第13話 『フィール 最悪の帰還』
地上で事態打開に向けて奔走する人々――
その彼らのもとに思いがけぬ者が舞い降りてきます。
第1章第13話、スタートです
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ビルの外では、すでに多数の機動隊員が待機していた。そして、特攻装警とともに現れた近衛を見て、一人の機動隊員が彼のもとへと駆けつける。
「警備本部長殿! 十分ほどのちに本庁からの緊急応援部隊が到着します!」
「分かった。速やかに受け入れ体制を整えろ」
「はっ!」
近衛は機動隊員の連絡を聞き行動を開始する。足早にかけ出し機動隊員たちのもとへと進み出る。
「それでは今より、本庁からの緊急応援部隊の受入れ準備を行なう! そして、現在ここに待機している3名の特攻装警を最上階である第4ブロックへと送り込むための準備も同時にとり行なう!」
近衛は轟声一発叫んだ。機動隊は再び行動を開始した。そしてそれは明らかに、彼らに残されたラストチャンスであった。それに駆けつけるように鏡石が足早に走っている。第1ブロック内の一角、施設統合管理センターの建物から飛び出すように姿を現すと、矢一文字に全力で駆け出した。
その彼女の後には、幾人かの情報機動隊員が続いている。先程は3名しか居なかったのが今は7人に増えていた。あれから自力で脱出し階下に降りてきたのだ。
「いい?! その建築業者専用の作業用情報回線を大急ぎで手配して! このビルの建築事務局にも問い合せて!」
「はいっ!」
鏡石の叫ぶような命令に2人の隊員が答えた。返事を返した後に、鏡石たちのもとから離れると一路、彼らは別な進路を目指した。
「それで、本当なのね? その突入部隊の編成と言うのは!?」
「はいっ、間違いありません。時間から言ってもうすぐ到着する筈です」
「わかったわ。それよりも――」
鏡石は、その手に握った携帯ターミナルに思いをはせた。その中には、ビルの第4ブロックへと登るための様々なプランが入力されている。鏡石は腕時計を見る。部下から聞いた突入部隊の到着時刻はすぐである。
「これを、急いでアトラスたちに渡さないと!」
鏡石は駆ける。そして一路、ビルの外の機動隊のもとを目指した。
「ディアリオ。待ってて!」
鏡石は一人呟く。彼女はついに、ビルの情報システム奪回の鍵を見つけたのだ。
@ @ @
断続的に空に鳴り響く爆音が鳴り響いている。
本庁から送られた突入部隊のための支援ヘリだ。もう時間的猶予は許されない。
本庁から一足先に、第2陣用の高速ヘリが送られて来たのだ。
シングルローターの小型の高速機で、敵からの万一の攻撃のためにメインローターを、巨大な特殊なプロテクターで覆っている。
ヘリの周囲では近衛が、本庁から来た突入任務の機動隊員を相手に最後の事前ミーティングを行なっていた。その手には、本庁から持参された計画内容書が握られている。
「では、第1陣の突入部隊は神奈川と千葉の混成部隊ではないのだな?」
「はい、盤古の神奈川方面と千葉方面の部隊より、それぞれ1小隊づつ派遣されるそうです」
「では、こちらは、ここに待機している特攻装警を第2陣として搭乗させれば準備は完了となるな」
近衛は、つっと視線を外す。その先には待機している特攻装警たち3人がいた。
3人の特攻装警たちは突入の命を受け、すでに装備の準備に取りかかっていた。
とは言え――、彼らは一般の機動隊員の様にそれほど物々しい装備をせずともよい。ただ、自分自身のメカニズムと武装の機能的な再チェックを行なえば十分である。
アトラスは、手頃な縁石を見つけそこに座り込みじっとしていた。
愛用のデザートイーグルAE50を抜き、慣れた手付きで解体チェックを行なう。そして、腰の後ろのショートボディの10番口径ショットガンを抜きこれも解体しチェックする。その二つを空射ちし動作状態をチェックして、フルに弾丸を詰め込む。
「まぁ、こんなものか」
そう呟くアトラスは、自分の視界の中に表示される体内システムチェックプログラムのメッセージを見ていた。メッセージはオールグリーン、これからの任務に何の問題も無い。
それでもアトラスは早急な結論は避けた。今は極力、身体をアイドリング状態にしておきたい。自分自身の機体を暖めつつ過度の負担を抑えていた。そして、アイドリングモードでじっと身体を休ませているアトラスのもとに、センチュリーが現れる。彼自身もセルフチェックを終えている、微笑んだその姿からはチェックが良好である事が感じ取れる。
「兄貴」
「センチュリーか」
「俺は終わったぜ、問題なしだ」
「私もです」
さらに、センチュリーの背後からも声がする。エリオットもすでに装備の換装を行ない、彼もセルフチェックを済ませた。ふと、彼を見上げてセンチュリーとアトラスが言う。
「おっ?」
「ずいぶんと物々しくなったな。エリオット」
2人の前には、エリオットが立っていた。彼の両肩の上には小型ミサイルのポッドなどを始めとする追加武装が備えられている。
「いつもの大型のミサイルポッドは使わんのか?」
「いえ、あれはサイズが大きすぎますし、第一あれは屋外戦闘用です、今回の空中投下には向いていません」
「そうか、今回は屋内での戦闘だったな。お前が暴れるには少し気を使うかもな」
センチュリーの言葉にエリオットは相槌をうつ。
「はい。建物の設備や要救助者を巻き込むわけには行きません。ですので、今回は極力バックアップに専念しようと思います」
エリオットがそう告げれば、アトラスが同意した。
「同感だ、今回は私とセンチュリーで先陣を切ろう。私よりも先に闘っている盤古の隊員たちのサポートを頼む。先日のマリオネットが相手ではかなりの被害が出るだろうからな」
アトラスの言葉にセンチュリーもエリオットも同意する。たしかに生身であの怪物たちをいなすのは相当に困難なはずだ。
彼らに向けて声がした。機動隊員が3人を呼んでいる。近衛はヘリの搭乗口の所で待っており3人をじっと見ている。
「お呼びだ。行くぜ兄貴、エリオット!」
センチュリーがそう言って一足先に歩き出す。アトラスとエリオットは頷いて後から追った。3人の特攻装警は、その顔から笑みを消していた。各々に冷えた眼光を宿し任務へと赴くのだ。と、その時。
「待って! 待って下さいっ!」
ふと、けたたましい声がする。
「これも持って行って!」
ビル内から駆けてきたその声に、皆が思わず振り返る。近衛が思わず声を発する。
「どうした! 鏡石!」
「お願いします! これを上のディアリオに!」
「ん?」
鏡石は1㎝角の超小型メモリをおもむろに突き出した。鏡石が突き出した先にアトラスの手が有った。アトラスはそれを受け取る。そして、それを近衛に提示すると、近衛の頷きを確認してそれをジャケットの内ポケットにしまい込む。
「鏡石、これは?」
近衛が訊ねる。
「だ、第4ブロックとの……」
鏡石の息がすっかり上がっている鏡石に、センチュリーが手を貸した。そして場の周囲から控えの機動隊員が小型の水筒を持ってきて鏡石に差し出す。
「だ、大丈夫よ」
センチュリーの手に寄り掛かりながら、僅かに間をおくと皆に語り出した。
「第4ブロックとの連絡方法を記したメモリーカードです! 最上階ブロックと確実に連絡を取る方法が一つだけ有ったんです!」
「なに?」
近衛が彼女の言葉に顔色を変えた。
「このビルは、第5ブロック以上はまだ建築途中です。その為、建築現場の工業用のコンピュータシステムと連絡を取るための建築作業用の専用独立回線が有ったんです! これにはそれを用いて連絡を取る方法が記載されています! ですので、これをディアリオに!」
近衛は鏡石に頷く。
「解った、確実にディアリオに届けさせよう。アトラス!」
アトラスはただ黙って2人に頷き、鏡石は安堵してその場にしゃがみこむ。その背後から駆けつける情報機動隊員は鏡石を介抱する。そして、近衛は告げる。
「よし、3人ともヘリに向かえ、これから降下作戦を――」
近衛が力強くそう告げている時だった。
一人、センチュリーは空を仰いでいた。第1陣の突入部隊のヘリをはるか彼方に見ていた。
だが、それと同時に頭上はるかに何かを見た。そして、彼は呟く。
「おい、なんだよあれ?」
「なに?」
センチュリーの言葉にアトラスもつられる。追って、エリオットも鏡石も頭上を仰いだ。
近衛も彼らの言葉に空を仰ぐ。
「え? なに?」
鏡石の視界には白い物が見える。それは人の姿をしている。
アトラスも驚きの色が濃くこもった声で呟く。
「まさか?」
「フィール?」
「ちょっとまてよおい!!」
言うが速いかセンチュリーが駆出す。
「エリオット!」
「はいっ!」
追う様にアトラス・エリオットが続く。鏡石にも状況の子細が飲み込めてきた。と、同時に、彼女の口からは絶叫とも悲鳴ともつかぬ声がほとばしる。
彼ら3人の上空を翼の折れた1羽の鳥のごとくフィールが落下する。その下で、鏡石も狼狽するだけではない。すぐに冷静さを取り戻し携帯ターミナルを取り出す。彼女の指がキーパネルの上を疾走する。鏡石は幾つかの情報を引き出す。そこにはフィールの構造上のデータも含まれている。そして、目視による算出でフィールの落下機動を読んでキーパネルに打込む。即座に答えが出てきた。その答えは――
『破壊による機能停止』
ディスプレイ上にはそう表示されていた。現状考えられる耐久数値に対して、地上落下時の衝撃による破壊力が上回るからである。
一方、先に行動を起こしたのはエリオットである。
エリオットは己の両太腿の脇にある収納部から小さな黒いキャラメル大のチップを数個取り出す。そして、それを自分の前方へと散布した。高出力の電子制御爆薬チップだ。
次いでセンチュリーが、エリオットの撒く物を見て速やかに右腰のガンホルスターから己の銃を抜いた。そしてエリオットの巻く爆薬の内の幾つかに狙いを定め撃つ。
爆薬は炸烈し、他の爆薬チップを連鎖的に誘爆させる。
爆薬は放射状に爆発のフレア炎を創り上げる。そして、赤い同心円の衝撃波を生み出す。
それは鋭い上昇気流となり、落下するフィールを手荒く受け止める。
アトラスは一人爆炎の中へと突っ込む。そして、瞬間の爆発を終えて弱まりゆく爆風の中でフィールを待った。
アトラスの視線は逆光の下を落ちてくるフィールを捉らえる。そのまま微動だにせずに構え、フィールはあまりに長い数秒の時を経てアトラスの元へと舞い降りたのだ。
そのアトラスの両腕に2次関数的な数値曲線を描いて強い衝撃が訪れた。やがて、完全に爆発は止み、あとには爆発の残響だけがこだましている。鏡石は思わず閉じたその目をゆっくりと開く。その目に写ったものそれは………
衝撃を弱めるために屈めた脚をアトラスはゆっくりと伸ばし皆の方を向く。
そこには確かに彼女がいた。
ゆっくりと皆の方へと歩き出すアトラスの腕の中、引き千切られたアンティーク人形の様なフィールが、確かにそこに受け止められていた。かすかに反応を示しながら……
「う――うぅ……」
「フィール!」
センチュリーが駆け寄る。エリオットも無言でアトラスを見る。
いつの間にか鏡石の目に涙が滲み出していた。近衛は言葉を逸してじっと見つめるだけである。
沈黙が襲った。だれも何も言葉を発せないのだ。発せないばかりか動こう事もしない。
だが、一人の機動隊員が近衛の背後に近付くと、静かに耳打ちをする。
「ただ今、突入部隊・第1陣2小隊編成到着。さらに第2科警研派遣チーム急行中」
近衛は頷き、そっと場を離れる。そして、その隊員に告げる。
「第2科警研派遣チームにフィールのこの一件を連絡しろ」
隊員が走り去り、近衛はふと背後を振り返る。
近衛は現場の総責任者として取らねばならぬ選択を考えた。その視界の中には鏡石やアトラスたちがいる。そして、アトラスやエリオット・センチュリーの様子を伺えば、その顔には、やり場のない怒りが充填された視線が宿されているのが解る。
一方で近衛は、すぐそばの機動隊員を数名呼び寄せアトラスのもとへと向かわせる。隊員らが沈痛な面持ちでフィールを一瞥すると、その表情を抑えながらアトラスからフィールを受け取った。アトラスは彼に小さな声で告げる。
「たのむ」
機動隊員は小さく頷き、フィールを別箇所へと運んで行く。
アトラスが近衛を見つめる。センチュリーとエリオットはフィールの行方をその目で追っている。近衛は僅かに思案してその3人に告げる。
「お前たちは――」
その声に3人が近衛を見つめる。
「今は何よりも任務に専念してくれ。フィールは我々が絶対に救う」
そう告げるとセンチュリーが低い重い声で答える。
「頼みます」
近衛は3人に背を向け鏡石を連れ警備本部へと向かう。
そして、センチュリーたちは怒りを押し殺した堅い表情を浮かべると、言葉も無く歩き出した。
@ @ @
同じ頃、神奈川郊外の横須賀附近から一直線に有明を目指す2機の大型ヘリがあった。
白い機体のそのヘリのボディにはこう記されている。
「日本警察・武装警官部隊盤古、神奈川大隊・支援ヘリ №3/№5」
それは過去にロシアにあったカーモフの様な、二重反転ローター機の大型人員輸送ヘリだ。機体の尾部に備った推進補助用の小型ダクテッドローターが、それが戦闘用の高速ヘリである事を語っていた。
そのヘリの中には2小隊分の盤古隊員が搭乗している。
白磁の鎧にスリット型の目、プロテクター内に簡易型のアクチュエーターフレームを内蔵した標準タイプの盤古隊員は、その背部に降下用の圧縮炭酸ガスによるジェットパックを背負っている。
そのヘリの内部はそれほど大きくない。各メンバーが小型の座席に座れば膝を揺らす隙間すらない。ヘリ内部の最前方にはコクピットが。盤古たちのメンバーが座しているのは機体の中央部である。輸送ヘリは11人乗り、コクピットのパイロットを除けばあとは皆、盤古隊員である。
機内の盤古隊員は下の方向を俯いている。両の拳を組む者や腕を組む者、あるいは両手で顔を覆っている者。みな意識を自己の内部に集中させるためのコンセトレーションの最中である。唯一、最前方のシートの右側、そこに座していた一人の盤古隊員だけがヘリの両サイドの大型スライドドアからヘリの外側を眺めている。
2機のヘリが東京上空を舞うこと約二十分ほど、横須賀から横浜沖の海上・首都高速湾岸線を経て大井から青海へとアプローチする。そして、その段階で先の一人の盤古隊員が予告も無しに立ち上がる。
その彼の動作の気配を引き金にして、他の盤古隊員も顔を振り上げる。
武器を装備する。これから始まるミッションは降下作戦のため、武器は全て銃身を短く詰めたショートモデル。しかも専用の小型マニピュレーターでプロテクターに直結してある。
グレネードランチャーであるアーウェンのショートモデルを先頭に、H&KのPKや、特殊散弾銃メタルストーム、クリスベクターなど、その隊員の任務/役割に応じて、その所持武器は異なっていた。
先頭に立つ盤古隊員が小隊長。その彼自身がグレネードランチャーのアーウェンを装備している。彼はヘリのドアから身を乗り出し、彼らの目標地点を確認している。
そこは有明1000mビルから500m地点。
№3ヘリがビルの手前で高度を上げ、№5ヘリがそれに習う。
2機のヘリはビル附近の上空でホバリング体勢に移ろうとする。
小隊長の盤古がハンドシグナルを送ると、盤古隊員が一斉に立ち上がる。
2機のヘリは、有明ビルの第4ブロック脇に横付けする。
ヘリのサイドの大型スライドドアから盤古隊員が姿を表わした。
そして、そこから盤古隊員が身を踊り出した。
@ @ @
アンジェの行動は、盤古隊員たちの一斉掃射を受け完全に遮断された。そのアンジェの周囲にダーツ状の兵器が投射される。そのダーツは多量の光と電磁波を巻き散らす。さらにアンジェの周囲には見えない圧力が彼女を捕らえている。電磁場でも磁気でもない。その様な感触は彼女も感じない。
「なっ、何?」
アンジェは咄嗟に耳に手をあてた。音だ。鈍く強く、そしてとてつもなく重い音だ。音が彼女を押さえつけようとしている。音が襲ってくるのは、彼女からは完全に死角になる方向、それらが3方から彼女を襲い包み込んでいる。次いで突然、そこは一瞬にして轟光に包まれる。
火炎でも爆炎でもない。それは瞬間的な分子遊離プラズマである。高圧パルスレーザー光に誘発されたイオン化大気だ。それは小規模だが、高圧の爆風が辺り一面を振動させた。そして、最後方で状況を見守っていた盤古隊員がプロテクターの内部回線で告げる。
「音響圧力素子『ヴォイス』、プラズマ爆風誘起発光デバイス『グローフライ』、各自作動確認。ターゲットの破壊状況確認に移行」
プラズマの閃光が引いて行く。音も止んだ。誰の眼にも確実に攻撃結果が見えるようになったその時そこに有ったのはアンジェの残骸ではなかった。巨大なシュロの木の茂みの様に膨れ上がった純銀のプラチナブロンドが、燻し銀に変わって内部に何かを隠していた。
目の前に現れた異変に盤古が一斉にざわめき出す。無論、彼らの戦闘経験の中にその様な実戦データも情報もあろう筈が無い。だが、ざわめきも1秒と持たない。盤古たちは間発置かずに機銃を掃射する。一瞬のうちに燻し銀がマーブル模様になり、次いで純銀色へと変わって行く。膨れ上がったそのロングヘアの茂みの中に一つの人影がある。アンジェの髪が動いた。
純銀の髪は無数の大蛇の様にうねりながら前進する。
つまり、盤古たちの攻撃は何の意味も成していなかった。弾丸は純銀の長髪がクッションと化して全てを受ける。深く食い込むものの彼女の髪を貫通するものは一つとしてない。
髪の毛がアンジェの体を大きく持ち上げ投げ飛ばせば、アンジェの体は空中で弧を描き、盤古たちの攻撃布陣の真っ只中に降り立つ。純銀のその髪はカタパルトとなり自らの主人を数十mの隔たりの先へと送り込んだのだ
事態の進行が狂った。盤古たちの攻撃プログラムは、敵から完全な予想外の攻撃パターンを受けて破綻するより他は無かった。攻撃プランを指示する役目の隊員も、突発的な事態を把握をできずにいる。ただ一つだけ後陣の隊員に指示を出すと先程のダーツ状装備を取り出させる。
アンジェはそれを視界の中に映していたが、彼女が警戒する暇もなく盤古隊員の攻撃は再開された。
やや大きめのダーツが7本ばかり、アンジェの足下に付き刺さる。
そして、針先が曲がり本体部がアンジェの方を向いた。ダーツは閃光を発する。閃光はパルス状の断続的なレーザー光で、マルチストロボの様に明滅を超高速で繰り返す。
アンジェの眼前の空間の一点を狙って幾条もの光が走ったが、再びの爆風はついに起きなかった。
本来ならレーザー光に誘起され爆風が起きるはずなのだが、レーザー光が発信を終えても何の変化もない。
起こりうるべきはずの出来事が起きない。それがパニックをさらに助長しないはずが無かった。盤古隊員たちの目前で展開されたのは、重力に逆らい宙へと持ち上がり、飛び交うレーザー光や電力/電磁波を貪る銀色の毒蛇である。
いや、毒蛇ではない。それはたしかにアンジェの頭髪である。だが、それは鬼女メドゥーサの様に奇怪なまでに乱舞/揺動するのだ。
アンジェの純銀の髪が脈動する。生血を吸い上げる吸血生物の様に。
やがて盤古の隊員たちの機関銃もその弾丸を切らし始めた。するとアンジェの純銀髪のもとで、動力の電気を吸い尽くされたダーツ型アイテムが軽い情けない電子音をたてて静止するのだ。
幾つかの純銀髪の太い束が一直線に空を切る。その先に居るのはアンジェを排除しようとした者たちの姿である。
純銀髪の束の先端は西洋騎士の持つ鋭利なランスと化している。。その附近の全ての盤古隊員の視界の中で、その銀色のランスがうねり踊った。アンジェはそのうねりの中心で瞳を薄く開き、全神経を研ぎ澄ました。
彼女が感じているのは〝死〟の感触である。体内の重要臓器を貫かれて絶命する多数の命だ。近代銃火器とハイテク兵器を駆使した武装警官たちも、その異形の殺人アンドロイドには敵うことは無かったのだ。唯一生き残った盤古隊員がマスクの下で悲痛に何かを叫んでいた。
周囲の様々なエネルギーを吸い終えて満足そうにうな垂れていた純銀髪は、その鎌首を一斉にもたげた。純銀髪の多数の鎌首の先が目映いばかりの閃光をかもしだす。
「お返しよ」
そして赤が散る。彼らの視界の中で散る。鮮血、肉塊、そしてあるいは――
彼女の目に映る目標は最後の一人だ。彼は機関銃のM240E6を構えて最後の抵抗を試みていた
「ごくろうさま」
アンジェは満面の微笑みでただそれだけ告げた。
破裂。
破裂したのはその盤古隊員の頭部プロテクターマスク。その箇所へ向けて、アンジェの純銀髪の束が6本ばかり、その先端を向けていた。髪の先端は輝きながら微細に振動している。明らかにそこから目視できない何かを発している。
純銀髪の先端から出ていたのは高圧のマイクロ波、それが複数、別方向からある一点を狙って集まれば、集中点で爆発的な分子振動を引き起こし目標物は破裂する。
「どう? 自分の頭が電子レンジになったご感想は」
煙も火も無かった。頭部を失った彼は、答えを発せずにゆっくりと後方へ倒れた。
アンジェはそれを確認せずにその身を反転させる。すると彼女のその耳に何かが聞こえてくる。
極めてごく僅かに聞こえてきたのは、板状の物が風を切る時の音。
「ヘリ?」
アンジェは1000mビルの外を見る。1000mビルの外周ビルの最上階から上は吹き抜けになっている。その吹き抜けの向こうに、二重反転ローターのヘリの機影を垣間見る。
機影は急上昇し、アンジェの視線はその機影を追い上へと向かう。
しばらくして彼女の髪が、空中に電磁火花を断続的に放射し始める。それが空間中にプラズマ状の光球体を形成して行く。光球は振動しながら放電を始める。
アンジェの顔から笑みが消え失せ、ただ冷たく新たな目標を見つめていた。それから十数秒経過したあとだ。光球は二つ作られ50センチほどのサイズになった頃、アンジェは髪で弾くようにして、それを投げ飛ばした。
光球は外周ビルの上部にある換気用の高さ10m程の換気用の大型ルーバーを貫き、ビルの外へと飛んでゆく。それから数秒の後、2機の高速ヘリは光球の直撃を喰らい豪音を上げたのである。
@ @ @
近衛は茫然と頭上を仰いでいた。眼が大きく開きじっと頭上で起こった事実を直視している。その手元は、表情とはうらはらに拳が堅く震えている。
彼の隣では、機動隊員がコンパクトタイプの電子制御双眼鏡で上空を見上げていた。
「警備本部長殿」
「どうした?」
近衛は部下の問い掛けに顔を引き締め冷静に答える。
「救援部隊を乗せたヘリが1機撃墜されました、のこる1機は攻撃を避けて退避していきます」
「撃墜手段は?」
「高圧プラズマの電気の塊……いわゆる『球電』と呼ばれる物かと」
「そうか」
近衛はどうにかして声が震えるのを押さえていた。
特攻装警を送るのは、あくまでも第1陣の突入部隊が突破口を開いた後の話である。それが突破口も開けないばかりか、ヘリごと撃墜された。もし、残る1機で、突入を試みても、搭乗した特攻装警ごとにヘリを破壊されるだろう。
ヘリが破壊される直前、機内から隊員たちが緊急脱出する。そして、背面に装備したジェットパックで急速降下していく。皆、地上へと降りてゆき、1000mビルに辿りつけた者は皆無である。
近衛にエリオットが静かに歩み寄ってくる。そして自らの上司の隣で頭上を仰ぎながら、淡々と語り始めた。
「課長、私は1つ分かったことがあります」
そのつぶやきに近衛は沈黙でもって言葉の先を待つ。
「私は今までの経験から、数体のアンドロイドと1人の老人が、世界中の警察組織や軍隊を敵に回して、何故これほどまでのテロ活動を続けてこれたのか不思議でした。ですが、その理由がようやくわかりました」
近衛はエリオットの横顔を見る。その視線に気づくようにエリオットも近衛の方を見る。
「近距離戦闘のみならず、遠距離レンジの強力な攻撃手段を有しているからです。しかも、生身の人間を超える身体能力を持ち、高度な電脳戦にまで対応可能。これはもはや一個師団クラスの戦闘能力に比肩します。食い止めたくとも食い止められないんです」
近衛は、エリオットの言葉にうなずきつつ、こう答えた。
「生身の人間にはな」
それでも――
「行くぞ、なんとしてもお前たちを第4ブロックに送り込まねばならん。次のプランを考えるぞ」
「はっ」
それでも諦めることは出来ない。
近衛は、エリオットと機動隊員を引き連れ場を離れた。彼らの頭上では機体を破壊され行き場を失ったヘリの残骸がゆっくりと風に流されながら弧を描き初冬の東京湾へと落ちて行く。
脱出に成功した部隊員たちが地上へと三々五々に舞い降りてくる。死傷者は奇跡的にもゼロであった。
次回、第1章第14話『空のクルセイダー』