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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第5部『死闘編』
131/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part46『幕間・ナイトキッズ後編』

特攻装警グラウザー

第二章エクスプレス

サイドB 第一話

魔窟の洋上楼閣都市46


幕間・ナイトキッズ後編 スタートです



なお今回はツイッターで企画しました




『RTしたフォロワー様を自作品のキャラとして設定する』の参加者様から採用させて頂いております


岡田螢

RS世代

坂田火魯志

おのはるか

桜介

パクリ田盗作

備忘録

呑竜

信道アルト

NV Lab.(ノベルラボ)

(他一名)


(敬称略、今回は以上11名様)


ご協力、ありがとうございました

■岸川島インダストリアル・Xルーム


 東京有明1000mビル。現状では全12ブロックの内、第1ブロックから第4ブロックまでが共用を開始している。

 第1ブロックと第2ブロックは商業ブロック・レクリエーションブロックで、第3ブロックが教育・民間開放ブロックとなっている。そして第4ブロックがビジネスブロック・コンベンションブロックとなっており、第5ブロックから上は建築作業の真っ最中である。だが第5ブロック階層はあの有明事件の際に無断使用がなされている事が後に判明し、供用開始に遅れを生じることとなるのである。

 なお、有明1000mビル、第5ブロック階層。その本来の共用目的は『学術研究施設』である。



 @      @     @


 

 神埼たちは最上階オフィスを後にする。そして、一路、環状ビルの中の通路を歩く。そして一見、なにもない壁の前で立ちすくんだ。

 

「あの――」


 その状況にホタルが戸惑った。だが神崎も坂口も一言も発しない。戸惑う蛍をよそに数秒ほど時間を置いてビルの壁面は静かに左右にスライドした。

 

「あっ?」


 蛍が驚きの声を上げる。当然である。なにもないと思っていたところに突如としてエレベーターのゴンドラユニットが現れたからである。その中に坂口が先に入り操作パネルのところに佇み、神崎がその後に中に入る。そして坂口が穏やかな口調で蛍に問いかけてきたのだ。

 

「どうぞ。お早くお乗りください」

「は、はい」


 蛍は事実を詳しく確かめる暇もなくエレベーターの中へと入る。そしてそのエレベーターの特殊さにさらに戸惑うこととなるのである。

 神崎が命じる。

 

「行け」

「はい」


 僅かなやり取りののちにエレベーターが上昇を始める。だが制振制御がよほど優秀なのだろう余計な揺れは全く感じられない。そしてそのエレベーターの形状もまた奇妙である。蛍はあたりを見回しながらつぶやく。

 

「このエレベーター――円形なのですか?」

「えぇ、シャフトもゴンドラユニットも円筒形状です。作動はワイヤーではなくリニア方式。また円筒形状とすることで上昇中に自由に向きを変えることが可能です」


 坂口の説明に蛍は問う。

 

「向きですか?」

「はい、例えば先程お乗りになられた際には外側へと向いておりましたが、今は1000mビルの中心側を向いております」

「えっ? いつの間に?」

「お感じになられないでしょう?」

「は、はい」

「我が岸川島インダストリアルが誇る技術――〝分子ギア噛合式静電リニアユニット〟によるものです。ナノマシンレベルの分子機械によるナノレベルの噛合ギア機構を開発、これによりトン単位で横荷重に耐えつつ、電動リニアモーター並みの移動トルクと移動速度を実現しました。無論、水中でも真空でも作動可能。宇宙開発に転用すれば低エネルギー消費の優秀な人工衛星が開発可能となります」


 誇らしげに語る坂口に蛍は疑念を込めて問う。

 

「軍事転用は?」

「まだテスト段階です。的に鹵獲されたときに構造解析されないようにジャミングするシステムが未完成ですので」


 それは堂々と軍事にも利用すると宣言しているようなものだった。蛍はさらに尋ねた。

 

「その技術は、〝開発〟したのですか? それとも〝吸収〟したのですか?」


 その問いに坂口は静かに微笑んだままだったが、答えたのは神崎だった。

 

「蛍くん。吸収に決まっているだろう?」


 エレベーターの真っ只中で悠然と立つ神崎に蛍がいぶかしげに視線を送る。

 

「吸収・合併・乗っ取りは、現代ビジネスの常だ。力なきものは姿を消す。そしてすべての力は最も強き者のところへと集積されるのだ」

「この〝岸川島〟の下へですか?」

「否定せんよ。むしろそうなるべくして我々は活動している。そしてそれは――」


 神崎がそこまで告げたところでエレベーターが指定されたフロアへと到達したことを告げた。

 左右開きのスライドドアの上方にインフォメーションディスプレイが設置されている。そしてそこにはこう表示されていた。

 

【 第5ブロック階層基底人工地盤フロア到達 】

 

 左右開きドアが開くのを眺めながら神崎はこう答えた。

 

「この国にとっても〝必然〟である」


 スライドドアが開いた向こう側、そこに広がっていたのは高い天井を持つ広大な空間のドーム施設だった。


【 第5ブロック階層人工地盤内       】

【             極秘研究施設群 】


 それは一種の格納庫だった。

 神崎が先に降り、坂口はエレベーターを操作しつつ蛍に告げる。

 

「どうぞ蛍様、お降りください。我が岸川島が誇る〝Xルーム〟でございます」


 うやうやしく手招きするように蛍を促す。そして決して明かされない事実の場へと蛍をいざなったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 〝X〟とは未知なるもの、未確認、不確定と言う意味がある。

 すなわち〝Xルーム〟とは未知なる部屋と短絡的には解釈できる。だが今、蛍にはそれがひどく恐ろしいものの様な直感に囚われていた。恐れと怯えが足元から沸き起こる中、坂口は静かに歩み寄り、蛍の右手をそっと手に取る。

 

「大丈夫ですよ」


 エスコートするようににこやかに微笑みながら蛍を招き寄せる。そして彼女の手を引きながらその空間の中へといざなっていったのだ。

 

「こ、これは――」


 蛍の口からでた言葉、それは驚き以外の何物でもなかった。

 そこは円形の空間であった。屋根の高さは12m程度とビル内施設としては破格の広さがある。1000mビルの内部空間、直径300以上の平たい屋根のドーム空間と言うべき場所はいくつかの空間に仕切られている。蛍たちが佇んでいたのはその中の一角であり、さながら極秘の機材格納庫とでも言うべき場所であった。

 そして、この場所の正体について語りだしたのは神崎である。

 

「ここはね、あのディンキー・アンカーソンが乗っ取り、勝手に玉座を構築していた場所だよ」

「え?」


 ディンキー・アンカーソン――、その名が出た事自体が驚きであった。神崎の言葉はまだ続く。


「有明事件、覚えているかね?」

「はい、日本においてアンドロイド開発を志すものであれば、その目に触れずにはいられない事件です」

「そうだ。その通りだ。そして彼らは襲撃の拠点としてまだ開発途中だった第5ブロック階層に建築物資に紛れて事前侵入、ビルシステム全体を乗っ取るとサミット警備のために建築作業が停止されていたこの空間を乗っ取り、勝手に彼らの王のための玉座を据え付けた。搬入されていた資材を無断使用してな――」

「聞いています。かなりの被害金額だったとか」

「そうだ――」


 蛍の言葉に神崎は頷いた。


「そしてだ。建築業者と管理業者、そして発注元の間で泥沼の訴訟となり、ここに入居予定だった企業は次々に手を引いた。戦闘の現場となり血なまぐさい惨劇の場となったこの地を疎んだのだ」

「それを入手したと?」

「まぁ、我々も当初から関与していたからね。競合相手に退散願ったうえで困窮した開発施工業者を相手に安く買い叩いたのだがね」

「策士ですね」

「はは、褒め言葉として受け取っておこう。ビジネスは戦場だ。黒田如水の如く巧妙で狡猾でなければ、数多の部下を抱えるこのの巨大組織を動かし存続させる事はできんからね」

「その言葉、胸に刻ませていただきます」


 神崎の辛辣な言葉を蛍は否定しなかった。彼女もいずれは祖父の運営する会社の経営に関わらねばならないからだ。その時には今以上にこの神崎という男にしっかりと向き合わねばならないのだから。

 そして3人はドームの中をあるきはじめる。神崎の言葉は更に続いた。

 

「話を戻そう。そもそもこの第5ブロック階層は学術研究機関の入居スペースとして考慮されたものだ。各ブロックには高さ70m、直径300m程の空間が確保できる。通常はその空間内に様々なイベントスペースを設けたりするのだが、第5ブロック階層だけは違った。基底部分となる人工地盤から十数メートルほどを巨大な密閉空間としている。そしてその閉鎖空間で外界と遮断された状況を作り、実験施設として共用することを目論んだのだ。そしてその密閉空間の真上に各種研究期間や大学組織の関連施設を招致し濃密な技術開発組織を発足させる――、それがこの第5ブロック階層の当初の目論見だった。たとえばだ――」


 そして神崎はあるものを指さした。Xの3分の1ほどを占める扇形の密閉空間である。


「あれはこの密閉空間にて造られた独自研究施設の最たるものだ。遺伝子合成生物育成実験施設、完全隔離された密閉施設とする事で大都市のど真ん中でありながら多種多聴な遺伝子研究がレベル4の段階に至るまで可能なのだ。今は準備段階で、メカトロニクス擬似生物による模擬起動テストが続けられているがね」


 それはかつてマリオネット・ディンキーが、自我覚醒前のグラウザーと邂逅した場所である。

 まるで古代のケルトのドルイド僧のように動物たちに歓待されていたディンキーだったが、あれは全てメカトロニクスの人工生物だったのだ。

 

「本来は複数の組織による共同管理とするはずだったが、その殆どが手を引いたことで、この空間自体が宙に浮いてしまう事になる。それを我々が買い取り、誰も目に触れることのない独自研究施設とすることとなった。そしてそれこそがこの――」

「〝Xルーム〟――ですか?」

「そうだ。表向きはこの上に設けられている研究施設群の機械室に改装されたことになっているがね」


 そしてそこで傍らで佇んでいた坂口が口を開いた。

 

「当然ですが、この事を知っているのはほんの一握りの人間たちだけです」


 それがどんな意味を持つのかわからぬ蛍ではない。

 

「そのほんの一握りに私もなれと?」

「察しがいいね。流石だな。だが答えをだすのはまだ早い。きたまえ見せたいものがあるのだ」


 その閉鎖空間には様々な物が運び込まれていたが、多くはスクリーンカーテンによる個室が形成されていてその中を伺うことは出来ない。スクリーンカーテンに仕切られた個室の狭間となる通路を歩きながら3人はさらに奥へと向かった。そしてそこはさらなるエアロック扉が存在していたのである。

 坂口が蛍を促しながらこう告げた。

 

「どうぞ、これが我が社の極秘施設〝Xルームメインセクション〟です」


 さながら宇宙空間の密閉施設のような重甲な扉がそこにはあった。頑丈な動力ロックボルトで閉鎖されたそれがいかなる秘密を宿しているか――、すら恐ろしさすら感じさせる佇まいである。

 蛍は息を呑んでいた。そして覚悟を決めるとこう告げたのである。

 

「叔父様、中をお見せください」


 その言葉に神崎が静かにほくそ笑んでいた。

 

 

 @     @     @

 

 

 閉鎖扉が開放される。さながら銀行の大型金庫の如き重甲な閉鎖ボルトシャフトが電動でゆっくりと左右に動いていく。そして完全に扉のロックが解除されると、電動でゆっくりと開いていく。

 

――ウイイイイイイン――


 鈍い電動音が響いて扉は開いた。

 扉は思いの外に大型であり、高さと幅、ともに3mほどである。その奥の空間は純白の光で満たされていて、空調が聞いているのかひんやりとした感触が漂っていた。先頭を坂口が、その次に神崎が、そしてその後を蛍が続く。

 そしてその先に見えてきた物があった。それは数台の電動仕様のスポーツタイプのEVバイクである。

 厳重にして厳重、重苦しいまでの警戒であるのにかかわらず出てきたものの意外性に蛍も驚かざるを得ない。まさに拍子抜けである。

 

「え?」


 彼女の口から漏れてきた言葉に坂口が問いかけた。

 

「驚かれたでしょう? これだけの厳重な警備体制にもかかわらず、現れたものがこれだけなので」


 蛍はその問いに素直に答える。そしてその極秘ルームに収納されていた物の姿をつぶさに観察する。

 それは2輪バイクである。シルエット的にはフルカウルのオンロードバイクモデルに近い。ベースカラーはホワイトに近いシルバーでカウルパーツ部が赤い色をしている。

 その構造は外見から言って限りなく通常のバイクに似ていたが、ただそこにエンジンはない。走行ユニットは前後のホイールそのものであり電動式のインホイールモーターによるものだ。そうなれば本来エンジン部に当たるのはメインバッテリーと制御中枢ユニットということになるだろう。ただ各部パーツをつぶさに見ると奇妙な部分が見て取れる。


「これ――手や足のような意匠がありますが?」

「ほう? お察しがいい」


 蛍の指摘に坂口は笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「ご指摘のとおりです。これは可変型の〝アンドロイドバイク〟です」

「アンドロイドのバイク?」

「えぇ、弊社の自信作――、空の分野で革命を起こした特攻装警第6号機のフィールに勝るとも劣らない革新的な機体です」


 坂口が自信有りげにつげながら、その銀と真紅のバイクに歩み寄る。そして内ポケットから銀色のカード形状のイグニッションカードを取り出しそれをメインコンソールのあるステアリング中央部のメインスロットへと装填する。そしてそのバイクは速やかに作動を開始した。

 命が吹き込まれたかのように静かに作動音を立て始めたそれを眺めつつ坂口が更に言葉を続けた。


「商品名は『TYPE‐R.S.』、開発正式名称は『Revolutionary structure Generations』、通称は『RS‐Generation』、名称の意味は――」

 

 その時、蛍が言葉を続ける。坂口の言葉を奪うかのように。


「革新的な構造の世代――ですね?」

「正解です」


 蛍の語る言葉に坂口は満足げな笑みを浮かべていた。そして彼の視線が向かう先には〝変形〟を開始したRS‐Generationがまたたく間に人間のシルエットへと姿を変えつつあったのである。

 

 まず、フロントカウルの中から下が左右に割れた。

 腕部が折り畳まれて収納されていたのである。

 その次に変形を開始したのは、後輪とその周辺のフレーム部だ。

 インホイールモーター仕様の後輪が左右に分割され、それと当時に後部フレームとマフラーに偽装したパーツが展開されて脚部を形作る。

 さらには、後輪だった部分はサブフレームで移動して両脚の大腿部左右の位置に移動した。

 そして、腕と足がバランスを取りながらジャッキアップする。

 前輪ホイールとフロントフォーク、さらにはステアリング部が一緒に背面部へと移動、コンパクトに折り畳まれて背中側に纏められていた。

 立ち上がり終えたRS‐Generationが、本来ならエンジン部であるはずの部分を上へと引き起す。そしてそこから現れたのは非常に人間らしいシルエットの女性型の頭部である。

 バイク車体部の下面に設けられていたフレーム構造が変形して胴体前面を形づくれば、そこに出来上がったのはしっかりとした女性型のスリムなボディであり、標準的な女性型アンドロイドとして理想的とも言える完璧なシルエットが現れたのである。

 バイク車体・偽装エンジン部の前面プロテクターとなっていた部分が、女性型頭部の頭髪形状となる。

 最後にメインフレームから展開していた左右のステップ部のパーツが変形して、下腹部の前垂れと両腰左右のプロテクターとなって完成である。

 その目には瞳こそ無かったが、浮かべる表情は柔和で恐ろしさや違和感はない。そのままコンパニオン業務に貸し出しても十分通用する愛らしさである。

 RS‐Generationは周囲を見回し状況を把握する。 


『RS‐ALPHA、起動プロセス完了しました。基底メンテナンス活動モードにて活動を開始します』


 自らの現在状況を口にしながら起動主である坂口の方をRSはみつめている。

 

「よし、RS、デモンストレーションだ。こちらの女性に自己紹介しなさい」

『了解しました。セルフインストレーションを開始します』


 RSはそう宣言すると数歩進み出ながら蛍の方へと向き合う。足元はハイヒール形状をしており、つま先のデザインに至るまでが洗練されているのだ。

 

『私は『TYPE‐R.S.シリアルα』、開発名称コード『RSG‐α』通称名『RS‐ALPHA』と申します。

 開発元は岸川島インダストリアル、CEO直轄管理特別開発研究セクション、開発研究責任者は坂口紘様、

 使用想定用途は警察組織における犯罪捜査業務の各種補助、及び非常戦闘一般。

 基本機能特徴として2輪バイク形態への変形機構を保有、またアンドロイドとして国際規格B級ランクを達成しております。

 バイク形態での最高速度はオーバルコースにて最大320キロをマーク。超電導バッテリー体、及び、マイクロ核融合炉心を装備し、多重積層超電導インホイールモーターを前後輪に装備することで舗装路から悪路走行に至るまで広く対応可能です』

 

 RSアルファは一気に語り終えた。流暢な発音であり、淀みない語り口は理知的な成人女性を思わせるものだった。そしてさらに蛍の方へと数歩歩み出ると右手を差し出す。


『私の名はRS-ALPHA、以後お見知りおきをよろしくおねがいいたします』


 握手を求めるRSアルファに蛍は答えた。

 

「こちらこそよろしく。医療系技術会社のCMLの技術顧問をしている岡田蛍と申します」

『了解、認識いたしました。岡田様、ようこそ岸川島インダストリアルへ』


 そして握手を終えて軽く会釈するとRSは後方へと退いた。蛍はそのナチュラルな動作を褒め称えた。

 

「素晴らしい動きですね。機械然としたぎこちなさが一切ないです。握手の際の動きも手の位置を想定ずくの空間位置制御ではなく、より人間的な〝勘〟によるニューラル制御――、自我覚醒が制限される国際B級とはいえ開発精度をあげればS級にもランクアップ可能ではないですか?」


 その問いに坂口が答える。


「えぇ、将来的には可能です。ですが現段階ではまたその時期ではありません」

「その時期ではない?」


 奇妙な言い回しに蛍は疑問の声を上げた。それに対して答えたのは傍らに立つ神崎であった。

 

「それはだね、蛍君――」


 神崎の声に蛍は振り向いた。との時は神崎から語られたのは意外な言葉であった。

 

「RSに使われている人工頭脳が〝クレア頭脳〟では無いからなのだよ」

「クレア頭脳ではない? マインドOSも未装備なのですか」

「その通りだ。頭脳の基底ハードウェアも人格統括OSも独自に開発したものを用いている。警視庁の誇る特攻装警のような優れた自我を発揮させるにはまだ改良が必要だが、実用段階に共用するのは可能と判断した我々は、警視庁と第2科警研との協力で、我々が独自に開発したこのTYPE‐RSに新頭脳を装備したのだ」

「なぜですか? クレア頭脳ならすぐにでも特攻装警並みの優秀な自我を発露させる事が可能なはずです」


 蛍の疑問はもっともだった。今この世界市場において最も優秀かつ安定しており高精度・後期のなのは、特攻装警にも採用されているクレア頭脳なのだ。だがそれが適用されていない理由を神崎は口にする。

 

「それはだね――、クレア頭脳はそもそもが英国の施設研究機関であるエバーグリーン財団により総括掌握されている。人格統括OSであるマインドOSもオープンソース化されているが、この規定カーネル部分はやはりエバーグリーンが掌握していて彼らとの提携無しには運用できないのはアンドロイド開発者の間では公然の事実だ。軍事企業でのクレア頭脳の適用を避けるための方策らしいが迷惑極まりない話だ。事実上、世界中のアンドロイドの頭脳が一個人の施設研究機関によって独裁支配に近い状態にあるのだ。あのエバーグリーン財団の主の名を知っているだろう?」

「はい、チャールズ・ガドニック教授ですよね? 万能の天才の名をレオナルド・ダ・ビンチから奪ったとまで言われている天才です」

「そうとも言うねぇ、だが彼はアンドロイド技術者の間ではこうも言われているのだ」


 神崎が語る意外にして当然の事実。だが神崎は苦虫を潰したような表情でこう吐き捨てたのだ。

 

「――世界中の脳みそをガメる駄々っ子――」


 それは今世界最大の偉人に対する敬意も尊敬も無い、身も蓋もない言い方であった。意表を突かれる蛍を尻目に神崎は言葉を続けた。

 

「エバーグリーンとガドニックはとにかく頑迷でね。自らが決めた規約に乗っ取る形でしかクレア頭脳を提供しようとしない。クレア頭脳を応用した新頭脳の開発を行ったり、クレア頭脳の発展改良をしようとしても、契約をたてに圧力をかけてくる。そればかりかすでに提供済みの頭脳の回収と停止までちらつかせる。20世紀末の芸能プロダクションのようなこすっからさだ。確かにクレア頭脳は非常に優秀な人工頭脳だが、これでは世界中のアンドロイド開発は事実上英国のあの一個人に独裁されたようなものだ。この現実を苦々しく思っている者は決して少なくないのだよ。覚えているかね? あの有明事件――」


 その言葉に蛍はうなずく。

 

「あれはそもそもが英国のアカデミー科学者を狙ったテロだったと言われているが、そのテロ活動を手引きした者たちの中には、エバーグリーンと利害対立関係にある某国の研究機関や軍産複合体が関与していたと言われている。マリオネット・ディンキーがガドニックを殺し、エバーグリーンにダメージを与えてくれたほうがいいと考える者たちが今や世界中のそこかしこにいるのだよ。これが正しい世界のあり方だとは私には到底思えない。だからこそだ!」


 神崎はひときわ高く告げる。

 

「――私はわたし自身とこの岸川島の持つ権力と技術力の粋を集めて、クレア頭脳に変わる新たな次世代型の頭脳体の構築を密かにスタートさせたのだ」


 だが蛍は疑問をいだいていた。納得できずに問い返してしまう。

 

「なぜですか? それこそエバーグリーンと協力できれば」

「愚問だよ。蛍君、エバーグリーンはエバーグリーン以外の者たちによる勝手を許さない。それこそ全力を上げて妨害にかかるだろう。覚えておきたまえ、彼らは英国人だ。ブリティッシュだ! かつて世界の2割をその掌中に収めたという大英帝国の貴族階級の末裔だ。どんなに紳士的に振る舞っても、自らが世界の中心のごとく振る舞う思考回路は健在だよ。味方にしておけば心強いが敵に回した場合あれほど厄介な人種はない。だからこそ、日本警察は特攻装警の開発において頭脳体の独自開発を早々に断念して、ガドニック教授個人とのコンタクトをとり協力を当初から仰いだのだ。日本の治安を事実上、外国の個人へと委ねてしまったのだ。この事を苦々しく思っている人間は政府内外にもかなりの数に登るといわている」


 そこで蛍は神崎に問う。

 

「叔父様もですか?」

「それについては否定も肯定もせん、クレア頭脳が優秀なのは事実だし、彼らの行動を承服しかねるのも事実だ。だが、クレア頭脳に代わる手段を今のうちから準備しておくのも必要な対策だと私は思うがね」


 蛍は沈黙した。アンドロイドの国際市場における暗闘のような事実を突きつけられて困惑が沸き起こりつつあった。そんな彼女に問いかけたのは坂口である。

 

「だからこそです。あなたにもご協力いただきたいのです」


 坂口の声に蛍は振り向いた。

 

「岡田様、あなたもTYPE‐RSシリーズの開発に参加しませんか? CMLからの極秘参加という形で」

「私が――ですか?」

「はい。神崎様はもとより上級執行部の総意でございます」

「それってつまり、CMLの持つ技術力を、英国のガドニック教授を相手にした危険な暗闘に関与させろという〝命令〟ですよね?」


 蛍の皮肉に神崎が苦笑いで答えた。

 

「命令ではないよ。要望と言ってほしいね」

「私が断ったらどうなさいます?」

「どうもせんよ。そもそも無理矢理にでも参加させるなら君ではなく君の祖父である慶三会長に直接打診するがね。君なら柔軟な判断ができると見てのことだ。さぁ、どうするね?」


 神崎が蛍を詰問する。いわば究極の選択である。どんなに圧力を加えないと言っても、断ればCMLと岸川島との間で齟齬が生じるのは避けられないだろう。それに――

 

「なかなかに魅力的なお申し出ですね」


――蛍には拒否をする理由は皆無だった。蛍は更に問うた。


「その頭脳体の名は?」


 凛とした声が響く中、答えたのは坂口である。RSを傍らに立たせてこう力強く答えていた。

 

「クォンタムリレーショナル3次元マッピング頭脳体システム――〝ポジトロン・ブレイン〟」

「では人格統括制御OSは?」

「人格体形成創出制御システム〝御魂(みたま)〟』

「それが――叔父様たちの切り札なのですね?」


 蛍がそう問えば、神崎は明確に頷いていた。蛍もこと、ここに極まれば腹をくくるしか無かった。

 

「解りました。叔父様たちのご意思に従います」

「結構――、良い返事だ」


 彼らの暗闘はここより始まる。

 そしてのこのRSアルファこそが、捜査1課の神尾警部補が機動捜査隊にて運用することとなるRSシリーズであったのである。

 


■横浜大黒ふ頭PA


 その日、桜ノ丞は愛車を日がな一日流していた。東名から第3京浜を抜けて横須賀へ、さらに三浦半島へと達してあちこちを走り回ると帰り道を走り始めていた。そのまま横浜港の湾岸沿いを走り、横須賀の米軍基地を脇目に見ながら北上する。そして横浜の東口、みなとみらい21のそびえる下を走りながら湾岸高速をひた走る。

 そして、休憩ポイントとして立ち寄った場所がある。

 南本牧埠頭を過ぎ、本牧ジャンクションを抜けてベイブリッジを渡る。そして渡り終えた直後にコースアウトすれば、見えてくる場所がある。

 首都高湾岸線、大黒パーキングエリア――

 夜ともなると愛車を引き連れた若者たちが集まるナイトスポットと化している場所である。

 桜ノ丞は愛車である大型のガソリンエンジンバイクを滑るように乗り込ませていったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 桜ノ丞は螺旋形状の導入路を走りながら日の沈んだ大黒ふ頭PAへ侵入していく。時刻はすでに8時を回っており、一般人の客たちは帰り足である。

 

――神奈川県横浜大黒ふ頭パーキングエリア――


 そこは高速道路のPAとしては特殊な立ち位置にあった。

 湾岸線を中心として多種多様なカスタムカーやカスタムバイクが週末の夜を中心として集まることで有名であり、時には剣呑な犯罪が起きることもあるため警察車両が常駐することもあった。そしてあまりの苦情の多さに週末土曜の夜を閉鎖することすらあったのである。

 そしてそれは時代が変わっても大差は無かった。

 エンジンがEVや水素ドライブになったり、人間が運転を必要としないAIカーが普及するような状況はあっても、本質的に〝走る〟という行為を心から楽しむ連中は絶えることがなかった。

 むしろ、AI化の促進や、安全機能の強化などによりより安定して速度を出せる状況が増えたことで、この時代においてはカークルージングを趣味やライフワークとする人物は増えつつあったのである。

 ハイウェイでの速度を競う〝ハイウェイランナー〟

 アメリカ由来で極端な低車高シルエットが特徴的な〝ローライダー〟

 ワンボックス車両をカスタマイズし大型のオーディオが大音響を奏でる〝バニング〟

 アニメやコミックのキャラクターをデコレーションした〝痛車〟

 そして剣呑な空気をまとった〝族車〟

 

――時代の移り変わりにより変節はあるものの、その多様さと嗜好性には変わらぬものがあった。

 

 だが、この時代、非常に厄介なものが存在していた。

 

――武装暴走族――


 暴走族と言う古典的な組織形態を維持しつつも、本質としてはサイボーグ技術をイニシエーションとした犯罪カルト集団に他ならなかった。20世紀のアメリカにて隆盛を極めたモーターサイクルギャングに通づる物がある。

 そして彼らが、それまでの暴走族などの青少年犯罪者とは桁違いに異なる要素があった。それが――

 

――戦闘能力――


――警察組織ですら手を焼くほどの強烈な戦闘武装や特殊能力を保有した者たちが溢れていたのである。

 彼らにとって力こそが価値であり、強さこそが称賛の鍵である。

 弱き者は無価値であり、強き者こそが世の中の全てを掌握できるのである。

 その彼らがありきたりの改造バイクで満足しているわけがなかった。

 

『戦闘車』

『戦闘車両』

『戦闘バイク』

『セントウ』

『武装バイク』

『ブソウ』

『バトライド』

『バトル』

『アームドホイール』

『ブラッド』


 様々な俗名があるが、等しく通じている意味合いがある。それが『戦闘行動に特化している』と言う点である。

 外見上はスピード重視のカスタムバイクに偽装しつつ、その内部には多種多様高性能な武装ユニットが仕込まれている。

 その日、大黒ふ頭PAは緊張感に包まれていた。警察はもとより、一般客に至るまで何かを恐れて、恐怖に怯えているフシがあった。

 それもそのはずである。

 十数台の〝戦闘バイク〟が大黒ふ頭PAの一角を陣取っていたからである。

 そこに桜ノ丞が乗る大型バイクがたどり着いたのである。まさに最悪のタイミングであった。

 桜ノ丞が乗るバイクはフルカウルのオンロードスポーツモデルである。

 モデル名は――〝隼〟――、かつて国内最速とまで歌われた伝説の名車だ。エンジンユニットは1400ccでこの時代ではよほどの好きものでなければ扱う気にすらなれない代物である。だが彼はこの愛車を心から気に入っていた。周囲に配慮してマフラーこそ、この時代の主流の静音型を使用していたが、それ以外はフルチューンで臨んでいた。なぜなら彼には〝師匠〟が居たためである。

 桜ノ丞のバイクは独特の作動音をさせながら大黒パーキングエリアへの導入路へと入り込み、駐車場内のスペースを軽く流して走ろうとする。夜半前というのに既に駐車場は満杯であり、極彩色に光り輝く車両の家で埋め尽くされていた。


「まいったな、また満杯かいな」


 独特のイントネーションでぼやきつつ開いているスペースを探すが容易には見つからない。いつもなら10時過ぎくらいがマニア系の車が集まり出す時間帯なのだが今日に限って集まり出すのが妙に早かった。単にトイレ休憩したいだけだったのだがそんなスペースすらも見つからない。


「あーもう! 何やっちゅうねん。一般人締め出して何がおもろいねん」


 関西系のイントネーションでぶつくさと文句を言う。桜ノ丞の父は関西出身であり、幼い頃からの生活の中で覚えてしまっていた。生まれは神奈川だが父の出身である関西には少なからぬ愛着があったのである。

 桜ノ丞は、視界の先に車が止められてない空きスペースのある空間を見つけた。


「お? なんや、開いてるやん」


 そう呟きながらバイクを走らせたが桜之丞は視界の先に見えてきたものに肝を冷やすこととなるのである。

 彼は自らが肉眼で捉えたものの正体をすぐに察知した。そしてシンプルかつ明快につぶやいたのである。


「やばっ」


 それは十数台の武装バイクである。

 バイクの型式はアップハンドルのアメリカンスタイル。デザインラインこそ洋物のハーレーを模しているがメイン動力はこの時代の主流である電動インホイールモーター仕様である。ただしそのモーター出力は民生用の数倍の出力を誇る代物ばかりである。

 ベースカラーは艶ひかりする黒、そこに金色と赤のペイントでのたうつ2匹の龍が、より威圧感を持って光り輝いていたのだ。その龍のデザインが意味するところを分からぬ桜ノ丞ではない。

 そこには円陣を組むように人垣のバリケードを10人ほどで組んでいる。そしてその向こう側にさらに数人が一人の人物を取り囲んでいる。その構図が彼らの組織である暴走族というものの絶対的な上下関係を明快に表していたのだ。

 

「ス、スネイル――」

 

 桜ノ丞が慌ててつぶやいて、ハンドルを切ってUターンする。


「ああもうそういうことかいな! いくらなんでもヤバいにも程があるやろ! 勘弁してほしいわ!」


 ぶつくさと呟きながら慌てて進路を反転させて慌てて大黒ふ頭PAから出ていく。その彼が向かう先は、横浜保土ヶ谷区郊外のとある場所である。

 

「君子危うきに近寄らず! こうなったら予定繰り上げて有栖川のアニキの所や!」


 桜ノ丞の隼は独特の重低音を響かせながらハイウェイへと戻っていく。そして、一路、保土ヶ谷の16号線沿いを目指したのである。



 @     @     @



 桜ノ丞が乗る隼のマフラー音があたりに響き渡る。それを耳にしている者がいる。 

 

「ほう? ガソリンじゃねえか。今時珍しいな」


 興味深げにつぶやいたのは一人の褐色肌の上半身裸の巨躯の男だった。髪の毛はスーパーロングのドレッドで、黒人と呼ばれてもおかしくないほどに色濃く日焼けしている。腰から下に履いているのは黒のレザーのロングパンツ。足には編み上げのブーツである。停車させたバイクのシートに横座りに腰掛けている。

 だが一見してすぐに分かるのが、その鎧の如き防御力の筋肉質の体であり、単なるスポーツ的鍛錬のみでは無いことはすぐに分かる。一切の脂肪を削ぎ落として100%筋肉に洗練されるまでに強化された生身の人体である。

 その背中と両腕には漆黒の龍の入れ墨が入念に彫られている。その数、8匹――背面に4匹が、右腕に2匹が、左腕にも2匹が絡み合いながら描かれている。その目元にはレイバンの黒のサングラスが書けられていたが、黒いレンズ越しでもその剣呑極まる凶悪な視線は隠しようがなかったのだ。

 彼の名は――

 

――呑龍――


 スネイルドラゴンの上級幹部の一人だ。序列はナンバー2、彼の上にはスネイルのトップしか居ない。

 その傍らで彼のつぶやきに応じているのは、呑龍と大差ない強靭な筋肉を纏った褐色の女性だった。赤いレザー地のタイトなロングパンツをまとい、上半身には赤い柄のパレオを細く畳んで胸元に巻いている。バストサイズはかなりのもので上下が収まりきっていなかった。髪は長く金色で馬のたてがみのごとくオールバックに華麗に後方へとなびいている。目つきは鋭く瞳は手が加えられているのか左右ともグリーンである。

 

「スズキの隼――2020年モデルですね。非常に高度に手入れがされていますね」


 そのワイルドなルックスとは裏腹にクールで冷静な語り口で彼女は答えた。

 

「わかるのか? モヒート?」


――モヒート、それが彼女の呼び名らしい。


「えぇ、死んだ兄が乗っていたので。形見としてとってあります」

「なんだ、走らせてねぇのか」

「うかつに走らせて傷をつけたくないので」

「もったいねえな。マシンは走らせてやってこそ花だろう」

「解っているのですが、どうしてもその気になれなくて」

「そうか――」


 過去を思い出しながらしみじみと語るモヒートに、呑龍はそれ以上は問い詰めなかった。

 二人がそんな事を会話しているとバリケードの人垣を割って入ってくるものが居る。背丈は160くらい腰から下はやはりレザーのロングパンツで腰から上は青いタンクトップシャツ。ノーブラで小ぶりのバストがその中に収まっている。髪はソフトモヒカンで色はブラウン。両耳に大量のピアスをぶら下げている。顔立ちはまだあどけなさが残り、半分は子供と言って差し支えなかった。 

 その手にはビニール袋がさげられ、中には缶入りドリンクが多数詰められていた。

 

「モヒートさん。買ってきました」

「ご苦労さん、ムーニー」


 モヒートにパシラされたらしい彼女はムーニーと呼ばれていた。立ち位置的に地位はかなり下の方らしい。

 ムーニーは買ってきた物をモヒートに見せる。その袋の中からモヒートは2本のコーラ缶を取り出す。

 

「あとは他の連中に回しな」

「はい」


 命じられるままにチームの全員にそれを配りはじめる。それを眺めつつ呑龍が告げる。

 

「お前ら。息抜きしろ」


 その一言で全員の緊張がいっきに解ける。無論、全ての警戒を解くわけではないが休息が与えられたのは事実である。

 モヒートは手にした缶コーラを開けてそれを呑龍へと渡す。そしてそれを受け取りながら彼はモヒートに問うた。

 

「そういや、最近、シモキタの方で一般人の女を囲ったやつが居るらしいな」

「はい、支配下組織の幹部の個人所有の女性を上納させたとか」

「同意してるのか?」

「いえ、無理やりとの噂です」


 無理やり――その言葉が出た時に呑龍の目が苛立ちを見せて鋭くなった。

 

「女の名前は?」

「レイカ、まだ17そこそこの一般人です」

「改造は?」

「第1段階の準備工程で停めているそうです。ひどく抵抗するようでスネイルの施設にて監禁しているとか」

「誰が身柄を押さえてる?」

「上級幹部ランキング12位のパープルサーペントですね」


 質問を一通り聞き終えたのか呑龍は沈黙した。そしてわずかに思考を巡らせていたが、缶コーラを一気に呑みほしてこう告げたのだ。

 

「連れてこい」

「ミスターサーペントをですか?」

「両方だ」


 両方、すなわちレイカという女性も含めてという意味だ。呑龍は空き缶を一気に握りしめて潰しながら言う。

 

「サーペントに焼きを入れる。無理矢理に女を囲うのは気に食わねぇ。女はおれが保護する。言うことを聞くなら飼いならすし、抵抗をつづけるなら折を見て処分する。スネイルの内部に入っちまった以上、簡単に捨てるわけにはいかねえ」

「承知しました。明日にでも」

「あぁ、無理やり連れてきたやつなんてたいてい役に立たねえからな」


 武装暴走族はカルト組織である。一度入ればそこから抜け出るのは至難の業である。簡単に組織を抜けられて内部情報が漏れるわけには行かないのである。

 呑龍は握りしめた空き缶を片手で更に握りしめた。そして僅かの間に球体のように握り固めてしまったのである。それを明後日の方へと投げ捨てながら言葉をつづける。

 

「力にしろ、権力にしろ、欲するものがあるならいくらでもくれてやる。代償を手に入れられるからこそ忠誠を誓う気になれる。だが無理やり拉致ったのは違う。それまでの世界から切り離された悲しみに苛まれ、そしてもとへと戻れぬ苦しみに身を焦がす。その苦しみはいつか恨みに変わる。そんなの碌なことにならねぇ。あのぶった斬られた黒竜(ハイロン)がそうだろう? あいつは最悪だったからな」


 そして呑龍は力強くその場の部下全員に向けて、こう言い放ったのだ。

 

「いいか〝欲する物〟がある奴だけを相手にしろ。それ以外は無視しろ。それが俺たちスネイルの流儀だ」


 呑龍の言葉があたりに響く。そして全員が頷いていた。そして呑龍の言葉が残響を残していたその時である。これを発したのは先程の若手女性のムーニーである。


「モヒートさん! ボス! 緊急情報です!」


 その言葉にモヒートも呑龍も視線を向けた。


「有明近くの東京アバディーンにて大変な事態になってるようです」

「大変な事態?」

「はい」


 モヒートが問いかけ、返ってきた言葉に呑龍が命じる。

 

「話せ」


 呑龍にムーニーは頷きながら答えた。

 

「有明事件の生き残りのアンドロイドが暴れているそうです。そこにセブンカウンシルや武装警官部隊の連中がからんで混戦状態とか。未確認の新勢力が絡んでいるとの情報もあります。あと――あの〝クラウン〟も出ているそうです」

「クラウン? ピエロ野郎かい」


 呑龍にとってクラウンの名は決して不快なものでは無いようだ。だがムーニーはさらに言葉を続けた。


「それともう一つ」


 ムーニーの言葉に呑龍は視線を強く向ける。

 

「サングレのペガソがやられたそうです。死んじゃいませんが、かなりヤバイ状態とか」

「ペガソが?」

「はい」

「そうか――」


 そしてそれまで停車させたバイクのシートに腰掛けていた呑龍だったが立ち上がって告げる。

 

「行くぞ、見舞いだ」

「はい」

「お前らも来い」

「はい!」

「承知しました」


 彼らのボスである呑竜の命に素直に従う。一斉に円陣が崩れて、それぞれの愛車たる武装バイクへと向かった、そしてまたたく間に隊列が組まれるのである。

 

「よし、行くぞ」


 先頭を呑龍が切り、次いでモヒートが続く、そのすぐ後ろがムーニーであり、その後に他の者が続いた。そして漆黒のバイクの群れは、剣呑過ぎる殺気をまといながら大黒ふ頭PAの駐車場から出ていく。

 皆がそれを見ていた。排除するでもなく漫然と見ていた。力なき者にはそれしか出来なかったのである。

 


■羽田空港



 ニューヨークJFKエアポート発、羽田空港着、アメリカン航空、AA8402便――

 それが羽田空港の地にたどり着いたのは日本時間で夕暮れの4時を回った頃である。

 かつてのボーイングのジェット旅客機の後継機とも言える最新鋭機は、東京の玄関口である羽田の地へとまいおりてきた。

 極めて静かな静音型GTFジェットエンジンは、かつてのジェット機のような爆音は巻き散らかさない。ただ粛々と役割を果たし、静かに快適に乗客を空の旅へと誘うのだ。

 そしてその日もアメリカのNYの地から一人の若者を日本の地へと招いていた。

 若者の名は『アルト・ノーマン』、若干13歳にして飛び級でMIT入学をはたし、今年の春に16にして博士号を取得した天才少年、そして未来の世界を憂う若き野心家である。

 

 身長155程度の小柄ながら端正な顔立ちであり、髪はブロンドでラルフローレンのアイビールックスを無難に着こなしている。時期的にまだ初春と言うこともあり、ジャケットの上にハーフコートを身に付けている。中にポロシャツではなくニットシャツを合わせているのは彼なりのこだわりなのだろう。

 到着から1時間を費やして検疫や税関を通過すると、上層階のカフェへと向かい更に時間を潰す。そして、テーブルの上に薄膜ペーパータイプの極薄のスマートフォンを置いて、それが鳴るのをじっと待っていた。

 だがそこには苛立ちも焦りもない。優雅に動じること無く無為に過ごす時間すらも余裕をもって楽しんでいる節があった。

 そして、ダージリンティの2杯目を傾けつつ、電子ペーパーの書籍を眺めている。読んでいるのはケルト民族の古典文学詩集であった。

 ウェールズ語で書かれたそれを苦もなく眺めていたが、スマートフォンが不意に鳴った。そのスクリーンにはこう表示されていた。

 

【 AUTHER:KURITA 】


 スマートフォンをタッチして回線をつなぐ。両耳にはワイヤレスのオープン型のイヤホンが装着されている。マイク兼用で体内反響を受信して音声信号に変換するタイプである。アルトは流暢な日本語で話し始める。ところどころアメリカ英語のイントネーションがあるが熟達していると評しても差し支えなかった。

 

「僕だ。アルトだ。ミスター栗田か?」

『待たせてすまねぇ! やっと着いたぜ!』

「時間に神経質な君しては珍しいね。警察とトラブルでもあったかい?」

『そんなんじゃねえよ! 渋滞だ渋滞! 日本名物だよ!』

「相変わらずだな、この国は。勤勉なのか怠惰なのか分からなくなる」

『それは俺も同感だ。でも今日はちょっと事情があってな』

「事情?」

『話すのは車に乗ってからだ。国際線用のパーキング、3階フロアで待ってる』

「車のナンバーは?」

『高級セダンのドイツ車でナンバーは818』

「オーケー、すぐに行く。トランクをあけて待っててくれ」

『あいよ』


 テンポよく会話は進み、速やかに回線は切れた。そして会話を終えると同時にスマートフォンと電子ペーパー書籍をしまい込む。そして傍らのゼロハリバートンの大型アタッシュを手にして立ち上がった。

 そのまま店外へと直行するが、会計はすでにオーダーが届いたときにオンラインで支払い済みであった。

 

「Thank you was delicious」


 入り口のレジカウンターを通り際に流暢な英語で感謝を述べる。外国人慣れしている日本人ウェイトレスがはにかみながらアルトを見送っていた。

 

 

 @     @     @

 

 

 羽田空港の国際線のパーキングは立体駐車場である。小判型のビルで到着フロアから直接乗り入れる事が可能だ。

 そしてアルトは手慣れたようにパーキング内の3階フロアを歩く。その向かう先に待っていたのは青い鈍光りするBMWのセダンである。

 日本仕様の右ハンドル車。その運転席が空いて中から一人の男性が姿を表す。

 黒髪のオールバックにレイバンのサングラス、シャツは濃紺でノーネクタイ。ジャケットは限りなく黒に近い焦げ茶である。

 細面と言うよりはサル顔と言ってしまいそうなその風貌の男は到底カタギのビジネスマンには見えない。かと言って剣呑なヤクザ系に見えなかったのはその人懐っこそうな柔和な笑顔ゆえだろう。

 

「ここだ」


 手を降ってアルトを向かえる。その姿を見て、アルトは足早に近寄っていく。

 

「栗田!」

「よく来たな、アルト。長旅ご苦労さん」


 すると栗田の言葉と同時に後部席の左ドアが勝手に開いた。タクシーであるかのようなサービスである。だがアルトは何もそれを気にせずに車内に乗り込んでいく。乗り込みぎわに栗田がアルトの持っていたアタッシュを受け取り、後部のトランクへと収めていく。そして運転席へと乗り込みながらこう告げたのである。

 

「行くぜ。今日はあまりひと目に付く所ではうろつかないほうがいい」


 そしてアルトからの返事を待たずにBMWを走らせる。動力はEVドライブベースに非常発電装置としての多種燃料ガスタービンを組み合わせた物だ。それをインホイールモーターで4輪駆動としていた。当然、内部はフルデジタルのコンソール仕様である。

 

「とりあえず俺のアジトへ来い。ヘタにホテルに泊まって足取り掴まれると困ったことになるからな」


 そして首都高へと上がっていき、一路向かったのは東京郊外方面であった。そしてBMWを走らせる栗田にアルトは後部席から問いかけた。


「それで遅れた事情とは?」


 栗田バックミラー越しにアルトの姿を確かめながら口を開いた。


「そうややこしい話じゃねえよ。東京アバディーンって知ってるだろ?」

「あぁ、東アジア最大の犯罪スラムと呼ばれているところですよね。そして君の……」

「やめろ」


 アルトの言葉に栗田はややドスの効いた声で静止する。


「すまない余計な口を利いた。忘れてくれ」


 栗田は言葉では答えなかったがはっきりと頷いていた。


「話を戻すぜ」


 栗田はかすかに苛立ちを滲ませていたがそれを振り切るかのように言葉を続けた。


「イギリスのガドニック教授を中心とした学術研究グループ、〝円卓の会〟知ってるだろ?」

「あぁ、学術関係者や学会関係者だったら誰でも知っている」

「その円卓の会が襲撃されたのが有明事件。それをしでかしたのがあのマリオネット・ディンキーとその一味だ」

「マリオネットたちは有明の1000mビルで一網打尽にされたと聞いているが?」


 冷静に答え返すアルトだったが、栗田はそれに皮肉気味に答え返した。


「それが違うんだな」

「どういうことだ」

「マリオネットの人形たちが全部やられたっていうのは日本警察が流したブラフだよ」

「ブラフ? 偽情報か。なんでそんな真似を」

「まあそれにはちゃんとした理由があるんだがそれは後回しだ。とにかくまあ有明事件で暴れたアンドロイドが二人だけ生き残った。女性型のローラ、そしてもう一人がディンキー爺さんの大のお気に入り」

「――ベルトコーネか」

「当たり。よりによって一番厄介なやつに生き残られちまったってわけよ。それでそいつが東京アバディーンに引き寄せられて現れた。今頃あの島じゃそのベルトコーネを巡って大騒動の真っ最中ってわけよ」

「それで羽田空港まで時間がかかったってわけか」

「あぁ、東京都内のあちこちに警察の野郎どもが警戒網を張り巡らせている。おかげでそっちもこっちも渋滞だらけだ! 夕飯時までにたどり着けなかったらどうしようかと思ったぜ」

「なるほど、君らしい心配だな」

「悪いね、俺はこれでも裏側の社会に片足突っ込んでる人間なんでね」

「知ってるよ、それを承知でこの国における道案内を君に頼んでいるのだからね」

「そいつはどうも、まあしっかりギャラはもらってるしな」

「それだけ君の腕を信用してるって事だ」

「分かってるって。でも一つだけ聞かせてくれ」

「なんだい?」

「よりによってなんで俺なんだ? 俺ぁ、こそ泥だぜ? ちょっとだけ変装が上手くて身のこなしが軽いだけのな。俺より腕っぷしのいい強いやつはいくらでもいるだろ?」


 栗田は自らを謙遜してみせる。

 フルネームは栗田東作、字名は『パクリの盗作』


 この若い白人少年がなぜ自分をこれほどまで信用しているのかが常々疑問だったのだ。だがアルトはその疑問に明解に答えて見せた。


「元来、ボディガード職というのは腕っ節が強いだけでは全く務まらないんだ。大切なのは状況を読む力と頭の回転だ。そして何よりこの国は時間を追うごとにより複雑かつ混沌とした状況になっていく。普通にビジネスを進めるだけでも、どこで裏社会の人間が口を開けて待っているかわからない」

「あぁ、よくわかるぜ。学生が就職したらそこがヤクザのフロント企業だったなんてのは今じゃよくある話だ。仕事を見つけるだけでも命がけだからな」

「そのような世界で表の事情しか知らない人間に僕の身の安全を委ねるわけにはいかないからね」

「なーるほど? それで俺様の出番ってわけかい」

「そういうことさ。不満かい?」


 今度は逆にアルトが皮肉を込めて問いかける。栗田は思わず笑い声を漏らしていた。


「不満? いやいや、むしろ大助かりだぜ」

「へえ?」

「あんたからは尋常じゃない額のギャラをもらってる。おかげで裏稼業に手を出さずになんとかかんとか食って行けるってもんさ。どんなに腕が良くたって俺の裏稼業は泥棒だからな。いつ警察に捕まるリスクを考えるとそう先は明るくねえ。それが確実にリスクを減らせるってんならむしろ大助かりだぜ」

「そう言ってくれるなら僕も安心するよ」

「それじゃ、これからもよろしくお付き合いってことで」

「もちろんさ」


 そこまで話してアルトは話題を引き戻した。


「それで聞かせてくれるかい、日本警察がブラフを流したその理由を」


 アルトの問いに栗田が説明をつづける。

 

「はっきり言ってしまえば〝諸外国対策〟と〝失態隠し〟との2つだ。あのベルトコーネってバケモンには世界中の警察や軍隊が手を焼いている。生け捕りにして捕獲したってなれば絶対に引き渡し要求が殺到することになる。それならばいっその事、ぶっ壊してなくなりましたとしちまったほうがいい。その方が余計な手間を減らせるからな」

「それが諸外国対策か――」

「そうだ」

「残る一つは?」


 残る一つ――、失態隠しの方だ。

 

「ソッチのほうだが、どうやら死の道化師のクラウンのやつに出し抜かれたらしい」

「クラウン? なぜ彼が? 今はプレヤデスクラスターズの公演で欧州ラウンジを回ってるはずだ――」

「いや、来月臨時来日にして日本公演をやるそうだぜ」

「神出鬼没だなあいかわず。で彼がなぜ出てくる?」

「有明事件は知って居るだろう?」

「知ってる。学術関係者で知らないものは居ない。参加したVIPや文化人にけが人はほぼゼロ――日本の警察の優秀さ勇猛さが証明された一件だな」

「その有明事件で女性型のテロアンドロイドの一体が逃亡――それをあのクラウンが拉致し連れ去っているのが確認されている。ただし物証としての記録はなし。目撃証言だけで犯罪事案として追求が出来ない状態らしい。それに加えてベルトコーネの遺骸を一旦収容したんだが、とつじょ覚醒して大暴れ、警察関係のみならず民間人にも犠牲者が発生してまんまと逃げられた。そんな話口外できるわけ無いだろう?」

「遺骸が覚醒?」

「そうだ」


 その言葉にアルトは思案していた。

 

「なるほど〝偽装沈黙〟か」

「あ、やっぱりそれか」

「知っていたのか?」

「当然だろ? おれダミーロボット使いだぜ? 専門だ」

「なるほど、それなら実情を隠さないと恥ずかしくて仕方ないだろうね」

「そう言うこった。おかげで警察関係の情報屋が口が固くて固くて」


 そう愚痴りつつも栗田は笑っていた。


「だがそこで厄介なことが重ねて起きたんだ」

「厄介なこと?」

「あぁ、例のクラウンにさらわれた女性型アンドロイド――どう言うわけか一人で逃げ出して海の上のスラム街――東京アバディーンに身を寄せた。そして親なしの孤児たちのグループに身を寄せて姿を変えて乳母役として暮らしてたんだ」

「へぇ――、それだけ聞くなら美談だね」

「否定はしねえ。ただし、その続きが始末が悪い」

「続き?」

「もう一人の逃亡アンドロイドであるベルトコーネ、こいつがかつての仲間を見つけて連れ戻しに現れたんだ。そして そのベルトコーネに恨み骨髄の連中が一斉に集まってきた。他にもベルトコーネの戦闘力を我が物にしようとする狡っ辛い連中や、騒動をわざと広げよう質の悪い連中――、そう言ったのが闇鍋みたいにごった煮状態になっちまった」

「そいつは凄いね」

「だろ? それを日本警察が誇る最強アンドロイドの特攻装警様が収束させようとして乗り込んでいったらしいんだがどうも芳しくないらしい。そう言うわけで裏の事情に通じている連中は戦々恐々としてるってさ。あそこに拠点を置いてるマフィア連中も居るだろうから気が気でないやつも多いんじゃないかな?」

「なるほど、そんな事が起こってたのか」


 アルトはさも興味の対象が見つかったようなふうに微笑むと栗田に問いかけた。


「ちなみに君も行って来るかい? ミスター栗田?」

「いーや、やめとくよ。俺ぁコレでも腕っぷしはからっきしだからな。行っても金目の物はなさそうだし」

「懸命だな」

「あぁ」


 だがそれを聞いてもアルトの表情は晴れなかった。

 

「アルト、まだなにか引っかかるのかい?」


 不意に新たな声が聴こえてくる。若い男性の張りのある声だ。そしてそれまで何もなかった後部席の右側、アルトが座している席の隣に速やかに浮かび上がるシルエットがあった。フード付きのロングの白いマントを身にまとい、その下には小奇麗な濃紺のシャツと端正なズボン姿がある。腰の周りに複数のポケットの付いたウエストベルトを巻いているのは装備品を収納してのことだろう。彼はステルス状態で車内に姿を隠していたらしい。

 

「君は――メモランダム?」

「おいおい? いつから乗ってた?」


 アルトがつぶやき栗田が驚いていた。それに対して新たに姿を表した人物が口を開いた。

 

「久しぶりだね、アルト・ノーマン。息災だったかい?」

「あぁ、元気だよ。君こそ元気そうで何よりだ。ミスター・メモランダム。相変わらず自由に生きているようだね」

 

 その問いにメモランダムは笑みを浮かべた。

 

「それが僕のモットーだ。誰にも束縛されないし、誰も束縛させない。そのためならどこにでも行くさ」


 彼の名はサイプシー・メモランダム――ウォーク・オブ・フェイムの辰馬が口にした首都圏で5本の指に入るという電脳エキスパートの一角である。

 アルトとメモランダムがそんなやり取りをすれば、栗田がメモランダムに問いかけた。

 

「お前いつから乗ってた!」

「最初から。君が羽田についた直後だ。中でずっと待たせてもらった」

「おいおい、俺の面目も考えてくれよ。まぁ、お前なら歓迎だけどな」

「君ならそう言うと思ったよ」

「だがせめてメッセージくらいは飛ばしてくれや。心臓に悪い」

「わかった、次から気をつけるよ」


 栗田とメモランダムがそんなやり取りをするその傍らで、アルトは思案気な顔をしていた。そしてその疑問を形にするように語り始めたのだ。


「ミスター栗田、ミスター・ランダム。少し聞いてほしい」


 アルトがそうつぶやけば、栗田とランダムは視線を向けて反応する。それに気づきつつアルトは語りつづける。

  

「ひっかかると言うより、ずっと引っかかってた疑問が解けたんだ」

「あ? なんだそりゃ?」

「サイラス・J・ノーウッド――知っているかい?」


 そう問われてランダムがマントの内側からあるアイテムを取り出す。空中浮遊型のデータ端末。3つの球体でなり、立体映像でディスプレイとキーボードを表示するシステムになっている。それを作動させると両手にはめたデータグローブでとある情報を表示させた。そして、そこに写ったものをランダムは口にした。

 

「これか――『オーリス・マーケティング・オーガナイゼーション』――新興の多国籍企業体のオーナーだな。っと、っ数日前から日本に来ているな」

「あー、聞いた事あるぜ。若いながらすごい野心家で、次々に企業買収を成功させて10年足らずでアメリカ最大規模のコングロマリットを作り上げた化物野郎だ。あまりに神がかり的にビジネスを成功させるから裏でなにか絶対やってるって言われてるぜ」


 栗田が自らの業界の噂をもとに口を挟んだ。ランダムがさらに告げた。

 

「ふむ、政府系機関の連邦取引委員会も極秘裏に調査をしているな。だが証拠不足で訴訟を断念――いや、買収されているな――、一部の市民団体がオーリスへの捜査や取り締まりの不徹底に対して情報開示請求を起こしている」

「それで? まさかそれまで失敗したって言うんじゃないだろうな」

「正解だ、栗田。情報開示請求を起こそうとした市民団体が次々に請求の撤回を行っている。なかには不審死が起きた団体もある。だが全ては闇の中だ」

「おっかないねぇ――ってまさか??」


 栗田が驚きの声を上げれば、それにアルトが同調していた。

 

「そう、そのまさかさ。奴は日本に手を伸ばそうとしている」

「日本市場の買収か?」

「買収程度ならまだいい。あいつには軍産複合体との関与や、配下企業での人体実験の疑いも浮上している。さらにはある国際組織との関与も考えられている」

「ある組織?」


 アルトの言葉に栗田が問いかける。そして返ってきた言葉はあまりにも予想外の物だったのである。

 

「奴は〝ガサク〟の重要出資者の一人だとする疑いがあるんだ。知っているだろう? ガサクの存在を」

「今の御時世、闇社会でガサクや黄昏の名を知らないやつは馬鹿かド素人だぜ。知ってて当然だ。まさかそのヤッピー野郎、ガサクを日本で暴れさせようとしてるんじゃないだろうな?」

「かつてのエジプトのように――」


 栗田の疑問にランダムが言葉を添える。アルトはそれを否定しなかった。

 

「おそらくそうだろう。そのための準備段階なんだ」

「洒落になんねーよそれ」

「全くだ。だが今回のベルトコーネの件ではサイラスが全てにおいてかんでいるとは考えにくい。まだなにか未確定な要素がからんでいるはずなんだ」

「つまり、他にもなにか仕掛けを施してたヤツが居るってことか?」

「その可能性は高い。事件全体としては偶発性の産物だとしても、様々な思惑が絡み合って最悪の方向へと向かいつつあるのだろう。それを最悪になるように巧みに糸を引いてるやつがいる――、サイラスは人を引いてるやつの中の一つに過ぎないんだ」


 そこまで言葉を吐いて、アルトは栗田へと声を掛ける。

 

「ミスター栗田、急いで会いたい人が居るんだ。連絡が取れ次第、一緒に来てくれるかい?」

「構わねえが、一体誰だい?」

「特攻装警の生みの親の一人――、第2科警研主任研究員の大久保克己、そして、同じく主任研究員の布平しのぶだ。彼らに今の今のうちに忠告しておきたいことがあるんだ」

「忠告?」


栗田が訝しげに問いかければアルトは深刻そうな表情でこう言い放ったのだ。


「クレア頭脳の欠陥だ」


 驚きが車内に広がる。栗田はもとより、メモランダムまで驚きの表情を浮かべていた。


「クレア頭脳に欠陥? そんなまさか」

「まさかじゃない。エバーグリーン財団が全力を挙げてひた隠しにしている事実なんだ」


 驚愕の事実を耳にしながら栗田とメモランダムは思いを口にする。


「まさかアルト、あんたが今回日本に来た理由っていうのは」

「それを特攻装警の生みの親たちにわざわざ知らせるために?」


 その問いにアルトは答えなかった。その代わりに口にした言葉がある。


「世界の闇はまだまだ奥深い」


 それは事実であった。そして、覚悟を求めるようなある言葉を吐いたのだった。


「ミスター栗田、ミスターメモランダム……お二方には最後まで付き合っていただきますよ」

 

 その言葉を耳にして栗田とランダムが次々にを口にした。


「しゃーねー、毒食らわば皿までだ。最後まで付き合ってありますよ」

「俺も根無し草だ。こういう時くらい世の中の役にたっておかないとな

「ありがとうございます――」


 そして三人は明日という日を憂いながら、BMWを一路、ひた走らせる。これからどうなるか? それは誰にもわからないのであった。



■御殿山東小学校関連


 その日小野遥香はくつろいでいた。小学校教諭と言う多忙な身ではあるのだが、教師という職を一日無事にこなし終え自宅で帰宅してから全身の緊張を抜いているこの瞬間こそがやりがいと満足を何よりも強く感じる瞬間であった。


「今日もなんとか終わったわ」


 そう呟きながら自宅の扉を開け中へと入る。2LDKのマンションで一人暮らしをしている。

 小野遥香――年の頃は26で教師としても人間としてもまだまだ発展途上であった。ただその若さゆえに物の見方は子供達に近いものがあり、まるで友達のように触れ合える優しい先生と子供達はもとより父兄からも慕われる存在であった。

 肩掛けのやや大きめのショルダーバッグを肩から降ろしながらローファーを脱ぐ。服装はスカートスーツで目に優しい薄桃色である。

 髪はミドルボブにしてあり緩やかなマッシュルームボブ気味である。目にはふちなしの丸メガネがはめてある。卵顔のその顔には好奇心旺盛で何事にも活発に取り組もうとする、やんちゃで悪戯っぽい視線を湛えた二つの瞳が浮かんでいた。

 荷物をリビングの方へと置きスカートスーツの女性ものジャケットを脱いで衣紋掛けを探す。ベットの上に一本だけ投げ捨ててあったのを拾い上げ、ジャケットをそれにかけてクローゼットの中へとしまった。

 そして一人きりの部屋の中で何やら呟きながら、事務用デスク代わりに買った子供用の勉強机に置いてあった超薄型タイプのノートPCを開いて電源を入れた。


「さてと、メールチェックした後に明日の授業の準備をしてそれから夕食よね」


 ショルダーバッグの中を確かめながらぶつぶつと呟けば普段から愛用しているメーラーソフトが立ち上がった。


「今日は新着は7件か」


 そう呟いた時だった。彼女のPCにその異変は起こる。


「え? あ、あれ!?」


 PCが固まった。一切の入力を受け付けない。そればかりか勝手にブラウザソフトが立ち上がっている。


「やだちょっと何よ! 勘弁してよーまだローン終わってないんだから!」


 狼狽えながら半べそで遥香は抗議していた。誰がどう見てもネット経由の乗っ取りである。その理不尽さに苛立ちつつも彼女にはどうすることもできなかったのである。


 だがそのノートPCの表示に現れたのはさらなる変化である。それは渋谷で辰馬たちが遭遇したあの人物である。彼女(彼?)の名は〝あんのーん〟と言う。


【(*’︶’*)ノ<お知らせお知らせ!   】


 突如現れたインフォメーションに遥香も意表をつかれて戸惑うばかりである。


「は? なになに?! なんかの新手の宣伝? それともウイルス?」

【(*’︶’*)ノ<ウィルス違うもん!   】

【         それよりも!      】

【         あなたの生徒さん達に  】

【         急いで連絡してあげて! 】

【         そして彼らが今、やろうと】

【         していることを今すぐ  】

【         止めてあげて!     】

【         じゃないと大変なことに 】

【         なっちゃうんだよ!   】

【         本当お願い!      】


 子供達の存在が匂わされたことで遥香の表情が変わった。


「大変なことって何なの?」

【(*’︶’*)ノ<それはね、犯罪現場への 】

【         データアクセスだよ!  】


 その言葉に遥香の表情が凍りついた。直感的にその事実のヤバさを彼女は教師としての勘で見抜いたのだ。

 他の時代もネットは危険な世界である。そしてそれがまだ未熟な子供達であるのなら、剣呑な現実について何も知らないままに危険領域へと足を踏み入れてしまうそんな子供達も確かにいるのである。

 遥香は真剣な面持ちでスクリーンに現れたその正体不明のメッセンジャーにこう問いかけたのである。


「その子供たちの名前わかる?」


【(*’︶’*) <もちろん!       】

【         この子達だよ!     】

【 ・竹原ひろき              】

【 ・飯田将                】


「ありがとう! すぐに連絡してみる!」


【(*’︶’*)ノ<お願いね!       】 

【         あの子たちを止められるの】

【         あなたしかいないの!  】

【         本当にお願いね!    】

 

「わかった! でも最後にもうひとつだけ」


【(*’︶’*)ノ<なあに?        】


「あなたのお名前は?」


 遥香がかけてくる言葉にその〝メッセンジャー〟はこの答えたのだ。


【(*’︶’*)ノ<私はあんのーん     】

【         覚えておいてね     】


「ありがとう! 助かったわ!」


【(*’︶’*)ノ<どういたしまして!   】

【         じゃあね!       】


 あんのーんは伝えるべきことを全て伝えて遥香の前から姿を消した。あとに残されたのは遥香の中の心理的な変化である。

 危機が告げられている。教え子が危険に巻き込まれようとしている。ならば私のする事は一つしかない。


「よし!」


 ひときわ強く唱えると遥香は行動を開始した。

 子どもたちを守るのが教師の役目なのだから。



■ネット空間『サイベリア』


 そこは電子の空間。

 ネットワーク上に仮想的に存在する高リアリティなイメージ空間。映像データは元より、触感や重力感覚、さらには聴覚嗅覚味覚まで、完璧に再現可能であった。ただしその空間を利用できるのは優れた電脳スキルを有した限られた存在だけであった。


 この場所の名は『サイベリア』

 誰も知らない電脳仮想空間である。


 そしてそこに人知れず姿を表した人物が一人――

否、人物と呼べるかも定かではない。

そしてその人物を象徴するビジュアルが空間に浮かび上がる。


【(*’︶’*)ノ<            】


 それは辰馬や遙香の前に姿を表した〝あんのーん〟を名乗る謎の人物である。彼(彼女?)は何やら準備を始めた。


【(*’︶’*)ノ<ユーザーコール!    】


 あんのーんが高らかに宣言すれば次に表示されたのは5人の人物たちの名前である。


【メンバー:漆黒のイレーナ         】

【メンバー:メモランダム          】

【メンバー:トリプルファイブ        】

【メンバー:シェンレイ           】

【メンバー:NV.Lab.         】  


【(*’︶’*)ノ<もう、あとひとり!   】


【ゲスト :ビルボード           】


【(*’︶’*)ノ<準備完了!       】

【         誰が来るかな――!   】


 彼は待っていた。

 待ち人が来たるのを。

 それはあらゆる立場を越えた超常なる宴の始まりだったのである。

次回

第二章エクスプレス

サイドB 第一話

魔窟の洋上楼閣都市47


【死闘・鉄の旋律】


7月20日金曜日夜九時更新です!

(次回はお休みします。グラウザーファンサイト構築作業のためです)


次回からいよいよ死闘篇クライマックスです!



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