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第17話 『ワルキューレ飛ぶ』

一度は絶望の淵へと突き落とされたはずの彼女――

その死地の彼女へと駆けつける者達とは?


第1章第17話 始まります。


本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ティルトローターヘリが有明へと飛ぶ。

 布平たちはヘリの搭乗員シートに腰を降ろし、備え付けの情報無線から有明の事件現場に関する情報を引き出していた。布平の前の2つのシートはパイロットとコパイロットで、そのシートの裏側に搭乗員用の情報無線端末のコンソールがある。

 布平はヘリに乗り次第、そのコンソールに取り付いた。そして、無線を警視庁本庁の通信部付きのデータバンクに繋げると現在発生中当該事件の項目を調べるように無線の向こうのオペレータに指示を出す。


「こちら第2科警研、担当現場の詳細情報の照会をお願いします」

「了解」


 オペレータが答える。既に、有明の現場から出ている協力要請の為に、これだけのメッセージで有明1000mビルの事件内容が引き出せるのだ。手にしてた小型マイクを口元から話し機内のスピーカーに聞き耳を立てる。


「現在、有明1000mビル国際未来世界構想サミット会場に爆破による破壊工作が発生、当該建築物は情報犯罪者による操作により一切のビル機能が停止。これに対し、サミット警備チームにより、1000mビル第1・第2・第3ブロックとの連絡は確保成功。最上階層第4ブロックは犯人による破壊工作により現在も分断中。サミット参加者の安否は不明。

 また、特攻装警4号、6号は当該建築物の不通により連絡不能。特攻装警1号、3号を1000mビル、最上階層ブロックへと突入させるミッションを実行中。特攻装警5号は地上待機中。なお、サミット警備本部本部長・近衛警備1課長が、本事件を担当」


 布平は無線で得られた情報をじっと思案していた。その後に言葉を漏らす。


「アトラスとセンチュリーだけを送り込むのね、なぜエリオットも一緒に投入できないのかしら?」


 布平のその言葉にパイロットの彼が声をかけてくる。


「班長さん、本庁の警備部の方の話だと、上層階に突入しようとしたヘリ部隊が突入に失敗したそうですよ」

「それ、どういうこと?」

「知り合いの警備部のほうに聞いたら、何でもビル内のテロリストからエネルギー兵器で反撃されたそうです。それで高速ヘリが一機墜落してヘリによる強行突入は失敗したそうです」

「じゃあ、アトラスたちの突入はヘリじゃないって事になるわね。どうやってアトラスたちを送るかは分からない?」

「さぁ、そこまでは――、ただ、現在、ビル周辺で大規模な報道管制と立ち入り規制が敷かれているそうですからかなり大掛かりな方法をとってるんじゃないでしょうか?」

「わかった、ありがとう」


 布平はパイロットに礼を言う。そして、無線を切り眉一つ動かさずに次のステップへと進む。無線を一般通信回線へと切り換える。ターミナル上のタッチパネルでアクセス先を指定すると、ニュース情報提供をサービスする情報ネット専門のニュースサービス会社へとその回線を繋いだ。

 その情報無線からはコンピュータ合成で流暢な成人女性の声がする。


『こちらノレッジニュースインフォメーションサービス、ヴォイスシグナルチャンネル、音声IDコードをどうぞ』

「布平志乃ぶ、IDナンバーAX88013」

『音声IDコード確認、声紋照合確認、問い合せ用件をどうぞ』


 その情報通信ネットはコンピューターがアクセス者の音声信号を認識してくれる為、声だけでアクセスする事ができる。布平は欲する情報に関する項目を告げた。


「有明地内の1000mビルにおいて発生中の事件に関する情報」

『了解、検索中につき少々お待ち下さい」


 そこで少しのタイムラグが起こる。脇に座っていた互条が話し掛けてくる。


「志乃ぶ、警察の内部情報だけでは足りないの?」

「えぇ、警察本体だけでは詳細な情報は望めないからね、それに一般マスコミの方が独自の情報を持っている事も有りえるし」


 そう言って、布平は通信の続きを待った。数秒程してレスポンスが返ってくる。


『問い合せ用件への当該情報は以下の通りです、まず警察からの公式情報は――」

「パス」


 布平が割り込みをかける。既に得られた情報はいらない。


『次に独自の確認/未確認情報、有明1000mビルは爆破事件と推測され、ビル関係者のコメントを含む推測によるとサミット狙いのテロとの見方を濃くしています』

「テロやて?!」


 布平の背後のシートで一ノ原が抜けた声を上げた。その後ろで桐原が静かに告げ、互条が補足した。


「これは、非公式に処理されるわね」

「テロ事件の情報は市民に混乱を招くものね」


 そして互条はさらに布平に訊ねた。


「志乃ぶ。このニュースサービス、随分詳しすぎない?」

「これマスコミやジャーナリスト向け専門の特別なニュース回線なのよ」

「ねぇ、志乃ぶ?」

「なに?」

「あなたどうして、そんなものを使えるの?」


 互条の問いに志乃ぶは意味ありげな笑みを浮かべる。言葉としては返答は無かったが、その笑みだけで十分だ。


「知らないほうがよさそうね」


 それ以上の詮索はとりあえずやめた。


『1000mビルの設備やシステムは全て停止中、これは停電等の外因的事故ではなく情報犯罪者や悪質なコンピュータウィルスによるものと思われる。次いで、周辺空域からビル内を無人ドローンで空撮。独自調査した結果によると、内部において戦闘行為が確認されている。戦闘を行なっているのは、当該サミット会場の第4ブロックの警備を担当している警視庁の武装警官部隊・盤古東京方面部部隊で、戦闘に加わる正体不明の人影も確認されている。

 また事件発生当時、特攻装警のフィールが、サミットに参加する英国王立科学アカデミーの警護に同行しており、アカデミーメンバーと同様にビル内に閉じ込められていると推測され、空撮によってもその姿の一部が確認されているとの情報もある。尚、その後の空撮ではフィールの姿は未確認。次いで、サミット関連の――」


 布平は通信を切る。そして思案げに窓の外を見た。

 窓の外の眼下には有明の新都心の姿がある。その東の外れに1000mビルがあった。

 ふと五条がつぶやく。


「これは、戦闘は不可避ね」

「フィール――、一般装備のみで戦闘装備は無いはずよね」


 五条の言葉に桐原が告げる。それに対して布平が続けた。


「不味いわね。エネルギー兵器を駆使する敵に一般装備レベルなんて無茶だわ」


 そして、布平は機体後方の荷室に積まれた、エリオット用の追加装備に視線を走らせる。


「だから、所長はこれをもってこいって言ったのね」


 そこにあったのはエリオット用の特殊装備。エリオットを空中投下するさいに用いるジェットパック装備だ。最高高度で2000mからの空中投下を可能にし、作戦エリアへの強行突入を可能にするものだ。布平の言葉に桐原が言う。


「これ、この間の南本牧の作戦で使用したものよね」

「えぇ、そうよ」


 桐原に布平が答えれば五条が更に告げる。


「恐らく、アトラスとセンチュリーを先に突入させて、エネルギー兵器を抑止して、後から重装備のエリオットを空中から強行突入させようってプランなんでしょうね」

「そう言う事でしょうね。でも、そうなると尚更フィールが心配だわ」


 隣から互条の言葉に布平が呟く。


「援護が間に合えばいいんだけど――」

「それって」


 互条の言葉を沈黙が包む。布平は横目で互条を見つめた。

 後ろのシートでは、布平たちの会話に、一ノ原と金沢がしきりに何かを話している。


「フィール。大丈夫でしょうか?」

「そらもちろん平気に決まってるわ。そんな簡単に負けるようなやわなあの子やないで」

「はい」

「ゆき、そんなに心配やの?」


 一ノ原の言葉に金沢はそっと頷いた。金沢の少し辛そうな表情を一ノ原はじっと見つめた。

 機内には、ヘリのメインエンジンの重い音が鈍く響いている。それは、密閉された機内では精神的に重圧となる。誰しもその気分を圧迫されかねない。

 ふと、その後ろから金沢の肩へ手が伸びてくる。後ろの席では桐原が金沢の顔を覗き込んでいる。彼女を気遣い静かな目線でじっと見つめている。桐原の優しくも力強い視線に気づいた金沢は、返す言葉を無くし考えた風になる。一ノ原は、桐原と金沢のやりとりを言葉なく見守る。やがて、金沢は大きく頷いてその気持ちを吐いた。


「あたし、フィールの任務のことを知れば知る程、こう云う時がいつか来るんじゃないかって漠然と考えてましたけど、まさか、本当に来るなんて――」


 桐原は金沢の不安を聞き、口元に意識的な笑みを浮かべては再び話し掛ける。


「ゆき」

「はい」

「だからこそ、私達が行くんじゃなくて? フィールだけじゃなくみんなの為に」


 桐原のその言葉に金沢の心の片隅に小さなランプが灯った。しかし、それは一ノ原も同じだった。


「そうや、直美の言う通りやで」


 2人の言葉に金沢はこくりと頷いた。その顔からは暗い色はなりを潜めた。かわりに沸き起こったのは小さな勇気の様なものである。金沢は表情を緩ませ笑みを浮かべた。その時、前の座席から布平の声がした。


「聞いて、有明の警備本部から緊急連絡よ」


 皆が機内のスピーカーの音声に耳を傾ける。そのスピーカーからは有明の機動隊員の声が流れてくる。


「緊急連絡 こちら有明警備本部」

「有明本部へ、こちら第2科警研有明派遣チームです」


 一ノ原が金沢の方をふと見つめて呟く。


「なんやろ?」


 金沢は一ノ原を窘めるように口元に縦に指を添える。


「特攻装警第6号機フィールに事故発生、至急アドバイスを請う」


 その緊急無線からのメッセージに場の雰囲気が一瞬にして引き締まった。だが、驚きの表情を浮かべるよりも、実際の行動を起こす必要性を5人は理解している。取り乱す事なくじっと無線の続きを聞く。布平がさらに訊ねる。


「それで、フィールの容体は?」

「生命反応あり、但し微弱。右上肢肩部より欠損、頚部圧壊、全身打撲により内部にダメージ、また、3分ほど前より意識反応の喪失を開始」


 その時、最後方から桐原が身を乗り出してきた。


「貸して!」


 金沢の身体に乗り掛かりながらも、大きな体躯と右手を伸ばし布平に小型マイクを求めた。布平は彼女にマイクを渡す。桐原はそのマイクのコードを引き伸ばしマイクの向こう側の隊員に問い掛ける


「こちら第2科警研桐原、そちら聞こえる?」

「聞こえます!」

「今から、私たちがたどり着くまでのフィールへの応急処置について伝えます、現在フィールの補修に当たっている者を呼んで下さい」


 マイクの向こう側で大声が鳴り響いている。桐原の求めに答えて人を探している。ややおいてマイクの向こうから声がする。機動隊の装備担当の技術者である。その彼の声を聞き桐原は話し続けた。


「意識反応の喪失と全身打撲によるダメージが一緒に発生している事から考え合わせて、体内に重大な損傷があると考えられます。最悪の場合、体内の2次動力やバックアップ系統にも損傷を受けている可能性もありますから早急に応急処置をしなければなりません」


 桐原は、そこで布平に向けて視線を走らせた。リーダーたる彼女に最終確認を求めたのだ。布平は桐原の求めにはっきりと頷いた。


「対処方法ですが思い切って外部動力をフィールの体内へと引き入れます。フィールのボディ外板の右の脇の下にボディ外板プレートの接合線がありますから、そこをナイフでも何でもいいから抉じ開けて下さい」

「よろしいのですか!?」


 桐原の助言に機動隊員は驚きを隠せない。


「かまいません。接合線を開いたその下に動力供給の予備系統のケーブルがあります。ケーブルの色はイエローで、グリーンのサイドラインが一本描かれてます。そのイエローのケーブルを引き出して最寄りの安定化電源へ接続して下さい」


 桐原は更に処置の際の詳しい数値データに関しても伝えた。その間にもヘリは有明へと向かう。ヘリが1000mビル前に到着したのは、それから4分後の事である。

 今、有明1000mビル前の広場の一角にゆっくりとティルトローターヘリが降りてきた。臨時に造り上げられたヘリポートの真ん中にヘリの機体はその身体を納める。

 布平班は現場へ到着した。その手には、第2科警研から持参した特攻装警用のメンテナンス/補修用の器材が持たれていた。臨時ヘリポートのすぐそばに、数人の機動隊員が待機している。ヘリのタラップを駆け降りる布平たちのもとに駆け寄ってくる。布平は彼らに問うた。


「フィールはどこ?」

「こちらです!」


 機動隊員の内の一人が布平に告げ、他の機動隊員たちは布平たちの持つ荷物にその手を伸ばした。布平たちは彼らの先導を受け走り出す。布平たちは警備本部内へと向かった。

 彼女たちは機動隊員による応急処置を引き継ぐと、フィール補修の実作業へとはいる。

 彼女たちはフィールの身体に駆けられている白シーツをはぎ取った。


「フィっ……フィール!」


 一ノ原が堪え切れずに声を漏らす。一ノ原だけではない、他の皆も声に出さないだけでその胸には重苦しい塊を抱えている。

 そのフィールの簡易寝台の上に横たわる身体は見るも無残な状態に有った。先の無線であらかじめ知らされていた事とは言え、実際にそれを目の辺りにするのでは、心理的に受ける傷みは何倍にもなる。

 フィール補修の作業が始まり、それが続く中、ゆきが耐え切れずに視線を背けた。それでも、彼女は己れのやるべき事を心得ていた。背けた視線を再び戻すと布平たちの指示を受け動き出す。

 事前に聞かされた負傷内容から考えても、欠損した右腕をリペアするだけでは事足りない。誰が告げるともなくフィールの身体を解体し始める。布平たちはフィールの身体の外板を外す。

 布平が桐原に訊ねる。


「どう? 直美」


 直美は開けられたフィールの体内をつぶさに見つめる。


「余り良くないわね――」


 隣で互条が、フィール用のパーツの入ったトランクを開けながら口を挟む。


「大幅な交換補修が必要ね?」


 互条の言葉に桐原は頷く。そして、布平が告げる。


「直美、内部メカニズムの補修は任せるわね。枝里は欠損部分の補修。他の者とあたしは機材の準備と作業のバックアップよ」


 その後、桐原と互条の実質的な指示の下で5人は作業を続ける。一度作業に入り始めると5人の動きは素早かった。その作業中、桐原が体内のパーツを交換とリペアを進めつつも彼女としての私見を言い始めた。


「フィールは被疑者の腕力による攻撃により負傷・破損したのね、それも単に殴られたとか言うレベルではないわ」

「殴られたわけやないって――どういうことやねん?」


 一ノ原が訊ねる。桐原はその眉をひそめ、哀しげに呟いた。


「体内メカニズムの大部分が非常に強い衝撃で満遍なく破損しているのよ、それも全体が」

「叩きつけられた?」


 隣から訊ねる互条の声に桐原は頷く。


「そう言えば、先程の機動隊員から聞いたんだけど」


 布平が言葉を発し、さらに告げる。


「フィールの落下地点の周辺には、このビルの強化ガラスの破片が散乱していたそうよ」

「それって、ガラスを突き破ったって事かいな? この馬鹿でかいビルの外部構造材にも使われとるガラスやで? どないな馬鹿力でぶち破られてるんや? って話やで!」


 驚く一ノ原に互条が答える。


「かすみの例え通りでまず間違いないわね、そしてこの娘は落とされた」


 そう断言する互条の顔はその眉尻を強く下げていた。互条はもぎ取れられていたフィールの右腕の補修を終え、新たな右腕を繋ぎ直す所だ。フィールの右腕の内部配線のコネクターが小気味いい音を立て接続された。


「フィール――」


 辛さのニュアンスを込めて金沢が呟く。ここに居る5人なら誰もが持っている当然の思いだ。

やがて桐原はフィールの胸部の作業を終え、その手を腹部の方へと進める。


「この娘を叩きつけられるほどの力は生身の人間では無理よ。ならば、考えられるのは機械の力。サイボーグ、ロボット。あるいは――」

「アンドロイド」


 布平が朴訥に、そして、ただ静かに告げた。桐原が頷き、一ノ原も互条もその言葉に何の反応も返せない。互条が受け持ちの作業を終え、手を止めながら言った。


「悲しいわね、同じアンドロイドなのに」

「そうやね、生まれは同じ筈やのにそれを変えて捻じ曲げてまう奴がおるんやね」


 一ノ原の言葉に皆が頷いた。桐原が言葉を続ける。


「この娘の受けた仕打ちはとても悲しいわ。でも、それ以上に悲しいのは」

「それを、するように仕向けられたアンドロイドですね?」


 金沢の問いに桐原は静かに頷いた。


「自ら生まれを選べるアンドロイドは居ないわ。悪意を持って産み出されたモノは、本人が疑問を持ったとしてもその悪意に服従して生きるしか無いのよ」


桐原はフィールの補修をほぼ終えてその手を止める。


「だから私たちは、この娘に思いを寄せるのよ」


 桐原の言葉に誰ともなく皆が頷いていた。

 一ノ原がフィールの身体に繋いだポータブルコンピュータでフィールの再始動・覚醒プログラムを起動させた。コンピューターのディスプレイに無数のデータが走り、それが、フィールの様々な数値データを映し出して行く。桐原が呟きながらその顔を上げ、一ノ原に指示を出した。


「理想のアンドロイドと、アンドロイドと人との理想の関係を私は願うわ。――かすみ、火を入れて」


 一ノ原が不安な面持ちで、コンソールの最後のキーを叩いた。コンピューターを経由してフィールに繋がれている動力ケーブルに起動のための電力が送られる。皆が息を潜める一瞬、5人の視線はフィールの元へと走る。


「お願いやで、目ぇ開けてや」


 一ノ原が口の中でそっと呟いた。桐原は成すべき事の全てを終えて疲労の浮かんだ顔でフィールを見つめる。金沢と互条は、言葉も無くフィールの目覚めを待っていた。

 フィールの体内のメイン動力を再起動させる為の電力が大容量の超小型超電導コンデンサーに蓄積されていく。そして、規定の電力値を越した時、彼女のメイン動力である〝超小型核スピンリアクター〟が作動を始める筈なのだ。

 その時を待ち、フィールの周囲では無言の時間が過ぎていく。そして布平は、穏やかな面持ちでフィールのその頬をなでた。


「フィール」


 布平がそっと口にした時、微かに震えたのはフィールの瞼だ。

 誰もそれを見逃さない。その身を乗り出しフィールの顔をじっと見つめる。

 そして、見守られる中、フィールが目を覚ます。

 ゆっくりと目が開けられた。開けられた時のその瞳にはまだ光はない。だが、それもゆっくりと光を宿し始めていき、フィール本来の元気で明るい瞳の輝きが戻っていったのだ。

 沈黙する人形のようだったその顔にも、生気宿る生ける物としての暖かさが戻ってきていた。

 目覚めた。

 今、彼女は確かに死の淵から生還し、彼女を必要とするこの世界へと帰ってきたのだ。ゆっくりとフィールはその顔を動かした。そして、周囲に視線を目配せすると、その視界に5人の姿を捉えた。


「みなさん?」


 フィールはそうしっかりと呟いている。

 一ノ原と金沢は互いの顔を見合せると、どちらともなく抱合い口々に叫ぶ。


「やったでえぇっ!」

「はいっ!!」


 そして、フィールの下へと駆けよって彼女に一も二もなく抱き付いた。

 布平と互条、桐原も互いの顔を見合せて互いの右手を頭上にかざし、勢い良く打ち付けあう。

 その時、5人の中から最高の喜びが弾けた。そして、作業室の中で布平たちは歓喜の声を上げる。だがフィールは少し困った風に、恥ずかしげに顔を曇らせていた。


「あ、あのー」

「なんや? どないしたん!」

「アタシの胸」

「ん? なんや?」

「開いたまま何ですけど……」


 胸の外板を開けたままのフィールは顔を少し赤らめた。一ノ原と金沢は慌ててフィールの身体を離す。それまで張り詰めていた緊張の糸はほぐれ、彼女たちに自然な笑い声が戻ってきた。



 @     @     @



 そしてフィールは〝死の淵〟から帰還した。

 一通りの修復を終えて、フィールと布平たちは屋外へと足を運ぶ。そこには布平たち五人を迎える人影があった。


「布平君! きてくれたか!」


 それは警備本部の視察で来ていた新谷である。朝刑事を上層階に送ったのを見届けた後に布平達を迎える為に戻ってきていたのだ。


「所長!」

「それでフィールはどうだったね?」

「はい、修復は成功しました。それといくつか装備の追加と機能変更をしました。先日の南本牧での一件で戦闘能力の不足が心配されましたので私の判断で」

「それはありがたい。近衛君から今すぐにでもフィールに戦線復帰してほしいとの話があったからね」


 新谷がそう告げるのと同時に駆けてきたのはその近衛本人である。


「どうだ? フィールは?」

「大丈夫です。いつでも行けます」


 布平の自信ありげな表情に近衛も頷く。


「それとエリオットの追加装備は?」

「持参しました。すでに機動隊の方にお渡ししました」

「わかった、フィールの方は任せる。こちらも準備が整い次第エリオットを投入する」


 近衛がそう告げつつ頭上を見上げる。


「アトラスとセンチュリーも何とか突入に成功したようだ」


 その言葉を近衛が言い終えたと同時に、ビル周辺で金属物の落下音が響いた。近衛が大声で問えば機動隊員がすぐに答える。


「何事だ?!」

「センチュリーの騎乗していたバイクです! バイクのみ突入に失敗した模様です!」


 その言葉を耳にした一ノ原が微妙な表情を浮かべる。一ノ原の言葉に桐原が続ける。


「あー、これはダメやね」

「スクラップね」


 その場に微妙な空気が流れるがこればかりはどうしようもない。

 センチュリーへの同情の言葉が漏れる中、警備本部に設けられていた作業用スペースから、シルバーとホワイトのシルエットがビルの外へと姿を現した。

 流麗なその姿は明らかに女性のもので、その頭には高性能の兜を頂いている。


 布平たちの尽力とその愛情が彼女に新たなるエナジーを吹込んでいた。

 フィールは、新たに生まれ変わった自分自身の全てを確かめ、そして喜んでは、足早に広場の中央へと走り出してきた。そして、その身体をしきりに動かしウォーミングアップを始める。


 細いその腕を、指先から肩まで順当に動かして行き、次いで、足先から全ての関節を曲げ伸ばしさせてすべての装備と機能の動作チェックを進めていく。そして、軽く首をうな垂れると、頭部の後ろの両サイドから6枚3対の放電フィンを引き伸ばす。

 布平たちは遅れてその姿を表わした。言葉も少なく、そして、喜びと引き換えの心配を心に携えている。広場の片隅では近衛が満足げに見守り、エリオットは妹が救われた事を安堵の微笑みを浮かべていた。

 だが布平を始めとする彼女たちは微笑みを浮かべながらも不安の残る視線をフィールへと投げかけている。


「フィール、本当に異常は無いわね?」

「はい、全チェック項目、オールグリーン。修復完了箇所も、異常信号全くありません。コンディションは完璧です」

「本当に? なにか抜けてる所はない?」

「ありませんよ。完璧です」


 なおも問い掛ける布平にフィールは振り返り、彼女は溢れんばかりの微笑みで布平たちに答える。


「志乃ぶさん」

「なに? フィール」

「志乃ぶさんて、意外と心配性なんですね」


 転がるように笑い声を上げるフィールに布平は言う。


「フィール! ちょっと、どう言う意味よ!」

「べ、別に深い意味は――、あっ、それより私もう行きますから!」


 フィールはそう言って走り出した。そんなフィールに布平は嬉しそうに眉を顰める。彼女の背に向けて布平は叫んだ。


「フィール! 行きなさい! 空であなたの兄弟が待っているわ!」

「ハイ!」


 振り返ったフィールが、プラチナシルバーのヘアを揺らしながら顔を綻ばせる。

 フィールは頭の後ろの放電フィンに動力を入れる。フィンが微かに音を立てながら、微細な振動と虹色の輝きを放ち始めた。フィールは走り続け、やがて序走のステップを踏む。

 3対の放電フィンの間の電気とその根元の強磁場がイオン化大気を生みだした。

 それは、大きな気流と見えない翼をフィールに与え、彼女を大空へと招いて行く。


「特攻装警フィール、テロアンドロイドへの迎撃に出ます!」


 フィールは自分を冷静な視線で見守る近衛に向けて叫ぶと空高く飛んで行く。有明の大空へと。

 彼女の眼下では、皆がフィールを見上げていた。

 まさに今、復活の調べと7色の虹を引き連れて、一人のワルキューレが飛んだのだ。

 


 @     @     @



 グラウザーは跡切れたモノレールの軌道を乗り越えていた。乗り越えたその先に、大きく広がるガラス壁面を見る。今、グラウザーの眼下には、はるかに広がる東京の姿がある。グラウザーは、その景色に自分が今居る場所を知る。

 と、その時、何かが彼の眼前を物凄い勢いで通り過ぎて行った。


「銀色の鳥?」


 彼は、それが自分の姉のフィールである事をまだ知らない。

 グラウザーは、そう呟きそれを追う様に空を仰ぐ。

 有明の空に、不似合いな黒い雲が彼の行く手を遮るかの様に立ち込めて行った。


次回は登場人物途中経過『インターミッション』の第3回目を公開します。


そして、その次に

第1章第18話 『天空の支配者-ケルトの残照-』を公開します


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