終幕 『-弟-』
第0章終幕です。
一晩のバトルが終わりを告げた時、特攻装警たちは何を思うでしょうか?
本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます
這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印
The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
巨大な鉄のプレートがブーメランのように空を切りながら投げ放たれる。
眼前で旋回しながら飛来するソレに向け、アトラスは両拳のパルサーブレードを抜き放ち、二刀流の剣術のごとく斬撃を繰り出す。プレートがアトラスに衝突する瞬間、それは4つに切断されてアスファルトの上で残響を響かせながら転げまわる。
切断されたプレートを回避しつつ、両かかとのダッシュホイールをフル回転させ敵との距離を一気に詰める。そのアトラスの後方に立つエリオットは、アトラスの足元近くめがけスモーク・ディスチャージャーを作動させ煙幕を放出する。その場は瞬く間に光学的な視界を奪われることとなった。
濃厚な白煙に街路灯の灯りが乱反射する中、アトラスは自らの肉体に備わったセンサーをフル稼働させる。そして、敵の位置とシルエットを捉える。
「そこだ――」
狙うのは敵の胴体腹部、敵が人型アーキテクチャのアンドロイドであるとして、胸部には肋骨に相当するフレーム構造があるはずだ。ならば腹部はある程度の柔軟性を確保するためにも防御には限界が有るはず。人型アーキテクチャのアンドロイドを攻撃する際の基本的な弱点セオリーだ。
アトラスは左腕を右肩側に振り上げつつ一気に敵に肉薄すると、まずは左腕のパルサーブレードを振りぬき斬りつける。
煙幕の白煙の中、敵はアトラスのその動きを察知したのか、右腕を振り上げ、上方向からの右フックで拳を繰り出してきた。
「やはり! 光学系以外の視聴覚を持っている!」
光学視界を奪われた状態でも冷静にこちらの位置を把握できるのだ。
敵はアトラスの左のブレードを絶妙な角度のパンチで弾き返した。だが、アトラスは残る右のブレードを下からのアッパーパンチの様に敵の腹部に突き立てようとする。
「もらった!」
そう思ったのもつかの間、敵の動きは想像を超えるものだった。敵の上体が大きく後ろに傾いたかと思うと、敵は右の拳を繰り出す動きのまま自らの身体を旋回させ、右の足の回し蹴りを大きくスイングさせる。
まずはその右の回し蹴りをアトラスの頭部に打ち込むと、左手と肩と頭部を用いて倒立して、さらに左の足を振りぬいていく。
それはさながらダンスの動きそのままだ。格闘技の動きでは無かった。
「カポエィラか!」
カポエィラ――ダンスのような動きで蹴り技のみで戦う南米系の格闘技だ。
敵の左足による2撃目を、左腕前腕を縦に構えて防いだアトラスだったが、敵の動きはさらに続いた。左足を弾かれた反動で再び身体を逆方向に反転させる。そして、身体を起こし様に超低空の左の拳がアトラスを襲った。
アトラスは敵が常識はずれではあるが、彼なりのセオリーのもとに攻撃を繰り出している事を見抜いていた。通常の一般的な立ち技を基本とした格闘技や拳法ではなく、その壮絶なまでのハイパワーと常識はずれな動体制御能力。それらをあの蹴りの2連撃から察知すると、敵の攻撃がそれだけで終わるとはアトラスも思っては居ない。
パルサーブレードを収納しつつ右拳を繰り出しながら、右内側から時計方向への螺旋を描く腕の動きで敵の拳をはたき落とす。敵からのさらなる右の拳の攻撃を、左の腕を左腰下から胴前を通り上方向をへと振り上げる動きで辛うじてはじき返した。
そして、左半身前から右半身を前に構えをスイッチしながら右足を踏み出し震脚すると、敵に肉薄しつつ右腕の肘をかち上げる動きで、敵の胸部を強打した。
敵が弾かれてアトラスから離れる。アトラスも体勢を直すべく後ずさる。
一陣の風が吹き抜け煙幕の白煙を吹き飛ばすと、その中から互いに対峙して睨み合う二人の姿があった。
街路灯の光と月光の薄明かりの下、特攻装警の長兄と、テロ・アンドロイドのパワーファイターが睨み合っていた。むやみに動けない。互いに相手の力量を察知したのだろう。確実な攻撃方法を見切るまではうかつな攻撃は仕掛けられない。
その沈黙の中で先に言葉を発したのは敵である銀髪の彼である。
「日本のアンドロイドポリスだな?」
その声は静かに落ち着いたもので挑発的な気配は微塵も感じさせない。アトラスも右腕を前に構えを作ったまま敵の問いに答えた。
「いかにも。日本警察、特攻装警第1号機アトラス」
アトラスも自らを名乗った。シンプルに、それでいて最低限の礼儀は失せぬように。その礼儀が通じたのだろう。敵も自らの名を名乗り始めた。
「ベルトコーネ」
よく通る低い声、紳士的でありつつ、その野太い声は夜の闇野の中でよく響いた。
「ディンキー・アンカーソンはお前の主か?」
ベルトコーネは頷く。言葉による返答ではなかったが、それだけで十分だ。
アトラスの問いに答えたベルトコーネは両拳を握りしめ固めると、ボクシングスタイルで構えをとる。
それに対してアトラスの構えは日本空手の物だ。両拳を固めると右拳を正拳に構え、左拳を腰脇に溜めると両足を開いて大きく腰を落とした。そして、2人は互いに敵の動きを読み合う思考戦へと移っていく。時間にしてほんの数秒だが、なによりも長い時のように思える数秒だ。
その様子を無言のまま見守っていたのはエリオットである。
アトラスとベルトコーネ、2人の激しいぶつかり合いをエリオットはじっと見守るしか無い。なにより、間違ってアトラスを撃つわけにはいかない。2人の戦闘があまりに近接している事が障害となっていた。エリオットには判る、敵ベルトコーネはこの事を意図してアトラスとの近接戦闘に臨んだのだ。
ならば――、今、エリオットが取れる手段は1つだ。
両肩の指向性放電兵器をスタンバイさせる。さらに、脚部追加装甲部に内蔵している小型爆薬を射出準備する。電撃と爆薬の閃光と衝撃――、アトラスの次の攻撃タイミングにシンクロさせることでバックアップとする。
〔支援準備ヨシ〕
エリオットはアトラスに体内回線を通じてシンプルに伝える。反応は無かったが、伝わっていると確信できていた。
そして、再び夜空の雲が風に流されて二人の頭上を覆っていく。月明かりは遮られ、アトラスとベルトコーネ、二人の姿が闇夜に包まれた。
そして、ベルトコーネが動いた。
上体を落とした低い姿勢でステップを踏む。と同時に右拳を弓矢を引き絞るように、大きく引くと大口径の弾丸を撃ち放つかのように拳打のモーションを起こす。左足を踏みしめ軸とし、右足を撃ち放つかのように踏み出し下半身を回転させて上半身に動きを伝える。その動きは右腕へと伝えられ、引き絞られた鉄拳を最速のインパルスで打ち出すのだ。
だが、それを待ち構えるアトラスは微動だにしない。傍で見れば、すべてを諦めて甘んじて敵の攻撃を受けようとしているようにしか見えない。しかし、アトラスにはそこに大切な意図が有った。
全身全霊を集中させ敵の右拳の軌道を見つめる。ベルトコーネの拳が数十センチまで迫った時、アトラスとエリオットは動いた。
アトラスが左の正拳を放つ。腰脇に構えていた拳をひねりながら、上方へと打ち上げるように抜き放つ。それは敵へと当てるために意図したものではない。敵、ベルトコーネの右拳に絡みあい、その軌道をわずかに弾くためのものだ。
それと同時にエリオットが電撃と閃光爆薬を撃ち放った。2条の紫電はアトラスの肩口をかすめてベルトコーネの視界を奪う。そして、爆風と閃光がベルトコーネの視聴覚をさらに奪った。
エリオットの援護攻撃が与えた影響はほんの僅かだった。ほんのコンマ数ミリ、ベルトコーネの挙動に迷いが生まれただけだ。だが、アトラスはその兆しを逃さない。返す動きで右の拳を繰り出し、ベルトコーネの胴体、その胸骨の真下へと拳打をねじり込もうとした。
アトラスには判っていた。正攻法では、この眼前に現れた化け物に自分では勝てないということを。最も初期に造られた特攻装警として幾多もの実戦を経験してきた。その中で自分の最大の弱点の存在に幾度も苦渋を舐めてきた。次々と現れる最新鋭機に追い付くため、気の遠くなるような努力も重ねてきた。戦闘経験を重ね、ありとあらゆる想定される戦闘攻撃方法をシュミレーションし体得を重ねる。それを絶え間なく続けることで、アトラスは特攻装警の長兄たり得てきたのである。
人はアトラスをこう呼ぶ――『努力の権化』と――
アトラスの弱点――彼にはある重要なものが無い。
アトラスに無いもの――それは『反射神経』である。
努力の権化・アトラスに対して、ベルトコーネの本能が魂の奥底で弾けた。
目くらまし、視聴覚妨害、敵はそれにさらに爆薬の衝撃波を加える事で、動体制御に重要な平衡感覚も狂わそうとしている。この状況に、頭脳で判断するよりも早く、ベルトコーネの奥底の反射神経が左拳の反撃の拳撃を無意識に繰り出させていた。
大型コンテナのパネルをぶち破るほどの馬鹿げた拳だ。無意識の拳打でも十分な威力を備えている。その拳は皮肉にも、アトラスの右拳と真っ向正面からぶつかり合ったのだ。
それはアトラスの〝計算〟を凌駕する物だ。長い戦闘経験の上に裏打ちされた確かな計算を、完璧に凌駕した本能の拳だった。ぶつかり合う2つの拳は、重く、それでいて鋭い衝撃を発した。
それはアトラスの拳に確かなダメージを与えていたのだ。
――バキィィィン――
何かが砕ける音がする。金属に亀裂が入り歪みを生じるような音だ。
アトラスとベルトコーネの拳がぶつかり合い、その衝撃の反動のままに2人は弾かれるように飛び退いた。そして、エリオットの放った紫電の閃光と爆薬の爆風が遠ざかった後に見えてきたのは、砕けた右腕を左手で抑えるアトラスと、左拳に傷を負い鮮血に似た体組織液の赤い滴りを流しているベルトコーネである。
「くそっ!」
アトラスが吐いたのは悔しさだった。敵が自分より一枚上手であったことを否定出来ないのだ。それでもアトラスは引くわけにはいかなかった。眼前の敵はテロリストである。警察であるアトラスが立ち向かうべき犯罪者なのだ。
「コイツ、まさか俺の拳のチタン鋼を砕くとは」
その犯罪者の繰り出す拳の凄まじさにアトラスは内心、舌を巻かざるを得なかった。だが――
「アトラスと言ったな?」
ベルトコーネは拳の傷も拭わずにアトラスを凝視する。彼がアトラスに向けた言葉には刺々しい敵意は見えず、ただ冷静にしっかりとした口調の言葉が紡がれていた。
「あぁ――」
「お前の拳、覚えておこう」
「なに?」
アトラスはベルトコーネの言葉に思わず問い返していた。彼は言った、名前ではなく、拳を覚えておこう、と――。だが、ベルトコーネに言葉の真意を問う暇は無かった。
ベルトコーネが残る右腕を振り上げたかと思うと、それを足元の舗装路面の上に突き立てた。そして、地面の下、力を炸裂させたことで、足元の地盤はめくれ上がり巨大なクレーターの如き穴を形成する。めくれ上がった地盤がバリケードのような障壁を形成する。
「しまった!」
アトラスが叫びを上げる。ベルトコーネのとった行動の目的を気付いたのだがもう遅い。慌てて破壊された地盤の辺りに駆けつけたが、その向こう側には、ベルトコーネの姿はすでに無かったのである。
巨大なクレーターと化した破壊痕の内部には、2m程の穴が穿たれていた。
アトラスが先に駆けつけ、エリオットがその後を追う。
愕然として立ちすくむアトラスにエリオットが声をかける。
「アトラス?!」
穿たれた穴の向こうを見つめるアトラスの背中に声をかけると、彼から静かに声が帰ってくる。
「ヤラれたよ、まんまと逃げられた。見ろ――」
顎をしゃくって指し示すアトラスの視線の向こうには路盤に穿たれた穴がある。
「ここいらの地盤は遠浅の海の海底にアンカーを打ち込み杭を何本も建て、その上に鉄筋コンクリート製のプレートを並べただけの物だ。わずかながら、地盤の下には空間がある。奴はそこを逃げたんだ」
アトラスの言葉に、エリオットは驚きをもって沈黙するしか無かった。
「追跡は――どうします?」
エリオットの言葉にアトラスは顔を左右に振る。
「非常線を張っても無駄だろうが、一応、近隣の都市区画の街頭監視カメラでの監視を要請しよう。それより、センチュリーの方に向かうぞ」
事実が分かればアトラスの決断と対応は早かった。エリオットもすぐに同意する。
「了解」
その言葉だけを残して2人はセンチュリーの下へと駆け出していった。
@ @ @
南本牧埠頭に警察車両がごった返していた。
地元・神奈川県警と、特攻装警を擁する警視庁とが協力し合いながら、今夜の騒動を引き起こしたスネイルドラゴンの面々たちの身柄を拘束しているところだった。スネイルドラゴンの一般構成員たちはすでに盤古隊員たちの手により、完全に武装解除させられて身の自由を奪われていた。また、スネイルドラゴンに粛清されるはずだった下部組織構成員たちは幾人かの犠牲者を出しながらも一部無事保護されていた。
とは言え――、
事の大小はあれどそれなりに違法行為に加担しているのも事実だ。いずれ警察からキツイお灸を据えられることになるだろう。高い代償を払うことになるはずだ。
一方で、アトラスたちと激戦を交えたバジリスクとジズは、完全に無力化され今なお意識を失ったまま全身を結束されて身柄を確保されている。そして、対サイボーグ用の特殊担架に拘束され、そのまま盤古の隊員数名によって運びだされようとしていた。
2人が運ばれるのは救急車ではない。対サイボーグ犯罪者用に開発された装甲護送車である。内部で暴れられても影響が出ないように強固な金属製の密室構造となった特殊車両だ。
バジリスクとジズがその装甲護送車に運び込まれ、1人の盤古隊員が伝令としてアトラスの所に駆けて来る。ひと仕事終えて軽い休息をとっていたが姿勢を正してその盤古隊員に向き合った。
「特攻装警アトラスに報告! 被疑者2名、特殊護送車輌に収容完了いたしました。身体拘束は継続中、無力化措置完了ののちに神奈川県警横浜拘置所付属の犯罪性サイボーグ拘束施設に収容予定となります」
隊員の報告を耳にしてアトラスが向き合う。
「ご苦労。2人の容態はどうなっている?」
「被疑者2名、いずれも意識喪失状態ながら生命に異常は見られません」
「分かった、では予定通り拘置所への収容を継続だ。拘置所側にも、対サイボーグ用対応を間違いなく進めるように再度通達してくれ。それとハイロンの遺体は現場検証が済み次第収容、その後に警視庁付属の科捜研に移送する」
「了解!」
そこまで指示を出したところで、脳裏にひらめくものがある。
「もう一つ聞くが、ちなみに現場で確認できた敵幹部クラスの被疑者は何体だ?」
「遺体収容できたものが敵幹部ハイロン一体、身柄拘束できたものが残り2名で、合計3名です」
「3名? もう1人居なかったか?」
「いえ、確認できておりません」
「―――」
盤古隊員の答えにアトラスは沈黙せざるを得なかった。3名では数が合わない。4名居たはずだ。その事実が示す意味は一つだ。
「わかった。ご苦労」
アトラスからの指示を受け取って、敬礼をするとその盤古隊員は身を翻して持ち場の方へと戻ろうとする。
「あぁ、それと――」
だがアトラスがさらに言葉をかけると、隊員は足を止め振り返る。
「被疑者の関連組織であるスネイルドラゴンの別働隊がハイロンの遺体の奪回を試みる可能性がある。遺体が敵に渡れば、組織の戦意を鼓舞する殉教者に祭り上げられるだろう。絶対に阻止しなければならないから周辺への徹底した警戒を継続してくれ」
「はっ!」
隊員が指示を受け終えて再び持ち場へと戻っていく。その姿を見送り終えると、アトラスは様々な警官たちによる喧騒を離れて、岸壁沿いへと歩いて行く。その先には地べたに腰を下ろして休息をとっているセンチュリーが居た。センチュリーは左手に白い幅広のテープを手にしていた。
『メンテナンス用マスキングテープ』
そう銘がプリントされているそのテープは特攻装警たちの身体に破損や損傷が生じた時に、応急修復のために用いられているもので耐水耐油絶縁効果を持っている。センチュリーはそのテープを医療用の包帯よろしく、先ほどの戦闘で切断された右手首の切断面を保護するために貼り付けていた。
センチュリーは、切断面を封じるように何枚も繰り返し重ねたのちに手首全体に隙間なく巻きつけていく。アトラスはその光景を眺めながら彼に声をかけた。
「名誉の負傷だな」
兄であるアトラスの声にセンチュリーは振り向いた。その表情は曇りがちで、兄に対して気まずそうだ。
「そんなんじゃねえよ」
そう答えながら、足元に置いてあった自分の切断された手首を拾い上げると、同じく足元においてある非常用メンテナンスキットの入ったバッグの中へと仕舞いこむ。そして、立ち上がりながらぼやく。
「自分の未熟さが身にしみて泣けてくるぜ」
そう呟きながら切断されたおのれの手首をじっと眺めていた。だが、アトラスもまたそんなセンチュリーの姿を笑い飛ばせなかった。アトラスはセンチュリーに自分の右腕を見せながら声をかけた。
「お前だけじゃないさ」
センチュリーが顔を上げれば、そこにはアトラスの手首が亀裂を生じて破損しかかっていた。
「兄貴もヤラれたか」
「あぁ、完敗だ。まるで歯が立たなかった」
「俺がやりあったのはサムライもどきの剣術使いだったよ。相当実戦を繰り返した手練だ。兄貴の方は?」
センチュリーは手にしていたメンテナンス用テープをアトラスに投げ渡す。アトラスはそれを受け取りながら更に言葉を続けた。
「まじめにやりあうのが馬鹿らしくなるくらいのタフネスファイターだ。拳の一撃で10式戦車を吹っ飛ばしかねんくらいのな」
「一人一人が戦略兵器クラスのバケモンってわけか」
「あぁ」
センチュリーはアトラスの言葉にそう問いかけながら思案していた。その脳裏には幾つもの懸念と不安が絡みあいながら渦を巻いている。センチュリーの気分は晴れなかった。それに畳み掛けるようにアトラスが答える。
「恐ろしい相手だ。オレたちが今まで相手にしてきた国内の犯罪者など比較にならん」
「マリオネット・ディンキーか」
「あぁ、国際テロリストの肩書は伊達じゃない」
センチュリーは立ち上がると、スネイルドラゴンの構成員たちをとらえて収容を続けている警官と盤古隊員たちを眺めながらアトラスのさらなる言葉に耳を傾ける。
「複数でなくあくまでも単独での行動。テロ活動はあくまでも配下のアンドロイドを用いて本人は裏に隠れて姿を見せない。一般的な組織テロとはまるで違うスタイルだとは聞いていたんだが――」
「マリオネットって言ってたな」
「あぁ、ディンキーが有する戦闘アンドロイドはそう呼ばれるらしい。実際に戦ってみると、既存の日本国内の違法アンドロイドや違法ロボットたちが子供のおもちゃに見えてくる」
センチュリーの耳に兄であるアトラスの言葉が重く響いていた。
あのコナンの見せた精妙極まる剣技を見せつけられた後では、どう言い訳しても、どう理屈づけても、根本から考え方を変えねば、警察として、特攻装警として、次に巡りあわせた時にあの連中に立ち向かえるのかどうか想像すらできなかった。
「今回ばかりは兄貴に同感だ。いつもの仕事と同じレベルでタカくくってこのままやってたら、次は間違いなく素っ首切り落とされてる」
「あぁ、次に奴らとやりあうとしたら現状のままでは命がいくつあっても足らんだろう」
「一からやり直しだな」
「あぁ」
アトラスはひび割れたおのれの腕を眺めながら、センチュリーの言葉に耳を傾けていた。
そして同時にアトラスの頭のなかでは幾つもの思いが交錯していた。
どうすればマリオネットたちの戦闘力に立ち向かえるのか、
自分たちの能力と機能でこれからも対応できるのか、
そして、ディンキー一派が次に為すであろう犯罪をいかにして未然に防げばいいのか、
疑問と不安はいくらでも湧いてくる。だがその全てに対応するには、あまりにも人手も時間も不十分だ。特攻装警は現時点で5名――、状況的に自分たち特攻装警にかかってくる負担が多すぎるのだ。
「兄貴、聞いたか?」
「なんだ?」
「フィールのやつ、今回の件で公安からも調査協力依頼を受けたんだってな」
「あぁ、そうらしい。捜一所属のフィールに公安がらみの仕事までさせなければならんとは、やりきれなくなってくる。これではまるで便利屋だ」
「それについては俺からも上の方に抗議しておくよ。最近、特にフィールは捜一以外の仕事で駆り出されすぎてるからな」
センチュリーの言葉にアトラスも思い至ることがある。警察の儀典式典やセレモニーなどに、しばしばエスコート役としてフィールを借りだすケースが増えているのだ。それについては確かに不愉快に思っていたのも事実だ。
「まぁ、マスコット的な存在として、使い勝手がいいからなんだろうが――」
「それはそれ、これはこれだ。オレたちには、それぞれに本来やるべき任務ってのがある。上層部がそれを忘れて好き勝手するんなら、いっぺんガッツリ言っておかなきゃなんねえぜ」
「分かってる。俺からも上の方に言っておこう」
「頼むぜ――、アンドロイドのオレたちが過労でダウンなんてシャレにならないからな」
そうぼやきつつも、センチュリーの表情はどこか楽しげでもある。今、この困難な状況は過酷ではあるものの、自分たち特攻装警にとって求められている物であることは事実なのだ。
「オレたちが倒れるにはまだ早え。やることがしこたま有るからな」
「あぁ、もちろんだ」
センチュリーの言葉にアトラスはしっかりと頷いていた。歩みを停めるにはまだまだ早すぎる。左手でメンテナンスキットのバッグを拾い上げると肩にかける。
その時さらに、アトラスの口から語られる事実が有った。
「それともう一つ」
「まだ、あるのか」
「あぁ、お前にとっちゃ最悪の話かもしれん。お前、横浜の福富町でやりあったレールガン男を覚えてるな?」
「当然だ。忘れるはずがねえ。エリオットが放電兵器で撃ち落としたのを見てる。それがどうかしたか?」
「センチュリーよ、自ら放電兵器を内蔵しているヤツが、放電攻撃を食らった程度で殺られると思うか?」
センチュリーはアトラスの言葉に脳裏にひらめく物が有った。
「まさか!?」
「そうだ。そのまさかだ。ハイロンの遺体が一つに、身柄拘束できた生存幹部が2名。合わせて3名。1人行方不明だ」
アトラスは焦りを顔に出すことなく、淡々と冷静に説明する。
「逃げられたか!」
「その可能性は高いな。エリオットに倒されたのもいわゆる〝死んだふり〟だったのかもしれん。相当場数を踏んでいると見たほうが良いだろう」
「くそっ! 迂闊だった! ハイロンばかりに気を取られてた!」
センチュリーは怒りに眉を潜ませながら歯噛みしていた。アトラスは尚も冷静に語り続けた。
「ディアリオに頼んで手配しておこう。気休めかもしれんがな」
「あぁ、その方がいい。俺も福富町でレールガン野郎とやりあった時の〝映像データ〟をアップロードしておく。共有可能な情報は少しでも多い方がいい」
「わかった。俺の持っている視聴覚データからもアップロードしておく。やつは今回の見せしめ殺人でも重要な役割を果たしている。必ず見つけ出して取り押さえよう」
次なる行動を確認してお互いに頷きあう。するとちょうどその時、二人の視線の向こうに現場警戒の任務から離れたエリオットが二人の方へと歩いてくるところであった。
センチュリーはエリオットに手を振りながらアトラスに声をかけた。
「それにしてもよ――」
その時、センチュリーが低い声で深刻そうに言葉を吐いた。アトラスがその声を耳にして振り向いた。
「ん?」
アトラスのその視線の先、笑みの消えた真面目な表情でセンチュリーは言った。
「せめて、あと1人〝弟〟が欲しいぜ」
〝弟〟その言葉の意味がアトラスにも痛いほどよく解った。
「それも――〝即戦力〟になれるやつだな」
「あぁ――」
センチュリーがアトラスの言葉に大きく頷けば、エリオットから2人に対して声がする。2人は軽く手を振りながら、静かにエリオットに駆け寄っていった――。
@ @ @
時同じくして――
同じ横浜でも繁栄と喧騒から見放され閉鎖された、一つの観光設備があった。
――横浜ベイブリッジ、展望施設スカイウォーク――
大黒ふ頭から本牧へとかかってる横浜ベイブリッジの大黒ふ頭側に存在していた展望設備で、ベイブリッジの下側に張り付くように設けられた観光設備、横浜の夜景を一望する事ができるのが最大の売りだったのだが、展望施設以外に目玉が無く、市街地からもアクセスが不便だったことも有り、開設されてから20年を経て閉鎖された設備だ。
現在も厳重管理されているはずだが、その設備のセキュリティーをかいくぐりスカイウォークの展望施設内に入ってきた人影がある。
清掃もされず、打ち捨てられた展望通路を歩くのはドレッドヘアの黒人で両腕が白銀の義手となっている男だ。高度な戦闘機能を持った違法サイボーグ。あの横浜新富町で、センチュリーとやりあったあのレールガン男である。
男はスカイウォークの通路を歩き展望フロアへと到達する。そして、煌々とネオンに照らされている横浜の夜景を眺めつつ、懐から一台のゴツい防水スマートフォンを取り出す。そして、何処かへと通話を始める。
電話番号を発信しつつ返事を待つ。程なくして何処かへと回線は繋がった。
〔俺だ〕
スマートフォンの向こうから聞こえてきたのは、野太い男性の声だった。
「ヘイヘイヘイ、久しぶりだぜ、兄貴! 俺のこと覚えてっか?」
〔その声、まさか? ジニーロックか?!〕
「ヒュー! 忘れて無くって嬉しいぜ! ステイツの糞溜めで死に損なってから何年ぶりだ? なかなかビッグになってるじゃねえか。イカしたファミリー作っちまってよぉ! 糞ジャップを鴨にしていい商売してんじゃねえか!」
〔そう言うお前こそ、よく生きてたな! とっくの昔にリンボの底で焼かれてると思ってたぜ〕
「俺もだブラザー、死んじまったはずのお前がステイツから出て、アジアのこんな島国でファミリー作ったって聞いてよ。会いたくて会いたくてすっ飛んできたぜ!」
〔馬鹿野郎! 何年経ってると思ってるんだ! 遅すぎんだよ!〕
「そう言うなって、この国に来てから俺も半年くらいになる。生活の足しにすんのにこっちのマイナーリーグのガキどものチームで遊んでたんだけどよ、直接のボスがヘマこいてポリスの野郎どもに殺られちまってよぉ」
〔ちょっと待て。それいつの話だ?〕
「ついさっきさ。ヤラれたフリしてスキ見てトンズラこいたんだ。金もねえ、ねぐらもねぇ、どうして良いか手詰まりでよ」
レールガン男の名はジニーロックと言うらしい。ジニーロックの語る言葉に電話の向こうの男は少し思案しているようだった。僅かな沈黙を挟んで電話の向こうから声が発せられた。
〔ブラザー、お前が居た組織ってもしかして〝スネイル〟か?〕
「当たりだ! バウンサーの真似事してたんだ」
〔そうか――、それなら話は早い。お前、この国での〝決まりごと〟解るな?〕
「当然だろう? どんなところに行ったって、守らなきゃいけねぇ〝仁義〟ってやつはある。たっぷり勉強させてもらったぜ」
〔オッケイ、オッケイ――、それでお前今どこにいる?〕
「横浜スカイウォークとか言うぶっ潰れた展望フロアだ。ヨコハマの夜景が綺麗だぜ?」
〔だったら、そこを出てその隣りにある大黒ふ頭のハイウェイパーキングに来い。そしてそこで待ってろ、すぐに迎えに行ってやる。お前とは話したい事が山ほどあるんだ。俺のアジトで朝まで飲み明かそうぜ!〕
「サンキュー! 旨い酒、期待してるぜ!」
〔あぁ、とびっきりの最高のヤツを用意してやるよ。また俺の右腕になってくれ〕
「あたりまえだぜ兄貴」
〔やっぱり、お前は俺の一番の〝弟分〟だからな〕
「そう言ってもらえて嬉しいぜ。また一緒に暴れようぜぇ!」
〔期待してるぞ、兄弟〕
通話の向こうの声はさも嬉しそうだ。
「なぁ兄貴。早速なんだが、ちぃと頼みたいことがあるんだ」
〔なんだ? 言ってみろ〕
「助けだしてもらいてぇ〝女〟が居る」
〔女? どこからだ?〕
「ついさっきポリ公にパクられた女だ。スネイルの中で知り合った」
〔ブラックか?〕
「いや、ジャパニーズだ。だが助けるだけの価値はある〝投資〟して損はねぇ」
通話の相手が無言になる。事の真贋について思案しているのだろう。だが数秒の沈黙の後にそいつは口を開いた。
〔わかった。お前のために一肌脱いでやる。再開のお祝い代わりだ。それにお前が連れてきたヤツにハズレは無かったからな〕
「サンキュー! 兄貴! この借りは必ず返すぜ。なぁ――」
そして一呼吸置くと、ジニーロックは会話の相手の名を呼んだ。
「〝モンスター〟」
ジニーがその名を呼ぶと、電話の向こうでは喜びの笑い声が漏れていた。そして通話の相手はハッキリとした声でこう告げたのだ。
〔ハッハッハ! お前にその名前で呼ばれると昔に帰ったみたいだぜ。約束の場所で待ってろ、俺が直々に迎えに行ってやるよ〕
「オッケイ! 待ってるぜ」
〔それじゃまた後で会おうぜ〕
「あぁ、またな」
レールガン男のジニーロックは、そこまで語り終えるとスマートフォンを操作して通話を終えた。そしてもと来た方へと歩き出すのだ。
そしてそれから数分後、スカイウォークのフロアは、また誰も居ない無人の空間となった。
もうそこには誰の足音も聞こえない。
グラウザーシリーズ第0章、これにて終幕です。
ご拝読くださり誠にありがとうございました。
ですが!!
グラウザーシリーズ、これで終わりではありません。
この後第1章がスタートいたします!!
もし、第0章をご覧いただけましたら、
ぜひ、感想や採点などいただけましたらと思います。
どうかよろしくお願い致します。
では、第1章でまたお会いしましょう!!