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第26話『天空のコロッセオⅦ ―拳と剣―』

センチュリーは向かいます。

決戦の地へと、あの恐るべき刃の前へ


第26話スタートです


本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それは南本牧での戦闘から過ぎた4日後のことであった。


 コナンの凶刃によって切断された腕の修復を終えセンチュリーはある人物の元へとむかっていた。


「来たか、未熟者」


 その長い白髪に白いアゴ髭の人物は武術の道場でセンチュリーの到着を待っていた。笑顔で明るく笑いながらセンチュリーを出迎えてくれたが視線は鋭い眼光をたたえたままだ。

 上下とも純白の袴姿のその人物はいかにも好々爺と言った風情であったが、センチュリーを迎える際の立ち振舞は、その歩く際の足運びに至るまで一切の無駄を削ぎ落した洗練されたものであった。


「申し訳ありません――師匠」


 作りなおされた右腕も真新しいセンチュリーは道場の中に入るなり、正座すると師匠の前で土下座をする。冗談めかしてふざける事の多いセンチュリーに似つかわしくない極めて真面目な所作である。


 今、センチュリーの眼前に座している人物はセンチュリーの格闘技の師匠であり、第2科警研の呉川とともにセンチュリーの開発に関わった人物だ。優れた武術家であり格闘技の研究家でもあり、そして、古今東西の様々な武術を機械的な人体工学として解析することを研究課題としている。今年で齢七〇を超えるが老人然としたところは垣間見ることすら無い。老いてなお意気軒昂であり、あと三〇年は現役で行けそうな雰囲気すらある。

 彼の名は『大田原 国包』――、現在もなお第二科警研で特攻装警の格闘技技術の指導教官として係る人物である。

 大田原は、そんなセンチュリーを見下ろしながらセンチュリーに問いただす。


「なぜ負けたかわかるか?」


 簡素でストレートな問いかけだった。しかしそれに対して答えられる言葉を、その時のセンチュリーは持ちえていなかった。

 無論、コナンの凶刃の下に伏したあの時から頭を離れたことのない疑問ではある。思案に思案を重ねていたが、どうしても答えを導き出すことが出来なかった。もとよりセンチュリーは理論や理屈で行動を成せるタイプではない。感覚とセンスであらゆる事を乗り切るタイプだ。


「分かりません」


 己の師匠の前では絶対に口にしたくない言葉であったが、センチュリーは屈辱と己自身への嫌悪を飲み込んで、あえて師匠にそう答えた。

 センチュリーのその言葉に彼の師匠の顔から笑顔が消えた。


「立て、センチュリー」


 センチュリーは師の言葉に従い速やかに立ち上がる。


「構えろ」

「はい」


 師の言葉に従い正拳を構える。右腕を前に、左腕を腰だめにした構えだ。


「全力で来い。ワシを殺すつもりでだ」


 その言葉にセンチュリーの顔に迷いが浮かぶ。

 

「どうした? 〝自分の鋼の拳では師匠を傷つけてしまう〟――とでも思ったのか?」


 図星だった。しかし、センチュリーが師の言葉に迷いを見せている間に、センチュリーの体は一瞬にして宙を大きく舞った。

 成人男性よりも遙かに重いはずのセンチュリーのそのガタイを、彼の師である白髪の老人はいとも簡単に木っ端のごとく投げ放った。一瞬にしてセンチュリーの間合いに入り込むと、当て身と蹴りと投げを同時に行ったのだ。そして、センチュリーを4mほどの距離を転げまわらせると再びセンチュリーに向かいあう。


「お前が仕掛けてこんのならそれでも構わん。敵に遅れをとる馬鹿弟子なぞ、ワシ自身の手で引導を渡してやる」


 投げられ転げまわりつつ、どうにか立ち上がったセンチュリーだったが、再び構えを取る前に瞬時に間合いを詰められ、再び肉薄してきた師匠に強烈な掌底突きの連撃を見舞われることになる。胴体をめった打ちにされてセンチュリーの体内循環は一瞬にして狂いを生じた。意識が飛びそうになるのをどうにかこらえると今度ばかりは膝を突かずに踏ん張り立ちつつけることが出来た。


(殺される!)


 その拳から伝わる衝撃に、センチュリーは己の師匠の本気を見た。

 思えばそれまで、武術の型の習得と制限したフルコンタクトは行ったことが遭ったが、生死ぎりぎりの掛け値なしの本気の拳はついぞ、いままで見たことがなかった。

 それについては、今までの任務ではそれで十分だったしセンチュリー自身もその必要性を感じたこともなかった。なにより師匠は〝生身〟であり、センチュリーは鋼の〝人工物〟だ。本気でぶつかり合えば師匠とてどうなるか分かったものではない。そう言った構造の違いからだと信じて疑わなかったのだが――

 

 今宵、それが間違いであったことを思い知らされることになる。


 投げから掌底突きへと続いた攻撃の次は、下からの肘によるかちあげだった。センチュリーの喉元とアゴを狙い。両肘で瞬時の連撃を食らわせる。頭部を完全に上へと跳ね上げるとがら空きになった胴体を狙って師匠の右掌がセンチュリーのみぞおち――、胸骨の真下の辺りに密着する。


 一瞬、時間が間延びしたみたいにスローになり、センチュリーはその時の師匠の顔を間近で見下すこととなった。


『鬼』


 一言で形容するならまさにそれだった。凄まじいばかりの憤怒の形相の師を前にして、センチュリーは生まれて初めて『死』を覚悟した。武装した犯罪者でも、違法アンドロイドでもない。ただの生身の老人にである。

 何の間合いも対応も取れぬセンチュリーに肉薄しつつ、師は両足を前後に広げて両足を踏ん張ると、その全身にみなぎらせた力を右の掌で一気に開放する。

 拳撃でもない

 蹴りでもない

 生まれて初めて味わう魂の奥底にまで突き抜けるような深い――何よりも深い力を宿した一撃だ。

 それがセンチュリーの肉体の真芯を打ち砕くかのような勢いで突き抜けていく。

 その時点でセンチュリーの意識は途切れた。再び意識を取り戻すのは二日後の事であった。



 ― ― ― ―――――――――――



 一般通信回線で聞き慣れた声がする。エリオットだ。


「やーっと、来やがったな?」


 センチュリーは背後の守りとして盤古たちの聖鎧の暴走を任せられる存在が漸くに訪れたことに気付いた。

 これでいい。これでこの戦いでやるべきことに専念できる。

 向かうべきは第4ブロックの東側、そこにアイツが居る。

 ディンキー・アンカーソン配下のマリオットの1体。日本刀剣技を駆使して大量殺戮を行う違法アンドロイド。その剣呑なアンドロイドがこの第4ブロックの空間へと姿を現している。

 それは一人の和装の男性である。

 血しぶきが染み込んだ濃紺の袴姿。プラチナブロンドの和装姿の白人男性。一見すると生身の人間のようだが、体の各部を見るとそれが人間のものとは異なる人工的な物であるのが見て取れる。

 センチュリーは足早に駆けると自らの視界の中にその者の姿を捉えると即座に臨戦態勢へと、その身を集中させる。

 そして今、その和装の武人は、センチュリーの視界の中で左腰に手挟んだ刀の鯉口を切ろうとしていた。


 その男はかつて、センチュリーの右腕を切り落としていた。

 神がかりなまでの居合抜刀でセンチュリーの正拳を真っ向から両断していた。

 彼の名はコナン、ディンキー・アンカーソンの配下のマリオネットの1体――


 そのコナンは――

 その刀をこのフロアにて立ち回っている日本警察の武装警官たちへと向けるつもりで鯉口を切ろうとしていた。しかし、それを遮るように割り込んできた一人の男の姿がある。

 コナンはその者の名を知らない。知る必要も感じていなかったし、知ったところで何の意味もない。彼は自らが惨殺した者たちを逐一記憶することもないのだ。

 だが、その者は再び、彼の前に姿を現した。

 しかもだ。

 その姿を一瞥しただけで、一月前のあの時より、何かが変わっているのが感じ取れる。

 だとしても、

 変わることはなにもない。今度もその者を斬るだけだ。

 コナンは声を発しなかった。敵であるセンチュリーに対して問いかけもしなかった。


 遮るものは等しくすべて斬る。


 それがコナンの行動原則の全てである。

 コナンは鯉口を切ったその刀を静かに抜刀していた。


 かたや――

 

 センチュリーのその右足が弾き上がる。それと同時に両踵のダッシュ用ローラーに火を入れると弾き飛ぶ様に駆け出していく。両足で駆け抜けつつ、ダッシュローラーの推進力を加えてコナンとの間合いを一気に詰めていく。そして、その両腕を引き絞ると両腕の前腕の内部に備わった3列2組の電磁シリンダーに最大級のパワーを瞬時に蓄積して行く。

 センチュリーは両方の腕を腰の脇に引き絞る。狙いはコナンの最初の一撃である。


 片やコナンは抜刀した刀に両手を添えると、一度正眼に構えそれを左肩の方へ真横に振りかぶる。同じくして両足を大きく開いて極度に低い構えを取ると、同時に彼の口から放たれたのは気合一閃、空間を引き裂くような怪鳥の如き叫びである。


「きぃぃええええーーーーーっ!!!」


 横一文字に薙ぎ払われたその刀は、やや斜め下方向に空を切り、床面のコンクリートや鋼材を一気に切り裂いて粉砕し、それを飛礫のごとく爆散させる。それは弾雨のごとくセンチュリーへと襲いかかる。


 センチュリーは眼前に飛来してくる、それらの礫の群れに対して、力を蓄えたつの拳を勢い良く突き立てた。センチュリーのそれは、左右双方の拳がまったく異なる位相で2つの衝撃波を放った。そして、襲い来る石礫や鉄破片を粉砕し弾き飛ばすと、おのれの体一つを通らせるだけの突破口をこじ開けていく。


 今、センチュリーとコナン、二人の視界の中には互いの姿しか無かった。

 センチュリーは視界の中に決して相容れない殺人者の姿を捉えてひときわ高く叫んだ。


「コナーーンッ!!」


 コナンは己の名を呼ばれた事がなにより耳障りだった。


「――――!!」


 その奥歯からアゴが砕けるのではと思われるほどの歯ぎしりを響かせると第二撃へと備えた。

 センチュリーは左腕を突き出しぎみに構え、右腕を腰だめに添える。激しい足音を立てるその両脚は、速度を上げつつも、低い軌道で安定して疾駆する。

 

 対するコナンは、身構えて突入してくるセンチュリーのその姿を前にして数歩ほど進み出る。

 コナンはセンチュリーの挙動を、じっと冷静に注視している。そして、左手を左腰の鞘に添えて己の刀をそこへと納めていく。

 鋭い洗練された一条の視線が迫り来る敵を射抜いている。対するセンチュリーは一切の恐れを見せずに敵の間合いの真っ只中へと一気に踏み込んでいった。


 牽制などは、始めから無かった。ただ一撃のみ。


 センチュリーは、己れの中に内在する静かな怒りの声を引き金に戦闘本能を全開にする。


 対するコナンの右手には左腰にと納められた大刀がある。握りだけでも1尺半、全体の大きさとしては野太刀のそれに近い。居合抜刀を常とするのなら、長さ二尺半程度の打刀の範疇にある物が常とされているが、野太刀並みの大刀を自在に操るコナンの技量は、今、この場でこの目で目の当たりにしたとしても、もはや神業という他はない。

 

 コナンは、その一太刀の確実な斬撃を狙うためにも、最も得意とする抜刀居合を決めようと再び納刀する。


(――来る――!)


 時は来たれり!

 

 コナンのその居合抜刀の必殺の構えを前にして、センチュリーはもはや引くことの出来ないその瞬間が来たのだと理屈ではなく本能で悟った。

 そして、その脳裏の中に瞬間的に、師匠である大田原より加えられた、あの死を覚悟させられた必殺の一撃の瞬間をその脳裏に思い起こさずには居られなかったのである。



 ― ― ― ―――――――――――――



 センチュリーが意識を取り戻したのは、師匠の道場の片隅であった。

 簡素な枕を頭にして横たわり、師匠が見守る中で静かにその目を開いて行く。

 何が起きたのか? そして、あれからどれだけの時間が経ったのだろうか? すぐに体内プロセッサーで時間を確認すれば、師匠から一撃を食らったあの時からすでに二日以上の時が過ぎていることに気づいた。


「―――!」


 焦りと驚きを感じ飛び起きたが、すぐさま師匠からの声が聞こえた。


「案ずるな。小野川殿にはすでに連絡済みだ」


 小野川――小野川 利紀・防犯部少年犯罪課課長、センチュリーの上司で身柄引受の責任者である。

 その声に導かれるように視線を向ければ、そこには胡座をかいて穏やかな視線でセンチュリーを見守る大田原の姿がある。


「師匠――」


 そう答えると同時に体を起こすと正座して師匠と向き合う。そのセンチュリーに大田原は語りかける。


「気分はどうだ?」


 質問はシンプルだったが、言葉は何より重く深かった。不思議と、焦りも、悔しさも、何もなかった。あるのはただ師匠から武術について習い始めた時の初心通りの、爽快で素直な気持ちだった。

 明鏡止水――、一点曇りなく心は晴れ渡っていた。

 師匠からの問いかけを再び反復する。すると自然に湧き出るかのように、あの時、なぜ、コナンの凶刃の下に伏せねばならなかったのか得心する。

 答えは存外早く見つかった。


「分かりました。師匠」

「何がだ?」

「なぜ、俺が負けたのか」


 そう答えるセンチュリーの口調は明るくどこか晴れ晴れとしている。その心のなかに巣食っていた曇が消え去ったかのようである。大田原は笑みを浮かべつつ、センチュリーの目をじっと見つめる。その視線に促されてセンチュリーは己の中に見つけた答えを語っていく。


「俺は恐れていました」


 それは正解に等しかったのだろう。大田原はじっと眼前の弟子のさらなる答えを待った。


「敵が眼前の被疑者を一刀のもとに惨殺し、その剣技の凄みを俺に見せつけた時、そいつの武人としての技量が俺よりも上手だと言うイメージを本能的に俺自身の中に作り上げてしまった――

 そして、俺はそれを超えねばならないと自分自身を追い込んでしまった」

 

 センチュリーの言葉に大田原は黙したままだったが、得心して静かに相好を緩めていく。センチュリーのさらなる言葉が続く。


「思い込みは〝力み〟を産みます。力めば技は正確さを失い、出せるはずの技量を出せなくしてしまう。全ては俺の〝心のブレ〟が生んだ失態です」


 大田原は眼前の弟子が自ら導き出した答えをじっと聞いていた。だが――


「センチュリーよ――」


 それに対する答えであるかのように大田原は語り出した。

 

「私がお前をなぜ、内骨格式のアンドロイドとして作ったのか判るか?」


 センチュリーに語りかける大田原の言葉は父親から息子への言葉のように優しかった。

 大田原に問いかけられた言葉は、センチュリーにとって今まであまりに当たり前すぎて考えたことすら無かった。当然ながら、その答など分かろうはずもない。

 センチュリーの呆気にとられたような表情を見つめながら大田原は言葉を続けた。

 

「それはな、お前を『人』として生み出してやりたかったからだ」


 師から語られたその言葉をセンチュリーは思わず反復する。

 

「人――」

「そうだ『人』だ――、そもそもだ。私は、アンドロイドと言う『機械』が警察として人を裁くという特攻装警の計画には当初から反対だったのだ」

 

 師の言葉にセンチュリーは衝撃を受けた。だが、批判は早計だ、師の言葉には先がある。

 

「そもそも、人は『心』を駆動源にして動く生き物だ。警察として人を捕らえ人を裁く立場にある者が、捕らえれる側の人間の『心』を汲みとってやることは、警察として絶対に守らねばならない鉄則だ。しかし、その警察が完全なる機械で『心』を理解できなかったとすればどうなる?」


 大田原が語る言葉にセンチュリーは思い当たるところが山程あった。

 人として仁愛と礼節を尽くした行動を取らなければ、どんなに凶悪な犯罪者であろうと、どんなに軽微な触法少年であろうと、罪に対して贖罪の気持ちを持つことはない。

 そしてそれは、青少年の再犯を防ぎ、更正の道を示してやらねばならない〝少年犯罪課〟と言う職分にある者として基本中の基本だと言うことはセンチュリーも百も承知だった。


「警察が機械であってはいけない。機械が人を統べる世界は地獄だ。完全なる機械には『心』が無い。

 だからこそ、私と呉川は、お前を『人』として生み出してやる事を目指した。

 内骨格の体を持ち、両の目で物を見て、呼吸をし、食物を食べ、怒り、笑い、語り合い、犯罪者という『人』に対して、同じ『人』として向かい合えるアンドロイド――」

 

 大田原のその一連の言葉に己の腹の中に大きく腑に落ちる肝が座ったような感覚を覚えた。

 それはまさに、自分自身という存在への〝納得〟が入った瞬間である。

 

「それが俺なのですね?」


 センチュリーが尋ね返せば、大田原は深く頷いた。

 大田原の言葉によって、センチュリーの脳裏に即座に浮かんだのは、兄であるアトラスの姿だった。

 センチュリーは知っている。アトラスが警察組織の中で生きていく上で〝機械〟と〝人〟との間に存在する巨大な狭間を埋めるために、どれほどの苦労と多大な努力を強いられてきたかを。

 兄であるアトラスにとって、あの鋼鉄の塊のような肉体は大きな武器であると同時に、巨大な足かせであるのだ。

 

「しかしな――、機械でなく『人』であるとする時、そこには機械でないからこその避け得ない〝限界〟がお前に課せられるだろう」


 大田原は語りながら両の拳を前へと差し出す。


「いいか? よく聞け。

 〝人〟が守りきれるのは全てこの両手が届く範囲までだ。人として生きるなら、その範囲を超えて事を成すことは絶対にできない。それが〝人〟であることの証であり、〝人〟であるがための宿命と言うものだ。

 だがな――

 だからこそ〝人〟と言う生き物は己の両手が届く限界を伸ばすべく、日々鍛錬を積み重ね新たなる技量を身につけていく。そして、鍛錬と修行の末に己の限界を超えて成長することができるのだ」


 大田原は拳を両膝の上に載せながら、あらためてセンチュリーをじっと見つめた。


「心が乱れ己を冷静に見つめることが出来ないとき。己の技量の本質を己の心で受け止める事が出来なくなっているとき。人は己の力量の限界を見誤る。そしてその末に己の真価を発露させること無く、難事の前に膝を屈し敗北することとなるのだ」


 センチュリーは思い出していた、大田原の言葉にあの日の夜の己の姿を。センチュリーの浮かべた表情に大田原はセンチュリーの心の中を読み取っていた。


「センチュリーよ――」


 そして眼前の弟子に投げかけたのは穏やかで優しい言葉である。


「気負うな」


 その言葉はセンチュリーの心の中へと染み入ってくる。


「自分の背後に誰かがいるとか、自分が勝たねば世の平和を守れぬとか、そのような大それた事を考えるな。武人と言うのはな、とことんエゴイストであっていいのだ。勝つために今その場で自分が何をすべきなのか? それが自覚できていればいいのだ。戦場にあっては自分自身と眼前の敵だけを見ていればいい。それ以外はな――」


 大田原が立ち上がる。語りながら膝立ちでセンチュリーの元へと歩み寄り、センチュリーのその肩に右手を添える。


「――忘れてしまえ。〝馬鹿〟になれ。戦いの場にあっては無知蒙昧に徹すればいい」


 言い終えて大田原は再び胡座をかきつつ腕を組む。穏やかな口調ながらも明るく快活に言い切る師匠にセンチュリーもまた笑顔を浮かべずには居られなかった。その笑顔はセンチュリーがようやくに心の壁を超えることが出来たその証であり、新たな修行の道程へと足を踏み入れた証でもあった。

 

「はい!」

 

 答え返すセンチュリーの言葉はシンプルであるが強い力に満ちていた。そんなセンチュリーに師匠たる大田原は言い放ってみせる。


「それになぁ、賢く利口なお前というのも想像つかん。お前はやっぱり、いっぱしの格闘馬鹿で居るほうが身分相応だからなぁ」

「ちょ――、師匠、それは」

 

 大田原が笑いながら言い切れば、センチュリーも苦笑いで抗議するしかなかった。言い得て妙と言うもので反論も不要なほどに心のなかに染み入ってくる言葉だった。その日は深夜に及ぶまで語り合ったセンチュリーと大田原であった。



 ― ― ― ―――――――――――



 コナンは納刀したまま、低く構えたままであり彼の側から飛び込んでくる気配は微塵もない。

 対して、センチュリーからは迂闊に踏み込めぬ危うさや、どこを狙えばよいのか掴みかねる難しさがあった。それを理屈で考えても明確な答えが出ない事など、一月前のあの夜から百も承知だった。

 ならば――

 今この瞬間は、思うがまま、感じるがまま、体得したその技をその身体の動くがままに使いこなす。

 師匠が聞かせてくれた言葉の通り〝馬鹿〟になりきり一心に拳を振るうだけだ。


 自分がアンドロイドであるとか警察の主戦力であるとか、一切の思案も疑念もとうにどこかに置いてきた。一切の迷いを捨ててセンチュリーは一撃を狙う。

 

 対するコナンの右腕には、幾つもの戦場を潜り抜け、数えきれぬほどの犠牲者の血を吸ってきた、あの魔剣が握られている。全てはそれが抜刀された時が勝負である。


 センチュリーは、その刀の斬撃が出る前に攻撃しようと意を決する。

 右足を強く踏み締め、残る左足を前へと進ませる。

 そして、構えた左拳を突き抜けるが如く一本の矢の様に飛び込んで行く。

 その時ついに、コナンが野太刀を抜刀した。


(きた――!!)


 センチュリーの視界の中で、コナンの大刀は銀光を迸らせながら走りぬけ虚空を翻る。

 あの時と同じだ。ここで右の拳を突き立てようとした時、センチュリーの拳は敵へとは届かず、無残に切り落とされ敗北にまみれたのだ。だが、その時の事を思い出す余地もないほどに、頭のなかを無心にして、センチュリーは心と体を一気に駆動させた。

 

 右の半身と左の半身を入れ替えるように左足を踏みしめると同時に右足と右半身を飛び出させる。そして、右腰脇に構えた右腕の右肘を振り上げるがごとく下から上へと旋回させる。

 

 ディンキー・アンカースンが配下、マリオネットの一体・コナン

 日本警察が誇るアンドロイド警官・特攻装警の一員・センチュリー

 

 彼らの振るう『拳』と『剣』――

 

 勝負の分かれ目はまさに『髪一重』の差。

 

「――!!」


 心の中に驚愕を覚えたのはセンチュリーではなくコナンであった。

 全力を持って刀を奮った。迷いはない。奢りもない。想像主たるディンキー様より賜ったこの剣技でもっていつも通りに敵を打ち倒せる――はずだった。

 

 しかし、剣は抜刀できなかった。

 深く踏み込んできたセンチュリーが下からかち上げるかのように振り上げてきた右の肘、そしてそれに連なる右の腕がコナンの右腕の動きを完全に封じていた。

 コナンの右腕は弾かれ抜刀の機会を失い、その胴体をがら空きにさせてしまった。

 そしてなによりも――

 必殺の絶技であったはずの得意の〝無足〟の体捌きで敵の攻撃を交わすことなど、全くありえないほどの拳速で眼前の敵は攻めこんでくる。否、無足と言う高等技法を当然のごとく繰り出していたのだがそれを凌駕するほどに、この眼前の敵は間合いの中へと易々と踏み込んでくるのだ。


 センチュリーが再び踏み込めば、今度は右足を軸にして左足を前へと反転させて左腕を打ち込んでいく。拳は握っておらず、その左手は開かれていて、掌の根元――掌底を全力を持って突き立てた。

 

 下から見上げるセンチュリーの瞳の向こうに、驚きと怯えを浮かべたコナンの瞳があった。


「遅ぇよ」


 センチュリーはコナンに言い放ち、さらに技の名を叫んだ。

 

「掌底――イプシロン・ロッドォォ!」


 センチュリーの両腕の前腕部、その尺骨と橈骨の部位には、電磁シリンダーの電磁斥力で作動する打撃力倍加装置が組み込まれている。仕込まれた電磁シリンダーは片腕に3本備わっていて、全エネルギーを開放すれば最大で数十トンの破壊力を現すことが可能だ。

 

 その打撃力倍加装置の名を【イプシロンロッド】と呼ぶ。

 

 その3本のシリンダー全てに蓄積された力を、今まさにコナンの胴体に向けて解き放った。

 

 ひどくゆっくりとした一瞬だった。

 

 センチュリーは拳のみならず、両足から胴体、そして、全身余すところ無く全ての部位の力を、その左腕の掌底へと集約させるとイプシロンロッドの破壊力にシンクロさせて、一気に開放する。


 しかるのちに吹き飛んだのは、コナンの全身だった。

 膨大な衝撃力がコナンの全身に浸潤してしかるのちに、その体を巨砲で撃ちぬいたが如く、後方へと吹き飛ばしたのである。

 第4ブロック周囲の外周ビル。その壁面にコナンの身体は叩きつけられる。しかるのちに、重力に引かれて地面へと落下する。


 そして、勝負は決した。 

 

 荒い息が聞こえる。

 それは戦場を全力で疾駆した悍馬の様であり、全力を持って牙を突き立て得物を得た狼の様でもある。

 センチュリーは自らがついに雪辱を果たした事を知ると、討ち果たした宿敵の姿を視線で追う。するとその先にはうつ伏せに伏したコナンの姿があり、それは微塵も動かない。その右手に握られていた野太刀は、センチュリーのその技の放った衝撃力にやられたのか刀身の中ほどで砕け散って粉砕していた。

 

 コナンが意識を取り戻し、その耳に聞こえたのはかつての仲間たるガルディノの背信行為だった。

 想像主たるディンキーの理念からかけ離れてしまった、哀れなネット犯罪者と化した仲間の末路。

 同時に、砕かれてしまった刀を視界の片隅に見つけながら、コナンは戦いが終わったことに気づかざるを得なかった。


 それでも――

 

「なんだ? まだやる気か?」


 ――それでもコナンは立ち上がろうとしていた。

 両腕で身体を起こしつつ、再び立ち上がろうとしている。

 センチュリーは足元にへし折れた刀の半分が転がっているのを見つける。そして、それを手に取り拾いあげる。

 

「やめとけ、もうお前の旅は終わりだ」


 今となってはセンチュリーはコナンのその姿に哀れすら感じていた。


(もしコイツにも、俺の師匠の様なのが居たら――、コイツの剣を誰かが導いていたなら――)


 それは可能性だ。だが、ありえない可能性だ。同じ武道の世界へと足を踏み入れているアンドロイドとして、その運命の違いを憐れまずには居られなかった。

 ようやくに立ち上がり振り上げたコナンのその顔に、浮かんでいたのは尽きない殺意。炯々と光る眼光――、コナンは自力では停まれないのだ。

 センチュリーはため息をついた。引導を渡し、介錯をするのは、武道に生きる者のせめてもの情けだ。

 右手に拾った刀の半分を握りしめ振りかぶる。そして、ダーツを投げるようにコナンへと投げ放った。

 

「忘れもんだ」


 それはあっけなくコナンの右胸に突き刺さるが、センチュリーの視線はそれを確認すらしない。

 体内の通信回線を起動すると他の特攻装警へと発信する。

 

〔こちら特攻装警3号センチュリー――

 今、敵マリオネット、個体名コナンを撃破した。これより要収容者の追跡と確保に向かう〕

 

 センチュリーは歩き出す。

 その背後でコナンの残骸が崩れ落ちた。

 もう誰もコナンを顧みるものは居ない。


次回、特攻装警グラウザー

第27話『天空のコロッセオⅧ ―拳闘士―』



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