第28話『正しきモノ ―宿命―』
壮烈な戦いは決着の時を迎える――
のでしょうか?
第1章第28話、スタートです。
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その銃口には敵意があった。
武装警官部隊としての任務を超えて、何より強い敵意と憎悪が込められていた。ベルトコーネを取り囲む盤古隊員たちが構えたM240E6の銃口は不気味に黒光りして威嚇効果を発揮していた。それでも無思慮に引き金が引かれなかったのは彼らの任務に対する矜持に他ならなかった。
テロリストの如く無差別に弾丸をばらまくなら誰にでもできる。だが、これはテロリズムではない。警察としての誇りとプライドが彼らの怒りと敵意の暴走を辛うじて食い止めていた。
アトラスが周囲の盤古隊員に問う。
「拘束具は?」
「単分子ワイヤーが」
「頼む」
「はっ」
取り囲む盤古隊員のうちの2人が銃を下ろし、拘束用の単分子ワイヤーを取り出す。ワイヤーのキャリッジケースに記されたワイヤー強度は最強レベル。単分子ワイヤーは強度が上がれば上がるほど高コストになるが、現状では最強レベルを費やしても惜しくはない。万全を喫してやり過ぎるということはない。完全に身動きできぬほどに絡めとるつもりだ。
最大限の警戒の中、ベルトコーネの拘束が始まろうとしていた――
アトラスはベルトコーネの後頭部にショットガンの銃口を突き付けていた。万が一のための警告である。そのアトラスに聞き慣れた声の入感がある。
〔アトラス兄さん!〕
〔ディアリオか?〕
声の主はディアリオだった。その焦ったような口調にアトラスの脳裏に不安がよぎる。
〔何か起きたのか?〕
〔いえ、トラブルではありません。地上側からの緊急情報です〕
〔緊急情報?〕
〔はい、ディンキー・アンカーソンに関して極秘情報です〕
ディアリオが語るその言葉にアトラスは疑問を抱いた。
〔ディンキーはこの上に居るはずだ。今更なんの追加情報あると言うんだ?〕
〔それに関してですが――〕
アトラスの問いかけにディアリオが一呼吸置いた。
〔――ディンキーは死亡しているそうです。遺体は発見されてはいないそうですが情報推測からほぼ断定して間違いないそうです〕
〔なんだと?〕
にわかには信じがたい。しかし、地上からの情報なら鏡石や近衛たちが噛んでいるはずだ。情報の精度は高いと見ていいだろう。
〔確認は取れたのか?〕
〔非合法ですが、アメリカの諜報機関やNATOの戦略データーベースにアクセスして調べました〕
とんでもないことをさらりと言ってのけるのがディアリオの特徴だった。非合法アクセス――ハッキングが露見すればそれこそ国際問題では済まないが下手を撃つ様な弟では無いことは承知している。
〔それで?〕
〔諜報機関の非合法情報ですが、やはりディンキー・アンカーソンは死亡として推定されています。〝表〟の治安組織では物的証拠の裏付けが無いために正式な証拠として出ていないだけです〕
〔それで、判断の決め手は?〕
〔移動手段です。以前は偽造パスや密航などを駆使していたのが、ある時から貨物コンテナへの侵入を主体として〝物資の運搬〟に変わっていったそうです〕
〔生きているなら使えない移動方法――と言うわけか。この事はまだ誰にも知らせていないな?〕
〔はい、兄さんだけです〕
〔それと、コイツ以外のマリオネットの戦闘記録は撮れてるか?〕
〔私や他の特攻装警の視聴覚のデータなら日本警察のデータベースにアップロード済みです〕
〔分かった〕
今、得られた情報をどう取り扱うか――
それを考えた時、眼下に捉えたベルトコーネに意識が向いた。情報の真偽を問いただすのにふさわしい人物が眼下に居る。
今、ベルトコーネに問いただし尋問する選択肢がある。だが――
――不用意に刺激する可能性もある――
主人の死亡という事実をあえて問いたださずに、このまま粛々と残りの残党をあぶり出すと言う選択肢もある。コイツがディンキーについての事実を知らぬまま命令に伏していた場合、ディンキー死亡の事実をつきつけることで混乱させ逆上させる事も十分に考えられる。しかし、あるいは完全に反抗の意思を挫く事も出来るかもしれない。
その2つの選択肢を前にして、思案に揺れているような時間は殆ど残されては無かった。周囲が警戒を怠らぬ中、アトラスはその手に握っていたショットガンに力を込める。そして、ベルトコーネに背後から低い声で問いただした。
「おい――」
アトラスの人差し指はトリガーに掛けられている。ほんの僅か指を動かせば弾丸はいつでも飛び出す。ベルトコーネは、かすかな動きを後頭部に感じながら頭を動かさずに返答する。彼の身体は単分子ワイヤーで拘束されつつあったが、アトラスからの攻撃のダメージによりその体を動かすことは今なお困難なままだ。
「なんだ?」
ほんの僅かな時間の中で、アトラスは質問のキーワードとして最適な物はなんなのか、熟慮をかさねる。選び出した単語一つで状況は大きく変わる。判断に判断を重ねた末にアトラスは詰問のキーワードを決定する。
「ディンキー・アンカーソンはどうやってこのビルに侵入した?」
「なんの事だ?」
「聞いた通りの質問だ。歩いてきたか、運ばれてきたか、いきなりどこかから取り出されたわけではあるまい? 〝生きているなら〟荷物めいた運び方をするわけにはいくまい?」
アトラスはカマをかけた。ベルトコーネがこの問いかけにどう反応するか? その反応次第で事実がどうなのか判断できる。だが――
「―――」
「黙秘か」
「答える義務はない」
強い意志に裏打ちされたシンプルな言葉だ。だが、アトラスはそれすらも意に介さない。
「答えないならそれでいい。ただ一つだけ言っておくことがある」
アトラスのその言葉にベルトコーネは僅かに反応する。それを逃さずアトラスは畳み掛けた。
「そもそもだ。
人間はオレたちアンドロイドと違い、飲み食いはするし呼吸もする。なにより〝睡眠〟をとらずに生活することは不可能だ。ヤクザマフィアが敵対者を拷問する手段の中に〝眠らせない〟と言うのがあるくらいだからな。睡眠を奪われるだけで大抵の人間は生命に変調をきたす。それが老人であるならなおさらだ」
「それが、どうした!」
ベルトコーネが声を荒げる。今こそとどめを刺す時だ。
「お前らは自分たちの主人の身の安全も考えなかったのか?」
「お前たちには関係ない!」
盤古隊員たちに巧妙に拘束され身体の自由を奪われたベルトコーネ。彼はアトラスの言葉に声を荒げて叫んだ。だが、それは否定の意味での言葉ではない。多分にして不意に湧いてきた不安を疑念を拒絶するための叫びだった。
だが、アトラスとて素人ではない。幾十、幾百もの犯罪者を相手に口を割らせてきた猛者だ。ベルトコーネが垣間見せたほころびを決して逃さなかった。同時にベルトコーネへの尋問と並行しつつ、ネット回線を通じて他のマリオネットとの交戦記録に目を通した。その中にベルトコーネへの尋問に使えるネタが見つかる。
アトラスはそれを意識の片隅にとどめつつ、ベルトコーネに最大級のカウンターとなる詰問を叩きつけた。
「貨物コンテナに放り込む――そんな方法でまともに生きていられる老人がどこにいる?!」
裂帛の気合を載せてアトラスが叫んだ。それを受けてもベルトコーネは反応を示さない。無言は彼自身が己の中に湧いてきた巨大な疑念を拒否しきれなくなった証拠である。
沈黙を守ったままベルトコーネの反応を待てば、数分ほどして彼の口からつぶやきが漏れ出した。
「あるじは――俺の、俺の王は――」
ベルトコーネの視線が彷徨っていた。その彷徨う視線の向こうには何が見えているのだろうか?
混乱のさなかにある敵に対して、アトラスはショットガンの銃口を突きつける場所を変える。ベルトコーネのこめかみにショットガンを突き付けなおすと、トリガーに指をかけつつ吐き捨てた。
「お前に話しかけながら、お前のお仲間のガルディノとうちの弟の戦闘記録を見させてもらった。それなりに理想論で武装しているみたいだが俺に言わせりゃお笑い種だ。何がケルトの王だ、何が古の民だ! ボケた老人の妄想に付き合わされただけだろうが! しかもそのご主人様がとっくに死んでるのにそれすらも誰も気づかなかったのか?! だとするならお前らはただの戦闘バカと人殺しの寄せ集めにすぎん!
宗教キチガイの極右武装テロリストでももっとまともに物を考えている! お前らみたいなイカレ野郎の集まりが今までどれだけの人間の命を奪ってきた?! お前らの行動にどんな意味があった? それすらも考えたことがなかったのか! それとも、ボケた老人との主従ごっこに酔っ払ってただけか!?」
ベルトコーネに語りかけつつアトラスは己の胸の奥からとてつもない怒りが湧いてくるのを押さえられなかった。そして、ベルトコーネに対して唯一抱いていた畏敬の念が過ちだったことに気づくとそれを言葉にして叩きつける。
「お前の〝拳〟を信じた俺がバカだったよ!」
アトラスの叫びがこだましつつ静寂が訪れる。
もはやこの階層において行われている戦闘はもはやない。
ディンキーアンカーソン配下のマリオネットの生き残りはおらず。戦闘を継続する理由すら無いはずだ。ただ、ベルトコーネはアトラスから叩きつけられた言葉に放心するだけである。このまま対アンドロイド用のフレシェット弾をコイツのこめかみに叩き込んでも良かったが、唯一の生き残りとして、ディンキーについての重要情報を吐かさねばならない。なにより、これまでディンキーが襲撃してきた世界の各国からも情報提供と捜査協力を求められることになるだろう。
アトラスはベルトコーネの拘束が完全であることを確かめると、ショットガンの銃口を外す。そして、歩き出しながら盤古隊員たちに指示を出す。
「連れて行け、警戒は怠らず、さらに強力な拘束を再度施せ。必要なら手足を破壊・切断しても構わん」
「はっ!」
「俺はこのまま上層階のディンキー本人の存在を確認してくる」
後の事を盤古隊員たちに任せるとアトラスはショットガンを手に歩き出す。進む先にはコナンとの戦いを終えたセンチュリーが居る。頭上にはフィールが飛翔しながら第4ブロック階層の状況確認をしていたところだ。エリオットも戦闘の後始末なのか電撃攻撃により無力化した武装警官部隊の隊員たちの救助と回収をアシストしている。
見ればセンチュリーもまた死闘を終えた様子がその表情から垣間見えている。
アトラスはその胸中に抱いた怒りはなおも消えては居なかった。だが、これで一定の集束を迎えると思うと安堵する物もある。死傷者は防ぎきれなかったが、来賓のVIPたちが無事だっただけでも良しとする他はない。
センチュリーに歩み寄り声をかけようとする。
「センチュ――」
だが、その言葉の先を口にすることは出来なかった。
奇妙な飛来物がアトラスの背中に投げつけられたためである。
それは人間の身体とほぼ同等の大きさだった。無警戒だったアトラスの背中めがけてぶち当てられたそれは――〝血まみれ〟だった。
驚き背後を振り返れば、アトラスの足元に転がっていたのは、一人の標準武装タイプの盤古隊員の“遺体”だった。右腕が肩から千切れ、頭部のヘルメットも半壊している。到底生きているとは思えないありさまである。
「何が――!?」
慌てて振り返ればアトラスがそこに見た物に、己の選択が誤りであったことを悟る。
アトラスの傍らに駆け寄ってきたセンチュリーが叫ぶ。
「マジかよ?! なんであそこから立ち上がれるんだよ!?」
第4ブロック内で飛行していたフィールが降りてくる。
「そんな――、最強クラスの単分子ワイヤー使ったんでしょ? なんであれが千切れるの?」
単分子ワイヤーの取り扱いならフィールに敵うものはない。それだけに眼前の光景に合点がいかないのだ。
その時アトラスたちに対してエリオットから無線で入感があった。
〔エリオットよりアトラスへ〕
〔アトラスだ〕
〔援護射撃できません。生き残りの盤古隊員が一名人質に取られています〕
〔そのようだな〕
見れば仁王立ちになっているベルトコーネの右手には一名の盤古隊員が首筋を掴まれ捕らえられていた。半死半生であり意識はすでにない。その他の盤古隊員たちはなすすべなく逃走するより他ない状況だ。エリオットの言葉通り、この状況でベルトコーネに加えられる攻撃手段は存在しなかった。
ベルトコーネの瞳の光が消えている。人としての生気のない狂える者の目がアトラスを凝視している。その右手に握った人質を引きずりつつベルトコーネが一歩一歩歩き出す。その歩みの中、ベルトコーネは怒りを込めて叫んだのだ。
「メリッサァァァア!!」
それが何を意味するのか分かる者は皆無だ。ただ、単なる怒りの雄叫びではないことは確かだ。
アトラスは睨み返す、一度は調伏したはずの破壊魔を。
だが、ベルトコーネの無力化ははじめからやり直しであり一度目と同じアプローチは通じないだろう。アトラスは今、自分が最後の詰めを致命的に誤ったことを悟っていた。立ちすくむアトラスに、センチュリーはその背後から声をかけようとする。
「兄貴、なんとかして人質を――」
しかし、その声を聞き終えることなくアトラスは駆け出していた。両拳からパルサーブレードを飛び出させると、全速で駆け出しつつ両踵のダッシュホイールも駆使して一気に間合いを詰める。
「兄貴!」
アトラスの耳には背後からの弟の声も耳に入らなかった。ただ、その胸中にあるのは巨大な自責の念だけである。
センチュリーは遠ざかるアトラスの背中を見つめながら傍らのフィールに語りかける。
「援護だ! ありったけのスローイングナイフで牽制だ!」
「え? でも人質が!?」
「さっさとしろ!! その人質もコレみたいにされてぇのか!!」
戸惑うフィールにセンチュリーが怒声で一喝する。センチュリーが視線で指し示した先には引きちぎられ損壊した遺体が転がっていた。
「!」
その光景が意味するものを即座に理解するとフィールもまた無言のまま上空へと飛翔していく。
それを確認しつつセンチュリーはエリオットへと指示を出す。
〔エリオット! 電磁波妨害煙幕だ! 敵の視聴覚を阻害しろ!〕
〔了解!〕
そして、それと当時にセンチュリーは両腰に下げた二丁のオートマチック拳銃を取出し一気にかけ出した。エリオットが放った特殊煙幕が立ち込めていく。視界がきかなくなり電磁波妨害がレーダーすらも無効化していく。音と気配と勘だけが支配する状況下で先んじてベルトコーネに襲いかかったのはフィールのスローイングナイフだ。
エリオットの煙幕が立ち込めきる直前に、フィールはダイヤモンドブレードを左右合計で6本取出して朧気なシルエットだけを頼りにベルトコーネへと攻撃を加えた。攻めるポイントは左腕の上腕部。人質を捕らえているその腕を破壊するためだ。ロケットブースターによる誘導制御も加えてピンポイントでナイフの軌道をコントロールした。
同時に、アトラスのパルサーブレードが空を切り、ベルトコーネの左腕にさらなる攻撃を加える。鈍い衝撃が伝わり、人質とベルトコーネの切り離しは成功したかに思えた――
「なに?!」
アトラスが驚きの声を漏らす。ベルトコーネがその手に捉えていた人質をあっさりと手放したのだ。
幽鬼のように体軸を僅かにずらすとフィールの放ったダイヤモンドブレードを簡単に回避する。そして、アトラスのパルサーブレードを左腕の軽く一振りで弾き返すと、ノーモーションで下から上へと繰り出された右の拳をアトラスのボディへと撃ち込んでいく。
駆け引きと呼べるようなものは存在しない。ただ、敵が見せた挙動の隙へと力任せに攻撃をねじり込むだけだ。
そして、轟音がアトラスの腹部のあたりで鳴り響いた。それは戦車の装甲に砲弾が撃ち込まれたかのような異音だ。グリズリーとデルタエリート、2丁のオートマチックマグナムを構えて狙いを定めようとしていたセンチュリーだったが、その異様さに思わず攻撃の手を躊躇せざるを得ない。
「なんだ?」
センチュリーなら判る。兄であるアトラスが対等に拳技で決着をつけようとしていた相手だ。本来なら洗練された拳闘の体捌きを持っているはずだ。だが、今この一瞬で繰り出された一撃には一切の格闘センスは存在していなかった。
次の瞬間、路面の上にアトラスのチタンボディが倒れた。まるでヒューズが飛んで電源が落ちたかのように力なく倒れるその姿は、あまりに衝撃的だった。そのあまりに非常識な光景に、常に冷静さを崩さないはずのエリオットがつぶやいていた。
「馬鹿な――」
普段、感情を露わにして振る舞うセンチュリーが一切の感情を消して通信する。
〔ディアリオ、緊急状況分析――〕
全身を貫く危機感にフィールが思いの丈の感情を込めて叫ぶ。
「みんな! 逃げて!」
フィールの叫びがこだますると同時に、ベルトコーネは傍らに存在した物を左手で掴みとる。
それは緑地帯の花壇を構成する巨大なコンクリートブロックだったが、長さ2mはあろうかと言うそれを何の苦もなく持ち上げて振りかぶった。そして、それまでベルトコーネに銃火を向けていた盤古隊員の一団へと勢い良く投げつける。同時に右足を踏み出すと弾丸のように飛び出し、センチュリーとの間合いを瞬時に詰めてくる。
ジョークを叩く暇も無い。
咄嗟に引き金を引いて10ミリ弾と357マグナム弾を叩き込むが対アンドロイド用の徹甲弾を打ち込んでもベルトコーネの行動に何ら変化は見られない。
それは洗練された武術家の動きでは無かった。むしろ、野獣のようなけたたましいまでの疾走だった。体当たりすら辞さない勢いで、ベルトコーネはセンチュリーへと一気に肉薄した。
構えと間合いを取る暇もなく、センチュリーはその土手っ腹にベルトコーネの右膝の蹴りをまともに食らった。衝撃がセンチュリーの全身を撃ち抜き、それまでに体験したことのない不快な苦痛がセンチュリーの体内システムを狂わせる。
「嘘だ――ろ――」
そうつぶやきつつ、膝をつかずに立っているのがやっとだった。瞬間的に敵の身体をその目で確かめるが確かにセンチュリーが撃ちはなった弾丸はベルトコーネの肉体を貫いているのだ。だが、それが致命的なダメージを与えているようには到底思えなかった。
何が起きているのか判断する暇もなく、ベルトコーネの右腕が左から右へと横一旋されてセンチュリーの頭部を打ちのめしセンチュリー自身を吹き飛ばしたのだ。
「アト兄ぃ、セン兄ぃ――」
退避のため上空へと離れていたフィールだったが、戦慄と恐怖をその全身で感じずには居られなかった。眼前の2人の兄は特攻装警きっての武闘派であり肉弾白兵戦闘では日本警察内ではその右に出るものは居ないはずだ。だが、それが大人にあやされる児戯のようにいとも簡単にねじ伏せられたのだ。
単分子ワイヤーが効かないのは明白だった。銃弾も電磁波もどれほどの影響を与えられるか分かったものではない。今、眼下では蜘蛛の子を散らしたように盤古隊員たちが一斉に逃げているのがせめてもの幸いだった。選べる手段は限られている。フィールは迷うことなく残されていたダイヤモンドブレードの中から2つの特別な物を選び出した。
俯瞰で見下ろせば、今この瞬間、ベルトコーネの周囲には特攻装警以外は誰もいない。フィールとの間合いも二十mくらいは離れている。人質となっていた生存者もベルトコーネとは離れた位置に倒れている。今、攻撃するには最大のチャンスだ。
両手のひらに収まった2本のダイヤモンドブレード。その先端には布平たちが仕込んでおいた電子励起爆薬が装填されている。
フィールの両腕がしなやかに動き、眼下のベルトコーネに向けて緩やかな弧を描きながら投げ放たれる。ブレードが飛翔して攻撃目標へと向かう――
――はずだった。
しかし、その光景は意図も簡単に覆される。
「え?」
フィールは眼前の光景に気の抜けた声を漏らした。2つのブレードはベルトコーネには当たらなかった。そればかりか、ベルトコーネから3mほどの手前の所で無慈悲にも予想外の炸裂をしてしまう。TNTを超える爆風が吹きすさぶ中、その爆風を貫いて飛んできたのは1つのコンクリート塊だ。
人の拳程度の大きさの灰色の塊はベルトコーネが立つ位置から狙いすましたようにフィールへ向けて投げられた。回避する暇もなくそれはフィールの頭部へと命中し、彼女のシステムにエラーを生じさせた。
飛行システムは機能不全を起こしフィールは台地の上に叩き落とされる。
なぜ当たらなかったのか? その理由を求めて視覚の記憶をたどれば、フィールが投擲した瞬間に地面にしゃがみ込み、足元のコンクリート塊を拾い上げるベルトコーネの姿が映し出されていた。
「そんな……」
とっさの判断、反射速度、そして、無理な姿勢からの驚異的なまでの投擲――そのいずれをとっても驚異的だった。それ以上に自分のダイヤモンドブレードを回避したのが単なるコンクリートの塊だと言う事実に愕然とせざるを得なかった。明らかに暴走しているというのに、状況に対する適応能力には驚くより他はなかった。
フィールは目の前の事実にこう思わざるを得ない。
――こんなの勝てない――
立ち上がろうとしても身体のバランスが取れない。体内の制御システムが大量のエラーメッセージを吐き出し、いかなる行動も拒否している。
【 体内機能モニタリングシステム 】
【 <<<緊急アラート>>> 】
【―中枢系メイン頭脳システム機能障害発生― 】
【 】
【1:クレア頭脳 】
【 生命維持フィードバック系統機能不全】
【2:人工脊椎システム及びメイン中枢接続部 】
【 リレーショナルプログラム補正障害】
【3:身体姿勢制御マイクロレーザージャイロ 】
【 統括コントロールネットワーク連携障害】
【4:飛行機能制御システム 】
【 フィードバック障害により 】
【 全飛行装備作動障害発生】
【 】
【全ハードウェア物理障害確認 】
【頭部中枢周辺系一部障害発生 】
【 機能維持のためのバイパス系統を確保】
【ハードウェア機能維持率93% 】
【 〔システム再起動可能〕】
【 】
【生命維持ベーシックロジックプログラム起動 】
【システム再起動シークエンス自動スタート 】
【全機能回復予定、84秒後 】
自動的に体内のシステムがエラー発生箇所をチェックし、ハードウェア面での破損や機能障害を洗い出す。そして、問題がないことが確認しおえると自動的に全システムを再起動した。だが、それらの手順が完了しないかぎりフィールは指一本動かせないだろう。
フィールの視界の中、残る一人の特攻装警であるエリオットがハンドガトリングキャノンを構えて居るのが見える。
「無理――、逃げて」
そうつぶやくと同時にフィールの意識はブラックアウトした。
@ @ @
エリオットに与えられた猶予時間はゼロだ。フィールが攻撃を開始するのと同時に敵への照準を開始する。
【 弾種選択、硬化タングステン徹甲弾へ 】
崩壊性セラミックス弾頭から、完全な攻撃対象破壊用の特殊徹甲弾へと切り替える。人間には用いることの出来ない対機械戦闘専用の弾丸である。そして、石塊をぶち当てられたフィールが地面へと落下していくのが見えた時、その光景にエリオットは一切迷うことなくガトリングキャノンのトリガーを引いた。
もうもうたる白煙を上げて硬化タングステンの弾丸がばらまかれる。攻撃する対象は無論ベルトコーネだ。あれだけの戦闘力と防御力を有するバケモノにこんな物がどれだけ通用するかはわからない。だが、たとえそうだったとしてもトリガーを緩めるわけには行かなかった。
――俺は警察だ、敵の行動を阻止し市民を護ることがその存在意義だ――
内心に秘めていたのはエリオットが警備部での任務の中で得た確信とプライドだった。
そして同時に――
――警察であること、それが俺の生きがいだ――
アンドロイドとして、その生きるあり方すらも定められて生まれてきた者として、それは絶対に譲ることのできない最後の一線だ。
「倒れろ」
認められない。認められるわけがない。ここまでふざけた存在を。ここまで悪意と暴力とで切り取った様な存在を。
「倒れろ!」
認めてしまえば自分自身の中の何かが折れてしまう。エリオットは確信している。折れてはいけない。自分は社会の治安を護るためには絶対に折れてはならない存在なのだと。
「倒れろおお!!」
トリガーを引くエリオットの口からはいつしか叫び声が飛び出していた。アトラスはおろかフィールまで倒れた今となっては、それはエリオットの祈りにも等しい叫びであった。
「倒れろおおぉぉォォオッ!!」
かたや――
ベルトコーネは立ち止まらざるを得なかった。エリオットがガトリングキャノンから放つ硬化タングステンの弾丸の群れは、精密な照準により正確にベルトコーネの頭部を狙ってきていた。それを両腕を眼前で交差させて受け止めているが、ほんの僅かでも腕を動かせば顔面に命中させるだろう。
ほんのわずかずつであるが、エリオットの執念がこもったその黒い色の弾丸は、ベルトコーネの体表を僅かづつ削り取りつつあった。
「ぐううぅぅぅぅ――」
ベルトコーネの喉から引くくぐもった声がする。理性のない唸りにも似た声だ。その声を出しつつ、ベルトコーネはエリオットの弾丸を受け止めつつ、両足をかがめて低い姿勢を取っていく。それは脚部全体に力を込めているようであり、何かを仕掛けるための予備動作のようでもある。
――ヤツめ、何をする気だ?――
エリオットは、ベルトコーネの動きに警戒する。しかし、エリオットが放つ弾丸がベルトコーネの両腕の表皮を完全に抉り、内部の体組織を露出し始めた今、あと少しの所で敵の防御を突破できる所まで来ている。
エリオットは敵の行動の先を読んで、ヤツが跳躍するのだろうと考えていた。ガトリングキャノンの射線を外す動きでこちらの攻撃を回避するのだろうと。
それならば指向性放電攻撃で対空迎撃するまでだ。右に左に横方向へと交わしたとしても同じことである。押し負ける直前で理にかなわない咄嗟の行動を取るのは犯罪者にはよくあることである。そう考えていた矢先、エリオットは敵の思わぬ行動に状況を覆される事となる。
「終わりだ! ベルトコーネ!」
そう叫んで残る弾丸を一気に叩きこもうとしたその時だ。
【 ハンドガトリングキャノン・警告アラート 】
【 銃身異常加熱、クールダウン要求 】
エリオットの視界の片隅にガトリングキャノンの使用警告が表示された。過剰な連続発射により思わぬ異常加熱トラブルが発生したためだ。機関銃やガトリングの類は発射を続ければ徐々にその温度は上がっていく。あまりに高く加熱した場合には故障したり暴発したりする可能性もある。
エリオットはこのアラートに気づいた時、普段の訓練で染み付いたクセにより、無意識にトリガーを引く力を緩めてしまった。それは警察としても戦闘アンドロイドとしても致し方のないことだ。しかし、それを逃すベルトコーネでは無い。
それは時間にして、ほんの0.5秒足らず。しかし、エリオットからの攻撃に対して防戦一方だったベルトコーネが本能からの行動で反撃するには必要十分な時間だ。
防御のためにクロスさせた両腕を解くと両腕を引く。そして、路面上へと向けて轟音を伴ってその2つの拳を叩きつける。
爆音が鳴り響き、人工の台地が亀裂を生じる。そして、小規模なクレーターのようにめくり上がりベルトコーネの姿はその向こう側へと消えていった。
「しまった!」
エリオットが焦りの声を上げるがもう遅かった。それは南本牧の逃走の再現である。一瞬の隙をつきベルトコーネは自らの姿を敵から隠す事に成功していた。慌てて駆け出し、そのクレーターの如き破壊現場のところへとたどり着くが、そこにはすでに敵の姿はどこにもなかった。
「どこだ!」
周囲を見回し頭上も仰ぎ見る。第4ブロックを取り囲む外周ビルへも視線を巡らせるが、その一ヶ所に異変を見つけることとなった。ガラスが割れている。それも壁ごと大きく砕かれている。ヤツがあそこから脱出に成功したのは明らかだった。
完全に力で押し切られ、出し抜かれた。
〔ディアリオ! 聞こえるか!〕
ディアリオには弟のエリオットが珍しく狼狽しているのがわかる。いつも冷徹で、特に戦闘時にはメンタルを露わにしないはずの彼が感情を露わにしていた。
〔はい、聞こえています〕
〔敵はどこに行った?〕
〔先程からこちらでモニターしていましたが、跳躍してその場から一気に離脱。外周ビルへと侵入し、その中を上昇しています。おそらく第5ブロックを目指しているものかと〕
〔第5ブロックか〕
〔はい、今までの色々な状況データから考えるに第5ブロック内に首謀者が潜んでいるものと思われます〕
ディアリオとエリオットがそんなやり取りをしている最中、地面に伏していたセンチュリーが目を覚ました。両手を地面につき震えながらその体を起こそうとしている。
「センチュリー!」
〔センチュリー兄さん!〕
上体起こし立ち上がろうとするが、体を立ち直せずにそのまま仰向けに倒れこんでしまう。明らかに身体のバランスを保てなくなっている。
【 体内機能モニタリングシステム 】
【 <<<緊急アラート>>> 】
【 】
【体内バランサー機構、エラー発生 】
【自動補正限界突破 】
【自動自己補正不可能 】
【外部緊急メンテナンス<リクエスト> 】
視界の中に映るエラーメッセージを目の当たりにしながら悪態をついた。
「畜生! バランサーが!」
それでも立ち上がろうとするがセンチュリーの体はどうにもならなかった。
そもそも、アトラスを始めとして、特攻装警たちの基本構造として超小型のレーザー式のバランサージャイロが全身各部に備えられている。生身の人間のように両耳の三半規管だけでなく、全身各部に何箇所もだ。
世代的にフィールはバランサージャイロに狂いが生じた場合、自動的に補正がかかるが、センチュリーはそこまでの自己修復機能は無かった。狂いのレベルが大きい場合には外部からのメンテナンス支援が必要となるのだ。
〔兄さん!〕
センチュリーの身を案じたディアリオが語りかけてくる。その声にセンチュリーは求めた。
〔ディアリオ、兄貴とフィールはどうなってる?〕
〔フィールは自動的に再起動がかかりました。あと7秒ほどで再起動完了します。アトラス兄さんはシステムダウンしています。メイン動力が停止した模様です〕
〔アイツの拳の一撃でか?〕
〔はい、メイン動力のマイクロ核融合炉のレーザー点火回路を衝撃だけで停止させてしまったようです〕
〔なんの冗談だよ。それ――〕
センチュリーは思わず吹き出しそうになる。バカバカしいにも程がある。
〔これは仮定ですが、やつは拳の質量や衝撃度を制御できるようです。外見から逆算する両拳の質量ではそれだけの攻撃を行うことは出来ません〕
にわかには信じがたい。それこそ冗談のような話だ。しかし、それよりも先にやらねばならないことがある。
〔御託はいい! それより緊急メンテナンスだ。〝強制キャリブレーション〟頼む! それと兄貴の〝強制再起動〟だ! 急げ!〕
〔了解! 強制キャリブレーション、強制再起動、実行します!〕
遠隔でセンチュリーとアトラスの内部システムにディアリオが介入してくる。
【 特攻装警第3号機センチュリー 】
【 生命維持ベーシックロジックプログラム 】
【 外部遠隔コントロールエントリー 】
【 】
【Entry>ディアリオ 】
【ID>APO-XJ-D001 】
【エントリーID識別完了、外部遠隔承認 】
【身体運用基幹システム 】
【 制御プログラムへアクセス】
【身体バランス制御システム 】
【 メンテナンスプログラム起動】
【コマンド:マイクロレーザージャイロ 】
【 同調制御系統強制キャリブレーション】
【>コマンド実行 】
センチュリーには頭部と胴体と手足、合計で10個のマイクロレーザージャイロスコープが備わっている。人間で言う三半規管が全身にあるようなものだ。そのおかげで特攻装警たちは人間離れした高度な身体能力を発揮することできるようになっている。
しかし、それらは全体で綿密かつ精密な相互フィードバックによる同調連携制御を行っている。そのため、全身各部で複数同時にジャイロスコープの動作に狂いが生じると自動補正が追いつかなくなる欠点がある。
フィールにも同様のシステムがあるが、彼女の場合そういう事態が起きると、自動的にシステム全体に再起動がかかり、同調連携を最初からやり直しにすることで正常な状態に復帰することができる。
しかし、センチュリーにはそれが出来ない。外部からのメンテナンスプログラムによりマイクロレーザージャイロを強制初期化再同調させるしかないのだ。
【 全マイクロレーザージャイロスコープ 】
【 強制同調完了 】
【システムモニタリング結果正常 】
【メンテナンス完了、外部接続ログアウト 】
ディアリオによってセンチュリーの全身の狂いが修正されていく。その全てが正常範囲内に戻れば、あとはセンチュリーの意識はハッキリとして行く。
〔強制キャリブレーション完了〕
〔サンキュー、助かったぜ!〕
〔次いで、アトラス強制再起動に移ります〕
センチュリーを終えアトラスへと接続する。しかるのちにアトラスの基幹システムへと接続していく。
【 特攻装警第1号機アトラス 】
【 生命維持ベーシックロジックプログラム 】
【 外部遠隔コントロールエントリー 】
【 】
【Entry>ディアリオ 】
【ID>APO-XJ-D001 】
【エントリーID識別完了、外部遠隔承認 】
【生命基幹システムアクセス 】
【基幹システムバックアップバッテリー残量確認】
【 <残量、73%>】
【メイン動力炉制御システム 】
【 メンテナンスアクセス】
【動力炉全システム高速チェック 】
【メイン動力炉 】
【レーザーイグニッションセクション 】
【 <ステータス:エラー>】
【リアクター内部回路プログラム予備系統起動 】
【 レーザーイグニッションセクション再起動】
【リアクター再起動成功 】
【メイン動力炉制御システム再チェック 】
【 <ステータス:オールグリーン>】
【全システム再起動可能 】
【生命維持ベーシックロジックプログラム 】
【システム再起動シークエンススタート 】
【全機能回復予定、54秒後 】
ディアリオによる遠隔メンテナンス作業は終了した。
それと同時に機能をある程度回復させたセンチュリーと、再起動プロセスを終了して復帰したフィールがゆっくりと立ち上がる。センチュリーは頭を軽く振り、フィールもまた気分を確かめるかのように額に手を当てて軽く深呼吸している。
「痛ったぁ――」
フィールは、痛みを口にしながら額に手を当てている。ベルトコーネにコンクリート塊をぶち当てられたところを確かめているようだ。
「大丈夫か? フィール」
同じく身体バランスを補正しなおしたセンチュリーも立ち上がっていた。彼の方はハードウェア面では大きな損傷は無かったようだ。
「うん、なんとか――」
兄の心配にフィールは笑顔で答える。その彼女に傍らのエリオットが不安げに問いかける。
「フィール、額に傷が」
「あぁ、大丈夫。内部には損傷は少ないから。傷はしのぶさんたちに治してもらうし。それより――、コンクリート投げつけられただけで意識がすっ飛んだなんて初めてよ。何なのあれ?」
不満気なフィールにセンチュリーが言う。
「全くだ。パンチ一発で立てなくなるなんて――」
「師匠についで二人目――か?」
センチュリーのつぶやきに背後から語りかけた声。それは再起動を終えたアトラスだった。
「兄貴――」
「以前に一度あったろ? 大田原さんに本気の寸勁を食らって意識がすっ飛んでぶっ倒れた事が」
「あぁ、そんなこともあったけな。ただ、師匠みたいな洗練されたもんじゃねぇ。パワーと破壊力があまりに非常識なだけだ。テクニックも技量もあったもんじゃねぇ」
「それは、俺も同感だ。ただ、アイツのああ言うヒステリックな反応を読みきれなかったのも事実だ。それは間違いなく俺の失態だ」
冷静に淡々と語りつつもアトラスはおのれの読みの甘さを自覚していた。反論や異論が無いのは、その場に居合わせる者たちが同じ思いを抱いていることの証でもある。そこにディアリオが語りかけてくる。
〔それについてですが――〕
〔何かわかったのか?〕
ディアリオにアトラスが聞き返す。
〔はい、ベルトコーネの暴走について記録事例が無いか探してみました〕
〔それで見つかったのか?〕
〔はい、ありました。記録として見つかったのは3件です〕
答えるディアリオをセンチュリーはいらだちと焦りからつい思わず責め立てた。
〔そう云うのがあるならなぜ――〕
〔しかたありませんよ。データがあったのはロシアの旧KGB――ロシア連邦保安庁FSBのテロ対策局でした。いずれの国でもディンキーの実戦データとなると軍部の諜報機関預りになりトップシークレット扱いになるんです。短時間で探れたのがFSBだけだったんです〕
ディアリオの言葉にフィールは思わず顔面蒼白で吹き出した。
〔ちょっと、ディ兄ぃ、どこアクセスしてんのよ!〕
〔すこし危なかったですが、逆探知をされる前に通信をカットしました。追跡は振りきりましたんで大丈夫です〕
〔な、ならいいけど――〕
いくらなんでも危ない橋にも程がある。その場の特攻装警たちはもとより、周辺でアトラスたちの会話が聞こえていた盤古隊員たちも思わず驚かざるをえない。しかし、そんな空気を断ち切るようにアトラスが口を開いた。
〔それで、何がわかった?〕
アトラスの言葉に空気が引き締まる。周囲の意識はディアリオの声に集まった。
〔はい、ベルトコーネは戦闘が長引き、なおかつ主人たるディンキーが侮辱されたりその存在を脅かされたりすると高確率で暴走していました。おそらくベルトコーネにとってディンキーと言う人物は彼のアイデンティティの根幹を成す存在なのでしょう。
しかし、その暴走時の被害状況の規模が大きいためいずれのケースも軍部の特殊部隊により事実は隠蔽されていたんです。確認できた3件の場合いずれも戦闘地域の軍隊相手での事例でした。市街地で暴走していないのが不思議なくらいです〕
〔一般市民の周辺では暴走は無かったのか?〕
〔はい。この件について把握している警察は世界各国どこにもありませんでした。あるいは他の国はそもそも記録自体を抹消している可能性もあります〕
ディアリオがそう答えれば、エリオットが言葉を継ぐ。
〔どの国も自分の軍隊がたった1体のアンドロイドで壊滅させられたなんて、知られたくは無いでしょう。それに外部に露見すればディンキーの保有する戦闘力について宣伝するようなものです。テロの連携を防ぐためにも隠ぺいするよりありません〕
センチュリーがさらに言葉を続ける。
〔国のメンツを守るためには内緒話も必要だからな。しかし、今にして思えば、アイツが体中に巻いているたくさんのベルトはこう云う時にやっこさんをふんじばるための拘束具ってわけか。暴走した時に自分自身の頭を冷やす機能はアイツにゃついてないらしいな〕
それらの会話を締めるようにアトラスがさらに告げる。
〔いずれにせよ、あれだけの存在をこのまま放置するわけにはいかん。たとえどんなに困難でもヤツを拘束――それが無理なら破壊せねばならない。俺の拳と撃ちあって、やつの拳も砕けたことがあるんだ。けっして不可能ではないはずだ〕
諦めは治安維持の敗北だ。特攻装警たちはその事を解っていた。この程度で諦めるような者は誰も居ない。アトラスの言葉に皆が頷いていた。センチュリーの言葉が続く。
〔なら早速、ヤツを追おうぜ。アイツが第5ブロックに向かったのは解ってるんだ。そこにアイツのご主人様ってヤツが居るはずだからな。そう言やぁディアリオ、アイツ何か叫んでたな?〕
〔たしか――〝メリッサ〟とか〕
〔ディアリオ、人名か何かはわからねぇがすぐ調べてくれ。ディンキーの周辺で〟メリッサ〟と言う名前に関するもの全部だ〕
〔頼んだぞ〕
〔了解しました。それと盤古の妻木さんからの報告ですが――〕
ディアリオの口から出てきたのは協力関係にある盤古の大隊長の妻木の名だった。その名を耳にして全員の意識は集中する。
〔さらなる緊急事態です。ガドニック教授がディンキーによって拉致されました〕
〔なんだと?!〕
驚きの声を上げたのはアトラスだ。センチュリーは苦虫を潰した顔をし、フィールは思わずその両手で口元を覆った。
〔ディンキーの配下を名乗る詳細不明の声に招かれて、不法に改造されたビル構造物を利用して別箇所へと誘導されたそうです〕
〔ディンキーが教授を直々に招いたというのか?〕
〔報告を鵜呑みにするならそうでしょう〕
ディアリオのその言葉にセンチュリーが言った。
〔連れていかれたのはディンキーの所――となると〝この上〟しか考えられねぇな」
この上――、その言葉が建築途中の第5ブロック階層を意図しているのは明らかだった。
皆より先んじてエリオットが言った。
〔行くしかありません〕
誰もが分かっていた言葉だったが、エリオットが自らの口で言葉にしてくれたおかげでその場に漂っていた淀んだ空気は一気に吹き飛んでいった。皆の視線がアトラスの所に集まる中、特攻装警の長男である彼は、全員に視線をくばりつつはっきりと告げる。
「行くぞ。第5ブロック階層」
センチュリーが言う。
「あぁ」
ディアリオも告げる。
〔では、私も第5ブロック階層へと向かいます。上で落ちあいましょう〕
そしてエリオットも周囲に視線を投げつつ告げた。
「ならば、私たちは螺旋モノレール軌道を使いましょう。軌道を辿って上へとたどり着けるはずです」
それは奇しくも、グラウザーがかつて辿っていった道であった。
〔では、ご武運を――〕
ディアリオが皆にそう声をかけると、そのままネットと通信回線の向こうへと気配を消していった。
それを確認し終えてアトラスは皆に声をかける。
「行くぞ。今度こそ、何としても、奴らを止めなければならん。一般市民のためにも、命を落としていった警察の現場隊員たちのためにもな――」
アトラスの言葉に誰が頷くともなく自然に歩き出していた。フィールは3人の兄達のその姿を見届けると、飛行のための全装備を再起動させて静かに舞い上がっていく。
「兄ぃ! 私、先に行くね。ビルの外に一旦出て一番上の方からアプローチしてみる」
飛行能力を持ったフィールは兄達とは別行動を取るつもりのようだ。彼女の声に3人が振り返る。そして、アトラスが手を上げて彼女に答えた。
「上で落ち合おう!」
アトラスたちが外周ビルの方へと足を運べば、その先には第5ブロックへと向かっているはずのスパイラルモノレールの軌道があった。そこを歩いて行けば嫌でも第5ブロックへと辿り着くはずだ。
そこに〝ヤツ〟が待っている。たとえ勝機がなくとも赴かねばならない。
それが警察組織の中に生を受けたモノとして、あるべき正しい姿なのだ。
そして――、最後の死地へと赴く特攻装警たちに対して、盤古隊員たちはだれが言うとも無くその右手を掲げて敬礼を示していた。
@ @ @
特攻装警たちが、各々に最後の戦いの場へと赴こうとしている今、
その最後の戦いの場にて、メリッサは見つめていた。
まどろみの中で彼女の主人は夢を見ている。
だがそれはメリッサにとって、心から従いたいと思える存在ではなかった。
それは抜け殻だった。悪意と妄執と怨念の形骸をかたどったヒトの抜け殻。それはとうの昔に地面の下で塵に帰るべき存在だったのだ。
「捨てれるものなら捨ててしまいたいものだけど――」
不意にメリッサの眉間に皺が寄った。不快な感情が彼女の胸中に湧いている証拠だ。
「しっかりと最後まで役目を果たしてもらわないと」
そして、メリッサは視線を投げかけた。この偽りの玉座の間へとたどり着くであろう者たちが現れる方向を。だが、メリッサの心はこの場には無かった。メリッサは思う。かつて彼女を大切に思っていてくれた本来の主人のことを。
《メリッサ――、お前だけが私の家族だ》
それはメリッサの心のなかに刻まれた、勲章にも宝石にも等しい宝のような言葉だ。それだけが今のメリッサの意思をギリギリの所で支えている。
「カザロフ博士――、もうすぐ。もう少しです」
そのかつての主人の名を口にするたびに、言い知れぬ苦痛がメリッサの心を引き裂こうとしていた。
メリッサの主人はディンキーなどと言う悪意ではなかった。
「もう少しですべてが終わります。そのためにも、もう一芝居しなければ」
そして、寂しげな憂い顔を消していくと、すべてを見通すかの様な冷ややかな視線をたたえていく。
その言葉を聞いている者は誰も居なかった。

















