サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part57 『決戦・総隊長妻木哲郎』
並び立つ2つの有志
サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part57 『決戦・総隊長妻木哲郎』
スタートです
サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part57『決戦・総隊長/妻木哲郎』
東京アバディーンの上空に3機の大型ヘリが舞っている。
濃紺の機体色にホログラム迷彩機能が施され、さらに完全無音型の対波形消滅タイプのデジタルサイレンサーが装備されている。最大収容人数は14名で非武装だが、乗員たちが持つ個人武装を上空から使用するための補助機能が各種装備されている。航続距離も長く、一晩、都内上空にホバリングしている事も可能であった。
すでに埼玉・千葉・神奈川の各大隊に配備され、とある特務選抜部隊専用の機体とされている。
正式機体名称は未決定だが、隊員たちからは密かにこう呼ばれていた。
――『天照』――
ヤタガラスを神武天皇に遣わした御霊である。
その3機の天照の機体に分乗している人物が3人いる。
特攻装警エリオットの身柄引受人・警備部警備1課課長・近衛仁一警視正
特攻装警フィールの身柄引受人・刑事部捜査1課課長・大石拳五警視正
特攻装警センチュリーの身柄引受人・防犯部少年犯罪課課長・小野川利紀警視正
そして、そのいずれもが重要な役割を帯びていた。彼らに課せられていた避け得ない役割である。
3人とも航空用ヘルメットをかぶり、インターコムを用いて相互に会話をする。先に声を発したのは大石である。
〔始まりましたね――〕
それに声を添えるのは小野川。
〔現時点で日本警察最強の二人ですよ〕
その言葉を肯定するのは近衛だった。
〔えぇ、異論はありません。そしてなにより――〕
近衛はヘリ眼下に繰り広げられている戦闘のすべてを、そこから生まれる業の全てを背負うかのような勢いで見つめている。機体下部に備えられた細密望遠カメラ。それが見下ろす俯瞰画像が機内屋根部に設けられた立体映像投影装置で映写されていた。そこに警察という組織が決して避け得ない『しがらみ』と『業』が交錯しているのだ。
〔――我々が求めた物の『到達点』と『理想』がここにある〕
近衛の言葉に大石が告げた。
〔人間とアンドロイドの理想の共闘〕
小野川も告げる。
〔そして互いに支え合う戦い――、これが我々警察が追い求めた理想の姿だ〕
近衛はその言葉に頷きながらもその顔は決して明るくはなかった。
〔だがなぜだ――〕
苦々しい思いがにじむ。
〔なぜ、戦う相手が同じ警察でなければならんのだ〕
それはあまりにも皮肉すぎる現実だった。そしてそれは最大限に避け得なければならないはずだったのだ。だがこれもまた現実である。
〔こんな事のために〝ヤタガラス〟を発動しなければならないとは〕
苦渋の言葉を近衛は口にする。そして、大石がそれに続く。
〔全くです――〕
それには忸怩たる思いが込められていた。その言葉を耳にしながらも、小野川は言葉すら吐けぬほどに苛立ちを飲み込んでいたのだ。
彼らの眼下にて戦う者、それは――
一つが、特攻装警第7号機グラウザー
一つが、武装警官部隊・盤古、東京大隊総大隊長・妻木哲郎
警察用途アンドロイドの頂点と、警察戦闘要員の頂点とを、それぞれに極めた者たちであった。
その彼らが戦っているのは――
武装警官部隊・情報戦特化小隊第1小隊隊長・字田顎
――犯罪者への怨念で己を塗り固めてしまった愚か者である。
@ @ @
6脚の足を大地につきたてて足場を固めている巨大な蜘蛛型のシルエットのメカニックがある。
〝元〟情報戦特化小隊隊長字田が騎乗している〝大型蜘蛛型外装機体〟である。
内部に人間の体が1名分だけ収納可能な狭い空間があり、その中へと字田が入り込み、その中枢神経系を直接接続する事で操縦可能となる。無論、これを動かすには操縦者自身の肉体にも多大な負荷がかかることとなる。
そして、それを回避・軽減するため、字田はある手段を選択する事となる。
すなわち――、自らの〝大脳組織〟の人為的改造である。
脳組織そのものに、強化された超小型の電脳ネットワーク装置を埋め込み、脳の情報処理機能を何倍にも底上げする事で、絶大なる電脳処理能力を獲得するに至ったのである。そして、それは彼自身から、さらなる人間性を奪い去っていった。
もはや彼は人間である事を自らの意思で捨てたのである。
人は彼を〝骸の字田〟と言う。その名に人間性は微塵も感じられなかったのである。
「妻木ィ! 生身の人間ごときガ〝機械〟を超えるコトなどデキると思ウカ!」
字田は通常の音声を発することができない。喉に弾丸を受け、声帯を破壊されてしまったからだ。超小型の音声合成装置を喉に埋め込み電子音声で会話する。両眼は電子カメラであり人間らしい表情はうかべることすらできない。
その彼は、つんざくような叫びとともに己の信念をぶちまけていた。
――人間は弱い。弱いからこそ、凶悪犯罪に負ける。故に犯罪を滅ぼすには自らが機械を超えねばならない――
それが彼の信念だった。その彼の眼前に、彼の信念を否定するものたちが居る。
――人間ができないからこそ、その危険行為の代行者としての〝警察用途アンドロイド〟――
――生身の人間としてできうることを、生身のままで最大限に能力を引き出して対処する〝警察戦闘要員〟――
その2つを象徴する存在、『グラウザー』と『妻木哲郎』である。
それは字田にとって受け入れがたい〝歪んだ鏡〟であるのだ。
それだけは――
「あリエない!」
――絶対にあってはならない。
そうだ今こそ――
「そノ身をモッテ思い知レェ!!」
字田は機体の下部から2本、上面から2本、合計4本のサブアームをさらに展開させた。その先端には赤熱する熱レーザー銃ターレットが備えられている。一機あたり3本のレーザー銃バレルが束ねられ、3つのうち1つが常に発射可能となることで高出力レーザー銃特有の発射タイムラグを解消できるシステムだ。
さらには近接専用に赤熱化高熱クローも備わっていた。加えて打撃戦用の右腕、指向性放電兵器を備えた左腕が控えている。それら6本の腕を駆使して字田は突進してきたのである。
〔来るぞ!〕
通信越しに警句を発してきたのは妻木であった。右手に握ったライアットショットガンを構えつつ叫ぶ。
〔はい!〕
返答の声と同時に自ら進み出てきたのはグラウザーだ。両拳を固めながら足早に駆けていた。そして――
――パゥンッ――
甲高い音を立てながらショットガンの引き金が引かれる。そして、10番ゲージのマイクログレネードは字田の顔面を牽制した。
「ギイッ!」
奇妙な鳴き声を上げながら字田は高々と跳躍した。だがそれはグラウザーにも妻木にも想定内だったのだ。
――ザッ、ガシャッ――
グラウザーはとっさに左腕を上方へと跳ね上げた。視線は向けぬままで腕だけを向けている。グラウザーの2次武装体の左腕には電磁レールガン式のボウガンが備えられている。金属製のダーツを高速で射出可能なのだ。そしてその電磁レールボウガンと言うべきものの銃身に並列して高性能小型カメラが備えられている。直接視認ができなくとも照準可能なように作られているのだ。
――バンッ!――
鋭い電磁火花を発しながら金属製ダーツが撃ち放たれる。そして、妻木も同時攻撃している。
右手の短ショットガンを腰裏の収納ラッチに戻すと、左肩に構えていたレーザーライフル――を構え直す。それはかつて、アトラスが横浜の東本牧埠頭にて用いたあのレーザーライフル――
――AAC-XD014/レッドパイソン――
全長1.2m、大型のブルパップライフルタイプで特殊な固体レーザーを用いたプラズマ衝撃波発生装置。
特攻装警専用に作られた装備の一つだが、アトラスが所持していたタイプとは細部が微妙に異なっていた。銃身下部に大きめのブロックユニットが備わっているのも特徴であり、なによりその銃口のサイズがより肉厚になっている。機体後部や銃身上部には放熱ラジエターと思わしきフィンユニットも見える。
なにより、アトラスのレッドパイソンと異なり、黒いそれには動力ケーブルがない。主電力を内蔵式としているのだ。
それはレーザー光による微小プラズマ発生による衝撃波で攻撃するプラズマライフル兵器の一つだが、明らかに大幅な改良が加えられている。アトラスが所有しているモデルは赤だったが、ダークガンメタリックのそれは、妻木たちが纏う青黒いプロテクタースーツに絶妙にマッチしている。
妻木はブルパップ式構造のそれを、右手でメイングリップを握りトリガーに手を添え、左手でフォアグリップを握り、フォアグリップ側面に設けられたメインスイッチ群を操作する。そして速やかにマイクロプラズマ炉心バッテリーが稼働率を急上昇させ、メインコンデンサーへと蓄電を開始するのだ。
――ヴゥィィィィイン――
さしずめ〝ブラックパイソン〟とでも呼ぶべきそれは、作動を開始したマイクロプラズマ炉心バッテリーとMHD発電装置が発する鈍い唸り音をあげながら内部電圧を急速に上昇させていた。ただし初期動作のみ予備充電と銃身加熱が必要となる。そのため――
〔あと10秒!〕
――予備時間が必要となる。
内部通信で妻木が、グラウザーに必要時間を告げれば、グラウザーは連携してその10秒を牽制する。
――バンッ! バンッ! バンッ!――
電磁レールボウガンを連射するグラウザー、その撃ち放たれた金属製ダーツが空中の字田を襲った。だが――
――バシュ!――
高圧ガスが漏れるような音がする。字田の蜘蛛型ボディは全身各部に高圧ガス噴射による姿勢制御装置を有していた。盤古隊員が用いるジェットパック装備と同原理である。
「当たるカ! そンナ物が!」
グラウザーたちの労苦をあざ笑うかのように字田は叫んだ。グラウザーが次々に射ち放つ金属ダーツを安々と躱してみせるのだ。
だが妻木もグラウザーも全く動じていない。字田の挙動に対して冷静である。そんな冷静な振る舞いが字田をさらに苛立たせるのだ。そんな字田の前で、グラウザーはなおも電磁レールボウガンを連射していた。
――バンッ! バンッ! バンッ!――
その3発を射った直後だ。
――カキッ!――
鳴り響いたのはかすかな金属音。金属製ダーツの残弾がゼロとなり装弾装置が空打ちをした音である。
それはチャンス。
グラウザーたちにではなく、字田にとって――
字田は視界に妻木を捉えた。やつのプラズマライフルはまだ急速充電音の最中だ。グラウザーは残弾ゼロ、別の装備はまだ起動されていない。ならば――
「俺ノ勝ちダ!」
――全遠距離攻撃装備をすでに起動済みの字田の方が圧倒的に優位なはずだ。機体上面2機、機体下面2機――計4機の熱レーザー銃バレルがグラウザーを狙う。左腕の指向性放電兵器は妻木を狙う。
今、字田の視界の中で妻木はまだ発射準備完了に至っていない。そう――
「死ねェエエ!!」
――殺るなら今だ。字田は歓喜の声を上げた。
だが――
「タランチュラⅡ! サブネット展開!!」
――叫び声を上げたのは〝グラウザー〟だったのである。
それはまさに〝クモの網〟――いつのまにか字田の頭上に幾条もの単分子ワイヤーが〝縦糸〟を張っていた。単分子ワイヤーは肉眼はもとより、光学カメラでも視認は困難だ。興奮して理性を失いつつあった字田が気づかなかったとしても不思議ではない。
そしてその単分子ワイヤーの軌道は――
「コ、これハ? サッきのレールガン?」
「気づいてももう遅い!!」
――先程、グラウザーが撃ち漏らして居たはずの電磁レールボウガンの金属製ダーツの射線だったのである。
「まさカ! レールガンのダーツに糸ガ!」
――キキキキキキキンッ!――
高いトーンで微かな金属音が鳴り響いている。それは張り巡らされた単分子ワイヤーの〝縦糸〟をハープの弦のように響かせているためだ。そして縦糸で勝利の音色をたてていたのは〝横糸〟――
まるで獰猛な獣に捕獲ネットを被せるがごとく、グラウザーが放った単分子ワイヤーの群れは、縦横の糸を絡み合わせて瞬時にして微細な単分子ワイヤーネットを組み上げてしまったのである。
今までに無いその新機能に驚愕したのは字田である。
「ば、馬鹿な! お前ら特攻装警にこんな機能が!」
特攻装警にはフィールから単分子ワイヤー機能が装備されているのは公然の事実だ。だが、単に糸を射出するのみであり、ここまで複雑なワイヤー網構築機能がダウンサイジングされてアンドロイドに組み込まれているとは想像もつかなかった。字田にとってまさに想定外だったのだ。だがグラウザーは字田に対して叩きつけるように告げたのだ。
「知らないのか!――」
字田の全体に単分子ワイヤーネットが被せられ、単分子ワイヤーの一つ一つがまたたく間に字田のボディへと絡みついていく。逃れようとするが、それはまるで『カスミ網に捕らえられた害虫』の如き構図であった。字田の蜘蛛型ボディの機能を麻痺させるために高周電磁波ノイズもワイヤーに流されている。センサーやアクチュエータモーターが微細な機能障害を発しつつあった。
身動き取れぬ字田の耳にグラウザーの声が響いた。
「技術はな! 進歩するんだよ!」
それは絶望的な宣告だった。完全に想定外の特殊機能で一気に状況をひっくり返されたのだ。
初手では複数の機体を同時に行使することで数の面で圧倒的優位に立っていたのに、ヤタガラスの支援で1対2の状況を作られ、今まさに全く逆の構図となってしまったのである。
歯噛みする勢いの字田にグラウザーはさらに告げた。
「右腕タランチュラⅡ! アクティブ展開!」
使用されずに残されていた右の腕の単分子ワイヤー装置も作動を開始する。グラウザーの五指の先端から放射された単分子ワイヤーは地面を這うように能動的に動き回る。それはまるでセンチュリーが装備していたケーブル状特殊武器〝アクセルケーブル〟にも似ていた。自ら意思を持っているかのように行動にうごめいたのだ。単なる単分子ワイヤー装備の枠を超えた驚愕の性能である。
「タダのワイヤーが?!」
すでに単分子ワイヤーネットで動きを制限されていた字田の上肢下肢を巧みに絡め取ってしまう。まだサブアームと脚部の何本かは残されているが、それでも自由自在に空間上を飛び回ることは不可能であった。
その瞬間だった。
妻木が告げる。
「10秒!」
必要とされた起動準備時間が経過したのだ。
宣言すると同時に妻木は引き金を引いた。〝ブラックパイソン〟の銃口が瞬時に赤熱し、そこから大容量のプラズマビームが射出される。そして字田の蜘蛛型ボディへと炸裂するのだ。
――ヴォッ!――
内部コンデンサーに蓄積された電力がプラズマジェネレーターへと接続され一気に照射される。標的物の表面へと照射されたそれは分子構造を爆砕的に瞬時にして加熱し、破壊的な衝撃波を発生させる。原理的には防御は困難であり、ターゲット表面で発生した衝撃波は表面のみならず内部構造へも伝達され、致命的な破壊を引き起こすのだ。
対機械戦闘用に開発されたそれは、この戦闘局面においては字田のような外装機体に対しては絶大なる威力を発揮するのだ。
――ボオォォン!――
衝撃波発生プラズマは字田の蜘蛛型ボディの右前足へとヒットする。その第1関節を的確に狙いすまし一撃でその機能を失わせた。もはやその脚は機体を支える事は叶わず、字田は5本脚へと減ずることとなる。
「おのレェ!!」
字田が歪んだ叫びを上げる。その蜘蛛の顔面のごとき、複数のカメラユニットが集積された顔面が不気味な光を反射する。そして字田は――
「死ネェ! 死んデシマえぇ!!」
――歪んだ叫びを轟かせたのだ。
【 情報戦特化小隊専用・蜘蛛型外装機体 】
【 遠隔子機体用、特別コマンド 】
【 遠隔子機体#4 > 〔自爆〕 】
それは即時実行される。
そして、字田が操る10機の〝子蜘蛛〟たちにはナンバーなど刻印されていない。それを知るのは字田のみだ。それを無作為に爆破する――それが狙う事は唯一つだ。
――巻き添え――
彼の目の前に立ちはだかった30人のヤタガラスを無差別に巻き添えにして殺そうというのだ。果てしなく歪んだ、狂いきった男であった。
だが――
妻木哲郎という男が背負った『武装警官部隊・総大隊長』と言う肩書きは伊達ではないのである。
――!!!――
妻木の脳裏にひらめくものがある。とっさに緊急コードを発した。
〔緊急コール:A.E.W.〕
A.E.W.――All Emergency Withdrawal――の略号であり全機緊急離脱を意味する。
全隊員のヘルメット内に備わった映像音声通信機能により一斉伝達されたそれは、全てのヤタガラスに速やかな行動を促した。
字田が操る蜘蛛型子機体への攻撃を中止して一斉離脱する。それとほぼ同時に蜘蛛型子機体の1つが爆砕したのである。
「うわぁっ!」
悲鳴が上がり、巻き添えが出た事がわかる。妻木は全員に音声通話を発した。
〔負傷者!〕
〔ST‐06、軽度負傷! 戦闘続行可能!〕
〔ST‐06を後方へ下がらせ遠距離支援〕
〔ST‐06、了解!〕
〔全員につぐ! 〝子蜘蛛〟には接近するな! 機動力を奪う事を最優先しろ!〕
STは埼玉のコード、CBが千葉、KNが神奈川である。続く数字が隊員番号だ。
然る後に妻木の映像視界の中に浮かんだのは【ALL UNIT M.O.A.】の文字。全隊員が命令を受諾したのだ。
それと同時に全隊員の戦闘行動から得られたデータが情報処理され戦局が視覚的に明示される。
【 攻撃対象総数:10 】
【 行動攻撃不能:4 】
【 攻撃不能 :2 】
【 行動不能 :1 】
【 残存 :3 】
妻木はそのデーターから戦局を読み解く。
〔攻撃不能2機と残存3機を優先破壊! 一機あたり5名でかかれ〕
字田の操る蜘蛛型子機体が自爆機能を有している事がわかった以上、最も恐れるべきは接近されての自爆だ。言わば攻撃対象が〝移動する地雷〟と化した事になるのだ。
その状況をグラウザーも理解していた。不安を感じ妻木に問いかけようとする。妻木も、振り向くその視線を察したが、グラウザーが声を発するよりも早く、妻木はこう述べたのだ。
〔〝アレ〟は仲間たちに委ねろ。伊達に〝ヤタガラス〟の名を背負っていない。そして――〕
妻木はあらためてプラズマライフルのブラックパイソンを構え直す。
〔我々はあいつを攻め続ける! やつは意識をタイムスライスして時分割制御してるが、それでも人間であり正脳である以上、コントロールには限界がある! 起爆操作に意識を向けさせるな!〕
一気呵成に語る彼の言葉にグラウザーもうなづかざるを得なかった。
〔了解!〕
〔行くぞ! 接近して2方向から圧力をかける!〕
妻木の言葉にグラウザーはいつしか、その下す指示を素直に受け入れつつあった。
所轄の特攻装警と、武装制圧部隊の総隊長格――、さらにはアンドロイドと人間というあまりに違う立場の二人であったが、妻木はその違いすら意に介させぬほどの決断力と指導力を発揮してみせた。
背後では妻木の指示を受けて、ヤタガラスの隊員たちがすでに自爆の可能性を有した蜘蛛型子機体への対処を開始していた。遠距離攻撃を主体とした行動体制に再編成、敵の脚部を破壊、移動力を削ぐ作戦へと転じたのである。
ならばそれに対して、こちらがとるべき行動は、11に時分割した意識を制御しきれないほどに攻撃圧力を加える事なのだ。
――すごい――
グラウザーはその胸のうちに、この妻木と言う人物が宿した『才能』と『指導力』と、そして『カリスマ』の価値を感じずには居られなかった。
――これが〝総大隊長〟と言うものなのか――
グラウザーは理解しつつあった。
大久保主任のような〝開発者〟とも違う、
今井課長のような〝管理者〟とも違う、
朝研一刑事のような〝教育者〟とも違う、
大組織を束ね、的確に指示し、全体の行動を掌握しコントロールする――
言わば『〝群れ〟である集団を一つの方向へと導く才能と責任を有するもの』それが〝指導者〟と言う物なのである。
グラウザーは知っていた。己がまだ未熟な存在であると言うことに。独り立ちにはまだまだほど遠いということも。
ならばこれは僥倖だ。
今、この困難な局面で、この【妻木哲郎】と言う人物に出会い、そして彼の導きを得られたという事に。
今は雑念を払い、この勇猛なる指導者に己を委ねるのみである。
〔妻木さん! 近接戦闘に移行します! こちらから見て右舷から僕が行きます!〕
グラウザーが発した決断の声、それを耳にして妻木も即断する。
〔左舷C.Q.C.は引き受けた! 一気に落とすぞ!〕
C.Q.C.――Close Quarters Combatの略称。現代軍事戦闘において攻撃対象により接近した状態での近接白兵格闘戦闘の事を意味する。今から100年以上前、イギリス海兵隊員だったウィリアム・E・フェアバーンにより創始された近代軍事白兵戦闘技法である。
その時、グラウザーは微かに不安を感じていた。
最新鋭のプロテクタースーツを身にまとっているとは言え、生身の人間である妻木が、機械化された字田に叶うのだろうか? と言う疑念である。だが、グラウザーはそれをすぐに振り切った。
――信じよう、この人を――
そうだ。この局面において闘いの〝パートナー〟は紛れもなく彼――、妻木なのだから。
〔はいっ!〕
気合とともに一気呵成に二人は駆け出す。これこそ戦闘の最終局面――
二人の〝英雄〟は最後の闘いに突入したのである。
@ @ @
彼らが新たな戦いの局面を迎えていたそのすくそばで、煤けた建築物の頂から戦闘局面を眺めている人物が居た。
それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ――
「クラウン様」
――死の道化師・クラウンと。
彼に問いかけた者の姿は見えない。ただ、若い女性の張りのある理知的な声が響くのみだ。
「いかがなさいますか? 想定外です」
その〝想定外〟と言う言葉が妻木やヤタガラスの事を指しているのは明白だった。だがクラウンは動じることなく言い放った。その仮面はクリームがかったグレー、そこに青いアーチで目鼻が浮かんでいる。落ち着いた心理状態のようだ。
「かまいません。捨て置きなさい。許容範囲です」
「ですが――」
クラウンへと語りかける者の声は不満げだ。だがクラウンは言う。
「シータ、あなたの目は節穴ですか?」
語るクラウンの表情は変わらない。ただ淡々と述べるのみだ。
「少なくとも〝彼〟は、我々がプレヤデスクラスターズを旗揚げする以前から、この警察組織と言う機構の中で犯罪の矢面に立ち続けてきたのです。傷だらけになり、多くの仲間を失いつつも、それでも心折られずに〝ここ〟にたどり着いた――、長きに渡る努力の証として。そしてそれは彼らのプロ意識の為せる技です」
クラウンは目を細めながら告げる。
「――あれはその結果です。あれこそは国家臣民のために命を賭して戦う者! 己をストイックなまでに鍛え上げる者! まさにサムライ! 邪魔する? 追い出す? そんな無粋な! 〝醜悪な復讐マシーン〟に挑む〝正義の味方〟の危機的状況に駆けつける〝現代のサムライ〟――最高のシェチューションじゃ無いですか! アーーッ! ハハハハ!」
そして主人の言葉に、己の考えの浅さを姿なき従者は悟ったのだ。
「かしこまりました。仰せのままに」
「解れば結構――」
従者の言葉にクラウンは満足げに頷いていた。だが右手の人差し指を上へと指し示しながらなおも告げた。
「とは言え、彼らはこの国家が有する警察組織の極秘的存在です。まだその全てを曝すには早すぎる。シータ――」
姿なき従者の名はシータ、彼女はクラウンの求めに応えた。
「はい、すでに映像には局所的にスクランブルをかけています。まだ全てを明かしてはいません」
「結構、ならばシグネイチャー特定されない程度に公開なさい。フォーカスをぼかした上で、その戦いの経緯が分けるようにしなさい。そうすれば彼らの機密事項は守られつつも、その存在に対する認識は好意的な物となるでしょう」
クラウンは頷きながら続ける。
「〝メインステージ〟へと自らたどり着いた彼らへの我々からのせめてもの心ばかりのプライズです。素性と機能と秘密が全て露見してしまっては今後が不利になりますから」
「御意」
「ただし――」
クラウンは右手を下ろすと胸の前で両腕を組んだ。その顔は黒字に紫の目口が浮かんでいた。
「――その能力は見極めましょう。我々が望むモノに見合わねばなりません。当然、実力不足であったその時は――」
「心得ております。クラウン様」
「よろしい。では、我々は〝ショー〟を続けるのみです」
そしてクラウンは腕を解くと、その右手を高々と掲げた。
「この生死を賭けた命がけの闘いのショーを!」
クラウンはその仮面に不気味な笑みを浮かべたまま、グラウザーたちの闘いを見守り続けていたのである。
@ @ @
そして――、そこから少しばかり離れた荒れ地――
「グッ……ググッ! グウゥゥ――」
――一人の巨躯の持ち主が眠りから目覚めようとしていた。
それは『狂える拳魔』と呼ばれた男だ。
彼は今、幾重にも絡められた単分子ワイヤーにて戒められていた。そして先程からその戒めを解こうと全身の躯体に力を込め動き始めていた。
【 IDNAME:BELTCOUNE 】
【 インターナルフレーム独立機動システム 】
【 総括管理意識体『ブラックボックス』 】
【 インターナルフレームメインスパイン内部 】
【 分散型ナノマシンプロセッサー 】
【 全残存構造機能部分《駆動開始》 】
【 】
【 内蔵部動力系:再起動開始 】
【 6連パルス駆動核融合マイクロ炉心 】
【 #1/#3/#4 ⇒ 《炉心安定運転》 】
【 〔出力レベル:最大値の56%〕 】
【 同系統、安定動力供給スタート 】
【 内部人工筋肉系:駆動確保率43% 】
【 〔修復不能損傷:多大〕 】
【 】
【 第2中枢系〔状況判断ログ〕 】
【>現状況判断、身体拘束高レベル 】
【 ⇒ 要破壊 】
【 既存確認攻撃者:時系列経過認識 】
【 】
【 A体:主要攻撃者・装甲ボディ保有 】
【 別個体と戦闘継続中 】
【 ※新個体出現、連携行動確認 】
【 ★敵対可能性レベル高レベル 】
【 ⇒最優先排除機体 】
【 】
【 B体:補助攻撃者・非人間体・損傷確認 】
【 戦闘行動消失 】
【 存在確認要度・消失 】
【 ⇒排除対象から除外 】
【 】
【 C体:ネットワーク能力者 】
【 スキルレベル極めて高レベル 】
【 存在未確認 ⇒排除対象から除外 】
【 】
【 D体:ステルス能力保有サイボーグ歩兵 】
【 複数機体確認、総数未確認 】
【 存在機体数大幅減、残存数1機 】
【 A体との交戦を確認 】
【 ⇒排除基準判断・保留 】
【 】
【 >最優先攻撃対象をA体 ⇒基準継続 】
【 】
【 ■補足■ 】
【 新個体E群:9体を確認 】
【 自個体周囲の包囲を確認 】
【 敵対要素過大 ⇒ 排除最優先と判断 】
【 】
【 ――緊急アラート・発令―― 】
そして今、最終判断がくだされようとしていた。
【 身体拘束用単分子ワイヤーを強制切断開始 】
【 行動自由度高レベル確保次第戦闘再開 】
【 】
【 慣性質量制御系統・組織再現⇒残り32% 】
【 〔再現工程の遅延を確認〕 】
【 同系統完全再起動までの間 】
【 マニピュレータ残存機能による物理攻撃 】
【 】
【 総合判断: 】
【 >機体状況を度外視し戦闘行動を緊急再開 】
【 】
【 補助判断: 】
【 >A体排除の要度低下 】
【 E群による包囲網排除を最優先 】
【 包囲を突破後、再度、行動判断 】
【 】
【 終了条件: 】
【 >E群撃破、及び、全破壊 】
【 >A体撃破、及び、全破壊 】
【 >活動限界到達まで現周囲区画での 】
【 破壊活動継続 】
【 】
【 ―行動開始― 】
それは悪魔の宣告だった。
やつが――
狂える拳魔が、行動を再開したのだ。
もはや一刻の猶予もならなかったのである。
次回、
第2章サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市58
『決戦・第4世代《鴉》』
2月8日夜9時更新予定です!