第3話 『4号ディアリオ』
■グラウザーシリーズ 第0章第3話
3人目の特攻装警が登場します
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横浜のベイブリッジを走りながらセンチュリーはアトラスに声をかける。
〔兄貴〕
〔なんだ?〕
〔やっこさん、密上陸のアプローチはやっぱり海からだよな?〕
〔当然だ。船舶を使った密上陸以外は考えられん〕
〔そうか――〕
兄の言葉に、センチュリーは何か思いついたようだ。その視線の先には月光が水面に輝く東京湾がある。彼はその東京湾の洋上を行き交う船舶の群れを一瞥する。
〔ちょいと調べてみるか〕
そして、それらの船舶の存在を確認しながらも、彼はその意識をネットワーク回線へと接続するとコンピュータへのコマンドのようにメッセージを唱え始める。
〔センチュリーより、日本警察データベースへ――、アクセスを開始する〕
同時刻、神奈川県警管理下の湾岸エリアから、警察庁が統括する日本警察のデータベースへとアクセスが始まった。ネットワークプロトコルが起動し回線が接続され、そこに繋がろうとする者の名を要求する。
【 日本警察ネットワーク 】
【 データベースシステム 】
【 】
【 ――アクセスエントリー―― 】
【 】
【 >所属:警視庁生活安全部、少年犯罪課 】
【 >階級:特攻装警第3号機 】
【 >ID:APO-XJ-C001 】
【 >氏名:センチュリー 】
データベースシステムはアクセスする者の名を確認すると、セキュリティのための電子キーを要求する。
【>電子キーファイル確認、アクセス承認 】
【>以後音声命令によるデータベース操作開始 】
これで彼――センチュリーと日本警察が有する巨大なネットワークシステムとの接続は成った。彼は接続を保ったまま任務のために必要なデータ検索を開始した。
【 東京湾における船舶航行状況を 】
【 リアルタイム情報 】
【 全船舶情報をこちらの視覚に多重表示 】
彼は今、この東京湾に行き交う船舶すべての情報を己の視覚の中に見ていた。
東京湾上のすべての船舶の識別名と所在位置を把握すると、自分の目に見えている全ての船舶の名前を判断して視界内の船舶に重ねあわせて多重表示させる。
【 多重表示成功確認 】
【 続いて、国際線航行船舶をマーキング 】
【 出発地と航路、及び運行会社を捕捉表示 】
センチュリーの視界の中、数隻の大型船舶がマーキングされる。その船舶がどこから来たモノなのかただそれだけでは不審船を特定するには情報不足だ。
「とりあえず、ヤバそうなのを〝勘〟で総当りするしかないか」
そうつぶやくとオートバイを走らせたまま眼下の船舶を見極め始めた。
〔何か見つかったか?〕
アトラスが問いかけてくる。センチュリーはその兄に自らが調べている船舶データの情報をバイパスさせながら説明する。
〔不審船舶の洗い出しだ。何か参考になればと思ったんだが絞りきれねぇ〕
〔情報の洗い出しか――、お前にできるのか?〕
アトラスはセンチュリーに自信の程を確かめたわけではない。これからの捜査活動をする上で無駄な作業にならないのか? と言う事を問いただしているのだ。そもそも、センチュリーは情報捜査案件に強いわけではない。対人白兵戦闘に特化した実働戦闘に向いた機体でもあるのだ。
〔100%の自信はないが、足りない部分は勘で絞るしかねーだろ?〕
〔勘が外れたではこまるんだがな? まぁいい。俺も協力する、データを回せ〕
〔オッケー、検索情報を共有させる。データパスを送るから使ってくれ〕
〔了解〕
そして、ネットワーク上にこれから行う任務について宣言した。
〔こちら特攻装警3号機・センチュリー、捜査協力者は特攻装警1号・アトラス。現時刻0010、これより特定密航者追跡における不審船舶情報追跡を開始する〕
宣言は警視庁のデータベースに記録され、のちに作ることになる捜査調書の重要なデータとなる。
しかるのちにセンチュリーはアトラスに、自らが調べた検索結果へと繋がるデータのアクセスをアトラスへと送った。
アトラスがそれを受け取り、2人で慣れない大量データの洗い出しを行いながらベイブリッジから抜けていく。アトラスのダッジが先を進む中、センチュリーはその視界の中で、眼下の東京湾上を行き交う船舶をつぶさに観察し続けていた。
するとその時、明朗で理知的なはっきりとした声がネット越しに聞こえてきた。
〔センチュリー兄さん!〕
センチュリーの体内回線にアクセスしてくる者がある。聞き慣れたその生真面目そうな声の主は特攻装警第4号機、情報機動隊のディアリオだ。
〔ディアリオか? どうした! お前、自分の方の仕事はいいのか?〕
〔大丈夫です。担当していた案件は昨日のうちに処理しました。それより、アトラス兄さんから聞いてますよね? 今夜の案件〕
〔あぁ、これから兄貴と一緒に突入する〕
〔その件は私も基礎調査で携わってます。兄さんたちの視覚を私の方へ回してください! データ照合を行って適時サポートします〕
〔遠隔支援ってやつか? すまねぇな助かるぜ!〕
〔任せて下さい! それと、神奈川の武装警官部隊の詰め所に向かっていつでも出動できるように交渉しておきます〕
〔分かった!〕
〔それではご武運をお祈りします! では――〕
ディアリオはそう告げると音声通話を切った。それと同時にディアリオの側からネットアクセスが行われてセンチュリーの視覚へと侵入してくる。それまでは警視庁本庁のデータシステムから情報を引き出しているだけだったが、それに情報処理のエキスパートであるディアリオが加わったことで、処理されるデータの量と質が一気に向上した。
センチュリーとアトラスの視界の中、ディアリオが行っているであろうデータ処理にまつわるインフォメーションが新たに加わってくる。
【 海上保安庁東京湾航行船舶情報システム 】
【 『マーチス』へアクセス 】
【 全航行船舶情報開示 】
【 衛星監視リアルタイム画像インポーズ 】
【 データマッピングスタート 】
東京湾を行き交う船舶の数は大小合わせて600隻余りを超える。ディアリオはそれら全てを、この数日間の過去のデーターから合わせて探り始めた。
すべての船舶の航行軌跡を洗い出し、さらには不審な動きをしている船舶や、南本牧ふ頭へ立ち寄った船舶を全てリストアップする。
【 東京神奈川湾岸、全物流拠点リストアップ 】
【 東京湾全税関、通関情報サーチ 】
それらの不審船舶が関連している物流業者や税関の通関情報までも探りだす。
情報は刻々と絞りこまれ、それはいくつかの不審データを即座に洗い出していた。
【 重要不審データ、リストアップ 】
【 南本牧ふ頭コンテナターミナル 】
【 データベース検索開始 】
【 コンテナ管理番号――……‥‥ 】
【 捜査対象コンテナ、合計3基該当 】
アトラスとセンチュリーが横浜の湾岸高速道路をひた走る間にディアリオは即座に重要データの洗い出しを完了させていた。
〔兄貴――〕
〔なんだ?〕
〔ディアリオのヤツ、相変わらずすげぇな〕
〔あぁ、ネットワーク上の犯罪に対してはあいつに叶う奴は日本警察の中には居ない〕
アトラスもセンチュリーも、ディアリオの持つ情報探知能力の凄まじさに舌を巻かざるをえない。その驚きを胸の中にしまいつつ、アトラスはディアリオに問うた。
〔ディアリオ、この3つのコンテナをマークした理由はなんだ?〕
当然の問いだった。ディアリオはその答えを冷静に整然と答えてみせる。
〔はい、経由地履歴を洗った際に、この3つのコンテナは神戸のコンテナターミナルで税関を通過した履歴が残っています〕
〔神戸?〕
〔そうです。ですが、その神戸からこの横浜まで移動実績を示す証拠となるデータがありません〕
〔あ? なんだそりゃ?〕
当然の疑問だ。やや間の抜けた声でセンチュリーが尋ねれば、ディアリオはさらに応え続ける。
〔国内の貨物物流データすべてを洗いましたが、このコンテナの識別番号が〝妥当な移動ルート〟として移動した実績データがでてきませんでした。出てきた移動実績データはすべて偽装でした〕
〔つまり、神戸に荷降ろししたと見せかけて、別なコンテナとデータを入れ替えてこの横浜に荷降ろしした――と言うわけか〕
〔そう考えて間違いありません〕
〔時間稼ぎの小細工か――、ってぇことは、貨物物流のシステムにも偽装工作が出来る背後が居るってことだな〕
〔だろうな、センチュリー。今回の案件に緋色会が絡んでいる以上、それぐらいはやってのけるだろう〕
〔偽装工作の件は、別途私が追跡しておきます。それとこの周辺のすべての監視カメラ映像を探知します〕
〔あぁ、頼む〕
ディアリオの提案にアトラスが頷けば、ディアリオは間髪置かずに作業を始めた。
【 南本牧周辺、路上監視カメラ、 】
【 及び、私有地監視カメラ、全アクセス開始 】
同時に捜査対象エリアとなる街区に設けられた、あらゆる種の監視カメラの映像が同時に映しだされはじめる。事件に無縁そうな映像は順次省かれていき、最終的に20程の映像が残る。
その中の幾つかに映る人影――、それにセンチュリーは見覚えがあった。
〔ディアリオ! ナンバー5と7と15! それに映る人物像を検索してくれ!〕
ディアリオはセンチュリーの求めに応じた。
そもそもディアリオは、情報犯罪捜査に特化した特攻装警だ。メインとなる頭脳の他に、体内に5基の情報処理専用のサブプロセッサーを持っている。複数同時にデータを操ることなど造作でもない。さらには警視庁の権限をフルに活用して日本国内のあらゆるデータベースや情報源にも侵入可能である。
【 当該画像解析、人物シルエット抽出 】
【 輪郭及び外見特徴シンボル化 】
【 日本警察犯罪者データベースアクセス開始 】
【 抽出画像データ 】
【 犯罪者データベースと高速照合スタート 】
センチュリーに指摘された撮影画像をサンプリングし、対象となる人物像の特徴を抽出。
それを瞬く間にデータベースの検索にかける。
検索開始から、その結果が出るまでわずか3秒、恐るべき速さである。
【データ照合完了・当該人物データ、3件 】
【#1 本名:不明 】
【 通称名:黒竜[ハイロン] 】
【 所属組織:広域武装暴走族スネイルドラゴン】
【 補足:スネイルドラゴン主要幹部 】
【 中枢組織構成員の疑いあり】
【#2 本名:葛城 遊馬 】
【 通称名:バジリスク 】
【 所属組織:広域武装暴走族スネイルドラゴン】
【 補足:スネイルドラゴン主要幹部 】
【 実働戦闘部隊構成員との確認あり】
【 傷害・傷害致死で前科あり 】
【#3 本名:不明 】
【 通称名:ジズ 】
【 所属組織:広域武装暴走族スネイルドラゴン】
【 補足:スネイルドラゴン主要幹部 】
【 女性、実動戦闘部隊構成員 】
【 殺人事件5件で関与 】
【 重要参考人として手配中 】
【 】
【他1名、本日横浜福富町管内で発生した 】
【 戦闘行為案件で目撃情報あり】
リストアップされたのは3名+1名、その名を目にしてセンチュリーの表情が険しくなる。
「兄貴!」
「どうした?」
センチュリーの怒鳴る声にアトラスは驚かざるをえない。
「急ごう! オレたちが考えてる以上にヤバイぜ!」
「どういう事だ? はっきり説明しろ」
センチュリーの直感は事態が最悪の状態へと向かっていると感じている。その感覚が焦りを呼び起こすのだ。だが興奮状態のセンチュリーとは反対にアトラスは冷静だった。センチュリーも落ち着かざるをえない。
「今回の件で動いているのが武装暴走族の下部組織だなんて見込み違いだ! スネイルドラゴンは緋色会直下の危険度S級の超武闘派だ! 俺がさっき神奈川県警に預けた一件で出てきた武装サイボーグも出てきてる!」
「スネイルドラゴン? 東京神奈川湾岸一帯を拠点にする広域組織か?!」
「あぁ! あの頭と顔に黒い龍を彫り込んでるハイロンは俺が今追っている重要参考人だ! 忘れるはずがねえ!」
「大物だな。しかし何故だ? ――いや待て」
アトラスは会話を静止する。するとディアリオが中継している映像に変化が現れた。武装暴走族の幹部たちとそれらの取り巻きたちが、数人の若者たちを引きずり出している。そして、逃げ場を断つように取り囲み始めた。それを見てセンチュリーは何かに気付いた。
「あれは? スネイルのメンバーじゃ無いな? 俺が取り逃がしたマッドドッグの2人も居るじゃねーか!?」
「ただ、逃がしたわけじゃ無いようだな」
センチュリーが、その画像に写っている光景が何を意味しているのか分からないはずが無い。ハンドルのグリップをより強く握り締めてしまう。
「そう言うことか! 情報をリークしてしまった末端構成員を回収して処分するつもりか!」
つまりは仲間を逃がそうとしたのではなく、逃走を支援したと見せかけて捕えて密殺する腹づもりだったのだ。アトラスは告げる。
「恐らく初めからそう言う指令パターンを織り込み済みだったんだろう。それと同時に、来賓のお出迎えも代行する気だ」
それでセンチュリーも合点がいった。末端の構成員にしては武装サイボーグの戦闘力があまりに高すぎたのだ。おそらくはスネイルドラゴン本隊からの極秘監視役だったのだ。
映像がさらに変化した。怯えて許しを請うている末端構成員の一人をバジリスクと呼ばれる男が引きずり出している。暴れて逃れようとしてるが、バジリスクのその拳で何度も殴られ制裁を加えられていた。
そして、別アングルを写しているカメラ映像にはさらに赦し難い光景が映し出されようとしていた。
別な男が髪の毛を捕まれ引きずられて、地面にうつ伏せに放り出されようとしていた。
「やべえ!」
その映像を見て叫ばざるをえない。ジズと呼ばれる女が進み出て右腕を振り回す。すると目に見えないギロチンでも落ちてきたかのように鮮血があたりに飛び散ったのだ。
「何故殺す?! あいつ殺されるような事はやっちゃいねえぞ!」
センチュリーの叫びを耳にしてもアトラスは沈黙していた。ほんの数秒、沈黙を守ったが、不意にダッジのアクセルを全開に踏み込んだ。
――ギュギュギュギュ!――
ダッジのホイールが白煙を上げてすさまじい加速を生み出していた。同時に、アトラスの叫びが届いてくる。
「飛ばすぞ!」
「当たり前だ!」
二人の駆る車輌が怒りとともにサイレンとパトランプを作動させた。二人は制限速度を超え一気に南本牧の現場へと駆け抜けていく。たとえ容疑者であろうと軽んじていい人命など無い。二人の怒りは警察に関わるの者として純粋な怒りである。
@ @ @
「たっ、たた――、助けて――」
深夜の港に微かに響くのはその男の奇妙なまでに引き攣った声だ。だがその声に同情するような者は誰もいない。その男を取り囲むように4人の特異なシルエットの男女が立ちはだかっている。
その彼らに取り囲まれて退路を塞がれている男たちが数人居た。すでに陰惨な仕置をたっぷりと加えられたあとであり、一人として血を流していない者は居なかった。
その一人一人を確かめるかのように、若い女性のハスキーな声で呼びだされていく。
「ベイサイド・マッドドッグ、サブリーダー・松浜稔」
僅かな赦しと救いのチャンスを求めて呻くように声を発していたのはこの男だった。
「同じく、メンバー・平戸一樹」
松浜の隣で蒼白な表情で言葉を失っているのは彼だ。
「それと――、他に2人ばかり居たけどポリにパクられたんだって? あと、組織離脱を企てて足抜けしようと画策していた者が5人」
他にもこの場に連行されてきた男が5名。奇しくもいずれもが連行されてきた理由は同じであった。
その若者たちからは、立ちはだかる4人の者たちのシルエットがくっきりと浮かび上がっている。しかし声だけが響いて闇夜の中では素顔を見る事すらできない。そしてハスキーボイスの女は尚も彼らに酷薄そうに問いかけていた。
「それでさぁ。ベイサイド・マッドドッグのお二人さん、アンタたち余計なこと漏らしたわよねぇ?」
「―――」
松浜は声を詰まらせ答えを返せないでいる。イエスともノーとも答えられない状況下で、命を永らえる術を探していたが、それは到底見つかりそうに無い。
月下の薄明かりの中で、紫色の髪の毛のその女は静かに歩み始める。そしてその細い指先を獲物を追い詰める女郎蜘蛛の足先のように松浜の首筋に這わせている。その彼女の指先は白銀のシルバーメタリック。マニキュア代わりに指先に紫色に光るLEDチップが埋め込まれていた。だがその紫色は唐突に赤色に変わる。
「答えたくないならそれでいいわ。アンタたちみたいな間抜けのお返事なんてアタシたち期待してないシィ! アハ、アハハハ!」
いささか正気を疑うような甲高い笑い声を響かせながら、その右手の指先を下から上へと振り回す。するとその指先の延長線をなぞるかのように、松永の右頬が鮮血を溢れさせて引き裂かれた。そこにはナイフもメスもない。その女は指先の動きだけで相手の肉体を裂いたのだ。
「ひぃっ! ギャアアア!!」
大きく裂けてしまった右頬を両手で押さえながら松永がのたうち回る。その有様を彼らを取り囲んでいる4人たちは冷ややかに見下ろしていた。そしてその白銀の腕を持つその女は退屈そうに告げた。
「ねぇ? 殺っちゃっていい?」
問いかける相手は彼女の右隣に佇んでいた。スーツ姿にスキンヘッドのシルエットが闇夜に浮かんでいる。
「好きにしろ。ただし一人だけだ」
「えー、一人ぃ?」
「あとで好きなだけ殺らせてやる」
「なにさハイロンったら、そうやっていつもお預けするクセにぃ」
「言ってろ。あとで目一杯可愛がってやるよ」
スキンヘッドにシルエットの男は女を宥めるように言葉をかける。だが女はそれを鼻で笑うと一笑に付した。
「嘘ばっか! だってアンタ――」
ジリッジリッと足元の砂混じりのコンクリートを踏み鳴らしながら両腕と同じく白銀に鈍く光る細身の両脚が前へと進んでいく。ぶつくさと不満を口にする女は不安定な感情を隠そうともせず苛立ちを理不尽な怒りへと変換した。
「アタシよりも太めの女がお気にじゃねえかよ!」
のたうち回るその男に近づくと左手を伸ばしてその頭の毛を鷲掴みにする。そして、その細いシルエットからは想像できないような力を露わにして、その男の体を引きずり回したのだ。
力のままに引きずり振り回し、反対の方へとほおり投げると指先を赤く光らせた右手をた高く振り上げた。そして、その次に起こったのは一人の男にもたらされた断末魔の瞬間であある。
――ヒュォッ!――
かすかな風切音が鳴った。それは軽やかと言うには不似合いなほどに殺伐とした音だった。そして風切音と同時に、一人の男の命は断頭台の梅雨と消えるがごとくに、鮮血を撒き散らして無残にも刈り取られて絶命したのである。
一瞬にして事切れて動かなくなった骸に向けてその女はこう吐き捨てたのだ。
「男のくせにギャンギャン喚いてんじゃねえよ!」
女はその一人の男の命だけでは物足りないのか、右手の指先を確かめるように弄びながら、スキンヘッドの男の元へと歩み寄っていく。そしてスキンヘッドの彼に抱き縋る様に体を寄せながら彼の耳元でささやく。
「まずは一人目」
男に首に両手を絡め、その細身の体を絡み付けるように抱きついていく。その腰の動きは体の芯から湧いてくる興奮と欲情を押さえきれないかのように情熱的であり、それはさながら殺意と愛欲の興奮を区別できていないニンフォマニアであるかのようだ。
スキンヘッドの男はそんな彼女の腰に手を回し抱き寄せながら労いの言葉をかけてやる。
「上出来だ。じきに残りのガキ共も殺らせてやるよ。何事も段取りってのがあるからな。それまで待ってろ。なにしろ〝あいつら〟が来るからな」
その男のつぶやきは、その場に居合わせた者たちの耳に届いていた。新たに現れる者――、それが誰であるかは誰の目にも明らかだ。スキンヘッドの男が言う。
「それまで〝こいつら〟と遊んでろ」
男に言われて、女は残りの囚われの者たちの所へと向きを変える。静かにゆっくりと、それでいて、歩き出したあとの足取りははっきりしている。内なる衝動と欲求を抑えられないかのように女は男へと返事を返す。
「あいよ、言われなくてもそうするよ。待ち時間が退屈でさ」
「じきに退屈しなくなる」
「期待してるよ――」
女はふと歩みを止めて肩越しに視線を送ってその男の名を呼ぶ。
ふいに洋上の方から一隻の小型船舶からのサーチライトの光が投げかけられた。その光が浮かび上がらせたもの――
「ハイロン」
――それはスキンヘッドの頭部と顔面の片側に、のたうつ黒い龍のタトゥーを彫り込んだ異様なルックスの男の姿だった。彼の名は『ハイロン』――黒い龍の名を持つ闇の世界の住人である。
そのハイロンの視線は、まだ彼方のベイブリッジのある方角を向いている。その地から此処へと来るであろう〝彼ら〟の来訪を、彼は彼なりの最大の〝礼〟を持って待ちわびていたのである。
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