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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第5部『死闘編』
137/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part52『死闘・――声――〝結節点〟』

運命は交錯しそして再びそれぞれの未知へと向かう


第2章

サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市52『死闘・――声――〝結節点〟』


スタートです


 戦況は進む。

 ベルトコーネを中心として進んできた状況は、静かなる男たちや、黒い盤古や、見知らぬ第3者の介入により、より混迷を深めていった。

 だが、そのもつれて絡み合った悪意の糸を、一つ、また一つと、善意を捨てない者たちが集まることにより、着々とほどきつつあった。

 そして、また一つ、もつれた糸が解けた。だがその先にはまだもう一つ、絡んだ糸がある。

 

――醜悪なる殺戮のトラップ――


 それがある限り、事態の解決はありえない。ならば――だれがそれを除去できるのであろうか?

 戦いに関われる人数には限界があった。

 なぜなら、善意を持つ者たちも大勢居たが、悪意のもとに動く者たちも数えきれなかったからである。

 さらに間の悪いことに、そのトラップの存在に気づいているものはごく僅かである。

 

 今、ここでも、ギリギリの戦いが継続されて居たのである。

 


 @     @     @



「えっ?」


 その光景にいささか間抜けな声を漏らしたのは、情報戦特化小隊の隊員の1人、第1小隊の〝亀中〟である。

 身長は150程度で決して大きいとは言えない。だがこの体の小柄さを逆に利用して、現場にて目立たないようにして作業を手早く淡々と進める。そう言うタイプの技術系の人間である。見てくれから言っても決して戦闘に向いているとは思えない。だからこそだろう。蒼紫のような人物とコンビを組むことで任務を効率よく進めていたのではないだろうか。

 情報戦特化小隊特有の黒い防護服と盤古標準のプロテクター、電子ゴーグル装備のヘルメットとフェイスマスクをかぶり、背面にはバックパックを、そして、全身の各部にポケットに各種装備品を収めていた。だがナイフや銃器のような攻撃的な装備は有していない。肉体的に大掛かりな重サイボーグとも思えない。一見すれば制圧のしやすそうな男である。

 すでに固定式のトラップの敷設を完了している。それを屋外用の防水防塵仕様の屋外用小型スマートパッドを用いて最終セッティングを進めていた亀中だったが、背後はるかから聴こえてきた悲鳴に思わず手が止まった。

 そして、背後を振り返れば、そこに見たものに驚愕を覚えずには居られなかった。

 

「あ、(あお)?」


 かつてのパートナーの名を呟く。それはシグマの持つ強靭な牙の前に敗北した者の名でもあった。

 

「な、何やってんだよ――」


 襲われている。仲間が襲われている。襲撃者のシルエットは人間ではない。狼である。しかも人為的な機械の体で重武装を施された総金属製の狼だ。それが絶対的な驚異になるであろうと言う事は誰の目にも明らかである。

 

「つか、なんであんなもんが居るんだよ? くっ、クソっ! もうちょっと、もうちょっとだってのに!」


 突然の事態と伝わってくる恐怖感――、それを感じて亀中は早くも怯えを顕にしていた。だが――

 

「こっちに来る前に、セッティングを――」


 屋外用小型スマートパッドを慌てて操作する。敷設済みのトラップの有効作動エリアを事前指定する作業だ。対象となるのはこの洋上スラムのみ。できれば詳細なエリア設定をしてから作動させたかった。だが、事ここに至ってはそうも言ってられない。

 背後からひたひたと3体の〝狼〟を従えて、一人の少女が歩み寄ってきているのだ。

 

「ねぇ、あなた――」


 そのピンク色のルックスの少女――トリーが声を掛ける。亀中は怯えるように肩越しに視線を向ける。当然ながら亀中は答えない。トリーの気配と言動に注意をはらいながらも粛々と作業を進める。それと当時に、亀中はそのルックスから推察されるように意志が弱く臆病で警戒心の強い男である。当然ながら――

 

「ガードサテライト起動」


――身を護る事については病的なまでに素早かったのである。


 音声操作で装備を起動する。背部のバックパックの最下面から十数個の球体が飛び出てくる。そしてそれは絶妙に位置関係を保ちながら亀中の周囲に円筒形のフォーメーションを組む。球体の下側から電磁気の柱が伸びる。それはかつて黒竜(ハイロン)やエリオットが使用した指向性電磁場に似ている。地面との電磁気効果で浮上しているかのようだ。

 そしてそれらの球体の群れは雷撃の網を形作り、瞬く間に亀中をその内部へと保護してしまう。逃走や反撃には向いていないが、あくまでも身を護るためとするならば効果的と言えた。

 そしてそのガードサテライトに囲まれながら亀中は作業を進める。小隊長である字田から『設置しろ』と厳命されたあの不穏な殺戮装置を正確に設置するためにである。

 

 コミニケーションの拒絶、そして何者よりも強い警戒と怯え――トリーはその姿にある〝違和感〟を覚えていた。

 

「違う、この人は他の黒い兵隊たちと違う――」


 そうつぶやくとトリーの足元で唸り声を上げる重戦闘体のシグマをそっと制止する。右掌を指し示すとシグマが敵意とともに攻撃の意図を表すのを禁じたのだ。

 

「おやめ。元にお戻り」


 その言葉で速やかにシグマは元の狼の姿へと戻る。彼らはあくまでも指導者の〝許し〟が無いと攻撃をする事ができないのだ。

 そしてトリーは彼女のもとに集まってきた東京アバディーン中の生物たちを下がらせる。トリーは一度、亀中の怯えをやわらげる事を優先させた。

 

「攻撃は辞めさせたわ。お願い、話を聞いて」


 争いの喧騒と轟音が響く中――、穏やかながら抑揚の効いたトリーの声は凛と響く。それは亀中が抱く頑なな怯えをほぐすかのように彼の心に届いたのだった。

 

「な、なんだよ」


 それは到底、好意を持たれているとは言えない言葉だった。無理はない。彼の同僚はすでに食い殺されたのだから。だが彼の怯えの理由はそれが根本ではなかったのだ。だが亀中を振り向かせることには成功した。対話の緒を掴むのは成功したのだ。

 トリーは亀中に問いかける。

 

「私はトリー、あなたは?」


 一瞬、亀中の作業の手が止まる。敵意のなさと自らの名を名乗る奇妙に彼の視線はトリーの方を向く。

 

「な、何言ってんだよ」

「わたしは名乗ったわ。あなたの名前を教えて」


 特殊武装の有効作動エリアの指定作業をしていた亀中だったが、攻撃的な鋭さも、高圧的な威圧感もないナチュラルなトリーのメッセージを無視する事ができなくなっていた。亀中は口を開く。それが隊規に触れると知りつつも。

 

「か、亀中――」


 それ以上は言えない。なぜなら――

 

「ありがとう、それで十分だよ。だって――」


 トリーはその場にシグマたちを待機させると単独で亀中の張り巡らせたガードサテライトの雷の網へと近寄っていく。そして直ぐ側まで歩み寄りこう告げたのだ。

 

「あなた、それ以上明かせば殺されてしまうんでしょう?」


 特殊装備を操作する耐震仕様のスマートパッドを持つ手が震えている。震える理由は2つあった。

 

「な、なんで知ってるんだよ?」


 眼の前のピンク色のシルエットの少女が情報戦特化小隊の固有規律を知っている事への驚き、そして彼へと常に粛清の恐怖を与えようとしている絶対者への畏れからであった。

 

「か、かんべんしてくれよ。これをこれをやらないと殺られるんだよ」


 震えながらも作業を進める。その亀中にトリーはさらに畳み掛けた。

 

「あなたではなく。あなたのお父さんとお母さんが殺されてしまうんでしょう?」


 亀中の体の震えが更に増す。もはやもう、トリーがなぜ亀中が抱えている秘密を言い当てられるのか? と言う根本的な問題には関心が向かなくなっていた。反論もできない。逃走もできない。だが――

 

「ほんとに勘弁してくれよ! やらないと本当に殺されるんだよ! オヤジとおふくろが! あのイカれた隊長ならやりかねないんだよ!」


――亀中は叫んだ。ついにその作業の手を止めてしまったのである。


 トリーは亀中に向き直ると新たに亀中の心に向き直る決心をした。それは彼女の背負う字名そのものでもある。

 彼女の名は〝トリー〟

 またの名を〝話し合うトリー〟

 声が、そして言葉が、彼女の能力であり武器だったのである。

 トリーは亀中をじっと見つめながら告げる。

 

「あなた〝虐められて〟きたのね。小さい頃からずっと――、どこに行っても、どんな集団に所属しても」


 呆然と佇みながら亀中はトリーの方を見つめる。それはトリーのもたらす言葉の先を求めているかのようだ。

 

「幼い頃に些細なことからのけものにされて、それ以来ずっと人と向き合うことが怖くて仕方なかった。だが怖いからこそ、その怯えと恐れが他人との新たなつながりを邪魔する。学校でも、警察の養成機関に入っても、配属先でも――、怖がり続けるあなたは誰からも排除された。そしてあなたは心を閉ざした。ネットと電脳技術だけを心の拠り所にして――、皮肉にもそれがあなたの新たな居場所を作り上げた。あなたは電脳犯罪のエキスパートとしての地位を得たのよ」


 亀中は再び視線をそらした。それはトリーの語る言葉が事実である事を証明していた。だがトリーは続ける。

 

「でもそんな幸せは続かない。あなた自身が犯罪被害にあい、指を失う怪我をする。自分の居場所を作り上げくれた拠り所も失われてしまう。そしてそこであなたは出会う。今のあなたを縛る〝絶対者〟に!」


 亀中の体が震える。思わず小さく言葉を漏らす。

 

「やめろよ――」


 だがトリーは続けた。

 

「あなたは言われた! お前の世界を取り戻してやると! その諫言をあなたは信じて、今の組織に足を踏み入れた。でもそれは嘘だった!!」

 

 亀中はついにスマートパッドを落としてしまう。そして忌まわしい過去を振り払うように両手で頭を抱えたのだ。

 

「やめろぉ!」

「組織の中であなたを待っていたのは虐待と監視と脅迫の地獄だった! 絶対者はあなたの電脳スキルが便利だっただけ! あなたという1人の人格はどうでも良かったのよ! 私が倒したさっきの男もパートナーと言う立場を装った監視者に過ぎない! 脱走を試みたあなたを捕らえると絶対者は言った! 次に逃げれば〝お前の家族〟を殺すと!」

「ああぁぁあああ!」


 叫びが上がる。うずくまるように地面に伏せた亀中はそのまま動かなくなる。

 それはまるで〝サトリの化物〟に心を読まれて身動きができなくなったかのようである。

 

「だからあなたは、ここからも逃げられない! どんなに残酷で恐ろしい事をしようとしているかを知っていても! あなたは自分のしている事が過ちだと知っている! ねぇ? あなたは自分のしている事を胸を張ってお父さんとお母さんに自慢できるの? 他人に誇っていいって教えてあげれるの? 答えて!」


 それは鍵だった。亀中が自らの心の奥に封じた鍵だった。それを押し殺すことで今の己の境遇を受け入れ堪えてきたのである。だがそれはもはや無理だった。トリーが探り当てた〝心の鍵〟をみずから解き放ったのだ、

 

「誇れるわけ無いだろう!! こんなイカれた人殺しのオンパレード! 知られるわけに行くかよ! オヤジやおふくろに聞かせられるかよ! だから俺は――黙って言う事を聞いてだれにも知られないように隠れるしかなかったんだよ!」


 亀中の絶叫がひびく。そしてトリーは開いてしまった彼の心の鍵の修復を始めたのである。

 

「そうだよね。そうするしかないよね。だって――」


 トリーは膝を折り、しゃがみ込む。電磁波の稲光の網の中でうずくまる亀中に迫るようにそっと声をかける。

 

「いままでずっと、あなたを守って、理解して、いつか必ず報われる時が来るって信じてくれたのは、あなたのお父さんとお母さんだから」


 亀中はうずくまるのをやめた。抱えていた頭をあげると呆然としつつトリーの方へと向き直った。そんな亀中にトリーはそっと声をかけたのだ。

 

「好きなんでしょ? お父さんとお母さん、小さい頃から、大きくなっても、ずっと――」


 ゴーグルとフェイスマスクで素顔を隠していた亀中だったがトリーの言葉にはっきりと頷いた。そしてトリーは彼にこう求めたのだ。

 

「お願い、そのマスクを外して、この光の檻を解除して――そして――」


 一瞬の沈黙。トリーは亀中に力強く告げた。

 

「お父さんとお母さんに胸を張れる仕事をしようよ! 僕は正しいことをしたって言おうよ! まだ間に合うから!」


 その言葉は亀中にしっかりと届いていた。速やかに立ち上がると静かに呟く。

 

「ガードサテライト作動停止」


 そうつげると亀中の周囲に浮遊していた球体群が地面へと落ちていく。そして自らのフェイスマスクを外し、電子ゴーグルを額の方へとずらし、彼は素顔を見せた。まだ若く、幼さの残る風貌だった。素顔の亀中にトリーは言った。

 

「ありがとう」


 もたらされた感謝の言葉を聞くよりも前に、亀中の意中はすでに固まっていたのかもしれない。地面へ落とした耐震仕様スマートパッドを拾い上げるとその中を示しながらトリーへと語り始めたのだ。

 

「俺が敷設を進めていたのは大量殺戮用のナノマシン人造ウィルスの散布装填だ。作動後に最大で数キロ圏内に散布されて大量の人命を奪う。本来はテロ制圧の際の無力化無効化が使用目的なんだけどな」

「え? なんでそんな物を? あなたたち警察でしょ?」

「それはそうなんだけど――」


 亀中とトリーそこまで会話を続けていたときだった。

 

――ザリッ――


 何者かが地面の砂利を踏んでいた。それと同時にシグマたちが速やかにその足音の方へと走っていったのである。

 二人の視線がその方へと向いた時、2つの特徴的なシルエットがとらえられた。そのシルエットの片方が声をかけてきた。

   

「あのイカれた継ぎ接ぎ隊長ならやってのけますよ。何しろ、この世の犯罪の全てを憎んで憎んで憎みきって、壊れてしまった究極の〝馬鹿〟ですから。クククク――」


 耳障りな忍び笑いがひびく。そして物陰から全ての姿を現したその人物の名を、亀中は思わず口にしていた。

 

「ク、クラウン?」

 

 それはピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。

 赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼の名は――

 

「はい! 死の道化師とも呼び称されております。ご存知いただいて光栄です」


 クラウンはうやうやしく頭を垂れる。その傍らには三つ揃えのタキシード姿のイオタの姿もあった。イオタは自らの仲間であるシグマの姿を見て駆け出すと力なくぐったりとしているフィアの方へと駆け寄ったのだ。

 それをよそにクラウンは言葉を続ける。だが、その言葉は少しばかり冷淡であった。

 

「あなた、それを作動させればどんな結果に陥るのかわからないわけではないでしょう? それでもなお、なぜ設置して作動さたのですか?」


 当然の詰問に亀中は告げる。

 

「脅迫されたのは当然だけど、譲歩としてこの人工島の敷地のみと言う事で許しを得たんだ。そうでないと島の外部――東京湾の海上や周囲の本土まで影響が出かねない。それだけはどうしても譲れなかった。だから影響を最小限に留めるために精密設定を続けていたんだ」

「本土への影響ですか。まぁ、当然ですね。それで……」


 クラウンは亀中の顔をじっと見つめながらこう問いかける。


「あなたはそれをどうなさいますか?」


 重く響くような口調で真っ向から問いかけてくる。明らかにそれが亀中という男の覚悟と人間性を試しているのは明らかであった。だがそんなものは試すまでもなかった――


「大丈夫だよ、もう目は覚めてる」


――亀中はスマートパッドのスクリーンに表示されたコンソールを高速で操作し始めた。〝ナノマシンウイルス散布装置〟の作動プロセスを止め始めたのである。

 まだ、恐怖と怖れがすべて消え去ったわけではない。心の中にこびりついた澱のようなものが今なお彼の心と体を締め上げている。だがまさに彼は解き放たれたのだ。彼自身の〝本当の気持ち〟というものに。


「彼女が、トリーさんが気付かせてくれた。どんなに親父とお袋の命を守ったとしても――」


――ピッピッピッ――


 心地よい電子音が響く。トリーは亀中の顔をじっと見つめる。明らかに心の中に変化が起きたことが彼女の目から見てもはっきりとわかるのだ。

 亀中は力強く言い切った。


「――何千人何万人の命を犠牲にしてまで守ってあげたなんて、親父にもお袋にも言えるわけがないって! これ以上あの二人の顔をまともに見れないような惨めな生き方はやるべきじゃないって! やっとそう気づいた!」


【ナノマシン体、超高速散布装置       】

【>作動プロセス緊急停止          】

【完全終了、及び、             】

【      ナノマシン処分処理シークエンス】

【>実行準備開始――            】


 亀中はスマートパッドの画面に表示された操作結果をトリーやクラウンたちに見せつつ告げる。


「これで俺が〝最終個人認証〟を入力すればいい」


 亀中の決断と行動に拍手をしたのはクラウンである。


「ホッホッホ――、行動の理由がひどく個人的で矮小ではありますが、まあ合格でしょう。ねえ? プロセスのお嬢さん?」


 クラウンの顔には純白に水色のアーチで描かれた笑顔が浮かんでいる。それを見つめ返すトリーもまた静かな笑顔でクラウンに答えたのだ。


「ええ、彼の心の傷をこじ開けるのは少し苦しかったけど、彼ならきっと私の声を聞いてくれるとわかってた。なぜなら彼は〝絶対者〟の言葉に心酔も狂信も共感も、もちろん迎合もししていなかった。ただ心の拠り所である大切な家族を守りたい。それが見つかったから〝まだちゃんと話し合える〟そう思えたから私自身の〝声〟を届けたんです」


 そしてトリーは亀中の顔を見つめるとにこやかに笑いながらこう語りかけたのだ。


「ありがとう、ちゃんと聞いてくれて」


 その言葉に困惑しつつも亀中はこう答えた。


「礼を言うのは俺のほうさ。やっと自分の気持ちに素直になれた。今これを止める」


 そして、彼自身の決意を表すかのように、彼は最終個人認証のキーを入力し始めたのである。


【システム管理権限認証開始         】

【エントリー個人ネーム           】

【〔亀中優〕                】

【エントリーID              】

【〔APF―IEU1―00245〕     】

【個人認証パス・認証方法指定        】

【〔眼球虹彩/指紋認証併用〕        】

【>認証確認スタート            】


 亀中が作業を始める。

 その傍らでは、クラウンが、ピンク色のトリーに歩み寄り話しかけようとしていた。先に声を発したのはトリーの方である。


「クラウンさんですね?」


 そっと穏やかに問いかける。その柔らかな話し方にクラウンも警戒心を説いて同じように穏やかに話しかけた。


「はい、いかにも。そういうあなたはかの〝プロセス〟と名乗る方たちのお一人と推察しますが?」

「お察しのとおりです。わたしは〝トリー〟またの名を〝話し合うトリー〟と名乗っています」

「これはご丁寧に」


 柔和で棘のない言い回しにクラウンも満足気に頷く。クラウンはある事実を切り出した。


「あなた――〝非言語コミニケーション能力者〟ですね?」


 それはだれの耳にも聞き慣れない言葉だった。だがトリーはそれを否定しなかった。

 

「よく、ご存知なのですね」

「えぇ、これでも耳ざとい物でして。そうそう身につけられる機能ではありません。私も世界中を巡っていて2~3人程度です。それもここまではっきりと能力を行使できる方は初めてです」

「はい、お察しのとおりです」


 トリーは静かに笑顔を浮かべながら語り始めた。

 

「わたしはプロセスのナンバー3、対人コミニュケーションに特化しています。人間に限らず己の意思を持つ存在であるなら、その頭脳で〝言語〟として形を成す前の〝純粋な声〟を読み取ります。そして、私の側からも〝声〟を届ける事ができます」

「だからですか――」


 クラウンは、トリーの周囲に控えている雑多な様々な動物たちや、狼型アニマロイドのシグマなどに視線を投げながら尋ねてくる。

 

「〝彼ら〟の協力を取り付けることができたのは」

「はい、人間以外とも対話できるので、時々力を貸してもらっています。ただ――」


 トリーの視線は打ち倒された蒼紫へとそっと投げかけられる。

 

「その分、意思疎通の聞かない頑なな人間にはつい〝キレて〟しまって」

「しかたありませんよ」


 クラウンは自らの配下のシグマの中でも片足を失ったツヴァイや、命を失ったフィアに向けられた。

 

「私とて同じことをしたでしょう。もし、この場に居たのなら――。それに〝あの子〟たちがああなったのは我々の指示ミスです。もっと具体的に自らを護る基準を事前に教えておけばよかっただけのこと。むしろあなたが居たことで全滅を避けられた。それだけでも感謝に値します」


 そしてクラウンはトリーに向き直りうやうやしく頭を垂れつつこう語るのだ。

 

「本当にありがとうございました」


 クラウンが示した礼儀にトリーは満足気に微笑んでいた。ウノから聞いていたのとは全く異なる結果がそこにはあった。そして顔を上げたクラウンがトリーにこう切り出したのだ。

 

「それにしても――、お辛くはありませんか?」

「え?」


 それはトリーを案ずる気持ちだ。ウノのときとは全く異なる態度に驚きと戸惑いを感じずには居られなかった。その理由をクラウンは口にする。

 

「あなたの能力は言わば、東洋の伝承に登場する〝サトリ〟と呼ばれるクリーチャーのようなもの。意図せずして相手の心理や感情を読み取ってしまうこともあるはずです。例えるなら感度の強力すぎるアンテナのように」

「―――」


 予想外の指摘にトリーは言葉を詰まらせた。この場合の沈黙は指摘が正解である事の証であった。


「命が終わる時の断末魔の叫びはそれはそれは〝恐ろしく〟また〝許しがたい〟ものです。自分の中に修羅を宿しかねないほどに。あなた――、時々振り回されているでしょう?」


 クラウンは道化師である。道化とは単なる滑稽者ではない。笑いと模倣を持ってして他者に警告と啓示を与える者だ。クラウンの言葉はまさに〝道化師の道化〟そのものだったのである。

 

「はい、おっしゃるとおりです」


 クラウンの指摘をトリーは否定しなかった。少し伏し目がちに視線をそらしている。クラウンは問う。

 

「やはり――、相手の頭脳の思考や情動を遠隔で読み込んでしまうのですね」


 クラウンは負傷したシグマたちを眺めつつ告げた。

 

「だからこそ聴こえてしまったのですね。この子たちの〝苦しみ〟が」


 クラウンは納得していた。なぜ、この一人の少女がシグマを助け、黒い盤古の1人に挑んだのか。ならば掛ける言葉は一つしか無い。クラウンは教え諭すようにこう告げたのだ。

 

「あなたのその能力は極めて強力です。ですがそれでは、あなた自身の心と魂を傷つけてしまう」


 そしてクラウンは蒼紫の遺骸へと視線を投げかけつつこう告げたのである。


「くれぐれも〝溢れ出る怒り〟に飲まれてはなりません、この私の様にはなってはならない」


 クラウンは時折、憎悪を噴出させる。そうなるとだれも手がつけられない。

 その言葉にトリーはある対話を思い出していた。

 クラウンについてダウは言った。


――何を考えているかわからない。対話は無理だ――


 だがトリーはその言葉に対してこう返していた。

 

――私はきっと泣いていると思うな――


 あの時の対話が脳裏をよぎる。そして、その非人間的なマスクの向こうに隠れた素顔の一端が垣間見えたような気がするのだ。

 クラウンはそっと自分の胸に右の手のひらを当てトリーに告げる。

 

「期せずして〝異形〟である事を運命づけられた者たちが肩を寄せ合い世界に抗おうとしている――それが我々〝プレアデス・クラスターズ〟です。似たような境遇だからこそ、我々は世界に抗いながらも生き残っていくことができます。そして――」


 クラウンは人差し指をトリーへと向けた。

 

「あなたも同じ。あなたはあなたの境遇を分かち合える仲間をお持ちです。人は〝笑顔のペルソナ〟を24時間付け続けることなどできません。だからこそです時には自分に素直になる事も肝要なのです。全てを背負い込んではいけませんよ?」


 そう語るクラウンの仮面は笑顔そのものであった。白地にオレンジのアーチの笑った目元と、赤いメークのピエロの唇が心からの笑顔を浮かべていたのだった。トリーも素直にその笑顔を受け取っていた。そしてシンプルにこう答えたのだ。

 

「はい!」


 対話は成った。心は繋がれた。目に見えない信頼が結ばれる。そして、これこそが『対話するトリー』の能力の一端であった。

 満足気にするクラウンはそこであらためて言葉をかける。

 

「時にお尋ねします」

「はい?」

「あなた達はなぜベルトコーネを――」


 クラウンが肝心なことを尋ねようとしたその時であった。

 

「くそっ! なんで――なんでだよ?」


 亀中が焦るような声を発していた。

 クラウンがトリーに右手をそっと掲げて会話を打ち切る仕草をする。それと同じに亀中の方へと駆け出せば、トリーもそれに続く。

 

「どうなさいました?」


 クラウンが亀中にそっと問いかける。その声に亀中はクラウンをチラ見しながらスマートパッドに表示されたコンソールを必死に操作を繰り返している。


「に、認証が……個人認証が通らない」


 その言葉にクラウンはマスクに表示された表情を一変させた。マスクが一瞬にして真っ黒に染まる。そして目は横一直線の棒に、口も固く閉じられたように横一直線の棒となる。

 そしてその表情にふさわしいように冷徹で機械的な問いかけが亀中へとなされていた。


「あなたがこの装置の管理権限者ではないのですか?」

「もちろん俺だよ。どんなにあの隊長が絶対的な権力を握っていたとしても、こういう危険な重要装備はそれぞれ個別の管理者を設定してリーダー格の人物に権限の集中が発生しないようにするのは常識レベルの話だ!」


 その言葉を聞いてトリーは今起きている状況を察する。


「その隊長がシステムを掌握しているって言うの?!」


 トリーの傍でクラウンが頷く。


「正解でしょうおそらく。彼の知らない間にマスター管理者権限が書き換えられていたのでしょう」


 だがクラウンの言葉に亀中は顔を左右に振った。


「そんな簡単なもんじゃない。管理権限が書き換えられたくらいなら、俺だって再ハッキングはやってのけるだけの自信はある!」


 焦りをぐっと抑えつつも亀中は冷静に判断基準を口にしていく。


「俺の技術力を理解し掌握しているあのツギハギ隊長なら、管理権限書き換えなんてものが無意味なのは十分承知している話さ」


 トリーが驚きつつ亀中に問う。


「ではいったい?」

「考えられるのがひとつだけある。これは昨日今日に仕込まれたものじゃない。もっと時間をかけて仕組んだことだ。管理者である俺以外の人物がいつでも不正操作できるように極秘のバックドアが設けられていたとしか思えない」


 冷静に状況を分析する亀中の言葉に頷きつつクラウンは仕掛けの正体を見抜く。


「装置に組み込まれる基本オペレーションシステムが初めから別物だったということですね? それも背後からいくらでも侵入可能な状態にしてあるものを」

「それだけ俺は信用されてなかったってことさ」

「………」


 当然といえば当然、これだけ狂信的に他人を傷つけどうしようとしている人間が自らの仲間を信用して権限を与えるということ自体が根底からありえないのだ。信用できないからこそ攻撃的であり他人に対して排他的であるのだ。

 だが事態はこれだけにとどまらなかった。

 

【システム管理権限認証開始         】

【エントリー個人ネーム           】

【〔字田顎〕                】

【エントリーID              】

【〔APF―IEU1―XXXX1〕     】


 コンソールに表示された物は最悪の表示だったのだ。

 

「――っ!」


 亀中の顔が驚愕に変わる。そしてそれは〝恐れ〟と〝怒り〟へとリンクする。

 

「まっ、まさか――」


 最悪の予感がよぎる。そしてそれは絶対にあってはならないことなのだ。


【ナノマシン体、超高速散布装置       】

【>作動プロセス強制再起動         】

【ナノマシン散布シークエンス        】

【>実行準備開始――            】

【散布開始まで〔あと120秒〕       】

 

 亀中が持つスマートパッドに表示されたそのメッセージをトリーもクラウンも驚愕の表情で見つめていた。

 

「何という――」


 真っ白な目も鼻もない蒼白の表情を浮かべたのはクラウン。ワイズダックの彼もさすがの言葉を失っていた。

 

「嘘――」


 ようやくにその言葉を絞り出したのはトリー、ハイテクは範疇外の彼女でも今これから何が起こるかくらいはすぐに理解できた。

 そして、そのディスプレイの表示に腹の底からの叫びを上げたのは――亀中である。

 

「やめろおおおおぉぉ!! まだエリア調整は終わっていないんだぞ!!」


 その叫びにクラウンたちの視線があつまる。それでもなお亀中は叫んだ。

 

「そのまま作動させたら! 東京湾沿岸全体! 風に流されて千葉の西岸一体はまるごと汚染される! どれだけの人間が死ぬと思ってるんだ! そこには――」


 亀中は肺に大きく息を吸い込むと涙声でこう叫んだのだ。

 

「俺の親父とおふくろも居るんだよ! 千葉の田舎で、俺をずっと信じてくれたんだ! やめてくれぇ! もうだれも殺しまくるな! 間違ってるのはお前なんだ! 字田ァアア! 畜生!!」


 叫びが残響を残す中、亀中は地面に耐震仕様のスマートパッドを置くと、両手をフルに駆使して必死の操作を開始した。なんとしてもシステム権限を再獲得してナノマシンウィルスの散布を止めなければならないのだ。だが――

 

【不正介入感知               】

【>ERROR!              】

【>ERROR!              】

【>ERROR!              】

【>ERROR!              】


「だ、だめだ――」


 彼の必死の操作は全てが弾かれていた。彼の存在はそのシステムの中には一ミリたりとも残っていなかったのである。それでも亀中は諦めなかった。

 

「ふざけんな! 体を失って絶望している人間を、嘘とデタラメと諫言で片端から取り込んで、教育と称して洗脳をしまくって皆を殺戮マシーンにしたてあげて! 最後は公安上層部の意図からすらかけ離れて殺すことしか興味がなくなっていたお前が! 警察の中にいる事自体がそもそも間違いなんだ!

 柳生は口べただったけど気さくで何でも教えてくれるいいやつだった! 権田は馬鹿だったけど子供の相手をするのが好きな優しいやつだった! ヘリの操縦が抜群にうまかった香田! 経験豊富で頼れる上官だった真白! 本当は今でも家庭と子供を持つことに未練があっていつでも泣いてた南城! みんな悪いやつじゃなかった! 話の通じる良いやつらだったんだ! それを憎悪の塊の殺戮マシーンにしちまったのはお前だ! 字田! 頼む! もうやめてくれぇ!」

 

 亀中の両手が必死にコンソールを叩いていた。なんとかしてシステムをこじ開けようと必死だった。だがどうにもならない状況ゆえにその心は絶望に飲まれていく。

 

「頼む――、だれか助けてくれ――、出頭だって告発だったなんだってする! 俺の命と引き換えにしたっていい! 止めてくれ!」


 それは叫びだった。

 罪を悔い、救いを求める叫び。だが現状ではトリーもクラウンも手を差し伸べることすらできない。彼らは電脳のスペシャリストでは無いのだから。

 だが――


――奇跡は起きる――


 それは数羽の〝蝶〟だった。

 極彩色の南国の蝶を模している。無論、そんなものがこの薄汚れた東京湾の地に居るはずがない。

 

「ゼータ?」


 その蝶の名を唱えたのはクラウンだった。クラウンたちの行動に先んじて偵察などを心みる存在である。妖精から蝶へと立体映像のシルエットは変わっていたが、間違いなくゼータだった。それが無数に集まってくる。この東京アバディーンの地に展開していた全てのゼータが集まってきた。

 そのゼータは立体映像の投影能力を持っている。そのゼータが複数集まりあるシルエットを形作っていく。

 

 足を、手を、胴体を、そして、頭部を――

 

 何者かに自らの存在を与えるかのように、一人の人物の姿が完成されて行く。

 全身を覆う黒いコートにプラチナブロンドのオールバックヘア、目元を180度覆う大型の電子ゴーグル。そして、コートの合わせ目から垣間見える両手にはグローブがハメられている。メタリックでメカニカルな意匠のそれは、明らかにコンピュータネットワークへのディープなアクセスや特殊な電子機能を有していると思われるものだった。

 オールサイバーなコスチュームの男のシルエット。立体映像として構成されたその姿を浮かび上がらせると足音も静かに歩いてくる。そして、その姿の持ち主の名を亀中は知っていた。

 

「シェン・レイ? 神の雷?」


 その言葉にシェンレイははっきりと頷いていた。

 

「いかにも」


 そしてシェンレイは亀中の前に立ちはだかるとこう告げたのだ、

 

「叫びを聞いた。救いを求める叫びを」


 シェンレイは静かな微笑みを湛えながら、叫びの源である人物の前に立ちはだかる。立体映像ではあったが、その存在感は実物と何ら変わることはなかった。その圧倒的な気配を伴いながらシェンレイは語りかけた。


「力を貸そう。私なら君を苦しめるこの装置のセキュリティをこじ開けることができる。その上で緊急停止だ」

「はい!」


 迷う必要はない。電脳案件では最強と言える助っ人だった。シェンレイは速くも自らの周囲空間に立体映像のヴァーチャルコンソールを展開していた。


「ただし条件がある」

「条件?」


 亀中のつぶやきにシェンレイは告げる。


「今回の件について然るべき方法で告発することだ。警察が武装戦力を持つことを私は否定しないが、それも人間的な理性と倫理性があってこそだ。あのツギハギだらけの殺人鬼の隊長の様な存在は二度と出してはならない。そのための証拠はすでに私の側でいくつか抑えてある。だが告発するなら外部よりも内部の人間のほうがいい。その方が説得力がある」

「わかりました。その覚悟はできています」

「無論、最終責任はあのイカれた継ぎ接ぎ隊長にすべて背負ってもらおう。日本警察の公安本部はこの件には一切関わっていない。あくまでも字田と言う男の個人的な暴走とする。そうする事で公安上層部も君を拘束し口封じする意味はなくなる。君がその主張をする事で公安はその身を守れるからな」


 シェンレイは更に続けた。

 

「それにだ。今現在、活動を継続している情報戦特化小隊の隊員は君だけだ。残りは消息不明か死亡が確定している。小隊を維持し秘密を守る理由はもうどこにもないんだ。あの男に全てをかぶってもらうにはかえって好都合なんだよ」


 残酷とも言える状況に亀中は絶句する。だが、ある意味当然とも言える結末だった。それに異論は挟まなかった。だが、そのシェンレイにクラウンが語りかける。

 

「ちょっとシェンレイ! なにうちの身内を勝手に使ってるんですか! ゼータから発せられる確認信号がロストしかかってたからどこに行ったのかと思ってたんですよ!」


 その抗議の声にシェンレイは笑いながら答える。 


「すまんな、しばらく借りるぞ。立体映像の仮想実態を構成するのに都合がいいのでな。俺の本体は医療行為の最中だ、あそこから離れるわけにはいかない。だが、先程の立体ホログラム解除作業で協力してもらった時にハッキングの中継ユニットの代わりをしてもらったさいにシステムを掌握さててもらった」

「まったく! 借り賃は高いですよ?」

「わかってる、借りは必ず返す。それよりここに集った皆に聞いてほしい。トリー君、君経由でプロセスの人たちにも伝えてくれ。今後の状況の推移についてだ」


 今、間違いなくこの洋上スラムは混迷の極みにあった。

 クラウンもトリーも異論はない。

 

「今、問題となる案件は2つ、いや3つある。1つはベルトコーネの暴走。もう1つはそれを成立させようと躍起になってる黒い盤古のツギハギ隊長、そして残る1つがコレだ」


 亀中が耐震仕様スマートパッドを通じて、システム掌握の状況を見守っている。シェンレイはシステムセキュリティをこじ開ける手はずを進めながら語り続けた。

 

「この散布装置は俺と彼がなんとして停止させる。おそらくOSの改造複製品をつくり入れ替えておいて、いつでも遠隔クラッキングできるようにしておいたのだろう。彼の標準アクセスは擬似的なもので常にあのツギハギ隊長が掌握していたはず。それを俺がこじ開ける。問題は残り二つだ」


 そしてシェンレイはシステム掌握作業と並行して、1つのとある人物のシルエットを浮かび上がらせた。

 日本警察が誇る最大戦力――特攻装警第7号機『グラウザー』である。

 今、グラウザーは持てる全ての戦闘力をフルに開放中だった。2次武装アーマーをフル展開し全力で戦っている。その相手とは情報戦特化小隊の隊長の字田、そして彼が身にまとっているクモ型の〝義体外装機〟である。4つの下肢と4つのマニピュレーターをはやした姿は明らかに巨大な蜘蛛そのものであった。

 

「一つはこの字田と言う男だ。人間である事を完全に捨てて、殺戮しか頭に残っていない。この散布装置やベルトコーネのブラックボックスが暴走したらどうなるのか、その後のことなど微塵も考えていない。だがこいつのことはグラウザーとか言う日本警察の彼に任せようと思う。それにおそらく――」


 シェンレイは粛々と作業を進める。

 

【クラッキング対象システム         】

【オープンポート探知            】

【>アクセス可能ポート:5         】

【 ≫アクセス可能領域探知         】

【  #1:BLOCK・NODATA    】

【  #2:BLOCK・NODATA    】

【  #3:アプリケーション領域      】

【     READ ONLY       】

【  #4:BLOCK・NODATA    】

【  #5:システム深部領域を探知     】


 シェンレイの言葉が続いた。

 

「それにおそらく日本警察はこの字田と言う男への対策を始めたはずだ。すでに埼玉・神奈川・千葉のそれぞれのエリアから武装警官部隊と思わしきヘリが3機、接近しつつあると言う情報も掴んだ。警察のことは警察に委ねよう。問題は残る一つ。トリー君――君たちプロセスはベルトコーネを奪回すると言ったね? それはどう言う意味かね?」


 質問の矛先が唐突に自分のところへと向いたトリーだった。普通なら戸惑うだろう。だがトリーの決断は早かった。ここで口を閉ざしても信頼は得られないからだ。

 

「それはベルトコーネを〝分解〟して、その中身を奪回すると言う意味なんです」

「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げたのはクラウンだった。仮面が思わず大きなクエスチョンマークになる。

 

「ぶ、分解?」

「はい、私達プロセスの9人が全員力を合わせれば可能です。あのベルトコーネと言う存在は言わばハリボテ――、その中に私達プロセスと同様の存在が隠されています。存在の名は〝No.0〟またの名を〝ディム〟――まだこの世に生まれいづる以前の姿でその内部に取り込まれているのです。ですが暴走を開始する前なら、ベルトコーネと呼び称されている〝外側〟を解体してしまえば何者かに仕掛けられている暴走も阻止できるはずです」


 トリーの言葉にクラウンが笑みを浮かべる。それはピエロっぽいいたずらっぽい笑みだった。


「なるほど、そしてその暴走を仕掛けている何者かの正体とは、おそらく私達が共通に追っている存在でしょう。その名は――『ガサク』――あるいは『黄昏』と呼び称されているはずです」


 トリーは言葉では答えなかった。ただはっきりと頷いたのである。

 

「ならば――」


 クラウンも満足げに頷いた。

 

「この件、あなたたちにおまかせしましょう。私が個人的な怒りで追い回すより、あなた方の方が適任らしい。よろしいですね? 神の雷」

「異論はない。私はコレを阻止する事に集中しよう。君もいいね?」

「はい、もちろんです」


 シェンレイの問いに亀中は答えた。もう迷いはない。

 

【メインアドレス領域掌握          】

【>オーバーフロー書き込み開始       】

【>書き込み禁止領域強制書き込み成功    】

【>システム領域強制オーバーライト     】

【>外部プログラム強制インストール     】


 散布装置の掌握が着々と進む。

 

「おもったより旧式なOSだな。外部遠隔操作のためにネット対応機能は装備しているが、セキュリティは昔のものだ。おそらくOSの権利問題回避などのために古いすでに権利切れものを改造して搭載したのだろう。だがかえってクラッキングするには好都合だ」

「多分そうでしょう。そもそも俺たちの装備は全て提携している軍需産業の試作品だと聞いています」

「なるほどそう言う事か。自らを実験台に差し出していると言う噂はほんとうだったんだな」

「まぁ〝あの人〟の一存でしょうけどね――」


 二人のやり取りをよそに、クラウンはその場を締めるかのように語り始めた。

 

「ではそうなると、かのグラウザーとやらとトリー嬢たちプロセスの方たちとの連携が必要ですねぇ」

「はい、私もそう思います」

「では、こうしましょう」


 クラウンはポンと手を叩くと人差し指を立ててこう告げた。


「グラウザーさんへのメッセージは私が伝えます。それと、この争乱において私の手勢が手をお貸しするのはこれが最後となるでしょう。これを最後に我々は退散させていただきます。なにしろ〝連れ〟が皆、限界でして」


 その言葉の先には負傷したシグマの存在があった。さらには負傷し落命した2体のシグマにショックを受けて打ちひしがれるイオタの姿もあった。べそをかきながらへたりこんでいる。そもそもシグマへの指示ミスをしたのはイオタなのだから。加えるならイプシロンもタウゼントも限界を突破してダメージを負っている。これ以上の無理はできない。


「つきましてはトリーさん。あなたはプロセスのお仲間への伝達と説得をお願いします」

「承知しました。必ずお伝えします」

「ホッホッホ! やはりあなたの方がお話しやすい。あのウノ嬢はお硬すぎて」

「あ、やっぱりそう思います?」

「えぇ、あの方にはもうしわけないのですがどうにも相性が合いません。悪い方ではないとは承知していますが」


 クラウンのジョークにトリーも思わず苦笑していた。

 シェンレイが告げる。

 

「ではすぐに動いてくれ。これは『運命の結節点』だ。異なる存在が協力して事態を解決するための」

「もちろんです。目覚めの良い結末を皆が望んでいますから。では――」


 そう告げてクラウンが立ち去る。落命したフィアを抱きかかえて彼らは去っていった。同じく立ち去ろうとするトリーにシェンレイは声をかけた。

 

「トリー君、老婆心ながら警告しておく」

「はい」

「この埋立地には多数の勢力が存在している。私やクラウンたちはもはやベルトコーネには執着はないが、それ以外――〝セブン・カウンシル〟と呼ばれる者たちはベルトコーネに対して個人的憎悪を抱いている者がほとんどだ。妨害にはくれぐれも気をつけてくれたまえ」


 トリーは、その言葉に頷きつつ言葉を返す。

 

「ご指摘、ありがとうございます。皆様もご武運を――」


 そしてその言葉を残して彼女も走り去ったのだった。あとに残されたのは亀中とシェンレイだけである。

 シェンレイのシステム掌握が着々と進み、そして最終を迎えた。シェンレイは亀中に告げる。

 

「ドアのこじ開けは成功した。君の遠隔端末に回線をつなぐぞ」

「はい。待機完了。いつでもOKです」

「よし、やるぞ」

 

【外部プログラムインストール完了      】

【・遠隔操作用スレイブツール        】

【  ――Micro Handler――  】

【>実行開始                】

【>通信ターミナルポート掌握        】

【>アドレス開放              】

【>通信回線確保              】

【 ≫外部システムコントローラ確認     】

【〔ソフトウェアID:00129222〕  】

【                     】

【    《正規ソフトウェア承認》     】


 シェンレイがヴァーチャルコンソールにて表示するそのメッセージが出るとほぼ同時に、亀中が手にしていた耐震スマートパッドにも表示がなされる。

 

【システム管理権限認証確認         】

【エントリー個人ネーム           】

【〔字田顎〕                】

【エントリーID              】

【〔APF―IEU1―XXXX1〕     】


 その表示に亀中は思わず叫んだ。

 

「来た!」

「正規アクセス者である字田のデータを上書きした。現状、君のコンソールの側からしかアクセスできないはずだ」

「了解、緊急停止を開始します!」

 

 亀中がスマートパッドのコンソールにて操作を緊急停止処理を開始する。その姿にシェンレイはこう声をかけたのである。

 

「頼むぞ、あの隊長が気づく前に完了させてくれ!」

「はい」

「わたしは向こうからの再侵入を阻止する」

「お願いします!」


 二人は絶妙なコンビネーションでこのかかる難局を乗り越えようとしていた。彼らのその双肩には、この東京湾沿岸に住む数多の罪なき人々の〝命〟がかかっていたのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 トリーは走っていた。仲間たちのもとへ。そして彼女が本来成すべき役目の元へ――

 そして、彼女たちの体内に備わった通話能力を駆使して彼女たちのリーダーであるウノの元へと問いかけた。

 

〔ウノ! 聞こえる!?〕


 相手からの返答は速やかに帰ってくる。だがその声は少し立腹気味だ。

 

〔トリー? どこに居たの?〕

〔ごめん! ちょっと気になる子が居たから手助けしてたの〕

〔またなの? 誰ともフレンドリーなのは良いけど目的を忘れないで頂戴! それで誰と会ってきたの?〕


 ウノからの問いにトリーはあっさりと答えた。

 

〔クラウン、それと彼の手下の子を助けたの〕

〔えっ? どう言う事?〕


 さすがのウノも驚いている。トリーはすぐそばの4階建てのペンシルビルの外階段をテンポよく駆け上がりながら答えた。

 

〔例の黒い兵隊さんたちいたでしょ? それにクラウンの狼型の手下の子が殺されそうになってたのを見つけて助けたのよ。そのあとクラウンさんとも会って話してきたわ。案外、話の通じるいい人だったよ〕

〔いい人って――、交渉決裂したのよ?〕

〔あぁ、大丈夫。あの人、気にしてなかった。仲間が助けられたからってのもあったんだけど私達のやろうとしている事を理解した上で、好きにしていいって。ベルトコーネについてはこだわらないし、もしかするとこれからも協力し会えるかもしれない。だって彼らも――〕


 そしてトリーはビルの屋上へと駆け上がった。そしてその眼下の存在を眺めながらこう告げたのだ。

 

〔〝黄昏〟と戦っているのよ!〕

〔――!〕


 通話の向こうでウノが絶句している。明らかにウノが見落としていた事実だった。

 

〔彼と対話していてはじめはその真意が見えてこなかったんだけど、ある瞬間から垣間見えるようになった。私の心の一部を、私が読むことを許してくれたみたいなの。もちろんすべてを明らかにしてくれたわけじゃない。どうしても噛み合わない利害もあるかもしれない。でも〝話し合う〟事は可能だよ!〕


 それは成果だった。他者と対話し、その真意を掴むことを最大の能力としているトリーだからこそ成し得た結果だった。そしてそれがもたらした事実はプロセスの彼女たちにとってはあまりに大きなものだったのである。

 

〔わかったわ。やはり交渉事はあなたのほうが的確ね。これからもお願いね〕

〔うん! あとそれからお願いしたいことがあるの。ある人と連携が必要よ。それについて説明する。今行くから待ってて!〕


 そしてトリーはその言葉と同時にビルの屋上から飛び降りる。その眼下には仲間たちが集まっていた。彼女たちもいよいよ決戦の地へと望む時だったのである。


次回、


第2章サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市53


『死闘、その名は〔グラウザー〕』


9月21日更新です!

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