第10話 『侵入者』
事件の進行する第4ブロック階層。
そこに現れた“影”とは?
第10話 『侵入者』 公開です
【本日、2話一挙公開!】
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有明1000mビル、第4階層ブロック――
そこはサミットが開催可能な大規模ホールを始めとする各種ビジネス施設に特化した階層だ。
一つ一つのブロックは、すり鉢状になっており、ローマのコロッセオの様に六角形の凹型の構造をしている。ブロックの中央部は人工台地となっていて、そこに用途に応じた様々な施設が設けられている。その人工台地の外周は高さ50m程度の環状の高層ビルとなっている。
さらに第4ブロックの人工台地には大規模なコンベンションホールが設けられてる。
コンベンションホールを中心として小規模な屋内ビル施設が設けられていて、外周の環状のビルはビジネステナントが集まっている。
環状ビル最上階は展望フロアである。
そして、第4ブロックにはメイン施設であるコンベンションホールと外周環状ビルと、いくつかの屋内ビルとが四方八方に伸びたスカイデッキ通路で繋がれていた。
その第4ブロックの人工台地の上では生死の境ギリギリの状況がなおもづいていた。爆破事件、大規模停電、ビル内施設の完全沈黙――その次に何が起こるかは予想は誰にもできなかった。
武装警官部隊・盤古の全隊員たちはすぐさま、警護対象である国際サミット参加者たちを速やかに中央コンベンションホール内に誘導し収容を終えていた。またサミット参加者を護るSPの警護官たちはその誘導と収容作業に協力している。
それまで屋外で警備をしていた軽武装タイプ盤古の姿はフロアの建築物の外には一つも無い。警護官たちとともに屋内での警戒任務に移行していた。
その代わりに屋外での警戒任務に現れたのは、全身を動力式プロテクターで包んだ標準武装タイプの武装警官だ。彼らが幾重にも散開して周囲に警戒を巡らせている。この第4ブロック階層の中に敵意と悪意をまき散らす者たちからサミット参加者を守るためである。
現在、盤古隊員は1グループ4~5人で行動していた。
二人が上方向に警戒をして視線を廻せば、残りが水平方向に視線を巡らせる。
銃器の警戒方向も上方向と水平方向を怠らない。彼らの周囲には、それらを怠った結果がすでに存在している。軽武装タイプの故障者がそこかしこに横たわっている。それを目の当たりにしても隊員たちは何も話さない。
白磁のプロテクターを身に着けた彼らは、六角のフロアの上で慌ただしく動き回っていた。彼らは気付いている。彼ら盤古に対して危険なまでの攻撃の意思をもった者たちが数体存在する事に。そのシルエットは路盤のフロアを離れ、上方へと一時的に逃れて行ったはずだ。
第4ブロックのフロアに建つ屋内ビルの1つ。その最上階付近で複数の影が動く。
小柄な体躯――
細いシルエット――
漆黒の陰影――
小柄な体躯のローラは、屋内ビルの屋上をビルからビルへと跳ぶように疾駆する。背丈はもとから大きくない彼女である。だが、シャムネコか黒豹の様にしなやかなその体は彼女の持つ全身のバネの強靱さを暗に語っている。
細いシルエットのアンジェは、足早にビルの上から立ち去る。複数ある屋内ビルの間の狭い空間にその姿を落とすと、その特徴的な重厚なプラチナブロンドを風で広げて、メアリーポピンズよろしく舞い降りて行く。
漆黒の陰影のマリーは、その濃厚な黒い影を僅かに揺らすと姿を消した。シルエットが間延びし真夏の夜の幽鬼の様に、すみやかに移動する。無論、音も無くサイレントだ。
3つの影はそれぞれ異なる方へと向かう。まずはその一つ――
ローラが、屋内ビルの屋上から飛んだ。隣接する屋内ビルの壁と壁を、山岳地帯の山鹿の様に飛び回りながら緑地帯のエリアに降りてくる。そして緑地帯の中央を貫く舗装道路へと舞い下りた。
黒いボブヘアが、ビスクドールの様な小さな体躯の上で揺れる。
その視線は鈍く輝くと一つの鋭利な直線を描く。
視線が眼前のコンベンションホールを射抜く。
彼女の脚がしなやかに動けば、音も少なく無音に近いまま、その黒いシルエットは弾丸のように疾走した。
駆け抜ける彼女の視界の中、映るのは厳戒態勢のコンベンションホール。表立った人影もほとんど絶えたその場所をターゲットとして、ローラはさらに加速した。
彼女の前方に残されたのはコンベンションホールの中央ゲートだ。
コンベンションホールのガラス扉/ガラス窓ごしにローラに視線を向ける者たちが居る。ホールの内部で警戒する武装警官部隊の隊員たちや避難誘導された来賓たちである。安堵の表情を浮かべる彼らを垣間見るに至って、ローラはその胸中にほんの少しの苛立ちを覚えた。
その苛立ちを加速させるかのように陰から姿を現したのは、武装警官部隊の標準武装タイプ。鉄壁の武装で待ち構える白磁の衛兵たちである。その数、3名ばかり。自動小銃を手に待ち構える彼らの数の少なさにローラの苛立ちはさらに増した。
実はその時点で、盤古の隊員たちは行動単位の編成を3名に変更して、さらに複数のグループに別れて構造物の様々な場所にて攻撃準備を開始していた。そして互いに連携し合いながらホールの周囲に十重二十重に防衛のためのフォーメーションを構築していたのである。
さらには、周辺部では標準武装体の盤古が正規配備の機関銃を伏射の体勢で構えていた。ホール周辺の屋内ビルの屋上では狙撃要員が特殊偽装をほどこして待機している。
武装警察部隊の隊員はそれまでの警察の基準の枠を超えた、勇猛なる戦闘エキスパートである。さらには独自のハイテク仕様の対テロ/対武装アンドロイド対応の特殊装備や攻撃フォーメーションを有している。
それらを駆使して、ステルス技術とネットワーク化を武器に凶悪化と複雑化の一途をたどる未来型犯罪に対抗しているのだ。そして今まさに彼らの警戒範囲網にあのローラが侵入してくる。それを見逃すことなく鉄壁のネットワークに攻撃指令がくだされたのである。
コンベンションホールの正面ゲート前の3人の中央に警戒部隊の小隊長が構えている。その身を危険にさらしてまでローラをおびき寄せる〝囮り〟の役目を自らに課している。
彼らが構えるはM240E6.LMG、体アンドロイド用の特殊弾丸を装填した可搬機関銃だ。
マットブラックに塗られたM240を構えたまま、フルフェイスのヘルメットの中、思考読み取り装置と網膜投影技術を駆使したシステムで、音声無線以上の濃密な情報伝達が行われていた。視界に投影される簡易マップの中では、ローラの存在を示すサインが全隊員へと赤いシグナルで伝達されていた。
【 目標捕捉・攻撃開始 】
小隊長の思考がデジタルコードとなり全隊員の視界の中に投影され、全ての盤古に攻撃を指示した。
その周囲には5つのグループが散開している。
中央正面の囮の3名の他、右手に2グループ6名、左手に2グループ6名だ。
その彼らによって引かれたトリガーが、対犯罪アンドロイドの為に設計された7.62径の重比重硬化タングステン弾丸を猛射する。
ローラへと注がれるのは弾丸の豪雨だ。灼熱と白煙をまとわせて鉛のスコールが彼女を襲った。ローラは即座に弾幕を視認すると足元を軽やかに蹴って自らの走行ルートを歪曲させる。そして、7.62径重比重弾丸の間を目標へと進行する。
青白い硝煙と周囲に広がる陽の光で浮かびあがる幻想的なバトルフィールド、そのフィールドの光景の中にほんの僅かな切れ目が存在するのをローラは見逃さない。地面を全力で蹴って駆け抜け、その切れ目を何事も無いかのようにすり抜けるのだ
無表情な彼女の瞳が僅かに歓びを浮かべている。その瞳の歓びは彼女の心の中の攻撃性と直結している。
その攻撃性は彼女の感覚をより鋭敏に研ぎ澄ませ、敵意と攻撃性を叩きつけるターゲットを欲してやまない。そしてそれは最初に彼女に視認された囮の3名に向けられたのである。
しかし、その彼女が見ようとしなかった方向の中に、M240の自動小銃を撃たずに物陰で独自に行動をする隊員が居た。トラップ装備の捜査担当要員だ。彼はローラを視認しながら呟く。
「高速型アンドロイド補捉用特殊装備、起動」
その文言と同時にローラは突如として衝撃を受けた。無音のまま空間に透明な電撃が一瞬走り彼女を空間上で撃ち落とす。当然、彼女は停止させられて路面上へと這いつくばる。さらに彼女の頭上で炸裂音が鳴り響き、彼女を覆う様に高発泡製の特殊フォーム材が浴びせられていく。ローラはそれを無表情に見ていた。彼女が何のモーションも見せないまま、ベージュ色のフォーム材はローラに纏わりついてその身の自由を奪うのだ。
物影の盤古隊員が再び告げる。
「『サイレントマイン』目標物を補捉。『バブルネット』ターゲット拘束」
彼のその呟きは、他の盤古隊員に伝達していた。
ターゲットは〝泡製の拘束フォーム〟に包まれている。その向こうにローラが居る。
それを狙いすまして盤古たちは再び機銃のトリガーを引いた。
@ @ @
同じ頃、別の場所にマリーが居た。
マリーは屋内ビルの上を飛び石で渡り移動していた。
その漆黒の闇を纏ったようなシルエットは細い。そして、その存在は常に不確かである。
幽鬼のように揺れながら、漂うように移動す彼女――、袖の長い黒のロングドレスをまとい足下には黒のローヒールを履く。
彼女の頭部が周辺を向くたびに、そのシルエットに繋がれた青黒い長い髪がゆったりとそよぐ。その赤い爪はまさに、それまでに吸い続けた流血の色である。
彼女の前に一つの獲物が居る。狙撃要員の盤古がビルの上で警戒に当たっている。
その目で目の当たりにしている光景に合点がいかないのか、視覚だけでなく聴覚を行使して僅かな機械ノイズや人間の呼吸音、さらには心臓の鼓動までも聞き取ろうとする。そして、彼女が導き出した結論は1つしかない。
「こいつ、一人だけ――」
そこに僅かな疑問が生じないでもない。狙撃要員であるならば、カムフラージュは必須だ。だが、彼女の眼前の狙撃者は、その身体に周囲の構造物と類似した色を返す専用の液晶シートを被っているだけである。確かに、はるか彼方の路面上のターゲットからはその存在を見つける事は難しいだろう。だが、狙撃者本人が狙われることを考えたら、彼女の目から見たらまるっきりの無防備である。全てがアナログの旧時代の戦場のスナイパーとはわけが違うのである。
「日本の対テロ部隊も大した事ないのね」
マリーは侮蔑と見限りのセリフを吐くと、音もなく動き出した。漂うように速やかに、そして全ての気配を殺して1つのゴーストの様に狙撃手へと魔の手を伸ばす。
攻撃の際に彼女が行使するのは、もちろんその真紅に光る爪である。速度を落とさす両手の指に力を込める。その刹那、薄鈍い輝きだった赤い爪は輝きを強め〝狩り〟の時が到来したことを告げていた。
彼女の視界の中で目標となる狙撃手には変化は無い。無言のまま狙撃の体勢を取り続ける盤古隊員が居るだけである。
「ふふ、楽な仕事――」
笑いを噛み殺しながら殺戮の瞬間を実行しようとする。だがそれは『罠』である。
それは姿は全く見えていなかった。だが確かに何かマリーを襲う。重く鈍い唸り音が響き、それに混じって打撃の様な発射音が無数に響いた。その音と同時に幽鬼のようなその黒く細いシルエットは、後方へと弾き飛ばされいたずらに宙を彷徨うのだ。
「今、たしか、姿が無かった――」
マリーは驚きの中でつぶやく。
屋内ビルの屋上フェンスの外――他の屋内ビルとの間の空中――そこから姿を現したのは標準武装タイプの盤古隊員である。
10ミリ口径マイクロガトリングカノンを装備し、狙撃要員の護衛と狙撃の補助の為にビルとビルの空間という予想外の場所へ、強靭な無数の単分子ワイヤーで足場を構成し、さらには3次元ホログラム迷彩を駆使して、その姿を完璧に隠しきっていたのだ。
まさに思わぬ伏兵である。
「襲撃犯捕捉、攻撃成功。経過を観察する」
状況を確認するように告げると、その隊員はハンドガトリングカノンのトリガースイッチに指をかけスタンバイする。
敵が――
ディンキーのマリオネットが再び動き出す可能性を警戒していたのである。
@ @ @
アンジェは頭上を振り仰いだ。降り立った路上の上で、周囲の空気を見ている。
屋内ビルの影、路上の上でアンジェは不穏な空気を嗅いでいた。感じるのではない。聞こえるのでもない。何も受け取るものがアンジェには伝わってこないのだ。無さ過ぎた。ローラとマリーの感触が何も無い。
「まさかね」
アンジェは笑いながら呟く。そんな発想など間抜けだと言わんばかりに。
緩いカーブを描くプラチナブロンドを揺らし、アンジェはその場で足踏みする。
「ありえないわ、こんな鉛の兵隊なんかに」
そう思いつつ瞳を冷たく光らせながらアンジェは駆け出した。緑地帯の中の広い舗装路上を疾走る姿は先のローラに似ている。ローラと同じ正面突破にも思えるが、コンベンションホールの裏手から奇襲攻撃を図るつもりらしい。
アンジェが姿を表したのは、コンベンションの真裏に当たり、ゲートは一切なく巨大なガラス壁面があった。ステンドグラスと巨大液晶ディスプレイパネルを兼ねた高さ数m程の巨大なガラス壁面だ。中央ゲートの正反対。そこへと接近を試みるつもりなのだ。
しかし、目的の場所に接近するに連れて周囲への警戒を強めるのだが、周辺警護する警官部隊がアンジェの元に姿を現す気配は未だに無かった。
「あら?」
アンジェは何か拍子抜けしていた。何も無い壁だけの部分を狙うよりは、ゲート附近の方が侵入しやすいであろう言うことは誰でもわかる。だが、その一方で、それの反対の発想を侵入者が持つかもしれないと言うことは、それもまた考えられる事実である。
だからこそ、アンジェはそこにも誰かしらが警戒に当たっているだろうと予想していた。
だが、そこには人影はほとんど感じられない。警戒監視に二~三人が歩哨として立っているのみである。アンジェの眉がくもる。それは明らかに不満の意思表示である。
彼女の脚はガラス壁面へと加速した。警戒がないのは建築物の防御能力によほどの自信があるためだろう。ならばそれを試してみたくなるのは、テロや破壊活動を行う者として本能である。
警戒監視の隊員たちはアンジェのその存在を視認すると保有する自動小銃を即座に構えた。アンジェはその身を低くして、さらに前のめりに低く飛ぶ。高く飛べば狙い撃ちにされる。低ければ急な軌道修正もできる。アンジェの銀髪が彼女の動きに逆らうように持ち上がる。こころなしか輝きを僅かに帯びている。
「たった3機か」
これまでのテロ活動の経験から、この程度の数なら『殺してくれ』と言っているような物だ。呆れと侮蔑と、もう何度も味わってきた殺戮への歓喜とを感じながら急速に接近していく。
切り裂こうか? 叩き潰そうか? 焼こうか? その手段について思案していたその時である。
駆け抜けようとするアンジェを見えない力が突如を襲った。何も無いのに彼女の速さが遅くなる。遅くなるばかりでなく苛烈な力が彼女を地面へと叩きつけようとする。アンジェはその身に感じる。それが明らかに人為的なトラップであることは確かだ。
さらにはアンジェは奇妙な気配を肌で感じていた。姿は見えない、声もしない、ぬくもりなど微塵もない。だが、確かに誰かが居る。それは度重なるテロ活動の末に身につけた本能であった。その本能のままに周囲を見渡せば、現れたのは鈍く光る自動小銃の銃口だった。
「ホログラム迷彩!」
アンジェはその時、感じていた得も言われぬ気配の正体を知ることとなった。
周辺の街路樹の影、コンクリート壁の側、金属柱の傍ら――、ありとあらゆる場所から次々とその姿を現してくる。ホログラム迷彩――、古典的ではあるが完璧に機能を使いこなせば、襲撃者を出し抜くにはこれほど最適な装備はなかった。隠身の為に3次元立体映像を身に纏う技術であり世界的にも広範囲に普及しているものだ。
アンジェとて今までにも幾度も見てきているはずだ。対策も見分け方も体得していてもおかしくない。だが、開発ベースとなっているハイテク技術の高度さと精密さによって、その完成精度には雲泥の差が出てくる。当然、映像の精度技術によって見つかりにくさは格段に向上する。
「ジャパニーズのテクノロジーの繊細さは伊達じゃないってことね」
関心したかのような言葉を吐いたが、しかめられた柳眉が内心のいらだちと怒りを現していた。先程からその身を襲う見えない力の正体も判然としない、これもまたこの日本と言う国の保有する技術の成果だというのだろうか?
3次元ホログラム迷彩を次々と解除して、瞬く間に20人ほどの武装警察部隊の標準武装体がアンジェの周囲を完璧に取り囲んでいた。
立ち往生するアンジェを、盤古隊員たちが注視している。銃のトリガーに彼らの指がすでにかかっている。
向けられた銃口を確認してアンジェは叫んだ。
「そう――、そうでなくてはつまらないわよね!」
その叫びと同時に周囲から何かが無数に投げこまれる。手榴弾の様に閃光と衝撃と強烈な電磁波がアンジェの周囲を飲み込んで行く。その攻撃を受けた瞬間、彼女は攻撃の正体を即座に感じ取った。アンジェが微笑んだ。純銀のプラチナブロンドの下で、彼ら盤古隊員に微笑みかけている。凍った冷たい笑みで。そして、アンジェに向けて、全ての盤古隊員が引き金を引いた。
次回、第11話 『護衛任務』
本日、2話連続公開です!!

















