第9話 『6号フィール』
第0章第9話公開です!
さて特攻装警の5番目、唯一の紅一点。
白銀のワルキューレの活躍やいかに――
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フィールは上空から事の成り行きを見ていた。
コンテナをホールドしている3台のトップリフター。その内の2台が残る1台を遮るように立ちはだかっているのが分かる。そして、彼女の視界の中からも、コンテナの粉砕と、それに続くハイロンの殺害の光景はしっかりと見えていた。フィールは惨劇を目の当たりにしていても冷静さは失わない。すぐに体内回線を通じてディアリオを呼び出す。
〔ディ兄ぃ、見た?〕
フィールは自らの視覚映像情報をディアリオに対してバイパスさせる。それを元にディアリオがすぐさまデータを集めた。
〔確認した! 間違いない! ディンキー・アンカーソン配下のアンドロイド、マリオネットの一体だ! 個体名は〝コナン〟中東で起きたテロ案件の目撃映像と合致する!〕
〔本当?〕
〔あぁ、間違いない。おそらく残る2つのコンテナにも他のマリオネットが隠れているはずだ〕
〔それじゃぁ――〕
フィールは俯瞰で見下ろした光景から思案する。残る2つのコンテナの内、手前の1つは妨害のため、残る1つに本命であるディンキーが隠れていると考えるのが妥当だろう。
〔これって、本命のコンテナの方を逃がすための陽動じゃない?〕
〔私もそう思う。気をつけろ! まだ何か動きがあるはずだ!〕
ディアリオのその言葉を証明するかのように、コンテナを運搬するためのトラクターヘッドが姿を現した。無論、トップリフターと同じように無人だ。そのトラクターヘッドがけん引するトレーラーシャーシの上に一番奥に位置するトップリフターが、コンテナを載せようとしている。
その時、アトラスの声が響いてくる。
〔ディアリオ! フィール! お前たちにも見えているな!〕
〔アトラス兄さん?〕
〔うん、見えてるよ〕
〔お前たちはコンテナトレーラーの方を抑えるんだ! 残りは俺とセンチュリーで引き受ける〕
だが、そこに割り込んできたのはエリオットだ。
〔こちらエリオット、スネイルドラゴンの構成員は、ほぼすべて制圧しました。拘束被害者7名中残り4名保護で3名死亡。そちらに合流します〕
〔よし、エリオット。お前は俺とセンチュリーの後方支援を頼む、急げ!〕
〔了解〕
エリオットが通信を終えると同時に、先ほどの現場からローラーダッシュの火花をあげて走行しているのがフィールの視界に見えていた。そして、アトラスと対峙しているトップリフターのコンテナが唸りを上げて走りだし、アトラスに迫っているのが眼下に見える。
その向こうでは、センチュリーと敵マリオネットの一体・コナンの戦闘が口火を切っていた。
アトラスやセンチュリーに迫る敵の戦闘力が不明な今、フィールは2人の無事を案じずには居られなかった。自分が最前線で肉弾戦闘に不向きであるからこそ、二人の兄の戦いを見守ることしか出来ぬ事に、心の何処かで一抹の罪悪感を感じずにはいられなかった。そんな、フィールの思いを断ち切ったのはディアリオからのコールである。
〔フィール! トレーラヘッドの破壊を試みてくれ。手段は任せる! 私はその周辺の街区の情報システムを再制圧してみる!〕
そうだ、今は自分にしかできないことがある。
〔了解!〕
フィールは覚悟を決めるとコンテナを搭載し終えたトレーラーのもとへ飛翔する。その間にトレーラーのエンジンは始動し、今まさに逃走を開始しようとしている。間違いなく、あのトレーラーのコンテナの中には捜査対象である国際テロリストが潜んでいる。まずはその逃走を阻止せねばならない。
フィールは、トレーラーの前方に立ちはだかるいその内部に隠れている者たちへと向けて告げた。
「停まりなさい! 日本警察です! 速やかに停止させて、コンテナ内部を開示しなさい!」
だが、トレーラーに停止する素振りは微塵もなかった。ヘッドライトを点灯させフィールを強烈に照らしだすと一際高くエンジンを空ぶかしさせていた。
「ダメか、それなら!」
敵は大人しくおいそれとは停まってはくれないだろう。ならばこちらも手段を選ばぬまでだ。
【 体内高周波モジュレーター作動 】
【 電磁衝撃波発信開始 】
体内で高周電磁波の発信を開始すると、それを両腕手首内の高周波信号の加圧チャンバーへと蓄積していく。そして、静止対象のトレーラーの車種を特定しそのエンジンシステムを検索する。年式は比較的新しく完全電子制御型のコモンレールディーゼルエンジンを搭載している。また、高層道路網や一部の一般市街地で用いられる自動運転システムも搭載されている。フィールは攻撃対象を決めた。
フィールは体内で生成した高周電磁波を様々な周波数や出力パターンで両掌から照射可能だ。本来は様々な電波回線への介入や割り込みを行ったり簡易的なレーダーとして用いるためのものだが、出力を増大させ発信信号を強化することで攻撃兵器として用いることが可能なのだ。
今回は一般的なディーゼルエンジンの燃料制御装置であるコモンレールシステムの燃料噴射装置の電磁ピアゾ素子へと介入対象を決めた。素子を破壊して、燃料噴射制御を不能にしてエンジンを停止させるつもりだ。
ゆっくりとその身を揺るがすように発進するトレーラー。その巨体を引きずるように不気味な沈黙を伴いながら、フィールと、彼女の背後にある無人化ゲートへと前進させる。それを目の当たりにしてもフィールはすぐには動かなかった。
まだだ。まだ必要十分な高周電磁波を得られていない。あと1秒、あと0.5秒――
加圧チャンバーがフルになるまであと少し――
そして、トレーラーがあと10mと迫っていた。狙うなら今だ。
フィールは両掌を対象車両のエンジン部へと向けた。
「ショック・オシレーション!」
キーワードを引き金にして、フィールの左右の掌から高圧の高周波電磁波が放たれる。放射パターンは集束で、ピンポイントで照射される。その電磁波が燃料噴射装置内の素子と共振を起こし、エンジンが不調をきたして停止する――
――はずであった。
だが、フィールの目の前で起こった現実は違った。
「えっ?!」
トレーラーが止まらない。エンジンはけたたましくエギゾースト音を響かせていた。ショック・オシレーションの効き目はない。フィールはこれまでにも幾度も似たようなエンジン停止を行ってきた。エンジンにかぎらず精密な電子制御機器への介入停止や破壊は得意だ。それが停止しないのならば考えられるのは一つしかない。内部から何者かが、フィールの発した電磁波を無効化しているのだ。
「それなら!」
残された手段はこれしか無い。自らの飛行装置をフル稼働させると、後方へと急加速する。そして、両手の指の根元部分に備わった装置を作動させる。
【 単分子ワイヤー高速生成装置 】
【 『タランチュラ』起動 】
フィールはその指の付け根に備わった装置から、カーボンフラーレン分子による単分子ワイヤーを高速で精製し射出することが可能だ。装置名はタランチュラと言い、背後の無人化ゲートに向けて10本の単分子ワイヤーを放射状に射出していく。そして、幾重にもワイヤーを張り巡らせて蜘蛛の巣状の強固なバリケードを形成するのだ。
作業を即座に終えつつフィールは、無人化ゲートを通過してトレーラーから大きく距離をとった。そして後頭部に接続してある一対の放電フィンを引き抜くと両手で二刀流に構える。減速したチャンスを捉えて物理的にトレーラーの破壊を試みるつもりなのだ。
敵トレーラーが轟音響かせ無人化ゲートへと迫ってくる。フィールはトレーラーがワイヤーと周囲の建造物に衝突して破壊されるさまを予想していた。だが上空から状況を見守るフィールの耳には、それらの時の衝撃音や破壊音は一切響いては来ない。
トレーラーが無人化ゲートを通過する。安々と――、何のトラブルもなく――
単分子ワイヤーがいとも簡単にちぎられてしまう様子がフィールにははっきりと見えていた。
まただ。またコンテナの内部から何者かが妨害している。それも、フィールと同じ手法を用いてだ。カーボンフラーレンによる単分子ワイヤーには弱点がある。主成分が炭素であるため熱に弱い。電磁波で瞬時に過熱すれば焼き切ることも可能だ。
「間違いない! 電磁波を強力に制御できるメンバーが居る!」
トレーラーは無人化ゲートのいくつかの設備をなぎ倒しながら、一切の減速や停車をすることなく、コンテナヤードの敷地の外部へ走り去っていく。このままでは逃走を許してしまう。それだけは絶対に避けねばならない。
「大事故になるから避けたかったけど!」
手にしていた放電フィンを後頭部へと収納する。そして、残されたダイヤモンドブレードの本数をチェックする。
フィールの頭部は常時、人工毛髪の上に簡素なヘルメットシェルが備わったような構造になっている。武装モード時に追加される増装ヘルメットを装着するための土台とするためで、ヘルメットシェルは外せない。
そのベースのヘルメットシェルの内側に、ブースターナイフであるダイヤモンドブレードを収納してあるのだ。
【ダイヤモンドブレード 】
【 >装備総数24本、残数22本】
フィールは、ヘルメットシェルの端を開いてダイヤモンドブレードを4本送り出すと、フィールの背面を滑らせて腰の辺りへと落下させる。そして、それを両手でタイミングよく受け止めながらトレーラーからやや距離を取りつつ平行に飛行した。
「ターゲットロック!」
自らの視覚情報をフルに使い攻撃目標を視認し3次元空間座標を認識する。そして、両手を左右に大きく振り上げるとアンダースローで左右同時にダイヤモンドブレードを投げ放った。その狙う先はトレーラーのフロントタイヤだ。
投射と同時にナイフグリップ内のロケットブースターが点火され四条の光の軌跡を空間に描く。そして、ブレードはフィールが把握したデータ通りに攻撃目標のフロントタイヤを狙い撃とうとする。
「行け!」
今度こそ停止させてみせると言う決意を込めてフィールは叫ぶ。だが彼女はコンテナの中に隠れた敵のレベルの高さと非常識ぶりを嫌というほどに味わうこととなるのだ。
トレーラーが右に急ハンドルを切る。トレーラーヘッドは当然右へと曲がるが、反作用が働きトレーラー部は連結点を軸にしてトレーラーヘッドとは逆方向へと回転する。トレーラー全体を上から見れば〝く〟の字の形に折れ曲がることとなる。いわゆるジャックナイフ現象だ。
姿の見えぬドライバーはさらにハンドルとアクセルを操作して、トレーラー後部を完全にフィールの方へと向けてしまう。そして、湾岸アクセス道路へと向かう途中でフィールの攻撃をギリギリのポイントで回避してみせたのだ。
「うそっ」
流石にこれにはフィールも信じられない物を見た気分だった。
トレーラーのドライバーは運転席に居るのではない。市街地内の監視カメラや、トレーラー自身に備わったドライブレコーダーカメラの映像、あるいはGPSなどからの3次元座標データなどを元に、ほとんど目隠しに近い状態での運転を行っているのに違いないのだ。道路の進行方向へと走らせることだけでも大変困難なはずだ。
さらにフィールの放ったダイヤモンドブレードのロケットブースターはある程度誘導することができたが、それにも投射方向に対する有効角度と言うものがある。ドローンのように自由自在には飛ばないのだ。敵はナイフの飛行角度の制限を即座に見抜いて、この信じがたい神がかり的な運転技巧で回避してみせたのだ。
半ば呆然としたままフィールはつぶやくしか無い。
「こんなのどうやって停めろって言うのよぉ!?」
トレーラーは角度を大きく変えたが、停止すること無くそのまま走り続けていた。何台かの停車中のトレーラーに接触しながら広いトレーラーターミナル内を縦横無尽に走り抜ける。そして、南本牧埠頭へと架かる連絡橋を登り始めた。
「まずい!」
フィールは強い焦りを感じるが、現状ではフィールにとっては打つ手は無いに等しかった。だがこのまま逃すことだけは絶対に許す訳にはいかない。折れそうになる気持ちを必死に繋ぎ止めるとフィールは上空から距離をとってトレーラーの監視と追跡に専念することを決めた。打開策が、必ず得られると自分に言い聞かせて――
すると、そこにフィールの体内回線を通じてディアリオの声がする。
〔フィール!〕
〔ディ兄ぃ?!〕
〔埠頭内部の施設制圧は終えた! 湾岸道路付近のカメラ映像と交通システムは耐侵入措置を完了した。今から合流して、なんとしてもそのトレーラーを停める!〕
兄であるディアリオの冷静で毅然とした声が、折れかけていたフィールの気持ちを強くしてくれた。思わず文句混じりの言葉も出ようというものだ。
〔遅ーい! 埠頭の敷地出られちゃったよ!〕
〔静止はできなかったか?〕
〔あたしの装備では太刀打ち出来ないよ、ものすごい電磁波使いが居るの! あたしの装備とすっごい相性悪いのよ!〕
〔そうか、だが諦めるのはまだ速いぞ――〕
その言葉と同時にトレーラーターミナルの敷地内に停められていた2台のトレーラーがエンジンを始動させた。
【ディアリオ内部サブ頭脳:#1/#2 】
【 外部ネットアクセス処理開始】
【ネット回線優先順位度最優先 】
【 都市交通システム制御権取得】
【南本牧埠頭内トレーラーターミナル内―― 】
【 停車車輌検索開始】
【 同じく、神奈川陸運局より車両データ取得】
【 】
【ナンバープレート番号リスト 】
【1:横浜107ふ3144 】
【2:横浜107せ3179 】
【 】
【自動運転システム用マスターIDキーデータ 】
【 警視庁警察権限により取得】
【体内サブプロセッサー#1により3144を 】
【 同#2により3179を制圧、即時完了】
【各車両、盗難防止システム停止 】
【エンジン始動。走行開始 】
ディアリオにはメインの頭脳の他に、自我を持たないサブ頭脳プロセッサーが5基備わっている。いわゆる、マルチタスク制御などよりもはるかに高度、かつ自由自在に、複数の作業を同時にこなすことができる。
今度の場合は、特攻装警としての警察権限を駆使して、トレーラーターミナルに停車させてあったうちの2台を選び出し調べあげると、その自動運転システムを完璧に制圧する。そして、サブ頭脳1基に1台つづトレーラーを関連させるとすぐさまエンジンを始動させる。そして、トレーラーを発進させて、後にフィールへと呼びかけた。
〔フィール! こちらもトレーラーを使う。先行してディンキー一味を追跡してくれ、私も合流する! その後に今度こそ停める〕
〔ちょ! 兄ぃ、使うって、それ民間のじゃない!〕
〔大丈夫だ。すでに盗難車両として案件登録した。損害が出ても保険でまかなえる〕
〔はぁ? そういう問題?〕
フィールは呆れつつも思わず笑い声を上げそうになる。堅物だと言う印象の強いディアリオだが、目的を達成するためなら手段を選ばない事が時折ある。それでいて後腐れの無いように裏工作を忘れないあたり、普段が真面目なだけあってことさらタチが悪い。
こうなるとなにを言っても聞かないだろう。そう云うところはアトラスやセンチュリーと言った他の兄達と似ている。犯罪制圧と犯人逮捕にかける執念が何より強いのだ。
フィールは思う、私達は兄弟なのだと――
〔それじゃ私、上空から追跡するね〕
〔頼む!〕
今度は1人ではない。兄であるディアリオと一緒だ。今度こそテロリストの逃走を静止しなければならない。フィールはこれがラストチャンスであることを感じながら飛翔すると、一路、逃げ去った敵トレーラーの追跡を再開した。
そして――
南本牧埠頭を脱出、妨害工作を振り切った逃走トレーラーは支線道路から湾岸道路の本線へと合流、疾走を開始した。
今、フィールの眼下では逃走トレーラーがけたたましくクラクションを鳴らし通りすがる一般車輌を威嚇し続けている。いや、威嚇するだけではない。南本牧のトレーラーターミナルで行ったように、逃走に邪魔な一般車両を弾き飛ばすかの勢いでトレーラーヘッドを執拗にぶつけていた。
上空からの確認では、すでに2台ほど壁面に激突して事故を誘発していた。
「酷い――」
フィールは今、眼下にとらえている物がテロリストであると言う事実をまざまざと見せつけられていた。そう、彼らには『己の主張』しか存在しないのだ。彼らがそもそも他者を容認するのなら、こんな暴走行為自体するはずがないのだ。
その暴走トレーラーは、道路の右手に本牧埠頭を望みながら、本牧埠頭ランプを北上していく。その先には本牧ジャンクションがあり左手には山下公園が、右手にはベイブリッジが有り、その先は羽田空港へと続く湾岸線へと伸びている。
フィールはその逃走トレーラーを眼下に追跡しながら高速道路の状況を視認していく。
高速道路の案内掲示には――
【非常事態発生、首都高速湾岸線B号線、緊急封鎖】
――と表示されているのが見えている。同じく、音声通信に対して耳を澄ませば、地上の高速隊員に対して神奈川県警の基幹系の通信網が情報提供をしていた。
〔特攻装警第4号機ディアリオより神奈川県警交通部へ交通規制要請――、現在、首都高速道路湾岸線B号線において暴走車輌案件発生中。これを6号フィール、4号ディアリオが暴走車輌を追跡中。本案件はテロ事件のため一般車両を付近一帯の首都高速線上から一般道路へと退避誘導することを優先する。同時に、暴走車輌の本牧ジャンクション、及び、大黒ジャンクションで、湾岸線B号線以外への侵入を阻止するためバリケードを設置中のため付近の神奈川県警、及び、警視庁の警察車両はこれに最優先で協力せよ〕
ディアリオだ。フィールの兄である彼が、手を回したのだ。
そして、その通信を受信した応答の通信メッセージが無線回線上に飛び交っていた。
〔こちら神奈川高速1号了解、本牧ジャンクションにて誘導を開始します〕
〔こちら山手2号了解、これより本牧埠頭ランプにて誘導開始します〕
〔こちら加賀町27号了解、交通誘導開始します〕
事件付近を走行しているパトカーや白バイから続々と返信が返ってきている。視線を変えれば湾岸線を走行する車輌の陰はまばらだ。それだけではない。暴走トレーラーが本牧ジャンクションを通過した辺りから、周辺道路から湾岸道路へと流入する車輌が途絶えていた。逃走するトレーラーを捕らえるには絶好の状況だった。フィールは感謝を込めて一般通信回線へとメッセージを返した。
〔こちら特攻装警6号フィール、ご協力感謝します!〕
〔こちら神奈川高速1号、ご武運を!〕
返ってきたメッセージはシンプルながら誠意に満ちていた。
ベイブリッジを登り大黒ジャンクションへと向かう。煌々とライトアップされたベイブリッジを、暴走トレーラーが走り抜けていく。湾岸線B号線から大黒ランプへと降りる分岐路には、パトカーが5台ほど並び、バリケードを成していた。
今、暴走トレーラーは。誘導されるがままに湾岸線B号線をひた走っていた。その先には鶴見つばさ橋が、そして、扇島があるだろう。その大黒ジャンクションをトレーラーが通りすぎた、その時だ。
〔フィール、待たせた!〕
体内回線にディアリオの声がする。
振り向けば、ものすごい加速で2台のトレーラーがベイブリッジの上を突っ走ってくるのが見える。そのトレーラーの背後には楕円シルエットのライトウェイトクーペが追走してくる。
エアロパーツを伴ったブルーメタリックのその車両は、警視庁情報機動隊専用で、対電子戦、対電脳戦に特化した特殊車両だ。正式名を〝ラプター〟と言う。
〔やっと来た! 早くしないともっと被害広がるよ!?〕
〔大丈夫だ、すでに湾岸線の封鎖は完了した。一般車両も外部へ退避させた。出入口であるランプも閉鎖済み、残るは犯人たちのトレーラーを停めるだけだ〕
〔それじゃ被害拡大は防げるのね?〕
〔もちろんだ。敵は袋のネズミだ。もう逃げられない〕
ディアリオの自信あり気な声がする。だが、フィールはあらためて問う。
〔でも、どうやってアレを停めるの?〕
フィールの当然過ぎる疑問を受けて、ディアリオが出した答えが、今、フィールの眼下に広がろうとしていた。
〔こうするんだ!!〕
ベイブリッジのすべての灯りとライトアップが落ちる。
次いで大黒ふ頭全域の電灯照明が遮断される。当然、鶴見つばさ橋も灯りが落とされる。
それに従うかの様に、湾岸線B号線はベイブリッジから川崎航路トンネルに至るまで、すべての街路と照明がシャットダウンする。扇島、東扇島の敷地内の各施設の照明も、湾岸線を孤立させるかのように灯りを止めて、大規模な暗闇を創りだしたのだ。
〔先程から、首都高速の管制システムに繰り返し侵入行為が行われている。だが、情報機動隊と神奈川県警の協力を得て交通管制のすべてのシステムに対する防護措置がとられている。ネットを経由した監視カメラ・街頭カメラ映像を封鎖した上で、敵の〝目〟を暗闇で妨害すれば、遠隔操作の運転は困難になるはずだ〕
つまり――ディアリオは、ディンキー一派の逃走を逆手に取り、この湾岸線と扇島・東扇島を、暗闇に封じられた巨大なトラップに作り変えてしまったのだ。フィールは心のなかで驚愕していたが、ディアリオの策はそれだけにとどまらなかった。
〔そのうえで、こちらのトレーラーのヘッドライトも消灯する。だからフィール――、お前の目で暗視して、位置関係データを私に回すんだ! お前の目と私の遠隔操作能力で、暴走車輌に一撃を食らわせるぞ!〕
策は決まった。ならば、それにかけるしかない。
〔了解! こちらの全視聴覚をそちらに回します〕
フィールは体内回線を通じ、自らの視聴覚で得られたデータをすべて、ディアリオにバイパスさせる。ここからはディアリオの目に徹すると決めた。
〔作戦開始!〕
そのキーワードをスイッチに、サブ頭脳の#1と#2が2台のトレーラーを急加速させていった。
@ @ @
エリオットが疾駆する。
両脚の底部に取り付けたローラーダッシュ用の走行装置で全速で駆け抜ける。
彼に下された任務であるスネイルドラゴンの制圧制圧は無事完了した。
次なる任務はアトラスとセンチュリーの後方支援だ。
エリオットは思い出す。今夜の出動の際の流れを。
彼には、彼の身柄を預り指導監督する管理責任者が居る。警視庁警備部警備一課の課長・近衛仁一警視だ。ディアリオと彼が属する情報機動隊経由でアトラスとセンチュリーの動向は近衛の元へと知らされていた。その報を聞いた近衛は、迷うこと無くエリオットに出動を命じた。
正式な出動ではないが、戦闘装備を準備し第1種レベル待機で臨戦態勢を整えた上で、高速ヘリの出動準備をしろと言う。
エリオットは任務の指令に対してはイエスがあるのみでノーはない。警備課に配属され。近衛から指導を受けて以来、そうあるべきと信じている。だが、出動命令に足る証拠も無しに現場出動の第1種レベル待機を行えという指示には流石に疑問が湧いていた。
その疑問を心の奥で押し隠したまま気配を潜めてヘリの機内で待機していたのだが、今、事ここに至って、上司である近衛の判断と状況への読みが正しかったことを思い知った。
ならば――
「自分はその指示を完璧に全うするだけだ」
それが重武装を施された特攻装警として生を受けた自分に相応しい生き方なのだと繰り返し明確な確信を抱くのだ。
岸壁沿いに走りぬけ、コンテナヤード中央付近の例の六車線の通りへと差し掛かる。そして、急ターンを切ってアトラスたちの方へと走りだしたその時だった。
〔エリオット! あのコンテナを撃て!〕
特攻装警の長兄であるアトラスの声がする。アトラスが指示する先にはトップリフターで持ち上げられた1基のコンテナがある。
〔了解〕
短くシンプルに返答してエリオットは戦闘装備の1つを起動させた。
【 指向性放電兵器、起動 】
ハイロンが義肢に装備していた放電兵器とほぼ同等の原理の兵器で、高圧収束放電をピンポイントで狙った箇所へと正確に命中させることが出来る。ただし、出力は比較にならないほど強力だ。
エリオットは両肩に備わったそれを作動させ瞬時に正確に狙いを定める。そして、体内動力から超高圧キャパシタコンデンサーに電力を蓄え、数秒のタイムラグの後、2つの砲口から二条の紫電を迸らせる。そして、二本の槍で貫くかのようにトップリフターで持ち上げられたコンテナを撃ちぬいた。
もし、あのコンテナの中に敵アンドロイドが居るとするのなら、火砲による銃撃で狙うよりもこうした雷撃系の兵装のほうが有利だ。コンテナの外板から内部に伝って電気的ショックが制圧対象のアンドロイドにダメージを与えることもありえるからだ。
エリオットが与えた超高圧電撃はトップリフターの油圧シリンダーにもダメージを与えた。
油圧作動オイルの一部を瞬時に沸騰させシリンダーを破裂させる。トップリフターの昇降アームは力を失いコンテナを落下させて一気に地上へと叩きつけた。
――ズドォォオン!――
轟音を上げ40フィートコンテナは地上へと落下する。中に入っているのが生身の人間であるならダメージは免れない。だが、アトラスたちには確信のようなものが感じられるのだ。敵はまだ生存していると。
そして、アトラスはレッドパイソンを。エリオットは可搬式のガトリングカノンを。眼前で形を歪めたコンテナへと向ける。警戒すること数秒ほど、変化はすぐにおとずれた。
コンテナの内部から打撃音がする。一撃目でアトラスたちに向いた側が内側から外側へと大きくねじ曲がる。次いで2撃目の打撃で、コンテナの側面パネルは接合面を破壊され数メートルほど吹き飛ばされた。
スローモーションのように側面パネルが空を回転して、耳障りな残響をまき散らしながらアスファルトの上を幾度も転げまわった。それは人間では成し得ない力。異形の機械としてのアンドロイドであるからこそなし得た結果だ。
「これが国際級のテロリストのクオリティか――」
もはや猶予はない。敵を視認するよりも前にダメージを与えるべくアトラスは攻撃を開始した。
「撃て!!」
その言葉と同時にレッドパイソンを最大レベルで引き金を引く。エリオットもアトラスに遅れること無くガトリングカノンのトリガーを引く。レッドパイソンの砲口からほとばしるレーザーの激光が攻撃目標に衝撃波を生む。エリオットのガトリングカノンは赤熱した鉛弾を寸分の狂いなく敵が立っているであろう場所に向けて叩き込む。
さらにそれに加えてアトラスは腰の後ろからソードオフしたような短銃身のショットガンを引き抜くと白煙の向こうに見えるシルエットの頭部を狙って11番口径のスラッグシェルを数発叩き込んだ。
こう言う状況下では遠慮や配慮は一切要らない。敵が人間でないと確信が得られた時は、可能な限りの攻撃を先手を切って行うべきなのだ。アトラスは、そう常日頃の過酷な任務体験からウンザリするほど体験していた。
現状、撃ち込める弾を撃ち込めるだけ打ち込むとアトラスはエリオットにハンドサインで攻撃の停止を指示した。敵が常識の範囲内の存在であるのなら、敵からの反撃はありえないはずだ。
左手でソードオフショットガンに追加のショットシェルを装填しながら沈黙して反応を覗えば、帰ってきた反応は無力化された静寂ではなく、重く鳴り響きしっかりとした歩調の足取りであった。
「これだけ射っても動けるのか!?」
アトラスは驚愕していた。コンテナの外板パネルをたった2撃で吹き飛ばす馬鹿げた腕力もさることながら、一体どんな防御能力を持っているのかアトラスには見当すらつかなかった。
白煙が一陣の風で吹き飛ばされる。そして、その白煙の向こうから現れたのは――
〔エリオット、来るぞ!〕
〔了解〕
――1人のリアルヒューマノイドタイプのアンドロイドだった。
白髪オールバック、素肌と顔立ちは褐色がかった白人系。彫りが深く異常なまでに眼光鋭い彼はバイカー風のレザージャケットにレザーロングパンツを着込んでいる。ただそれに加えてさらに異様なのはその全身に巻き付いている金属メッシュ製のベルトである。
腕や足はもとより胴体にも巻き付いていて、その四肢の自由を許す程度にベルトによる拘束は解除され、彼が臨戦態勢を許されていることが読み取れた。
「どうやら普段は行動を制限されているらしいな――」
あれだけの攻撃を加えたのにも変わらず、衣類の各部が傷んでいるだけで、頭部にも胴体にも致命的な傷を負っているようには見えない。その鋭い眼光をアトラスとエリオットに向けてくると、敵である彼は数歩駆け出し地面に転がっていたコンテナの側面パネルを拾い上げた。
まるで発泡スチロールのパネルでも扱うかのように安々と拾いあげる。そして、それを横薙ぎに振り回すとアトラスに向けて鋭い視線を走らせた。
今度は彼の攻撃ターンだ。スチール製の大きなパネルをブーメランでも扱うかのように投げつけてくる。
アトラスは飛来してくる金属パネルを視界に捉えつつ真っ向から迎え撃つ覚悟を決めた。両拳の中に仕込まれているパルサーブレードを作動させると臆すること無く自ら飛び出したのだ。