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第5話 『広域武装暴走族スネイルドラゴン』

第0章第5話公開です。

アトラスとセンチュリーの前に現れた者とは――


 センチュリーのバイクと、アトラスのダッジが走りだす。

 MC-3のエリアを離れMC-4へと向かう。その距離は600mをこえるだろうか?

 密集したビルのように積み上げられた貨物コンテナのため直接には視認できないが、その気配ははっきりと伝わってくる。

 ガントリークレーンの並ぶ岸壁側の道路へと出ると、その惨劇の光景は嫌でもアトラスたちの目に入ってくる事となる。


 そこはコンテナターミナルのある岸壁だ。

 岸壁沿いに伸びる広い道路には船からコンテナを荷揚げするためのガントリークレーンがある。

 アトラスたちから見て、そのガントリークレーンのある道路の左手の方には、小高いビルのように積み上げられたコンテナ群がある。見上げれば4段に積み上げられたコンテナの高さは10mはあるだろうか?

 そして、船の姿の失せた岸壁にそびえるガントリークレーンのうちの2つには、荷降ろし途中でそのままになったのか、2基のコンテナが宙吊りになったままである。


 そのガントリークレーンの真下の辺り―― 

 二人目の犠牲者がそこに居た。


『ベイサイド・マッドドッグメンバー・平戸一樹』


 サブリーダーの松永に続く犠牲者だ。顔面を散々殴られたのだろう。顔の形が変わるほど血だるまになっている。被害者はもはや命乞いをする余力すら残っていなかった。

 

 アトラスとセンチュリー、二人に視界に確かにその光景は見えている。

 そして、その惨劇を指揮しているのはスネイルドラゴンの幹部の3人だ。

 すなわち、ハイロン・バジリスク・ジズ――

 

 黒いジャケットスーツを着こみ、頭部をスキンヘッドに磨き上げ頭部から右の顔面にかけて、のたうつ黒い龍を彫り巡らせたハイロンが顎をしゃくる様にして殺害の指示を出す。目に瞳はなく赤いハーフメタリックの人工眼球が酷薄な視線で威圧している。


 それを冷えきった笑みで頷くのがジズ、紫色のロングヘアを逆モヒカンにして真ん中だけを帯状に剃り上げている。剃り上げた地肌には女郎蜘蛛が子蜘蛛に食い荒らされる姿がタトゥーとして彫られている。黒とメタリックパープルの斑のボディースーツレオタード姿から見える手足は鈍銀色に輝く完全義肢で肉体は性的行為に必要な部分だけしか生身でしか無い。


 バジリスクは頭部の前半分のみが生身でそれ以外は総金属製のガンメタ色のメカニカルボディーのサイボーグ。髪の毛はなくフード付きのレザーのロングコートとレザーのロングパンツに編み上げブーツ。コートの前は開け放たれていてサイボーグの肉体が見えるがままになっている。

 見れば、バジリスクは、犠牲者の返り血をふんだんに浴びていた。まるで屠殺場か食肉加工の現場のように――


 その光景を目の当たりにして尚も抑制できるような精神をセンチュリーは持ち合わせていない。自らの全身が沸騰するような怒りに、怒号をあげるよりも前にアクセルを全開にする。

 バイクのリヤタイヤがホイルスピンして車体は弾丸のように飛び出していく。

 狙うはジズ――、バイクのタイヤをぶち当てて弾き飛ばそうとする。

 当然、それに気づかぬジズではない。本来は不始末者の殺害のために用いるはずだった己の機能を急接近する2体のアンドロイド警官のために用いる。

 

「シィーーーーッ」


 喉の奥から漏らすように不気味な鳴き声を上げ、ジズは右手を左から右へ大きく振る。夜の闇夜の中、その女の指先に月明かりに微かに糸状のものが輝いた。響き渡るのは凶鳥の如き叫びである。


「シャァァァァァッ!」

 

 かたやフル加速のセンチュリーは鋭敏にそれを察知して急ハンドルを切る。車体をテールスライドさせて進行方向に対して真横にすると、車体を大きく傾斜させる。そして、自分も体を大きくしゃがませると、ヘルメットぎりぎりの際どい所で、その糸状のものを回避する。

 センチュリーはその糸状の輝きの正体を見抜いていた。

 

「単分子ワイヤーかっ!」


 炭素分子で形成された単分子ワイヤー、絹糸など比較にならぬ細さながら、一本で数トンの重量を支えることが可能。さらにはその細さと強靭さから、人間の肉体など豆腐を切るかのように安々と切断してしまう。

 ジズはその単分子ワイヤーを右の人差し指の先から射出形成している。ジズの義手には単分子ワイヤーを自動生成する機能が備わっているのだ。先程の断頭処刑映像は、まさに、このジズの単分子ワイヤーによって行われたのだ。

 

 センチュリーは単分子ワイヤーを回避する動きのまま腰からグリズリーを抜き放ち、二発の357マグナム弾をジズに向けて射つ。

 ジズはそれを視界に捉えると、反射的に後方へと跳躍する。無駄になった単分子ワイヤーを指先から切り離し、次の攻撃のために新たにワイヤーを生成し始める。


 残るアトラスはダッジで駆けつけるとすぐさま飛び降り、プラズマライフルを構えバジリスクへと銃口を向ける。さらに、センチュリーのバイクのタイヤが甲高いスキール音を響かせ半回転して体勢を立て直した。

 

 今、ハイロンを真ん中にしてジズとバジリスクがその両側に立ち敵意を放っている。


 かたや、その彼らを挟むようにアトラスとセンチュリーが銃口の狙いを定めている。

 次の瞬間、アトラスとセンチュリーは警察として法的威嚇の口上を叫んだ。


「日本警察だ! 全員、武装を放棄して投降しろ!」

「抵抗するなら生命の保証はしない!」


 月の明かりの真下――、岸壁沿いの道路上で、その光景は展開されていた。

 ただ、ハイロンたちに囲まれ、制裁を受けていた哀れな彼らは、アトラスたちの介入にそれが唯一、救われる方法だと気付いていた。

 そんな状況下でセンチュリーはアトラスに無線回線で告げる。

 

〔兄貴!〕

〔どうした?〕

〔〝一人〟足りねぇ〕

〔さっきのフッ化レーザーじゃないのか?〕

〔違う、監視カメラに出ていたのはレーザーじゃない。電磁レールガン仕様だ〕


 センチュリーのその言葉はまだ伏兵が残っている可能性を示唆していた。


〔横浜で鉢合わせたやつか〕

〔そうだ〕


 アトラスはセンチュリーの言葉に思案する。そして、一言答える。

 

〔了解〕


 その残る一人が何処かから姿を現す可能性があるが、今はそれを警戒しつつ眼前の敵へと集中するしかない。

 恐怖心に耐えられなくなったのか、ハイロンにより捕らわれていた一人の男が叫びを上げる。


「たっ、助けてくれ! たす――」


――ジジッ――


 だが、男の叫びはそこまでしか聞こえない。鈍い振動音とも重低音とも取れる奇妙な音をどこからとも無く響かせると、喉の奥から白い煙を吹いて突然崩れ落ちたのだ。

 その不可解な現象に襲われた哀れな男の背後には、あの不気味な赤い目線を持つハイロンがそびえている。ハイロンは右手の指先を犠牲者に向けていたが、ジズのように指先に何か武器を仕込んでいるようには見えなかった。光も熱も感じられない。

 

「黙れ」


 酷薄で冷酷な冷たい視線のままハイロンは言う。その視線を未だ生き残っている被害者たちに向けると沈黙を速やかに厳守させる。

 そのハイロンに、低い声で短く問うのはバジリスク。

  

「ハイロン」


 ハスキーな色香のある声で楽しげに問うのはジズ。


「殺っちまっていいかい?」


 端的、かつ明確に告げるのはハイロン。


「まだだ」


 一目して解るのは、制裁を受けている被害者たちへの危害が止んだのではないと言う事実だ。体内回線でセンチュリーが問う。

 

〔兄貴、2対3――いけるか?〕

〔待て、焦るな〕


 事ここにあってはどのような可能性も考えられるだろう。慎重を期するに越したことはない。先走る弟を静止してタイミングを図る。その一方で、アトラスはハイロンが引き起こしたその異変の正体に気付いていた。

 

「不可視レーザー誘導の指向性放電兵器か」


 不可視レーザー――、すなわち可視光を伴わない肉眼で視認できないレーザーだ。

 すなわち、目に見えない特殊なレーザーにより大気をイオン化させ、電気の通ずるための〝道〟のようなものをの設けておいて、狙った場所に正確に高圧放電を誘導できる技術だ。


「本来は低軌道の発電衛星からの送電用に用いるもので殺人兵器では無いのだがな?」


 アトラスの構えるプラズマライフルの銃口はバジリスクを牽制しつつハイロンを狙っていた。その銃口を恐れること無くハイロンは言い返す。


「物は使いようだ」


 そして、その赤い視線を一際強くアトラスへと向ける。

 

「お前たち特攻装警と言う存在が、警察の備品であるようにな」


 それは憎悪のようであり、強い差別意識の具現化だったのかもしれない。吐き捨てるハイロンの言葉は徹底して酷薄だった。だが、アトラスは、ハイロンのその態度と言葉に不快な違和感を感じずにはいられなかった。

 

〔おかしい――、なんだ? この男の余裕は?〕


 自分自身のことを過信するわけではないが、武闘派として戦闘実績のある特攻装警が2体も挟み撃ちにしているのだ、警戒はすれど安易に殺害行為などすべきでないと誰でも判るはずだ。だが、その戸惑いはセンチュリーも同じであった。センチュリーはそのアンドロイドらしからぬ野性的なセンスで、この場に漂っている違和感をつぶさに感じっていた。笑みがない、冗談も出せない。その真剣な表情が彼の心理状態を現していた。

 しかし、そんなアトラスたちの警告すらも意に介さずハイロンは抑揚を交えた余裕に満ちた声で語り始める。

 

「お前たちに謹んで申し上げる。そろそろ備品の役割を終えて廃棄処分になってはどうかな?」

「なんだと?」


 ハイロンが指を鳴らす。暗い寒空の乾燥した空気にその音はよく響いた。

 残響を響かせる指鳴りの音は合図だ。予想外の場所に仕込んでおいて隠し球が今この場に出現するのだ。

 アトラスたちがハイロンたちと退治するその場の片側、5段に積み上げられたコンテナ群の扉が一斉に開いた。5段のコンテナが5列――5×5の扉が開き、そこから現れたのは小型の速射電磁レールガンを構えたスネイルドラゴンの戦闘要員、総数で100人以上は居るだろうか。

 個人であることを放棄し悪意の集団の〝駒〟であることを喜んで受け入れた尖兵たち。武装暴走族スネイルドラゴンの下級量産型の戦闘サイボーグ要員である。

 そして、コンテナの最上段からもう一人姿を現す。極彩色のウィンドブレーカーを着たドレッドヘアの黒人系。目にはガーゴイルスタイルのメタリックなサングラスをしている。そして、その両手は鈍い銀色に輝く総金属製の義手だった。その義手の手のひらには銃口の様に穴が開いている。センチュリーはその者の姿を明確に記憶していた。

 

「てめぇ! 横浜の!!」


 横浜の福富町西公園での遭遇戦――あそこで鉢合わせた新顔の武装サイボーグだった。

 彼の方もセンチュリーの事は先刻承知だった。センチュリーに挑発的な視線を送るとにやりと口元を歪ませて侮蔑の笑みを浮かべる。そして右手を握りしめ、中指を立てながら明らかにセンチュリーに向けてこう叫んだのだ。

 

「Hey Dumb!」


 Dumb――間抜けと言う意味の口汚いスラング。その言葉が合図となり、100以上の小型速射電磁レールガンの銃口がアトラスたちへと向けられていた。。

 ハイロンはコンテナの最上段に立っている電磁レールガンの男に視線で合図を送った。電磁レールガンの男は実働部隊の兵隊たちの指揮役を担っているらしい。ハイロンの視線を受けて殺意を現すのに最もふさわしい言葉を吐き捨てた。

 

「FUCK OFF!」


 その言葉は引き金だった。

 黒いツナギに黒いフード付きジャケット。素顔を隠す黒マスク。ジャケットの背中にはのたうつように身をくねらせる龍が銀糸で縫い込まれている。統一化されたシルエットで記号化されたその戦闘員たちは統率のとれた動きで岸壁の路上に踊りだす。


 下段のコンテナの者は路上に躍り出るとアトラスたちを正面から襲った。安易に散開せず数人づつの集団に分かれ、複数で同時に畳み掛けていく。そして、上段のコンテナの者はやや大型のロングバレルの電磁レールガンで上方からの援護射撃を行う。


 それは強化セラミック製の弾丸の弾雨だ。電磁気の力で火薬銃火器を超える射速で射ち放たれたものだ。それは鉛弾など比較にならない。フレシェット形状の矢のような弾丸は、特攻装警としての彼らの強靭なボディすらも傷つける攻撃力を有する。

 センチュリーはバイクを反転させ急速に距離をとった。そして一基のガントリークレーンの支柱の陰にその身を隠す。かたやアトラスは、自らの乗っていたダッジの元へと駆け戻ると跳躍し、愛車を遮蔽物にして、その陰に隠れるしかない。

 

〔兄貴!〕


 センチュリーは体内回線を通じてアトラスへと呼びかける。


〔やられたぜ! 連中、俺たちが嗅ぎつけるのを端っから織り込み済みだ!〕


 センチュリーが身を隠す巨大な鉄柱がセラミック弾丸の猛攻を受けて火花を散らしている。幾つかの弾がセンチュリーの体を掠めるが今は耐えるしかなかった。

 片やアトラスは弾雨にさらされるダッジを気遣う余裕もなく、次の一手を思案している。


〔そのようだな!〕


 失策だった。完全に裏をかかれて罠にまんまと嵌められたのだ。腹の底から煮えくりかえるような怒りと身を焦がすような屈辱感が湧いてくる。意図的に情報を流し、市街地カメラに写った自らの姿すら〝餌〟にする。さらに自らの組織の失っても困らない〝駒〟をこれ見よがしに殺すことでアトラスたちが焦りと怒りを抱いて突っ込んでくる事を計算済みだったのだ。

 積み重ねられたコンテナの最上部に2つのシルエットが立ち、缶コーヒーのデミタスサイズの物がいくつも投げ放たれた。

 それを視界に捉えながらセンチュリーの叫びが聞こえた。

 

〔くそっ! 流れてきた〝情報〟も巧妙な〝撒き餌〟だったって事かよ!〕


 おそらくはセンチュリーに親しくしている若者たちがセンチュリーへと情報を提供するであろう事すら意図しての事だったのだ。この期に及んで頭に浮かぶのは情報提供をしてきたアイツらの安否だ。証拠隠滅のために口封じされる恐れもある。

 センチュリーの声が回線に響いたその時だ。投げ放たれた物が強烈な電磁ノイズを含んだ爆風を伴って炸裂したため〝新型手榴弾〟だと分かった。電磁ノイズは通信回線を遮断し電子機器の機能を阻害する。アンドロイド化が進む戦場で対機械戦闘に開発された物だ。


 爆風と衝撃にかき消されてアトラスの視界からセンチュリーの姿が消える。さらに、コンテナの中段のあたりから紫色の液体が詰められた瓶型の容器が投げ放たれた。瓶の先端には点っているのは炎である。アトラスはその武器の名前を知っていた。

 

「火炎瓶かっ!!」


 恐ろしく古典的だが、確実に効果のある武器だった。しかも内部に詰められているのがよくあるガソリンでないことは液体の色を見れば確実だった。

 

「糞ォッ!!」


 多勢に無勢――強化型火炎瓶が炸裂した瞬間、アトラスの脳裏をよぎったのはその言葉である。


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