サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part48『死闘・鉄の旋律・前編』
そして宴のラストステージはついに始まる。
特攻装警グラウザー
第二章サイドB第一話・魔窟の洋上楼閣都市48
スタートです
なお今回は、
フォロワー様参加キャラ企画から
桜介さん
呑竜さん
こちらの方のキャラを登場させていただきました
■オートバイショップ『V4』
国道16号線、横浜を起点とし首都圏を一周する環状の国道道路である。
その横浜市内の区間の東海道新幹線と交差する辺り――
そこから西へ1キロほど行ったところの丘陵地帯の一角に居を構える店舗がある。
――オートバイショップ『V4』――
斜面の区画を上手く利用して表店舗の裏に地上1階地下1階建ての大型工房を構えている。無論、周囲への影響を考えて完全防音仕様だ。
表向きは普通のバイクショップだ。この時代に一般的なフルEV仕様の物から、今やクラシック趣味として扱われかねないガソリンエンジンバイクに至るまで網羅している。オンロードスポーツ、オフロード、アメリカン、タウンサイクル――取り扱う種類も豊富で近隣はもとより、首都圏から広く顧客を集めている。
だがV4には裏の顔がある。オーナーである有栖川哲也はある方面と特殊なつながりを持っているためだ。
そしてそれは特攻装警たちのバックアップにもつながるものであった。
有栖川の持つ資格はこう呼ばれている。
――オーソライズ・チューナー――
それは日本でも十数人ほどしか居ない極めて限られた存在だったのである。
@ @ @
すっかり日が沈んだ夕闇の街を一台のバイクが流している。スズキ製の大型スポーツバイク『隼』――
市販バイクでは史上最速とまで言われたことのある名車である。
白と青のボディが風を切って16号線をひた走る。そして横浜郊外のあるショップにたどり着く。表店舗のシャッターは一部を残して降ろされている。それを視認しつつ、隼を乗る彼は速度を落として停車する。
「有栖川兄貴、居るんかな?」
そうつぶやく彼の名は『日知 桜ノ丞』、今年の春に高校を卒業することになる18歳の若者である。
停車させたバイクから降りて押して進む。そして店舗の中を覗きながら声を掛ける。
「こんばんわー、兄貴、居ますか?」
恐る恐るの声かけだったが返事は思いのほか早く帰ってきた。
店の奥から足音がして、その後に声がする。そして姿を表したのはツナギ姿の30代すぎの長身の男性である。ガッチリした体躯であり筋肉のついた二の腕が張っている。日焼けして色黒く頭はポマードで丁寧にリーゼントスタイルになでつけている。そのままレザージャケットを羽織ればアメリカンスタイルのバイカーとしても通じるような風貌だった。
眼光鋭いながらも人懐っこい視線でその人物は語りかけてきた。
「おうひさしぶだな、桜之丞、どうした? エンジンでも調子悪いのか?」
「いや、そっちじゃないんすよ。ちょこっと相談したいことあったもんで」
「相談?」
「はい」
有栖川は桜之丞の言葉に微かに思案する。だがそれも僅かである。
「まぁ、突っ立ってないで中にはいれ。隼も中に入れちまえ」
「はいっ」
威勢のいい声かけに応じて桜之丞は返事をする。そして指示されるままにショップの中へと入って行く。そして周囲の眼を断ち切るかのように有栖川は店のシャッターをすべて閉じたのである。
@ @ @
有栖川の店は表と奥に分かれている。表がバイクショップ兼整備工場であり、裏は彼専用の工房だからだ。しかも斜面に建てられた2階建て。表からは平屋だが、奥の工房は地下階がある。地上1階地下1階、地下階は倉庫であり、特殊な電子機器やフルカスタムパーツを製造する技術工房である。
その奥の側の地上部分。そこには有栖川が手がけるフルカスタムバイクが並んでいる。全て彼の手によるものであり、警察や特殊組織、消防やレスキューや大企業などの依頼によりワンオフの専用設計のバイクを組み上げる事を本来の生業としている。その技術のレベルは単なる街のバイク屋のオヤジではなく、れっきとしたプロ技術者としての領域に達している。
彼のようなエキスパートエンジニアの技術を保証し国外流出を防ぐ意味も込めて、バイクや自動車のカスタムエンジニアに対して日本政府はある資格制度を創立した。
――オーソライズ・チューナー制度――
その資格を持つものは公的な補助が受けられるだけでなく、試作品制作などにおける技術協力要請を官公庁や大学や諸研究機関に要請する事が可能であり、また研究開発事業における対等な契約を保証されるのである。だがそれだけに非常に難易度は高く制度創立から7年を迎えるにもかかわらず、日本全国で16人しか認定されていない。有栖川はその中の稀有な1人であるのだ。
@ @ @
バイクショップV4の奥の間――製作途中のフルカスタムバイクが並ぶ広いスペースの片隅に丸テーブルと折りたたみ椅子が並んでいる。有栖川はアメリカンスタイルの古風な冷蔵庫を開けると中から瓶コーラを取りだし尻ポケットに突っ込んでいたプライヤーで器用に王冠を開けてしまう。
「ほれ」
その2つのコーラのウチの一つを桜之丞に渡しながら折りたたみ椅子に腰掛ける。
「で、今日はなんのようだ?」
朴訥ながら低くよく通る声で有栖川は語る。常連客である桜之丞とはそれなりの付き合いがあるが単なる客と店ではない深い信頼関係が二人にはあった。桜之丞にとって有栖川はいわば兄貴分であり師匠だ。彼にしか話せない事もある。有栖川は桜之丞の口調や態度からそれを機敏に察していた。
「何があったんだ? トラブったんだろ?」
有栖川が畳み掛ける言葉にさすがの桜之丞も苦笑せざるを得ない。受け取ったコーラを手にもう一つの折りたたみ椅子に腰掛けた。
「かなわんなー、哲さんには」
「当たり前だろ。お前みたいなガキが何考えてるかくらい表情でわかる。大方、センチュリーに連絡を取りたいってなところだろう?」
「わっ? バレてる」
「図星か」
「はい」
「またダチかチームメイトがトラブったんで相談ってとこだろう?」
「そうです。1人武装暴走族の下っ端と事故ってえらいもめてるんですわ」
「過失相殺は?」
「ワイのダチが1で相手が9、出会い頭なんすが悪いんはあっちや。せやけどまったく話にならんのですわ。ゴネるどころか仲間連れてカチコミしたる! なんて脅してきよる。ダチのオカンなんか震えて寝込んでしもてん」
「そうか――」
有栖川はそうつぶやきながら思案する。そして一つ質問をした。
「相手のチーム名は?」
「BLOOD-10、川崎当たりを根城にしたバトル系です。少数ながらスネイルにも繋がりあるらしいんです」
「スネイル――、それで拗れるのを恐れたわけか」
「へい」
相談したい内容を吐露して桜之丞はややスッキリした表情になっていた。だが苦悩が晴れたわけではなく固く結ばれた口元や、視線ににじみ出ていた。それを傍らにして無視できるような有栖川ではない。テーブルに瓶コーラを置くとすっと立ち上がった。
「桜之丞、ちょっとここでまってろ」
「はい? へぇ」
そう言い残すと有栖川は桜之丞を置いて表側の店へと向かう。周囲に誰もいないのを確かめて尻ポケットにしまっていた耐ショック仕様のスマホを取り出した。そして何処かへと電話をかけはじめたのである――
「よぉ」
相手が出るなり、有栖川はつぶやく。帰ってきた言葉に彼は答えた。
「野暮用だがお前じゃないと話せねえんだよ」
相手がその言葉に返す。その返事に有栖川は苦笑する。
「そうくるか? だがお前は俺に借りがあるだろう? 忘れたのか?」
相手が少し沈黙する。そこに有栖川は畳み掛けた。
「そう言うな。お前にとっても悪い話じゃない。お前らの足元の話だ」
その言葉がきっかけだった。相手の口調が変わった。その期を察して有栖川は一気に告げた。
「お前らの2次団体にBLOOD-10ってバトル系の連中が居るはずだ。その兵隊がチームの名前やお前さん方の存在を匂わせて交通事故案件をもみ消そうとしているんだ。情報を手繰ればだれがやらかしてるのかお前ならすぐに分かるはずだ」
そしてそこまで一気に語ると、とどめを刺したのである。
「チームの名前を汚すのは〝族〟にとっちゃご法度のはずだぜ?」
その言葉を告げられて電話の相手は冷静に返答を返してくる。それは十分に納得できるものだったのである。
「頼んだぜ。じゃな」
そう告げて一方的に会話を切る。そして踵を返すと桜之丞のところへと戻ってきた。
「待たせたな」
にこやかに笑みを浮かべながら有栖川は告げる。
「もう少し待ってろ。時期に解決する」
「へ?」
唐突な物言いに桜之丞は思わずつぶやく。
「どう言う事っすか?」
「蛇の道は蛇って言うだろ? 何もセンチュリーだけが解決手段じゃないって事さ。まぁ、そう頻繁には使えねえがな。おそらく向こう側から土下座して謝ってくるはずだ。物事には通すべき筋ってもんがあるからな。よしこの話はコレで終わりだ」
その力強い語りに桜之丞も納得せざるを得なかった。それ以上の問いかけは不要だと思えるくらいに。だが有栖川はそれに変わる言葉を桜之丞に告げたのである。
「実はな、センチュリーは今身動きが取れねえんだよ」
「え? どう言う事っすか?」
桜之丞は驚きを口にする。そんな彼に有栖川は念押しをした。
「いいか? ここだけの話として聞け。アイツに迷惑かけたくないならな」
有栖川は桜之丞が頷いたのを確認して言葉を進めた。
「アイツが昨年の暮に手がけた〝有明事件〟を覚えてるだろう?」
「はい、1000mビルでテロリストとやりあったやつですよね? 確か解決したって」
「してねーんだ。生き残りがうろついてんだ」
「い、生き残り? マジっすか?」
「しかも片割れは警察関係者を殺害しての逃亡だ。なんとしてもとっ捕まえないと行けねぇ。だが、世界を股にかけたテロリストだ。センチュリーのような特攻装警たちが動員されるのは当然だ。それに加えて、海外の捜査機関や政府筋から情報開示を求められてるんだが、まさか逃げられましたなんて言えるわけねえ」
「そりゃそうでしょ。バレたら警視庁の恥っすよ」
その言葉に桜之丞は状況の深刻さを痛感した。
「そう言うこった。だからアイツも今何をしているのか、どこに居るのか? 開示できねーんだ」
「そうだったんっすか――」
驚きと落胆が入り混じった声で桜之丞はもらした。
「そう長く続くわけじゃねえがしばらくは我慢してくれ。そのかわりと言っちゃなんだが何かあったら俺のところに話もってこい。知り合いの本庁の人間にかけあってやる。仲間にも教えてやれ」
「はい――当然、そのテロリスト絡みの話は内緒ですよね?」
「馬鹿、当たり前だ」
笑いながらたしなめる有栖川に桜之丞もようやくに笑い返した。空気がようやく和んだところで有栖川話題を変えた。
「それでな、内緒ついでに特別に見せてやる」
「は? 見せてやるってぇなにっすか?」
「コレだ」
そう語りつつ有栖川は工房のちょうどど真ん中に鎮座している物へと歩みを進めた。大きな布カバーに覆われたそのシルエットは逆三角形で通常のバイクよりもやや幅がある。それでいてシルエットが低いのは低重心であることを匂わせていた。
「見ろ、これがアイツの新たな相棒だ」
そう語りながら有栖川は布カバーへと手をかけた。そして一気に引き剥がす。そこから現れた物の姿にさすがの桜之丞も驚きの声を上げた。
「コレ? なんすか!」
そこから現れたのはフロント2輪、リヤ1輪のバイクである。その形態からロブスターかザリガニでも想起しそうなシルエットである。
「トライク? いや、前が2つやから〝リバース・トライク〟かいな?!」
「そうだ。それに加えてハイブリッドドライブによる3輪駆動方式としている。なにより最大の特徴は高さ500mから落としても崖から飛び降りた獣のように着地してみせる運動性能だ」
「た、高さ500m? なんでそんな機能までつけたんすか?」
「アイツのためだ」
「アイツって――、センチュリーさんですか?」
桜之丞の問いに有栖川は頷いた。
「あぁ、アイツは有明事件でバイクを無くしたからな。高さ200mからジャンプして妨害されたんだ。――で地面に落下させて愛車をぶっ壊したわけだが、だったら高い所から落としても無事に地面に降りられる高性能バイクにすりゃあいいだけの話だ」
「すりゃあいいって――哲さん、いくらなんでも無茶でしょう?」
「その無茶をやってこそエンジニアってもんさ。俺の二つ名知ってるだろう」
そう問われて桜之丞も納得さざるを得ない。
「そっか――〝不可能をねじ伏せる男〟――でしたね」
「そう言うこった。まぁ、かなり骨は折れたがな。その分、警察庁にたっぷり請求してやるさ」
有栖川はそう語りながら不敵に笑い飛ばした。
「そして哲さん。このマシンの名前は?」
桜之丞が問うてくる。その問いに有栖川は自信ありげに告げる。
「〝ウェーナー・F〟――俺の最高傑作だ」
鋭い白銀色に光るカウルを輝かせながらそのマシンは活躍の時を待っていた。
そして、その夜、遅くまでバイクショップ・V4の灯りは灯っていたのである。
■東京湾岸某所
首都高線から降りて一般道を走っていたのは呑龍が率いるスネイルの部隊であった。
開けた道路脇に寄せて停車している。呑龍がどこからかかってきた通話と会話していたのである。そして通話をし終えるとレイバンサングラスのフレームに仕込まれていた超小型の通話端末を操作する。フレームの数カ所にタッチ機能が組み込まれていてそこで操作するのだ。そしてその操作を見て、傍らにて停車していたモヒートが問いかけた。
「ボス」
その声に視線を投げかけつつ呑龍は言う。
「面倒事だ。最近、傘下にした弱小チームが無かったか?」
「BLOOD-10――、川崎界隈を縄張りにする小規模バトル系です。上級幹部ランキング8位の鉄 竜兒が管理しているはずです」
モヒートは元来は頭脳系である。スネイルの上級幹部や傘下にしている下位組織についてくまなく網羅している。まさに呑龍の秘書として完璧にフォローして居るのである。
「そうか」
そうつぶやくと苦虫を潰したような顔で言い放つ。
「潰せ。兵隊の管理もできんような馬鹿は要らん。鉄に命じて処分させろ」
唐突な処刑命令である。だがそれに異を唱えられるのは呑龍よりも上位のものだけだ。側近といえど疑念を挟む余地は一切ないのだ。モヒートは頷いて答える。
「承知しました。すぐに伝達します」
その一言がBLOOD-10の彼らの命運を決めた。ほんの僅かな思い違いで奈落へと落ちるのが闇社会の恐るべき本質なのである。
呑龍とモヒートの背後で小柄なムーニーが失態を犯した者の運命を思って不安げな表情を浮かべていた。
■荒川、及び、荒川上空――
野太い声の中年男性が電子双眼鏡を片手に頭上を見上げている。その視界の先に映るものを追っているのだ。
「来た――、つや消し黒の機体の二重反転ローターヘリ。ステルス機能が働いてないから肉眼でもトレース可能だ。かなりヨタついてるが順調に千葉県警エリアへと移動中だ――」
双眼鏡越しに写っているものを口頭で説明しているのはグラウザーが所属する涙路署の捜査課捜査1係係長をする男で『飛島崇』警部補である。三つ揃えのスーツの上にライフジャケットを着込みながら周囲警戒にあたっていた。そして夜間対応の電子双眼鏡越しに夜空を見上げながらある物を追っていた。
武装警官部隊の情報戦特化小隊第1小隊の隊員である〝香田〟と言う男だ。
作戦の失敗とヘリの機能の一部破損をきっかけとして部隊からの離脱を決意。情報機動隊に保護を求めて作戦実行領域である東京アバディーン上空から千葉県警エリアへの離脱を図ったのである。
そしてその海域に居合わせたのが、グラウザーの支援と保護回収を目的として海上保安庁に協力を要請したのが飛島だった。洋上からグラウザーたちの姿を追ううちに民間人を攻撃する黒い二重ローターヘリを発見、海上保安庁と連携して監視対象に加えたのだ。
さらに特攻装警のつながりのラインで涙路署の捜査課に情報機動隊から協力要請が入り、誘導のための情報提供を開始したのである。彼が連絡をしているのは乗務船舶である海上保安庁の巡視船の責任者と、情報機動隊の隊長臨時代理となった男である。3者同時通話で音声情報を共有しているのだ。
巡視船の責任者が神林、情報機動隊の隊長臨時代理が大瀬である。
大瀬が言う。
「大瀬了解、こちらからも視認しました。東京臨海病院裏手の空き地へと誘導します。そちらの位置から北東です」
「飛島了解、その方角から外れたら適時報告する」
さらに神林が告げる。
「千葉管区海上保安庁から協力要請受諾の連絡も入りました。海上への墜落を考慮して巡視船の応援をしてくれるそうです」
「飛島了解、人家のあるところへ墜落しないように祈ろう」
「海上も漁協関係がやかましいんで勘弁してほしいところです」
神林の言葉は一見、雑談の冗談のように聞こえるが、実際には深刻な問題だった。海上墜落して燃料が流出したらそれだけで甚大な被害になる。なんとしても所定の着陸場所に到達してもらわねばならないのだ。
「大瀬了解です。なんとか地上の安全な地点まで誘導します。それと千葉県消防からも支援が得られることとなりました。化学消防車とオレンジが救援に来るそうです」
オレンジ――レスキューの隠語である。
「飛島了解」
「大瀬了解」
3者がそれぞれに情報を確認し合い、一機のヘリの行く末を見守っている。
何事も起こらず無事に保護回収出来てほしい。そう願わずには居られなかった。その思いが飛島の口をついて出ていた。
「頼むぞ。コレ以上、余計な命は傷つけんでくれ」
それは人の命と治安を預かるものとして切実な願いだったのである。
@ @ @
そして、当該ヘリの機内では一人の男が必死になって操縦桿を握りしめていた。計器パネルの大半が焼かれてしまったので、全ての操縦を〝勘〟で行わねばならなくなったからだ。そして彼とて警察の端くれである。余分に民間人の命を危険に晒すような真似だけは避けねばならないと確信を抱いていた。
彼は黒い盤古と呼ばれる異分子である。
武装警官部隊・盤古、情報戦特化小隊――小隊専用ヘリパイロットで名は香田と言う。
現在の日本では非合法とされる戦闘目的のサイボーグ適用。それを肉体損傷の治療目的での医療用サイボーグ処置を拡大解釈して強引に行った組織である。その目的・手段・思想・行動結果、いずれもが許されざる物であり、その強引さ・凶悪さから〝黒い盤古〟の悪名を持つ者たちである。
香田はヘリパイロットだが、彼自身も頭部を中心として改造を加えている。特に頭脳部分が強化されており、頭脳から外部回線へと神経を直結できるのである。そのためヘリ操縦をしつつ精密な狙撃任務を行うことなど彼にはたやすい事なのである。
だが――
「冗談じゃねえぞ――、これ以上あんなイカれた連中に関わってられるか!」
そして、全てを放棄して作戦空域からの離脱を決意。対立していた存在だった情報機動隊へと保護を求めたのである。そのために――
「あと少し、あと少しで千葉空域だ!」
――彼はなんとしても警視庁管内から離脱せねばならなかったのである。警視庁管内にとどまっていたのでは致命的な状態に陥る可能性があったからである。
――急進派公安――
そう呼ばれる一派に狙われる可能性があったからである。
だからこそ彼は焦っていた。安全が保証される千葉県空域まであと200mとまで迫った荒川上空にさしかかった時であった。
〝それ〟は目を覚ましたのである。
〔香田――〕
それは電子音声――否、声帯を潰された人間が音声合成スピーカーを埋め込んで発した濁った声だった。
「た、隊長? 馬鹿な! 通信機材はあのバケガエルにやられたはずだ! 通話はできるはずが――」
突然聴こえてきた電子音声に香田は驚愕した。今や基本最低限な機能しか残っていないというのに、明らかにそれはヘリのデジタル回線網を経由して送られてきたものだったからである。
〔愚問ダナ、お前ガ掌握しテイる機能ワ、ごク一部に過ぎナイ〕
そして密かに作動を開始したものがあった。それは一対のマニピュレータアームである。機外のオプションマウントラッチに隠されるように設けられていた物だが、それは不意に展開すると右側のアームの先端が機内の香田の方へと向いていた。
〔返してモラウぞ、コレは俺ノ、体ダ〕
濁りまくった音の異常な音声――その持ち主を香田は知っていた。
武装警官部隊・盤古、情報戦特化小隊第1小隊隊長『字田 顎』
犯罪者への復讐と抹殺に己の全てを注ぎ込んだ〝狂機の男〟
そして香田は己に向けられていたマニピュレータアームの先端に光る物を見てしまったのである。
「ひっ! ひいいい!!」
シートベルトを外し左側のドアを開け慌てふためいて機外へと身を躍らせる。その直後――
――ビィイイイッ!――
赤熱した熱線が香田の頸部を襲った。
――ブッ!――
その熱レーザーは正確に香田の命を奪った。頸動脈を一撃にして焼き壊して、鮮血を吹き出させる。そして哀れな一人の男を眼下の水面へと突き落とすのである。
〔E-23規定執行完了、小隊専用機体奪回〕
そしてその漆黒の機体は闇夜に溶け込みながら徐々に変形していく。
特に機体底面が複数のコンテナが偽装されて装着されているのが分かるように外板が変形していくのだ。
左右に熱レーザーを有したマニピュレータを展開し、機体底面に複数のコンテナを腹部に子供を抱えた野生動物にように連ねている姿はもはや異様であった。
総勢6基のサーチライトが起動する。6つの光が灯った姿はもはや命が宿った生物の如しである。
機体は千葉方面からゆっくりと反転してもと来た方向へと帰っていった。当然、機体の中は無人である。
〔これヨリ、初期目的ノ通り、テロアンドロイド・個体名『ベルトコーネ』の暴走誘発作戦ヲ完遂する。小隊ハ現時刻を持ッテ隊長格以外ノ人員の資格を凍結――保護対象カラ削除する。作戦を妨害スる存在は全て排除、小隊専用ヘリは秘匿武装を展開して、遠隔アバタードローンモードへと移行スる。しかル後に――〕
それは怨念である。妄執である。一切の疑念無く、迷いなく、抱いた狂気を絶やすこと無く暴走させるのである。
そしてもはや――
〔――あまねく全てヲ消し去レ〕
――人の心は残っていなかったのである。
@ @ @
それはさながら童話の蜘蛛の糸の如しであった。
悪人のカンダタは、お釈迦様が降ろしてきた一本の蜘蛛の糸にすがって登るも、他の数多くの亡者に対して糸の所有を一方的に宣言したことで救済の蜘蛛の糸が切れてしまい、高いところからまたたく間に突き落とされてしまうのである。
芥川龍之介の蜘蛛の糸、その一節である。
そして、救済の蜘蛛の糸に縋るも無残にも突き落とされる運命となった男がいる。武装警官部隊・盤古――、その中で〝黒い盤古〟と呼ばれる一団のメンバーの一人。パイロット『香田』である。
――ドボオオオンッ!――
水柱が上がる。そしてそこに信じられない光景を見た飛島たちは漠然としながらも速やかに状況確認へと移行したのである。
「何があった?!」
巡視船の船長である神林が叫ぶ。それに対して電子双眼鏡で状況観察をしていた飛島が報告した。
「ヘリのパイロットが殺された! 頸動脈から出血しているところを視認した。即死の可能性が高い!」
その報に神林は指示する。
「要救助者へ船体を寄せろ!」
「いやだめだ!」
神林の指示に飛島が異を唱えた。
「なに?」
「小隊の専用ヘリが反転して引き返そうとしている。武装も起動準備中だ。変に刺激するとこちらが殺られるぞ!」
飛島のその叫びを証明するかのように、2重反転ローターヘリの機体下側のサーチライトが巡視船の方をとっさに向いたのである。その強すぎる投光にある種の警告を感じずには居られなかった。
神林が歯ぎしりする。
「くそっ! 要救助者を見殺しにさせる気か!」
「おそらくそうだろう。自分たちの決定を邪魔させないためだ。残念だが我々では奴らの悪意に抗いきれん」
「なんてことだ――」
愕然としながら飛び去るヘリと洋上にてうつ伏せに浮かぶ遺体を眺めることしか出来なかった。だが飛島はこう漏らした。
「ですが、奴らに抗える唯一の存在があります」
「それは?」
「特攻装警――、たとえ最後の1体になっても戦いつづけるでしょう。そして――」
飛島は電子双眼鏡を下ろして肉眼で神林を見つめてこう言ったのである。
「我々の大切な仲間です」
その言葉は巡視船の乗組員たちと、通信回線の向こうの情報機動隊の隊員たちにも届いていた。
そして誰が言うともなく、こう言葉が漏れたのである。
「頼むぞ――特攻装警」
だが彼らは洋上のスラムの地における、特攻装警たちの苦境を未だ知らない。
■東京アバディーン――
そこに彼らはいた。
異様な姿の一団だった。
三等身のドン・キホーテ
全身をローブで覆ったその従者
真ん丸な体のバケガエル
三つ揃えのスーツとシルクハットを抱いた猫耳美少女マジシャン
そしてピエロ――
否、ピエロではない。ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ――
「クラウン様――」
クラウンの名を呼ぶものが居る。全身を灰色のローブで覆い、顔をギリシャ彫刻のような純白の面で隠した一人の女性――
「ファイ、御覧なさい」
クラウンが彼女の名を呼ぶ。彼らの新たな仲間――ファイ――である。その傍らでは猫耳の美少女マジシャンが寄り添っている。そして彼女はクラウンが指し示した方角へと視線を向けた。
「あれがあなたのかつての上司の成れの果てですよ」
「はい、あのヘリそのものが遠隔式の義体です。かつてあの人に纏わる極秘データを垣間見たことがあります。あれさえあればあのひと一人で作戦行動が可能なんです」
「なるほど、部下要らずのワンマンアーミーですか」
「はい、あれがあるからこそ、あの人は部下を殺処分することに何のためらいもないんです」
ファイの説明にため息混じりにクラウンが吐き捨てる。
「くだらない。何のための仲間なのか。1人で生きたければ離れ小島か山の中で隠遁すればいいのに。でもねファイ――彼はなぜそれが出来ないのか解りますか?」
不意に投げかけられた質問。その問いにファイは少し思案して答えを出した。
「自分の存在を認めさせたいからでしょうか?」
その答えにクラウンは満足げが笑顔を浮かべると、ファイの頭をそっとなでたのだ。
「正解です。あの男は単なる駄々っ子に過ぎない。己の言い分を認めさせるために派手に駄々をこねてるクソガキです。はなくそまみれの頭の悪いガキ大将です。だから他人の物を奪うことも壊すこともなんの躊躇もない。そしてこれからもその駄々を手放すことはないでしょう。ほんとに迷惑な話です」
クラウンが語る言葉にファイも頷いた。
「かつての私達はそのガキ大将に言う事を聞かせられた悪ガキと言うところでしょうか?」
「否定はしませんよ。実に多彩なガキたちでしたが――、だがそれも今や残り5名」
5名――、その数にファイは語る。
「辻斬りの柳生、猿羅の真白、電脳の亀中、からくりの蒼紫――そして、写し身の字田」
「その5人がだれとどう戦うか――、そしてどうベルトコーネを止めるのか――それがこれからの肝になります」
そしてクラウンは歩き出した。
「行きましょう。コレ以上の参戦は無用ですが、成り行きを見守らねばなりません。この地に集った人間たちがどのような結果をもたらすのか。そして――」
クラウンの視線が光る。そのはるか先に居たのは――
「あの〝プロセス〟なる少女たちがなにをやるのか? 見届けねばなりません」
クラウンがそう漏らせば、ファイと手を繋いでいたイオタがつぶやく。
「さぁ行こうか。僕たちもこの宴のラストステージへ」
混沌のうちに始まった狂乱の宴――
ラストステージの幕はあいたのである。
@ @ @
闇世の中を1人の男が行く。ビルの屋上を大きく跳躍する姿は明らかに人間離れしていた。
煤けた雑居ビルの屋上から屋上へと跳躍したのは、漆黒のタキシード姿の男性だった。ネクタイは締めておらず、襟元は開け放たれている。足元は黒のリーガルシューズをはめており、髪はオールバックになでつけた髪を手櫛で乱雑にウルフカット風に流していた。目元には黒レンズの偏光サングラスがかけられていて、その素顔を直接に伺うことは難しい。
だがその跳躍力は生身の人間のそれではなかった。
彼は今〝聴いて〟いた。
場所を変え、距離を変え、あらゆる方策を試みながら気配を消しつつひたすらに耳を傾ける。
そうする事で戦場のいたるところで起きている出来事への傾聴を通じて様々な言葉や事実や意図を拾い上げるのだ。
――こんな所で油を売っている暇はありませんよ。なにしろあなた達のご主人様が死に瀕しているのですから――
「この声はクラウンとか言うピエロか。何者かのボスクラスがやられたのか――」
――サイレントデルタのファイブとかいう糞ガキが任務失敗で爆砕処分のお仕置きを受けましてね、席次順の都合、最も至近距離に居たペガソがまともに爆発の破片を食らったみたいなのです。どうやら脊椎を傷つけた模様で――
「サイレントデルタ? ファイブ? それにペガソ――、確かセブンカウンシルに参加している他組織のトップのはずだ」
そして彼は得られた情報を記憶の奥底へと収めていく。まるで極秘文書を機密ライブラリへとしまい込むかのように。
再び歩みを進めながら耳を澄ます。そして怒涛のように流れてくる言葉の渦を聞き分け続けたのである。
――柳生さんよ。大田原の師匠に詫びる言葉は有るかい?――
――咎人にして罪人であるのならともかく、罪も咎も無いのに気に食わないと言うだけで狩られていい生命なんて在りはしないんだ!――
――よろしくねって。まぁ、救けてくれたのはありがてえけどよ――
――アナフィラキシーショックが抑えきれない。急いでわたしの診療所に運んで抗拒絶反応剤の補助薬を投与しないと――
――我ら〝クラウン様〟の配下である。我が主人よりこの街に降り掛かった災難から市民を助けるように仰せつかっている。不審がるのは当然である。だが案ずるがよい、我らは低俗な快楽は求めておらん――
――こいつには洗いざらい吐いてもらう。警察の内部事情、黒い盤古の関連情報、我々の今後に有益なものは全てだ――
――どこへ行く――
――さあね。アンタたちこそなにやってるのよ――
戦場の動き、新たな勢力、敗北者、勝利者、犯罪者――
様々な情報が飛び込んできたが、多くは断片的なものだった。
「随分と、畑違いの連中がこんな狭い島に棲み分けていられるものだな。しかし、決め手となる有益情報が今一歩ほしい」
そして彼は思案した。このままビルの死角となっている所から遠巻きに調査をつづけるか、それとも地上へと降りてより接近した形で調査を続行するかを決定せねばならない。彼はわずかに思案したが、すぐに結論を出した。
「――下へ降りるか」
その行為と決断はリスクが高い。敵対的人物に遭遇した時は即時戦闘となる可能性がある。だがその可能性を推してでも手堅い情報を手に入れなければならないのだ。
結論が出たならあとの行動は速やかである。ビル屋上から一気に飛び降りる。音もなく振動もなく、自らの決意そのままにアスファルトで舗装された路面へと舞い降りたのだ。それは明らかに生身の人間ではありえない静寂さである。
――トッ――
ほんの僅かにつま先が地面へと触れる音がする。当然、振動など起こるはずがない。完璧なまでの無音行動ではあった。
だが、研ぎ澄まされた感性と感覚を持つ達人レベルの人間を前にしてはほんの僅かではあるが、稀にほころびを生じさせるのである。
表の街路の灯りすらもささない裏通路。
くすんだ瘴気が、淀みを漂わせる狭い道。その路上において彼は脇路地からさまよいでてきたある人物と鉢合わせすることになるのである。
「――!」
とっさに後方へと数歩下がり間合いをとったのタキシード姿の彼である。ただ警戒されないように上半身からは努めて力を抜いて自然体を装った。
「…………」
対して新たに脇路地から姿を表した彼は、完全黒塗りの機動特殊部隊に特有の服装であり、上下の服装の上にポーチ付きベルトやポケット付きベストを身に着けている。腰裏には拳銃とそのホルスターがあり、両足には編み上げのブーツを履いていた。
ただ異様なのは左腰に刀鞘が下げられているということで、さらにはその右手に握られているのは――
「何者だ」
――鋭く銀光りする一振りのサーベルブレードであった。それは日本刀と呼んで差し支えないくらいの形状と迫力を備えていた。それすなわち、そのブレードの所有者の技量・力量がにじみ出ていたがゆえである。
ブレードの男の問いかけに、タキシード姿の男ははぐらかそうとした。
「――っと、スイマセン。道に迷ってしまって。失礼します」
タキシードの彼は、ブレードの男に背中を向けないように注意しながらも明らかにその場を離れようとしていた。その仕草や挙動にブレードの男は声を発した。
「待て」
その声にタキシードの彼の歩みがわずかに止まる。その問いかけが警告であるのは明らかだ。
「こんな裏道風情に貴様のような服装の男が何故佇んでいる。貴様、職業はなんだ? ホストか? バトラー崩れか? 日銭かせぎのステージタレントか? それとも……萎れたババァに腰をふる若いツバメか? どっちにしろまともな職業ではあるまい」
それは服装から逆算しての推測であり、同時にタキシードの彼の素性と生業を愚弄しての挑発だった。沸き起こる怒気をこらえながらタキシードの彼は答えた。
「これは失礼。実は夜間のステージを主体としたピアニストでしてね。今日もこの街のとある店に招かれて演奏していたので――」
「店の名は」
ブレードの男はタキシードの彼の言葉を遮って新たな問いかけをした。
「言えません。これでも守秘義務があります」
「黙秘か」
「ノーコメント」
「場馴れしているな貴様」
穏やかな語り口ながら、重く印を含んだ口調にブレードの男がタキシードの彼の正体に強いこだわりを見せているのがよく解った。そしてブレードの男は記憶の片隅にある事実のきっかけを見つけるのである。
「闇街主体のピアニスト――、そんな男がいると公安捜査員の知人が漏らした事がある。表社会でも音楽タレントとして活躍しつつも裏の顔を持ち、特別な依頼を受けて動くことがあると言う」
「それが? どなたの話ですか?」
「とぼけるな。思い出したぞ。関東最大のステルスヤクザをパトロンに持つ闇ピアニストの噂を。そうだ、貴様の名前は――」
その言葉にタキシードの彼は上半身から抜いていた力を、逆に張り詰めさせていく。両足にも意図的に力を込めて戦闘のスタンバイを密かに始めていた。もはや口火には火がついていた。
「コクラ――、超高速の速弾きソリスト」
もはや隠しきれなかった。矛先を躱して逃げることすら無理だろう。なれば自分からも相手の正体を言い当てるのみだ。
「そういうあなたはあの〝黒い盤古〟でしょう? イカれた隊長に率いられた殺人集団――」
コクラが放った言葉にブレードの男の表情が変わる。口元と目尻にある種の憎悪と敵意がありありと浮かんだのだ。
「情報戦特化小隊隊員、辻斬りの柳生――人斬りの快楽に呑まれた堕ちた剣聖!」
ブレードの男――柳生もブレードの握りに力を込めていた。そして一旦、腰のさやへとブレードを納刀するのだ。
「見逃しては――くれませんよね」
「愚問だ。おとなしくその首を差し出せ」
「逮捕も、尋問も無しですか?」
「それこそ愚問だ。犯罪者、疑わしきは殺す。すべからく殺す。それが我が小隊の隊義だ」
「恐ろしい――、とても警察の言い分とは思えません」
「ほざいてろ、コレ以上の問答は無用だ」
「私もそう思います」
そして柳生も間合いと立ち位置を思案しながらゆっくりと歩いていた。ただその体軸の前方はコクラに向かうように仕向けていた。
「無駄な抵抗だ」
「わかりませんよ? やってみなければ」
「ならば、殺るのみ」
「上等です」
そしてコクラも構えた。左半身を前方へと向けて、両足に力を込めていつでも解き放とうとしている。
「末期の情けだ、言い残すことはあるか?」
「ありません。なぜなら――」
そして先に動いたのはコクラであった。
「まだ明日のステージが残っているのでね!」
超高速の速弾きソリストと、堕ちた剣聖――
人知れず異色の対局の幕はここに斬って落とされたのである。
次回
特攻装警グラウザー
魔窟の洋上楼閣都市49
『死闘・鉄の旋律・後編』
次回は8月3日 金曜日夜9時頃更新です

















