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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第5部『死闘編』
134/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part49『死闘・鉄の旋律・後編』

誰にも知られぬ路地裏の死闘……


特攻装警グラウザー

第二章サイドB第一話魔窟の洋上楼閣都市49

『死闘・鉄の旋律・後編』


 ビルの頂に影がある。

 それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ――

 

「クラウン様、始まりました」


 傍らの銀仮面の女性から名を呼ばれて彼は振り向いた。

 

「おや、誰と誰です?」


 クラウンの名を呼んだ女性は銀仮面を身に着け体には灰色の布をローブのようにまとって全身を覆っていた。そしてあるじの問いかけに言葉を返す。

 

「黒い盤古の辻斬りの柳生、それとピアニストが1人」

「は?」


 それまで白地に青いアーチで笑い顔を浮かべていたクラウンだったが、黄色地に緑で顔いっぱいのクエスチョンマークを表した。


「ピアニスト? なんでこんなところに? そりゃ今この島はバラエティに富んだ野次馬の宝庫ですが――」


 何時になく慌ててクラウンが身を乗り出している。

 

「表の社会の人間に無用な危害は――」


 焦りの理由を口にするがファイは明確に否定した。

 

「いいえ、ご心配は御無用かと」


 ビルの頂から顔を出して眼下を眺めたクラウンの視界には、確かに二人の男が対峙しているのが見えた。その片方は見覚えがある。あのイカれた継ぎ接ぎだらけの隊長とともに現れた黒い盤古の隊員の1人――、殺人剣の魔道に落ちた男、柳生である。

 残る片方の男は確かにピアニストと形容してもおかしくない風体をしていた。

 漆黒のタキシードにノーネクタイ、襟元は開け放たれていて細めだが屈強な肉体が垣間見える。足元は黒のリーガルシューズで、髪はオールバックになでつけた髪を手櫛で乱雑にウルフカット風に流していた。目元には黒レンズの偏光サングラスがかけられていて、その素顔を直接に伺うことは難しいが、その表情の端々にはその男の生きざまの剣呑さがにじみ出ていた。

 

「あれが表の世界の人間に見えますか?」


 ファイがそう苦笑交じりにつぶやけばクラウンもしたり顔で頷く。白地に赤色で笑い顔のアーチを描いていた。

 

「なるほどなるほど、たしかにそうですねぇ」


 二人のあとを付いてきたイオタにも手招きし、眼下を見せながら、クラウンはこう言ったのだ。

 

「アーティストたるもの普段の表現のあり方が面持ちや佇まいに現れるというもの――

 優しい作品を生み出すならば優しい顔立ちに――

 力強く雄々しい作品ならば雄々しさが垣間見え――

 涙を誘う作品ならばその心根の深さと美しさが現れます。ですが――」

 

 クラウンは紫の手袋の指先でそれを指さした。

 

「どんな曲を演奏したらあのような餓狼のような面持ちになるのか、見当もつきません。ショパンのノクターン第20番を1000回弾いてもあぁはなりますまいに」


 そのつぶやきにファイはそっと口をさしはさむ。

 

「クラウン様、それ――〝遺作〟ですよね?」


 ファイの問いかけにクラウンしたり顔のマスクで笑い声を漏らした。

 

「クックックッ――、ファイ。あなたも中々に造詣が深い。ピアノ趣味でもおありで?」


 そう問われれば、ファイは言葉を投げ捨てるようにつぶやいた。

 

「私を捨てた男がクラシックフリークでしたので」

「なるほどそうでしたか。でも、そんなやつには――」


 クラウンはファイの方へと視線を向けながらこう告げたのだ。

 

「〝レクイエム〟で十分です」


 その言葉にファイは答えなかった。ただ銀仮面の中で忍び笑いしているようにシルエットが揺れていた。

 

「さ、行きましょう。どちらが生き残っても我々にはなんの意味もありません。ただ生き残った者が〝死の業〟をさらに背負うと言うだけのことです」

「はい」


 クラウンの言葉にファイが同意し再び姿が消える。

 

「さて、この戦いが遺作となるのはどちらでしょうねぇ?」


 その言葉が発せられ、言い終える頃にはクラウンたちの姿は消えていた。戦いの趨勢はまだこれからなのだ。

 

 

 @     @     @

 


 そこは灯りすらささぬ暗がりの中だった。わずかに表街路から漏れてくる反射光が二人の姿を薄っすらと浮かび上がらせていた。

 1人の名は柳生――武装警官部隊・盤古、情報戦特化小隊第1小隊隊員、柳生 常博。

 もう1人の名はコクラ――表社会と闇社会の間でピアニストとして活動する男だ。ただし彼のパトロンはあの緋色会の天龍である。

 

 柳生はその手に日本刀風のブレードツールを装備していた。左腰に鞘をたばさむように装着し、その手には2尺3寸――今の値にして60センチ程の長さのブレードが鈍い光を放っている。右手に持ったブレードを刃先を斜め下にしてゆったりと構えていた。

 対するコクラが繰り出した挙動は素早い。緩やかな前傾姿勢をとり両腕の力を弛緩させ、幽鬼のように揺らいだかと思うと、瞬く間に走り出す。その歩みは闇夜の中の黒豹が獲物を捉えたがごとくに速やかで、足音一つなく静まり返っていた。

 対する柳生は自然体のままであった。

 

――無為の構え――


 一切の力みを捨てて、また緩むことなく、攻めるでもなく、守るでもなく、意識をまっ平らな中庸の姿にして起こりうるあらゆる出来事に対処する。概念としては知っていても、実際に行うとなればそう簡単なものではない。

 だが、この柳生という男は未知なる敵への対処の術の一つとして自然に繰り出せるほどに体得していたのである。

 その不気味なまでの力のこもらぬ姿にコクラは違和感を感じた。

 

「構えない? ニュートラルフォームだと?」


 居合抜刀でもなく、振り下ろすでもなく切り上げるでもない――、攻撃のスタイルを見せてこないためにどのような反撃をすべきかが読み取れない。

 それは高度な駆け引きの一つだ。己の手の内を一切見せず、相手に攻め入る隙を悟らせない。それでいてなにが繰り出されるか見当がつかない得体のしれなさ。コレほどまでにやりにくい相手はない。

 

「面倒な――」


 だが、だからと言って手をこまねくわけにもいかない。迷わせること、鈍らせること、それこそが〝無為の構え〟の狙うところの一つだからである。しかしながらコクラもまたそのような事態に飲み込まれるような暗愚ではない。

 駆け抜ける勢いを保ったまま一直線に柳生の懐へと間合いを詰めると、左足を踏みしめて急制動し前方へと進もうとする勢いのすべてを右足にのせて、そのつま先をしなる鞭の先鞭のように柳生の頭部めがけて振り込んだのである。

 

――ヒュオッ!――


 空を切る音が鳴る。だがそのつま先を柳生はほんの僅かな隔たりを挟んで(かわ)してみせた。

 さらなる二撃目、コクラは胴体の垂直軸を使いその場でスピンする。地についていた左足で飛び上がりつつ、同時に右足で着地しつつ左足を後ろ蹴りの様に後方へと突き出す。

 その二撃目も、柳生は体軸を左へと揺らしてミリ単位の間隙で躱しきった。


 第三撃目、右足を地についたまま左足を更に繰り出す。ボクサーのジャブのごとくにわずかに左膝を引いては柳生めがけて繰り出して躱され、引いては繰り出してなおも躱されと言う事を繰り返すことになる。

 体軸を左右に逃して躱し、後方へとスウェーして躱し、更に厳しいときには右手のブレードを引き上げてその柄の部分で受け止める。巧みに、そして多彩に、柳生はコクラの技を〝殺し〟て見せたのだ。

 

「ちぃっ!」


 必死の連撃を繰り出すコクラに対して、柳生は汗一つかいてない。泰然自若の落ち着いたさまで、精緻なる防戦を続けていたのである。

 柳生の口が開く。

 

「どうした――この程度かピアニスト」


 それはなんの感慨も沸かないという乾いた口調。失望と退屈が垣間見えていた。

 

「蹴り技しか用いないお前の戦闘メソッド――中々にユニークだが技に幅がなさすぎる」


 柳生はその顔面めがけて繰り出された蹴りを上へと引き上げたブレードの側面を使い一旦弾き返す、そして再度繰り出された蹴りに対して、構えたブレードの側面を柄の握りをわずかに変えてブレードの向きを90度切り替えたのである。

 

――チャキッ!――

 

 独特の金属音をたてて鋭利な刃峰は、さらに繰り出された蹴りの足底へと向く。その意味をコクラはとっさに読み取った。

 

「くっ!」


 慌てて左足の勢いを殺すように力を込める。コクラの足を柳生のブレードが切り裂くすんでの所で回避される。そして、コクラの靴底の中に仕込まれた物が、一部を切り裂かれつつも外へと露出したのである。

 

「随分熱くなるのだな、ピアニスト」

「これでもヒートする口でしてね。あなたこそすきのない精緻さをしている」


 コクラはそう語りながらバックステップで距離を取る。そしてシューズのソールに意識を向けつつ装甲板が貫通されていない事をそっと確かめていた。そんなコクラに柳生は言った。

 

「貴様こそ、足技だけで戦う気か?」

「無論、ピアニストにとって指は命。これだけは危険に晒すつもりはありません」

 

 眉一つ動かさずに語るコクラの言葉に柳生の口元はかすかに動く。

 

「いい覚悟だ」


 柳生が右手にしていたブレードを一閃させる。

 

――シュッ、パチン――


 涼しい音をたててブレードは鞘へと収まった。

 

「全霊で相手する。掛け値無しだ」


 対するコクラも構えをとる。両腕はボクシングのデトロイトスタイルのように腰の前あたりで水平にかまえ、右半身をやや前する。攻撃にも防御にも通じる体制だった。いたずらに力押しの攻撃でやすやすと突破できるような相手ではないことを察したのだ。

 互いの間合いを牽制し合いつつコクラは不意に口にする。

 

「小手先の小細工で勝てる相手ではありませんね」


 コクラのその言葉が柳生の耳に入る。

 

「わかったか? 先ほどの攻めは残念ながら力押しの域を出ない」


 そう語る柳生の表情は冷ややかなままで、言葉もまた冷ややかだった。

 

「そのとおり、非礼をお詫びします」


 コクラのつぶやきに柳生は問い返した。


「一つ尋ねる」


 柳生が右足を前にして歩幅を開いてスタンスを取り腰だめに構えていく。


「貴様、フランツ・リストの139.2bも弾けるのか?」


 納刀するカタナブレードに右手を逆手にそっと添えながら柳生は問いかける。

 139.2b――

 超絶技巧練習曲とも呼ばれ、ピアノ界の偉人フランツ・リストにより生み出された世界で最も難易度の高いピアノソナタ曲の一つである。

 対するコクラは呼吸のリズムまで意識を向けながら、言葉少なに答えていく。


「改訂版と呼ばれる第三稿でしたら」


 139.2bは精密には三つのバージョンが存在する。

 最も最初の第一稿、

 そして〝初版〟と呼ばれる第二稿、

 さらに〝改訂版〟と呼ばれる第三稿である。


「139.2bの初版を完全演奏した人物は、世界中の歴史を通じて五本の指で数えるほどしかありません。そんなものを弾けるやつなどまさに〝化け物〟」

「ふっ、自分の身の程をわきまえてるな? だが貴様の謙遜などどうでもいい。時間が惜しい」


 吐き捨てるような荒い口調。


「さっさと死ね」

「何ともまぁ、風情のない男だ」

「これは試合ではない、殺し合いだからな」

「同感」


 そう言い終えた瞬間、コクラと柳生、二人の呼吸が静まる。街の喧騒だけが響き渡り、お互いの呼吸の音さえも、その息遣いも、二人の気配すら猥雑な街の淀んだ空気に飲み込まれていく。

 次こそが〝生死の決する〟最後の一合―― 


――ドォォォオン――


 どこで誰かが発した弾丸が残響を響き渡らせた。その残響をゴングとして二つのシルエットは同時に動いたのである。



 @     @     @



 特攻装警専属格闘技指導教官、大田原国包――

 センチュリー開発初期から特攻装警の心と体に携わってきた人物。

 その時、大田原は自らの道場にて正座し瞑想にふけっていた。純白の袴姿で結跏趺坐して三目(さんまい)の想にて、想いを馳せている。その正座した膝の前に、床の上に置かれたものがある。白木の板に描かれた名札だった。彼の道場の門下生の名が描かれたものであった。

 今、大田原のその脳裏にはある男の姿が浮んでいた。


――柳生 常博――


 彼がかつておのれの全てを託したいと願った男だった。あらゆる可能性を秘めた逸材だった。だがそれも泡沫(うたかた)である。

 その名札には柳生の名が記されていた。

 大田原は動かない。ただ何かを弔うように正座し瞑想にふけるのみである。



 @     @     @



 動き出したのはほぼ同時であった。

 左腰の鞘に納刀していたブレードを右手で逆手に握り、腰だめに構える。そのまますばやく駆け抜けながら敵の懐へと飛び込んでいく。

 かたやコクラもまた先んじて敵のリーチ内へと飛び込み、敵との間合いを制するもくろみだった。彼の武器となるのはその両足、駆け出すステップのリズムのその先に、攻撃のインパクトが、楽譜の音符のごとくに存在している。


 対する、ブレードの有効リーチは二尺三寸――すなわち87センチの程の刀身が白銀の光を放ちながら左下から右上へと斬り上げるように抜き放たれる。

 それをコクラは踏みしめた右足を軸として左膝を勢いよく跳ね上げる。膝頭がブレードの刃峰の側面を叩き上げるように弾いた。


 コクラはさらに右足にひねりを加え胴体全体に旋回の勢いを加える。そして左足全体を鞭のようにしならせると、一気に振り上げた。

 対する柳生は、弾かれたブレードを勢いを殺さぬままにその刀を上方向へ振り抜いていた。

 振り上げた上方でブレードの握りを素早く持ち変えると真正面から振り下ろす。

 ブレードの鋭利なエッジのその先にはコクラの頭部がある。

 コクラは左足をさらに振り上げて、つま先の甲の部分でブレードの刃を再び弾いた。さらに返す動きでかかと落とし。一気に肉薄して柳生の胸ぐらへとおのれのかかとを打ち込んでいく。

 柳生が右足を後方へと引いて体軸を一気にずらす。同じくブレードの先端を右の腰脇へと振り抜くと、ブレイドのエッジを翻し反転させる。

 コクラが左足を踏みしめるとほぼ同時に右足が一気に跳ね上がる。しならせた一本の鞭のように右足全体をスナップをきかせて柳生の頭部を狙ったのである。

 絶好の位置でブレードが翻る。そのまま行けばコクラの右足をブレードが両断するだろう。

 柳生の目が不気味な歓喜に歪む。誰がその喜びは速やかに驚きへと変わる。

 下から斜め上と一気に跳ね上がった右足はまるでジェットコースターのごとくに、その右つま先の軌道を左斜め下へと変える。

 まだ斬撃の効果を発揮する前だったブレードのエッジは革製シューズのつま先にあっけなくはじかれて振り抜くタイミングを逃すのである。

 コクラの足技が柳生をさらに責めると思ったその瞬間、敵は思わぬ第二撃を繰り出した。


 独特の風切音を鳴らしながら柳生はその左手に〝小太刀〟と呼ぶにふさわしい一回り小さなブレードを自らの背面から新たに引き出し下から上へと返す動きで、鋭利なエッジを輝かせながら斬り上げたのである。


――ヒュオッ――


 それは小太刀サイズのブレードゆえ、その長さはメインのブレードの2/3にも満たない。だが、この肉薄した状況で二本のブレードを用いた二刀流という状況は絶大なイニチアシブである。

 小太刀のブレードの切っ先がコクラの右足のふくらはぎを狙う。切りつけるのではなく突き刺す動きだ。

 コクラの顔に驚きが浮かぶ。

 柳生の顔が優越感に歪む。

 コクラは右膝を胴体へと寄せるように引き絞ると、二本のブレートをまとめて追い払うように、おお振りに左から横へと振り払った。

 それでも敵の攻撃は止むはずがなく、交互に繰り出される二つのブレード。それをコクラは巧みにいなし続ける。

 

 コクラは、敵の優位性をやすやすと見逃すような甘い男ではない。敵の攻撃の手数が二倍となったのならば、こちらはさらに二倍を超える速度で攻めればいい――

 コクラとはそう考える男であり、それを実行に移せる力が備わっていたのである。


「美味しい……」


 コクラはその口の中でかすかにつぶやく。

 死の味へとつながる剣呑な香りを彼は知っていた。そのそしてその甘美なまでの味わいと楽しみ方を彼は心の底からしていたのである。


 そんな、愉悦の光を柳生は訝しりながらも、ひたすら攻めに徹して行く。


 倍になった攻撃手段と、

 倍を超える攻撃速度、


 それは戦いを、さらなるステージへと押し上げたのだ。

 柳生は左の小太刀を真下へと振り下ろしコクラの右足の動きを牽制する。

 さらに右手で握るメインのブレードを刃峰を上にして、やや右下から上へと一気に振り上げる。上から下へ、下から上へ、二本の刀は上下に挟み込むように眼前の敵を襲う。

 それをコクラは驚くべき速さで切り返した。

左足をわずかに伸脚してその場で飛び上がる。上半身と足全体のひねりを加えることで彼の体は漆黒の独楽のように旋回する。

 まず一度背中を見せて振り返りぎわの右足の軽い蹴り込み。間を置かずして左足の全体重を乗せた蹴り込みは、さながら左腕から繰り出される左フックのパンチのようであるだ。

 初弾の右の蹴りこみが柳生の頬をかすめ、左の蹴りは敵の喉笛のやや下あたりを正確に捉えて打撃を与えていた。

 続く三撃目では、左足で降り立ち右足を大きく引き絞る。

 上下から接近する鋭利なブレードの先端を捕らえ、右足を振り上げる動きで振り下ろされるメインのブレードの切っ先を軽くいなし、返す動きで右足を蹴りおろし、下から突き上げてくるサブの小太刀の動きを否定するかのように、分厚い靴底で蹴り込むとこれを真っ向から受け返した。


「くっ!」


 思わず柳生のくぐもった声がもれる。鈍い光の火花が散り、コクラの靴の靴底が柳生の手にするブレードに打ち勝ったのだ。

 だがこれで終わりではない。コクラは攻めの動きをさらに加速させる。

 右足を地面に突き、左脚を前へと踏みしめ、さらに一歩肉薄しては、右足を引き上げ柳生の体軸へと肉薄して膝頭をぶち当てる。

 左足から腰にかけての体軸のバネを生かしての膝蹴りの重爆である。


「ぐうっ!」


 柳生は、とっさに順手に握った二本のブレードの柄を一点に寄せて防御を取る。その防御がかろうじて間に合ったのか柳生の肉体への直接の打撃は避けられる。だがその体は大きく後方へと弾き飛ばされた。敵との間合いを離される中で、柳生はコクラの正体に思い至るのである。

 

「貴様、殺し屋か」


 柳生の右手に握られていたメインブレードはコクラの右の重い膝蹴りによって柄の根元のあたりが砕かれていた。並の人間にできる技ではない。

 

「それもサイボーグ――、相当に高精度の改造と高品質素材を用いたハイレベルモデルだな」

 

 使用不能となったメインブレードを打ち捨て、背後に右手を回してもう一振り小太刀を取り出す。着衣の背面部に伸縮式のブレードを数本収納しているのには間違いないだろう。その周到さ、入念さ、恐れ入る。

 

「なぜ、そう言えるのですか?」


 コクラが問い返せば、柳生は右手の小太刀ブレードを一振りし、収納モードを解除しながら答える。

 

「まずはその靴だ。どんな危険に備える必要があったとしても、高精度合金製のブレードに耐えきる装甲仕様シューズなど、そうそうあるはずがない」

 

 当然だ。危険作業用の安全靴と言えど、ここまでの防御はしないだろう。思わず苦笑するコクラに柳生はさらに畳み掛けた。

 

「だが、それ以上に――、その足だ」

「ほう?」


 柳生の言葉にコクラはニヤリと笑いながらあいづちをうつ。

 

「違法サイボーグはどんなに金を積んでも個人で得られる改造マテリアルには限度がある」

「その通り――、普通は〝闇街〟での密売品を使いますからね。二流品、三流品のクズパーツは自然に多くなる」

「そうだ――、だがその理屈を覆せる状況が一つだけある。それは強力な〝力〟を持った大規模組織のバックアップを得ることだ。国境を超えた高品質パーツの入手、表社会の技術系大企業の横流し品、軍需産業の闇放出品――これらはいずれも大規模組織同士の取引によってのみ得られるものばかりだ。だからこそだ、お前のような高品質・高精度ボディの持ち主は必ず有力なバックアップやパトロンを有しているものだ」


 そして柳生は歩き出す。両手首のスナップを効かせて2本の小太刀ブレードを旋回させて振り回す。

 ヒュンヒュンと小気味よい風切り音がBGMとして奏でられていた。

 

「言え、貴様、どこの所属だ」


 コクラもまた両手を再びボクシングのデトロイトスタイル風に構えながら、両足で跳躍するようにステップを踏み始めた。二度に渡るつばぜりあいで互いの体は十分すぎるほどに温まった。リミッターをぶっちぎるにはこの上ないタイミングである。

 コクラは意図的に柳生を挑発するように吐き捨てるのだ。

 

「それを私が言うはず無いでしょう? 時代遅れのだんびら屋」


――ガッ――


 左足を前方へと踏みしめ、足場をかためつつ右足を開いて後方へと引く。引き絞った弓か鞭のようにその身体はいつでも発動可能となっていた。

 対して柳生は、表情を変えずにいてもコクラからの挑発への怒りは言葉の端々ににじみ出ていた。

 

「言ったな? 場末の弾き語り風情が。その体を造るのにパトロンにどれだけケツを振った? 落ち着いて見えるが淫売の相が見えるんだよ。そのサングラス越しにな」


――カチッ――ブゥゥゥゥン――


 柳生が両手の小太刀ブレードの柄の位置に隠されたスイッチを入れる。高周波振動のサイクル音が微かに鳴り響く。

 

「イカ臭ぇんだよ! てめえの体は」


 上等だ、罵声には罵声だ。コクラもまた黙っては居なかった。 


「ツギハギが何を言う。あなたこそ表社会で喧嘩に負けて元の飼い主から逃げ出して、裏町で新しい飼い主に拾われてトリミングしてもらっただけでしょうが。あの不気味な電子声のイカれた隊長にね」


――カンッ――


 コクラも右足のソールを強く地面に打ち付ける。シューズの先端から鋭利なナイフが飛び出しそれが赤熱化する。

 ブレード内部でマイクロ熱プラズマを開放する灼熱ナイフである。

 

「負け犬は負け犬らしく、保健所で薬殺(やくさつ)されなさい」

「あの人を侮辱する事は許さん」

「何度でも言ってやるさ――」


 コクラは大きく息を吸い、腹の底からの嫌悪を込めて吐き捨てた。

 

「しょんべん臭いんだよ。ツギハギの駄犬の群れはなぁ!」


――ガンッ!!――

 

 柳生の右足が地面を強く踏みしめる。それは怒りの丈をこめたハンマーであるかのようだ。

 

「貴様ぁあ!!」


 怒声をひびかせながら柳生が駆けてくる。その両手に握りしめた2本の小太刀ブレードを左右に広げた両翼のように構えながらコクラの身体を寸刻みに切り裂く勢いで飛びかかろうとしていた。柳生もまたその体をサイボーグ化している。限界ギリギリまでで力を開放した今、その速度は音よりも早かった。

 

「しねぇええ!!」


 対するコクラは微動だにしない。柳生の先の先をとる勢いに対して、今度はコクラが敵の行動を全て受け止める後の後のタイミングであった。

 柳生が低姿勢・低軌道で迫り、その遥か足元からコクラの動体の下腹部を狙うように2つのブレードの白銀を放ったのだ。

 だがそれは虚しく空を切る。

 

「遅い」


 シンプルなつぶやき。そして柳生はその視界にあらぬ光景を目にする。

 

「江戸時代の大剣豪の名を持つ者がその程度とは」


 確かに敵の位置は補足していた。敵の初動の動きを先んじて制したはずだった。だがその時のコクラは1mほど後方へと瞬時に下がっていたのである。

 

「――恥を知りなさい」


 そして再び距離を詰め肉薄してくる。信じがたいが柳生の視界の中で敵は左足のみでステップを踏み、敵との間合いを変えていたのである。

 脚のみで戦う。必然的に歩法には制限がかかる――と思い込んでいただけに完全に裏をかかれた。その驚愕の事実を知るのとほぼ同時に引き絞られた弓矢であったコクラの右足は一気に解き放たれたのだ。

 

――ブオオオッ――


 赤熱化した灼熱ナイフの火炎をほとばしらせながら、その右足の蹴りの切っ先は柳生の喉元へと一気に撃ち込まれる。肉が焦げる音と同時に気管が焼けて引き裂けて、肺の中の呼吸が不気味な音をたてて吹き出していた。

 

「ゲホォオッ!」


 無論、そんなもので終わりはしない。右膝の動きのみでソールの灼熱ナイフを引き抜くと、再びそれを右下から左上へと振り抜く動きで蹴り込んでいく。そして赤く焼けたナイフは柳生の顔面を斜めに切り裂いたのだ。

 

「たかが芸がうまいだけの飼い犬が、闇の世界で慣らした生粋の戦闘犬に勝てるはずが無いでしょうが」


 そして振り上げた右足の踵を柳生のこめかみへと打ち付けていく。その打撃で柳生の肉体は崩れ落ちそうになる。

 

「おっと――、眠るのにはまだ早い」


 地面へと崩れそうになる敵の体。その顎下に灼熱ナイフをつきたてて無理矢理に立たせている。もはや柳生の意識は切れかかっていて無反応だ。

 

「私これでも、この体にも、この体をくれたあの方たちにも愛着と深い敬意をもっているのでね。あの方たちが誉めてくださるピアニストの才能も、あの方たちのお役にたてる殺しの技も、あの方たちがくださったこの体も――」


――ズヒュオッ――


 不気味な音とたててナイフを引き抜くと、すぐさまに右足を振るい、コクラはそのつま先の灼熱ナイフを――

 

「私にとっては至高の宝物なのですよ」


――柳生のその左胸へと突き刺したのである。

 柳生のからだが痙攣している。もはや罵声をあげる余力すら無い。勝敗の決着を確信してコクラはその右足を引き抜いたのだ。


「その侮辱、万死をもって詫びなさい。駄犬は駄犬らしく路上のゴミがふさわしい」


――カッ!――


 ヒールを強く鳴らしながら右足を踏みしめれば灼熱の仕込みナイフは速やかに収納される。それと同時に柳生のその肉体は地面へと崩れ落ちたのである。

 コクラは眼下にて(むくろ)となったその男にひややかに吐き捨てた。

 

「今更ですがわたし、実は弾けるんですよ。――〝139.2b初版〟――」


 そしてコクラは襟元をただしながら身を翻すと、足音静かに歩きだす。

 

「弾けると口外していると弾いてくれとせがまれて面倒なのでね」


 その言葉を言い終えるのと同時にコクラの姿は幽鬼のように霞んで消える。あとには裏路地の暗がりの中で一人の男の体が地面に横たわるのみである。

 

 

 @     @     @

 


 広い道場の中、正座にて瞑想にふけっていた大田原だったが、伏せていたその目を突如として刮目する。

 そして足元に置いていた一つの白木の名札を空中へと投げ上げると、その右手の手刀を空中にて翻らせたのだ。

 

――カッ!――


 白木の名札が小気味よい音をたてて両断される。縦に真っ二つになったそれは、記されていた名前が左右に断ち切られていた。

 

【 柳生 常博 】


 それは彼のかつての愛弟子の名であった。だがもはや意味はない。

 真っ二つとなったそれを拾い上げると懐から出した純白のさらしの布に丁寧に包み込み、そしてそれを再び懐中へと収めた。

 大田原は、しかる後に立ち上がると道場から出ていく。別室にて待機していた住み込みの門下生が大田原へと駆け寄ってくる。

 

「先生」


 その問いかけには答えずにこう告げた。

 

「出かける」

「はっ」


 出かけるの言葉に門下生は上着となる羽織を持ち出して、師匠である大田原の体にかけてやる。

 

「留守を頼む」

「行ってらっしゃいませ」


 玄関にて雪踏につま先を通して大田原は宅外へと出ていく。その夜、大田原がどこへと向かったのかは誰も知らない。


次回


特攻装警グラウザー

第二章サイドB第一話魔窟の洋上楼閣都市50

『死闘・ビッグブラザー』


8月17日よる九時頃更新予定

(お盆予定により順延の可能性あり)



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