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第1話 『50000m上空にて』

この物語のキーマンが登場します

彼は何を語るでしょうか?


本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 濃紺の虚空を白銀の機体が行く。


 機内の窓には、太陽の光を浴びブルーサファイヤの様に光輝く地球の姿が映り込んでいる。


 大昔のコンコルドをもっと流麗に、かつ滑らかなシルエットに仕上げたその機体には、側面にブリティシュエアウェイズの印を刻みこまれていた。真空状態の機外には、大気圏内のような明るい自然光は皆無だ。代わりに機内は、エレクトロルミネッサンスのパネルライトで柔らかい光に満たされている。そして、ヒースロー空港を飛び立ち、成層圏の空を飛ぶその機内では、乗客へとフライト情報が伝えられていた。


「欧州科学アカデミー使節団の皆様にお伝え致します。当機は、現在ロシア領域内上空の成層圏を、高度50000m、マッハ3毎時にて東南方向へ順調に飛行中です。目的地、東京湾海上国際空港へは、現地時間午前7時48分に到着の予定です」


 機内には200席以上の乗客が乗りあわせていたが、そのうち60人程は特別な乗客であった。


 年齢は上が80から下が28、フランス、スイス、ドイツ、イタリア、スウェーデン、オランダ、そして、イギリス、その他、ヨーロッパの多彩な国々の代表たちが、その機の中に顔を並べている。

 使用される言葉も一つではなく、英、仏、独、伊とまとまりを得ない。

 都合上、共通言語は英語だが、学術的な専門分野の会話となると、独語になったり仏語に北欧語になったりと最も得意な自国語がかわされている。機内は静かだが、穏やかな会話が途絶える事はなかった。


 想像するよりも広く作られた機内に、窓側2列、中央3列の、8列並びで座席が並んでいる。


 エコノミー、ビジネス、ファーストの3クラスを仕切る3箇所の位置に巨大なスクリーンが設けられ、娯楽映画やニュース映像などが流されていた。その機体のファーストクラス60席、それまで娯楽映画を流されていたがスクリーンに変化が現れた。映しだされたのは“日本”であり“東京”だった。英語のアナウンスでこれから赴く『東京湾海上国際空港』と、その周辺の臨海都市群を映し出し、来日外国人向けのコマーシャル映像を流している。その映像の片隅には『日本政府提供』の表示がある。それは公式の広報用ビデオ映像である。

 機内に乗り合わせた人々はそれを眺めながら好き勝手な事を言い合うのだ。


「ほう、実にユニークな形状をしておりますな。あの空港といい、周辺の埋立土地と言い――」


 60歳位の白髪頭の老学者が機内のTVスクリーンに映った『東京湾海上国際空港』を評している。そして、その脇に座るスーツ姿の40歳過ぎの白人男性が、シートにもたれながら返答をする。

 その胸には透明なプラスティック製のネームプレートがある。ICチップと小型液晶が組み込まれたそれは、彼の顔写真と彼の名を映し出している。そこには『欧州科学アカデミー使節団』の但し書き付きで『C・ガドニック』と名が記されている。


「確かに、日本の地理条件で、しかも『あの東京』に24時間離発着の国際空港を造るのは容易な事ではないですからな」

「いやいや、彼ら日本人の発想力を侮ってはなりませんぞ。彼らは主体性に欠ける民族だが、それでも実にユニークな思考回路を有している。初期発想だけならば、日本人は非常に優秀な連中と言えるでしょうな」

「それはどうですかな、彼らの長所は発想だけではないと私は思いますがね」


 シートに寝ていた彼はやんわりと否定の意見を述べる。そして、着陸準備にシートを起こし、スクリーンの東京湾の姿を見ては言葉を続ける。


「発想だけの民族が、わずか1世紀たらずで世界の盟主の仲間入りを果たせるでしょうかね?」

「ほう? 随分と日本人の肩をお持ちですな?」

「そうおっしゃるあなたのお国はどちらで?」

「フランスです。それがなにか?」

「いえ別に」


 ガドニックはシートを起こし、かけていたトンボ眼鏡を外すと胸のハンカチーフで軽く拭いてふたたび装着する。その際に眼鏡に隠されていた、猛禽の様な鋭く威厳に満ちた力強い目が垣間見える。それに気づかず、隣のフランスの老学者は言葉を続ける。


「しかし、海を埋立てて国土を広げると言うのはオランダのお家芸ですが、それを日本民族がやるとこうなるのですなぁ。まるでタイルのモザイクかパズルのようですよ」

「そうですな、ちなみに東京の市街地の約三分の一は埋立地で、さらには残る土地も古くは広い湿地だったそうです。それを長い努力の末に、あの様な巨大都市群に造り替えたのですよ」

「確か、関東ローム層と称しましたかな? ここの土壌はひどく水ハケが悪く、しかも軟弱だと聞いていますが」

「えぇ、その通りです、我々のヨーロッパ大陸と違い、日本は堅い岩板がほとんど無い。しかも、その土壌の大部分は堆積岩からなっている。そして、世界でも有数の地震国です。彼らは、いやでも建築技術を磨かねばならなかった。そうせねば、近代的な都市群をこの国に造り上げる事は不可能でした」

「なるほど、日本人の知才の一つですな」


 その亜音速旅客機の小さな窓から眼下の東京湾が見降ろせている。機内ではコックピットから見た滑走路や空港のカメラ映像を流している。それを目にしている人々は好き勝手に「日本」について言い合っていた。もっとも、タイルかパズルのパネルを散りばめたよう、と言う表現は間違ってはいなかった。

 もともとが東京という都市は、近代都市として適切な基本計画が無いままに発展と増殖を続けた街である。その土地の状況や時代情勢あるいは民衆意見などの様々な要因によって計画の詳細は様々に転変し続けていた。結果として時間的に後に開発は、すでに先に造られた他の市街区の余白を埋め、こじつけるようにして造られていたのだ。

 

「それはそうと、今回のこの首都改造建築計画、その――正式名をなんと言いましたかなぁ?」

「〝東京アトランティス〟です」

「なんだか、そのうちに沈みそうだな」


 フランスの老学者はそれをジョークととらえて声を潜めて笑った。とは言え当事者にすれば『アトランティス』と言う理想境を目指してつけた名称なのだろう。だが、そう言った西洋の神話・伝承の本場の人々から見れば「アトランティス」と言うのは「海中に沈んだ大陸」のイメージの方が先に来ることもあるだろう。

 ガドニックは眼鏡ごしに、隣の老学者を見ながら言葉を継いだ。


「その東京アトランティスがどうか?」

「えぇ、なんでも、かなりの数のロボットやアンドロイドを投入して、労働力確保に充てているとか言うじゃないですか」

「そうですな、パーセンテージで言えば、今回の第1期工事の完成には総労働力数の八十二%はロボット化・アンドロイド化されているそうです。へたに人海戦術を導入するよりも計画性があり、ローコスト・安全・簡便ときている。『ロボット大国』の名を伊達に背負ってはいないと言う事です」

「なにもかも『ロボット』『アンドロイド』、本当に物好きな民族だ。そのうちに、この国は人間と機械とが入れ替わるのではないだろうな?」

「それはどう言う主旨の意見で?」

「日本人は新し物好きで好奇心が旺盛だ。そしてなにかと集団で事を起こす。個々人に独立心がないのですなぁ。〝ロボット〟〝アンドロイド〟が便利だとなれば、後先考えずにそれらを自らの社会の中に招き入れるだろう。自分たちの社会をそれらに依存し置き換えると言う事がいかなる意味をもつのか? 人間の立場を、安易に機械に委ねる事がどういう意味を持つのか、連中は何も判っちゃいない」

「日本人も、機械も、それほどには愚かで卑しい存在だとは思えませんが」


 ガドニックはじっと眉じりを釣り上げる。そして、穏やかそうな表情を保ちつつも、その声は心なしか苛立ちを含んでいる。

 隣席の初学者は、隣の人物の表情に気がつかぬまま軽い笑いの声を上げている。


「なにもそこまでは言いませんよ。だが、所詮、アンドロイドもロボットも機械です。そして、機械は道具。その道具を使うのは我々人間です。その人間が使う機械が、人間より便利になる事はあっても、人間を超えてしまう事はありえません。いや、あってはならない。人間は道具を使う存在であり、機械は人間に使われるべき道具だと言う事です。その程度の事ですよ」


 その言葉に、ガドニックは眉じりに力を込めると意識的に穏やかに相手に意見を述べる。


「私は、そうは思いませんな」

「それは何ゆえに?」

「人間はどんなに努力をしても間違いを犯す生き物、有史以来、人間が過ちを犯さなかった事はない。しかし、その一方で、人間は文明をそして文化を成長させるために人間自身の能力も発達させてきた事実がある。今以上の優れた文明・文化を生み出すためには、さらなる優れた能力を持った人間が姿を表わしても不思議ではない」


 ガドニックは軽く息を注ぐ。


「だが人間はやはり過ちを犯す。能力だけが優れても、精神が、そしてモラルが、それに伴わなければ何の意味もない。事実、人間たちは我欲を満たすために弱者を踏みにじり、隣人を襲い、破壊に明け暮れる。なによりも、人間は必ずしも『モラル』を有しているとは限らない」

「『戦争』の事をおっしゃいたいのですかな?」

「そう思って下さっても結構。ですが、それ以外の事も含んでいますがね」


 ガドニックはそこで、軽く横目で隣の老学者を見た。


「応々にして、今までの文明の多くは、人を豊かにするためだけでなく、他者から奪うためにも発達してきた。そして『道具』は、また『機械』は、そのための手段として生まれてきた側面もある。あるいはそう言った様に、他から奪うために生み出されたのでなかったとしても、それらを使う『人間』自身によって、いかようにでも姿を変えてしまう」

「人間は道具の使い方を選べるが、道具は自らの使われ方を選べませんからなぁ」


 老学者は、隣席のガドニックの言い分を聞いて「その通りだ」と言いたげな表情を浮かべる。ガドニックはなおも言葉を続ける。


「確かにその通り、だが」

「だが?」

「自らの使われ方を選べる『道具』が、存在するとしたらどうでしょうな」


 老学者の表情は裏がえった、眉じりが上がり隣の男を訝しげに見た。


「――――」


 老学者は言葉を出さない。ただ、隣の人物を見つめるだけだ。


「そして、それが『ロボット』であり『アンドロイド』だとしたならば?」

「なにをばか――」

「しかしそれが事実であり『ロボット』や『アンドロイド』の本来のありうべき姿のはず。それに何よりも『ロボット』や『アンドロイド』には『モラル』や『倫理』と行った価値観を、生まれ付いて与える事ができるのです」


 ガドニックはそう言い切った。穏和だが明確に言い切る語り口はその場の誰の耳にもはっきりと聞こえる物だ。


「確かに、社会の組織や立場をいたずらに『ロボット』や『アンドロイド』と言った『機械』に置き換える事は問題があるでしょう。人間のあるべき居場所を奪い、最悪、機械無しでは何もできなくなる可能性もある。ですが、彼ら日本人は、それほど愚かではない。むしろ、『ロボット』『アンドロイド』と言う存在を人間に比肩する同抱として考え、同抱たる機械にこそ相応しい職分・役割は率先して彼ら機械に任せる事ができる。つまらない『メンツ』や『誇り』などで、自らを上層階級に位置づけ、階級上淘汰されることに怯え続ける古い欧州人と較べれば、なんと才知に富んだユーモアの溢れる人種ではありませぬか」


 そう言い終えて、ガドニックは静かに笑みを浮かべる。それは隣の老科学者を教え諭すかのようだ。

 その時、ちょっとした機内アナウンスがされた。彼らには関係の無い個人的な緊急呼出しだが2人の会話に沈黙を与えた。

 その老学者は、沈黙して思案すると隣の彼に小声で問うた。


「失礼ですが、お住まいはどちらですかな?」

「英国です、今は、ケンブリッジ郊外の私設研究所で活動しています」

「ケンブリッジですか」

「えぇ」


 ガドニックは、そう言葉を残すと再びシートに深く身を納め目を閉じた。そのシートの前方のTVスクリーンには先程から『東京湾海上国際空港』が大映しになっている。


 隣の老学者は無言でなにやら考え込んでおり、数度、隣りの人物に目を配る。そしてややおいて片眉を痙攣させると、何かを思い出した。


「チャールズ――ガドニック」


 彼は、声に出さずに口の中でその人物名を反復する。そして、己の吐いた弁舌が、相手の人物にいかにそぐわぬ物だったのかをいささか後悔していた。老学者は、手元から細巻葉巻のケースを取り出す。それを目にしたスチュワーデスは、彼の元へと廊下を足早に歩いてきた。


「申し訳ございません、機内は禁煙となっております」


 男性は慌てて葉巻ケースを閉じるバツが悪そうに黙り込むのだった。



 @     @     @



 ガドニックはシートにゆったりと身を横たえながら、深く思いを馳せている。


「そうだな――」


 ガドニックは一人呟くと、スーツの内ポケットから小型の携帯データターミナルを取り出した。


「モラルと倫理を生まれながらに持ったアンドロイド」


 手帳型のデータターミナルを片手で開くと、親指でそのパネル画面を操作する。


「それは彼らかもしれんな」


 データベースソフトを起動させ文書ファイルを検索する。

 その上をいくつかの文書画像が映し出され、そこには数体のアンドロイドの映像が現れ、そこにはこう記されていた。


【――cooperte to Japan Police Department――】


ガドニックはそれを満足げに見つめる。


【 No.1:Atras = used for MassCriminal Investigation on 4th Criminal Investigation Section. 】


【 No.2:Data Unknown 】


【 No.3:Century = used for Juvenile Delinquency Investigation,TraficMob Arrest on Juvenile Delinquency Section,Trafic Section,(1th Police Detictive Section) . 】


【 No.4:Dialio = used for Information Criminal Investigation on Info-rmation Mobile Party (under the 4th Public Safety Section) 】


【 No.5:Eriot = used for CounterAttack to MechanizedCriminal onMobile Party. 】


【 No.6:Feel = used for Grobal Criminal Investigation on 1th Crimi-nal Investigation Section. 】


 ガドニックは画面に6つほどのデータを出したが、別フォルダーにまだもう一つのデーターがあることを思い出す。


「そうだ、7つ目が」


 データターミナルを操作してさらなるデータを探す。だが、彼の意に反して7つ目はなかなか姿を表わさない。


「どこだったかな? 最近整理して居なかったからな」


 その時、彼の背後から声がする。


「どうしたチャーリー」


 チャーリーとはガドニックのニックネームである。ガドニックは背後を振り向く。そこに、長身で顎髭の豊かな男性が立っていた。


「あぁ、エドか」

「あぁ、じゃねぇだろ! なーに、にやにやしてる。もうすぐ着陸だぜ。仕事なら後にしろよ」


 彼はガドニックと親しいらしく、気さくに砕けた口振りで話し掛けている。その手には、機内サービスの軽い酒の入ったグラスがある。その一方で、彼の視線は、ガドニックの手の中のデータターミナルへと向いている。


「ときにお前、何を見てる?」


 彼はその身を乗り出してきた。それをしてガドニックはさりげなくデータターミナルを閉じた。


「すまんね、プライベートなデータなんだ」


 ガドニックは力強く微笑む。目線の中に厳しさを混ぜ込んだ警告のための微笑みである。男はその視線に気付きガドニックが自らの研究データは他人には容易には見せない秘密主義であることを思い出してため息をついた。


「そうかい、そいつはすまなかった。でもそいつも」


 男は、不意に身を乗り出す。


「お前の作品なんだろ?」

「作品?」

「お前が最近、海外の組織と提携していることは聞いてたんだ。そいつも、お前さんの新しいアンドロイドだろ?」

「ノーコメントだ」


 ガドニックは口元に微かに笑みを浮かべつつそれっきり黙り込んだ。そして、シートの中に深く体を沈めじっと目をつむる。男の方も、ガドニックの口の硬さには慣れているのか、あっさりと諦めて自分のシートへと帰って行った。

 ガドニックはその気配を確認すると、再びデータターミナルを開く。そして、先程のデータ検索を続ける。1分ほどして画面が切り替わり、登録日付の最も新しいデータが現れた。


【 No.7:Glouser … 】


 そこにはその記載で始まる7番目のアンドロイドが記されている。ガドニックは満足げである。

 

 そして、機内放送は乗客にメッセージを告げる。


「申し上げます。当機はこれより、目的地空港に向けまして降下の体勢を取らせて頂きます。なお、降下の際に、成層圏から対流圏へといくつかの大気の層を通過致します。若干の気圧の変化により強い不快感を覚える場合がございますので、いずれのお客様もシートにお付きになりお静かになさいますよう、くれぐれもお願い申し上げます。なおご気分の悪くなられた方が居られましたら、キャビンアテンダントまでお知らせください」


 機体は、機体の頭をゆっくりと持ち上げて行く。ちょうどスペースシャトルの様に、リフティングボディ効果で降下速度にブレーキをかけるためだ。

 とは言え、民間旅客機であるこの機体では、スペースシャトルの様に、急激なまるで落下するような降下は行なえない。機体は長い距離をじっくりと時間をかけて降りて行く。その着陸態勢までの時間、機内のスクリーンには先ほどの広報映像の続きが映しだされている。


 そのスクリーンの中には日本の首都のシンボルとなる建築物の中でも、とりわけ異彩を放つとある2つの物に注目が集まっていた。その映像が流れる最中、ガドニックの座席にもたれかかる人物が居る。軽い香水の香りが漂ってくる方を見上げれば、そこには成熟した英国美女の顔があった。


「ほらこれよ! スノークリスタル! 世界最大の海上空港!」


 スクリーンの中には6角の雪の結晶を模したような、壮麗なデザインの空港が映し出されている。彼女はガドニックの頭の上でその映像に食い入っていた。


「リズ、落ち着きたまえ――」

「大丈夫よ、チャーリー」

「おいおい」


 ガドニックは思わず苦笑する。頭上の女性はガドニックたちの同行者の一人でエリザベスだ。怒るよりも呆れているのは、おそらくはこれが彼女にとって毎度の事だからだろう。


「チャーリーも、あれ見てよ」


 リズと呼ばれた彼女は、顎でしゃくってスクリーンを指ししめす。その仕草に彼女の長いブロンドは揺れる。


「東京湾海上国際空港、アジアはおろか世界でも最大級の海上空港、そして、アジア圏でもトップクラスの国際ハブ空港よ」

「世界一か」

「えぇ、直径が約7キロオーバー、滑走路は3000mクラスが6基、この大気圏外航空機の離発着できる6000mクラスの滑走路もレイアウト可能。そして、最大の特徴がその滑走路のシステムで基本構造体は全てが海に浮かぶ浮体建造物、早い話、超巨大な空母を寄せあつめて空港をつくりだしたようなものなのよ」

「メガフロートだったか」

「えぇ、日本の卓越した造船技術をベースにした洋上構造物のシステム体系ね。それをフルに駆使してあれだけ巨大な人工島を作ってしまったのよ」

「理論としては聞いていたが実際に目の当たりにすると驚くべきものがあるな」

「でしょう?!」


 ガドニックの反応にエリザベスははにかんで見せる。


「それと、あの雪の結晶の様なイカした巨大空港は、単独の建築計画じゃないのよ」

「東京アトランティスか?」

「えぇ、それもあるけど、正しくは『関東ミレニアム』と呼ばれる半世紀スケールの、巨大国際プロジェクトの一部として造られたものなのよ。そのため、日本国内はもとより、汎アジア規模で、各国の巨大企業が押し寄せて来ているの。その辺の事情はチャーリーも知ってるでしょ?」


 ガドニックは頷く。


「あぁ、私も最近は欧米だけでなく、アジア諸国ともつきあいが増えた。むしろ今は、アジアの方が経済・産業ともに活発だな」

「そして、その中心に位置し、アジア経済の中枢となるのが、この日本と言う訳だ」


 2人の会話に、声がはさまれる。頭の禿た老学者のメイヤーだ。


「21世紀に入ってから、アジアの国々は中国・台湾・インドなどを中心に急激に成長した。いずれも、東洋の産業革命とも言われる様な大規模な産業革新が理由だ。その中でも日本は、技術面だけでなく。政治・経済の両面において、意見調整役的な重要な政治ポジションを確保した。その結果、日本は今、世界で最も注目されておる」

「いや、それだけではないな」


 また、人影が増えた。黒髪に黒小丸のサングラスをしたカレルだ。


「21世紀初頭の朝鮮半島を中心とした政治危機、これが日本とアジア圏を国際社会的に強くした。言い換えれば、アジア独自の政治問題の解決システムが確立されたのだ。そしてその背景にあるのは、日本のロボット技術の独占が大きなウェイトを占めている」

「今や――」


 先程のエドが会話に加わる。


「戦争すらロボットに代行されたからな。それに、ロボットの産業や経済への導入で最も成功しているのは、他ならぬ日本と、そしてアジア諸国なんだ。連中たちアジア人種は我々、欧州の者よりもよほどロボットと相性がいいらしい」


 エドは皮肉混じりにわざとヒネたような口振りだ。その意見にガドニックも頷いた。


「まったく、その通りだ。経済や産業はもとより、社会全体におけるロボットのありかたと言える物を示した国、それが日本、我々、世界各国は彼らに大きく学ばねばならんのだよ」


 皆が頷く。その場の4人だけでなく、機内の他の者にも彼らの会話に頷いているものが居る。ただエリザベスだけは、小首をかしげ疑わしげに考えている。そして、ガドニックたちの前のシートの人物が振り向いた。


「そうです、だからこそ我々の『国際未来世界構想サミット』があるのですよ」


 振り向いたのはゲルマン風の風貌の男性であった。彼こそ、この乗客たち欧州科学アカデミー使節団のリーダーである独国のケッツェンバーグである。


「それはそうと『円卓の会』のお歴々も早くも盛り上がってらっしゃいますな」


 ケッツェンバーグはシート越しに語りかける。


『円卓の会』――ガドニックたちはその言葉に照れ隠しも混じってか軽く声を立てて笑い合う。そして、ガドニックはこう返答した。


「いや、これから盛り上がるのですよ」


――未来世界構想サミット――


 21世紀を向かえて、世界は切迫していた。何よりも「資源不足」が、21世紀の国際世界に暗い影を指していた。

 枯渇寸前の石油資源、

 一考に遅々として進まぬ新エネルギー資源開発とその実用化、

 国際間での資源確保にまつわる対立、

 自然・天然資源の無駄な消費、……etc.


 その他に、先進国と発展途上国との間の「南北問題」も20世紀の時代から引きずったままであり、また、21世紀になり急速に発達してきたアジア諸国と欧米との間で新たに起こった「東西摩擦問題」も巨大な国際紛争の火種になりつつあった。冷戦終結以後、国際世界における軍事バランスはシーソーゲームのように乱昇降を繰り返し、いつどういう事態に至るのか、予測はまったくつかない。

 もはや政治家や政府レベルでは、これらの問題は一行に解決する兆しは無い。


『――ならば、我々の手で解決しようではないか――』


 そう考え提唱した人々が21世紀になり世界中に姿を現し始めたのである。

 先のケッツェンバーグや、ガドニックの属する円卓の会などを始めとして、世界中様々な人物たちが静かにその行動を起こした。国際コンピュータ通信ネットワーク上で意見交換をし、その後散発的に直接の会合を行ない、次第に賛同を集めてその規模が肥大して行った。

 彼らは、国際コンピュータ通信ネットワーク上での単なるコミュニティーボードから始まり、実際の行動を伴う実動集団へと、その活動を成長させた。

 その彼らの活動の中から生み出されたものこそ、21世紀の国際世界を改善し人類の理想的な発展に向けて導くための『国際社会誘導プログラム』それが『国際未来世界構想』であった。


 それから現在――

 彼らの活動は『国際未来世界構想サミット』と言う形で世界に認知された。

 その第2回サミットが日本・東京の、ここ有明1000mビルにて開催される運びとなった。そしてこの日、そのオープニングセレモニーが正午から開催されようとしていたのである。

 無論、サミットの発起人を多く含む欧州の科学アカデミー諸団体は、活発なサミット参加を行なっていた。彼らは今回も空路を越え、極東の島国へと来訪したのである。

 本来であるなら前日のうちに来日すべきところなのだろうが、それは日々、研究活動や学術活動など様々な役目のために多忙を極めている。日本時間で当日の朝にたどり着くだけでもやっとであったのだ。


 降下中は機体が、乱気流や大気の層により大変不安定になる。今も、機内の乗客向けの警告メッセージランプがチャイムとともに点滅した。


【 すみやかに着席して下さい 】


 そのシグナルに、通路などに立っていた者は自分のシートへと帰って行く。


 機内のスクリーンの映像が切り替わる。

 長い降下軌道も終盤になり、いよいよ空港へのランディングコースへとアプローチする。20世紀の頃は、米軍基地などとの空域官制の兼ね合いもあり、北方面からの空港侵入ルートは厳しく制限されていた。


 しかし現在は違う。海上空港の構築を機に大規模な空域調整がなされ、比較的楽に空港へアプローチする事ができる。今も、都心上空をなめるように機は北西方向から侵入する。

 機内のスクリーンには機体前方の光景が、機載カメラから取り込まれ映されている。

 

 機内のあちこちから感嘆の声が洩れる。時刻は午前7時、太陽もようやく都市に十分な光をもたらし始めたばかりだ。

 その陰影の強烈に浮び上がる光景に、東京は強烈な発展のエナジーを解き放つ。


 スクリーン映しだされる首都圏・東京の都市風景――

 機体から見て、右手に多摩方面をはじめとする新市街地域、左手にJR常磐・東北線方面に延びる旧市街地域がある。

 眼下には、都心の最重要地域があり、そこを核として、放射状にあらゆる方向へと日本の心臓部は延びていた。

 今、スペースプレーンの機体の向かう先に、大きく高い建造物がそびえている。


「あれが、有明1000mビルか」

「今回の我々の目的地」

「今度の首都改造計画の中心シンボル」


 機内の中で散発的に声がする。

 それはまだ、第1期分の区画しか完成していないにもかかわらず、知名度の上では海上空港よりも上らしい。海上空港よりも、その存在を知っているものは明らかに多かった。誰が言うともなく、その建物の名称が囁かれる。

 

『有明1000mビル』

 

 もはや、そこは一種の街だ。

 万単位で人が住み――、職を得て――、学び――、そして自然の営みを続ける。場合によれば、一生そこから出ずに暮らす事も不可能ではない。

 東京と言う街は今、23区と言う狭いキャパシティを捨て、全関東圏へとそのエリアを拡大しつつある。この地、有明は、そのための発信地にして、最大の聖域たらんとしていたのである。

 今、日本は首都東京を全関東規模にまで広げ、機能分散・権利委譲をはじめていた。そして東京湾沿岸のベイエリアは、東京はおろか、周囲の県をまきこんでの、大規模開発の中心地となったのである。

 そんなおりに有明1000mビルは計画され造られた。それは、政治的意味を持って世界に向けて発信されるメモリアルモニュメントである。


 時に、2039年11月3日

『国際未来世界構想サミット』は、その1000mビルにて催される。

 それはまさに、日本と国際社会との歴史的シンクロの瞬間であるのだ。


 機内にシートベルト着用のサインが灯った。ベルトを締める金属音とともに機内に沈黙が訪れる。

 瞬間、機体のコンバインドサイクルエンジンが逆噴射を始めた。機内にジェット噴射の豪音が微かに響いている。

 ガドニックはシートの中で『彼ら』に会える事に、一人、喜びを感じ微笑みを洩らした。


「君にも会えるかな? グラウザー」


 その呟きに気付いた者は誰も居なかった。




<補足データ>――――――――――――――――――――――――――


【 有明1000mビル 】


 21世紀の東京湾沖合展開における中心地である有明の地の外れに位置し、商業/産業/マスコミ/各種情報網の、巨大コミニュケーションエリアとなるべく構築された一大モニュメントだ。


 2030年に建築開始、地下60m、予定地上高1000m、直径380m、現時点の建築高は280mである。

 ビルの基本構造は、基礎構造物から最上階部までを貫通する3本の巨大支柱と、厚さ10mの人工地盤体、そして巨大な外壁からなり、それらの応力で支えられた反密閉式の巨大ボックス構造が主となる。基本的にビルは六角形状であり6つの壁を組合されている。

 そして、1つのボックスが1つのブロックとなり、それらが積み重ねられるように全てで14段で一つのビルとなるのだ

 壁面には、幾段にもなる巨大な可動ルーバーも備り、一年を通じ自然の風がビル内を吹き抜け、光通過性の壁面からは十分な日光も確保できる。夏は十分な涼をとり、冬は完璧な暖をとる。単なる巨大ビルとは一線を隔する自然環境の再現がなされていた。

 各ブロックは機構的にも独立しており、水道・電力・燃料その他の自己完結エネルギーシステムや、物資移送専用の高速シャトルエレベーター、衛星回線・CATV・ビル内情報ハイウェイなどの高機能ビル内LANなどを有している。


 そして、ビル内交通機関として設けられているのが、超大型ゴンドラタイプのリニアエレベーターと、ビル内を連続移動できる螺旋モノレールの2つである。

 ゴンドラエレベーターは巨大支柱表面に設置された3列のレール上を自力で走行するタイプである。ケーブルで牽引されるタイプではないため、列車のようにレール上を複数のゴンドラが連続走行している。さらに螺旋モノレールは各フロアを10階ほどおきに停車する。リニアモーター駆動で最上部と最下層部で上下線がリンクし循環運転を可能としている。

 それはまさに単なるビル内エレベーターの域を超え、1つの都市用交通機関と呼ぶにふさわしいものである。

 

 ビル内の各ブロック毎の空間には、ビル内副建築と言える子ビルも建設可能である。

 避難区画・類焼防止区画としての自由空間やレクリエーションエリアもあり、ビル内空間の民間方面への分割分譲もされている。されらに子ビルなどの諸建築物はスカイデッキや空中台地などで、互いに他の建築物と連結可能となっている。

 

 職場としてビジネス区画、産業工業区画

 教育・学問の場としての教育・研究施設区画

 商業・娯楽の場としてのプロムナード・コミニュケーション区画

 街としての基本たる、居住区画

 そしてビルの管理区画――

 それはまさに既存の超高層建築物とは一線を画す立体化巨大都市であるのだ。


次回、第1章第2話


『頭脳は舞い降りる』


12月8日(火) 夜9時半 公開予定です!



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