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第23話『天空のコロッセオⅣ ―囚われし聖鎧―』

死闘を終えたフィールと英国アカデミーのメンバーたち。

多大な犠牲を払いつつも事件は収束するかに見えた。

しかし、事態はさらなる変遷を続けていく。


第23話、スタートです。


本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「本当によろしいのですか?」


 フィールは遠慮がちに妻木に尋ねた。今、彼女の眼前に立っているのは満身創痍の妻木たちだ。負傷の程度はそれぞれに違いはあったが、フィールとしては妻木のほうが応急処置が必要ではと、思わずにはいられない。

 だが、フィールのその言葉に安寧する妻木たちではなかった。


「お心遣い感謝いたします。ですが、ここは我々が護衛します。それより貴方は他の特攻装警の方々のアシストをお願いします」


 妻木たちの重武装タイプは損傷が激しく速やかな解除が必要だったが、それでも装備を外したアンダープロテクター姿で予備兵装の軽機関銃で警戒任務を再開している。多少の負傷程度で彼らの闘志が途絶えるはずが無い。そして、妻木以外の隊員たちもフィールに告げる。


「カレル氏の救急処置は完了しました。それに先ほどの襲撃者が排除できた以上、直接的な戦闘はここでは発生しないものと思われます」

「それより、他の襲撃者の討伐へと向かってください。まだ事態は収束していません」


 当然の判断だった。ディンキーのマリオネットの戦闘能力が常識はずれである以上、まだ戦闘行為は継続するだろう。フィールが居るべき場所はここではなかった。


「了解しました。それではよろしくお願いいたします」


 フィールがその言葉を発すると、ウォルターがフィールに声をかけた。


「フィール君、チャールズをたのむ」


 いつになく冷静な声がフィールにかけられる。それはこの場から引き離されてしまった一人の人物の安否を案ずるものだった。その声をする方を向けば、ウォルターのみならず他のアカデミーメンバーたちも同じようにチャールズ・ガドニック教授の身を案じてか、沈痛な面持ちだった。

 フィールは足を止めると、アカデミーメンバーに対して軽く敬礼で答える。


「おまかせ下さい、教授は必ず救出いたします」


 その言葉を残してフィールは踵を返して、その場から離れていく。

 行こう――、今はまだなすべきことがあるはずなのだから。


 外周ビルの中を歩き、ブロック内の空間へと向いた窓へと至る。そして、フィールは翼を広げると一つの大きな窓を開いて窓枠に上がってビル内空間へと身を躍らせる。

 今、眼下では武装警官部隊の隊員たちが様々に行動しているが見えた。

 ディンキー・アンカーソン配下の女性形マリオネットとの戦闘を終え、負傷者の収容を行っている者。

 なおも警戒行動を続けて周囲に武器を向けている者。

 破壊された構造物を撤去している者。


 その全てに視線を走らせながら、フィールは第4ブロック階層の全容を把握しようと務めていた。今だ、事件の首謀者はその身柄を押さえられてはいない。完全に解決したとの確信を得られるのはディンキー・アンカーソン一味の全員の身柄を抑えた時なのだ。

 

 その一方で通信信号を発しては、他の特攻装警たちとの連絡を取ろうとしている。この第4ブロック階層に他の特攻装警たちが集まりつつあるなら、ビルの通信回線設備に頼らずとも直接に兄達の声を聞けるはずなのだ。


〔こちら特攻装警6号フィール! 応答願います!〕


 次兄であるセンチュリーが来ているのはわかった。アトラスはどうだろう? エリオットは? ディアリオも今現在はどこに居るのだろう? 彼らからの返事を待っていれば、明確な声が2つ同時に響いてきた。


〔フィールか!〕


 低音の落ち着いた声はアトラスの物だ。その声が通信回線越しに響けばフィールの中から不安げな気持ちが追い払われ、力強い希望が湧いてくるのがわかる。フィールは思わずアトラスに返信した。


〔アト兄ぃ! どこ?!〕


 フィールが声をかければアトラスが呼びかけてくる。


〔ここだ!〕


 その声と同時に散弾銃の銃声が響く。おそらくは散弾を抜いた空砲だろう。その音のする方向に見慣れたシルエットが手を振っている。アトラスだ。

 フィールはその方へと翼を向けると、すみやかに着地する。そして2対の翼を収納しながら、アトラスの方へと駆け寄っていった。


「アト兄ィ!」


 フィールが声をかければアトラスも手にしていた短ショットガンを腰の裏のホルスターに収める。そして、フィールの姿を一瞥すると満足気に頷いていた。


「復帰したのか」

「うん、布平さんたちにすぐに直してもらったから」

「そうか」


 上空から落下してきた時のフィールの惨状はアトラスも忘れることができない。フィールが死していたとしても不思議ではない。それが今、傷一つなく完璧な状態でアトラスの前に立っている。これほどうれしく頼もしい物はなかった。

 それと同時に、アトラスは感じていた。自分たちが万全のバックアップのもとに活動していることを。そして、取りも直さずそれは、自分たちにかけられた思いがとてつもなく深いものであることの証明でもあった。

 だが、今は感慨にふける暇はない。安息の時はフィールの言葉で破られる。


「それより、大変なの! 最悪の状況になってるの!」

「何があった?」


 再開した安堵もそこそこに切迫した表情で語りかけてくるフィールに、アトラスは神妙に聞き入る。


「ガドニック教授が攫われたの!」

「なにっ!」


 さすがのアトラスももたらされた新たな事実に驚きを隠せなかった。今は一刻も時間が惜しい。フィールは手短にガドニック教授が拉致された時の状況を説明する。


「――それで、ビルの構造を解析してまで探したたんだけど追跡ができなくって」

「それで可能性としては何が考えられる?」

「うん、アカデミーの人たちと一緒に検討したんだけど、おそらくビルの構造体の柱状の部分からさらなる上層階に連れて行かれたんじゃないかって――。でも、ここからさらに上なんて考えられなくって」

「なるほど、そういうことか」


 そこまで話を聞いてアトラスは思案する。そして、その思案の後に頭上を仰ぎながら体内の通信回線を開いて一か八か発信を試みた。


〔アトラスよりディアリオへ、返信求む〕


 ビル内のシステムは今もなお完全復旧はしていない。同じ空間内での通常無線でなければ、特攻装警間ですら通信が困難な状態にあるのは変わりなかった。だが、アトラスにはある確信があった。ディアリオなら、何か今の状況を変えることが出来ているはずだと、直感していたのだ。

 アトラスが発信した後、1~2分は沈黙したままだった。


「やはりダメか――」


 そうアトラスが思案した時だ。


〔こちら4号ディアリオ、アトラス応答願います!〕


 ノイズのない明快な音声だった。それを耳にしてアトラスはフィールに視線を走らせ合図する、フィールに対しても回線を開いた。


〔アトラスだ。今、フィールと合流した。そっちの様子はどうだ?〕

〔今、第4ブロック第5ブロック間構造物内の第5ブロック用の管理センターに到達しています。設備の掌握はまだ45%と言ったところですが、今ようやく外部との通信回線の確保に成功したところです。同時に第4ブロックとの間でしたら、通常無線回線による通信も確保できました〕

〔上出来だ。これで外部との連絡も確保できたな〕

〔はい、地上サイドとの連絡も済ませました。地上からは新しい情報も確保しています〕

〔新しい情報?〕

〔はい、少しショッキングな内容です〕

〔手短に頼む〕

〔はい――マリオネット・ディンキーですが――〕


 ディアリオがそう告げると、ほんの一瞬奇妙な間が通りすぎた。


〔ディンキーはすでに死亡しています。〕


 その言葉の意味はすぐに理解できたが、あまりの驚きにアトラスもフィールも言葉が出なかった。


〔え?〕


 ようやくにフィールがつぶやけば、新たな質問の言葉を見つけたアトラスがさらに問うた。


〔どういうことだ? それでは今回の襲撃の首謀者は誰なんだ?〕


 もっともな質問だった。アンドロイドが指導者なくして行動を起こすとは考えにくかった。だがディアリオは優秀だった。外部との通信回線を確保したことで、さらなる情報を新たに入手していた。


〔それですが、ディンキー配下のマリオネットの全容がわかりました。とりあえずはそこから聞いてください〕

〔分かった〕

〔――まず、ガイズ3と呼ばれる男性型の主力戦闘アンドロイドです。

 白兵格闘専用機体・ベルトコーネ

 剣術戦闘特化機体・コナン

 電脳機能特化機体・ガルディノ

 このうちガルディノは先ほど交戦しこれを撃破しました〕

〔完全停止させたのか?〕

〔いえ、スレーブ端末ハードウェアとしてのボディのみです。まだ本体を別に持っているようです〕

〔それで、他には?〕

〔暗殺戦闘用に作られたシスター4と呼ばれる女性形アンドロイドが居ます。

 近接白兵戦特化機体ジュリア

 電磁波操作特化機体アンジェ

 高熱制御機能特化機体マリー

 そして、高速性能特化機体のローラです〕


 ディアリオの言葉を受けてアトラスが言う。


〔その熱を出す奴なら俺が破壊した〕


 フィールもまた追うように言葉を続ける。


〔残りの3つはアタシの方で撃破してる。あ、ローラって高速型は逃げたかも〕

〔逃げた?〕

〔ごめん、追い切れなかったの――でも残存エネルギーは使い果たしてるみたいだから、戦闘に復帰する可能性は限りなく低いと思うわ〕

〔そうか。だが、これで残る機体はベルトコーネ・コナン・そして、逃亡したローラの3体か――〕

〔あと、ガルディノってやつの本体ね〕


 ディアリオがもたらす情報にアトラスが相槌を打てば、フィールがそれを補足して情報を加えている。ディアリオは先を急ぐように話の核心へと進んでいく。


〔それでここからが核心ですが――

 もう一つ、ディンキー・アンカーソンの身の回りの世話をするための介護用のアンドロイドが居ることがわかりました。個体名を“メリッサ”といいます〕

〔介護だと?〕

〔ディンキー・アンカーソンが出現した現場にはこのメリッサが必ず付き添っていたそうです。そのため、どこの国の治安当局も、メリッサを単なる介護アンドロイドだとは思っていません。それに、このメリッサが有していると思われる機能が奇妙なんです〕

〔奇妙?〕

〔はい――

 最近、旧共産圏で開発研究がなされていたことが分かったのですが、ネクロイドテクノロジーと言う物があります〕

〔ネクロイド?〕

〔死体――だよね?〕

 

 アトラスとフィールが不審げにつぶやく。死体というキーワードの奇妙さが妙に記憶に引っかかる。


〔はい。死亡した人間の脳中枢から記憶情報の残存物を抽出、これを元にアンドロイドをベースに記憶情報を再生し、死者を復活させる――と言う目的で軍事目的に試みられていたといいます〕

〔死者蘇生か〕

〔死者の蘇生と言うより、死亡した人間の生前の記憶と能力を取り戻そう――って言うコンセプトじゃない?〕

〔おそらくそうでしょう。ですが、この能力を持ったメリッサがなぜディンキー一味に関わっているのかが分かりません。死期を悟ったディンキーが生前のうちに策を練っていた可能性もありますが、今ところは真相は不明です〕

〔だが、これでも十分意味のある情報だな。現在のディンキーはそのネクロイドテクノロジーの産物であり、丸っきりの偽物ってわけだ〕


 3人は会話を重ねて一つの結論にたどり着いていた。だがそこにフィールがさらなる思案に至った。


〔でも、こうも考えられない?

 マリオネットたちは自分たちが存在し続けるためには、指導者であるディンキーが必要不可欠。それ故に、ディンキーの復活を強く望んだ。かつてはマリオネットたちのテロ犯罪はディンキー個人の強い思想と怨念が動機になっていた。

 でも今では、彼らのテロ犯罪はマリオネットたちが自分自身が存在し続けるために、その理由付けのために、ディンキーと言う存在を強引に蘇らせてかつての主従関係を無意味に再生しようと、もがいているだけにすぎない。

 思想も、理由も、正当性もなんにもない。目的と手段が逆転している状態なんじゃないかしら?〕


 フィールはその卓越した対人コミュニケーション能力に裏打ちされた人間心理の読みを駆使して、マリオネットたちの行動意図を推測しようとしていた。その推測をディアリオは肯定する。


〔案外、正解かもしれませんね〕


 ディアリオの言葉にアトラスが頷く。


 と――その時だった。


〔――君ら、想像以上に優秀なんだねぇ、ククク〕


 少年のあどけなさの残る声が割り込んできた。無邪気さの中に邪悪さを秘めた、冷たい声だった。ディアリオにはその声に覚えがある。そして、その声の主の名を叫んだ。


〔ガルディノ!〕

〔覚えていてくれたんだ、嬉しいねぇ――、ハハッ!〕


 ガルディノ――その声の主の名を知った時、フィールとアトラスの脳裏に戦慄が走った。

 思わずとっさに周囲を見回す。スレーブ端末体は破壊済みだと聞き及んでいるが、その本体がどこに居るのか、探しても無駄だとわかっているが、探さずには居られなかった。

 第4ブロックの空間の中、アトラスとフィールは互いを背中合わせに立つと、周囲に視線を走らせる。

 だが、二人のその行動をガルディノは嘲笑をもってあざ笑った。


〔面白いね君たち、なにそんなに怯えて見回してるのさ? 探しても無駄無駄! 君たちに僕は見つけられない! 姿のない僕を探している間に、君らは追い詰められる! そして、君たち特攻装警は僕にその機体を献上することになるのさ!

 どうだい素晴らしいだろう! それが君たちにふさわしい結末さ!〕


 そして、その声とともに第4ブロックの空間の中――、鳴り響いたのはオーケストラの荘厳な楽曲であった。

 あまりに不似合い――、この場にそぐわぬ楽曲がビルブロック内のあらゆる放送設備から突如として鳴り響き始めたのだ。


「これは――モーツァルト?」

 

 フィールが不安げにつぶやけば、アトラスがそれに言葉を続ける。


「レクイエム -怒りの日-」


 低い落ち着いた声でアトラスはつぶやいた。

 

 それは終末思想の一幕を示した歌である。

 キリストが再臨し生ける者死せる者全てが神の前で裁きを受けるその瞬間を詠った歌である。

 破滅を表すメロディが鳴り響き、流麗な英国英語でミサ隊により歌詞が朗読されていく。

 

――――――――――――――

怒りの日、その日は

ダビデとシビラの預言のとおり

世界が灰燼に帰す日です。


審判者があらわれて

すべてが厳しく裁かれるとき

その恐ろしさはどれほどでしょうか。

――――――――――――――


 その歌詞が流れる中、異変は引き起こされる。

 

 第4ブロックの空間の中――数多の盤古隊員たち。

 その彼らに異変は訪れていたのである。


 突如、散発的に機関銃が発射される。

 目標は決まっておらず、全くでたらめな発射であった。

 そして、すでに戦闘を終えたはずの彼ら――3種ある武装警官部隊のプロテクター装備。

 軽武装、標準武装、重武装――

 その中で軽武装を除く残る2種のほとんどすべてが装着者の意図を離れ、異常動作を引き起こし始めていた。


 標準武装と重武装のプロテクター装備は動力による筋力強化機能を持っている。通常ならば、装着者を守り、要警護者を護るための物だったが、今は装着者の意図を離れ、完全にかってに稼働している。

 内部の装着者の抵抗をあざ笑うようにプロテクターは動き出す。

 プロテクターの勝手な動きと、内部装着者の必死の抵抗、

 そのせめぎあいの結果、標準武装と重武装の盤古隊員たちはゆらゆらとふらふらと立ち上がり、そしてふらつきながらもその手にした銃火を強制された目標に向けて狙いを定めていく。

 

 彼らは歩き出す。

 在ってはならない攻撃対象、あってはならない攻撃意図、

 しかし決死の抵抗も虚しく、最新鋭のセキュリティをやすやとくぐり抜けて、その最新鋭の装備はすでに正義を護る盾ではなく、悪意を執行する魔剣と化したのだ。


 フィールが顔面蒼白で恐れをなしてつぶやく。


「そんな――」


 アトラスが地面を地底から振動させるような気迫で怒号をあげる。 

  

「オレたちを愚弄する気か!」

 

 それはまるで――

 ゾンビの群れにも似ていた。

 それはまるで――

 死を賜った終末の軍隊である。

 

 そして、その悪意に満ちた構図を作り上げた張本人の名をアトラスは絶叫する。

 

「ガルディノーーーーッ!!」


 今、まさに彼らの銃口は特攻装警の方へと向けられていたのである。



 @     @     @

 

 

 ガルディノの魔手から逃れた軽武装の盤古隊員たちが避難していく。避難する先はVIPたちが立てこもるコンベンションセンターである。

 

 ある小隊は全てが標準武装であったため成すすべなくガルディノの悪魔のハッキングに制圧されてしまっていた。

 また別な小隊は、3名の標準武装のプロテクターが暴走したことに気づき、緊急にプロテクタースーツのシャットダウン装置を作動させようとした。

 2名は間に合ったが1名は間に合わなかった。ガルディノからのハッキングに侵されてしまい、シャットダウン装置そのものが無効化されている。所持する小銃を乱射しつつ特攻装警たちを攻撃すべく逃走してしまっていた。

 かたや、ある小隊は小隊長だけが標準武装だった。シャットダウンが間に合わなかったその小隊長は隊員に命じた。対アンドロイド用の高圧スタンガンで撃てと。隊員がその通りに即座に動いたが、時すでに遅くプロテクターの停止はかなわず、装着者である小隊長が気絶しただけであった。

 

 それは鉄壁の守りをもたらしてくれる装備のはずであった。だが、テロリストの悪意は、そのプロテクター装備のセキュリティの隙をやすやすと突破する。

 

 今、外周ビルの中でもガルディノの魔手に支配されたプロテクタースーツが暴走しようとしていた。

 ジュリアと激戦を終えたはずの妻木とその部下たちである

 妻木が隊員たちに問えば、隊員たちが報告をしている。

 

「緊急停止装置は?!」

「2機が停止成功、2機が停止失敗です!」

「英国アカデミーは?!」

「無事です! けが人は居ません!」

「他の小隊からの報告はどうだ?!」

「生存した盤古隊員と連絡が取れました! しかし我が小隊のB分隊C分隊から報告はありません」

「緊急停止しても暴走されても、重武装タイプでは通信装置の行使は不可能。連絡手段が無いか――無事にスーツから脱出は出来なかったか――」


 最悪の状況だった。妻木の読みが当たっているのなら、妻木隊に配備されている重武装タイプが、最大で10体中8体が敵のハッキングにより制圧されたことになる。ハッキング初期なら緊急停止プログラムを作動させればいいが完全制圧されるとスーツのセキュリティが効かなくなるようだ。停止させるには完全破壊か、再ハッキングしか無いだろう。

 せめてもの救いは自分たちが対ジュリア戦で使用した重武装タイプがジュリアとの戦闘でほとんど大破していて這いずるようにしか移動できなことだった。

 現状、2体のスーツの移動速度は限りなく遅い。追いつかれることは無いだろう。


「よし! これより暴走したプロテクタースーツを敵と認める! ヤツラの攻撃を牽制しつつ退路を確保するぞ!」

「了解!」


 まだ光明は見えない。だが、希望は潰えていない。なぜなら特攻装警たちが次々に集結しているからだ。ならば彼らの力を信じて今はこの場を守りぬくだけである。

 

 

 @     @     @



「おい、フィール! 聞こえねぇぞ! フィール、返事しろっ!」


 センチュリーはしきりに絶叫している。さきほどのフィールからの臨時通信の続きだった。

 だが、唐突にそれは切れた。軽々しい電子エラー音を鳴らして会話の終了を告げる。

 さらなる、情報を求めて、センチュリーは通信を続けたが、ビル管内の電波状態が相変わらず最悪なので仕方がない。同時に、センチュリーの現在位置が第4ブロック構内でなく、第3ブロックと第4ブロックの間の構造体の中だったという事も影響していた。完全に通信状況を取り戻すには第4ブロックへの突入を行うしかなかった。


「まったく、しょうがねーな」


 体内の通信回線を切断すると細長い螺旋モノレール軌道をじっくり上り詰めていく。螺旋モノレール軌道は上りと下りの2系統がある。グラウザーが侵入ルートに用いたのとは反対側である。

 1000mビル内に侵入に成功したはまではいい。だが、その侵入した場所が最悪であった。


「まいったな、出口がどこにもねー」


 その言葉の通りだった。センチュリーが通っていたモノレール軌道は、まだ使用開始前であり主要なステーションゲートは全て閉じられていた。丁寧にも、機械式のロックまでもがかけられている。

 幾重にも続く螺旋軌道をセンチュリーは一人進んで行く。

 時折、ビルのガラス壁面から眩しい外界が見える。しかし、モノレール軌道はその大半を透明プラスティック製の防護シールドで覆われ外部へと抜け出る事は難しい。


 そして、その1000mビルを覆うのは2つの壁だ。

 光を通さぬ構造体外壁と、眩いばかりの光が飛込んでくるガラス外壁。

 そのそれぞれを、センチュリーは交互に通り抜けて行く。

 ガラス壁面のそこからは、遥かに広い東京の街並みがその視界に映り込む。

 その遠くの方に視点を向ければ、ゆうに100キロを超える場所まで見渡す事が出来た。

 センチュリーは、この超高層の景色は今までは、空を飛ばねば見れなかった事に気付く。

 そして、それが今は、自分の両の足で昇って見ているのだ。


「すげぇな、人間って」


 彼の眼下のその風景の中では、ミクロより小さいスケールの上で、確かにそこに人が暮らしていた。

 日々の生活を、仕事を、勧楽を、犯罪を、慈愛を、絶望を、希望を、確かにそこで営んでいる。


「ここが俺の仕事場なんだよな」


 滅多に見る事の出来ない風景に、いつになく感傷的になっている。そして、そんな行為が自分のガラに決して合っていない事もまた承知していた。

 しかし感じていたのは感傷だけではない。この眼下にひろがる大都会を、自分たちを含めた警察組織に携わる者たち全員で守っているのだという現実が、センチュリーの心に新たな闘志を与えていた。手近な場所に出入り口が見つからないなら、行けるところまで行くしか無い。第4ブロック内に突入すればなんとかなるだろう。最悪、壁面を破壊したとしてもいたしかたない。


「行くか――」


 そうつぶやきセンチュリーは螺旋モノレールの軌道の上で、両脚部のダッシュホイールを起動させる。そして、かすかな金属火花を散らしながら、猛スピードで駆け上がって行く。


「あれは――?」


 螺旋モノレールの軌道を走行したその先に新たな光が見えてくる。第4ブロック内に設置された乗降場だった。やっと見つけた突入口だったが、そこから得られたのは光だけではなかった。戦闘を想起させる騒音が断続的に響いている。

 戦いはまだ収束してはいない。そして、さらには南本牧で出会った〝アイツ〟がこの場所に現れないはずがなかった。

 ヤツはこの戦場に来ている。必ず来ている。そして、新たな獲物を探すだろう。

 果たして奴に盤古隊員たちで太刀打ち出来るだろうか?


 無理だ。あの凶悪なまでに鋭敏で鋭利な切断力を秘めた剣術の前には軍隊式の攻撃アプローチではどうにもならない。立ち向かえるのは鍛え上げられた〝武術〟しかない。


 今度こそ、決着をつけるときだ。そして、決着を着けるのはこの俺だ。乗降場にたどり着くとその足を止めることなく、走行の勢いを借りたまま、大きく跳躍する。そして、閉鎖された乗降ゲートを拳の一撃で突破すると、その身を第4ブロック内へと踊りださせたのである。

 昇降ゲートを突破して、簡素な構造の螺旋モノレールのステーションに降り立つ。そして、第4ブロックの空間内に到着したことで、ディアリオが制圧した通信回線の入感が鮮明に聞こえてきたのだ。

 

「――で、現在防戦中! 対テロリスト用特殊装備の回収を優先する! 支援を請う!」

「こちら、緊急停止3名成功! 回収できないため、重症の1名生命の危険あり!」

「重武装の妻木隊との連絡はまだか!」


 センチュリーの耳に聞こえてきたのは盤古隊員の声だ。普段は専用回線を使用しているはずの彼らが一般通信回線に入り込んでいる。しかも流れてくるのは全て怒号に等しい切迫した声ばかりだった。

 

「なんだ?!」


 それだけでも異変を感じさせるには十分だった。

 その通信が流れてくる本元を探してモノレールのステーションの外に飛び出せば、屋内ビルとビルをつなぐスカイデッキから第4ブロックにおける惨状が一目で目に入ってくる。


「おい――、どういう事だよ?!」


 それは疑問だけを意図した言葉ではなかった。低いトーンと強い口調は多分にして怒りを内包したものだった。

 

「なんで特攻装警と盤古がやりあってんだよ?!」


 それは明らかに遭ってはならない事態だった。それ以前に想像すらつかない事態だった。

 否、事態はそれ以上に深刻だった。

 

「なっ……」


 センチュリーは言葉をなくした。一言も発せられない。

 重武装タイプの盤古のプロテクタースーツ。チームプレイを駆使すれば特攻装警にも比肩すると言わしめたそれが6機、外周ビルの付近を静かにゆっくりと歩行している、そして、その進行方向の先に居る軽武装の盤古隊員に向けて銃火の狙いを定めようとしていた。

 もはや猶予はならなかった。

 理性など後回しでいい。

 センチュリーは思考するよりも早く、最短距離に居る重武装タイプの1機に向けて弾丸のように飛び出した。両脚の踵部、そこにあるダッシュローラーを全開にすると、スカイデッキの路面を疾駆して全力で駆け出していった。

 

 スカイデッキの路面の上、フルメタルのホイールが火花を上げながら疾走する。ヘルメットのゴーグル越しのセンチュリーの視線は、スカイデッキから見下す位置にある一体の重武装タイプを見下ろしていた。そして、彼に向けて攻撃意図を固めたその時だった。


〔こちらディアリオ! 聞こえますか!?〕


 普段から聞き慣れた凛とした冷静な声が響き渡った。


〔ディアリオ!?〕


 その声に反応すればディアリオ以外からも一斉に応答が帰ってくる。


〔センチュリー! やっときたか!〕

〔セン兄ィ!〕

〔兄貴! フィール!〕


 聞き慣れた兄弟たちの声を耳にして、センチュリーはその足を止める。


〔すまねえ! 遅くなった! それより状況を聞かせてくれ!〕


 センチュリーの求めに応じて語りだしたのはディアリオだ。


〔ディンキー配下のアンドロイドのうち、女性型3体撃破、女性型1体逃走、男性型1体の遠隔操作体を破壊した所でガドニック教授が拉致されました。その対策を講じている時に現在の異常事態が発生しました〕

〔異常事態って、この盤古のプロテクタースーツの暴走か?〕

〔そうです。おそらくは敵マリオネットによる高度なハッキングです。これにより標準武装タイプと重武装タイプの〝プロテクタースーツのみ〟が強制的に動かされています〕

〔ハッキングだって? 天下の武装警官部隊のハイテク装備がか?!〕

〔申し訳ありませんが、そう考えるしかありません〕


 センチュリーはディアリオの説明を聞くにつけて怒りのボルテージが上がっていくのを抑えられなかった。


〔馬鹿野郎! なにやってんだよ! ネットと情報犯罪はてめぇの縄張りだろうが!〕


 ディアリオもまた兄の怒りの理由をわかっていた。

 センチュリーは対人白兵戦闘に特化している分、汎用性において劣る面がある。その事を彼自身も熟知している。それ故に自分の得意分野に対して強いこだわりがあり、自分のできることに対する責任意識が人一倍図抜けて強かった。

 それだけに他人に対しても自分の得意分野・担当任務に対しての責任意識を求める傾向があり、手抜きや迂闊という物に容赦がないのだ。


〔無茶言わないでよ! こんな状況誰が想定できるのよ!〕


 フィールがディアリオを庇うように割り込んだ。だがそれくらいで怒りの矛先を収めるセンチュリーではない。


〔やかましぃ! 敵のこれまでの行動から何らかの兆候はあったはずだ! お前の頭脳なら敵の行動のあらゆる可能性をシュミレートすることもできたはずだ! ディアリオ! いつものエゲツナイまでの事前行動と裏工作はどうした! 何寝ぼけてんだ!〕


 グゥの音も出なかった。ましてやこのビル全体をダウンさせるほどの力量なのだ、何が起きたとしても不思議ではない。まさにセンチュリーの言うとおりだ。しかし、ディアリオの脳裏にセンチュリーの言葉から、瞬間的にひらめくものがあった。


「これまでの行動?!」


 ディアリオの脳裏に蘇ったもの。それは――


〔そうか!〕


――このビルのシステムがダウンさせられた時、ディアリオの上司である鏡石が嵌められた、あの予め仕込まれていたハッキングプログラムの事だった。


〔ディアリオ、なにか分かったのか?〕


 ディアリオの声のトーンに反応してアトラスが尋ねる。


〔今から対策を講じますのでこちらからの通信をカットします! 今から5分! 5分だけ持ちこたえてください!〕


 それだけ言い切るとディアリオは通信をカットした。この通信を敵が傍受している可能性があるためだ。

 それを受けてアトラスが語りかける。


〔聞こえたな? フィール! センチュリー! これ以上の犠牲者は絶対に阻止するぞ!〕

〔当たり前だ!〕


 アトラスの問いかけにセンチュリーが気合を入れて答えた時だった。

 センチュリーの頭上を旋回して飛び回るフィールが、その眼下に見えてきた2つの姿にさらなる緊張と困惑を声に出さずに入れれなかった。


〔ちょっと待って! 大変よ!〕

〔どうした?〕


 アトラスが問いかける。センチュリーもじっとフィールの答えを待った。


〔新たな敵よ! ディンキー配下のガイズ3の残る二体! コナンとベルトコーネが現れたわ!〕


 フィールの口から語られた言葉に戦慄したのはアトラスとセンチュリーである。

 センチュリーがフィールに問う。


〔どこだ!〕

〔第4ブロック構内の真西からベルトコーネ、東南東からコナンよ! セン兄ィは真南、アト兄ィは中央コンベンションホール近くの西側よ! 急いで! 生存している盤古隊員たちを狙ってる!〕

〔分かった! コナンの方は任せろ!〕


 その言葉を発しながらセンチュリーは再び走りだした。向かうは東南東、そこに倒すべき宿敵が居る。今度こそ奴の凶刃を叩き折らねばならない。センチュリーは決戦を覚悟して宿敵の元へと向かった。


 一方、アトラスもまた眼前に一月前の夜に遭遇したあの宿敵の姿を視認していた。

 向こうもまたアトラスの存在に気づき、鋭い視線を向けてきている。その視線にブレはまったく無い。あるのはただ、ひたすらに真っ直ぐな攻撃の意志のみだ。外周ビル間際に強靭な体で立ち尽くすと、歩き出すその時を推し量っているかのようである。アトラスはベルトコーネのその姿をしてある思いを抱いた。

 

「ベルトコーネめ、俺との戦いだけにしか関心がないのか――」


 見ればベルトコーネはさまようように歩き出すプロテクタースーツには一瞥もくれようとしていない。おそらくプロテクタースーツへの攻撃をこちらが加えても、ヤツは何の感慨も抱かないだろう。

 それならそれで好都合だが、今はアイツを撃破することを優先しなければならない。現状、アイツに太刀打ち出来るのはまさにアトラス自身しか居ないのだから。

 

 ならば――このプロテクタースーツの暴走への対処は残るフィールに任せるしかない。

 アトラスはフィールに命ずる。

 

〔ベルトコーネは俺の方で視認した、フィール! 手段は選ばなくていい! 今は重武装タイプの行動を阻止しろ!〕


 とは言え、現実としてプロテクタースーツの内部には生身の人間が居るのだ。どんな策を取ればいいのかアトラス自身にも想像すらつかない。アトラスの指示にフィールは思わず言葉をつまらせたが、それでも〝出来ない〟という言葉は口が裂けても出すわけにはいかなかった。一瞬息を飲み込むと気合を入れるように語気を強める。


〔やってみる!〕


 アトラスには、フィールのその言葉は強がりにしか聞こえない。だが、ここは委ねるしか無い。


〔頼むぞ〕


 その言葉を残してアトラスは眼前の宿敵の元へと歩き出していった。

 フィールもまた二人の兄の姿を見送りつつ、自らも視界の中の目標に向けて行動を開始する。

 

――ナイフは使えない! 傷つけてしまう。すると残る手段は――


 フィールは己の両手に軽く視線を走らせると改良された自らの専用装備に期待をかける。

 

――縛り上げるしかないわね!――


 単分子ワイヤー装備であるタランチュラを行使するしか無い。数も規模もアンジェ・ローラの時の比ではない。だがまさに今は〝やるしか無い〟のだ。

 今、フィールはその翼を翻し一路、重武装タイプの下へと向かったのである。


次回、24話『天空のコロッセオⅤ ―鋼鉄騎士―』






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