の前で一体何が行われているのか、すぐには理解できないでいた。


 その彼の目の前では、3人の人物が向かい合っている。

 玉座に腰掛けた老人とその傍らのメイドが、一人の初老の人物を見下ろしている。

 彼には、その初老の人物には見覚えがあった。

 忘れない。忘れられるわけがない。


「教授?」


 忘れるわけには行かない名前だ。なぜなら、彼にとってその人物は彼の生命の始まりに関わっていた人物だからだ。彼はその初老の人物の名を口にする。


「ガドニック教授!」


 彼には生みの親が2つある。

 1つは彼の体を作り上げ精神を育ててくれた技術者たち。

 もう1つは彼の頭脳を作り出し、その頭脳に魂の火を宿してくれた人。

 忘れられるはずがないのだ。


「見つけた!」


 玉座の老人の傍らに立つ白人のメイドが左手を教授に向けて突き出している。

 そして、突き出された手の中には光り輝く電磁火花が迸っている。やがてそれは球形を成していく。

 

「なんだ?」

 

 彼にとってそれは未知なるものだった。性状も素材もわからない。だが、その危険性についてはその頭脳にひらめくものがあった。メイドが左手を振りかぶりその光り輝く球体を投げ放とうとしている。


「いけない!」


 理屈ではなかった。頭で考えるよりも先に彼は全力で走りだしていた。

 人間の陸上選手の短距離走のスタートよりも鋭く踏み出すと、弾丸のように走りだす。

 そして、飛翔する球電体とガドニック教授との間に割り込むと、右手を振りかぶり球電体をその手で弾き飛ばした。

 メリッサから放たれた球電体はガドニックを襲うこと無くあらぬ方向へと飛び去っていく。


「なに?」

 

 ディンキーが驚きの声を上げる。その傍らでメリッサが叫び声を上げる。


「何者です!」


 玉座の間の空間でメリッサの声が鳴り響く。だが、ガドニックをかばい割り込んできたその若者はメリッサたちに鋭い視線を向けるばかりで何も名乗らなかった。警戒の視線をディンキーたちに向けつつもガドニックを庇うようにその背中で守ろうとする。

 ガドニックは知っていた。その若者の名を。

 ガドニックは記憶していた。彼が何者であるかを。

 忘れられるはずがなかった。


「グラウザー?!」


 驚きを覚えたのはガドニックも同じである。


「なぜ君が?!」


 グラウザーは振り向くこと無く背中ごしに答える。


「お久しぶりです、教授」


 グラウザーは玉座に腰掛けるディンキーを見つめながらガドニックに語りかけていた。


「あなたを守りに来ました。教授のおともだちが心配していました」

「会ったのか? 私の仲間に」

「はい、皆さんご無事です」

「そうか」


 ガドニックは感じていた。グラウザーの語り口から伝わる確かな成長の片鱗を。


「成長したな。見違えるようだ」


 その問いかけにグラウザーは答えなかったが、彼の背中から伝わってくる一抹の頼もしさにガドニックは喜びを禁じ得ない。しかし、喜びの構図だけではなかった。二人のやりとりを否定するかのように強い口調の言葉が浴びせかけられる。


「何者です!? ディンキー様の御前です、跪き名乗りなさい」


 メリッサはその端正な顔に怒りの感情を浮かべると再び球電体を掌に生み出すと攻撃の準備を始める。それが威圧のためだということはグラウザーにも解っていた。


「跪く?」


 グラウザーは問い返した。


「どうして?」


 メリッサは想定外の返答に少なからず面食らった。そして、小馬鹿にするようにグラウザーに皮肉めいた言葉を投げかける。


「あら、そんな事も分からないの?」


 だがグラウザーはひるまない。メリッサの皮肉に臆することも、いきり立つこともせず、シンプルに言葉を返す。


「だって理由がないよ」


 グラウザーは強い視線でメリッサとディンキーを見つめながら数歩進み出る。


「僕は僕だよ。あなたや、そのおじいちゃんの命令を聞く理由がない。それに僕はもう決めたんだ。教授を護るって」

「あなた、名前は?」

「グラウザー」

「無理よ、護れっこないわ」

「やってみなくちゃ分からないさ」

「いいえ、無理よ。だって私達が殺してしまうもの」

「それだけは絶対にさせないよ」


 グラウザーとメリッサ、互いににらみ合っている。メリッサはグラウザーとガドニックをその視界の中に捕捉しつつ両手に球電体を作り上げた。そして、次なる攻撃のタイミングを推し量っている。

 かたや、グラウザーは考えあぐねていた。ディンキーたちを警戒しつつこの場から逃げる方法を思案していた。その周囲に視線を走らせるが、周囲に何もない身を隠す物の無い場所では、メリッサたちの攻撃をかわしつつ逃走するのは無理がある。かと言って、今ガドニックから離れれば、それこそ相手の思うつぼだった。

 互いににらみ合い牽制しながら無為に時間が流れていく。


「どうしたの? 逃げたければ逃げなさい。逃げきれるものならね」


 その言葉を受けてもグラウザーはその足を踏み出せずに居た。かたやガドニックには解っていた。この硬直した状態の原因が。

 ガドニックは聞き及んでいた。グラウザーの成長の遅さの問題について。人格的に成熟せず独り立ちさせられるだけの人格的成長が見られない。当然、現場任務での研修や技術習得にも影響は出ているはずだ。意気込みがあってもそれを活かせるだけの経験と体験がないのだ。


――やはり、経験不足か――


 だが、こればかりはガドニックにもどうにも出来なかった。優れた自我と人格を有しているアンドロイドだからこそ、低級なロボットのように知識とデータとプログラムをその頭脳に押しこめば良いという物でもない。人間と同じように教育と成長が必要なのだ。誰の目にも万事休すと思われた――

 だが、その空気を破って声が響く。


「やめろ、メリッサ」


 その声に驚いた素振りを見せたのはメリッサだ。


「ディンキー様?」

「攻撃を止めろ。手を降ろせ」

「しかし」

「―――――」


 食い下がるメリッサに、ディンキーは上目遣いに睨むような視線をぶつける。その視線に驚き、怯えながらメリッサはその両手の中から球電体を消し去った。


「承知しました」


 ディンキーはメリッサがおとなしく命令に従ったのを認めると、返す刀でグラウザーへと声をかけた。


「また会ったな、若いの」


 その声は優しかった。穏やかであり、一切の剣呑さを含まなかった。


「おじいちゃん?」

「ほっ、覚えておったか」

「うん」


 グラウザーは思い出していた。眼前の玉座の老人が誰であるかを。そして、警戒を解くと背後にガドニックをかばいながらもディンキーと向き合っている。


「なんでここにいるの?」

「さあな、なんでだろうなぁ」

「あの、動物たちの所から来てたの?」

「あぁ、ここが私の場所だからな」

「おじいちゃんの場所――」


 グラウザーはその言葉を反駁する。


「そうだ、ここはワシに最後に残された唯一の場所だ。ワシが安らげる場所はこの世界中のどこを探しても在りはしないからな」

「え?」


 ディンキーの言葉にグラウザーは思わず声を漏らす。


「どうして? おじいちゃんにも帰る場所はあるでしょ?」


 その胸の中に湧いてきた疑問は抑えきれるものではない。純粋であり、今だ成長途上であるがゆえにグラウザーには駆け引きめいたことはできるものではなかった。


「帰る場所など無いさ」


 グラウザーに対するディンキーのやさしい語り口は急に不気味な鋭さを帯びてグラウザーの背後の者へと向かう。


「ほら、お前さんの後ろの奴らのせいで無くなってしまったからなぁ」


 ディンキーは右手をあげて指差していた。指差す先に立っているのはガドニック教授。グラウザーの生みの親の一人だ。グラウザーはその言葉の意味に驚きつつ振り返る。だが、ガドニックは険しい表情を浮かべるのみで余計なことは何も語らなかった。

 

「教授?」


 戸惑うグラウザーが呟くが、ガドニックはグラウザーの視線を受けて漸くに語り始めた。

 

「グラウザー、今から私と彼との会話を無理に理解しようとはしなくていい。だが、これから私が語る言葉は彼との〝戦い〟だと思いなさい」

「戦い――」


 グラウザーは教授の言葉にはっと息を呑んだ。戦いというキーワードのもたらす重さに思わず戸惑いを覚えたのだ。

 

「覚えておきなさい。殴りあうだけが戦いではないのだよ」


 そしてガドニックはあらためてグラウザーの背後から前へと進み出る。

 かたや、その後ろ姿をグラウザーは見つめていた。そして、ガドニックが語った“戦い”と言うキーワードをきっかけとして、その脳裏に新たなる疑問が巡り始めていた。その疑問と向かい合うためにグラウザーはその頭脳に秘められた力を密かに行使する。


【 高速通信無線回線接続          】

【 ネットワークアクセススタート      】

【 マルチタスクアクセス起動        】


 ディンキーとガドニックのやり取りを見守りつつも、グラウザーは広大なネットの世界へと情報探索の手を広げ始める。そして、そのグラウザーの前で、ガドニックは強い信念で壇上のディンキーへと戦いを始める。


「ディンキー。貴様の言っていることが偽りだとは言わんよ」

「ほう?」

「確かに我々英国人は頑迷でプライド高い。我々の先祖たちが母国を離れて海外へと赴いたとして、行く先々において現地の人々を酷使してきた。我が英国はその悲惨な歴史の上に成り立っている」

「認めるか、ライミー」


 ディンキーは吐き捨てるように言い放つ。ライミーは英国人に対する蔑称だ。


「結論が早過ぎるぞディンキー。私は貴様に謝るべきだとは思っていない」

「なんだと?」

「考えてもみたまえ。文明も人権意識も未発達な、中世近世の時代の戦争や政争の具をこの近代に呼び起こしたとして、それが我々になんの関与がある言うのだ? むしろ大切なのは今だ! この現代における世界平和を希求し、異なる民族同士で互いに協力しあう事こそ大切なはずだ!」


 ガドニックは数歩歩み出て猛るように叫んだ。その視線をディンキーは睨み返すと一言つぶやく。


「異なる民族同士でだと?」

「そうだ、今日、このビルで行われるはずだったサミット会議は、世界中の民間の学術者が思想と意見を持ち寄り、この世界にいまだはびこる悲惨な争いを少しでもなくすための物だった。ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、アラブ、スラブ諸国! 世界中の知性がつどいあい手を結ぶ、そう言う場となるはずだったのだ!」

「それをワシが潰したとでも言いたいようだな?」

「違うとは言わせんぞ! テロリスト!」


 裂帛の気合が玉座の間にこだまする。ディンキーはガドニックからの射抜くような視線を物ともせず玉座から見下ろしたままだった。ディンキーはそんなガドニックに言い放つ。

 

「だがな――、そもそも貴様の言うその理想の世界に〝ケルト〟の民は存在したのか?」

「なに?」

「聞き返すなライミー、お前たち英国人――はては欧州に住むあまねく全てのローマとゲルマンの民の末裔たちによって消されてしまった孤高の民――、我らがケルト、この欧州世界の正統なる支配者。それが貴様の言う理想世界を求めるそのサミットに古のケルトの名は残っているのかと聞いているのだ」

「貴様が常々口にしている言葉だ。随分と古風な思想にすがりついているようだな」


 ケルト――、それはディンキーが執着し続ける思想の根幹だった。

 

「ガドニックよ。わしはな、かつてアイルランドで闘争の日々をつづけているなかで、アイルランドと言う小さな国の括りでは、お前たち強大な大英帝国の存在に太刀打ち出来ないと思ったのだ。貴様らイングランドは、かつては世界の20%を手中に収めていたという。そんな巨大な貴様らに北アイルランドと言う小さなくくりで向かい合ったとしても、せいぜいが和平を結んで適当な自治権を与えられて懐柔されるだけだ。だからこそワシは求めた、イングランドはおろか欧州全土を超える存在をな」

「それが貴様の語る〝ケルト〟だと言うのか?」

「そうだ」

「愚かな思想だ。すでに存在しなくなった民族の思想など!」


 ガドニックは焦っていた。ディンキーを論破し精神的柱を打ち負かすつもりだった。

 

「そうだ、すでに途絶えた民族だ。武勇を尊び誇り高きケルト、しかしそれらは欧州にのさばるアングロ・サクソンの民により駆逐されてしまった。文化も思想も継承されてない。だが、ケルトの血脈は途絶えようともその思想を蘇らせ、武勇を持って世界を駆逐する! それこそがワシの理想よ! 世界平和? 民族の協力? そんなものが何になる! ケルトの血脈を弾圧し、踏みにじろうとするイングランド! それが貴様らだ! 貴様らは今こそ駆逐されねばならんのだ!」


 それは狂人の論理だった。実現できるか、現実的か、と言った事は一切関係なかった。ただ、理想するに足る論理がその脳裏で妄執と結びつきさえすればいいのだ。それがテロリストと言うものなのだ。

 それはガドニックのミスだった。ガドニックは科学者だ。科学者として理論の構築と整合性で、相手を論破できる――そう思っていたのだ。だが、それは間違いだった。論理を通せない相手を前にしてガドニックは沈黙せざるを得なかった。そして、ガドニックの沈黙を持ってしてディンキーは狂気の笑みを浮かべる。ひと時の勝利を確信して。

 かたやガドニックは奥歯を噛みしめる。敗北した――そう感じた瞬間だ。だが、そう納得してしまうにはまだ早かった。

 

「ケルトの民――、古代ヨーロッパ大陸に住んでいた古代民族だね」


 ガドニックの背後から声がする。声の主はグラウザーだった。


「おじいちゃん。1つ間違ってるよ」

「なんだと?」

「ケルトは滅んでいないよ」


 凛とした澄んだ声だった。


「お前に何が判る」


 苛立ちと狼狽を入り混じらせながらディンキーは吐き捨てた。

 

「わかるよ。教授が〝戦っている〟あいだにネットワークにアクセスしていろいろと調べたんだ」

「ネットワークだと?」


 困惑するのは今度はディンキーの番だった。驚きと困惑の表情をディンキーが浮かべたのに気づいたのか、グラウザーは笑みを浮かべて一言こう告げる。


「僕、判るんだ。自分の頭で直接ネットワークに繋がることができるから」

「なに?」

 

 驚きつつ訝しがるディンキーにグラウザーは更に告げた。


「古の民、ケルト。確かに国や文字と言ったものを持たなかった彼らは、ローマやゲルマン民族と言った人々の作った国に飲み込まれていった。でも、滅びたわけじゃないんだ。ましてや、民族や文化が掻き消えてしまったわけじゃないよ」

「黙れ! 消えてしまったからこそ、ケルトの民族としての誇りを今こそ取り戻さねばならんのだ!」


 大声でディンキーは叫ぶ。だが、その程度で屈するグラウザーではなかった。

 

「それこそ間違いだよ、おじいちゃん」

「間違ってはおらん!」

「いや、間違っているのはおじいちゃんだよ。いいかい? 民族も文化も思想も、消えてなくなることなんて無いんだ」


 グラウザーは強い視線でディンキーを見つめていた。それは折れない心を持つものだけが得られる強い意志に裏打ちされた視線だった。その視線にディンキーが気圧されているのを、ガドニックは傍らで気づいていた。

 グラウザーはなおもディンキーをみつめていた。そして、強い意志で語り続ける。

 

「僕は教授とおじいちゃんの話を聞きながら、ずっと考えていた。そして、疑問が消えないから世界中の色々な場所にアクセスして調べていたんだ。『民族』ってなんだろう――って」


 グラウザーの背後からガドニックが尋ねる。

 

「なにか、分かったんだね?」


 振り向き、ガドニックに視線を投げつつグラウザーは語る。

 

「僕は大切なことが1つ分かったんだ。つまり、人間は〝交じり合う〟ものだって」


 グラウザーは語りながら歩き出す。


「民族も人間のあり方の1つだよ。交じり合い、助けあい、支えあいながら、新しい時代に向けて、日々変わっていく。

 たとえば、僕を作ってくれたこの国の人々――日本人だって、多くの人びとが長い歴史の中で交じり合い支えあって生まれたものなんだ。北のシベリアの大地から南下してきた人たち、朝鮮半島を渡って中国から渡来した人たち、南の島々を渡って海を超えてきた人たち、さらには大陸のはるか遠くから旅してきた人達も居る。

 ヨーロッパの人々だってそうだ。ケルト以外にも様々な場所からいろいろな民族がやってきて新しい時代と世界を作っていく。ローマがヨーロッパを制覇した後、北の方からゲルマンがやってきて、南からはイスラム帝国がやってきた。東の向こうからモンゴルがやってきてヨーロッパの半分を支配したこともある。時には反発し合い、時には協力し合い、そうやって世界中、あらゆる場所で過去から未来へと色々なものが伝えられていく。だから、おじいちゃんの言うケルトは滅んでも途絶えてもいないよ」

 

 グラウザーはガドニックを指差す。


「教授のようなイギリスの人にも、海を超えたアメリカの人にも、そして、アイルランドの人にも、ヨーロッパ世界の全てのみんなに、ケルトも、ゲルマンも、ローマも、ユダヤも、みんなみんな交わり合いながら支えあって生きている。人間はそうやって歴史を積み上げてきた」


 グラウザーは強い視線で見上げた。玉座の上のガドニックを教え諭すようにグラウザーは滔々と語り続ける。


「これからも人間は混じりあいながら生きていくはずだよ。完全に消え去るなんて事は絶対にないよ」

「戯言だ、目に見えぬ形で生き残るなどと、誰が認められるか! 見えぬのなら存在しないのも同然だ!」


 興奮気味にディンキーは叫び返す。


「こやつらイングランドの悪魔どもが、これまで世界中でどれだけの悪逆を働いたと思う! 蹂躙し、搾取し、支配し、足元とに踏みつけにしてどれだけの民族と世界を食い荒らしたと思う! ワシは世界を作り替える! 世界からイングランドの悪魔どもを消し去る! そして、永遠に消えぬ理想の世界を作り上げる! ケルトの名のもとに! 古の伝説の名のもとに!」


 ディンキーは必死だった。妄執というよりも熱病と形容すべきだろう。そして、ついにディンキーは玉座から立ち上がった。陶酔し、狂喜し、内側から込み上げる狂奔のそのままにディンキーは雄叫びを上げた。


「この世界のすべてを否定するために!」


 視線がさまよっていた。どこを見ているのかわからぬ有様で立ちすくむと、この謁見の間の空間に視線を走らせている。探しているのだ、彼にとって忠実な臣下たちを。


「おまえたち――どこにいる!」

 

 ディンキーが叫んでいる。誰かを呼ぶがごとく。


「お前たち! ここに来い! 敵は、敵はここにいるぞぉ!」


 手塩にかけた臣下だった。忠実にディンキーの目的と意思を速やかに形に成す者たちだった。


「ガルディノ!」

 

 彼は来ない。すでに彼の魂は霧散している。


「コナン!」


 無理だ。彼の凶剣は絶ち折られた。


「ジュリア!」


 彼女の拳は殺戮の果てについに潰えた。


「マリー!」


 その業火は彼女自身を燃やし尽くしてしまった。


「アンジェ!」


 かつてはいかなる敵も打ち砕いた雷はもう鳴り響きはしない。

 その名を呼んだものは誰も現れない。その名を呼ぶ声だけが虚しく響くだけである。


「誰か居らぬかぁ! この悪魔どもを殺せるヤツは居らぬのか!」


 それは断末魔の叫びだった。このあまねくすべての世界に抗うすべを失いつつある孤高のテロリストが絞り出した悲鳴だった。それに答える存在はついぞ現れなかったのだ。


「なんで――」


 ディンキーのその姿を前にしてグラウザーは思わずつぶやいていた。


「なんで分かってくれないんだ」


 不思議だった。そして、不可解だった。


「どうして?!」


 ただ、ひときわ高く問いかける。まだ成長途中で純真無垢なる心であるグラウザーに、狂信者の心情などわかるはずもなかった。ましてや、今までの彼の前に現れた人々は話しあえば必ず分かり合える人々ばかりだった。

 しかし、世の中にはそう言う理解ある人々だけではない。

 グラウザーはまだ知らなかった。これが犯罪者というものなのだと言うことを。

 

「茶番劇は終わりですか?」


 メリッサが興奮するディンキーを傍らからそっと支えている。そして、必死に問いかけようとするグラウザーをあざ笑うかのように彼女は冷ややかに告げた。一方で、ガドニックが背後からグラウザーの姿を困惑気味に見つめている。


「誠意と知性は予想以上の成長だな。運動能力も想定した以上の伸びだ」


 ガドニックはグラウザーの置かれていた現状に対する答えを導き出す。


「だがやはり、経験不足か」


 ガドニックは今、こうつぶやくしかなかったのだ。

 膠着状態におちいった場の空気は、再びディンキーたちの側へと傾きつつ在った。メリッサが再びその手にあの光る球電体をつくりあげようとしている。交渉も説得も、一切の余地が無い今、あとに残る選択は戦闘と排除の2文字のみだ。グラウザーは後ずさるとガドニックのところへと戻る。そして、ガドニックを背後に守りながらメリッサのその攻撃の手を警戒していた。


「グラウザー」

「教授?」


 背後からガドニックが語りかけてくる。


「私はどうなろうと構わん。君自身が思うがままに動きたまえ」

「しかし」

「この状況で無傷で居られるとは思ってはおらんよ」


 ガドニックは覚悟を決めていた。このサミット会場に来ると決めた時から何かが起こるであろうということを。


「この地に来ると決めた時から、死すらありうると覚悟を決めていたからな。だが――、君はまだ若い。君の可能性をここで絶やしてはならん。いざとなったら私を捨てて逃げたまえ」

「そんな!」


 科学者として己の理想と目的のために殉ずる。それは誇りある男としての覚悟だった。だが、グラウザーに理解などできようはずもなかった。

 言葉が出せない。グラウザーには把握すら出来ない言葉だった。

 なぜだろう? なぜ、こうも命を失うことを受け入れられるのだろう?

 なぜだろう? なぜ、こうも命を無碍に奪おうとできるのだろう?

 グラウザーのうちに湧いた疑問が限界を超えそうになる。


 なぜ? なぜ? なぜ?


 と、その時だった。


「そこまでだ!!!」


 一発の弾丸が虚空を切り裂く。それは決して強力な弾ではなかったが、そこに込められた強い意志はメリッサの片手に作り上げられた球電体をかすめて通りすぎる。


「誰だ!」


 その弾丸に込められた意思を感じて、メリッサは大声を上げた。

 かたや、グラウザーとガドニックは反射的に声のした方に視線を向ける。

 ディンキーの玉座とは反対側。謁見の間の片隅から足音がする。


「見つけたぞ! テロリスト! もう退路はないぞ! おとなしく投降しろ!」


 それはスーツ姿の若者だった。両手で拳銃をかまえ、メリッサに狙いを定めている。


「何者です!」


 メリッサの声に応じるようにその者はスーツの内ポケットから手帳を取り出す。そして、縦開きに開きながら自らの身分を名乗り始めた。


「日本警察、涙路署捜査課刑事、朝研一! そこにいる未熟者のお目付け役だよ!」

「日本の刑事? あなた一人で何ができ――」

「うるせぇ! 喚くな犯罪者!」


 メリッサの言葉を朝は遮った。そして一切の対話を彼は拒絶した。


「言いたいことがあれば署の方で聞いてやるよ。テロリストとは交渉しない! それが世界の警察の鉄則だ!」


 弾丸は心もとなくとも、強力な武装は持たなくとも、朝が発した言葉は何よりも強かった。それが警察という職務につく者が持ちうる強い意志――そしてプライドだった。

 朝は足早にかけ出すとグラウザーたちのところへと歩み寄る。そして、メリッサたちに官給品のオートマチック拳銃を突きつけながら、ガドニックを保護するように立ちはだかる。


「グラウザー」

「はい」

「説教は後だ。この人をなんとしても保護するぞ」

「え? しかし――」


 朝はグラウザーの言葉に彼が胸のうちに抱えた混乱を察する。そして一言、明確に言い切った。


「お前馬鹿か?」

「え?」

「お前は何だ、何者だ。言ってみろ」

「僕は――、僕は――」


 痛烈な一言だった。グラウザーの心のなかの混乱に対する強烈な一撃が在った。思わず朝の顔を見つめてしまったが、朝の告げた言葉にグラウザーの気持ちは休息に落ち着いていく。そして、再びディンキーたちを見上げると、自分の知性の中に持って生まれた意思に従いつつ答えを告げた。


「僕は、日本警察・警視庁、特攻装警第7号機『グラウザー』」

「そうだ、お前は〝警察〟だ! そして、誰に作られ、何のために生まれて、何をするべきなのか――今ここで言ってみろ!」


 その言葉を告げながら、グラウザーは両の拳に力を込める。


「ぼくは――」


 瞬間、今まで今日この日までにグラウザーの前を通り過ぎていった様々な人々とのコミニュケーションの記憶が走馬灯のように蘇っては消えていく。

 

 モノレールの中で出会った人々、

 ひろき少年とその父親、

 第4ブロックで戦う人々、

 退路を探して逃げ惑う英国アカデミーの面々、

 彼を作り上げてくれた第2科警研の人々

 そして、自分を指導し導いてくれた涙路署の先輩たち――

 それは一つ一つ確かな足跡をグラウザーの心のなかに刻みながら、明確な答えを浮かび上がらせる。


「この国とこの国に生きる人々を護るモノ、それが僕です」 


 朝はかたわらからグラウザーの顔を伺ったが、そこに迷いも怯えも戸惑いも、何もありはしない。ただ、純粋にひたむきに、己の使命を自覚しそこへと向けて歩き出そうとする若人が居る。そんなグラウザーに朝は微笑みかける。


「やっと思い出したか」

「はい」

「手こずらせやがって! いいか、覚えとけ!」


 朝はそこで言葉を一区切りする。それまでの口調を変えるとひときわ高く叫ぶ。


「犯罪者の言い分なんてなぁ、取調室で聞けばいいんだよ!」


 その言葉はディンキーたちが作り上げたこの偽りの謁見の間へと響き渡る。朝の言葉をメリッサが苦々しげに見つめている。その視線を否定するがごとく、朝は叫び続ける。


「犯罪者なんてのはな、右から左まで大抵がみんな身勝手でワガママなんだよ! 身勝手でワガママだからこそ決まり事を破るのに何の痛痒も感じねぇし、犠牲者が出たって気にもとめねぇ! 大体がだ、目の前で起きてる強盗事件の犯人相手にいちいち説得してられるか?

 目の前で起きてる暴行事件から被害者を助けるためには必要なのは説得じゃねぇ! 犯人を被害者から引き剥がしてねじ伏せる力だ! そしてその力を法律の決めたルールに則って行使して制圧して、罪のない一般市民を保護することから始まるんだ。それが警察の第一原則なんだよ!」

 

 それはグラウザーだけではない、ディンキーたちにも向けられた言葉だった。

 朝の言葉にメリッサが反論を試みるが、それを許すような朝ではない。自分のペースで一気に畳み掛ける。そう言う意図で望んでいるであろうことは誰の目にも明らかだった。


「だいたい、こりゃなんだ?! あ? ここは有明1000mの建築現場だ! 正当な所有権を持つ奴が居て、建築会社が責任を持ってる。放置された資材だって他人様の物だ! それを勝手に使ってこんなもんこしらえやがって、これだって相当な被害額だぞ! 管理責任者だって責任追及される! サミットの警備体制を企画したやつだって処分される! 下手すりゃ職を失って路頭に迷うやつだって出る!

 たとえ命を奪われなくてもどれだけの人間が迷惑被ると思ってるんだ! ケルトだか、コルトだかしらねーが社会の決まり事守らねぇバカヤローの戯言を聞くやつなんかこの世のどこにも居ねーんだよ! それぐらいわかんねーのかボケ老人!」


 それは正当な叫びだった。社会は決められたルールに則って動いている。それを守らぬものにこの世に存在する権利はどこにもない。ディンキーは怒りに顔を歪ませている。メリッサは朝を凝視しつつも無言のままだ。その膠着状態を断ち切るべく朝はディンキーたちに言葉をぶつける。


「そういうわけだ。お前らの身柄を確保させてもらうぞ」


 そして、朝はグラウザーに指示した。


「グラウザー!」

「はい!」

「逮捕の前口上だ。言ってみろ」


 朝はグラウザーにこの場の流れを託した。そしてそれは、グラウザーが警察として、刑事として、大切な役目を果たすためのプロセスである。


「わかりました」


 かたや、グラウザーは意識を目の前の二人の犯罪者に集中させると、ジャケットの内側から特攻装警に与えられるブルーメタリックの警察手帳を取り出すと縦開きにして提示する。そして、静かな猛り漂わせながら法に則り決められた言葉をディンキーたちに告げた。


「北アイルランド国籍、国際指名手配犯、ディンキー・アンカーソン、及び、その共犯者1名――

 建造物侵入、建築物破壊、窃盗、傷害、殺人、ネットワーク管理法違反、アンドロイド保安基準管理法違反、その他の容疑によりその身柄を緊急逮捕する!」


 その冷静にして静かなる宣言は偽りの謁見の間の空間へと鳴り響いた。今、偽物の玉座の上で黙していたが、ディンキーは怒りを露わにして叫んだ。


「黙れ! 言わせておけば!」


 ディンキーの怒りの叫びに呼応するように、沈黙していたメリッサの両手に光り輝く球電体が生まれ、そして、高電圧の球体は朝とガドニックに向けられる。そして、2つのそれを矢継ぎ早にグラウザーたちの方へと投げつける。

 ディンキーたちへと意識を集中させていたグラウザーだったがとっさにその2つの球体を撃ち落とそうとその手を伸ばした。だが――


「あっ!」


 わずかにタイミングが遅れた。一つは拳で弾いて逸らしたが残る一つが飛んで行く。焦りと恐怖とが襲う中、誰の目にも回避不可能なのは明らかだった。


「朝さん!!」


 とっさに振り向くグラウザーの視界の中で、朝は自らが立ちはだかるとその身を呈してガドニックを背後にして彼を守りぬくつもりだった。その表情に恐怖はない。ただ警察としての使命に対する誠意があるのみだ。

 しかし、それを目にしてディンキーは歓喜の声をあげた。


「身の程知らずが! 自分の身も護れずに死ぬがいい!」


次回、

第1章第30話『特攻装警第7号機グラウザー』


ついに第1章最終決戦です!!



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