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第20話『天空のコロッセオⅠ -炎と弾丸-』

そこは天空のコロッセオ、

誰が狩るもので、誰が狩られるものか、

今はまだ誰も知らない。

そして、その戦いの火蓋は今切って落とされる。


第1章第20話スタートです。


本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 かつて、古代ローマ帝国の都市部に存在してのがコロッセオと呼ばれる小さな戦場であった。

 1対1、あるいは、複数対複数での一瞬の戦いが永遠に続けられる不毛な場所。

 戦う理由は千差万別で、そのいずれもが取るにたらないものだった。

 ただ一つ、確実な事実がある。勝敗が決しなければそこから生きて帰る事は絶対にかなわないのだ。

 今まさに、第4ブロックはコロッセオと化していた。

 そう、ここは現代のコロッセオ。その戦火の中に特攻装警たちは居た。

 アトラスもその一人だ。



 @     @     @



 ここは第4ブロックのとある屋内ビルの屋上、そこで狙撃用員たちとマリオネットのマリーが、小競り合いを起こしていた。

 幽鬼の様にただよい、真紅の爪を光らせながら物陰から襲いかかるのが彼女のセオリー

 その時も、屋内ビルの屋上に狙撃要員の姿を察知し襲いかかろうとしたのだ。

 だが彼女の爪は狙撃手には届かなかった。

 

 片や、サミット会場の警護の最前線に立つ盤古もありとあらゆる可能性を考慮していた。

 通常の生身の人間の襲撃者だけとは限らない今回のケースでは、いかなる状況に遭遇するか予想すらつかなかった。だからこそである。彼らは奇想天外とも言える対策を講じていたのである。


 長い黒髪の漆黒のマリーは視界の中に、数えきれぬほどの10㎜口径の弾丸を目の当たりにする。

 鈍いモーター音とともに発射音の炸裂はさらに続き、立ち尽くすマリーを執拗に攻撃し続ける。そしてそれが電動式のハンドガトリングだと判明するのはすぐである。

 ガトリングの射手は一切の手加減をせず、徹底的に、ひたすら念入りにトリガースイッチを引き続けた。オーバーキルになるのも厭わず、ただ襲撃者の排除のみを狙う。

 マリオネット・ディンキー――

 それが襲撃者の想定である以上、違法武装アンドロイドが襲ってくるのは考えられた事態だからである。

 やがて、ハンドガトリングのイエローアラームが鳴る。オーバーヒートやコックオフを警告するアラームランプだ。彼の神経は判断するよりも前に反射的に引き金をゆるめた。

 僅かな時間をおけば濃厚に立ちこめる白煙の中に一つの姿が浮かび上がる。ハンドガトリングの射手である盤古隊員の姿だ。

 その彼の周囲では、3基の3次元投影装置が作動している。それは固定式のホログラムを作り上げハンドガトリングの射手を完璧に隠していた。ハイテクのカモフラージュに隠れていた彼は狙撃手のバックアップとして待機すると同時に、武装ロボットや装甲アンドロイドなど、狙撃用ライフルで対応できない相手への対抗手段を担うのだ。

 

「襲撃犯捕捉、攻撃成功。経過を観察する」


 目標の破壊のためにはこれで十分――、そう確信していた彼だったが信じがたい光景を目にする事になる。

 空間が揺らいだ。揺らいだその向こうで、放たれたはずの全ての弾丸が炎に包まれて消失して行く。まるで鋼鉄の鏃が溶岩に飲まれるかのように――

 言葉は無く、あるのはただ疑問だけだ。なぜ攻撃が意味を成さないのか? 理論的な回答を即座に導き出せるはずが無かった。

 彼の視界の中で、濃厚なクリムゾンの光を輝き放ちつつ10本の爪がで翻った。それは瞬時に間合いを詰めハンドガトリングの射手を苦痛も無く一瞬にして微塵に引き裂いた。

 わずかに遅れてマリーの実体がまたも黒く揺らいで現れる。そのマリーの姿に驚き警戒し、狙撃員は即座に捉えると身体を反転させて銃口を向けた。

 だがマリーは微笑む。妖艶に冷酷に一言だけ――


「無駄」


――と、つぶやいたのだ。


 そっと、マリーの右の人差し指が突き出される。

 狙撃要員の銃口が静止したまま正確にマリーの額に狙いを定めていた。そして、狙撃用にカスタマイズされたボトルネックスタイルの弾丸を解き放つ。ただ一発の反撃。それが彼の最後だ。

 銃弾は照準のとおりにマリーの額へと命中する。だがそれは何のダメージを与えずに落下する。瞬時に燃え上がり赤熱し溶け落ちてしまったのである。

 

「な、なんて高温度だ――」


 ギリギリの心理状態の中で狙撃手が絞り出した最後の言葉にマリーは返した。


「プレゼントよ」


 マリーは人差し指を弾いた。

 その指先から小さく固められた赤く光る熱球が撃ち出される。狙撃員の額に熱球が穴を開け、そして、彼の頭は一瞬にして激しい火柱を吹き上げる。

 その熱のせいだろう。狙撃員の彼は、頭部を潰されたカエルの様に全身を痙攣させ弾け飛んだ。頭部を火ダルマにしてビルの屋上から一人の男が落ちて行く。マリーはそれを何の感慨もなくじっと見下ろしている。


「いつもながら、あっけないわね――」


 そして自らの両手を忌々しげに見つめている。

 

「この両手じゃ誰も抱きしめられないわ。みんな燃えちゃう。やっぱり普通の体がよかったなぁ――」


 そして思い起こすのは意外にもジュリアだった。

 

「アイツみたいな強い体なら、気に入った男を強く強く抱きしめて殺してあげれるのに――」


 マリーは異性を抱きしめたことがない。その特殊機能故にみな燃え上がってしまうからだ。特に生身の男はみなあっけなかった。

 寂しそうに、つまらなそうに眼下を見下ろせば、その視界の中にビルの窓を突き破りスカイデッキに飛び降りた一つの影が見える。


「誰?」


 マリーは小さな驚きと大きな興奮を覚える。

 

「あら――美しい――」

 

 彼女の視界の中に写る男はフルメタルの戦士だ。中世の古戦場の甲冑の騎士のごとく黒光りしていた。その輝きはマリーには何よりも魅力的に見えた。たしかそれは仲間のベルトコーネから聞かされた人物像に酷似している。それに何よりも――

 

「あれなら燃え尽きることもないわ」


――燃え上がったとしても焼け死ぬ事無くいつまでも抱きしめてやれるだろう。それはマリーが抱き続けた悲願でもある。 

 マリーは真紅のその唇を微かに曲げて微笑む。そして彼女はスカイデッキめがけて己れの体を宙へと踊り出させる。ひらひらとふわふわと真夏の陽炎のように、シルエットを揺るがせて舞い降りていく。

 一目惚れをした乙女のように、その胸の中にアポロンの炎の輝きを宿しながら降り立ったのである。

 

「素敵、あなた素敵よ――」



 @     @     @



 それから少し前の時刻、ディアリオと別れたばかりの頃だ。アトラスは初期の目的を終えディアリオと別れた。外周ビルを一人でくだり眼下で繰り広げられる戦いの中へと足を踏み入れる。

 戦場が近くなるのを体感するに従い周囲の空気が、凶凶しいほどに歪んでいるのがよく判る。アトラスは過去にも幾度となくこの空気を感じた事がある。それは、殺人現場の断末魔のそれだ。

 市街暴動や、乱闘騒ぎ…、あるいはヤクザのリンチ騒ぎ、数え上げればキリがない。

 だが、今度のはそのいずれとも違う。何よりも規模も程度もケタ違いだ。

 

 アトラスは言葉を発するのも、余分な事を考えるのも、どちらもやめた。

 今はただ、この歪んだ悪しき空気の源を何としても断たねばならない。

 自然と、その神経と感覚が、限界までその感度を上げる。多大な緊張は彼の頭脳を極限までクールに冷却せしめる。 

 アトラスは、手に握ったショットガン――〝アースハーケン〟に新たな弾丸を込めて行く。

 先程、ビル進入時に使ったのは爆発性の『エクスプロージョンスラッグシェル』だ。

 今度は特殊な重比重フレシェットシェルを詰め込む。本来は防弾チョッキや防弾シールドをぶち破る対人用途の弾丸だが、武装化したアンドロイドにも有効であることをアトラスは経験上から知っていた。加えて荷電粒子ビームや熱レーザー装備の存在考慮して〝特殊耐熱加工〟がほどこされた特殊弾丸を用意していた。あらゆる可能性を考慮し、念には念をである。 


 時折、ビルの外から振動がする。低く重く揺さぶるような振動だ。散発的に鳴り響き、それがアトラスの危機意識をさりげなく煽る。アトラスはその音を耳にしながら、外周ビルの中央階段を状況を確かめながら静かに降りて行く。

 そしてアトラスが、階段の踊り場から目にしたもの。それは、第4ブロックの中央広場で繰り広げられている苛烈な風景である。広場には、敗れた盤古隊員たちが累々と倒れ伏している。祭典の場となるはずだったコンベンションエリアには宴の彩飾の片鱗すら見る事はできない。その視界の片隅、屋内ビルの一つの屋上で鋭い光が瞬いている。

 だがそこには、何よりも見るに堪えない映像が展開されており、それが彼の目に飛び込んでくる。

 

 一つの人影が落下していく。火だるまとなったその姿からは生存の可能性は感じ取れなかった。おそらくそれは、コンクリートタイルと人工土の上で極めて不快な落下音を響かせるだろう。

 無意識の内にアトラスはそのビルの窓ガラスを突き破っていた。眼下には、屋内のビルとビルの間を繋ぎ合う「スカイデッキ」と呼ばれる高架通路がある。アトラスはそれめがけて己れの体を踊りださせる。


――カンカンカンカンカン――


 スカイデッキのフロアの上、アトラスのテンポの良い足音が鳴り響く。そして、その足音が呼び水となり、目的のビルの屋上から黒い人影が揺らいで降りてくる。

 今、アトラスの視界の中で攻撃目標が実体をとりつつあった。彼の眼前には一人の女性がいる。アトラスは無言で彼女を凝視した。彼女の両手の全ての爪が真紅に輝いているのがよく見える。


「あれか」


 軽快に走っていたアトラスは、倒すべき敵を前にしてその歩みを止める。

 構えはとらなかった。どの様なパターンにも移行できるようにするためだ。当然、その姿勢は自然体になる。唯一右手にだけ微かに力がこもった。メインアームのデザートイーグルを構えるために。

 それでいて、その頭脳と意識の中では、戦いの駆け引きが超高速で計算されていていた。言葉にならない情報が交錯しあい豊富な戦闘経験から最善の判断を選択する。

 だが、相手もまた自然体である。何の構えも小細工もない。ゆっくりとアトラスの方へと歩み寄ってくる。

 その彼女にアトラスは低く静かな声で問いただした。


「ここで何をしていた?」


 視界の向こうに黒衣の女性が立っている。彼女はアトラスに向けて視線を投げかけてくる。悪戯な、と言うよりは蠱惑的な視線に近い。アトラスは思う。彼女の物腰は戦士のそれではない。その時、彼女がアトラスに声を発した。


「わたしはマリー。あなたは?」

「ここで何をしていたと聞いている」


 デザートイーグルの銃口が静かに持ち上がりマリーを見つめる。マリーの唇が紅いうるおいを持って物欲しげに開いた。彼女の快楽中枢がその唇の奥からサキュバスの如き淫猥な本性をちらつかせている。それはアトラスにむけて意外な言葉を聞かせてきた。


「あなた、満足させてくれる?」

「何をだ?」

「私を――」

「何のために?」


 アトラスは問い返す。その答えの代りだろう。朱色の舌がうねる。そこに存在するのは、快楽と殺意と破壊の衝動が紙一重のラインで絡みあっていた尋常ならざる得体の知れぬ淫婦である。

 ふたたび、彼女の唇が開く。


「タイプよあなた――」


 マリーの右足が音もなく動き、その両の手の赤い爪が収まるべき場所を求めて揺れている。だが、アトラスは彼女のその仕草に彼女の言葉の裏側を読み取る。彼のゴーグルの中の隻眼が鋭利な輝きを放った。


「迷惑だな」


 不粋にアトラスは答える。マリーはそれを小さく声をたてて笑う。

 不意に、マリーの右腕が持ち上がった。彼女の赤い爪がアトラスへと向けられる。


「おいで。還してあげるわ、魂のふるさとへ。」


 彼女の影が幽鬼の様にかすんで揺らいだ。低いがよく通る声でマリーはアトラスに告げる。


「そうよ――、あたしのこの燃えさかる血で!」


 その叫びが、マリーの爪に火龍を宿らせた。ステップも無くロングドレスをなびかせ、マリーが濁流の様に流れ出す。それを何の感慨も無しにアトラスは寡黙に見つめた。アトラスは躊躇せず機械的に引き金を引く。マリーの額に向けてのピンポイント射撃である。

 デザートイーグルの銃口の奥に装填された50口径のアクションエクスプレス弾が発射され空を切る。

 だがその最強クラスの拳銃弾すら見切るかの様に、マリーの黒い影は大きく揺らいだ。

 次の一瞬、マリーの真紅の爪が空間で翻った。

 アトラスがデザートイーグルから放った50口径弾、対サイボーグ用、対アンドロイド用の高速徹甲弾だが、それはマリーの爪でマッチの軸が一瞬で燃えつきるかの様に溶解してしまった。

 アトラスは本能的にデザートイーグルを腰のホルスターへと仕舞う。弾丸が通用せぬなら使用する意味がない。


 対してマリーはアトラスに向けて直線に進んだ。遮るものが何も無い中で、そして、スカイデッキという逃れる場所がどこにも無い空間で、マリーは攻撃への最短ルートを選んだ。

 彼女の右の爪は長く突き出され攻めの構えを、彼女の左の爪は低く懐に納められ守りの構えを、それぞれに取る。そのマリーの動きは、走ると言うよりも飛ぶかの様だ。

 彼女の背後で陽炎が揺れている、彼女の中の何よりも熱い思いを受けたがために。

 欲してやまない抱きしめられる人を求めて――

 

 時は凍結し何も語らない。

 アトラスもまた、その思考回路の中で姑息な論理推論を一切消去する。

 熟練と本能と言う名の電子神経回路が、アトラスに無意識の行動を起こさせる。

 経験と言う名の膨大なデータバンクから、彼は最も有益な攻撃手順を選んだ。

 

 アトラスは屈んだ。そして、マリーに右を向け半身でかまえる。

 マリーは右の爪をアトラスの頭部へと狙い飛ばした。

 アトラスはそれを気に止めなかった。ためらわずに微かに震脚して低い軌道で一歩前進する。

 アトラスの右手が肘を突き出して肩口に構えられている。

 

 さらに彼はマリーの右腕めがけて右腕を弾き降ろす。マリーはそれに逆らえない。彼女の右腕はアトラスの拳で砕かれ、それは下の方に控えていた彼女の左腕にまでおよぶ。

 だが、アトラスはさらに攻める。その体を敵に肉薄させると速やかに左手でマリーの右の手を捉えた。そして彼はマリーの懐に潜り込む。だが、アトラスはそこで止まらない。さらに深く踏み込むと、全ての人工筋肉に巨大なエネルギーを蓄えていく。僅かにアトラスの右手が上がり、その肘がマリーの胸倉を捉えた。


「え?」


 ここまで僅かな一瞬であり、そこでやっとマリーは疑問の声を漏らした。だがアトラスはそれを全く無視する。つま先から拳の先まで、全身の隅々に蓄えきった力を解き放ち、アトラスはそれを右の肘へと収束させた。瞬間、マリーの体内を貫いたのはひたすら長く続く衝撃だった。

 その衝撃は波動となる。波動はマリーの中を隅々まで駆けめぐる。彼女は己れの体の中で何かが砕けるのを感じた。

 マリーは、アトラスの当て身を全身で食うと、長い軌道を描いて飛んで行く。


「何? 何があったの?」


 哀しい事に、マリーには己れに何が起こったのか理解できなかった。東洋を、そして、日本を詳しく知らないマリーに「当て身」などと言う技法が理解できるはずが無い。

 アトラスは右手で即座にアースハーケンを引き抜き、マリーへと向けて銃口を向ける。

 

「おまけだ」


 アトラスは引き金を二度引き2つのショットシェルを叩き込む。混乱の最中にあるマリーではアトラスからの攻撃への対処はもはや不可能だ。2つのフレシェットシェルがマリーの胸に穴を開け、全ての戦闘行動を不能にする。

 そしてマリーは新ためて自分の胸に二度とふさがることの無い大きな風穴が空いたことを知る。それはまさに彼女の悲願の成就のときだ。

 あぁ、そうだ。誰も抱きしめられず、誰にも触れられなかった彼女が生まれて初めて、異性に接することが出来たのだ。

 微かに、しかし、確実に聞こえるつぶやきが、アトラスへと放たれる。


「最高よあなた」


 その言葉を意味をアトラスは軽んじることはなかった。ただアンドロイドとしてテロリストとしての運命を強要され続けてきた事はよく解る。そして、体内に蓄積した猛烈な熱エネルギーが故に、彼女のその腕が、体が、何者も抱きしめ触れ合うことすら出来ないと言う事実をアトラスはその長い警察生活の記憶から察していたのである。


「これで終わりだ。お前の不毛な旅路もな――」


 マリーが哀しそうに笑い、アトラスの言葉にそっとうなずく。そして、彼女の中の何よりも熱い情熱が、その体に見事な火柱を吹き上げさせた。それは長く消える事の無い歓喜の炎なのだろう。アトラスはその炎を軽く一瞥したが、何の感慨も沸かずにその身を翻した。


「悪いが俺にはすでに大切な人が居るんだ」


 たとえ相手が、男だろうと、女だろうと、瑣末な感情で揺らぐようなアトラスではない。

 戦いは終わっていない。


次回、第1章第21話『天空のコロッセオⅡ ー風、疾るー




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