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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
グランドプロローグ【未来都市のタイムライン】
4/147

2:午前8時30分:警視庁警備部警備一課

 東京都千代田区霞が関――

 眼の前に皇居を望む場所にそびえる建物がある。

 警視庁本庁、日本警察の総本山にして首都東京を護る法治国家の砦である。

 その建物の中、警備部と呼ばれるセクションがある。機動隊やSAT、要人警護のSP、災害対策や特化車両隊を有し、犯罪行為や災害発生時に身をもって市民を護る盾となる部署であると言える。

 そして、警備部の警備1課は、警備部門の中枢部であり総指揮が取られる重要セクションである。その警備1課の課長にして、陣頭指揮を撮っている人物がいる。近衛仁一警視正、日本の首都の護り手を一手に掌握する人物である。

 近衛は課長室の自らのデスクにて部下から送られてきた資料に目を通していた。この時代、紙による書類もまだまだ現役だったが、即時性が求められる情報は警察や政府機関専用のイントラネット内において暗号化文章にてやり取りされる事が非常に多くなっていた。

 近衛が自らのデスクにて視線を走らせているのはB4サイズの大型のスマートパッドであり屋外持ち出しをしても損傷などをすることの無いように特別に強化された防塵防水対ショック仕様の特製品である。その液晶ディスプレイ上に映し出される文書に目を通しながら近衛は思案していた。

 この数日、突然慌ただしくなってきた港湾エリアでの不法入国関連である。

 本来ならば別なセクションにて担当すべき案件なのだが、機動隊やSATを預かる彼にとっては決して無視できない要件が含まれていたからである。彼はデスク脇にあるインターフォン端末を操作すると、別室に待機する管理官を呼び出す。端末の向こうから音声と映像で返答してきたのはまだ30過ぎの若い男性であった。

 

〔お呼びでしょうか?〕

「来てくれ。話がある。それとエリオットを同行させろ」

〔承知しました〕


 近衛からの指示にその男性はシンプルに答えて通信を切る。そして3分と置かないうちに、近衛のいる執務室へとやってきたのである。だがその傍らには奇妙な人物が同行していた。


「日野江管理官、只今参りました」

「特攻装警第5号機エリオット、同じく参りました」


 日野江と名乗った管理官の男性の隣には2m近い体躯の異様なシルエットの人物が控えている。

 首から下はメカニカルなボディであり、人間の肉体をメカニックに置き換えたようなシルエットをしていた。それは重装甲を施されたボディであるらしく、190センチを超える巨躯とあいまって見る者を圧倒する迫力があった。そのダークアーミーグリーンのボディの上に厚手のダウンジャケットの様なハーフコートを身に着けており、頭部は生身の人間とほぼ同じであるが、頬のあたりに接合線のようなラインが浮かんでいる。やや日本人離れした堀の深い容貌からは彼が普通の生身の人間とは異なる存在である事が感じ取れる。

 そして彼が名乗った〝特攻装警〟と言う名称が彼の正体の一端を示しているのだ。

 近衛は二人に視線を走らせると告げる。

 

「ご苦労。そのまま聞いてくれ。すぐに動いてもらいたい案件ができた」


 その問いかけに日野江とエリオットは頷いていた。

 

「現在、特攻装警1号アトラスが暴対セクションにて都内最大手のステルスヤクザ・緋色会の動向を追っているのは知っていると思う。その過程である情報が得られて警視庁内で共有情報にあげられている。それがこれだ」


 そこまで話したところで近衛はデスクの上で操作していた大型スマートパッドを二人の方へと向ける。そこには都内の地図とともに複数の人物たちの映像が断片的に何枚も映し出されている。それをみてエリオットがつぶやく。

 

「これは――サイボーグカルト組織の武装暴走族?」

「そうだ。都内でも最大派閥で東京から横浜にかけての湾岸エリアを拠点として活動してる〝スネイルドラゴン〟と呼ばれるチームだ」


 近衛のその言葉に日野江が告げる。

 

「首都圏下のサイボーグカルト組織の中では最も武装度が高く危険性も高いと聞いています」

「そうだ。私の経験から言っておそらくステルスヤクザの緋色会の直下にあると見ていい。それに加えてまた別な情報も届いている。公安の外事部とインターポール経由でスコットランドヤードから、国際指名手配のかかったテロリストが日本に向けて動いているとの情報だ。その手口から『マリオネット・ディンキー』と言う俗称で呼ばれているそうだ」

「マリオネット? 人形ですか?」

「そうだ、エリオット。日野江、お前はテロリストと人形と聞いて何を連想する?」


 上司である近衛から問われて日野江は即座に回答する。

 

「ロボット、ないしは違法アンドロイドでしょうか?」

「そうだ。主犯はこのマリオネット・ディンキーただ1人で、あとは全て違法アンドロイドを駆使してのテロ行為を欧州を中心に続けている。特に英国人に対して目標を絞っていると言われており、英国国籍の著名人は一様に苦慮していると言われている。そして――」


 話をまとめようとしているのか、近衛は言葉を一旦区切った。

 

「ここまで集まった情報を元の推測だが、私は今夜、横浜港の何処かにて違法アンドロイドや違法サイボーグのからんだ小競り合いが起きると見ている。スネイル傘下の2次組織、3次組織が横浜エリアで活発に動いているそうだ。10月2日の深夜、その日付が繰り返し浮き上がってきている。そこでは私は横浜において何かが起きる。マリオネット・ディンキーとスネイルドラゴンに絡む事件が発生する――そう推測した。そこでだ――」

 

 近衛はそう告げながらエリオットと日野江の顔を交互に眺めると、エリオットへと指示を出す。

 

「エリオット、即時出動可能な第1種レベル待機で東京ヘリポートへ向え」

「第1種ですか? 出動の根拠となる物証は?」

「現時点ではそれは存在しない」


 エリオットからの問いに近衛が返した答えは意表を突いたものだ。警察は全ての行動において物的証拠が全てであり、証拠をもとに令状が発行され、令状を根拠として犯罪制圧行動が認められるという現実がある。エリオットや日野江が疑問を持つのは当然である。


「しかしだ――絶対に何かが起こる。そう見て間違い無い! これは私の勘による判断だが物証が寄せられてからでは遅いのだ。即時出動可能な状態で臨戦待機だ。いいな?」

「武装は?」

「おそらく非合法サイボーグを相手とした小競り合いとなる。一対多数の戦闘を考慮した装備選択を行え」

「了解です。では高速移動用ダッシュローラーと可搬式ガトリングガンを併用します。それと夜間戦闘と対サイボーグ戦を想定した装備選択とします」

「よし、それでいい」

「はっ!」


 エリオットは近衛の語る説明に頷いて明確に同意し指示を受諾した。それに満足して頷いた近衛は日野江にも指示を出す。

 

「日野江、お前は神奈川県警に〝仁義〟を入れておけ。向こうの縄張りに足を踏み入れることになる。先方の警備部課長以上に内密にな」

「かしこまりました。直ちに連絡を取ります」

「頼むぞ」

「はっ」


 警察というのは想像以上に縄張り意識の強い組織である。たとえ隣接する東京と神奈川であっても県境を越えて勝手に踏み込むことは絶対に許されない。担当区域はその区域を管轄する警察署が捜査して掌握する権利を有するのである。そこに横車を押して敢えて他の都道府県の管轄と踏み込むのならば、その地域を管理監督する警察本部へと連絡し承諾を得るのが警察としての基本セオリーだ。それを俗に〝仁義〟を通すと呼ぶのである。


「そして、エリオット。具体的な出場については追って連絡する」

「了解しました。特攻装警5号エリオット、直ちに東京ヘリポートに向かい、第1種レベルで待機します」

「よし、行け!」


 具体的な指示内容を出すと、二人は敬礼で返礼してきた。


「はっ!」


 そして二人は踵を返すと再び歩きだす。それぞれが指示を受けた場所へと向けて。

 ドアの向こうに二人が姿を消すのを目線で見送る近衛だったが、先のことを案じるかのように不意にこうつぶやいたのだった。

 

「さて――、人形使いと、のたうつ龍、どちらが生き残るのか」


 そのつぶやきに答えられる者は誰も居ない。

 


X2:[特攻装警関連情報集積ルーム〔バー・アルファベット〕]


 倫子は――、いや〝ベル〟はX-CHANNELのエントランスエリアに居た。

 X-CHANNELにアクセスして最初に訪れる場所である。まぁ、大抵は自分が希望するルームへ直行してしまうので、ここにやってくるのは待ち合わせる相手がいる場合がほとんどだが。

 とはいえ、不特定多数にその姿を見られるのは避けたい。なのでアバター外見閲覧に条件を設定した。すなわち――

 

【以前、会ったことがあること】

【名前をお互いに知っていること】


――この2つである。

 これなら多少なりとも安全性は上がる。そして指定された時間よりも5分ほど早く待機を始めた。

 そして――

 

「やぁ、待ったかい?」


――エントランスエリアの片隅にて佇んでいたベルだったが、待ち合わせの相手はすぐに訪れた。あの三毛猫貴族のペロである。シルクハットにステッキ姿の彼が歩み寄ってくる。


「ペロさん」

「やぁ、意外と早かったね」

「ペロさんこそ」

「5分前行動は礼儀だろ? さ、それじゃ行こうか」


 そう告げながらペロはあるき出す。その後を追うようにベルも歩きながら問いかけた。


「どこに行くんですか?」

「〝X-CHANNEL・深部限定エリア〟勧誘承認者が居ないと入れないところだ」


 X-CHANNELには何段階ものセキュリティレベルがある。その中でもアクセス可能者に厳格な条件が要求される限定エリアがある。X-CHANNELの巨大タワーの様な3D全体像の中で下層エリアの最深部として位置づけられているところから『深部限定エリア』の名があるのだ。そしてそのエリアにつけられた俗称をベルもまた知っていた。

 

「まさか――コキュートス?」

「なんだ、知ってるのかい?」


 ベルのつぶやきにペロは驚きながら振り返る。

 

「まぁ、名前だけは。アクセスは内部にいるメンバーの承認が無いとだめとも聞いてます」

「お察しがいいね。勘と頭がいい子は大好きだよ。でもエントランスではコレ以上は話せない。アバターに掴まってくれ、僕が誘導する」

「はい、お願いします」


 そう答えつつベルが右手を差し出すと、ペロも右手を差し出してきた。猫そのもののもふもふの手を掴んで彼の動きに身を委ねたのだ。

 

「じゃ、行くよ。しっかり掴まって」

「はい」


 そう言葉をかわすとペロは地面を蹴った。そして軽く飛び上がると風をきるように漂いだし、その場からまたたく間に姿を消していったのである。

 向かう先はX-CHANNEL深部限定エリア――通称:コキュートス

 限られた者だけに開示された特別な場所である。

 

 

 そしてペロに導かれるままに向かった先は、まさにX-CHANNELの構造体の〝底〟と言える場所だった。

 白銀色に光るフロアが広がり、その外周に円を描くように重い扉が並んでる。大理石のような鉛のような重厚な輝きを放つその扉の一つへとペロは歩いていく。当然、ベルもついていくが件の扉の前には中世の鎧姿の甲冑戦士が2名、重い戦斧を手にして扉の一つ一つを守護しているのだ。

 警護役の甲冑戦士はペロの背後にベルの存在を見つけた。当然彼らは警告を発した。

 

『本エリアは限定資格フロアです。来床資格の無い者は強制排除されます。来床資格をご提示ください』


 甲冑戦士のその問いにペロが答える。

 

「彼女は僕の招待したゲストだ。今から限定30分間ゲスト資格で特定ルームのみ入室可とする」

『了解、招待者とゲスト、それぞれの識別IDをこれよりチェックします。動かないでください』


 求められるままにペロとベルはじっと待っていた。甲冑戦士のヘルメットのバイザーが上がり、内部から青白い光が照射される。X-CHANNELのセキュリティーシステムによる、アクセス者の固有IDの識別処理のヴィジュアルイメージである。

 そして、チェックされること十数秒、バイザーは閉じて光が消える。甲冑戦士は二人の存在を承認した。

 

『フロアメンバー【ペロ】様、ようこそいらっしゃいました。ゲストメンバー【ベル】様、今より30分間、特別限定フロアをどうぞお楽しみください。なお、違反行動はそのまま招待者のペロ様の失点となりますのでご注意ください。それでは〝扉〟を開きます』


 特別限定フロアにはオープンエリアとは異なる決まりが数多くある。その中の一端が招待者への責任ルールである。

 すなわち招かれたゲストの品性と行動は、招待者が全責任を追うのである。ベルがしでかす事のツケはペロが払わねばならないのだ。当然、そうならないように招待者はゲストの人間性と信頼を自ら把握する必要があるのだ。

 その事に気づいてベルはペロに思わず言ってしまう。

 

「ねぇ」

「なんだい?」

「あたしなんかでいいの?」

 

 それはファミレスしか知らない女子高生が高級レストランに招かれた状況にも似ていた。ペロの猫貴族というキャラがなおさらそのイメージに拍車をかけていた。

 

「大丈夫だよ。これでも人を見る目はあるはずさ。さ、入って――」


 そう告げながらペロは扉の向こうへとベルを案内していった。その扉にはこう記されていたのだ。


[特攻装警関連情報集積ルーム〔バー・アルファベット〕]

[《ルームタイプ:常設会議室》《鍵:特別限定資格》]


 ベルは招かれるがままにその扉の向こうへと足を踏み入れていったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 その特別限定ルームはクラシカルな雰囲気だった。

 すぐに消える一般的な会議室とは異なり、常設タイプの会議室はしっかりとした作りが特徴だった。

 その部屋、特攻装警関連情報集積ルームはオールディーズ時代を想起させるような〝オーセンティックバー〟と呼ばれる正統派のクラシカルスタイルのバーだった。

 丸テーブルが数点ならび、カウンターが設置されている。そしてカウンターの向こうにはマスター兼バーテンダーが待機していた。その他にも客らしき人物たちが数人いる。おそらくはこのルームの常連だろう。

 

「いらっしゃい」


 ルームへと入ってきたペロたちの姿をみかけてマスターが声をかけてくる。

 清潔そうなワイシャツと、濃紺のスラックス、あごひげを豊かに蓄え、落ち着いた物静かな印象的な実年男性風のアバターであった。


「ペロさん、どうぞお好きなお席へ。お連れのゲストの方も」


 そう告げながら店内を指し示すように右手を差し出してくる。かたやマスターに対してペロが告げた。


「ああ、そうさせてもらうよマスター」


 そしてペロは先んじて歩き出す。ベルも、それを後ろからついていきながらマスターに会釈をした。


「失礼いたします」


 ベルが礼儀を示せばマスターもはにかみながら静かに頷いていた。ふたりはひとつの丸テーブルへと席を取る。そしてペロはベルが腰を落ち着けたことを確認しつつ語り始めたのだ。


「ようこそ、バー・アルファベットへ。改めて自己紹介するよ。ルーム開設者のペロだ。そして――」


 ペロはマスターを指し示す。


「彼がこのルームの管理担当者のミスターモノリス。ルームの雰囲気に合わせてみんなマスターって呼んでるけどね」


 ペロがマスターを紹介すれば、マスターは声を発する。


「よろしく」


 ペロの語りは続く。


「そもそも、この部屋だけど、ここが〝特攻装警〟に関する情報を集めることがその目的だというのは君にもわかるよね?」

「はい」


 ベルの答えにペロは満足げに頷いた。 


「単刀直入に言おう。君が〝兄貴〟と呼んで親しんでいるセンチュリーに関する情報が僕たちは欲しい。もちろん悪用するつもりは全くない。ただ単純に僕たちは知りたいだけなんだ」

「知りたい? なぜですか?」

「はは、当然の質問だよね。でもその問いかけに答えはないんだ。ただ知りたいと言う要求そのものが目的ということもあるんだ。ただ強いて付け加えるとすれば――」


 ペロが言葉を一区切りしつつ両手を合わせる。指を組もうとしているらしいが、猫なので組めないのだ。


「――僕たちは特攻装警という存在に大きな期待を抱いている。この閉塞した時代を、行き詰まったこの社会の治安を、暴走する都市を〝人間ではない彼ら〟なら何とかしてくれるんじゃないかってね。君にも心当たりがあるはずだよ、ベル」


 図星だった、ベルはただ素直に顔を縦に振るしかなかった。 


「特攻装警という存在に期待はしている。他の秘密のベールに包まれて実態は詳らか(つまび)にはならない。でもそれでは僕達にとっては面白くない。少なくとも期待し応援しているのだからその実態は知りたいだろ?」


 確かにそうだ。


「分かります。〝兄貴〟って呼びたいくらいだから、もっと詳しくこの人について知りたいって素直に思いますから」

「だろう? ならば話は早い。このルームのメンバーにならないか? 今センチュリーについてリアルタイムに確実な情報をつかめる人間を探していてね。センチュリーは出会ったことがある人間はものすごく多いんだけど、深いところまで知ってる人間は恐ろしく少ない。そういったディープな情報を知っている人の中で、このルームに招けるような礼儀と人間性を僕たちは探していた。そして――」

「私ですか?」

「うん、そういうこと。オープンエリアの特攻装警関連に足繁く通っていたのは気づいてたからね。立ち振舞や言動から悪い子では無いと見ていたし、名前は分からなくてもアバターはテーラーメイドをいじったセミカスタムだから改造ポイント覚えておけば見つけるのは割と簡単だったよ」


 ベルはオープンエリアではあえて名前を名乗らなかった。個人識別を防ぐためてあったがあっさり筒抜けだったのには拍子抜けするしかない。


「よ、よく見てるんですね」


 ベルの戸惑いに声をかけてきたのは少し離れた位置に腰掛けていた別な人物であった。


「X−CHANNELの〝底〟――コキュートスに足を踏み入れるほどの人間なら雑作もないことさ」


 席から立ち上がり歩み寄ってくる。そしてその人物のルックスにベルは見覚えがあった。


「あ、オープンルームにいらっしゃった」


 ベルの前に現れたその人物はチロリアンハットを頭に抱いていた。


「〝ダンテ〟だ。よろしく」


 ダンテが差し出してくる右手をベルは握り返しながら答えた。


「ベルです」


 挨拶を交わし終えると、ダンテもベルたちのテーブルの席に腰を下ろしたダンテもまた語り始める。


「無論、何の対価もないというわけではない。君がもしどうしても知りたいと言う〝情報〟があるというのなら我々は協力する。当然また逆も然りだ」

「いわゆるギブアンドテイクってやつですね?」

「あぁ、そう言う事だ。当然強制はしない。君の自由意志のままだよ」


 そう語るダンテの口調や物腰は柔らかく穏やかだった。

 ベルは一瞬逡巡した。そしてセンチュリーからの言葉が頭を一瞬よぎったが――


「わかりました、是非参加させてください」


――彼女は決断したのだった。

 その答えにペロもダンテもうなずき返す。そしてペロはこう語るのであった。


「君ならそう答えると思っていたよ」

 

 その言葉に頷きつつも、ふと何かを思い出したようにベルはダンテに問いかけた。


「ひとつお聞きしたいのですが」

「なんだね?」

「先ほどのオープンルームで話しておられた特攻装警の〝2号〟と〝5号〟についてです。なぜ探ってはいけないのですか?」

「ああ、そのことか」


 ダンテの顔は上半分はチロリアンハットでかくれていたが覗いていた口元がかすかに微笑んでいた。


「いいだろう、教えてあげよう。限定ルームだからねここは。他に聞かれることもない」


 ダンテは少し身を乗り出しながら語り出す。

 

「まず5号のエリオットはその職務上の問題からだ。エリオットは現行の特攻装警の中で唯一の重戦闘タイプだ。増え続けるサイボーグ犯罪やアンドロイドテロに対応可能な唯一の最高戦力だからね。警備部に所属して機動隊やSATや武装警官部隊と言ったカウンターテロリズム部隊と連携して行動することが求められる。エリオットを〝日本警察最後の砦〟と呼ぶ人も居るくらいなんだ」

「へぇ――」

「だからこそだ。むやみに外部に公開する事は、彼らにとって手の内を晒すことにもなる」


 そこまで聞かせてもらってベルも気付く。

 

「そうか、犯罪者に対抗策を与える事にもなりかねないんですね?」

「察しが良いね。そのとおりだ。

 日本に限らず、警察はもともと手の内の全てを外部に明かしているわけじゃない。今なお、詳細が明かされていない部署は山ほどある。その中で、アンドロイド警察官である特攻装警が、これから担う責任はとてつもなく重い。だからこそだ、エリオットみたいに〝非合法ギリギリ〟の任務をこなす存在は詳しく明かしたくないと思っていても不思議ではないのさ」

「なるほど――」


 そこまで語った時、ペロが口を挟む。


「でも2号は違うんだな」


 ベルが不思議そうに視線を向ければ、ダンテは意味ありげに微笑んでいる。

 

「2号は登録抹消の上、詳細データは破棄封印とされている。当然、個体名も決められていない。調査する事すらタブーだ」


 ペロの言葉にダンテが続けた。

 

「これは、ここだけの話として聞いてくれ。2号はその開発過程において、犯罪組織からの報復行為に見舞われたと言われている。巻添えとなって死亡者も出たと言う。だが警察はこれを封印。外部への情報の流出を一切シャットアウトした。今なお箝口令が続いていると言う。なぜそこまで頑なになるのか――、よほどひどい事案が起きたと言われてるけどね。興味本位でタッチしないのが身のためなんだ」


 ダンテの言葉には重みがあった。ベルも真剣に頷かざるを得なかった。だが、その空気を変えたのは、もちろんペロである。

 

「時にベルちゃん、一つ聞いていいかな?」

「はい?」


 ペロは唐突に話題を変えた。

 

「センチュリーって恋人とか居るの?」

「はいい?」

 

 ベルの声が思わず裏返る。

 

「いや、だってさ。1号のアトラスにはいい人が居るらしいし、センチュリーも若い子たちに人気あるでしょ? 特定の子とかいるんじゃなかなと思ってたんだけど」

「え? アトラスにそんな人、居るんですか?」


 アトラス、特攻装警の1号機にして始まりの特攻装警である。

 

「らしいよ。まぁ、証人保護プログラムの一貫って説もあるけどね」

「いや、居ないわけじゃないけど――、あれは六花がそう言い張ってるだけだし――、センチュリーってその手のアプローチは華麗にスルーするし――、あたしもあっさりかわされたし――」

「かわされたの?」

「はい、あっさり――、まぁ仕事が恋人みたいな人だし、特定の子を決めたら間違いなく揉めるのは兄貴も分かってると思うんです。ただ、居ないことも無いんですよね。その子の自称ですけど」

「居るのかやっぱり」


 ベルの言葉にダンテが興味深げに視線を向ける。

 

「名前は?」

「福原六花、半分子供みたいな子です。いろいろ事情があってセンチュリーの兄貴が保護してるって話で」

「なるほど保護目的か――」


 そうつぶやくとダンテは思案顔になった。そして静かに立ち上がる。

 

「良くないな、状況的に」

「え?」

「調べてくる」

 

 そう言葉を残すとダンテは部屋の扉から出ていく。目的が決まったら即断の性格らしい。

 

「ダンテさん?」

「行っちゃったね。まぁ、当然か」

「どうしてですか?」

「ベル、さっきの2号機の話、思い出して」

「2号機? ――の話って――あっ!」


 そこまで会話してさすがのベルも気づいたらしい。

 

「わかったかい?」

「はい、報復行為の巻添え――ですね?」

「そう言う事、ダンテはそう言う自体が再び起きる事を常日頃から警戒しているんだ。彼も特攻装警には強く期待してる。第2号機が封印されたときのような重篤な巻添え被害が起きることをなにより案じてるんだ。彼が求めるのは特攻装警の周りの人達の動向なんだ」


 そして、ペロはベルの方を見つめ直しながら改めて問うたのだ。

 

「ベル、ここにたどり着く者は何かしらどうしても手に入れたい情報を欲している。そしてそうした事情があるからこそ、ルールを守り対価を支払う。彼もそう、僕もそうだ。そして、ベル――君は何を求めるんだい?」


 当然の問いかけだった。僅かな思案の後にベルは打ち明けることにしたのだ。

 

「東京の街角で消息を絶った先輩の行方です。どうやら組織犯罪に巻き込まれた可能性があって、色々と調べてるんですが――」

「掴めないと?」

「はい」

「それでその組織の目算は?」


 ベルは顔を左右に振った。現段階では分かろうはずがない。

 

「そうか――、それではこのままじゃ手詰まりだよね」


 ペロはシューズのつま先で床をコツコツと鳴らしながら思案していたが、意味ありげに笑みを浮かべながらベルにこう告げた。

 

「面白いところに連れてってあげようか。君にも十分、意味のある場所だ」

「それって――」

 

 だが問い返してくるベルにペロは右手を左右に振りながら諭す。

 

「おっと、焦りは禁物だよ。ちょっと準備があるからね。連れていけるのは今日の夕方かな。4時ぐらいにまたここにこれるかい?」

「解りました。今日の4時ですね?」

「OK、その時間でいい。できればアクセス環境は周りから見られないほうがいい。ビジネスホテルのシングルルームなんかは最適だね」

「機密保持ですね?」

「あぁ、万が一に備えてだ」

「はい、それじゃ準備を整えて4時におまちしてます。VR機材も簡易型じゃない方がいいですね?」

「そうだね。最低でもフルゴーグルに両手を自由に使えるレベルの装備がいい」


 VR環境にアクセスするには様々な装備がある。倫子がファーストフードの2階にて使っていたサングラス型のVRゴーグルは、出先でも気軽に使えるように設計されたモバイル目的の物だ。それに対して頭部を全周フルカバーしたり、両手をフルに使える仕様であったりと、様々な機能のVR環境ツールが市販されラインナップされている。

 倫子もそのレベルの装備は持っている。自宅から持ち出す必要はあるだろうが。

 

「解りました。自分の中で一番良いのを用意します」

「OK! それじゃ約束のところで待ってるよ!」


 言うだけ言うとペロは立ち上がりその部屋から去っていった。後に残されたのはマスターとベルだけだった。


「それじゃ私も失礼いたします」

「はい、お気をつけて」


 ベルの言葉にマスターが柔らかに答え返す。そしてベルは立ち上がると力強く歩き出す。そして、その限定ルームから去っていったのであった。

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