第8話 『第2科警研』
エヴァにネルフがあるように
パトレイバーに篠原重工があるように
特攻装警たちにも生まれ故郷があります
第8話 『第2科警研』 公開です。
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東京の西方――
中央線で都心から30分以上かけて向ったエリア、かつてそこは単なるベッドタウンでしかなかった。
だが、2039年の今は違う。その地域は、大首都圏の交通の流れを担うメガロポリスの一角を形成していた。
府中市。そこは超高速の中央リニアが走る情報発信都市である。
府中市からやや南に下った地域、京王線とある駅に中河原と言うのがある。その中河原の駅からちょうど西方の方角に白磁の施設が見える。7階建てでビルが4つ以上並んでいる。駅を降り徒歩で歩いてその建物まで十数分ほどである。
高さ2mほどの金網柵に囲まれたその建物の東側の正門は広く、2車線の舗装路と警備員の控えるゲートボックスがある。門の両側のアーティスティックな門柱にはその建物の名称を記した巨大な金属製看板がある。特殊コーティングのステンレスで作られたその看板にはこう記される。
文部科学省付属、府中第3合同学術研究施設群『中河原シヴィライゼーションイクイップメント』
よく見れば、警備員のゲートボックスにも、門から敷地内へと延びる舗装路にも、その施設の名が略号でそこかしこに書き記されている。『N.C.E.』――と。
敷地の中は極めて広い。ドーム球場1つ分はある。その広い敷地の中に十字状に広がる巨大な建物が東西南北に延びている。門を潜ればすぐに敷地内の地図看板が在り、敷地内に入っている様々な学術研究施設の名が記されている。そして敷地内の北側、そこは比較的人の出入りが激しくビル入口には入居している公的組織の名称が示されていた。
【警察庁、第2科学警察研究所】――通称『第2科警研』
そこは、アトラス以下、多数の特攻装警たちを生み出した地であった。
N.C.E.の北ブロックにある第2科警研は、研究ルームや作業ドックを中央ブロックの高さの低いビルの棟に持っている。その中央作業ドック棟の中、3階立てのビルの一角には、第2科警研のコミニュケーションルーム区画がある。第2科警研に関わる面々の集う娯楽室である。
そこで、5人の女性たちがミントグリーンの丸テーブルを囲んでいた。
その中の一人に、ミドルのストレートヘアーの女性がいた。肌は抜けるように白く日本人離れしていて、彼女がハーフ系である事を示している。髪の毛は濃い目の茶で、瞳には薄い碧がかかっている。
第2科警研オフィシャルの白衣の胸に下げられたネームプレートには顔写真とともに、彼女の名が記されている。
「第2科警研主任技術者:布平 志乃ぶ」
思案にふける彼女の前には、たくさんの女性ファッション雑誌が並んでいた。
大人向けのフォーマルな物から、ティーンエイジ向けのカジュアルな物まで、はては少女向けのピンクハウス・ミキハウスまで……、さらにはウォークマンサイズのデジタルマイクロビデオの再生機まである。雑誌から映像資料まで…そのジャンルは極めて多彩である。
その彼女の周囲で、同じくファッション雑誌に取り組んでいる女性たちがいた。丸テーブルを囲んでいるのは彼女の研究作業班のメンバーであり彼女の旧知の人物たち。その一人、長いロングヘアーの切れ長の目の女性が、布平に問い掛けてくる。
「あの子、うまくやってるかしら?」
ロングヘアーの女性――互条 枝里は言葉を続ける。
「確か、今回のフィールの任務ってVIPの護衛よね? SP任務は初めてのはずだけどあの娘に勤まるかしら」
枝里の言葉に志乃ぶは悪戯っぽい笑みを浮かべながらも、やや力をこめて問い返す。
「枝里、自分の手掛けた娘の事が信用できないの?」
「そんなんじゃないわよ。ただ今回のあの娘の相手って、主に海外の学者や知識人たちじゃない? モラルや理解力のあるタイプだったらいいけれど、頭の堅い古いタイプとかち合ったら、あの娘、何を言われるか解らないわ。それに、まがいなりにも国賓クラスの人物と応対するわけだから、ミスは絶対に許されないし」
エルジャポンを開いて読みふけっていた巨大なトンボ眼鏡の女性が顔を上げる。5人の中で唯一の関西系で、名を一ノ原カスミと言う。
「まぁ欧州の方やと、いまだにアンドロイドに偏見をもってる連中はけっこうおるようやしなあ」
「そういうことよね」
カスミの言葉に絵里が続けれるが、カスミの方はその意図はまた違ったもののようだ。
「けどフィールの器量ならその辺もうまくこなすと思うで。なにしろ〝不気味の谷〟対策は完璧やさかいな! ホンマ心配性やなぁ枝里はん」
図に当たっているので返答の二の句が告げなかった。枝里は、手にしていたファッション雑誌を閉じると、やや荒っぽくテーブルの上にそれを投げ出す。皆が、かすかに声にならない笑いを洩らすのにいくらの時間もかからなかった。
その時、テーブルの片隅から気の抜けたスローテンポな声が流れてきた。ショートボブの典型的な卵顔の日本美人で、金沢 ゆきと言う。
「そう言えば、今日のフィールですけど」
ゆきが笑顔で告げる。
「あの子、警察の礼服がとても似合いますよね。顔立ちが幼いからちょっと心配だったんですけど」
「そうね、これまでも色々と着せてみたけれど、最初は警察のアンドロイドが礼服を着るなんて当たり前すぎると思って考えもしなかったから一度も着せた事が無かったものね」
枝里の言葉にゆきは頭上を仰ぎ思い出してみる。その隣から志乃ぶが言葉を差し込む。
「あたしから見ても今回の礼服はなかなかの傑作よ。ゆきも着付けをしてみて鼻が高いでしょ」
ゆきはうなずく。
「はい。あの娘はプロポーションとてもいいんですよ。服装もとても選ばない。典型的なモデル体形ですから、何でも着てもらえると言うのはたまりませんね」
「理想体形ね」
枝里が感心して言う。その目つきが心持ちに本気になっている。
「あら? 枝里さんたら、羨ましいんですか?」
ゆきが真顔で見つめた。枝里が不意に眉を曇らせる。
「そ、そんなんじゃないわ!」
「そうですか?」
それまで、座の片隅で無表情にB6大のポータブルビデオに見入っていた大柄な女性がいたが、彼女――桐原 直美の前には、2028年モデルのパリコレの録画映像が流れていた。現地の生のフランス語を耳にしながら映像を熱し人眺めている。
直美はゆきと枝里のやり取りにアドバイスする。
「フィールは乾燥重量が約56キロで身長が約150cm。通常の生身の成人女性とほぼ同等。これまでのアンドロイドやロボットの常識から言えばありあえない数値ね。既存技術概念でやれば80キロは越してしまうもの。欲を言えば駆動源を今少し強くできてもよかったと私は思うわね」
「そうそう」
カスミは相槌を打ちながら続ける。
「今、思い出すだけでも気ぃ失うわ。何しろ、体重は平均的な日本人女性のそれを死守するのが第一命題やろ? それでいて戦闘活動にも対応可能な強度や出力が要求スペックなんやから――
それをごく当たり前のそこいらの女の子の体形でまかなおうって、どんだけ無茶ぶりやねん!」
「カスミ、あなた、基礎計算と強度設計にどれくらいかかったかしら?」
「1ヵ月! ラストは研究室に一週間缶詰やん!」
直美の問いにカスミはげんなりした顔で当時の事を思い出す。両手をテーブルの上につくと当時の疲れを思い出したかの様に頬杖をつく。
「あたしも反対したのよ、あれは」
考え込んでいた枝里も腕を組んで会話に戻る。
「ただの単純なヒューマノイド型のアンドロイドだったらかまわないんだけど、あの娘はれっきとした警官の役目を担った特殊なアンドロイドだもの」
さらに枝里は続ける。
「コンピューターシステムや動力源や、その他色々な特殊機器を詰め込むのに無理があったし。結果として、機能の一部を2次システムの装甲として分けなきゃならなかったしね」
「あの、ヨロイの事ですか?」
ゆきの問いに枝里がうなずく。そして、直美とカスミとが順番に追い討ちをかけた。
「あの2次システムの装甲を着せるのだって、大変だったしね」
「大体、軽くするんだって、強度を確保するのに最低限必要な重量ってのが必ずあるのよ。素材に関しては、素材技術のプロの市野さんの手助けがあったから何とかなったけど、戦闘能力と飛行能力を満たしつつ、空を飛ばそうなんて無理がでてくるのは当たり前なのよ。あたしはせめて65キロは必要だって言ったのに」
「だれかさんは、目標50キロにこだわるはるしぃ」
ゆきを抜かした3人は、横目・うわ目で志乃ぶを見る。その3人の視線は強烈に志乃ぶの表情を貫く。だが、当の志乃ぶは、その顔が硬質テクタイトであるかのごとく、何事もなく平和だった。
「でも、結果として成功してるじゃない」
「そ、それはそうだけど」
志乃ぶの反論に枝里が言葉をつまらせた。その沈黙の隙を縫うかのように問いかけたのはゆきだった。
「そう言えば枝里さん」
「ん?」
「フィールの頭のヘルメットなんですけど」
「あぁ、コネクターシェルね」
枝里がゆきの問いに答える。ゆきはその答えにゆっくりと深く頷く。
「あれ、何とかならなかったんでしょうか? あたし技術的な事はまだまだですけどせめてあれだけはやめたいんですよね。ちょっとかっこ悪いですし」
「それは、こっちに言ってよ。どうしてもあれが無いと無理だって言い出すんだもの」
枝里は当惑気味に隣のカスミを指さす。カスミはトンボ眼鏡の裏側でおそらくは目を見開いただろう。彼女は驚いて反論する。
「ちょ、ちょっとまちいな! 確かにあれなしでも何とかなったかもしれへんけど、あのフィールの2次システムの構造がどないなのか覚えとる? 頭よ? 頭! 頭のメットに翼が付いとるんやで!? その翼を直接、マウントするための土台を作らなくてどないすねん! 頭がもげてまうがな! フィールが禿になってもええっちゅうんか?」
まくしたてるカスミに直美が朴訥に低い声で簡潔に告げる。
「設計ミス」
開発当時、直接に設計を担当した枝里もカスミも言葉を失い座が静まりかえる。だが、オリジナルアイディアの発案と指示を出した張本人に皆は気付いた。ふと、4人は1人1人に視線を収束して一つの方向へと向ける。その先には志乃ぶが居る。
自分の方に向けられた矛先に志乃ぶは、満面の誇りの笑みを浮かべてそれに抗する。
「なに言ってるのよ。そう言うみんなも、喜んで賛成したじゃない。あたし覚えてるわよー」
「そうやけど……けど、アイディアを出す方は言うだけ言えば、そら楽やがな」
「そう言いながら、喜んで計算に没頭していたのは誰!?」
「うちです」
「2次システムのアイディアをマジになって言い出したのは誰だったっけ?」
枝里も志乃ぶの言葉に黙らざるをえない。腕を組み、じっと目を閉じてし
まう。
「カスミだけじゃなくて、みんなも何のかんのと喜んでやってたじゃない。結果は結果よ、後から改善すればいいわ。それに。ちょっとこれみて」
志乃ぶはそう告げつつ、テーブルの片隅においていたパッド型のPCを操作する。そして、その画面の上にとある文書ファイルを表示させた。
「ちょ、これって?」
そこに記された画像の意味を最初に理解したのは枝里だった。
「フィール、2次改造プランのラフ、これでもいちおう改善案は考えてるのよ?」
志乃ぶの言葉に、顔色を明るくしてゆきがたずねた。
「ほんとですか?」
「うん、頭のシェルに関しては、取れないまでも何とか小型化できないか、色々とプランを練ってるのよ」
「それでどうなるんですか?」
ゆきはさらに尋ねる。その声に期待が浮かんでいた。
「技術的には明るいわね。もっとも、あたしのプランの上での話だけど」
「どうするつもり?」
事務的な落ち着いた声で直美が尋ねる。
「うん、基本的には頭部頭蓋骨を二重構造にするの。これまでのシェルタイプの頭部に相当する物は内部骨格として強度を維持して。その上層に人工頭髪を含むもう一つの頭蓋を設けるの。内部頭蓋と戦闘装備のヘルメットの連結はヘアーアクセサリー見たいな物に偽装するか、頭蓋骨内に収納できるようにするわ。そうすれば見掛け上はあのメットみたいなシェルとお別れできるわ」
「ねぇ志乃ぶ。ひょっとして、頭髪をすべて再現するつもりなの?」
「もちろんよ。ここまできたら、あの娘を本当の女の子にするわ。ファッションだけで満足しないし、お化粧もおしゃれも。あたしたちと同じ、本当の女にしようじゃない」
「当然よ、それがやりたくてあたしは志乃ぶについてきたんだから」
「そうか、たしか直美のテーマって『人間と機械の同一化』だったわね」
「えぇ、人間と機械の垣根を限りなく取り払えたら人はどこまで進化できるのか。それだけを考えてきたから」
「私も負けてられないわね」
枝里も挑戦的な笑みを浮かべて思惑にふけった。
「彼女にもっと何をさせられるか。いいえ、何をしてもらえる様になるのか」
「いっその事、変身でもさせる?」
「面白いわね。七色のイルミネーション光でもばらまいてみる?」
枝里がめずらしくも志乃ぶの言葉に吹き出して笑った。志乃ぶはからかいながらも枝里に問う。
「できるの? そんな事?」
「簡単よ。ホログラフィーかレーザー光投影でイルミネーション光はできるし、2次システムのヨロイを誘導磁場かジェット流で自動装着するのも考えられるわ。あたしならできるわ」
「プリキュア――」
「なにそれ?」
「いまネット放送で再放送やってるアニメよ」
「レトロねぇ」
「そう言うあんたも少しは常識ってもんを持ったらどうなの?」
「常識が無いのはどっち?! アンドロイドにはアンドロイドだけの能力があってもしかるべきよ! なぜ機能性を制限してまで、人間臭くする必要があるのよ! 第一無駄だわ」
「機能が高ければいいってものじゃないわよ! それを言うなら人間らしいのも機能の一つでしょう?!」
「でも、それだけを考えても意味はないわ! それに………」
志乃ぶと枝里は、己れの守備範囲のアンドロイド工学のそれぞれの持つ理念を武器にプライドを剥き出しにして噛み付きあう。敵意と言うよりはライバル意識だ。二人の攻防はやまない。そのやりとりを直美やカスミたちは冷静に傍観している。
「またいつものケンカが」
「おっぱじまったな」
直美とカスミはまた初まったかとばかりにつぶやいた。こんなときは二人を放置するに限る。下手につっこむと巻き添えを喰うからだ。
「でもなぁ」
カスミが突然呟いた。
「フィールをさらに人間らしくすると、また大変やなあ」
「どうしてですか?」
不思議そうにゆきが問う。その問いにカスミはまじめに答えた。
「フィールの構造設計や強度計算とかが、始めやり直しになるねん。今までの構造に足すことの人間としての外見部分が加わるやろ? そうなると頭髪も考えてるって事は人工の皮膚も当然あるって事になるしな。外骨格に人間の様な皮膚を被せるとなると増加する重量をどう処理するか? 今までの部分を軽量化するか。フレームを兼ねている外骨格の素材や構造を根本から見直すか――まぁ、とにかく問題は山積やな」
カスミが卓上に突っ伏しる。そこに直美が声を掛ける。
「そうね、人間らしいってことはつまりリアル・ヒューマノイドだってことだからね。人間とまったく同じ機能や外見の人工物を考えなければならないものね」
「そうそう――」
カスミが顔を上げる。
「そして、それがウチらの仕事やからな」
「趣味の間違いじゃない?」
直美が突っ込む。カスミもさすがにボケようが無かった。カスミはうれしそうに苦笑いする。
そのかたわらでゆきが笑っていた。そして、すぐにゆきが尋ねる。
「あの?」
「ん?」
それまで専門技術の会話を傍観していたゆきがカスミに問うた。
「あのリアル・ヒューマノイドって何でしょうか?」
「人間そのままのアンドロイドの事よ。世界中のアンドロイド技術者が夢に見る理想ね」
「人間そのままですか。じゃもっと露出度の高い大胆な服装もさせられるのでしょうか?」
いつの間にか志乃ぶと枝里の論争が止んでおり、二人が3人の会話に加わってくる。そして、からかい半分に志乃ぶが告げる。
「いっそのこと、イブニングドレスなんかどう?」
「あ、イブニングドレスですかぁ? いいですねぇ。今日みたいなVIP警護の幅も広がりますし――、あ、完全に私服警官になって潜入捜査とかもいけるか――」
ゆきはゆきで自分の守備範囲となるとトリップしやすタチらしい。それを見て隣で志乃ぶが笑った。
「あ、イっちゃったわね」
「帰ってこないわね」
枝里も苦笑しながらもそんな彼女の気持ちが解っている。人間と寸分たがわぬアンドロイドはアンドロイドに携わった者なら誰もが夢見る一つの理想である。枝里も本心では多分に洩れない。技術的な課題やハードルが山積みなのは世界的にも周知の事実だ。これまでのアンドロイドは開発過程においてもどこかで妥協しているのがほとんどである。現段階でのフィールも同様である。
そして、カスミが期待を込めて志乃ぶに問うた。
「それで、話を戻すけど。実作業にかかれるのはいつごろになる見通しやの?」
枝里が憮然として志乃ぶに言い放つ。
「予算はどうするの? そんな簡単に許可は降りないでしょうね」
「え、そうなんですか?」
枝里の言葉に、ゆきはトリップモードから帰ってきて思わず両手を組んで志乃ぶを見つめる。その横で直美は半ば真顔でつぶやく。
「せめて、事故でもおこってくれたら、修理代と称してねじり込むことも――」
「直美さん、それは」
ゆきが今にも泣きそうな潤んだ目で直美を見つめた。彼女のその瞳には、さすがの直美も謝らずにはいられない。
「言い過ぎたわ、ごめん」
場がしんとなってしまったその中で、志乃ぶだけが微笑みを絶やさないでいる。その姿は他の者の視線を集めずには居られない。枝里が志乃ぶにつっこんだ。
「あ! 志乃ぶ! あなた、何か企んでるわね?」
「あら? そう見える?」
悪魔の微笑みで、悠然と胸を張って、彼女は背もたれ椅子に寄り掛かっている。
「あなたが何の目算も無しに、こういうことを考えたりする筈ないでしょ?」
「ふふっ。魚心あれば水心、予算の出処はなにも1つじゃないのよ?」
「やっぱり――、ほんとあなたのコネクションって得体が知れないわね」
呆れ気味に枝里が言えば。カスミも言う。
「なんせ第2科警研の西太后やし」
「あら? 淀君でしょ?」
「エカテリーナ?」
「クイーンエリザベス?」
「ちょ――あんたらねぇ!」
ノリと勢いで冷やかしが飛び交えば、志乃ぶはそれを苦笑しつつ聞いていた。
「それより……、次にフィールに着せてみたい服だけどみんな決まった? あたしはもう決めたわよ」
布平は告げた。ふと、他の4人は、自分たちが何のためにここに居るのか改めて思い出した。
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そのコミニュケーションルームの脇を二人の男が通り過ぎる。
一人は30前後の若い男、もう一人は40代の中年男性である。二人とも、小綺麗なビジネススーツの上に丈の短い白衣を羽織っている。その胸には、先の布平女史と同じ様に、顔写真つきのネームプレートが備っていた。
若い方が大久保 克巳で、中年の方が市野 政志。ふたりとも第2科警研の主任技術者である。
二人は、コミニュケーションルームの中で談笑にふける布平たちを、横目で見ながらも彼女たちの会話に僅かに耳をそばだてた。そして、彼女らが自分たちの前の丸テーブルに広げている数々のファッション雑誌からも、彼女たちの考えている事がフィールのファッションに関しているのだと理解する。
二人ともその様子を言葉も無く眺めていたが、やがて中年男性の方が不満げにぼやいた。
「しっかし、前から思うんやけど、志乃ぶはんたちも、相変わらず暇な事しまんなぁ。アンドロイドを飾り付けて何が、おもろいんちゅうんやろかなぁ?」
関西出身の某ベテラン芸人に似た目の細い彼は、癖の強い関西弁で語り始める。
「まぁ、あいつらも女なんやし、自分たちも綺麗になりたいんゆう考えは解らんでもないで。せやけど、それを何でアンドロイドにさせなならんのやろ? それにフィールも他の特攻装警も、はなから自分らアンドロイドやと名乗っとんのやから、いちいちそれを後から隠さんでもええんやないか」
「そうですかね」
「第一不経済やろ」
「不経済ですか」
市野はやや呆れぎみに言う。かたや、大久保は市野の言葉に対して冷静に耳と傾ける。前髪をアップに仕上げた大久保は語調も強く言い放った。
「でもそれは人間に近づけると言う、言わば一種の機能強化じゃないですか?」
「機能強化?」
「えぇ」
二人はコミニュケーションルームを過ぎて長い廊下をわたる。その両側には様々な作業ドックや作業ルームが並んでおり、N.C.E.の規模を物語る。廊下の中ほどにあるエレベーターに乗ると大久保は言葉を続ける。
「たとえ、アンロドイドだとすぐに解るとしても、そこに『人間らしさ』が有るのと無いのでは全く違うはずです。例えばの話ですけど」
市野は大久保を横目で見る。
「ある日本人の集団に、一人の外国人が入って行ったとします」
「ふん?」
「いかに彼が自分は君らの仲間だと彼が主張しても、受ける側の集団の中には、それをなかなか認められない者も居るかもしれません。何故だか解りますか?」
「そやなぁ」
大久保の問い掛けに市野は思案する。彼が思案している間にエレベーターは1階のフロアに止まった。エレベーターの扉が開き、そこから二人が足をふみだすと同時に市野の頭にはランプが灯る。
「そりゃぁ――〝共通点〟やろ?」
「えぇ」
大久保は頷く。
「人と言うのは、例えどんなに進化しても知恵を身につけても心を磨いても、警戒と言うものを無くす事はまず有りません。その中で、人が警戒を解き、相手に対して心を開く鍵が有るとするならば、それは相手が自分と共通点があるかどうかに有るんじゃないでしょうか?」
「なかなか言うやないか」
市野は大久保の言葉に心ならずとも感心する。大久保は言葉を続けた。
「例えば相手が異国の人でも、言葉一つ同じであれば、結果はかなり異なるはずですよ。昔、秋田弁を武器にしたアメリカ人タレントが居たといいます。アンドロイドにファッションをさせると言うのもそれと同じ様なもの。仕草や行動や外見が、どこかしら人と似通う部分が有るとするならば、それはそれで人もアンドロイドを受け入れやすいと言うものです」
「そやな、たしかに克巳の言いよる通りやな」
市野は大きく息を吐いて納得の笑みを浮かべる。そして、大久保に話し掛ける。
「そう言やその話で今思い出したんやけどな、うちのディアリオを造った時や」
「えぇ」
「最初は、あいつの事を、裸のままで送り出したんや。けどな、どーも今一つ評判がようないちゅうてな。で、そのあと銃やら警察手帳やらこまごまとしたもんを持たせなあかん事もあって、しゃぁなくて特注のジャケットを着せたんや」
「あぁ、例のハンテンみたいな半袖のジャケットですね」
「そや、わしもあんまり必要やと思わねんけどな、それ以降やったな、ディアリオの風評が変り出したんわ。そしていつだったか、あいつが妙なもの持ってきてな」
「妙なもの?」
「『ラブレター』や」
「それ、初耳ですよ!」
大久保が驚いて答えた。市野は困惑しながらもまんざらではないと言う顔をして言葉を続ける。
廊下を進む彼らの先に一つの作業ドックが見えてきた。そこからは、頻繁に人が出入りしている。その作業ドックへと向かう廊下の途中には、透明プラスティック製のスライド自動扉が備え付けられていた。
その扉に脇の壁面には手の平大の液晶パネルがあり、そこに大久保が手を添える。軽い電子音がして扉が音も無く開く。それは手の平の指紋を照合キーとする一種の電子キーである。
「なにしろ、あいつの性格は理性的すぎたさかいな、この手の事件の後始末は、からっきしやねん。わいのところに内密に処理してくれって真顔で来よってな」
「それで、内密に?」
「いや。志乃ぶに助けてもろたわ。わいも色恋沙汰にはからっきしやしな。志乃ぶがディアリオに言い聞かせて、その相手の女に本音を言わせたらしいで」
「うすうす解るんですが、断ったんですか? ディアリオ」
市野は頷く。笑いの消えた、真面目な面持ちである。
「人間の女性の心を傷つけてしまった――と丸一日考えこんどったわ。そう言う奴やてあいつは。ワイと同じで、自分のでける事を守るしか頭にないねん」
「そうですか」
大久保は納得の笑みを浮かべる。
「やはり、人間らしさは一つの『力』なんですね」
大久保の言葉に市野はかすかに顔を明るくして、小さな笑い声をあげた。
「そやな。その通りや」
二人の歩いた先に、一つの作業ドックが有った。
〔第B11研究作業室〕……そこには、そう記されていた。
二人は胸のネームプレートを外すと、その作業ドックの扉の脇にある非接触式の認識装置にネームプレートを近づけた。それは一種のIDカードである。二人は扉を開き足を踏み入れる。そこは、広いスペースのコンクリート打ちの作業場となっていた。壁面も配線や配管が向き出しで実利的な構造である。
周囲には、様々なロボットアームが並んでいる。溶接用やクレーンタイプ、中には精密作業用の小型のロボットアームもある。天井には、重量物用のチェーン式のクレーンまで下がる。そこはオイルと電気火花の匂いが立ち込めていた。
そこには、20人以上の大勢の技術者や第2科警研の所員がそれぞれの職務に付いている。彼等の作業の輪の中には、一台の作製途中の電気自動車がある。彼等はそれを中心にして己れの持てる技術を駆使していた。
そこは匠の集いの場であった。21世紀の世界にあって、電気と機械と電子回路が技術の主流となったにも関わらず、そこに生きる者たちは古来の世界の匠たちとなんら変らぬ生き方をしていた。
匠は技を持つ。技術者にとっての技術が技であると言うのなら、この第2科警研に生きる技術者たちは、その時代の匠である。
その匠の輪の中で一人の老いた男が、雄々しくもそびえるがごとく作業ドックの一角に立っている。
その胸には、大久保や市野と同じようにネームプレートが付けられている。
『第2科警研技術主幹 呉川 友康』
その手には、大形のタブレット型のパーソナル端末があった。彼はそれを片手で持ち、もう片方の手がタブレットの液晶パネルの上をリズミカルに踊っている。漆黒のサングラスで素顔を隠している彼は、全体の作業の流れをその目で見ている。彼がこの場のリーダー役である事は容易に見てとれた。
その彼が振り向き声をかけてくる。
「おう、やっと来たな! で、どうだった? シュミレーションの結果は」
呉川の陽気な問いかけに市野がばつが悪そうにしていた。だが、及び腰ではなく呉川に対する反意ではない事はすぐに解る。市野は不満なのだ自分の仕事の結果に。彼はそれまで小脇に抱えていた自分用のパーソナル端末を取り出しながら呉川に答えた。
「えろう待たせてしもてすんません。持ってった試験数値が間違ってたさかい再計算してとったんですわ」
「再計算?」
呉川は首をかしげる。大久保が淡々と現状を話し始めた。
「えぇ、動力部の超小型核融合炉心をブースト状態にしてシュミレーションを始めると、たった3.7秒で臨界点に達してしまうんです。それで、色々と原因を探したんですが……」
「1ヶ所、記入ミスですわ。磁束密度の実測値を丸める小数点桁数をまちごうてるさかい、記録しなおしに戻ったんですわ。わいのチェックミスですわ」
市野が眉間に皺を寄せて言う。市野としては、記入ミスなどと言う凡ミスは腹立たしい限りである。だが、呉川は、そんな自分を苛立たしく思う市野をなだめるかの様に、大きく息を吐いて作業を一時中断する旨を告げた。
「いや、かえってちょうどいい。こっちも実作業が煮詰まってたところだ。よーし! 作業を中断する。休憩だ!」
呉川の宣言に、場の技術者たちが頷き言葉を返してそれぞれ散っていく。
作業ドックの片隅。折り畳みのパイプ椅子が並んだ休憩のためのブース。皆、そこへと向かいめいめいに座り始める。
市野と大久保、そして呉川は周囲の一般の技術者から離れ作製途中の電気自動車の所へと向かう。彼らが今、手にかけている最中の作品である。それは少なくとも20世紀の頃にモーターショーの片隅でイベントがてら紹介されていた様な実用に堪えないものではない。
最高速290キロ、標準走行距離5000キロにもおよぶ超特S級のカスタムスポーツ、ガンメタリックの炭素繊維複合素材モノコックフレームに最新鋭の動力装置や、駆動源となる高出力の無接点ステッピングモーターが搭載されている。
作製途中のモノコックフレームは低姿勢で疾駆する銀狼のごとき流線形を描き、その攻撃的な完成フォルムを予想させるものである。3人はその電気自動車の所に歩み寄ると、それを眼前に見ながら会話を始める。呉川に大久保が話し掛ける。
「呉川さん。それで、こいつの完成見通しはどんな感じです?」
「そうだな、動力炉装置・統合制御ユニット・駆動動力源。走るための基本部分はほぼ取り付け終わったな。あとは動作テストをして確認をとれば、装備品や外装部の取り付けにかかれるはずだ」
「そうなるとや――」
市野が目を細め口を挟む。
「返す返すも、試験数値のミスが残念やな。動力炉のコンピューターシュミレーションには最低でも丸一昼夜はかかりまっせ。呉川はん、それを考えると、この遅れはかなり痛とうおまんな」
「しかたないさ。それよりも不用意に腹をたてないことだ。技術者として、万全を喫したいのは解るがな」
呉川は市野を諌めるように言う。それを聞いて、市野は己の中の腹立ちを飲み込んだ。
「それはさておき、ところで、志乃ぶ君たちはどうしてるね?」
「あぁ、志乃ぶはんでっか?」
「彼女だったら、フィールの服装の事でかなり盛り上がってました。何かまた、やりそうな雰囲気でしたけどね」
「何か? 何だね? 今度は一体――」
呉川が珍しくも、大久保の言葉に困った様な途方にくれた情けない顔をする。呉川の不安に市野が答えた。
「そやな、フィールの頭のメットを取り外すよな事をゆうてましたけどな」
「頭のメットか」
呉川はため息を吐く。だが、その顔はかすかに喜びが混じっている。
「と、すると、いよいよ始めるつもりだな。志乃ぶ君は」
「始める? 始めるってなにをですねん?」
「市野君、志乃ぶ君の研究テーマは君も知ってるだろ?」
「あ? あぁ!!」
市野はふと脳裏に思いを巡らせる。そして、何かを思い出してやおら頷いた。
「アンドロイドの人間化やったな」
「そうだ、間違いない。おそらくは、フィールのプラスティックの外板の上にどうにかして人造の皮膚にするつもりだろう。頭部や指先が人造皮膚となっていたがそれを全身に施すんだろうな。頭のメットを外すのもその前段階だな」
「なんや随分面倒な真似をしよるなぁ」
「ま、好きにやらせるさ。もっとも上が認めればの話だがね」
「主任は、どうお考えです? 正直なところ、私は認めてほしいと考えているのですが」
「人間化を追求する改造をかね?」
大久保は頷いた。市野はそれを難しそうな表情で見つめている。
「やってもいいと思ってる。いや、認めるべきだ。私はそう思うね」
「何故ですか?」
「きみがそれを言うかね。それは、君が手掛けたグラウザーを見れば、その答えはすでに出ていると思うが。どうかね?」
呉川は、大久保に謎問答の様に問い掛けた。その問いに対して答える様に大久保はうなずき、市野もまたうなずいていた。先程のディアリオの逸話を思い出したのだ。そして市野は言った。
「なんや、なんのかんのゆうて、みんな自分とこで手掛けた特攻装警に情がうつっとんやないか。ま、わいも人の事は言われへんけどな」
それに呉川が言葉を足した。
「市野君も、ディアリオにはかなり熱を上げて入れ込んでいたからな」
「いや、たのんますから、その辺は言わんといて下さい、呉川はん」
市野は照れ臭そうにすると、額一杯に汗をかく。それに対して大久保が言葉を挟む。
「たしか、ディアリオは剣術のはずでは?」
「修得した戦闘技術だったかな?」
「えぇ、他が格闘術を修めたのにディアリオだけが違うんですよね」
「わいも、あまのじゃくやさかい。他のとはちごうた才能をディアリオの奴に持たせたかったんですわ。それにディアリオは構造的にフルコンの格闘技はちと難しいよってな」
呉川は、そんな市野に笑いながら話し掛ける。
「それを言えば、私も同じだよ。何しろセンチュリーは、わしの趣味の塊だからな。大久保君、それを言えば君もグラウザーではそれ以上だったじゃないか」
「そっ、それは主任!」
「図星だろ? 市野君もそう思うだろ?」
「確かにそうですわ。特攻装警で一番手間くってんのはグラウザーやさかいな。衣服をしっかり着せとけば、ほとんど人間にしか見えへんしなぁ。あれはようでけとるで」
市野の言葉に、呉川もうなずいた。大久保は笑いで答える。まんざらでもないのだ。
そして呉川が問うた。
「たしかあれは、志乃ぶ君にはまだ正式には見せてないのじゃなかったか?」
「一度、第7号機の特攻装警だと言う事を伏せた状態でチラ見していただいた事はありますが、正式に特攻装警だと言う事は話してないはずです」
ふと、市野が問う。
「そしたら7号機のグラウザーが、リアルヒューマノイドタイプに近いコンセプトのアンドロイドやと言う事は志乃ぶはんは知らんのか?」
「えぇ。ですけど、グラウザーの事を知ったら彼女の事ですから」
「はは、ぶんむくれるやろな。こっちが先にやりたかったのにとか言うて」
「いよいよ、収りが付かなくなるだろうなぁ」
呉川は笑い顔で目尻をしかめながら、その目線を眼下に降ろし作製途中の車両に向ける。
「なぁ、市野さん」
「なんや? 呉川はん」
「もうこれで、何機目になったかな? 特殊車両は」
「ん、五つ目ですわ」
「そうか、そんなになるかね」
呉川が笑う。
「だいたいが、わしらは車に関しては元々が専門外やったしな」
「やろうと言い出したのはどなたでしたっけ?」
「こちらのお方でおま」
大久保の問いに市野は右手で紹介するように手の平を差し出し呉川を示す。
「おいおい」
そう言いながらも呉川は笑っている。
「その手間をみんなもよろこんでいるだろ?」
「そやな、失敬」
「ははははは」
大久保に至ってはなにも言えないでいる。ただ笑うしかない。
「なんのかんの言って、一番手間かかっとんのとちゃいまっか? こいつ」
「そうだな。性能から言ってもトップクラスだな」
「早く」
「ん?」
大久保の盛らした言葉に呉川と市野が振り向く。
「早く、グラウザーがこいつを乗り回すのを見てみたいですね」
「あぁ、そうだな」
「せやな。さぞ、サマになるやろうな」
大久保の言葉に二人はうなずいた。その気持ちは解らないでもなかった。
「そうだ、そのグラウザーだが今日はどこに行ってるんだ? ワシは何も聞いてなくてね」
「あぁ、グラウザーでしたら――」
と、大久保が呉川の問いに答えようとしたその時である。
「主任! 大変です!」
「なにごとだ?!」
他の場所で休憩していた研究員の一人が駆け込んできたのだ。
「緊急回線に情報入ってます! 所長の行ってる有明がえらい事になってますよ!」
遠くの休憩ブースのそばの館内スピーカーでは、警視庁から直通回線で送られてくる緊急通信情報が常時聞けるようになっている。第2科警研も警察組織の一部であり、警視庁本庁からの協力要請が来る事もあるためだ。その場で他の技術員が何かただならぬ事を耳にしたらしい。大声で呉川たちを呼び寄せている。
呉川たちは駆け足で、彼らの所に向かう。そこで、呉川は有明の事件を耳にした。
『本日、1150時、有明1000mビルにおいて爆破事件発生。同ビル内の上層部第4ブロックは同爆破事件により脱出困難。現在、同ビルにおいて、国際未来世界構想サミットが開催準備中であるため、各国の来賓が内部にとじ込められている可能性あり』
「なに?」
呉川は、状況のヤバさに気づいて慌てたようにつぶやいた。
『なお、同ビルにおいて勤務中の特攻装警のうち4号ディアリオ、6号フィールも同ビル内にて連絡不能。現在――』
呉川も大久保も、他の皆も動揺してその顔の表情が堅くなっている。唯一、市野は憮然とした表情で一人気を吐いていた。彼は僅かに野太い声で叫んだ。
「なんやて? ディアリオが?!」
@ @ @
一方――
布平女史たちは、コミニュケーションルームの一角でその緊急通信情報を耳にしていた。ミントグリーンの丸テーブルはすでに空であった。ファッション雑誌や映像機器は手早く片づけられていた。彼女たちの足音は作業ドックのある棟の3階を進んでいる。そこに彼女たち布平班の作業ルームが有るのだ。
――E20研究ルーム――
その扉を慌ただしく開けると、5人は足早やにルーム内を掛け回っている。
――メンテナンス用の予備パーツ――
――工具や作業器具、携帯情報端末――
――補修作業用の予備器材――
――1.2mサイズのジュラルミンケース――
彼女たちは一迅の突風の様に研究ルーム内をあるきまわると、すでに示し合せたかの様に何の間違いも無く割り振られた荷物を持っていた。
「いくわよ」
布平は大声でそれだけ叫んだ。彼女のヒールの甲高い音がプラスティックの床に残響を残している。他の者は言葉も無く頷く。彼女たちが研究ルームを出たその時である。
「志乃ぶ君! どこに居る!」
呉川が布平たちの研究ルームに駆けてきた。しきりに布平を呼んでいる。布平たちは呉川の声に気付き彼の方を振り向いた。
「おぉ、志乃ぶ君。ここに居たか」
「呉川主幹!」
呉川は目の前の志乃ぶたちの姿に感心と呆れの入り交じったため息をつ
く。
「さすがに速いな、君たちにはこれから有明へ向かってもらおうと思っていたのだが」
呉川の言葉に志乃ぶは答える。
「ご心配なく。布平班5名、すでにスタンバイOKです」
「そうか」
呉川はうなづき言葉を続ける。
「ならば、話は早いな。すみやかに現場へ向かってくれ。我々はこちらにてバックアップや本庁との連携に入る。それとだ」
「まだなにか?」
「所長からの連絡だが、現場において新人の特攻装警が行方不明になったそうだ。そちらの追跡もしなければならん。大変だが、力を貸してくれ」
「新人って――大久保さんたちが手がけていた第7号機ですか?」
「そうだ。試験配備中でね。所轄で研修をしていて有明に先輩特攻装警の仕事ぶりを見学させる――と言う手はずだったんだが。トラブルになったらしい。手間を掛けるが、行ってくれるな?」
布平は他の4人に告げる。
「もちろんです。みんな、いくわよ!」
「きたまえ! 屋上のヘリはいつでも行けるぞ!」
呉川が呼ぶ。その言葉に布平たちは走り出していた。
@ @ @
第2科警研がフル回転を始める。皆が特攻装警の身に起こるであろう全ての事態を頭に置きN.C.E.の内部を慌ただしく駆け回っている。
そして、第2科警研屋上には、彼らを有明に送るべくオフィシャルの大形高速ヘリ――ティルトローターのVTOLヘリがすでにウォーミングアップを終え待機していた。志乃ぶたちはそれに乗り、彼女たちは有明1000mビルの現場へと向かう。一路、特攻装警たちの居る有明へと――
やがて、布平たちが高速ヘリで有明へと向かった後に、警察の緊急回線は新たな情報をそのスピーカーから流し始める。
『追加情報、爆破事件の有った有明1000mビルにおいて、特攻装警の第7号機が行方不明。現場の者は見付け次第、警備本部に連絡する事。なお、第七号機の特徴は次の通り……』
緊急回線のスピーカーから、特攻装警第7号機のデータが流れ始めた。
すなわち、グラウザーの事である。
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個体種別:警察活動用アンドロイド警官「特攻装警」
個体名称:特攻装警第7号機「グラウザー」
所属部署:品川方面涙路署捜査1課所属
外見 :外見は、通常の生身の人間と特に著しい差異はない
髪の色は濃いめの亜麻色である
他は人間用の衣類を着用
所有銃 :STI 2011 パーフェクト10
活動任務:刑事活動全般、及び、暴徒鎮圧
注意点 :なお、グラウザーは現在、所轄において研修中である。また、作製の最終段階であり学習活動の途中である。そのためどの様な行動をとっているかは予測が困難である。それらの点を十分留意すること。
以上、有明国際未来世界構想サミット警備本部
次回 グラウザー
第1章第9話 『約束』

















