第24話『天空のコロッセオⅤ ―鋼鉄騎士―』
最悪の状況下で、あらたに現れる者、
事態打開は成るか?
第24話、始まりです。
本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます
這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印
The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
同じ頃――
有明上空800m
そこに1機の高速ヘリがホバリングにて待機していた。機体の側面には【警視庁】の文字がある。ヘリの機体の中にはメインパイロットが1名と、補助要員としての機動隊員が2名。そして、残る1名を運ぶためにこのヘリは東京湾岸の有明の空を飛んでいた。
「高度良し!」
「周囲状況良し!」
「降下準備確認完了!」
機内の3人がそれぞれに確認を完了し、その時の到来を待つ。
「エリオット了解、地上本部より指示あるまで現状待機します」
その機内にて待機していたのは特攻装警第5号機エリオット。近衛と面会した氷室が〝鋼鉄の処刑人〟と評した、全特攻装警、もっとも重装備な機体の持ち主である。
アトラスとセンチュリーが突入に成功し、フィールが復活、第4ブロック階層への到達に成功している。いよいよ次は自分の番だ。指示あればいつでもこの空へと踊りだす覚悟はできていた。
そして突入のタイミングを送ってくるのは、地上の対策本部にて檄を飛ばしている近衛警視正だ。
エリオットが、自らの指導監督役である近衛の声をひたすら待てば、ヘリ内の無線回線に地上側から入感があった。
〔エリオット、降下10秒前!〕
近衛の声だ。余計な社交辞令の会話はない。ただ、必要な指示だけがある。
ふと思い出すのは1か月前の横浜上空での夜間降下の事だ。
アトラスとセンチュリーの動向を知った近衛に、高速ヘリで出発を命ぜられ、ひたすら上空待機をしていた。あの時も出動許可も出ていないのに何故上空での待機なのだろう? と言う疑問は差し挟む余地はなかった。ただ、信頼する上司の判断を冷徹に実行するだけだ。
それと同時に、近衛という人物の状況判断の読みの鋭さに驚かされたのは事実で、エリオットはこの人なら自分を十分に活かしてくれるだろうと言う安心感すらある。だからこそ、エリオットは〝命の掛けどころ〟を間違ったと感じたことはただの一度もなかった。
そして、今また、有明の高層ビルの空で上空待機している。今再び、命の掛けどころが巡ってきたのだ。
体内システムの最終チェックを行う。
【 戦闘兵装管理制御プログラム 】
【 BOシステム起動 】
【 】
【 システムダイアグラム高速チェック 】
【 ダイアグラムナンバー 】
【 From #1 to #24 】
【 オールグリーン 】
「システム・オールグリーン!」
エリオットが叫ぶ。戦闘準備は完了した。
それを受けてカウントゼロで近衛の声が無線越しに響いた。
〔降下!〕
高速ヘリの側面スライドドア。全開になっていたそこからフル装備のエリオットがその身を躍らせる。青天井の湾岸有明の空の下、エリオットは眼下の1000mビルに向けてダイブした。
降下方法はひと月前の南本牧の時と同じだった。
全身にプラズマガス噴射仕様の電磁バーニヤユニットを装備し自由落下軌道を描いて目標地点に強行突入する。ただ一つ異なるのは、前回は地上へダイレクトに着地したのだが、今回はある場所を通過しなければならないということだ。
エリオットの視界の中、ヘリから降下目標地点へと繋がる降下軌道のシュミレートデータが3Dで表示されている。降下開始から約10秒後で自由落下を終え姿勢制御の段階へと入る予定だ。
有明1000mビルは各ブロックが70mほどある。
その各々のブロックを構成する外周ビルとフロア部分は54m。各々のブロックの間には15mほどの吹き抜け空間があり、ここが外部との換気のための空間となっている。その15mの吹き抜け空間にはブラインドカーテンのような巨大な可動式ルーバーが備わっており、災害時の風雨の侵入を防止する役割がある。
エリオットの突入地点はまさにそこだった。
マリオネットの一人で電磁波使いのアンジェ。彼女が機動隊の突入部隊のヘリを撃墜した際に生じた換気用可動ルーバーの巨大な穴。
直径3mほどのその円形の空間がエリオットが狙うポイントだった。
先行するアトラスとセンチュリー、そして事件発生前から事件現場で活動していたディアリオとフィール。彼らが先行して行っている制圧任務の最終段階。今まさに、その最終段階の支援としてエリオットは赴くのである。
落下開始から10秒後、降下制御プロセスを開始する。
【 全電磁バーニヤユニット作動開始 】
全身の各部に装着した降下制動用の電磁バーニヤをフル稼働させる。
両肩、背部、大腿部、下腿部。合計で8機のその装備は電磁遊離プラズマの推進剤を高圧電気で制御して噴射する。内蔵する推進剤はフル加速で10秒ほどしかもたないが、落下の衝撃を低減するには十分だった。それは本来、大気中では使えないイオンエンジン装置を大気中でも使用できるように改良したものだ。
【急制動開始、突入ポイント補足 】
【軌道制御噴射開始 】
落下速度に急制動をかけると同時に、前方へと推進を加える。しかるのちに、突入の目標ポイントへと一気に加速を加えるのだ。
【突入、3秒前 】
【全武装、制御プログラム始動 】
そして、全攻撃装備をスタンバイモードからドライブモードへ移行、すべての攻撃体制を整える。
【1:スモークディスチャージャー ―― OK】
【2:指向性放電ユニット ―――――― OK】
【3:10ミリ口径マイクロ 】
【 ガトリングハンドカノン OK】
【4:多目的10センチ口径榴弾砲 ―― OK】
【5:射出式捕縛用ネット ―――――― OK】
【6:脚底部高速移動ダッシュローラー OK】
装備選択は南本牧の時に加えて1種加えた合計6種。南本牧の時と異なり高速移動し特殊機能を有する敵目標が想定される為だ。
両手で10ミリハンドガトリングを構え、左腕前腕下部に榴弾砲を装着する。そして、眼前に迫る突入ポイントに意識を集中させた。
【3――2――1――】
エリオットの視界の片隅で光るカウントダウンがゼロになる。そして、エリオットは全身の制動用電磁バーニヤをフルブーストする。
〔有明1000mビル最上層ブロック突入成功〕
エリオットの機体が、第4ブロックへとつながる可動ルーバーの破損箇所を無事通過する。そして、ダークアーミーグリーンの機体が第4ブロック内へと降下していく。
今、眼下にアトラスたちの姿が見える。エリオットは彼らに通常回線で宣言した。
〔エリオットより、特攻装警各員へ! 現場到着!〕
@ @ @
フィールが加速しながら飛行する。目的は6体の暴走する重武装タイプのプロテクタースーツだ。
内部に生身の人間が居るはずだが、無理矢理に動作しているのだろう。内部からの抵抗が時折現れたかのように、プロテクタースーツはスムーズとは言いがたい動きをしている。
そうなのだ。やはり、あのプロテクタースーツの内部には生身の人間が居るのだ。しかし、その肉体の自由を奪われ同じ部隊の同胞という意にそぐわぬ目標を攻撃させられるのはどのような思いだろうか?
それを察した時、悲しみとも怒りともつかぬ強い憤りがフィールの中から込み上がってくる。
「待って! 今、止めてあげるから!」
そして、一体の重武装タイプを視界に捉え、その背後に回り込むと両手の十指の根本に備わった単分子ワイヤーの射出生成装置を起動する。そして、捕縛目標に向けて単分子ワイヤーを射ち放とうとした――その時だった。
〔エリオットより、特攻装警各員へ! 現場到着!〕
聞き慣れたその冷徹な声が鳴り響いた。
〔エリ兄ぃ!〕
一般通信回線の音声を通じてエリオットの声が聞こえてきた。フィールは思わず声を上げる。そして、その声のする方を振り向けば、かつてアンジェが機動隊のヘリを撃ち落とした時の場所から眩いばかりの高圧電磁プラズマ噴射を撒き散らしながら高速で舞い降りてくるエリオットの姿があった。
決して安全とはいえない落下速度だったが、アンドロイドであるエリオットには何の問題もない。
軽く地響きを立てて着地し、路面のアスファルトとコンクリートを砕きながら制動する。そして、着地とほぼ同時に降下用バーニアユニットの切り離し用の爆破ボルトに電気点火する。そして、全身に取り付けられたバーニアユニットを一気にパージした。
〔これより作戦行動を開始する。フィール、状況を――〕
第4ブロック内に到着するなりエリオットは周囲の状況をつぶさに把握していく。そこに誰が敵で、誰が脅威であろうと、動揺も激昂もない。ただ事態収拾と攻撃目標の撃破の意志があるのみだ。
フィールは知っていた。このすぐ上の兄は寡黙で冷徹だが冷酷ではないという事を。センチュリーやアトラスと異なり、怒りの感情を現すことは絶対に無いが、事件解決と市民の安全の確保のためであるなら心を鬼にして、自らを戦闘マシーンとして科することで一刻も早い事件解決を誰よりも願っている。その意味でもこの兄は兄弟の中で最も真面目なのだ。
今この状況でエリオットが現れたことをフィールは感謝していた。タフなメンタルを持つ彼ならこの矛盾に満ちた状況に立ち向かえるだろう。そして、それと同時にエリオットを相手にして大仰な感情表現は不要であることも分かっていた。
〔フィールよりエリオットへ
敵ハッキングにより武装警官部隊の重武装タイプと標準武装タイプが掌握され暴走――、特攻装警と軽武装タイプ、及び救助対象のサミット参加者を目標として攻撃中。行動目標は暴走プロテクタースーツによる被害拡大を阻止する事。同時に暴走体内部の盤古隊員の生命を〝可能な限り〟保護する事です〕
〔数は?〕
〔重武装タイプが6体、標準武装タイプは未確認、それとディアリオから最低5分、持ちこたえるように要請されてます〕
〔アトラスとセンチュリーは?〕
〔敵アンドロイド、ベルトコーネ及びコナンと交戦中〕
〔了解、重武装タイプは私が阻止する。フィールは重武装タイプを私の所に誘導しろ。そののち標準武装タイプの〝拘束〟を頼む〕
〔了解! 誘導を開始します〕
エリオットに向けてそう宣言すると、一旦、高度を上げる。そして、位置関係を再確認すれば、重武装タイプの位置には偏りがあった。
〔エリオットに報告。
南西のエリオットに対し、重武装タイプは南2体、南西2体、北西1体、北1体。
北と北西をそちらに誘導します〕
〔了解、南2体、南西2体を攻撃する〕
エリオットの返信を受けてフィールは第4ブロック階層内を旋回するように宙を舞う。そして、速やかに北から現れた重武装タイプに攻撃した。
「内部の人間への被害を最低限にしつつ暴走プログラムを牽制するには――これだ!」
【体内高周波モジュレーター作動 】
【両腕部チャンバー内、電磁衝撃波発信開始 】
【チャンバー蓄積――30% 】
フィールは体内で生成した高圧高周電磁波を両腕の電磁波チャンバーへと蓄積していく。
彼女は体内で生成した高周電磁波を様々な周波数や出力パターンで両掌から外部へ照射可能だ。電波回線への介入や、簡易的なレーダーとしてだ。
【チャンバー蓄積――60% 】
さらには、発信信号を強化し出力を増大させることで、攻撃兵器として用いることも可能なのである。
【チャンバー蓄積――100% 】
フィールはその両腕の手の平を2体の重武装タイプにそれぞれ向ける。
「ショック・オシレーション!」
その言葉をトリガーにフィールの両掌から、高圧電磁波が解き放たれた。放射パターンは高圧縮・収束タイプ。目標物に電磁波が接触した際に爆発的な衝撃と加熱作用を及ぼすものだ。
北と北西、そこから現れた2体の重武装タイプに向けられた電磁波の衝撃は、見えない刃となって襲い掛かる。そして、2体の重武装タイプの外装に決して軽いとはいえないダメージを与えた。
「当たった!」
命中はした。だが――内部の人間にはどこまで影響するだろうか?
――でも、うまくこちらに反応してくれるかしら?――
――そして、誘導に引っかかるのだろうか?――
不安と期待を抱きながら今や敵となった重武装タイプの挙動を注視する。すると若干ぎこちない動きながらも2体の重武装タイプは攻撃者であるフィールの方へとその視線を向けてきたのである。
――来た!――
誘導は成功だった。そして次なる段階へと移行する番だ。
〔フィールよりエリオットへ〕
〔こちらエリオット〕
〔目標2体、北1・北西1、各誘引に成功、これより牽制を繰り返しつつそちらに誘導します〕
〔エリオット了解、目標2体を私の半径150m圏内に誘導しろ。その後、私の合図で急速上昇離脱〕
〔フィール了解、そちらに誘導を続行します〕
フィールはエリオットとの通信を終えると地上に降り立ち重武装タイプ2体を招くように行動を開始した。
重武装タイプの挙動を視認しつつ、エリオットの状況を認識なければならない。さらには考えられる攻撃を回避しつつ、重武装タイプを操る敵プログラムに攻撃が有効だと判断を誤認させなければならない。
極めて困難極まる条件だったがやるしか無かった。
【 飛行装備アイドリングモードで作動継続 】
【 全電磁バーニヤ出力制限状態で作動継続 】
高速移動に関わる装備を使用可能状態にしておき、あえて地上を歩行で移動する。
そして、ショックオシレーションの出力を調整しつつ牽制攻撃をいくども繰り返す。
その攻撃にさらに誘引されたのか、重武装タイプは手にしていた両手持ち式の可搬型重機関砲の銃口をフィールに向ける。
その50口径の可搬型機関銃砲は生身の人間では取り扱いは困難だが、常人の力を遥かに増強可能な重武装タイプだからこそ使用可能な装備だった。
フィールは知っていた。対、機械戦闘での威力の凄まじさを。装甲の比較的薄いフィールではたった一発で行動不能になるだろう。今回の有明の事件ではおそらくこれが最も危険な戦闘任務のはずだ。
――しかし一番危険な相手が身内だなんて――
内心、自分が置かれている状況を嘆きつつも、フィールは全身のセンサーをフル稼働させる。
【 金属物探知センサー ―――――― オン 】
【 電界効果探知センサー ――――― オン 】
【 熱源探知センサー ――――――― オン 】
【 超音波エコーセンサー ――――― オン 】
【 音響識別センサー ――――――― オン 】
敵の挙動と飛来する弾丸を識別するためのセンサーを全て稼働させて、体内プロセッサーで自分の周囲の状況を数秒先までシュミレーションする。
【 敵攻撃行動、シュミレーションスタート 】
【 自動回避ロジック稼働開始 】
今、フィールは己に与えられた全機能全能力を余すところ無く使い尽くしている。
フィールのその視界の中、2体の白磁のボディの重武装タイプは、両脚下部の装備を起動する。
ローラーダッシュ装備だ。
――来る!――
可搬型重機関砲の弾丸が雷雨の如く襲い来る中をフィールは回避行動をとる。
いまや敵となった重武装タイプの視界の中で、フィールは高速の殘像を残しながら、右に左に、時には上へと高速移動を繰り返す。
ローラーダッシュで移動速度を上げる敵を招きつつフィールはエリオットの下へと向かう。
ギリギリの回避行動の中、フィールはエリオットからの合図をじっと待っていた。
@ @ @
「思い出す――1年半前の成田を」
エリオットは自らの視界の中に映る、その過酷なまでに皮肉な相手を前にして、記憶の中から消し去りたい出来事を嫌でも思い出させられていた。
― ― ― ―――――――――――――――――――――――――
それは1年半前の成田空港だった。
東京湾上の洋上国際空港の運用が間近に迫った5月のうら温かい春の日だった。
かねてから、サイボーグ犯罪者や生身の人間に偽装したテロアンドロイドの存在は社会を大きく揺るがせていた。
曰く――、サイボーグにも人権はある。
曰く――、警察の重武装化は憲法違反である。
曰く――、市民被害の保護を優先すべきだ。
曰く――、治安維持のためなら自衛隊の出動も考慮すべきだ。
曰く――
――おしなべて何時の時代でも無名の一般市民というのは無責任である。
治安維持と市民生活の保護のために生命をかける役目を負うべき警察と言う存在に対して、曖昧模糊な〝平和〟と〝自由〟と言う言葉に慣れきった一般市民は、ロボットやアンドロイドの一般化に伴い複雑化・凶悪化する犯罪情勢に対して、無責任な意見しか持ち得ていなかった。
そんな状況下で、凶悪化の抑止のために設立されたのが――
『武装警官部隊・盤古』
――であり、
さらには――
『特攻装警』
――だったのである。
その日は雨の降る5月であった。
例年より早い梅雨入り、雨のベールにうっすらと包まれた成田空港はメイン国際空港としての役割を終えようとしていた。
そして、アフリカからの東南アジア経由の国際便の到着の日、異変は起きたのだ。
その日、日本の一般市民は、事態の深刻さをあらためて突きつけられることとなった。
サイボーグ犯罪、アンドロイド犯罪のその根の深さと深刻さをである――
そして、その日はエリオットという存在の有効性が国際社会にまで知らしめられた日であった。
日本に『鋼鉄のサムライ』ありと。
しかしそれは決して賞賛の言葉だけではなかった。
― ― ― ―――――――――――――――――――――――――
エリオットはその日の記憶のトリガーを意図的に封じると目の前の敵へと攻撃を開始する。
両手に保持する10ミリ口径ハンドガトリングカノン。1体多数の大量交戦時には極めて有効な武装だ。
「弾種変更――通常弾丸から崩壊性セラミック弾頭へ」
ハンドガトリングカノンには複数の弾倉を付けることが出来る。それは単に装備する弾丸の最大数を増やすために用いられるが、それ以外にも任務内容に応じて、複数の異なる種類の弾丸を携行することも可能だ。
エリオットは、鉛製の通常弾頭から、セラミック製の特殊な弾頭へと弾種を切り替える。
「補足目標、南1南2、南西1南西2、これより牽制攻撃開始――」
そして、視界の中、光学センサーと3次元シュミレーター解析による位置捕捉とで目標位置を捉えるとその白色のセラミックの弾丸を、いやま敵と化した重武装タイププロテクタースーツへと叩き込んでいく。
『崩壊性セラミック弾頭』
それは対サイボーグ戦闘において、攻撃対象の生命の危険を回避しつつ、敵の攻撃行動を阻止し、行動不能に追い込む事を目的として編み出された特殊弾丸である。セラミック製の細片を特殊接着剤で固めたもので、攻撃目標に命中したその瞬間に砕けて一定のダメージを与えた後に崩壊する機能を有した弾丸である。
その与えられるダメージと崩壊パターンには弾丸形成の方法や、セラミックや接着剤の配合比率などにより様々なタイプが存在し、複数の異なる状況に対応可能であった。
今回エリオットは敵アンドロイドとの戦闘で盤古隊員を巻き込む可能性を考慮した。それ故にこの弾丸を用意しておいたのだが――
――まさか、これを盤古隊員に向けることになるとは――
強い困惑を抱いていたが、それを忌避するほどエリオットは惰弱ではない。
弾丸を叩き込む場所は重武装タイプの足元――そして胸部。
直接に攻撃しても内部の装着者にはダメージは届かない。しかし、装備であるプロテクタースーツには十分に影響をおよぼすことが可能だ。
足元を攻撃し動きを妨害し、他の存在に攻撃意識を向けそうなときは胸部や頭部にも攻撃して、己の存在を敵へとしらしめる。そして、エリオットは全ての敵対的存在に対して、その身を隠すことなく敢えて己れを晒していく。
すなわち――
『他を攻撃するのであれば俺を倒していけ』
――と言う、敢えて恣意的な意思表示だった。
おそらくは、重武装タイプと標準武装タイプとを支配した侵略プログラムは相互にネットワークを共有しているのだろう。重武装タイプを圧倒し十分な牽制を行っているエリオットに対して、敵プログラムの支配下にある全てのプロテクタースーツがエリオットの下へと集まり始めていた。
エリオットに襲いかかるのは、それらのプロテクタースーツが保有する全ての装備・全ての兵器である。
標準武装タイプがM240E6.LMGを構え銃口をエリオットに向け、フルメタルジャケットの弾丸をエリオットの重装甲ボディへと叩きこもうとする。
別の盤古はかつてマリーに攻撃を加えた〝サイレントマイン〟を起動している。高圧電磁波と重低音音響により敵の行動を抑止無効化する兵器だ。当然出力調整も、出力抑止もしていない。それに加えて、重武装タイプは可搬型重機関砲の銃口を向けてくる。口径は50口径、弾種はセラミック製の徹甲弾である。
それだけではない。ある者が榴弾を放った。
ある重武装タイプがマイクロナパームを放った。
弾丸が、
爆炎が、
火炎が、
重音響が、
電磁波が、
エリオットのボディに襲いかかる。
破壊の意志と、殺戮の愉悦と、支配への歓喜を、その攻撃の中に何者かが滲ませている。
この状況にアトラスは耐えられるだろうか?
センチュリーは逃げずにこの場に立っていられるだろうか?
ディアリオはその持てる性能を発揮しうるだろうか?
フィールならその原型を留めていられるだろうか?
誰が?
果たして誰が?
この場で攻撃の意思を保ったまま、襲い来る銃火の元に立ち続けていられるだろうか?
恐ろしいまでの炎熱が火柱を吹き上げエリオットを包んだ。
それは傍から見れば、真紅の墓標のように見えたかもしれない。
フィールは誘導を行いつつもひとつ上の兄を案じずには居られなかった。
〔エリ兄ぃ?!〕
センチュリーが叫んだ。そして兄であるアトラスに問うた。
〔兄貴! エリオットが!?〕
アトラスは答えない。ただ、じっと見守るだけだ。
爆炎と火炎と銃火にまみれてエリオットはその中にあった。そして、そのエリオットの様を、卑猥な哄笑があざ笑う。
〔どうした! エリオット! 南本牧で見せた姿はハッタリだったのか? 攻撃対象が身内になっただけで手も足も出ないか?! そのままスクラップに変わり果てろ! お前の兄弟たちはあとで送ってやるよ!〕
ガルディノだ。
どこからかはわからぬがエリオットの有様を侮辱して嘲笑っていた。
〔あの野郎!〕
センチュリーの怒りがこだまする。だがその後に続いたのは――
〔大丈夫だ〕
――アトラスの落ち着き払った声である。アトラスはエリオットを一瞥もすること無く眼前のもう一つの敵へと意識を戻していく。そして、不安にまみれるフィールのもとに、その体内回線に入感が入ってくる。
〔離脱!〕
それは紛れもなくエリオットだった。返答する暇もなくフィールはその場から離れる。そして、飛行装備の機能をフル稼働させて急速離脱していく。
爆炎が止み、火炎がその勢いを弱めて行く。第4ブロックの中を一陣の風が吹き抜け、エリオットを包み込む異臭をまとった黒い煙を薙ぎ払った時、全ての者はそこに立つ1人の〝鋼鉄の騎士〟を見ることになる。
【指向性放電兵器、出力最大 】
【放電パターン無差別、半径170mに放射 】
エリオットは体内のトリガーを起動する。そして、両肩に備わった指向性の放電兵器の放電ユニットのリミッターヒューズを解除すると、特定の指向性をもたせずに無差別で、その高圧の紫電の電磁波を解き放った。
放電は、エリオットに群がるあまねく全てのプロテクタースーツを襲った。
それは単なる放電ではない。高周波サイクルを伴い、絶縁防護を伴った電子回路であろうと、その内部回路に浸潤し機能を奪い去り一時的に麻痺させる。
そして、あらかじめ盤古のプロテクタースーツの帯電保護性能のデータを計算しておいて、内部の装着者の影響を最低限に抑えつつ、見事に全プロテクタースーツを一瞬にして無効化したのである。
〔無効化完了、これより残存敵対勢力の掃討にうつる〕
冷静で朴訥で抑揚の無い落ち着き払った声が通常回線に流れるのと同時に、聞こえてきたのはエリオットを取り囲む全てのプロテクタースーツが力を失い崩れ落ちる音である。
今、エリオットの顔面を防護シャッターが覆っている。それが左右に開くと中からいつもの生真面目そうで武骨なエリオットの素顔が現れる。その視線は変わっていない。必要十分な戦う意志を湛えながら、次の任務目標へと向かうだけだ。
エリオットのその身に纏うダークグリーンメタリックの装甲ボディは、若干の焼け焦げを残しつつも、傷一つ無いそれは一切の戦意を失うこと無く健在だった。
〔う、嘘だろう?〕
ガルディノの声がする。その声は明らかに狼狽していた。
〔なんで! なんでだよ! なんで立っていられるんだよ!〕
ガルディノは知らなかった。これほどまでの頑強さを備えたアンドロイドを。
ガルディノは知らなかった。自分の記憶の中で無名に近かった特攻装警の4体目がこれほどまでの存在だということを。
近衛と面会した、あの氷室はエリオットをこう評していた。〝鋼鉄の処刑人〟と。
なぜなら、エリオットは――
アトラスの言葉が共有通信にこだまする。
〔ガルディノ、お前は知らないようだな。エリオットが犯罪組織に対する、日本警察の〝最後の砦〟だということを〕
なぜなら――
エリオットほど過酷な任務を幾度もくぐり抜けてきたアンドロイドは居ないのだから。
@ @ @
エリオットは思い出していた。
あの5月の雨の中の成田空港を。
― ― ― ―――――――――――――――――――――――――
その東南アジア経由のアフリカからの航空機から、他の旅客に混じって降りてきたのは、親善使節の子どもたちの集団だった。
子供――、それは屈強な歴戦の兵士であろうと、心を許してしまうほどに、この世で最も大切に守ってやらねばならない存在だった。
それだけに、よもや、そのような事件が起きるとは世界中の誰もが想定すらしていなかった。
航空機から降りてきたのは親善使節のアフリカの子供達だった。
戦争と内乱で戦火に見舞われていた母国の戦争が終結、その後日本が支援して復興がなったため、その御礼にと日本との交流の為に50人ほどの子どもたちが招かれたのだ。
そして、成田空港から降り立った彼らを、日本のVIPと日本側の親善使節の子どもたちが出迎えた。
その双方の親善使節の子どもたちによる花束の交換――、その途上で惨劇は起きた。
誰が想像するだろう?
10才に満たない子供が殺人技術を持つなどと――
誰が想像するだろう?
8歳の子供のシルエットの形をした殺人兵器を――
誰が想像するだろう?
子供の生身の体を持った【大人】のテロリストを――
親善使節の子どもたちが悪魔の豹変をした。
警護のSPたちを瞬時に殺戮し、日本側の親善使節の児童を人質に取り、
瞬く間に成田空港の第1ターミナル・南ウィングの一角を占拠したのだ。
アフリカ側の同行者すらも欺かれた極めて巧妙な偽装テロだった。
空港施設には多大な被害が出た。
一般人にも犠牲者が出た。
空港警備の職員ですら避難誘導程度しか取りうる行動を持ちえていなかった。
その日、成田空港は完全に〝虚〟を突かれたのである。
対応は困難を極めた。
犯人グループの要求はアメリカにて拘束されている独裁時代の元大統領の即時釈放と帰国。そして、その2点が確認された場合のみ人質の日本人児童を開放するというものだった。
当然、それらの要求に対する米国政府の回答は〝ノー〟
テロリストには屈しない。それが欧米社会が世界に対して突き付け続ける鉄の掟だ。
そして、明らかにされたもう一つの事実。
犯人グループは生身の子供ではないということ。全員がサイボーグ、もしくはアンドロイドであり、拉致した子供をサイボーグ化してその〝脳組織〟を大人の物と入れ替えたのだ。
あるいは子供の生身の肉体を利用し中枢組織を人工のものに入れ替えた〝偽装アンドロイド〟であると言う事実であり、外見は子供でも、中身はれっきとした凶悪なテロリストであるという事実である。
当然として、対テロ部隊が出動する事となったが、日本犯罪史上前例の無い超凶悪事件に対して日本警察は対応策に苦慮するばかりだった。機動隊が、SATが、初期行動を行うも、子どもに向けられた銃火というシルエットが、様々な議論や報道を招いたばかりか、一般的な警察組織による強攻策をとることをより困難にしていた。
そうしている間も人質の生命の危険は増すばかりであり、現場に配置された警官たちの心的負担は限界に達した事で、ついには政府筋からは、自衛隊の投入や、米軍からテロ対策部隊の協力を仰ぐべきだという意見すら出る始末だった。
しかしながら、日本警察はそのプランを断固として拒否、短期決戦による事態解決を図るべく最後の手段をとることとなる。
機動隊とSATを後方に下げる準備をするとともに、武装警官部隊・盤古の大部隊で布陣をはり、そして一般社会にはその存在を秘匿していた特攻装警第5号機エリオットの投入を決断。エリオットと盤古による強行突入作戦のプランを描いたのだ。
同時に極秘裏に外務省筋を経由してアメリカ政府と折衝し情報操作を行い、収監されている某国元大統領が収監施設から移送されたとの偽情報を流させた。そして、交渉の余地ありと誤認させることでテロリスト集団の警戒を緩めることに成功。これにより作戦実行の機会を得ることが出来たのである。
交渉の末、テロリスト集団は囚われていた18人の児童のうち衰弱の激しい10人の児童を開放することに同意。ある時刻を持って開放する運びとなった。
日本警察は、この児童解放の時に、機動隊とSATを後方へ下げると同時に、武装警官部隊・盤古の標準武装7小隊と重武装1小隊による強行突入、そして、エリオットによる最終掃討を行うプランを実行に移したのである。
10人の子供が開放されテロリストの手を離れた時、作戦は開始された。
7小隊の標準武装タイプがテロリストを取り囲み、煙幕と催涙弾、対サイボーグ用の電磁波兵器で視界の妨害と無力化を敢行、
1小隊の重武装タイプが最大反応速度の高速モードで強行突入し、残された人質児童を保護。
そして、エリオットは突入タイミングの10秒前に、成田空港上空1000m地点から無音投下されていた。
それは、南本牧や現在の有明1000mビルへの強行突入と同じである。いや、それ以上に過酷とも言える作戦だった。
成田空港第1ターミナル南ウィング2階フロアにて立てこもるテロリストに対して、エリオットを要する警備部は奇想天外とも言える作戦行動を実行に移した。
それは、保有する装備を用いて4階から2階までのフロアの天井を破壊、空中投下の勢いを保ったまま第2フロアへと奇襲を行い敵テロリストを制圧すると言うものだった。
当然、それは人間では成し得ないアンドロイドならではの作戦であった。
白煙と催涙ガスと高密度の電磁波が飛び交う中、あらゆる光学カメラの視界を奪われたその空間の中で、エリオットのダークグリーンメタリックのボディはテロリストたちの眼前へと突如その姿を現した。
十数秒程の銃撃音がかわされた後に、訪れたのは静寂である。
煙幕の白煙の中から姿を表したのは、まずは7人の児童を無事保護した重武装タイプの盤古隊員だった。多少の怪我はしていたが生命には異常はなかった。
1人足りない――、報道と警察部隊がざわめく中、僅かに遅れて現れたエリオットの両腕には、最後の1人である少女が抱きかかえられていた。
今まさに世界中の報道がエリオットを注視してる。その全世界の前でエリオットは明確にこう告げたのだ。
「任務完了」
エリオットがその言葉を持って事件集結を宣言した時の姿に世界がエリオットをこう呼ぶこととなる。
『鋼鉄のサムライ』
『鋼鉄の騎士』
しかし、エリオットがこの時の事件をきっかけに表社会に姿を表すことは無かった。
偽装テロリストたちを1人残さずに殺害したために、社会への影響を考慮して事件の詳細が隠蔽された事が影響している。保護児童たちのプライバシーを護るために報道管制が引かれ続けたことも影響していた。
それに何より、犯人制圧の際の、その戦闘力の凄まじさが特攻装警反対派の懸念をことさらあおりたてていた。曰く、警察がこれほどの戦闘力を保有する事で警察に対する一般市民からの批判を煽り立てはしないだろうか? と言う不安だった。
事実、成田事件の真相を探ろうとする市民グループが特攻装警の存在にアプローチしようとした事件が起きたことで、エリオットの次の特攻装警の開発に悪影響を及ぼしてしまうのである。
しかしそれ以上に、エリオットという存在が、より明るみに出ることで今後の任務に支障が出ることを日本警察は恐れた。
日本警察犯罪抑止の最後の砦――エリオット
そのため、エリオットという存在は、それまでのアトラス・センチュリー・ディアリオと異なりトップシークレットの存在として警察組織の裏側へと姿を隠すこととなる。
すなわち――日本警察の伝説の『鋼鉄の騎士』のイメージだけを残して。
それまで特攻装警と言う存在は、警察内部でも適切な評価を受けていたとは言いがたかった。
既存の警察組織の側からは煙たがられていたと言っていい。
だが、この成田事件を境にサイボーグ犯罪、機械化犯罪に対する特攻装警と言う存在の抑止力は、無視することの出来ない重要なものへと変化していく。
さらに裏社会・犯罪社会の中においては、エリオットの存在は推測を織り交ぜつつも、その詳細が漏れていくのは避けられなかった。
あるマフィア化ヤクザの幹部は事の詳細を把握するに至って、部下にこう告げたという。
「特攻装警にまつわる情報を収集しろ、特にあのエリオットと言う第4の特攻装警を再優先だ。アイツは絶対に我々にとって脅威となる」
事実、凶悪な組織犯罪の制圧現場には極秘裏に任務に赴くエリオットの姿があった。その姿はさらなる虚実を織り交ぜて、都市伝説化した虚像を作り上げていく。その結果、闇社会・裏社会の中でエリオットは畏怖を込めてこう呼ばれることとなる。
すなわち『鋼鉄の処刑人』――と。
― ― ― ―――――――――――――――――――――――――
攻撃対象をすべて静止させてエリオットは再び歩みを始めた。
事件はまだ終わっていない。撃つべき敵はなおも残っているのだから。
次回、第25話『天空のコロッセオⅥ ―電脳の番人―』
 



















