第4話 『ブリーフィング』
第1章ルーキー、第4話公開です。
とある場所に彼らは集います。今なすべきことを確かめるために。
今回は1話のみ公開ですがかなり長いです!
心してお読みください!
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有明は、首都圏の陸と海との接点として存在する街である。
海を長い時間をかけて埋立て作り上げた人工地盤の集合体は、大規模な開発によって、かなりの規模のハイテク都市へと発展していた。
時に、周囲は海上都市開発のスタートの最中にある。有明は、名実ともにそのキーエリアであるのだ。有明1000mビルは、そのための最重要施設となるべく建てられた巨大なシンボルであった。
そして、行く行くは開発されゆく東京湾を見守るランドマークにもなるのである。
ここは、その有明1000mビルの地下ブロックにある巨大駐車エリアの一角だ。そこに多数の男たちが集っている。その彼らの背後に駐車場のコンクリート壁がそびえる。
そのコンクリート壁には一つのコンピュータ画像が、小型液晶プロジェクターから放たれていた。フルカラーのデジタルの光が6角柱のビルの映像を映し出す。東京湾のパノラマを背景にした有明1000mビルの模式図がそこにはある。
そこに居合せる者たち服装は、機動隊員の正装から始まって、スーツ姿に装甲服、警察官制服、各々の持ち場所に応じて実に様々である。
そして、その服のいずれにも桜の大紋の印がある。その数、30人前後で言葉少なに会話を交わし、壁に投影されているビルの構造図の映像を見つめている。その彼らに向けて一人の男が声を発する。
機動隊の標準服に身を包みつつも一般隊員とは異なる上層部へと食いこむ人間特有のキレる指導者の気配を漂わせている。そしてその声と姿に反応し、その場の警官職員たちは一斉に己の姿を正した。
――ザッツ!――
それぞれの所属別に整然と列をなす。そして敬礼をしつつ、現れた男に視線を集中させた。
現れたその男は、集まった警官たちに向けて視線を走らせると自らも敬礼で返礼をする。そして、直立の姿勢を守って並ぶ警官たちに向きあうように立ち、落ち着いたよく通る声で話し始めた。
「それでは、今回の警備体制の最終ブリーフィングを行う。休め!」
それまで直立で踵を揃えて立っていた警官たちであったが、その言葉に休めの姿勢をとる。
「まず予定時刻、サミットオープニングセレモニー開催予定時刻は午後12時丁度、閉会予定が午後4時、サミット参加来賓の到着時刻が午前9時半から午前10時半にかけて、サミットオープニングセレモニー終了、及び解散の最終時刻が午後6時、警備の1次撤収時刻が午後7時半、そして最終撤収時刻が午後9時丁度、まずは以上だ。他に何か質問は無いか?」
毅然として指示を出すその人物は、機動隊員向けの制服姿だ。肩や襟口に付けている記章や階級章は通常の警官とは異なり、いわゆる部課長クラス以上の高い階級の警官のものである。もとより立ち振舞や言葉遣いが〝部下を指導する〟と言う事の重要性を理解している人間のものである。
短髪のオールバック、整髪料でがっちりと固めたその頭髪の下には四十代の硬派な男性の引き締まった顔があった。目つきも、戦いに望む蒼狼の様な鋭さを漂わせている。その洗練された雰囲気が、この現場の空気を引き締めていた。彼こそは、この警備体勢に指示を出す責任者だ。
名を『近衛 仁一』と言う。階級は警視正である。
彼らが集まっているのは高層ビルの地下駐車場の一角である。コンクリート打ちっぱなしで照明は大型蛍光燈のみ、配管やパイプ・ダクトの類はむき出しで、無機で殺風景な光景が薄暗く広がる。そして、ビルの地下特有のくぐもった機械の唸り音だけが背後に鳴り響いていた。
その場に居合せている誰もが、近衛の顔を注視している。近衛は見据えた相手の一人一人の目線を確かめると、息を軽く吸い声量のある太く強い声で、指示を続ける。
「質問が無いのでこのまま続ける、機動隊警備部隊、第1班!」
機動隊の標準装備に身を包んだ男の一人が、踵を鳴らし休めの姿勢から直立する。
「屋外、北ゲート附近待機」
「はっ!」
ヘルメットを被った機動隊員が凛とした大声で返答する。近衛は、その返答を聞き微かに頷く。さらに言葉は続く。
十人以上の機動隊の班長たちを相手に確認の点呼が続き、順次、警備の場所が割当てられて行く。無論、事前に通達済みであるが、この場においては最終確認の意味合いがある。彼ら機動隊員の警備の場所は、ビルの内外の主だった場所の大半だが、唯一、最上階にしてサミット階上である第4ブロックの警備を担当するのは彼らではない。
「続いて、武装警官部隊『盤古』第1小隊から第4小隊。代表、第1小隊小隊長」
「はっ」
先程の機動隊員とは打って変わり、頑強な装甲服に身を包んだ人物が返事を返す。
その彼は近衛や機動隊の面々とは、所属部署や命令系統などが異なるようだ。近衛の声のニュアンスが微かに変わり、事務的に淡々と落ち着いて言ってのける。
「ビル内第4ブロック内巡回および固定警備」
「はっ」
続いて近衛の視線は、二人の異形の者たちへと向う。
一人は、総金属製の無骨なアンドロイドで、着衣にMA-1に類似したフライングジャケットを着込んでおり、腰にはデザートイーグルの50口径モデルを下げていた。見てくれは流面形状で外骨格のボディーを持ち肉体は総金属製だった。無骨な機械としてのイメージを露にしてあり、頭部もメカニカルなままに半透明のゴーグルがその目の位置に収っている。
「続いて、特攻装警第1号機アトラス」
「はい」
アトラスはただ静かに答えた。そして小さく頷き近衛の顔を伺う。その時、顔のゴーグルの奥に、彼の左目が光が瞬いた。それは人間的であり、れっきとした生きた瞳を持った感情の宿った目である。アトラスの反応を確認して近衛は頷き返して言葉を続けた。
「西ゲート附近にて待機し来場するVIPの警護。また、他の警備要員の要請に応じて戦闘や鎮圧などにあたる事」
アトラスは再び頷いた。命じられた任務を受諾したのだ。
そして、もう一人――
「次、特攻装警第5号機エリオット」
円陣の一方向、近衛の対面には、アトラスに輪をかけて異様な容姿の人物が居る。一目でアンドロイドであると解かるその姿は、全身が重厚な装甲でくまなく覆われている。そして装甲のいたるところに何らかの武装類を備えていた。
張り出した肩にはオプション兵装のマウントラッチ、肩口と額にはレーザーターレット、太い装甲貼りだす胸部にはシャッター付の砲口、そして、腰回りには大降りなアーミーナイフとベレッタM93Rが下がっている。
その全身を兵器で覆っている彼、エリオットはメカニカルなヘルメットの下に生真面目そうな好青年の顔を覗かせている。一般青年男性の1.2倍はありそうな大きな体躯で、その列の中に彼は立っている。
「はっ」
エリオットもまた、武装警官部隊の小隊長と同じ様に返事を返す。それをして、近衛は指示を出す。
「ここ地下ブロック内にて、出動要請あるまで待機」
「はっ」
エリオットは指示の内容を静かに聞き入れる。然したる感情を表わす訳でもなく、ただじっと近衛の顔をみつめかえしていた。任務への割り振りに不満は見られない。待つことも仕事、そう納得できているのだ。
「他、一般の応援の警ら警官は、事前に通達した通りに、小グループでビル内の巡回警備や小規模な案件の対応にあたるものとする」
「はっ!」
その場の警察官姿の者たちも敬礼で返した。
指示が一巡すると近衛は一呼吸置いて語り出す。
「なお、今回の警備にあたって重要注意案件について通達する」
近衛の言葉の意味を、皆すぐに理解していた。近衛をじっと見つめたまま沈黙がその場を包んでいた。
「先日、神奈川県警管内の南本牧付近において、広域武装暴走族スネイルドラゴンによる戦闘事件が発生した事はすでに周知済みだと思う。この時、インターポールから国際指名手配を受けた国際テロリストが密入国する事件が発生している」
近衛の声が地下空間に響いた。場の空気がさらに緊張を増していた。
「本名『ディンキー・アンカーソン』、通称『マリオネット・ディンキー』、国籍はアイルランド。違法武装アンドロイドを配下として使役するスタイルで、英国国籍の著名人だけを執拗に狙うスタイルで数々の死傷事件を引き起こしている。今回の国際サミットにも英国からの来賓が参加することから、先の密入国事件と照らしあわせて、本サミット会場にて何らかの事件を引き起こす可能性が十分に考えられる。インターポールから入手した本手配犯の詳細情報は警察庁提供のデータベースにて公開済みだ。各自、確認の上、十分注意して警備にあたってくれ。不審案件が発生した際にはどんなことでもいい、警備本部への連絡を怠るな!」
「はいっ!」
近衛が伝え終えれば、全員が同じタイミングで返答をしていた。
「私からは以上だ。それではこれより警備体制に入る! 解散!」
全員の踵が鳴り敬礼をして各自機敏に動く。一糸乱れずこの場から足早に立ち去る。特に機動隊と一般警官の警備責任者の一団は駆け足でその場から姿を消して行く。機動隊員は足早に走り去り、一般の応援要員の警官たちは彼らだけで別箇所に集まるため移動する。その後には近衛を始めとする数人だけが残された。
同じくして、彼らの元へ歩み寄ってくる者がいる。その彼の姿はその場にはどう見ても不似合いで警察内部の人間には見えない。それは技術系の人間にしか思えず、その面持ちもいかにも理系で端正だ。その歳の頃は五十過ぎ。頭髪にも白髪の線が入り始めた中年後期の人物だ。
彼は、それまで円陣の遥か外で座の成り行きを静かに伺っていた。警備の人間たちに直接の関わり合いはなさそうだが、彼は確かに、そこに居る理由を有していた。その彼の視線は二人のアンドロイドの方へと向けられていたのだが、ブリーフィングを終えた二人のアンドロイド――特攻装警のアトラスとエリオットの方へと歩いて行く。
一方で近衛は軽く目をとじると肩の力を抜き盛大にため息を吐いた。そして、頭を左右に振り傾ける。首の骨が鈍い音とともに鳴った。
「近衛警視正殿、どうしました? もう、お疲れですか?」
近衛に声をかけたのは、重厚な装甲服姿の人物・武装警官部隊の小隊長だ。隊長の彼の背後には同じ様な姿の武装警官部隊の小隊長が数人、遠巻きにこちらの方を伺っていた。
「妻木君か」
「警備体制の総指揮、ご苦労様です」
「いや、私は頭を少し動かしただけさ、頭脳労働と言う奴だな。むしろ大変なのは君たちの方だ。君たちは、頭脳と肉体の両方を動かさねばならんからな」
近衛は静かに笑う。口許と眉尻がわずかに動いた。妻木もまた、つられて微笑んだ。
「いえ、我々は与えられた任務を忠実にこなすだけです。それよりも、今回の武装警官部隊と特攻装警を含む大規模合同警備の指揮、大任ですが大成なさる事をご祈念いたします」
妻木はそう言うと、近衛に向けて軽く敬礼をする。
「ありがとう」
近衛もまた妻木に敬礼で返礼をする。二人に微笑みが洩れた。
妻木は踵を取って返すと、同僚の武装警官部隊の所へと帰って行った。彼らはこれからビル内部の超大型エレベーターでビルの第4ブロックへと移動する。その先に彼らの部下が待機しているのである。近衛は、妻木の方にしばし視線を投げていた。すると、背後からまた別な声がかけられた。
「おーい近衛君、こちらにきたらどうだね?」
「はい、今行きます」
近衛に親しげに声をかけたのは、先程の技術者風の中年男性だった。彼は二人の特攻装警の所で彼らを相手に談笑をしていた。特攻装警たちにゆかりのある人物らしい。
3人は地下駐車場の一角に鎮座した巨大な四駆車両の周りに集まっていた。全幅2mを超える巨大なフルオープンオフローダーで『アバローナ』と言う。エリオットの移動と武装運搬を目的として作られた専用特殊装甲車両である。そのアバローナの後部シートには、幾つかの様々な形状大きさのコンテナが車輌に特殊フックで固定されている。
[警視庁警備部・特殊E装備:取扱規程厳守]
そう、警告表示されているのみならず危険物や可燃物などの国際規約のマークもある。さらにはコンテナの中身がプラスティックプレートに印刷され表示されている。
[特攻装警用銃火器類][特攻装警用銃火器弾薬][指向性電磁兵器][機能限定型ミサイル装備][複合機能火器][無力化対人兵装][メンテナンス・補修用パーツ/ツール][オプショナル電源]……etc.
それらはいずれもエリオットに向けて与えられたものである。全身に対物破壊と兵器無力化のためのあらゆる装備を身につけ、銃撃戦はもとより、爆発物の解体から、暴走機械の停止・破壊まで、あらゆる戦闘・危険行為を行なうために存在しているのがエリオットだ。彼は現時点において、もっとも重武装な通算第5号機の特攻装警である。
エリオットは本来、機動隊の強化プランの一つとして造られた。通常の機動隊や狙撃班などでは対応できない場合に出動が求められ、一度出動したならば苛酷な戦闘がエリオットを待っている。つまり彼は機動隊最後の切り札なのである。所属部署は警視庁機動隊隷下で、身柄は警視庁警備部直下の扱いだ。
濃いダークグリーンの車体のドライバーズシートには、エリオットが座している。
その傍ら、ボンネットの脇にはアトラスが寄りかかり、その脇で先程の理系の中年男性が二人に話しかけていた。その男の背広の胸元には一つの記章バッジがある。
【第2科警研】
その記章に記された銘は特攻装警たちの生まれ故郷である。
正式名称、第2科学警察研究所
その所長こそが彼――『新谷 文雄』である。
その彼がアトラスたちと会話する内容には、いささか愚痴めいた物があった。
「しかし、お前たちは本当に休む暇すら与えられんな。先だっての横浜湾岸での大立ち回りのあとの集中捜査、それが終わったら今回のサミット警備の準備、修理やメンテはその仕事の隙間を縫っての対応だ。わしらは別に構わんが、もう少し一息つく暇があってもいいと思うが」
エリオットは、新谷の言葉を聞きながら己の拳銃のメンテナンスを始めている。ダッシュボードの上には彼が分解するベレッタの部品が並べられている。黙して答えないエリオットの隣で、アトラスが言葉を発する。
「しかたありません。これだけ大きな案件だと事態が解決しないとおちおち寝ても居られません」
アトラスの言葉に新谷は視線を向けた。
「今回のディンキー・アンカーソンの案件は並のレベルではない。少なくとも、無事にサミット来賓を母国に送り届けるまでは休暇を申請することもできませんよ。俺もエリオットも“ヤツら”を捕らえるまでは体を休めるつもりはありません」
〝ヤツら〟――その言葉の意味するところを、新谷もすぐに察していた。
「たしかにそうだが、現場で体を張っているお前がそう言うならわしもこれ以上は言わん。だがな――」
新谷はアトラスの言葉に感心する。だが、困惑の色が見え隠れしているのも事実だ。そして新谷はアトラスを諭すようにつぶやいた。
「みのりさんが心配しとるぞ?」
新谷の言葉にアトラスが微妙な反応を見せた。エリオットも仔細を知っているのか、その手が一瞬止まった。
「この間、わしらの所に電話があったんだ」
「電話が?」
アトラスは穏やかな口調で答え返した。新谷がさらに言葉を続けた。
「あぁ。お前が右腕の損傷で第2科警研に里帰りしてから、不安だったみたいでな、無理をしてないかと気が気でない様子だった。頑丈さが取り柄のお前が腕を痛めるくらいだ。そう言う敵が今度の相手だと分かって、お前の身を相当案じている様子だった。まぁ、問題無いとは言っておいたがな」
新谷の言葉に、さすがのアトラスもバツが悪そうにほんの僅か沈黙する。
「すいません」
「あやまるなら、ワシではなくみのりさんに言え。お前が自分の意志で〝家族〟として一緒に住むと決めた人だ。安心させるのも彼女の彼氏としての大切な役目じゃないのか?」
そんな新谷の言葉に、さらに声をかけたのは近衛だった。
「所長の言うとおりだな。アトラス」
「近衛さん」
「ディンキーの案件にからんで、背後関係と消息を掴まねばならないその重要性は判る。だが彼女は――みのりさんはお前が責任をもって守らねばならない重要な人物だ。電話の一本くらいできるだろう?」
近衛の厳しくも諭すような口調にアトラスも納得せざるを得なかった。
「えぇ、仰るとおりです」
近衛には判っていた。アトラスの生真面目過ぎる性格のことを。
「だったら、今回の任務が一段落したら、休暇でもとって相手してやるんだな」
「えぇ」
アトラスは頷きながらそう答えた。
みのり――、その人物の仔細がどのような物であるのか、彼らの会話だけでは解らないこともある。だが、すくなくともアトラスにとってかけがえの無い人であることだけは確かだった。
「それはそうと――」
そして、会話の流れを変えるように近衛は新谷に声をかけた。
「所長、アトラスとセンチュリーの損傷の修復の方は?」
近衛の問いに新谷は落ち着いた声で答えた。
「万全ですよ。負傷箇所は完全に修復できてます。任務上、問題はありませんよ」
「そうですか」
「ですが、ワシもさすがにびっくりしました」
新谷は驚きを隠さずに語り続ける。
「このアトラスの装甲が亀裂破損だなんて――、なにしろ、こいつに使っている素材である128Γチタンはあまりに硬すぎて加工にエラい手間を食うくらいだ。バーレット対戦車ライフルの直撃も耐えるほどの強度がある。それを砕くほどの力など想像もできんよ」
「しかし、それをやってのけたのが、今回の敵だったな?」
近衛の問いかけはアトラスへと向いた。
「えぇ、ディンキー・アンカーソンの配下でベルトコーネと名乗っていました」
「タイプは?」
「格闘専用の白兵戦タイプ。とにかく頑丈さとパワーが桁違いです。しかも、格闘センスが抜群にいい。俺との戦闘で南米の格闘技のカポエィラを使っていましたが、普通はあんなもの実戦でそうそう使える代物じゃない」
「カポエィラ? たしか足だけで戦うと言うダンスみたいなやつか」
「はい、俺も実践であんなものを使うやつは初めて見ましたよ」
アトラスの言葉に近衛は思案するとエリオットにも声をかけた。
「お前も見たのか?」
「はい。確かに確認しました。恐るべき戦闘能力です。いわゆる、白兵戦闘能力だけで大量交戦が行えるレベルです。少なくとも機動隊員による制圧は考えない方が良いかと」
「それほどか?」
「はい」
近衛の疑問の声にエリオットは明確に答えを返した。思案げに眉をひそめる近衛にアトラスが声をかけた。
「私もそう思います。相当な規模の火器類が必要になりますし、なにより人的被害が避けられない」
そして、アトラスの言葉に続けて新谷が言葉を続ける。
「それには私も同意見ですな。実は欧州のアンドロイド研究者のツテを辿ってディンキーの使うアンドロイドについて調べたんですが」
新谷の言葉に場の視線が集まっていく。
「ディンキーと言う人物、どうやら単なるテロリストの範疇では収まらないようなんです」
「どういう事です?」
「それが――、通常、アンドロイドやロボットを用いたテロリストと言うのはどこかから金で購入してきたものか盗んだものを運用するもんなんです。あるいは敵から鹵獲するなどしてすでにある物を利用する。ですが、ディンキーは自分で創り上げているらしいんですわ」
「自作? ベースからですか?」
「いや、土台になるものは他から調達しているようなんですが、それをカスタムする能力が半端ないらしいんですな。しかも、専門的にどこかで学んだのではなくあくまでも独力で技術を習得したらしい。恐るべき才能ですよ。欧州各国の対アンドロイド諸機関が手を焼いていると言うのも一理あります」
新谷が言い終えるとアトラスが呟き、近衛も畳み掛けるように言葉を吐いた。
「独力であれだけの物を――」
「信じられん」
「マリオネット・ディンキーの名は伊達ではないという事ですな。だが、一つだけ、世界中で共通した疑問点があるんです」
新たに発せられた新谷の言葉に皆の視線が集まった。
「ディンキーは、他のテロ組織と連携をほとんど持たない独立系のテロリストです。技術はあっても、それを作成して維持するための物資や資金力が乏しいはず。だが、彼のアンドロイドを見ていると貧乏人の有り合わせとは到底思えない。彼には何かバックボーンがあるのではないか? というのが共通した見方なんです」
「バックボーン――、支援組織と言う事か」
「えぇ」
「課長、ディンキーはアイルランド出身です。やはりIRA系でしょうか?」
新谷と近衛の言葉にエリオットが問いかける。その言葉に思案する近衛であったが、即座に否定する。
「いや、それはありえない。IRAは21世紀はじめに武装闘争を縮小して穏健路線へ鞍替えしている。聞くところによると、その方針に反発して下部構成員だったディンキーが組織を出奔、飛び出したディンキーを粛清しようとして逆にIRA側がディンキー配下のアンドロイドの反撃を受けてかなりの死傷者が出ている。それ以来、ディンキーは英国人はもとよりアイルランド系組織からも追われている。そんな彼に援助して利益を得る組織など考えられん」
「私が相談したアンドロイド技術者もその点を指摘していました。どこから活動資金や資材を得ているのか――」
「まったくの謎と言う訳か」
「何か、いやな予感がしますなぁ」
近衛と新谷の掛け合いで生まれた大きな疑問が場を支配した。沈黙が覆う中、地下駐車場に響く新たな車両の走行音が聞こえてくる。
――ヒュルルル……――
それはガソリンエンジンの音ではない。甲高くささやくような回転ノイズと、ゴムタイヤが路面で奏でる異音が交じり合ったものだ。近衛も新谷もアトラスもエリオットも、その音の主には記憶がある。新谷がその音の方を振り向くと声を発した。
「おっ? 来ましたな?」
地下駐車場へと繋がるスロープ通路を一台の特殊な電気自動車が降りてくる。シルバーのクーペスタイルのその車輌の名はラプターと言う。その車を運転しているのは特攻装警のディアリオである。
ディアリオはは近衛たちの姿を認めるとラプターをその側へと寄せてきた。エリオットの乗っているアバローナの脇へと止めるとラプターのガルウィングのドアを開ける。運転席からはディアリオが降りてくる。そして、反対の助手席の側からはメガネ姿の1人の才女が姿を現した。
朱色のスカーフに水色地のツーピースのビジネススーツ、スカートではなくパンツルックだ。彼女は現場を頻繁に疾駆する。ミニスカートよりも走りやすい服装であるのは必然だった。
髪型は肩までのセミロングの黒髪で、メタルフレームのメガネが印象的だった。その小脇には小型のB6大サイズの小型のタブレットが携えられている。真面目そうな風貌の中に、アグレッシブな人柄をその瞳に垣間見せている。
「お待たせしました、情報機動隊・鏡石、ただいま現着しました」
凛とした声が地下空間に響いている。鏡石と名乗る彼女に近衛が返答する。
「ご苦労、よくきてくれた。非番なのにすまんな」
「いいえ、お気になさらないでください。現場で動いている方が休暇を持て余すよりもいいですから」
「相変わらず熱心だな」
「それしか取り柄がありませんから」
近衛の問いかけに鏡石は笑って答えた。
彼女は鏡石玲奈。階級は警部補で警視庁の生え抜きの対情報犯罪対抗セクションである情報機動隊の隊長を任されていた。
情報機動隊は、立場上公安4課の下に存在している。だが、特例的に刑事部や警備部のセクションとも積極的に連携して活動している。公安4課は主に情報収集や資料統計などを行なう情報処理畑の部署である。情報機動隊は、この公安4課の管轄のもと、それまで存在していたサイバー犯罪対策室とは全く別に、警視庁管内におけるあらゆる種の情報犯罪や関連犯罪に攻撃的に対応するために設立された攻性の部署である。
情報犯罪やコンピュータ犯罪の増加に伴い、それまでの警察組織の技術陣の体制では、続発する情報犯罪に臨機応変には対応できない。特に、アンドロイドやロボットが浸透したこの現代社会の中ではパソコンの前に座ったままで情報犯罪に対応できるはずもない。既存のサイバー犯罪対策室の域を超えた全く新しい情報犯罪対策組織が求められたのである。
市街地の現場に、刑事部や警備部・あるいは公安などの様に能動的に動き、情報犯罪に対応可能な情報犯罪・コンピューターエンジニアのエキスパート集団の設立が求められていた。
これに対し、警視庁上層部は、実力最優先で人選を行ない、警視庁内外の様々なセクションから人選と引き抜きを行った。そして特に隊長クラスには警察官としての実力と、常に変化し続ける情報犯罪への柔軟な対応力と卓越したセンスを求めて20歳代の若い人材から鏡石を選びだした。
米国のマサチューセッツ大学で最先端の情報セキュリティ工学を学び、帰国後優秀な成績で警視庁に入ってきた異色の経緯を持つ。鏡石の日本警察の古い慣習にとらわれず常に最高のタイミングで情報犯罪への先手を打つ圧倒的な行動力は周囲から高い評価を得ていた。
同じ頃、日本警察において進行中だった特攻装警の計画と情報機動隊のプランが合流し、コンピューター犯罪を主眼においたディアリオと、その活動の場である情報機動隊が連携して誕生する事となった。その中でも、ディアリオと鏡石隊長のペアは、その優秀な成績から日本の内外から話題に登っているのだ。
その鏡石が、近衛ににこやかに返答する。
「それに先日の横浜での一件では近衛課長にはお世話になりましたから」
「あぁ、あの一件か」
「本当に後始末が大変だったんです。ね?! ディアリオ!」
鏡石に声をかけられて、ややバツが悪そうにしながらディアリオが車内から姿を現した。
「隊長、その話はもう勘弁して下さい」
「あら、そう言うことを言える立場?」
「申し訳ありません」
なにやらキツく当たる鏡石に反論しようとするディアリオだったが、鏡石の遠慮ない反撃に平身低頭だった。そのやりとりに苦笑しつつ近衛が声をかける。
「それくらいで勘弁してやったらどうだ? とりあえずお咎め無しだったんだろう?」
「えぇ、とりあえず減棒は免れました。まぁ、始末書は今までにないくらい書かされましたけど」
二人のやりとりを見ていた新谷がアトラスに声をかける。
「何の話だ?」
「先日、ディンキー一派の逃走を追跡した時の件です」
「あ? あぁ! あれかぁ!」
新谷は何度もうなづきながら声を返す。
「えぇ、扇島と東扇島を停電させた件です」
新谷はその一件の顛末を思い出し、苦笑しつつ沈黙せざるを得なかった。漸くに声を発したが肯定も否定もしづらい状況だ。新谷も特攻装警の開発者として、敵であるディンキー配下のアンドロイドの能力の高さが理解できないわけではない。逃走を阻止するためには手段を選んでは居られないのもよく分かる。しかし――
「ディアリオ、お前も警察という組織が社会的信用で成り立っていると言うことだけは忘れるなよ。いくら事後処理が手配済みだったとはいえ、民間会社のトレーラーをハッキングしたのはまずかったな」
「はい、肝に銘じておきます」
「ほんと、勘弁してよ。責任追及の結果、あなたが解体なんてのだけは絶対に嫌だからね」
鏡石の思わぬ言葉にアトラスが問いかけた。
「解体?」
「えぇ、処分の如何によってはその可能性も査問委員会で示唆されたからね」
鏡石は神妙な表情を浮かべながらアトラスに答える。その言葉を近衛がフォローする。
「今回は相当強い抗議があってな、ディアリオを解体、もしくは一時凍結と言う意見も出たんだ。だが、私の警備部や武装警官部隊のなどがディンキー一派の上陸の際の詳細な状況を上申して、現場の意見として手段を選んでいられない状況である事や、今回のサミット警備への影響を上層部に理解してもらって事なきを得たんだ」
近衛の言葉に鏡石が続けて説明してゆく。
「実際、フィールをイベントでマスコット代わりに頻繁に連れ出してるのは現場ではかねてから問題になっていたし、犯罪組織の制圧のためにアトラスやセンチュリーが頻繁に無茶を通さないと事件解決できないのが日常化してるでしょ?」
「オレたち自身が物的証拠になる――ってアレか」
「えぇ、特攻装警とその周囲に大きな負担がかかっている現状で、ディアリオだけに責任を追わせるのかって強く反論してくれた上層部の人もかなり居たのよ。警察全体が疲弊して特攻装警を求めてやっと軌道に乗り始まったのに、それを潰してしまうのか――って」
「なるほど、そう言う顛末だったんですか」
近衛と鏡石が語る言葉にアトラスはとりあえずの安堵の言葉を漏らした。そして、横目でディアリオを見るとこう告げるのだ。
「ディアリオ、お前までセンチュリーの真似をする必要はないんだぞ?」
「はい」
兄であるアトラスの言葉にディアリオもうなだれるしか無い。そんな彼にアトラスが笑いながら明るく告げた。
「やるなら、程々にな」
「ちょ、ほどほどって――」
アトラスのたちの悪いジョークに鏡石が慌てて抗議した。その光景に皆が笑わずには居られなかった。
「勘弁してよ、後始末をするのはこっちなんだから」
アトラスのブラックジョークに鏡石も不満げだ。とは言え冗談であることは彼女も理解している。ため息つきつつ周囲を見回す。するとこの場にもう一人重要な人影が無いことに気づいた。
「あれ? そう言えば――その始末書大明神のセンチュリーは?」
始末書大明神――、その言い得て妙な形容に近衛も新谷も吹き出さざるをえない。
確かにセンチュリーがこの場に居ない。重要な案件には何かと首を突っ込んでくるタチだからこの場に居ても不思議ではない。
「普段ならこう言うお祭り騒ぎな大規模イベントには無理にでも首を突っ込んでくるのに――、なんで?」
センチュリーはアレでいて目立ちたがり屋な面がある。また、重要案件には頼まれてもいないのに首を突っ込んでくる事があるので苦情が出ることもある。迷惑千万極まりないのは当然だが、野生の勘というか、アンドロイドらしくない動物的なセンスが働いて思わぬ功績を上げることもある。
もともと、センチュリーは警らのパトカーのように、彼専用のバイクで都内を中心に自由に移動しながらの勤務形態をとっている。彼自身の行動に整合性と必然性が有れば、上層部も特例として黙認しているのような状況だった。
当然ながら、こういった国際サミットの警備でアトラスやエリオットが参加しているのにセンチュリーの姿がないのが、鏡石には不思議なようだった。その疑問にはアトラスが答えた。
「アイツならもうじき合流するはずだ。自主的に追跡調査をしているんだ」
「追跡?」
「ディアリオも参加した、例の横浜の案件だよ」
アトラスの答えに近衛が問いかけた。
「逃亡したディンキーの動向調査だったな」
「えぇ、アイツ右腕を斬られたのが相当プライドを傷つけられたみたいで、あれから一ヶ月、ほとんどぶっ続けで東京中を走り回ってますよ」
「ぶっ続けって――、まさか闇雲に?」
鏡石はなかば呆れるように問いかけた。だが、ディアリオが彼女の側で言葉を挟んだ。
「いえ、それは無いようですね」
ディアリオはそう告げながら、ジャケットの内側ポケットの中から手のひら大の小型デバイスを取り出し空中に投げる。それは地磁気に作用して磁気浮上で空中に浮かぶ。すると彼らの頭上の空間に、センチュリーのここ一ヶ月の行動にまつわる様々なデータを立体映像として投影し始めた。
ディアリオはそれを整理しながら言葉を続けた。
「追跡対象は緋色会と首都圏の主要な武装暴走族です。中堅クラスの幹部にツテをたどって会っているようです。捜査対象の彼らも今回は意外と協力的らしいですね。トラブルとなった事例は今回は少ないみたいです」
「まぁ、当然だろうな」
ディアリオの分析に近衛が言葉を続けた。
「ディンキーは横浜での上陸作戦で独断で動いたのみならず、スネイルドラゴンの主要幹部を惨殺している。上陸現場が我々警察に押さえられたのは彼ら自身のミスだったしても、その後の行動はスネイルドラゴンやその黒幕である緋色会のメンツを十分潰すものだ。せめて現場からの逃走のさいに独断行動だけは避けていれば緋色会も今回の件ではシラを切って口をつぐんだだろうな」
近衛の言葉にアトラスが続ける。
「なにしろ――、緋色会は、ディンキーを海外テロリストの日本上陸の闇ビジネス化のテストケースとしていたらしい。それがこんな大事になった上に、特攻装警に目をつけられる羽目になったとなれば、彼らの目論見はディンキーにぶっ潰れたようなものだからな。あの爺さんには一刻も早く日本から出て行ってもらいたいだろうさ」
「なるほど、そう言うことだったの」
鏡石は皆の説明に合点がいったようだった。
「でも、センチュリーもかなり手こずってる見たいね。うまく見つかるといいんだけど――」
鏡石は思案気な顔だ。その言葉に険しくも力強い視線で近衛が答えた。
「だからこそだ。今回はサミット会場を十重二十重に警備している。SP、機動隊、高速警察隊、武装警官部隊に特攻装警――我々が講じられる最強の布陣だ。ヤツは絶対になにかしかけてくる。万全を期して望まないとな」
「もちろんです。だからこそ私達、情報機動隊も呼んだのでしょう?」
鏡石は微笑みながら答える。近衛はその言葉にはっきりと頷いたのだった。
会話をひと通り終えて、鏡石たちと入れ替わるようにアトラスはその場から離れていく。そして、アトラスに何者かが落ち着いた口調で声をかけてくる。声のする方にアトラスが振り向けば、そこには数人の機動隊員が彼を待っていた。
「アトラスさん! そろそろ現場に!」
1人の機動隊員が声をかけてきた。アトラスは大きく頷いて彼らに答えた。
「すぐ行く!」
言葉と同時にアトラスは動き出していた。そして振り向くとエリオットに話しかける。
「エリオット、すまんが『メガクラッシュ』を貸してくれ」
エリオットは何も言わず、後部荷台のコンテナのひとつから一振りの巨大な大型ショットガンを取り出した。
『メガクラッシュ』 口径は散弾銃の標準口径で言うなら8番ゲージで当然特別製。全長1.1mにも及ぶ怪物ショットガンで、特攻装警専用の武装の一つである。
アトラスは、そのメガクラッシュを肩にかつぐと近衛の方を向いた。
「近衛さん。わたしも現場に行かせてもらう事にします」
「あぁ、たのむ」
近衛もかすかに頷き、呉川がアトラスに声をかける。
「アトラス」
アトラスは生まれ故郷の長の声に足を止めた。
「気をつけてな」
その温和で優しい語り口にアトラスはハッキリと頷き返した。そして、アトラスが去ったあと、地下駐車場では近衛と鏡石が本来の任務についてやりとりを初めていた。
「それで早速なんですが、私達の任務に関する状況を整理させてください」
アトラスたちと雑談していた時とは打って変わって冷静な理知的な表情の鏡石だった。
鏡石の言葉に近衛は沈黙しつつ頷いた。そのリアクションを受けてディアリオが説明をはじめる。
「現在、この有明1000mビルの基幹コンピュータネットワークに識別不能のプログラムが存在しています。隔壁や自動ドア、その他エレベーターやリフトなど、ビル内の主要な移動・可動設備を管理するビル内施設制御コンピュータシステム群の1次集中システムのメモリー内に存在していると思われます」
「1次集中システム、それって、ビル内の施設を統轄する一番厳重なはずの場所じゃないの。なんでそんな面倒なとこに……」
鏡石がため息をもらす。彼女が持つタブレットにはディアリオからに渡された資料データが表示されている。と、同時に先ほどディアリオが起動させた立体映像装置が近衛たちにも同じデータを明示していた。
そこに表示されているのは、この1000mビルの基幹情報システムの構成図とビルの構造図である。
鏡石はそれをひと通り眺めながら疑問の声を吐く。
「この識別不能プログラムをウィルスプログラムと断定したのは誰です?」
その疑問に答えたのは近衛だ。
「当直の担当技術者だ。今朝ぎりぎりになって報告が上がってきたんだ。本来ならビルの基幹システムのチェックも、サミット会場警備の開始前から我々に移管させるはずだったのだがビルの所有企業と建設企業から横槍が入ってな、ビル管理の管理権限を警視庁に一時移管させるのに法的手続きを要求されたんだ」
近衛の言葉に鏡石の眉間にシワがよった。こう言う横槍や面倒な手続きは彼女の任務にとって一番のストレスになるのだろう。
「それ、関係省庁の官僚が噛んでますよね?」
「いつものことだ。警視庁上層部に働きかけて書面手続き無しで了解させた。『管理権限移管前にトラブルが起きたら、お前らの責任になる』って警察庁OBが睨んでくれたんだ。そうでなければサミットが始まるまで居座っただろうよ」
こう言う官僚がらみの力関係の話になると鏡石は手も足も出ない。そう言う点においては、近衛は豪胆であり有能だった。伊達に機動隊を掌握する立場にあるわけではなかった。そして、ディアリオがさらに説明を続ける。
「本来、システム上は空きメモリーになっていなければならないはずの場所にかなり大きなプログラムファイルが存在していたそうです」
「この識別不能プログラムによる実質的な弊害は?」
「現時点では明確な被害は発生していないそうですが、今日の『東京アトランティスオープニングセレモニー』で1000mビルがフル稼働した際に、メモリー不足からシステムダウンする可能性があるそうです。相当にメモリ空間を無駄に食うプログラムらしいです」
「自己増殖するのかな?」
「ありえますね、いずれにせよ、オープニングセレモニー開始までに何としてもシステムのメモリーとプログラム領域の掃除をする必要があると思われます」
ディアリオの言葉に近衛がたずねる。
「念の為に聞くが、現場のエンジニアでは無理なのか?」
「無理です」
ディアリオはきっぱりと言いきる。あまりの断定的な口調に鏡石も近衛も軽く吹き出しそうになる。
「発見した時間は?」
「昨夜午前4時12分、1時間毎の定時のシステムメンテナンスとセキュリティチェックに引っ掛かりビル管理会社に関連のある警備業者に報告があったそうです。ですが、そこから警視庁に連絡が入ったのはその30分後です」
「30分、そこから例の横槍が入って今の時刻でしょ? 痛いなぁそれ」
それでもまだ時間的猶予がないわけではない。ボヤいていても始まらないのはわかっている。
「それで、この識別不能プログラムって、どうやって入ってきたのかしら? やはり、外部回線からの侵入かしら」
「事故の発生時刻から判断して、それが妥当だと思われます。ですが、反対に犯人はすでにビル内に侵入していてビルの内部回線からハッキング侵入していた、と言う線も捨てきれないのでは?」
「内部?」
近衛が出した疑問の声にディアリオが答える。
「はい、コンピュータシステムへの侵入はネット経由とは限りません。物理的に内部侵入してシステムのすぐそばでハッキング行為を行うケースも有ります。この場合、内部犯行が大半なんですが」
物理的にシステムのそばに入り込んでに行うハッキング行為をソーシャルハッキングと言う。
「なるほど。すると犯人がまだ、ビル中かこの附近に居る可能性が考えられるわけだな?」
「はい、その可能性は否定できません」
「分かった、ビル内外の警備にその事を通知しておこう」
ディアリオの答えを耳にしたその時点で、近衛の脳裏には次の一手がすでに描かれはじめていた。鏡石もまた、もう一つの可能性を口にした。
「でも、この識別不能プログラムがなんらかの形ではるか以前から存在していて、それが今日になって発現したって事もあり得るわね。まぁ、可能性を思案しても始まらないわ。ウィルスプログラムの排除を再優先しましょう。近衛課長、時間的猶予はどれくらいいただけます?」
「現状の警備プランのままだと、最大で1時間と言うところだな」
「1時間ですか――」
鏡石の眉間に再びシワが寄った。タイムスケジュールが想像以上にタイトだったようだ。
「近衛課長、1つお願いしてもいいですか?」
「なんだ?」
「今日のオープニングセレモニーに参加するVIPが到着するはずなのですが、サミット会場のある上部階層への、彼らの入場を少し待っていただけませんでしょうか?」
近衛は、鏡石の頼みに眉間に思わずしわを寄せる。
「理由は?」
「万一ウィルスが発現した場合、ビルのメインシステムがダウンしてVIPに危害がおよぶ可能性があります。できればウィルス除去の処理が完了するまでビル内への入場を制限してほしいんです。情報機動隊フルメンバーでメンテナンスを行いますから時間的な遅延はそう大きくはならないと思います」
近衛は鏡石の言葉にほんのわずか思案する。そして、すみやかに決断して、鏡石の申し出を了承した。
「わかった、善処しよう。対策が決まり次第に追って連絡する」
「ありがとうございます。それでは早速、任務に移らせていただきます」
「頼むぞ」
敬礼で望む鏡石に、近衛も敬礼で返した。
「ではこれより、情報機動隊全メンバーで有明1000mビル管理システムの緊急メンテナンス作業に入ります」
鏡石はその言葉を残して踵を返す。そして、鏡石の隣で近衛に対して敬礼するディアリオに声をかけ専用車両であるラプラーの中へと向かう。彼女が愛車へと向かう途上、新谷の視線が彼女の視界に入ってきた。
「あいかわらず派手にやってるようだな」
それは多分にして鏡石の力量を評価する意味での言葉だった。その言葉のニュアンスを察してはにかみながら、鏡石はラプターに乗り込みつつ新谷へと返事を返した。
「はい、相棒がとても有能ですので」
そして、その言葉もまた、新谷たちが生み出してくれた存在を高く評価する素直な意見であった。情報犯罪調査官とアンドロイド警官開発者、技術者としてのシンパシーがあるのかシンプルながらそれだけの会話で二人の意思疎通は十分だった。
そして、その車内――
「さて、それじゃ早速、隊の皆を招集しましょ」
「ご心配なく、すでにメッセージは送信済みです。全員すでに1000mビルに到着しています」
ディアリオは鏡石の言葉に速やかに答えた。
「サンキュ、相変わらず手際いいのね」
ディアリオは体内のデータ通信回線を開くと、他の情報機動隊隊員の乗る機能限定タイプのラプターへとSランクの再優先情報として招集命令を送る。そして、それを受信した全ての「デミラプ」――情報機動隊の専用車両がこの有明の地へと集合しつつあった。
鏡石隊長は手元のデータターミナルを操作すると、情報機動隊隊員たちの各メンバーへ送信する『作業指示ファイル』を手早く作製して一斉送信した。鏡石がダッシュボードのディスプレイパネルを見れば他の情報機動隊メンバーからも続々と返事のメッセージが帰ってきていた。
「みんなも動き出したわ。それじゃ、わたしたちも一仕事といきましょう。ディアリオ!」
「了解」
隊長鏡石の問いかけにディアリオは答えると、招集場所として指定した1000mビル周辺の駐車場の一角へと向かった。
そもそも情報機動隊は、その活動本部として本庁の中に独自の情報センタールームが確保してある。だが、通常は現場を駆け回り外勤で活動する事が多い部署である。そのため、彼らの活動は情報機動隊専用に作成された小型車両をキーにして行われる。
情報機動隊の専用車両には2つある。
まず、鏡石とディアリオの駆る車が高速電動情報機動カー『ラプター』だ。小型車クラスのクーペスタイル高速電気自動車で2人乗り。後部座席は無く、4機の情報処理プロセッサと衛星回線対応型のデータ通信ターミナル/通信アンテナユニットが装備されている。
武装はなくディアリオのバックアップ能力に特化。最高速度は267㎞をマークし、大容量超伝導バッテリーと高出力ステッピングモーターで動くライトウェイトモデルである。
そして、ラプターの仕様に準じた情報処理作業専用の機能限定モデルとして作成されたのが「デミラプター」だ。通常「デミラプ」と呼ばれ情報機動隊のメンバー全員にあてられる。
ラプターが陽光を浴びながら、地下駐車場からのスロープを出て行く。
すると、ビル周辺の警察車輌のために確保された屋外駐車場のエリアにラプターと似た外見の小型クーペ車輌が十数台集まっていた。情報機動隊メンバーのデミラプである。整然と並んだデミラプに向かい合うようにラプターを停める。そして、ラプターから降りるとディアリオと並んで立つ。
その鏡石の姿を見た情報機動隊の隊員たちは、自分たちもデミラプから降りると速やかに横隊一列に並んだ。情報機動隊隊員の制服はビジネススーツ姿を基本としたものだ。だが胸の記章や網膜投影型のディスプレイゴーグルなど、専用装備が醸し出す雰囲気から単なるビジネスマンとは全く異なる気配を伴っていた。
そして、鏡石も情報機動隊のメンバーの顔を一人一人確認してから、大きく息を吸って宣言する。
「アテンション!」
知性派女性の凛とした掛け声に情報機動隊のメンバーは機敏に行動する。
メンバーが一列に並んだ所で再び鏡石隊長は告げた。
「情報機動隊 オペレーション セットアップ!」
「はっ!」
各メンバーは敬礼姿で掛け声を上げる。そして各々のデミラプに戻り与えられた任務に向かう。作業内容はすでに送られた行動指示ファイルに記されている。旧態然とした打ち合わせめいたいことは行わない。鏡石が組み上げた行動プランにもとづき、メンバーが各々の判断で粛々と事件解決に行動するのだ。
犯罪者の一歩先を行く。それが鏡石率いる情報機動隊のモットーであった。
普段からマスコミの前などにも出る事のある情報機動隊ではあったが、今回は『東京アトランティス』のオープニングセレモニーと言う事もあり、海外のプレスや報道陣も多数存在した。彼らから感嘆の声が洩れるのにいくばくの時間もかからない。その中にあって、大輪の花のごとく毅然とした鏡石隊長の姿は一際きわだって視線を集めていた。
@ @ @
彼らが姿を消すと、あとにはエリオットと近衛と新谷の三人だけが残された。
近衛は駐車場に設置してあった液晶プロジェクターをスタンドごと片付ける。新谷はその手伝いがてら液晶プロジェクターに繋がれた小型のタブレット端末を片付けている。
半ば無意識だったのだろう。新谷の口から言葉が漏れた。
「しかし――あれからもう5年以上も経つのか」
新谷が漏らした言葉に近衛は、手持ちの小さなバッグに液晶プロジェクターを詰めながら感慨深げに言葉を返す。
「えぇ、5年です。長いようでもあり、短いようでもある」
新谷は片付けたタブレット端末を近衛に手渡しつつさらに声をかける。
「ワシも無我夢中だったからな。気がついたら今この場に立っていたように感じる。それにこの計画を一番親身に支えてくれたのは近衛さん――アンタだからな。現場の苦労に比べれば、儂らの様なホワイトカラーの苦労など吹けば飛ぶようなチリみたいなもんだ」
近衛は新谷から受け取ったタブレット端末もバッグへと仕舞いこむ。
「何をおっしゃいます。上層部のあんな無茶な要求を阻止できなかったのは私の責任です。それに当時の警備責任の問題もある。私がこの特攻装警計画のために汗を流すのは当然の責任です」
近衛は謙遜する新谷に対して毅然と言い放った。そして、新谷もまたそんな近衛の態度を否定すること無く静かに受け入れていく。
「近衛さん、アンタならそう言うと思ったよ」
そして、新谷は神妙な表情で告げる。
「そもそも、今回のディアリオの査問の件で、ディアリオをかばったのはアンタなんだろ?」
新谷は問いかけるが、近衛は静かに微笑むのみでその問いには答えなかった。答えない代わりに別な話を語りだす。
「あの時――、上層部が第2科警研をはじめ特攻装警計画の関係者に突きつけた条件は――『今後開発される試作体の特攻装警を、全て現場運用できる物にする事』――でした。つまり現場に出れないデスクプランの試作体を何体も作ることは許さない。むしろ、練習台としての試作品を作ることを禁止されれば特攻装警計画を進めることを諦めるだろうと画策したんです」
近衛が過去を語っている。特攻装警開発の初期に降って湧いたトラブルを感慨深げに語っている。
「しかし、あなた方は時間も予算も限られたあの状況下でアトラスを現場で完全運用できる段階までレベルアップさせた。そして、1年という短期間でセンチュリーを生み出した。それのみならず、それ以降の特攻装警で様々な可能性を提示してくれた。今、警視庁の多方面で特攻装警たちが活躍しているのは紛れも無くあなた方の努力と苦闘があったからだ。私はその恩に一生をかけて報いねばなりません」
近衛が新谷に向けて送った言葉には一点の曇もなかった。新谷はこの眼前の厳つい男に特攻装警と言う存在を委ねたことが誤りでなかったことをあらためて感じずには居られなかった。
当然、それ以上の会話は不要である。新谷は満足気に頷くとこう切り出した。
「それじゃ私は警備本部で待機させてもらうとするよ。そのあいつらの現場での姿をしっかりと見るのが今日のワシの仕事だからな。近衛さん。ご武運を祈っとるよ」
「ありがとうございます」
新谷の言葉に、近衛は敬礼姿で返礼した。近衛が敬礼を終え手を下ろしたときだ。
「あ、そうそう」
新谷が思い出したかのように語りだす。
「かねてから書面で連絡してたように、今日、特攻装警の第7号機が現場見学に来ます。所轄の引率者が近衛さんのところに顔を出すでしょう。その時はよろしく頼みますよ」
「7号機? あぁ、あの現場研修段階の機体ですね? 資料では目にしていましたが、本人と会うのはこれが初めてですよ」
「そういえばそうでしたね。何しろ成長に時間がかかっていて正式ロールアウトには程遠い。だが、外を連れ回すくらいはできるようになったのでね、アトラスたちの勤務状況を見学させて成長のための刺激になればと思いましてね。先ほど連絡がありましたが、すでに所轄を出立したそうです」
「承知しました。お任せください」
新谷の言葉に近衛は答え返す。アトラスから始まってついに7番目――そう考えると感慨深いものがあった。
「それでは私はこれで」
新谷は手を振りながら場を後にする。新谷は技術者であると同時に第2科学警察研究所と言う組織の長でもある。組織の管理責任者として現場視察も重要な責務だった。
近衛はそんな新谷の姿を視線で追いながら、エリオットに話しかけた。
「なぁ、エリオット」
「なんでしょう?」
エリオットは俯いたまま答える。
「お前が、俺の所に来てからどれくらいになる?」
「1年半、くらいですね」
「エリオット、お前がこの警備部に来てからどれくらいの仕事をこなしたかな?」
「12件です」
近衛はその言葉をきき頭上を振り仰いだ。
「少ないのか、それとも多いのか」
近衛は大きくため息を吐く。そこにエリオットのとても穏やかな声が届いた。
「少なくていいんです、課長。確かに、この最近の犯罪者やテロなどに対抗するためには、私の様な力もやむを得ないのかもしれません。ですが、所詮、私の能力は破壊のための能力に過ぎない。抜いてはならない諸刃の剣なのかもしれません」
「諸刃の剣か、そうかもしれんな」
近衛はそう感慨深げに呟きながら、鏡石からもたらされた情報について思案する。そして、アバローナに乗り込んだまま待機を続けるエリオットに視線を向けながらこうつぶやく。
「エリオット」
エリオットは近衛の言葉に振りむく。
「今回だけは、お前と言う諸刃の剣を抜かねばならなくなるかもしれん」
エリオットの前には、いつもの冷徹に物事に対処する青狼の様な近衛の姿があった。
エリオットは安堵の表情を浮かべ答える。
「いつでも、お抜き下さい」
そう答えるエリオットは、全特攻装警の中で最も過酷な任務に身をおいている。
待つことの意味――
動くことの意味――
その事の真価をエリオットは知っていた。
寡黙なる守護者であるエリオット。
近衛はそんなエリオットに対して頷きながら、足早にその場所を立ち去って行った。
@ @ @
そして――
晩秋の陽光の下、アトラスは巨大なビルの真下でじっと立っていた。その肩には先程のメガクラッシュが薄い布ケースに包まれて担がれている。
直立不動、じっとする姿は青銅の仁王像のごとくである。西ゲート、そこはすぐそばを通る臨海新交通システムの有明駅の出入り口にあたり、なおかつ有明1000ビルの入口の一つである。そして、VIPを乗せた高級車両もここを通過する事がある。
VIPが入場する際の護衛、それがアトラスの任務である。言わば、特攻装警の――ひいては日本警察の顔であると言ってもいい。だが、そんなアトラスの服装はと言えば、小綺麗なフライトジャケットただ1着である。
ときおり、年配の警察関係者が大柄なコートの様なものを彼に着せようとする。だが、周囲の者の警官・機動隊員たちは、それを好意的に押しとどめた。
アトラスに余計な虚飾は無用、良い意味で。
アトラスを良く知る者はみな気付いている事実である。
ビルの娯楽施設に遊びに来たのであろう子どもたちが、ときおり、親に連れられてその場を通りかかった。熱心に興味深げにアトラスを見つめている子どもたちだったが、親たちに促されて渋々ながらにそこを立ち去る子もいる。周囲のそんな状況を察して、年長の機動隊員がアトラスに歩み寄りこう告げた。
「行ってあげてください。まだ来賓の到着には時間があります」
アトラスはその言葉を聞いて思案している。彼も、自分へと向けられている視線の意味が分からないわけではない。ただ任務中であるため踏ん切りが付かないのだ。だが、その年長の機動隊員はアトラスの肩をそっと押した。それと同時に機動隊員がもう一人進み出て、アトラスの担いでいたメガクラッシュを受け取ろうとする。周囲の無言の説得にアトラスは観念して告げた。
「わかったよ」
アトラスも機動隊員たちのはからいに観念するより無かった。メガクラッシュを預けると、心のなか軽くため息をつきながら歩き出す。
アトラスは、毎日の任務の中で市民たちが自分に何を求めているのか考えさせられる事がたびたびある。その中でも子どもたちが自分に向ける期待と関心がどんな意味を持つのか、理解できないわけではない。
一歩、二歩……周囲の人間や子供たちの様子を眺めながら歩み出る。誰が言うとなく子供たちから声があがった。
「あ! アトラスだ!」
その言葉を耳にしてアトラスは歩道上でしゃがみ込むと、視線を子どもたちの高さへと降ろしていく。そして、瞬く間に小さな子供たちがアトラスを取り囲んだのである。
特攻装警第1号機アトラス、彼はもっとも最初の特攻装警であるゆえ、目立った特殊機能はさほど持ち合わせていない。だが長い任務経験に裏打ちされた経験値の高さが、彼にアンドロイドらしからぬ人間味を与えていた。
子どもたちとアトラスの間で、幾つもの言葉とメッセージが交わされていく。
そこには物語の中の正義の味方のような情景が生み出されていたのである。
お話の必要要素を絞り込んだのですが、このお話でどうしても絞れないエピソードがありこれだけの分量になってしまいました。申し訳ないです。
さて――
次回、
第1章第5話『リクエスト』