サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part50『死闘・ビッグブラザー』
そして、またひとつ決着が――
特攻装警グラウザー
第二章サイドB第一話魔窟の洋上楼閣都市
Part50『死闘・ビッグブラザー』
その戦いは終盤を迎えようとしていた。
その混乱の場にて交錯した多くの人々が、それぞれの運命へと再び動き出そうとしていた。
戦いになおも挑む者、
敗北し道を失う者、
死中に活路を見出そうとする者、
この世界の行く末を担う者、
秘めたる目的を抱く者、
有り余る力で他者を傷つけようとする者、
そして――、
手傷を負い戦線から離れる者、
それもまた運命のたどり着く場所だったのである。
@ @ @
戦いの場から離れて退路を求める2つのシルエットがあった。
1人は男、髪は淡いブラウン――
穿き古しのゆったりめのジーンズに、黒地に派手なロゴ入りのハイネックTシャツ。使い込んだダメージ風の濃綠色の本皮レザーのブルゾンを着込んでいた。足には大柄なハーフブーツを履いている。だが特徴的だったのは右腕だった。まるで何かに押しつぶされたかのように、根本から失われていたのである。それに目元がおぼつかないのか、その歩みはどこかたどたどしい。
そして、その傍らで肩を貸している女が居た。
黒味の強い褐色の肌にラテン系の特徴の残る風貌の中背の女で、髪はシルバーブロンドをショートのドレッドにして編み上げていた。よくくびれた腰から下は青地に紫のペイズリー柄の極薄のレギンス。それにピンク色のホールターネックのカットソーを身に着け、丈の長いルーズな仕立てのチョッキの様な濃紺色の〝ジレ〟を身につけていた。足元は茶系のエスパドリーユと呼ばれるフラットシューズ。見るからに南国ラテン系の情熱的な気配をただよわせていた。
男の名はセンチュリー、
女の名はビアンカ、
男はアンドロイド、女はサイボーグである。
いずれも生身の存在ではない。
人目を避けて裏通りを行く。そして当座の逃げ場として身を隠せるところへと向かうのだろう。
東京アバディーンの低産階級者がひしめく〝扇状スラムエリア〟――そこでも表通りから離れた裏通りを二人は歩いていた。足元不確かな状態のセンチュリーにビアンカが肩を貸している。男のほうがかなりひどい状態なのは明らかである。
ビアンカがセンチュリーの様子を案じている。気丈に振る舞ってはいるが、致命的なトラブルが起きていることはセンチュリーの様相からも明らかだ。肩で荒い息をしており、人間で言えば呼吸器か循環器にトラブルが起きているのを想起させる。
先程、センチュリーは警察の非合法戦闘員とやりあっていたが、その戦闘直後のときよりも状態は明らかに悪い。その様子をおもんばかって問いかけた。
「ずいぶん、調子悪そうだけど――」
ビアンカは不安を隠さずにセンチュリーの目を覗き込む。
「あんた、右腕以外にやられてるの?」
右腕以外にも目をやられているのは不確かな足元の動きからも明らかだ。だがセンチュリーの今の状態から言って、それ以外にもなにか抱えているようにしか思えない。
ビアンカのその問いにセンチュリーは強気に平静さを装いながら言い放つ。
「まぁな、ちょっとサブマシンガンで撃たれたがどうってこたぁねえ。M2の50口径ならともかく拳銃弾は通さねえからな」
強気な言葉で返すセンチュリーだったが、かたわらのビアンカの目から見ても不調は明らかだ。そしてビアンカはその脳裏にある予感を感じていた。センチュリーを引き止めてすぐそばの壁際へと背中越しに立たせる。
「おい? なにを――」
「黙って!」
出会ったときとは裏腹に強い口調でビアンカは告げた。センチュリーの身を案ずるがゆえの剣幕だった。
センチュリーが着込んだブルゾンをはだけさせ、ハイネックシャツを捲り上げる。そして地肌を露出させるとそこにある痕跡を見つけたのだ。
「これ、まさか――」
ビアンカが見た物、それは単なる拳銃弾の弾痕では説明がつかない電気火花での焼け焦げの様な跡だった。それが体の各所に無数に残されている。彼女にはその傷跡に見覚えがあった。
「ね、センチュリー」
「あ?」
「あんた、〝ロシア〟の連中とやりあった?」
その問いに少し沈黙して思案していたが、隠してもしかたないので素直に答える。
「確定したわけじゃねえが、おそらくそうだろう。ステルスのエキスパートでロシア語を使ってるのを微かに聞いたからな」
「やっぱり――、それともう一つ、そいつらに包囲されて撃たれたんでしょ?」
ビアンカの問いに、すこしだけめんどくさそうにセンチュリーは答える。
「そうだ」
「なんてこと――」
センチュリーの答えを耳にしてビアンカは表情をこわばらせていた。
「あんたが食らったの――〝静かなる男たち〟の『電磁弾丸』だよ? わかってるの?」
「電磁弾丸?」
言葉の意味からしてどんな物なのかおおよその予想はつく。
「放電機能をもった弾か? そんなのどうってこたぁ――」
いつもの口調で強がりを口にするセンチュリーだった。だが――
――パアンッ!――
――返ってきたのはビアンカの渾身の平手打ちである。
「馬鹿っ! 何強がってるのよ!」
いきなりの平手打ちに驚きつつ見つめ返せばビアンカの目は真剣だった。センチュリーは驚き、戸惑いつつも強く問い返した。
「ちょっとまてよ、なんだってんだよいきなり?」
納得のゆく答えをセンチュリーは求めた。その声にビアンカは我にかえる。
「あ、ごめん――」
そうつぶやきながらおのれの右手を左の手で握りしめる。うつむく視線には明らかに罪悪感がにじみ出ていた。
センチュリーを柳生から救ったときの陽気さとはうって変わった沈んだ声。ビアンカがその胸中に何かを秘めているのは明らかだ。無論、それを見逃すようなセンチュリーではない。彼とて多くの若者たちとふれあい、その心の奥に秘めた闇を救い続けてきたのだ。その豊富な経験と確かな心性とで彼女が秘めているものを見抜いたのである。
センチュリーはビアンカに落ち着いた低い声で問いかける。
「誰か殺られたのか? 〝この弾〟に」
思わずビアンカの顔が跳ね上がり、センチュリーの方を向く。強く見開かれた瞳と、震える視線はその問いが正解であったことを証明していた。
「図星だな。よっぽど大切な人だったらしいな」
ビアンカがうつむき、視線があらぬ方を向く。言い出せない心の傷、それを持て余しているのがよく分かる。だがセンチュリーはこう言うときに取るべき態度をしっかりと心得ていた。意図的に視線を外して別な方を向いてこう告げたのだ。
「言わなくていいぜ。誰だって口にできない過去の一つや二つあって当然だからな。それにどうしても譲れない思いってやつも誰だってある。素直にすべてを口にする――そんな事できるわきゃねえ」
それは拒絶だった。それも相手を気遣った優しい拒絶。ビアンカが放ったその平手打ちに込めた思いがなんであったのか? 問いただす事をセンチュリーは放棄したのだ。
「行こうか」
そうつぶやき、行動を促す。よろめきながらも歩きだそうとすれば、傍らからビアンカが絞り出すようにつぶやき出したのだ。
「あたしのチームメイトだった」
センチュリーの足が止まる。そしてそっと傍らの方を振り向き視線を向ける。
「あたしより二つ年下で日本に来たばかりの男の子だったの。今の仲間たちのチームに入る前に、その子と一緒にスパイの真似事みたいなことをやってた」
その言葉に向き合うように、センチュリーは傍らの壁に背を向けて寄りかかるとビアンカの方を真剣に見つめる。その態度にビアンカの口から澱みなく言葉が溢れ出す。
「あたしが潜入の補助で、あの子がセキュリティの突破――そしていろいろな組織や施設を相手に機密情報を抜いて帰ってくる。そんな事を繰り返してた。でも――」
ビアンカは着衣の喉のあたりの布を両手で握りしめる。
「――あのロシアン・マフィアの連中に繋がりのある施設に入った時に、あの人たちと鉢合わせた」
それが誰を意図しているのかセンチュリーはすぐにわかった。
「ロシアン・マフィアの〝静かなる男たち〟って爺さんか?」
ビアンカははっきりとうなづいた。
「ステルスで接近されて気配を感じたと思ったら、もう撃たれてた。先に気づいてあたしをかばったのがあの子。あっという間に5発くらい撃たれて、そのままあたしの能力でかろうじて脱出したの。でも――」
ビアンカの口から深い溜め息が漏れる。それは嗚咽を堪えての吐息――
「脱出に成功して逃げ切ったけど、1時間もしないうちに彼に異変が起きたの。高レベルのサイボーグだった彼は心臓も人工臓器化してたけどまるで生身の体の心臓病の様に突然の発作を起こして倒れて――」
そこまで語ってぐっと唇を噛みしめる。それ以上の言葉はビアンカの口から出ることはなかった。センチュリーはそれ以上の言葉を聞く代わりに核心を言葉にする。
「つまりその時、連中が射ってきたのが俺が食らった弾だってわけか」
その問いにビアンカは無言で頷いた。
「ただのしびれ弾ってわけじゃないんだな」
ビアンカが再び頷きながら答える。
「外部のダメージは9パラと大差ないんだけど、当たった瞬間にとてつもない高出力の電磁パルスを相手の体内に射ち込んでくるのよ。その電磁パルスで小規模な電子回路や神経網の要所を焼き切ってしまうの。焼かれなくても末梢回路内部のマイクロプログラムがすっ飛んだり誤作動を起こしたりする事もあるから、あとから遅れて症状が出ることも有るわ。あの子も人工心臓の制御系統が何箇所も焼かれていて自己修復や自己補正が効かなくなったのが致命傷だった。だから――、この界隈じゃサイボーグ殺しの〝悪魔の弾〟って呼ばれてるのよ」
悪魔の弾――その言葉が意味するところをセンチュリーは察する。それほどまでに恐れられているのだ。
「それに、そもそもロシアの爺さんたちは戦闘技術も装備も本物の軍隊仕込みのベテランクラス。しかも軍の正規装備を横流しをうけての重武装。サイボーグやアンドロイド相手の戦闘なんか手慣れたものよ。どこを何で攻撃したら相手を殺せるかを熟知してる。あんたがどんなに強力な体を持っててもノーダメージは絶対にありえない。だから――」
センチュリーが食らった弾への恐れの理由が一気に語られ、ビアンカが語る言葉はそこで止まった。それほどまでに恐れられているのだ。
わずかにふたりとも沈黙していたが、先に口を開いたのはセンチュリーである。
「そう言う事か――」
そうつぶやきつつ歩きだし、ビアンカの元へと歩み寄る。そして、つとめて落ち着きはらいながら彼女にこう告げたのだ。
「だったら急ごうぜ。ここから早く脱出しねえとな。お前もぶっ倒れた俺を持て余すのだけは嫌だろ?」
「当たり前じゃない! もう嫌だよ、逃げる途中でこと切れた仲間を引きずるのは!」
ビアンカが涙混じりに言い放つ。そして、徐々に力をなくしつつあるセンチュリーの体によりそいながら告げる。
「力が入らなくなったら言って。背負ってあげるから」
「わりぃな、そんときゃ頼むわ」
センチュリーとて男としての意地がある。どんなに危機的な状況に陥ってもやせ我慢の一つもはりたくなる。だが――
「お前なら預けられそうだからな」
――そう心なしか安堵した表情でビアンカに告げる。
弱音を漏らすセンチュリーだったが、ビアンカはそれをなじることはない。穏やかに微笑みながらセンチュリーに抱きつくようにしてこう答えたのだ。
「任せて、これでも力はあるほうだからさ」
男の名はセンチュリー、
女の名はビアンカ、
二人は寄り添いながら人通りの絶えた裏通りを行く。その二人のシルエットが建物の影へと消えていった。
@ @ @
追う者と、追われる者。それは一方的なハンティングである。
東京アバディーンの扇状スラム街区は急増のペンシルビルが密集したような街並みがほとんどである。そして、文字通り迷路のように裏路地と脇路地が複雑に入り組む。
歩き慣れた者でも、意識していなければ袋小路に入り込むことは決して珍しくない。
それゆえその街構造そのものが犯罪の温床であり、悪意を持った者たちが弱者を食い物にする構図は頻繁に起きていたのである。
例えば理不尽な暴力から逃れようとして逃げ回るというような状況は日常茶飯時的に起きていた。そしてその多くは逃げ切れずに最悪の結果を招くことが多かった。今もまた追う者と、追われる者とが死闘を繰り広げていたのである。
@ @ @
黒いシルエットが飛び回る。それはそう――闇夜を飛び回るムササビか、木から木へと身軽に移動し続ける猿のごときである。
彼の名は〝猿羅の真白〟
非常に身軽かつ高機動なボディを駆使し、密集した街区や建造物の内部で超高速で巧みに飛び回り、敵を追い獲物を追い詰め全ての退路を断ち切り、獲物を絶望へと追い込むことに長けた厄介な男だ。
そして、黒い盤古の副隊長を務めていた。
あの字田という男の考えを熟知し右腕として信頼厚い男であった。
それゆえに、その品性性根を一言で表すのなら――
〝静かなるサディスト〟
狙った獲物を徹底的に追い詰め絶望の淵へと叩き込んでから、両手両足に内蔵された武装で、獲物の喉笛を掻き切るのが彼のセオリーであった。
今もまた四人の女性のシルエットが真白に追いつめられていた。逃げようとすれば先回りされ少しずつ攻撃されて体力を削られていく。四人という数をもってしても、真白という〝厄介〟から逃れることはそれほどまでに困難だったのである。
その迷宮の如き街並みから逃れようとしている影は4つ。いずれも女性で肉感的なルックスのラテン系の女たちであった。
「こっち!」
鋭い声で指示を出し先頭を走っているのは黒髪ショートのウルフカットで、タイトな蛇革のロングのレギンスに黒いレザー地のビスチェと言うスタイルのナイフ使いの〝エルバ〟
「ま、まってよ!」
そのエルバに守られるようにして背後をピッタリとついているのが4人の中で最も小柄で、赤毛のロングヘアをフィッシュボーンにしてタイトなオフショルダーのミニドレスに体を包んでいる〝プリシラ〟――だが、その左肩から出血している。3列並んだ切り傷を負っている。まるで鋭い爪に引き裂かれたかのように――
その痛々しい傷口をいたわるように彼女の背後から声がかかる。
「我慢して――ここから脱出するまで」
傷を追ったプリシラを、その背後から気遣うように声をかけてくるのは、金髪ドレッドスーパーロングヘア。フェイクファーのチューブトップにバストを無理矢理に押し込んでいて。レザー地のタイトなマイクロミニをはいて指先は青いネイルの〝マリアネラ〟だ。
プリシラの背中の傷をマリアネラが確かめている。緊急機能が働き、組織閉鎖が行われているのか、出血は止まりつつあった。
「どう?」
4人の殿で周囲に注意を払っているのが、ナチュラルなワンレンロングの赤毛で、赤と黒の変わり迷彩柄のビキニブラにローライズのデニムのホットパンツ。足にはローヒールのパンプスを履き、二丁の銃を腰に下げた〝イザベル〟
それぞれがそれぞれの能力を行使しながら退路を求めてさまよっていたのだ。
イザベルの問いかけにマリアネラが答える。
「大丈夫、血は止まってる」
「そう」
「でも――」
マリアネラは不安げに言葉を吐いた。
「プリシラに目をつけられたのは痛いね」
その言葉には誰も答えない。核心を突いているからだ。敵は最も弱い所から攻めてきている。4人の能力傾向の偏りを見抜かれたのだ。イザベルが周囲を見回しながらつぶやく。
「あいつ、どこに消えた」
先頭を行くエルバが答える。
「消えちゃいないさ、あたしらの死角に入り込んだだけさ。またどこかから出てくるよ」
「まったく厄介だね」
「あぁ、ジャングルの猿のほうがまだなんとかなる」
「でも、あいつコードネームもモンキーなんだってさ」
「へぇ、名は体を表すってほんとだね」
エルバが減らず口を漏らしたときだ。マリアネラが叫ぶ。
「来たっ!」
叫んだ瞬間、マリアネラが両手を左右に広げ、五指を伸ばす。その指先の青いネイルが光り輝いた。
――ビィィッ!――
直接視認しないレーザーショット。それも極めて高出力のブルーレーザーだ。
左右にそれぞれ60度の範囲で翼を広げたように10条のレーザーが広がる。それは敵の動きの制限して、こちらからの攻撃範囲へと収束させやすくするためのもの。本来なら、マリアネラのレーザーはカーブを描いた曲射が可能だ。だが今はあえて曲射させずに射っていた。
襲い来る敵はマリアネラのレーザーを避けるように4人の頭上から襲いかかってくる。
ビルとビルの谷間を、ヒマラヤの忍者ヤギか飛び回るボールのように跳ね回りながら、瞬時に攻撃へと転化してくる。飛び跳ねる軌道を90度折り曲げたかのように〝それ〟は4人めがけて飛び掛かってきたのである。
プリシラがとっさに体を屈める。
エルバが両手に逆手に握りしめていたナイフを構えて襲来者の攻撃に備える。
イザベルが両手に握りしめていたHKのP50を瞬時に狙いすます。
黒いコスチュームに身を包んだ襲来者は、両腕の先端の五指の先から伸ばした鋭利な攻撃用クローで無差別に襲いかかってくる。
だが、それを迎え撃ったのはナイフという装備から明らかに近接戦闘に向いているエルバだ。両手に握りしめたナイフを巧みに操り、襲来者の攻撃クローを受けきったのである。
「小賢しい」
襲来者が吐き捨てる。その隙を突いてイザベルが2丁のP50からS&Wの40口径の弾丸を立て続けに撃ちはなった。
「ふっ」
気合一閃、襲来者はエルバのナイフとクローで組み討ちながら、カポエイラかブレイクダンスのように両腕を軸にして胴体と下半身を翻し、そのつま先から伸ばしたまた別な攻撃クローでイザベルに襲いかかった。襲来者の両足のくるぶしから下が手のように指が長めに作られている。それはまるで両足を腕へと換装したかのようである。
そもそも猿は一対の腕と一対の足を持つ生き物ではない。樹上生活に適応するために、二対の腕を持っているかのように脚部の機能性が特異な方向に発達した生き物でもあるのだ。
襲来者はあの黒い盤古のメンバーである。
通称、猿羅の真白、情報戦特化小隊の副隊長だ。密集した構造物の環境下において、効率よく立体的に機動し、ターゲットを追い詰めること目的として己の体を改造した男である。それゆえにこのようなスラム街のバックストリートのような場所でこそ彼はフルに能力を発揮する。まさに密林の中の猿のように。
真白は脚部を旋回させつま先のクローでイザベルに襲いかかる。イザベルが構えた銃口をたくみに牽制して狙いを定めさせない。左足のクローで射撃を制止すると、右足のクローで片方のP50を弾き飛ばす。
そして、すぐさまエルバからも距離をとると再びビルとビルの間を跳ね回りながら瞬く間に姿を消していった。
「くそっ! 遊んでやがる!」
エルバが苛立ちを口にする。
「イザベル! 大丈夫?」
「ああ、なんとかな。でも――」
イザベルの背後を振り返る。真白に弾き飛ばされた拳銃はスライドの一部を破壊され使用できる状態にはなかった。
「この状況はちょっと痛いね」
「予備は?」
「持ってきてない。今日はクリスベクターがメインだったからこいつがバックアップだったんだ」
「それを持ってかれちまったわけか、あいつに」
そう言いながらエルバが頭上を仰ぐ。視線の先に飛び去った真白がイザベルの持つ武装を隙を見て奪い去ったのだ。残されたのは2丁のオートマチックのみ。それも残弾は心もとない。
「隙を突かれたなんて言い訳は効かないね。ごめんよみんな」
イザベルがみんなに詫びを口にする。だがそれを非難する声は出てこなかった。マリアネラが声を発する。
「それよりここから一刻も早く脱出しないと。あいつこっちがスタミナ切れを起こすのを待ってるんだよ」
その言葉が示すように、プリシラは手酷い傷を負っている。致命傷でないのはまさに体力を少しづつ削ぎ落とすためである。
エルバが言う。
「少しずつ削り取ろうってわけかい。ゲス野郎だね」
苛立ちが隠しきれないほどに口調が荒くなっている。そのエルバの背後で赤毛でミニドレスのプリシラがすまなそうに皆へと問いかけた。
「あたしの〝能力〟使う?』
プリシラの能力――すなわち大規模な立体映像を作り出す力だ。だがそれをエルバは否定した。
「だめだよ。あんたの力は周囲の状況を把握しきってこそ意味があるんだ。あわてて目くらましにつかっても見破られるのがおちだ」
エルバのナイフ、イザベルの銃撃、マリアネラのレーザーと異なり、プリシラの能力は使い所を考えないと意味がない。強力ではあるが、手品のように〝タネ〟がバレてては意味がないのだ。
追い詰められつつあることを自覚しつつ、その不安に抗うようにエルバは指示をくだす。
「ひとかたまりのままで少しでも移動しよう。バラけると個別に殺られる」
そしてそれこそが真白の狙いなのだ。
不安と苛立ちを押し殺して4人は退路をもとめてあるき出した。そしてその姿を真白はどこかで見ているはずだ。
エルバたち4人の歩み、それが、出口へと続いているかはまだわからない。
@ @ @
ビアンカがセンチュリーを支えながら二人は歩いていた。向かう先は扇状スラム街区の中でも中南米系の住人の多い街区だ。メインストリートから離れた半ば打ち捨てられたエリアを人目を避けるようにして歩いているのだ。
ビアンカは傍らのセンチュリーを不安げに眺めながら問いかけた。
「大丈夫? なんだか辛そうだけど」
先程から比べるとセンチュリーが荒い息をしている。
「大丈夫だ。でも流石に効くなぁこの電磁弾丸ってのは――」
そうつぶやくセンチュリーの視界の中でエラーメッセージが溢れていた。
【特攻装警身体機能統括管理システム 】
【 緊急プログラム作動】
【 】
【>体内器官中枢臓器系、統括深部神経網 】
【 コアナーバスネットワーク】
【 神経信号インパルス信号伝達率チェック 】
【 同、異常確認 】
【 ≫伝達率急速低下 】
【 [伝達率:69%] 】
【 ・伝達率正常ライン75% 】
【 ・生命維持危険ライン32% 】
【 ≫伝達率なおも低下中 】
【>深部神経ネットワーク物理リレーショナル 】
【 ネットワークリンク高速チェック】
【 ≫深部神経網、信号断絶部 】
【 [断絶:28ヶ所確認] 】
【>バックアップ神経網開放開始 】
【 ≫断絶部リカバリー率 】
【 [リカバリー率:45%] 】
【 】
【警告:体内臓器機能維持系統に、深刻な障害を】
【 確認。バックアップリカバリー系統にも】
【 機能不全発生。自己自動修復は困難。 】
【 外部オペレートによる緊急メンテナンス】
【 を要求―― 】
センチュリーは自らの視界の中に赤い文字で〝警告〟の文字を見た。今までどんな敵と戦っても出たことはなかった。それが今、目の前に現れたことで、事態の深刻さを嫌でも思い知らされることとなる。だが――
「今、体の中で自動修復してる。多少しんどいがこれ以上悪くならねえよ」
――そう笑みを浮かべながらつぶやき、センチュリーは『嘘』をついたのだ。
ごく自然な微笑みに、ビアンカはこころの隙をつかれた。
相手の生命と体を案ずる気持ちと、最悪の事態だけは避けてほしいと願う気持ちとが、彼女の中でせめぎ合っている。
そのせめぎ合いの最中にセンチュリーの微笑みが向けられたのだ。
――これで本当に大丈夫だ――
そう思い込みたかったとしても不思議ではない。
「そう? 信じるからね?」
「大丈夫だ。これでも女に嘘をついたことはねえんだよ」
「なによそれ。それこそ大嘘じゃない?」
「なんだ、信じてねえのか?」
「信じる信じないじゃなくて――」
笑みを浮かべて応えてくれるセンチュリーに、ビアンカは思わず本音を吐露する。
「――女を気遣うための〝嘘〟をつかない男なんて居ないもの」
そしてビアンカはよろめくセンチュリーを片手で抱き寄せるようにして支えながら歩いていく。
「知ってる? 男って生まれつき嘘つきなんだよ?」
「あぁ、知ってるよ」
センチュリーもビアンカに負担をかけまいと必死で歩こうとしている。センチュリーは自らの体の重さを知っている。そのままビアンカに支えさせるのには忍びなかった。
それにだ。
先程、スラム街のハズレの戦場の隅っこで、偶然にであったばかりの二人だ。なにもかも背負わせるのは理不尽だろう。
だが奇妙なまでに二人の息は噛み合っていたのである。まるで背中合わせの一枚のカードのように――
あるいは引き寄せ合う磁石のS極とN極のように――
@ @ @
二人が裏通りの道から脇路地へと入ろうとする。そして、角を曲がって視線を脇路地へ向けようとしたその時である。
センチュリーが左手でビアンカを静止する。彼女の胸を片腕で押し返して後方へと退かせる。
それと同時に物陰に身を寄せて自らも気配を絶つと、物陰越しにそっと覗き込んでいた。
通常視力は失われているから、熱サーモ映像と、音響視覚を組み合わせて、モノクロ視界を擬似的にジェネレートしている。白黒の視界ながら、暗所でも見通すことは可能だ。そしてセンチュリーはその脇路地の街路に存在するものを目の当たりにしたのである。
「あれは――?」
そっとセンチュリーは訝しげにつぶやく。4人の女性の集団を襲っている黒い影がある。センチュリーはその影に見覚えがあった。
「猿羅の真白――、特化小隊のサブリーダーじゃねえか」
そのつぶやきと同時に背後からビアンカが声を駆けてくる。
「知ってるの? アイツが誰か?」
センチュリーは振り向かずに訪ね返す。
「見えたのか」
「これでね」
ビアンカはセンチュリーの肩越しに自らの指先をつきだした。そこには指先の小さなアイカメラが備わっていた。
「あたし、物に潜り込めるでしょ? いちいち頭を出して外を見るわけいかないから、手足の先に視聴覚系を仕込んだのよ」
「便利だな」
「でしょ? これでもスパイの真似事は得意だから」
ビアンカの言葉を耳にしつつセンチュリーは問い返す。
「あそこに居る女たちは誰だ?」
センチュリーの声は冷静だった。彼本来の性格が現れている。ビアンカも事ここに至ってはふざけるわけにもいかない。
「あたしの仲間――と言うかチームメイト。チームネームは『ペラ』――、聞いたことあるでしょ?」
「やっぱりそうか」
そっと振り向きながらセンチュリーはため息をついた。
「おまえ〝サングレ〟だったんだな」
サングレを知っている――、それだけでもセンチュリーが何者なのか解ろうというものだ。
「ま、普通の女じゃねえなとは思ってたんだがな」
そう言い放ちながら再び街路の方を伺う。ビアンカはそんなセンチュリーの背中に声をかけた。その時の彼女の声はどことなく不安げだった。まるで捨てられた子犬のように。
「ねぇ」
「あ?」
「幻滅した?」
「幻滅? なににだ」
「あたしに」
その言葉には怯えと諦めが同居している。突き放されたくない、いや、それは仕方のないことだ。その両方をビアンカは覚悟しているかのようだ。だが――
「それはこっちのセリフだよ」
――すまなそうに言い返してきたのはセンチュリーも同じである。戸惑いを抱くているだろうビアンカにセンチュリーは告げた。
「人間じゃなくてアンドロイド、しかも壊れかけだ。逆ナンパしたつもりならハズレもいいトコだろう? おまけにめんどくさそうな事情を持ってそうだし、正直『しまった』と思ってるんじゃねえかってな」
「そんなこと――」
ビアンカはセンチュリーの背中に引き寄せられるうように近づいた。
「そんなことないよ」
センチュリーの背中に触れた手がかすかに震えている。センチュリーは再び尋ねた。
「なぁ、俺なんかほっといたっていいんだぜ? どうせおれたち行きずりだしな」
センチュリーはビアンカの顔を見ずに告げている。その視線は、今まさに危険が起きているその場の方へと向いていた。
その背中、そして、視線――
ビアンカは感じていた。そして察した。判っていた。
こう言うときに頼れる男が何をするかを――
「ねぇ」
「なんだ」
「何する気なの?」
その問いにわずかに沈黙してからセンチュリーは言った。
「戦う。アイツらを救う」
静かな声だったが、言葉は明瞭で力強かった。そして、その言葉の中に秘めた覚悟をビアンカは感じ取ってしまったのだ。
「だめだよ」
センチュリーは答えない。
「無理だって」
その言葉をセンチュリーはなおも無視した。左手を開け閉めして拳を固め直している。その仕草こそが答えだった。
「ねぇ!」
センチュリーの両肩を掴み強引に振り向かせる。だが、そこに見たのは何度も死線をくぐり抜けた猛者であり、戦うことの意味を、そしてそうする事の価値を知っている男の姿だった。一切の笑みのない鋭い視線がすべてを物語っていた。
でもビアンカはそれを見送ることができない。あらん限りの言葉で静止を試みたのだ。
「わかってるの? あんた自分の体が今、どんな状態なのか!」
センチュリーは視線を外さずに真っ直ぐに見つめ返す。
「自分の不利を知って尻尾巻いて逃げるようなら、もっと楽な人生やってるよ。それに――」
センチュリーはビアンカの手を振り払うように、再びペラの4人の女たちの方へと視線を向ける。
「自分の体と命が可愛いからって、眼の前の命を見捨てるようなヌルい生き方はしてねえ」
そう言い放ちながらセンチュリーは強く左の拳を握りしめていた。
満身創痍なのは判っている。命の限界が予想外に迫っていることもわかっている。だがそれでも助けるべき命があるなら、戦場へと足を踏み入れるだろう。敵の攻撃をかいくぐり手を差し伸べるだろう。たとえどんなに深手を負い傷だらけになろうとも。
センチュリーは自分がそう言う男だという事を知り尽くしていた。そしてなにより――
「悪いな。これ以外の生き方を知らねーんだ」
――センチュリーは『武人』なのだから。
ビアンカは思わず目を背けた。
愛想が尽きたのではない。見ていられないからだ。そして――
「なんで」
――ビアンカは知っていた。こう言う不器用な男のことを。
「なんでこう言う馬鹿な男ばっかり好きになっちゃうんだろ」
ビアンカの目尻から涙がつたう。そして今までに別離を重ねた男たちの事を走馬灯のように思い出していた。
振られたわけではない。捨てられたわけではない。皆、理由があって、使命があって、戦いの矢面にたっていった。
今度こそは、そんな不安のない強い人と出会いたい。そう思っていた。でもそんな男、居るはずがない。
なぜなら――
「そうだよね。みんな戦う理由があるんだよね」
――男とは何かを守るために〝戦う〟生き物なのだから。
センチュリーが覚悟を決めたように、ビアンカも覚悟を決めた。その思いがセンチュリーにも伝わったのだろう。不意に振り向きビアンカに告げた。
「教えろ。あそこに居る、お前の仲間の事を。最善の策を練りたい」
断る理由は何もなかった。ビアンカは目尻に浮かんだ涙を片手で拭いながらこう答えたのだ。
「いいよ。なんでも教えてあげる。あんたの力になるよ」
ビアンカは覚悟を決めた男を支える決意をしたのだ。
@ @ @
エルバの耳に入感がある。
彼女たち、ペラの女たちに備わった体内無線機能の音声シグナルである。
エルバは即座に回線をつなぐ。
〔誰!〕
状況が状況だ。襲撃者の攻撃をかわしつつ集団の動きを誘導する。困難極まる状況下で愛想よくする余裕などあろうはずがない。だが、エルバは返されてきた声の主に驚かされることになるのである。
〔あたし!〕
〔ビアンカ?〕
驚きつつもすぐに抗議の声を上げる。
〔ちょっと! あんたこの状況下で何やってるのよ!〕
〔ごめん! いくらでも後で謝るから。でも今は手を貸して、〝あいつ〟を叩き潰す!〕
〔叩き潰す?〕
ビアンカが意図しているのが、あの残忍なる猿男・真白のことだというのは分かった。エルバは速やかに問い返した。
〔どうやって?〕
当然の質問だった。現状ではその尋常ならざる体捌きと空間機動能力とに翻弄されっぱなしたのだから。
〔それにはみんなの力が必要なの。そして、あたしの力で〝トラップ〟を仕掛ける〕
ビアンカの語る言葉にエルバは冷静に問い返す。
〔とどめは?〕
当然の疑問である。生半可な攻撃では、執念深く復帰し再び襲いかかってくるだろう。
〔任せて。最高の一撃を仕掛けるから〕
〔わかった。あんたを信じるよ。その代わり――〕
エルバは強く言い放った。
〔ぬるいことやったら承知しないよ!〕
どのみち、最高のタイミングで、最高の一撃で、相手を瞬時に叩き潰す以外にこの真綿で首を絞められるような状況から逃れる方法は存在しないのだ。現状、彼女たちの能力では〝決定的な決め手〟に欠けるのだ。
エルバはビアンカの言葉に、その決定的な決め手の何かを感じ取ったのである。
〔わかってるよ! あいつに勝ってみんなで生きて帰るよ〕
〔オーケー! どうすればいいか指示してちょうだい〕
エルバは陽気に弾んだ声を返した。そこにはもはや苛立ちも怒りもない。
その言葉をエルバが返した時から、彼女たちの反撃は始まっていたのである。そして、その反撃行動の核心の中にあいつがいることはビアンカ以外の誰も知らなかったのである。
@ @ @
そして、戦いがはじまった。
4人は隊列を再編成する。
先頭はエルバが、その両サイドにイザベルとマリアネラが脇を固めている。その三人に守られるようにプリシラが控えていた。見ればプリシラには新たな傷がある。背中に一つ、太ももに一つ。明らかに懐に飛び込まれて襲われたのである。それでも致命傷は免れているようでまだ逃げ切るチャンスはある。
それ故に彼女たちは、あからさまなまでの守りに徹したシフトで、ジリジリと後退するように逃げ道を求めている。
敵である真白の襲撃には間がある。
一度襲うと間隔が開く。その間隔の隙を縫うようにして、4人は移動を繰り返していたのだ。
だが――
「どこへ逃げる気だ? メス犬ども」
――狂気に歪んだ狩人気取りの嘲りがかすかに響いていた。
その声のした方にエルバは視線を向ける。頭上を仰ぐがそこに敵は居なかった。
「下よ! エルバ!」
声を上げたのはマリアネラ。敵である真白が行ったのは、音声の反響を利用して位置を誤認させるテクニックだ。真白は地上を這うように接近しつつあった。
それを目の当たりにしてマリアネラは装備を起動する。
【 曲射レーザー攻撃システム 】
【 レーザー回折マイクロマシンミラー 】
【 高速レビテーション展開開始 】
【 全マイクロマシン高速リレーショナル 】
【 同調・動機リンケージ作動開始 】
マリアネラの両腕の各部には目に見えないレベルでのマイクロスリットがある。そこから放出される微細マイクロマシンで、両手の十指から発射される高出力ブルーレーザーを反射・回折させ多目的狙撃を可能にする。彼女の字名は〝蒼の輪舞曲〟――踊るように両手を振るいながら青い閃光を解き放つ。
マリアネラの立ち位置はエルバの背後、そこからエルバの左右を迂回するように6条の高出力ブルーレーザーを曲射する。絶妙なタイミングで真白の体を撃ち抜こうとしていた。
「いった!」
射撃に長じたイザベルが叫んだ。狙撃タイミングは完璧だった。だが――
――バアッ!!――
真白のサイボーグボディにブルーレーザーが全弾ヒットする。次の瞬間、ブルーレーザーは真白のボディの体表で凄まじいハレーションを撒き散らしながら拡散してしまったのだ。
「え?」
驚きの声を漏らすのはエルバだ。だがレーザー使いであるマリアネラは何が起きたのか即座に理解した。
「抗レーザーボディ!」
その言葉と同時に曲射レーザーの包囲網を突破した真白が姿を表した。レーザーがヒットした顔面やボディの人造皮膚は破損している。だがその下地の構造体にはなんの損傷もない。
「そのとおり!」
真白が地面を蹴り飛びかかる。それを真っ向から受けたのは陣形の先頭に立っていたエルバだ。
――ガギィッ!――
エルバが両手で逆手に握りしめたナイフで、真白の両手のクローを受け止める。それと同時に真白が叫んだ。
「世界最高レベルのミラーボディだ! 衛星レーザーの直撃だって耐えてみせるぜ! 俺を〝撃ち抜く〟のは不可能なんだよぉ! メス犬ども!」
そしてエルバの両手を封じつつ、右足の膝を逆関節に折り曲げ、つま先の斬撃クローでエルバの腹部をおそう。身を捩って躱そうとするが脇腹を切り裂かれた。
――ザクッ!――
傷の範囲が広い。それに出血は避けられない。それに気づいてイザベルが叫ぶ。
「エルバ!」
真白と組み討ちながらエルバが声を返す。
「早く行けぇ!」
エルバの指示にイザベルが頷く。そしてプリシラをかばいながらエルバを残してその場から離れていく。マリアネラが殿をつとめながらも、残されたエルバを気遣うように視線を残しつつ去っていった。
「よぉ」
真白がエルバに声を掛ける。
「行っちまったな。お前を残して、お前が生贄かぁ?」
真白の下卑た声が漏れる。ヘリ上で惨殺された財津と負けず劣らずの品性である。だがこの程度の男にひるむようなエルバではない。あのペガソの直属の部下なのだ。必死に真白のクローに抗いながら言い返した。
「ふざけんな! てめえみたいなクソ親父、金積まれたってお断りだよ!」
だがその言葉と同時に、真白の左足のクローがエルバの右足首をホールドする。本格的に襲いに来たのだ。
「つれねぇ事言うなよ! 女ぁ! 悪態つく気も起きないくらいに痛めつけてやるからよぉ!」
そして言い終えると同時に右足を後方へと引いた。前方へと蹴り出す予備モーションだ。しかし、それに気づいてもエルバは気圧されない。
「あんた――、女の柔肌に傷をつけてただですむと思ってんのかい!」
ひときわ強く、そして女とは思えないどすの利いた野太い声で叫ぶと、エルバも左足を瞬時に前方へと繰り出した。
「落とし前つけやがれ!!」
エルバの裂帛の叫びがこだまする。それと同時に前方へと繰り出した左膝の下腿部の内部から突出するかのように鋭く鋭利な刃渡り40センチほどの電磁サーベルが繰り出されたのである。
――ザクッ!――
エルバの電磁サーベルは鈍い音をたてて真白の脇腹へと突き立てられた。完全武装のサイボーグゆえに致命傷には至らないだろうが、敵の虚を突いて平常心を失わせるには十分すぎる一撃だ。真白の目が大きく見開かれ冷静さが失われていくのがありありと表れていた。そんなゲス男にエルバは吐き捨てた。
「あたしの字名知ってるかい? セイス・コルテス・エルバ――六つの斬撃ってのはね! 体の中に6つブレードを仕込んでるからなんだよ!」
そして右手のナイフを手放すと、手首の根本が1センチほどスライドする。そして右手の前腕内部から鋭く細く白銀に輝くサーベルがもう一つ姿を表したのである。
わずかに右手を引いてすぐさまモーションを繰り出すと、次に狙ったのは真白の喉元だった。
だが真白も素人ではない。エルバから手足を離して転げるように距離を取る。その回避行動がギリギリまにあったのか、真白は肩口をわずかに斬られただけですんだのである。
「クソぉっ!!」
捨て台詞を吐き捨てて跳躍すると再びビルとビルの間を跳ね回りながら飛び去っていく。
「貴様より先に、あの女どもの方をバラしてやる! お前を縊るのはそのあとだ!」
真白の捨て台詞が残響を残す。だがそれを追いかけるほどの余裕は今のエルバにはない。
「ちくしょう――、ヤることはしっかりやってきやがって!」
左手で脇腹を押さえながらエルバは飛び去る真白を視線で追う。歯ぎしりするほどの悔しさだが――
「腹の中までえぐってきやがった――」
――傷は思いの外深かった。致命傷ではないが立ち上がり歩けるようになるには、自己修復機能の作動完了を待たないとならないだろう。
エルバがその額に脂汗をかきながら仲間たちに思いをはせる。
「あとは任せたよ――」
できる事はやった。一矢報いることもできた。あとは仲間を信じるだけである。
@ @ @
そこは袋小路である。
退路と思ったはずがそれ以上は逃れる場所がなかった。
追い詰められているのは3人――
曲射レーザーのマリアネラ、
ガンナーのイザベル、
そして、プリシラ――
マリアネラのレーザーは効果がない。
イザベルの拳銃は弾切れが近かった。
プリシラは手傷を負っており、反撃の助勢にすらならないだろう。
まさに――
「ははっ、こんなところにいやがったのか。メス犬ども」
――袋のねずみ。
仲間をかばうように立ちはだかったのはイザベル。残り一つの拳銃を両手で構えて、襲撃者に狙いをつける。だが――
「当たるかよ」
――真白が飛び出す。
「そんな豆鉄砲!」
ビルとビルの間の隙間を飛び跳ねるように距離を詰めてくる。そのさいの跳躍のためにビルに取り付いた瞬間をイザベルは狙う。
「うるせぇ!」
怒声を吐き捨てながら残弾を解き放つ。だが――
――カシィッ!――
3つ目の引き金を引いた時にオートマチックのスライドは後方へと引かれたまま固定される。
残弾ゼロ――彼女にもはや攻撃する手段はない。
「しまった!」
イザベルは動揺をあからまさに口にした。そしてそれが呼び水となった。
「万策尽きたな! 女ども!」
今こそ、断罪の時――それこそが真白にとって歓喜の瞬間。攻撃手段を無くしたターゲットに襲いかかり殺戮の爪を突き立てるのだ。
「苦しまずに殺してやるよ! 不法の輩にふさわしい死に方でなあ!」
それこそが報いの言葉。最後の宣言――、黒い盤古の名にふさわしい黒装束と黒マスクの中でその顔は歓喜に歪んでいた。
ビルの構造物の一端を蹴ると、その襲撃の起動を一点に定めた。
「犯罪者! すべからく死すべし!」
真白のその両手両足の斬撃クローが光り輝いている。まるで吸血鬼の牙のように――
その牙を突きたてんと一直線に襲いかかった。
――その時である――
「今だ! プリシラ!」
男の声がする。
若い男の声が響く。
字田や真白のような狂気と偽善の正義に歪んだ声ではない。
生きている人々の、弱き人々の、迷える人々の――
数多の願いの声を聞き続けた〝義〟を知っている男の声だった。
その男の声を耳にして『壁の中から声が響いた』
「ホログラム、オフ!」
どこか幼さの残る舌足らずな声――、それが精一杯に勇気を奮っている。その凛とした声が響いて周囲の視界は一斉に切り替わる。銃を構えていたイザベルを残してプリシラとマリアネラの姿は瞬時にかき消えた。
【 PROGRAM ―OZ― 】
【 超高精度仮想実体ホログラムフィールド 】
【 >仮想実体フィールド 〝解除〟 】
そこは確かに袋小路であった。だが現実と違ったのは奥行きはさらに3mほどあり、そこにイザベルとエルバ以外の者たちが身を潜めていたのだ。その数4人――、プリシラとマリアネラの他に二人の男女が居る。
男は女たちを背後にして守っており、1人の黒い肌の女が男を背後から支えていた。
そして、真白の目は男の方へと引きつけられた。
「何ぃ! 貴様――」
思わぬ事態に真白が驚きの声をあげる。それもそのはずだ。そこに居るはずの無い者の姿を見たからである。
「特攻装警!!?」
真白の視界の真正面にてかがめた両足に力を込めて構えていたのはまさに特攻装警だ。
彼の名は『特攻装警センチュリー』――正義を守る者――
「気安く呼ぶんじゃねえ」
低く抑えた声には組めども尽きない怒りが溢れている。そしてその怒りは彼の左腕へと込められた。
【 特攻装警第3号機センチュリー 】
【 戦闘機能総括制御プログラム 】
【 】
【>武装兵装起動 】
【 起動対象:左腕イプシロンロッド 】
【 ≫超高圧キャパシターコンデンサー 】
【 チャージスタート】
センチュリーは、その左腕に残された最後の奥の手にあらん限りの力をすべて注ぎこむ。
【>武装兵装起動 】
【 起動対象:両脚底ダッシュホイール 】
【 ≫超電導加速ホイール通電スタート 】
【 ――走行開始―― 】
そして脚底の踵に備わった2つのホイールに力を与えてスピンさせる。同時に、左腕を腰下に脇だめに抱えた形で、右足を前にして飛び出していったのだ。
その双眸は怒りに燃えていた。
――弱者を傷つけない・傷つけさせない――
――道に迷えるものを見捨てない――
それこそが彼が少年犯罪課と言う場所で生きていく上で己に課した絶対唯一の〝正義〟なのだ。
今こそ彼は心底からあふれる怒りのそのままに、醜悪なる襲撃者に向けて叫んだのである。
「てめぇ――、女には優しくしてやれって――」
ホイールでの走行に加えて右足を震脚し、両足の力を開放して砲弾のように空中へと跳躍する。その向かう先は無論、襲撃者である真白が飛来してくる方向だ。
「教わらなかったのかぁっ!!」
そして今こそ、センチュリーの左腕が敵に向けて断罪の一撃を解き放ったのである。
【>超高圧キャパシターコンデンサー 】
【 ――充填完了―― 】
【 】
【 ≫左腕イプシロンロッド 】
【 高圧加圧電磁シリンダー】
【 ――動作同期開放―― 】
強く、強く、握りしめられたその左拳は正面へと繰り出され、黒い襲撃者のその胸骨の位置へと〝正拳〟として撃ち込まれた。
センチュリーはその拳の名を高らかに告げた。
「正拳! カウンターイプシロンロッドォォォォォッ!!!」
左腕の前腕部の尺骨と橈骨――、そこに仕込まれた電磁シリンダーに蓄積された全エネルギーが開放される。それはセンチュリーが空中へと飛び出した力と、敵の真白が襲いかかってきた動きが加わることで、通常の数十トンのインパクトを更に超える衝撃でターゲットを打ち砕くのだ。
そして――
――今こそ、鉄槌はくだされる――
膨大な衝撃が解き放たれる。衛星レーザーすらも倒せないと豪語していたはずの改造ボディは、まさにその正義の左拳によって打ち砕かれる。真白のその全身に衝撃波が広がった後に巨砲にて打ち砕かれたがごとくに、あらぬ方向へと弾き飛ばされたのだ。
――ズドォオオオオオオン!――
それはまさに〝巨砲〟
戦艦の主砲を射ち放ったかのような残響を当たりに響かせていた。
それを繰り出したはずの一人の男は、技を出し終えた後にすべての力を出し尽くしたかのように地面へと落下していく。
センチュリーのその体が地面の上を転げ回る。やがて、仰向けになって地面の上に横たわったのである。
今、遠くで音がする。センチュリーの左拳に打ち砕かれた者がどこかで転げ回る音だ。
だがそんなものに気を取られる者はない。なぜなら――
「センチュリー!」
ビアンカが涙声で駆け寄っていく。
あの〝悪魔の弾〟の威力と、センチュリーの体の状態を知っているが故に、その彼がくりだした技の大きさを目の当たりにしたが故に、その体にかかるであろう負担とダメージを考えると、不安に駆られずにはいられなかったのだ。
センチュリーの体に駆け寄り、その両肩に手を触れてしっかりと抱きしめる。
「大丈夫? ねぇ!」
大声で問いかけるが、すぐには反応は帰ってこない。地面の上で転げ回った衝撃もあってか意識が飛んでいるようだ。
「ねぇ!」
思わずその体を揺さぶる。それでも返事はない。ビアンカは涙を溢れさせながら叫んだのだ。
「だから無茶だって言ったんだよ!」
それでも声は帰ってこない。だが、その左腕は静かに動き出した。
「え?」
驚きつつセンチュリーの左腕を見れば、それはしっかりとビアンカの頭をそっとなでていた。あの黒い襲撃者を打ち砕いた手で涙を浮かべるその女性を労るようにしっかりと触れていたのだ。
「わりぃな。泣かせちまって」
「センチュリー――」
「すまねぇ、お前を撫でるのが精一杯だ。流石に疲れた――ちょっとだけ休ませてくれ」
センチュリーがその顔を傾けてビアンカの顔を覗き込む。疲労とダメージの色は濃かったが、それでもビアンカを見つめる視線は優しい。
「うん、わかった」
すべての力を出し終えた男をビアンカは抱き上げる。その体は生身の男よりはるかに重かったが、今はその重さすら愛おしかった。
「おつかれ――ゆっくり休んで」
「わりいな――」
それがセンチュリーが告げた最後の言葉だった。そしてそれっきり――深い眠りに落ちてしまったのである。
【特攻装警第3号機センチュリー 】
【ダメージ蓄積警戒レベル突破 】
【緊急休眠モード移行 】
【オールシステム・スリープ 】
深い深い眠り――それは何かを守るために戦い続けた男ヘに許される〝ビッグスリープ〟
そのセンチュリーを抱きしめるビアンカの元に、
プリシラが、マリアネラが、イザベルが――そして、深手を負ったはずのエルバが、1人、また1人と集まってきたのである。
先に問いかけてきたのはプリシラだった。
「ねぇ、ビアンカ――」
「え?」
「この人誰?」
当然の問いだった。ビアンカとともに突然姿を現し、真白への反撃の仕掛けを指示してきた男――
そして、マリアネラも問うてきた。
「なんか、傷だらけじゃない、どうして?」
ビアンカに支えられるようにして現れて、何も言わずに自らの背中に、プリシラと彼女をかばって守ってくれた男――
イザベルも苦笑気味に言葉をかける。
「強い男だってのは分かるけどさ」
イザベルも、その男の気迫と傷だらけの拳とに気圧されて言われるがままに、最後の囮の役を引き受けた。そして、彼女へと誓ったとおりに難敵を打ち倒したのだ。
エルバも自己修復を終えてよろけながらも駆けつけていた。ビアンカが抱きしめる男の姿をみて声をかけた。
「ビアンカ」
その声に顔を向ける。エルバの顔は笑っていた。
「いい男、見つけたじゃない」
その言葉にビアンカはうなずく。
「うん」
そしてビアンカはセンチュリーのその傷だらけの頬をなでながら答える。
「言い出したら聞かなくて――、頑固で――、一度守ると決めたら、どんなに傷だらけになっても守り通してくれる人――、不器用で馬鹿だけどね」
その言葉を耳にして、ペラの女たちは皆、吹き出すように笑いだした。エルバもビアンカに言う。
「それじゃあんた――」
体の痛みも忘れて心の底からの笑い顔でこう告げた。
「あたしたちの知ってる〝あの人〟みたいじゃない」
イザベルが言う。
「そうだね、そっくり――、絶対無理だってどんなに言われても諦めないの」
マリアネラが言う。
「でも、言ったとおりに成し遂げるよね」
プリシラも答える。
「だからほっとけないんだよね」
皆がうなうづいていた。そして、そこから抱いた思いは同じだった。
エルバが皆に問うた。
「ねえ、助けてあげよう。こんどは私たちが」
マリアネラが言う。
「当然よね」
イザベルが言う。
「まずは怪我をなんとかしてあげないとね」
プリシラも言う。
「じゃ、病院?」
そして、ビアンカが言った。
「うん、急いで連れていきたいの。彼、ロシアの電磁弾丸食らってるから」
その言葉を聞いて皆の顔が冷静になる。エルバが皆に指示を出した。
「わかった。みんなで手分けして連れてこう」
イザベルが連絡手段としての体内通話を作動させながら言う。
「じゃ、移動手段、使うね」
「お願い。安全な場所まで運ぼう」
「おけー、みんなでやろう」
「うん」
連絡する先がどこなのかはここでは定かではない。
深手を負っているエルバを除いた4人がセンチュリーの体を抱き起こしていた。
そして、センチュリーは5人の美女に守られながら――、その洋上スラムの街から姿を消していったのである。
次回、魔窟の洋上楼閣都市51
『死闘・――天使、そして声――』
次回、8月31日夜9時に更新予定です

















