表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/147

第3話 『出立 ――第1方面広域管轄所轄・涙路署』

そして、もう一つのストーリーが始まります。

第1章第3話公開です。

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 東海道・中央――両新幹線の始発駅となり、都心再開発の最たる場所――品川。

 駅前には世界的にも名の通った大型一流ホテルが軒を並べ、大企業の本社ビルも立ち並ぶ。

 都心でありながら水族館すらあり、新宿・東京に次ぐ、新たな東京都心の顔とも言える地である。

 

 その品川駅の西側エリア。

 品川インターシティと呼ばれるエリアがある。

 かつて、品川操車場と呼ばれた貨物列車の入れ替え基地が鎮座ましていた場所だった。だが、貨物鉄道の再編に伴い、基地は廃止となり再開発対象となる。そして、時を経て新たな市街区となり、新宿や池袋に比肩するとも劣らない高層ビル群の立ち並ぶ未来都市へと変貌していた。

 そのインターシティから少し外れて、都道315号線――旧海岸通りと水路との間に挟まれた辺り、南北に細長い敷地を利用して建てられた真新しい警察署がある。

 凶悪犯罪の増加や、未来型犯罪の出現にともない、警視庁の一極集中ではこなしきれなくなっていく重大案件の取り扱いを速やかに進めるために、従来型の狭い管轄による縄張り制度を打破する目的で2020年代後半に新設された新型の所轄署だ。

 

『第1方面広域管轄署』


 すなわち、品川駅周辺を含む第1方面全域に行動を許可された、所轄以上、警視庁以下、と言う位置づけで機動捜査や重大案件の取り扱いを行うための上級の所轄署である。

 署の名前は“涙路署”と言う。

 その涙路署の母屋を兼ねる15階建てのビルがある。青灰色のタイル貼り仕立ての清楚なビルだ。

 そのビルの3階フロアにあるのが涙路署捜査課である。1係から4係まであるが、機動捜査係が併設されているのが一般的な所轄署とは異なる点である。涙路署の機動捜査係は捜査課課長が直接統括をしており、課長兼機動捜査係係長を含めて総勢で11名――いや、厳密には10名+1体と言った方が正確かもしれない。その10名の先頭を切るのが課長兼係長の今井槇子警部で30代の若さながら新設署の課長を務める才女だ。涙路署の犯罪捜査はこの凛々しい知的な女性の才覚によって動いているのだ。

 

 その日はとても署全体が慌ただしかった。

 重大事件が起きているわけではないが、東京都内全域の警察が特別体勢で動いている。

 速さが命の機動捜査係と言えど状況は変わりない。


 なにしろ、有明の地では、未来世界構想サミットが開催される。

 世界中から重要人物が集まると言う巨大イベントのその日に安穏としていられる警察署員が居るはずがなかった。すでに朝のブリーフィングを終えて、捜査課の人間はツーマンセルの二人組でそれぞれの担当任務の場へと向かっている。その人気が絶えた捜査課の中で、課長係長クラスの者が数名と事務係の人間がほんの僅かいるだけだ。

 

 だが、今井課長のデスクの前に毅然と立ち、課長からの言葉を待っているものが2名居る。

 1人は機動捜査係の中で最も若輩の朝研ー巡査部長。若いながらもなかなかの才覚を持っていると評されてこの新設署の捜査課へと配属となった青年である。いかにも刑事らしい清楚な背広とネクタイと言う出で立ちをしている。

 一方、今井は眼前の2人に視線を向けると座したまま両指を組み、落ち着いた声で告げる。

 

「それでは今日の任務について指示します。まず朝研一巡査部長」


 今井は艶光りする綺麗な黒髪のミドルヘアを揺らしながら朝を見上げる。

 

「はっ!」

「朝巡査部長には有明1000mビルへ向かってもらいます。現地についたらサミット警備本部に向かい、警備本部長を務める本庁の警備部警備1課課長・近衛迅一警視正に面会してもらいます。そして、先に現着して待機しているはずの第2科警研所長新谷文雄氏と合流してください。しかるのち――“彼”を引率して、他の特攻装警のお兄さんがたの勤務状況を見学させること。彼には一刻も早く“刑事”としての自覚を持ってもらわねばなりません」

「はい、心得てます」

「頼んだわよ」


 今井が朝を見つめる視線には厳しいながらもある種の優しさが垣間見えていた。それは眼前のこの若者に対する期待と信頼が彼女の中にあるためでもあった。

 

「復唱します。朝研一巡査部長、有明1000mビルサミット警備本部へ向かいます」

 

 そう答え終えると朝は右手を上げると警察式に敬礼をする。今井は彼の敬礼を確認すると、その視線を新たに朝の左側に立つ人物へと向ける。そして、朝の時とはうって変わって落ち着いた優しい口調で諭すかのように語りかけていく。

 

「グラウザー、あなたは今日は朝刑事と一緒に有明に行ってもらうわね」

「はいっ」

「有明ではあなたのお兄さんやお姉さんに当たる人たちが警察の現場で働いています。そのお兄さんたちの仕事を見てあなたがどんな仕事をすればいいのか勉強してきなさい。いいわね?」


 その問いかける口調は組織の長としてではなく、ある種、母親的な優しさに満ちたものだった。彼女の前に立っているのが子供だからではない。その者には組織内の命令というものが体得できていないためでもあった。

 グラウザーと呼びかけられたのは、朝と身長も大差ない若者である。亜麻色がかった茶髪ではあるが端整で純粋さがかいま見える面立ちだった。背広ではなくジャケット姿であり、すこし警察としての標準からかけ離れた印象がある。

 詳しく見れば彼の額には一円玉サイズの三角形のプレートのような物がある。アクセサリーの類ではないのは間違いないが、それ以外はごく普通の人間と何ら変わらない。

 グラウザーは今井からの問いかけに頷き返しながら、警察らしからぬ反応で答え返した。

 

「はいっ!」

 

 まるで子供がお使いでも頼まれたかのような返事である。彼がこの警察と言う組織のこの場所にいることがいかに不似合いであるかと思わずには居られない。

 だが、今井は全く動じない。グラウザーのその反応の意味を彼女は百も承知である。

 

「いい返事ね。でもねグラウザー。初めての場所に行ったからって何があっても絶対に朝君から離れてはダメよ。今日、あなたが行く場所はとても大切な場所だから落ち着いて行動するように」

「わかりました」


 今井の言葉にまるで母親の言いつけに従うかのようにグラウザーは素直に返事を返した。

 はたして、グラウザーは今井の言葉を本当に理解しただろうか? 普通ならばそう疑問を持つであろうが、口喧しく理解の度合いを確かめるような事はしなかった。

 今井の態度にはグラウザーが起こすであろう行動のその全てを甘んじて受け入れる覚悟があるようにも感じられた。

 

「元気でいいわね。それじゃ、朝君の指示を守って気をつけて行って来なさい。前にも教えた通り、私が話したこと復唱して」

 

 それは警察として刑事として、もっとも初歩的な手順であり作法である。与えられた任務の復唱――グラウザーにはそこから教えてやる必要があった。それを今井と朝は、根気よく何度も何度も反復して教育を続けている。今井からの視線を受けながらグラウザーは僅かに思案すると必要な答えを導き出す。それは隣に立つ朝刑事の模倣であった。

 

「特攻装警グラウザー、これより朝研一巡査部長に同行して有明に見学に向かいます」


 それは極めて冷静で落ちついた語り口だった。それまでの幼さの見える話し方ではない。1人の警察官として求められる条件を満たした話し方である。

 

「よく出来たわね。今までで一番いい答え方よ。それじゃ、時間も迫ってきたわ。ふたりとも早速有明に向かって」

 

 今井は満足気にうなづきながら朝とグラウザーに視線を配る。その視線と言葉を受けて、朝が敬礼をし、やや遅れてグラウザーも朝に倣って敬礼をする。


「では気をつけてね」


 今井が2人を送り出すように声をかければ、その言葉を受けてグラウザーは今井にこう答えたのだ。

 

「はい、行ってまいります!」


 そして、朝が今井の前から離れて歩き出せば、その後を追うようにグラウザー歩き出す。生まれたてのひな鳥が親鳥の後を追うようにグラウザーは朝の後を忠実について行った。

 今井が二人の足取りを視線で追えば、迷いのない毅然とした足取りで捜査課の入り口のドアを出て行く。

 今井は立ち上がると道路側に面した窓の方へと歩み寄り眼下の道路に視線を落としている。やや置いて、一台の覆面パトカーが署から出て行き、一路、有明の地へと向かったのである。

 

 今井は見つめている。走り去るその覆面パトカーを。

 彼らが紡ぐであろうこれからの未来を思っているのか、その視線はなによりも優しく慈愛に満ちている。若さは力だ。そして、可能性だ。その可能性を導くのが自分の役割だと今井は十分承知している。

 

 女性向けのビジネススーツの内ポケットからスマートフォンを取り出す。しかるのちにスマートフォンで何処かに電話をかける。ややおいて電話の向こうでは壮年の男性の声がしてくる。今井はその声に報告を始めた。

 

「今井です。今、そちらにグラウザーと朝刑事が向かいました。ご迷惑をお掛けすると思いますが、受け入れよろしくお願い致します。はい――、承知しました。では――」


 要件を告げ終えスマートフォンを切ると、今井は軽くため息を着いた。

 

「これで、あたしの役目は終わりね、あとは朝くんがポカをしなければいいんだけど」


 ため息混じりに言葉を漏らし、首を左右に動かせば今井の肩から関節が鳴る音がする。休む間もなく、彼女のデスクの電話がなる。彼女が安寧とする時間は今日もありそうに無かった。


次回、

第1章第4話『ブリーフィング』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ