第2話 『頭脳は舞い降りる』
第1章第2話、公開です。
空港へと到着したサミット参加者一行。彼らを待つのは果たして誰でしょうか?
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上部成層圏を飛行する超々音速機『キュクヌス』は緻密な減速空路を進んだ。
緩やかだが長い下降コースを辿りながらもその速度を急速に減少させる。機が空港に近付くにつれ、機首がわずか持上がり機体全体でブレーキがかけられる。
一方で、空港の周囲の洋上には報道陣の小型船舶や報道用のドローンやヘリが遠巻きに待機しており、驚異的な飛行性能を誇るキュクヌスの映像を捉らえようとしていた。
エアブレーキが開き、コンバインドサイクルエンジンが逆噴射を開始する。やがて機体から多数のランディングギアが開かれ始めた。
無数のカメラと衆目が取り囲む中、キュクヌスは今、日本へと降り立った。
時は、A.D.2039年11月3日 午前7時40分――
定刻よりやや早めの到着である。
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欧州科学アカデミー使節団の一団を乗せた特別機は、ゆっくりと滑走路上を移動している。機は滑走路から中央人工島へと移動し中央のターミナルビルへと向う。中央の空港ターミナルは完全な真円を描いている。そして、空港ターミナルの周囲には、ウニの棘の様に伸びた可動式のドッキングベイが無数に存在する。トーイングトラクターに引かれて特別機はドッキングベイへと繋がれたのである。
空港の中は、地下10階・地上16階・総26階建ての巨大なコミニュケーションビルで、空港施設はもとより、ショッピング・食堂街・マスコミセンター・ビジネスビルブロックなど、多用な機能が備っていた。通称「スノーコア」は、それ自体が一つの町である。
その日の空港のメインターミナルビルは、来賓や最新鋭の大気圏外航空機をひと目見ようと一般客や報道陣などでごったがえしていた。そして、最高レベルの警備体制があらゆる所に敷かれていたのである。
今、空港ターミナルビルの2階部分のドッキングベイに特別機が繋がれる。可動式のゲートが機体へと延びて重厚な気密ドアが開かれる。一般客が先に降りた後に、欧米人のSPが警戒しつつ、その特別な乗客たちは空港へと脚を踏み入れたのである。
彼らが進む先には、すでに日本側の警備要員と空港警察の職員が、水も漏らさぬ完璧な警護体勢で欧州科学アカデミーの人々の身の安全を守っている。それは報道陣の接近すら許さないほどであり、報道関係者から批判が出るほどであったが、それを意に介する警備関係者は皆無である。
一行が税関を経たのちにエスカレーターで3階のメインゲートフロアへと向かう。
メインゲートは、3階フロアの約半分を占め、無人発券システムや地下鉄ターミナルとの直接乗り入れなど最新の機能を有していた。
アカデミーの一団がその3階フロアに上ってくると、そこには多種多様なマスメディアの目が彼らを見つめていた。それは日本国内だけではない。世界中各国のマスコミが一堂に会している。
多様な顔、多様な言葉、多様な手段――
いまここには、世界中の関心が結集しているのである。
この空港メインターミナルビルの3階と4階にかけてのフロアは、外周部の一部区画が巨大な吹き抜けとなっていた。展望と送迎専用の4階フロアから、3階や空港の外を展望する事ができる。3階は乗客専用のフロアであり。関係のない一般人は4階からしか空港内にアプローチできない。それはマスコミも同じである。ただ、4階から防護ネット越しにカメラで見回すだけである。
この空港は海上施設であるが故に、その巨大な機能と比較して決して敷地が足りている訳ではない。そのため、空港機能を最大限に活かすべく、あらゆる機能が立体的に効率よく構築されている。その中でマスメディアに開放される区画は予め指定されており日本の民放放送の合同取材チームが場を仕切る中で、欧州科学アカデミー使節団の一団は西方第5到着ゲートから姿を現したのである。
到着ゲートのその正面には、VIP用の地下鉄道ターミナル直通ゲートが構えている。そのゲートを用いれば、そのまま空港から姿を消す事が出きる。直接取材を許された特別なマスコミで無いのなら、その直通ゲートに近寄ることすらできないのだ。
4階の展望フロアからデジタルTVカメラがフォーカスを絞り、デジタルスチルカメラのシャッターが乱打される。その中で、使節団の一行は空港警備に守られながら足早に通りすぎて行ったのである。
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この時、この空港を訪れた欧州科学アカデミー使節団は――
使節団長としてEC学術連絡会議、兼、ドイツ未来技術開発連絡会(アルバート=ケッェンバーグ)を筆頭に――
フランス国立科学アカデミー(アンリ=クロワ)
スイス産業間連絡機構顧問アカデミー(フィリップ=ロッヘン)
イタリア国立アカデミー(アントニオ=モラーレ)
スゥェーデン王立アカデミー(U=ヘディン)
オランダ・ベルギー・デンマーク合同未来産業研究機構(ヴィルジニー=ボルデー)
英国王立科学アカデミー(ウォルター=ワイズマン)
〔()内、各代表〕
以上、総数47名――
他、補助役や助手などの付添人が十数名同行していた。
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普段から、公私の別無く大衆の期待の目を向けられている彼らには、空港側の報道陣を避けられるこの様な設備には少なからず感謝したいものがあった。彼らも、出来ればマスコミなどとの接触は常識的なレベルに留めたかった。だが、彼らの様な超一流の知識人ともなれば、その存在自体が重要な意味と価値を持つ様になる。適切・適度なデモンストレーションを意識的に行うことは、彼らには必要な行為であった。
彼らは、マスコミの歓迎もそこそこにメインゲート奥の螺旋エスカレーターへと向う。
その空港内には巨大な吹き抜けがある。
地下6階から地上12階までを一気に突き抜けるそれには、巨大な螺旋型エスカレーターが備っていた。ビル内は、最上階から地下までそのエスカレーターで縦横無尽につながれていたのである。
一行はまずはその螺旋エスカレーターに向かうと3つ上の6階フロアへと向う。6階フロアにVIP用の特別控室が設けられているのだ。
使節団の人々が広いプラスティック床の廊下を雑談を交えながら足早に進んでいる。その中で英国の王立科学アカデミーの人々は最後尾をキープしていた。その中にウォルター=ワイズマンの姿があった。
「ウォル、どうだね? ひさしぶりの極東の神秘の国の感想は?」
「そうだな、5年ぶりだが、余りに変ってしまったので感想どころではないよ。チャーリー」
ウォルター=ワイズマンは英国王立科学アカデミーの代表である。その彼に愛称で気さくに話しかけてくるのは丸眼鏡に尖り顎のガドニック教授だ。
「確か、君が以前にこの国に来たのは、この空港がまだ計画途中だったころだったな」
「あぁ、四十七の誕生日だと言うのに、日本と英国の学会交流だとかで、引っ張り出されてね。イヤイヤにこの国の土を踏んだよ。それに、あの時はヒラの学会員でね日本側の待遇もロクな物ではなかった」
「あの時、君はエラい剣幕で帰国後に厳重抗議をしたっけな」
「やめてくれ。昔の話だよ」
ウォルターは顎に蓄えたたわわな白い顎髭を揺らして笑う。ウォルターは中程度の肥満体だ。それに頭も禿ている。12月の末ともなれば毎度のごとくサンタクロースに間違えられる。彼の年中行事だ。
「あの頃はまだ、日本の空港事情は成田に頼りっきりだったからな」
「たった3本の滑走路で、日本国の首都の9割の国際線を管理、しかも夜間着陸のできない時間制限の国際空港――」
「そして、首都圏の市街地まで片道1時間半以上」
「正気の沙汰ではないが、それでも国を運営している――、いや、してしまう日本人と言うのは何者なのだろうな?」
「そりゃ決まってる」
ウォルターが言葉を止めて隣のチャーリーに意味ありげに視線を配る。チャーリーがそれに無言で反応する。
「It’s 『Ninja』」
チャーリーはやや食傷ぎみに呆れた表情をつくる。そして、ため息をもらしながらウォルターに問いかけた。
「ウォル――」
「なんだい? チャーリー」
「君は『コテコテ』だな」
「『コテコテ』? なんだい? そりゃ?」
「そのうち、『大阪』に連れて行って教えてあげるよ。本物の『コテコテ』が判るだろう。食い道楽のおまけ付きでね」
チャーリーは軽い笑い声を上げた。ウォルターが釣られて笑う。
「『コテコテ』はともかく、食い道楽と言うのは実に魅力的だな。このサミットが終わって、本国での後始末が終われば休暇が取れそうなんだ。その時にでもお願いできるかい?」
「いいだろう。私も日本で休暇を取るつもりだったからな」
「君はアカデミー一番の日本びいきだからなぁ」
「あぁ、骨の髄までね」
2人がそんな会話をしているうちに、使節団一行は6階フロアへとたどり着き、とある広い一室へと招き入れられる。そこはVIP向けのレストルームであり一般客は一切立ち入ることが出来ない空間であった。
全員がそこにたどり着く頃には、各々の国別に座が設けられた休憩スペースで機内から搬出された荷物を受け取る手はずとなっていた。さらなる移動の準備の為に確認をしていれば背広姿の日本人たちが彼らのもとに歩み寄ってくる。そして、統制のとれた動きで列をなしたのだ。
「ん?」
呟くように誰かが疑問の声を漏らせば、その日本人たちは軽く頭を下げた。会釈という、日本流の挨拶だ。すると、数人居る中の一人が彼らを代表して流麗な米国英語で名乗りを上げる。
「本日、皆様方の警護をさせていただく日本警視庁警護課の者です」
名乗るのと同じくして、彼らの各々の手には一札の警察手帳がある。その中のIDを開いて見せ、自らが何者なのかを示して見せた。それを受け、儀礼的な行為に長けたウォルターが自ら進み出る。
「これはご丁寧に。英国アカデミーの代表のワイズマンです。これからの滞在期間中、よろしくお願いしますよ」
笑みを作りながらウォルターは右手を差し出せば、警護のSPのリーダー格の彼が同じく右手を差し出し返していた。
その隣にはガドニックが居る。周囲の様子に少しづつ目線を配っていた彼だったが、どの国の使節団にも、その参加者数に応じたSPがあてがわれていた。
そして英国アカデミーの所に配されているSPたちの顔をよく見れば、一人、男性ではなく女性のSPが混じっていた。ガドニックは自らの記憶を確かめたが彼女のシルエットには強い見覚えがあった。ガドニックは英語ではなく、普段から培った日本語で問いかけてみる。
「フィールか?」
ガドニックに声をかけられた彼女はそれを機敏に察すると、静かに列の奥から進み出る。
「お久しぶりです、教授!」
彼女はにこやかに可愛い笑みを浮かべた。
女性向けの警察礼服に身を包んだ小柄の彼女――フィールと呼ばれたその女性は毅然とした姿勢のままガドニックを見つめ返す。
「君が我々のSPとは驚いたな、しかし君の部署は違うところではなかったのかね」
ガドニックはフィールの笑顔に微笑み返す。
「いえ、教授をはじめとする皆様方を特にお守りするようにと、一時出向の辞令が出ましたので」
「そうか、それはわざわざ、すまなかったね」
「いいえ、お気になさらないでください。私、日本警察の代表にと、よく借り出されるモノですから」
ガドニックはフィールのその容姿を見るにつけて、彼女の言葉が妙に納得できてしまう。
「君ならそうだろうね。その愛嬌を当て込んで君を使いたがる上層部が居るのだろう?」
「はい、仰るとおりです。まぁ、それはそれで困るんですけどね」
「君本来の仕事に差し障りが出るだろうからね」
照れくさそうにフィールをガドニックはフォローした。それを受けてフィールはさらに言葉を続けた。
「そう言えば教授、〝円卓の会〟の皆様は、私たち特攻装警の事は初めてですよね?」
フィールは笑みを浮かべつつも、すこしばかり韻を含んだ言い方でガドニックに問いかけた。ガドニックもフィールが何を言わんとしているか言葉の裏が分かったらしい。
「あぁ――そうか。なるほどな、君なら確かに適任かもしれんな」
「ありがとうございます」
「まぁ、何より元気でよかった」
二人はにこやかに会話を交わしていたが、傍らからウォルターがガドニックの肩を叩いて言った。
「チャーリー、すまないがそろそろ時間だ」
ウォルターが同僚に声をかけつつガドニックに出立を促す。その時、ガドニックと親しそうにするその女性警護官を、英国アカデミーの一人、マーク・カレルだけは少しだけ怪訝そうに眺めていた。
VIP用待合室を抜け列が動きだす。前方から、序列は以下のとおりだ。
・名誉会員、エネルギー工学博士「ウォルター=ワイズマン」
・名誉会員、サイバネティックス学・人工頭脳学・アンドロイド工学博士「チャールズ=ガドニック」
・会員、ロボティクス工学博士「エドワード=J=ホプキンス」
・名誉会員、生命工学・人体生理学博士「アルフレッド=タイム」
・会員、情報通信技術工学博士「トム=リー」
・準会員、ケンブリッジ大学大学院・建築工学助教授、兼、学術ジャーナリスト「エリザベス=アクシス」
・会員、機械工学博士・軍事情報研究者「マーク=カレル」
・名誉会員、社会人類学・国際政治学博士「ギルバート=R=メイヤー」
アカデミーの来賓たちが出立の列を作れば、それに対して警護官たちが速やかに動き出す。
「各自、配置に」
その号令に応じて、警護官たちは使節団の集団の周囲に速やかに移動した。
一方でフィールは列先頭の隣に立ち、警護官たちの動きをチェックしている。再び、使節団の行列は移動を始め、ビル中央の巨大吹き抜けの地下直行の螺旋エスカレーターへと乗り込んでいった。
中央の巨大吹き抜け、「セントラルホール」からの眺めは壮観であった。
2名が並んで乗れるそのエスカレーターに、英国王立科学アカデミーの他、全ての使節団の人間は乗っている。ウォルターが身をわずかに乗り出し「セントラルホール」の中を見降ろした。
眼下には、螺旋エスカレーターが地下遥かに奈落に落ちるかの様に進んでいる。彼の目に収っているエスカレーターの全てには、使節団の人間の姿があった。各国毎に警護の警官が混じって乗っている。スーツ姿の学者たちの中に明らかにSPと分かる背広姿の人々が混じっているのだ。
セントラルホール内を上り降りする螺旋エスカレータはそれ一基ではない。他にも、各階停止の螺旋エスカレータもある。それらの各階の螺旋エスカレーターには他の一般人の姿もある。時折、それらの一般人から螺旋エスカレーターの方へと好奇の目が向けられる事がある。
一般向けの各階停止のエスカレーターと地下直行のエスカレーターとの間は、鋼線入りの強化スモークスクリーンガラスで間を仕切っているので、直接にちょっかいを出す事はできないし一般人の方から全てが丸見えと言うわけでもない。
だが、さすがに延々と続く、螺旋エスカレーターの閉鎖空間はいささか気楽と言う言葉とは縁遠かった。
無言の時間が過ぎる。
それをして英国のアカデミーの者の一人が口を開いた。
「しかし、日本人は時々に、物凄いものを造り上げる時があるわね」
BGMと館内放送が鳴る中を螺旋エスカレーターが音も少なに降りて行く。建築分野が守備範囲のエリザベスである。
「二十一世紀の十年代現在、世界中の海上国際空港は、日本の関西国際空港がある他に、香港・ニューヨーク・上海・シンガポール、これらの物と比較しても、この空港はトップクラスの規模ね」
その言葉にあとから口を添えたのはカレルだ。
「しかも、空港その物の大部分は埋立ではなく、海上に浮かんだ浮上地盤だ、耐震設計の精度と言い、滑走路の安定性と言い、見たところは超一級品だな。だが、強いて言えば――」
カレルは、頭上の「セントラルホール」の空間を仰ぎ見ながら言葉を足す。
「警備体制にはもうひと工夫欲しいところだな」
そこの言葉は、列の先頭の件の女性警官――フィールにも届いた。彼女は、後ろを上半身で振り向き眉をわずかに動かすとカレルの方を見る。そして、彼に対して勤めて冷静な声で尋ねた。
「それはどう言う意味でしょうか?」
彼女だけではない、他のアカデミーの者もカレルの方を向いた。それをしてウォルターは、気も弱そうに両の眉を寄せて困った顔をすると小声でこう洩らす。
「またか――」
そんな周囲の様子をよそにカレルは言葉を続けた。視線は自分の言葉に挑戦的に反応したフィールの目を真っ向に見つめている。
「まず第一に、警護を付けるなら本来ならば、2階フロアと3階フロアの間のエスカレーターの前でつけるべきだ私は考える。4階フロアがあの様に展望形式で3階フロアが見降ろせる形状になっている以上、どれほど3階フロアの空港オフィシャルの民間警備を強化したとしても、それを掻い潜って4階フロアから3階フロアに攻撃を加える事は可能と考えるべきだ。
通常の概念では、警備は一般に、水平方向よりも、頭上方向からの攻撃に対する防備が極めて難しいものだ。しかもだ。君たちの国『日本』は、現在、特殊な犯罪に見舞われているはずだ。違うかね?」
「武装犯罪、あるいは機械化テロリズムの事をおっしゃいたいのですか?」
彼女は問う。その問いにカレルは、彼女の目を見つめたままやや間をおいて再び言葉を続けた。
「特に、ロボット・アンドロイドによる犯罪の場合、一般の人間に偽装して侵入する事が十分可能だ。」
「侵入者に対するチェックは万全の体制を敷いております」
「そんなチェックなど、身障者などに偽装すれば造作も無く通過可能だ。身体検査には特例がある。全ての人間を完璧にチェックするなど不可能なのだよ。一年半前の成田を忘れたわけではあるまい?」
「よくご存知ですね」
女性警官はじっとカレルを見つめていた。挑戦的ではあるが、懐疑的ではない。カレルのその言葉をじっと受け止めている。怒るでもなく、当惑するでもなく、彼女はじっとカレルの目を見つめ返している。その二人の視線のやり取りに当惑していたのはむしろ周囲の方である。
メイヤーが背後からカレルの肩を叩き声をかける。
「マーク、その位でいいだろう。彼女は上からの指示で、こう言う警備体制に従事しているだけさ。彼女の責任ではないよ」
カレルは目を閉じると言葉をつぐんだ。その様子を見て、メイヤーは勤めて穏やかな声でその女性警官に謝罪の声をかける。
「すまんね、彼は軍事や警察に関わる研究もしててね、専門だから気になるらしいんだ」
その言葉に彼女は緊張を解くと、満面の笑みで返事をする。
「お気遣いありがとうございます。ミスターメイヤー」
そして、カレルにあらためて視線を向けると彼に向けてこういい放った。
「それとミスター・カレル」
カレルがその言葉に反応して目を開ける。静かな澄んだ声に彼も緊張を解く。
「ご忠告、ありがとうございます。上層部にわたくしの方から上申させていただきます」
カレルが釣り上げていた眉を穏やかにゆるめる。顔は笑ってはいないが、心の中では和んでいる。その女性警官からの返事はそれが彼女なりのジョークである事はカレルにもよく判る。カレルは、彼女のいたずらな笑みで全てを了承していた。だが、カレルはあらためて彼女に問うた。
「なぜ私の名を?」
「皆様方を始め、今回の国際未来世界構想サミットに参加なされるVIPの方々のプロフィールデータは全て私にはデータバンクに登録済ですので」
「データバンク?」
「はい」
明快な肯定の返事が返ってくる。その言葉に、ウォルターはあらためてその女性警官の容姿をじっと見つつ彼女に問い掛けた。フィールは警察規定の女性向けのビジネススーツ姿をしていたが、その頭部には頭髪に混じって分割されたメット形状の装着物が確認できるのだ。
「ひょっとして、いや、その頭部を見てうすうす判るんだが、君は――アンドロイドなのか?」
彼女は笑ったまま黙して答えなかった。
ホプキンスの専門はロボティクス工学。彼などはウォルターの言葉に弾かれた様に、いまさらながらに彼女の顔を見つめる。いや、その場の皆が彼女の姿を見つめていた。
皆の視線が集る中、彼女は静かに笑ったままである。それぞれが興味を示す中、タイムも問いかけてきた。
「信じられんな、人造の『顔』でそこまで自然な感情表現が可能だとは。おそるべき作製精度だ」
タイムの顔がほころぶ。メイヤーが目をコインの様に広げて感嘆の声を上げる。
「わしゃてっきり、その頭のかぶり物は日本警察の何かの標準装備だと思ったんだが、まさか――いや、わしも信じられん!」
タイムの本分は人体生理学だ、人間の構造については誰よりもよく知っている。人間の持つ全ての肉体動作――無論「表情」を含めて――その全てを再現する事は非常に難しい事は彼自身が熟知している。それは日英に限らず、この時代の普遍的な研究課題の一つ、言わば夢である。
すなわちそれが【不気味の谷】と呼ばれる現象である。
ロボットやCGなどで人間をリアルに描写した時、よりリアルに再現していけば行くほど、親近感と好感度は増していく。しかし、リアルさの度合いがある一点を超えた時、好感度は急速に下がり、非人間的なある種の不気味さを発露し始める。それがロボット開発における人間とのコミュニケーションの向上を妨げる最大の障害となっていた。
なぜなら人間の肉体とは本来『あいまいさ』を多分に含んでいる。そんな『あいまいさ』は、機械のもつ数値などで容易に再現できるものではない。それは感情表現に関しても同じである。人工物と自然物の埋めきれない格差――それを超えるのは並大抵のことではないのだ。
その彼女の頭部を見れば、彼女を人間としてみるのならば、頭部に被さったメット状のシェルから奇異な印象を受けざるを得ない。だが、その顔を見れば見るほど、その印象も不確かな物になって行く。彼らの前方で要人警護に従事している女性警官には少女にも似たあどけなさが残っている。それは人間の手による創造物だと言う。
彼女は微笑む。頬に力が入り目元が膨らむ。大きく開いた双眸には、麗しい虹を放つ輝きが宿っている。座の人々は返す返すその彼女の表情を確かめるが、その事実に確信が持てないでいる。
だが、その一方で、先刻から黙して場の成り行きを見守っていた人物が居た。
すなわち、ガドニック教授である。
「フィール、皆が驚いているのが楽しいのは解るが、そろそろ自己紹介したらどうだね?」
ガドニックが言葉を発する。穏やかに彼女を諭すように。それを受けて、彼女も昨日今日の間柄であるかのごとく、親しげに返事を返した。
「はい、でも教授こそ黙っていらしてよろしいんですか? アカデミーの方々に内緒にしていらして?」
「私はあまり自分の仕事に関してはひけらかしたくないのでね」
チャールズ=ガドニック教授は声を殺して笑っていた。それを受けて、ウォルター以下、アカデミーの面々が口々に教授に言葉を投げかけた。その最初は、ウォルターだ。
「おい、チャーリー、どう言う事だ?」
「どうもこうも見たまま聞いたままだよ。ウォル」
するとホプキンスが後ろから呆れ顔でガドニック教授に問う。
「なんだ、彼女は君の作品かい。いつの間に日本で仕事をしてたんだね」
「いや、私が彼女を作ったんじゃないんだ。私は日本の技術者たちに力添えをしただけだよ」
ガドニックの言葉に問いかけたのは若輩のトム・リーだ。
「その力添えってなんですか? 教授」
リーも彼女を一瞥してガドニック教授に問う。
「ひょっとして、あの『マインドOS』の新型ですか?」
ガドニック教授は黙ってうなずいた。
「君が作製に直接に手を貸してないと言うなら、誰の作だね? ぜひ聞きたいものだな」
「アルフ、それは、彼女に直接聞いた方が早いと言うものだよ」
教授はアカデミーの朋友に伝える。それを聞きタイムもだまって頷く。そして、教授は目でフィールに促した。フィールは、全身でアカデミーの皆の方を向くと教授の無言の求めにうなずき、名乗り口上を切り出す。
「それでは、あらためて御挨拶させていただきます」
抑揚を込めたリズミカルな口調でフィールは滔々と語りはじめる。
「わたくし、日本警察警視庁・捜査1課所属、武装アンドロイド警官『特攻装警』第6号機、個体名称『フィール』であります。作製部署は、日本警察庁管轄下機関『第2科学警察研究所』、作製責任者『フミオ シンタニ』、主任作製者『シノブ ヌノヒラ』。機能概要としてACMHFRPによる軽量・高剛性の外骨格型フレームを採用し、その他、刑事活動及び非常戦闘行動用の特殊装備を保有、中枢部に警察用途向けマインドOSを採用、そのマインドOSの開発に際し、人工頭脳学博士チャールズ=ガドニック氏の協力を得ております。通常、一般捜査活動に従事しておりますが、今回は特別に、皆様方欧州科学アカデミー使節団の皆様方の護衛に従事させて頂いております。どうかよろしくお願いしたします」
フィールは、口上の全てを流暢な英国英語で一気にまくしたて、その場で軽く一礼をする。その場に居合せた者たちはあっけにとられているか、しきりに感心している。もっともよくよく考えれば、アンドロイドなのだから機械的に語学力はいくらでも付けられる。むしろできて当然なのだがその事を気にする者は居なかった。
フィールが口上を切り終わると、教授――チャールズ=ガドニックは言葉を継いだ。
「みんな、改めて紹介しよう。彼女が日本の誇る刑事活動用のアンドロイド――、言わば『アンドロイド警官』、そのアンドロイド警官の一人、『フィール』だ」
フィールは笑う。満面の笑みで。
だれが始めるとなく拍手が静かに鳴る。それにつられて、英国の前の列のアカデミーからも視線や話し声が届き始めた。そして、使節団全体がざわめき出すまでいくらの時間もかからなかった。
やがて螺旋エスカレーターは、地下4階の地下鉄道のホームへとたどり着く。
そこには貸し切りの専用列車が待機している。来賓たちをサミット会場へと安全に送り届けるために設えられた7両編成の車輪式のリニアモーター列車だ。
SPの警護に守られつつ、粛々と乗車手続きが進められている。
英国アカデミーの面々が乗車する中、ガドニックは意図的に列から離れると、フィールに目線で合図をする。
それが何を意図しているか、フィールもすぐに察した。他のSPに簡素に断りを入れるとその場から離れる。そして、フィールが駆け寄ってくるやいなや、ガドニックは彼女に抑揚を抑えた低い声で話しかけた。
「ときに、聞きたいことがあるんだが――」
その時のガドニックの神妙な表情にフィールは彼が問おうとしていることの真意をすぐに察した。
「ドクター、〝人形遣い〟の事ですね?」
「判っていたか」
「はい」
フィールはそれまでのアカデミーの面々を相手にしていた時とは打って変わった冷静な表情で、ガドニックの問いに答える。
「今回の護衛は実は私が志願したんです」
「やはりそうか。日本警察はセクション間の交流に壁がある。いくら君が実績ある特攻装警とはいえ、我々のSPにそうそう簡単に入れるとは疑問だったからな」
「はい、私も先日、人形遣いの人形たちと交戦しました。彼らの相手は生身の人間では太刀打ちできません」
「――だろうな」
ガドニックはフィールの確信めいた視線に軽いため息をつきながら言葉を続けた。
「奴らには我が国のSASの対機械化戦闘部隊ですら手を焼いている。国際サミットと言う大舞台で我々ブリティッシュに恥をかかそうと付いてくる辺り本当に厭らしい連中だよ」
フィールには、その時のガドニックの困惑顔に英国の著名人たちがマリオネット・ディンキーと言う人物にどれほど苦しめられているのかが浮かんでいるように見えていた。
「ご安心くださいドクター」
フィールの問いかけにがドニックは顔を上げた。
「今回の件、我々特攻装警が全力で事にあたっています」
「全力?」
「はい!」
フィールの言葉がガドニックの耳には妙に心地よく残っていた。そして、その言葉の裏に込められた意図を考えずには居られなかった。
「ではアトラスたちも?」
「もちろんです。エリオットもすでに警備体制に組み込まれています」
「そうか、それは頼もしい」
「無論です。ドクターは私達兄弟にとって親とも言えるお方ですから」
「そう言ってもらえると私としても嬉しいよ。君たちは私の最高傑作だからね」
「ありがとうございます」
フィールの言葉にガドニックは漸くに安堵の表情を浮かべた。ただ、ジョーク交じりにガドニックは更に言葉を続けた。
「もっともセンチュリーだけは、どうしてああ言うパーソナリティになったのか未だに疑問ではあるのだが――」
「あ、ドクターもそう思われますか?」
「無論だ、英国にいても彼についての風評は聞こえてくるからね」
「あ、やっぱり」
ガドニックの苦笑い混じりの言葉にフィールも苦笑せざるを得ない。
「まぁ、センチュリー兄さんは相変わらずではあるんですが――、今回はちょっと困ってまして」
「何かあったのかね?」
「はい、なんか変なこだわり方をしてるんです」
「彼も人形遣いの配下とやりあったのかね」
「片腕をやられました。それで相当プライドを傷つけられたみたいで――、本業そっちのけで動き回ってて」
いくら兄弟とは言え、不手際の悪評は足を引っ張ることがある。フィールの困惑顔にガドニックは言葉をかける。
「まぁ、それが彼の良い所でもある。私はそう見ているがね」
「程度問題です! ドクター」
ガドニックの皮肉めいたジョークにフィールは思わず不満の声を上げた。2人は笑い声を上げながら、列車の方へと戻っていった。
次回、
第1章第3話 『出立 ――品川管区広域管轄所轄・涙路署』

















