第2話 『アトラスとセンチュリー』
第0章第1話『アトラスとセンチュリー』、スタートです。
【2017/5/22最新版に改訂】
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そこは横浜とよばれる街だ。
開港以来、130年余りの歴史を誇り、神戸と並ぶ有数の海運都市でもある。
昼夜を問わず物流は動き続け、深夜に差し掛かっても灯りが途絶えることは無い。
その港湾の入口近くにある沖合の埋め立て地に東京と繋がる高速道路の湾岸線がある。
首都高湾岸線は海沿いを走りながら、羽田空港沖を経由し、横浜市街地の入り口となる大黒ふ頭で一つのパーキングエリアにつながっている。
〝大黒ふ頭パーキングエリア〟
横浜から、鶴見から、東京から
3方向から1つに高速道路が集まった先にそれは有った。
その夜、東京から湾岸線を大黒ふ頭へと一台のオートバイのシルエットがひた走っている。
フロントカウルの先端に桜の代紋をメインエンブレムに頂いたハーレー似のフルカスタムバイク、白銀とガンメタブラックのツートンボディ、V6エンジン2本出しマフラーの水素ドライブエンジン。
無論、そのバイクを駆るのは、横浜の市街地内で神奈川県警の捜査員たちと銃火を交えて戦ったアンドロイド警官の一人、特攻装警第3号機の〝センチュリー〟である。
@ @ @
その日の夕暮れから夜にかけてJR関内駅の付近の繁華街での武装暴走族集団の制圧作戦に特別参加していた彼だったが、予想を超える〝敵〟の反撃に一部の容疑者たちを取り逃がす結果となっていた。制圧対象の総数は7名、その内3名を拘束し、4名の逃走を逃す結果となった。取り逃した武装暴走族のチーム名はベイサイド・マッドドッグ、関内駅周辺を縄張りとする小規模な組織である。
サイボーグではなく生身の若者を中心としたチームであるため、当初は拘束は容易だと思われていたのだが、作戦指揮を執っていた神奈川県警の予想を超える重武装の違法サイボーグが現れたことで状況が一変。混乱を極めた小競り合いの末に一部の逃走を許してしまったのである。
そのため、センチュリーは神奈川県警の捜査員たちのもとを離れ、不審車両に乗って逃走した4人を、自らの専用バイクにて追っていたのである。だが――
「くそっ! やられた!」
――使用された不審逃走車は本牧埠頭のとある高架下にて放置されているのが発見された。室内、エンジン部、いずれも燃やされており、指紋を含めて証拠の収集は困難。追跡は完全に絶たれてしまったのである。
忸怩たる思いを抱えながら県警本部へと連絡する。そこで知った話だが、先程の小競り合いの際に負傷した捜査員2名がいずれも軽傷であったのは不幸中の幸いだった。
県警本部とのやり取りを終えたその時だった。センチュリーの体内回線に入ってくる通知信号がある。
「なんだ?」
すぐにチェックすればそれは同じアンドロイド警官であるアトラスからの物である。
【 特攻装警インターナル 】
【 コミュニケーションプロトコルシステム 】
【 Auther:特攻装警1号アトラス 】
【 >回線接続 】
間を置かずに即座につなぐ。そしてセンチュリーはアトラスに呼びかけた。
〔俺だ兄貴〕
特攻装警はその開発育成環境のせいもあり、お互いを兄弟として認識している特徴がある。長男が1体目のアトラスであり、次男が2体目のセンチュリー、以下、弟や妹たちに続いている。呼びかけられたアトラスは唐突に切り出した。
〔センチュリー、お前今どこだ?〕
〔横浜の本牧埠頭入り口だ。本牧ジャンクションの真下だよ〕
〔例の武装暴走族のガラの確保か?〕
〔あぁ、トバれた。足跡もしっかり消していきやがった〕
〔そいつは残念だったな。愚痴りたいこともあるだろうが、ちょっと顔を貸してくれ。話があるんだ〕
兄たるアトラスの話にセンチュリーは勘にピンとくるものがあった。
〔あー、まさか面倒事か? 兄貴? 勘弁してくれよ〕
嫌そうに答えるセンチュリーにアトラスはなだめるようにこう告げた。
〔そう言うな。お前にしか頼めないんだ。今夜11時に大黒ふ頭のサービスエリアに来てくれ〕
〔ちょ、イエスもノーも無しかよ!〕
〔嫌なら先月の飲み代、利子つけて払ってもらうぞ〕
〔え? それを今言うかよ?〕
〔で、どうなんだ? 来れるのか?〕
センチュリーは内心ため息を付いた。一つ面倒な案件が終わると間髪置かずに次の難物が持ち込まれる。休む間もないと言うのはこの事だ。だが兄たるアトラスが所属部署の垣根を超えて直接に頼み事を持ち込んでくる時は、それだけ深刻な状況が起きている事が多かった。無下に断る理由もない。センチュリーは頼みを飲むことにした。
〔わかったよ。11時だな? 今、燃やされた証拠車両を押さえてるから、県警の連中に引き継いだらすぐに行くよ〕
〔すまんな。先に行って待ってるぞ〕
アトラスは、そう告げるだけ告げると回線を切った。センチュリーは辺りを見回しながら呟く。
「さて、どんな面倒事か――」
そうぼやきながら現場に駆けつけてきた県警の職員たちに声をかけ引き継ぎをはじめた。
否応にも長い夜になりそうだと、センチュリーは予感するのだった。
@ @ @
センチュリーは現在時刻を体内回線を経由してチェックする。
【西暦2039年10月2日、午後10時45分】
センチュリーは思う。約束の時間には間に合いそうだと。
今、眼前には海へとかかる横浜ベイブリッジが見える。アクセルを吹かして海上橋を渡ればその先はもう目的地だ。
「約束は11時だったな――」
そう呟きながら大黒ふ頭サービスエリアへと降りていくランプ道路へと自らのバイクを進める。
大黒パーキングの目の回るような螺旋道路を走れば、眼下のパーキングエリアには今も昔も変わらず違法改造の車輌を乗り回す若者たちが寄り集まり、たむろしていた。
首都高でのスピードの追求に命をかけるハイウェイランナーや、クラブミュージックを大音響スピーカーでがなりたてるワンボックス車、あるいは今やアンティークの部類に入ったようなローライダーなど様々なジャンルのマニアたちが闊歩している。
センチュリーはパーキング内にバイクを進めると、入口付近で停車している警らのパトカーに向けて視線で挨拶を送る。この大黒パーキングでは、事件や騒動が日常茶飯事であるため、神奈川県警の交通警らが毎夜のようにやってきては警戒にあたっている。
その苦労を察すれば、センチュリーに気付いた警官が、センチュリーに対して敬礼で返礼していた。返す刀で視線を周囲の車の群れに向ければ、そこかしこからもセンチュリーに対して畏敬とも警戒とも取れる視線が数多く集まってきていた。
そもそもセンチュリーの所属は生活安全部の少年犯罪課だが、凶悪化の一途を辿る少年犯罪案件に深く関わる事が求められて彼が生まれた背景がある。単に補導するだけでなく、事案によっては危機回避のための非常戦闘や、成人の犯罪と同等の対応をしなければならない場合もある。
その犯罪ケースによっては成人の凶悪犯罪に関わることもあるため、捜査部や交通機動隊からの応援要請を受けて広範囲な犯罪案件に対応できる体制で動いている。今日の一件のように警視庁のエリアを超えて他府県の県警と連携することもある。特に東京と隣接する3県とは頻繁に行き来していた。
そのためか、センチュリーは夜の街を行き交う若者たちの界隈ではひどく名が知られている。頼れる警察として、そして、警察らしからぬユニークな兄貴分として好意的に見ている連中が居る一方で、違法行為や暴力行為を経験している者はセンチュリーを強く警戒していた。
当然、雑多な人々が行き交うこの大黒ふ頭の様な場所では、違法薬物の売り買いが起こることもある。さらには暴力行為や性犯罪が起こることなど珍しくない。センチュリーが深夜のパトロールでそれらを現行犯逮捕したのも一度や二度ではない。アンドロイドであるセンチュリーの頭脳にはそれらの案件の一つ一つが正確に記憶されている。
センチュリーは行き交う若者たちの顔を眺めるたびに、それらの情報の一つ一つが呼び起こされていく。非行歴、危険度、再犯率――、正確にデータ化された情報から垣間見える、それぞれの非行少年少女たちの抱えた人生を思い出さずにはいられなかった。
だが、今夜ここに来たのはノスタルジアに浸るためではない。
「おっ、居た居た――」
センチュリーの視線の先には、また新たに、特異なルックスの人物が立っている。背後にダッジバイパーのオープン2シーターのEVカスタム車両を停め、使い込まれたアーミーグリーンのフライトジャケットを着 込んだ彼――。
その肉体はすべて総金属製であり、センチュリーの人間的なルックスとは異なる。いかにもメカニカルなロボット然とした外見ではある。だが、非人間的な無機質な感じは伝わっては来ない。
顔面の細いスリット状の部分から瞳からは、人間的で温かみのある光が垣間見えている。
――特攻装警第1号機アトラス――
特殊精製された超高強度な特殊チタン合金でできたボディを持つ〝始まり〟の特攻装警だ。
センチュリーが兄であるアトラスの姿を見つけてバイクの速度を落とす。すると、通り過ぎる若者たちの声が、アンドロイドであるセンチュリーの鋭敏な聴覚の中に嫌でも飛び込んでくる。
「おい! 〝片目〟のヤツ来てるぜ! ヤバイよ!」
〝片目〟――それはアトラスの事を示す隠語だった。
「まじかよ! あれ警視庁だろ? こっち神奈川だぜ?」
「バカ! 特攻装警に管轄なんてかんけーねーよ! 今日ばかりはヤバ――」
会話がそこで途絶えれば、声の主がセンチュリーの存在に気付いていた。不意にその声の方向を振り向けば、センチュリーとかち合った視線が怯えを見せていた。センチュリーは慌てる2人に微笑みかけたが、威圧としてはプレッシャーは十分だ。
声の主たるシャツ姿の二人の若者は、愛想笑いを振りまきながら慌てふためくようにその場から駆け出していく。センチュリーは自らの記憶を手繰れば、2人のうちの1人に見覚えがある。
「アイツ、渋谷で見かけたな。確か、葉っぱ撒いてたっけ」
葉っぱ――大麻のことだ。
葉っぱを撒く――大麻の密売の事だ。
「ありゃ取引してるな。ちょっとお灸すえるか」
そうつぶやくとセンチュリーは自らの視聴覚情報をコピーして編集する。
【視聴覚情報データベースより 】
【 個人特定データ分離処置開始】
【 】
【犯罪可能性対象者2名確認 】
【犯罪容疑:薬物密売、薬物不法所持の可能性 】
【未成年の可能性あり、注意されたし 】
【日時、西暦2039年10月2日 】
【 午後10時58分】
【データファイルクラスター圧縮完了 】
【 】
【日本警察ネットワークデータベースアクセス 】
【Auther:特攻装警3号センチュリー 】
【データ種別:注意人物特定情報 】
【 位置情報付加済み】
所定のプロトコルを経て、この数分間の視聴覚情報を日本警察のネットワーク上へとアップロードする。
「おしっ、これであとはこの辺の警らの連中に任せるとすっか」
細かい事案を見逃さないのも大切だが、今は優先しなければならないことがある。センチュリーは兄の居る方へとバイクを進めた。
「兄貴!」
センチュリーが声をかけながら走り寄る。アトラスはセンチュリーの声に気付いて顔を上げた。
「来たか――」
センチュリーのバイクがアトラスの直前で停まる。
「兄貴、待たせたか?」
「いや、案外早かったな」
「県警と地元所轄への引き継ぎが少し手間取っちまってな。さっさと丸投げして逃げてこようと思ったんだが、そうもできなくってよ」
センチュリーの語る口調にアトラスは何かを感じたらしい。
「なにか面白くないことでもあったのか?」
センチュリーには愚痴をこぼす癖は無かったが、どうしても釈然とせずに不満を溜め込むことはどうしてもある。イライラを残さないためにもここは思い切って話すことにした。
「あぁ、ちょーっとな。あんまりにも段取りはひどかったんでな」
「神奈川県警の連中か? 今回は珍しく連中の方からお前の声をかけてきたんだってな?」
「話と情報の発端は俺のほうさ。だが、実際の身柄確保の作戦の方はハマの連中の仕切りだ。ただそれがあんまりに酷くってよ」
そうぼやきながらセンチュリーは腕を組む。苛立ちの度合いが伝わってくるようだ。
「そもそも、俺がいつも追ってる武装暴走族の動きを調べててネタが入ったんだが、末端の数人が『今夜横浜で大きなヤマを張る』って吹いてたって言うんで、ハマの連中に協力してもらって話を聞こうとしたんだ。けど、こっちの所轄の少年捜査課の方ではかねてからマークしていたメンツだったらしくて、それならいっそパクろうって話になっちまった」
「任意も何もなしか」
「あぁ、裏付けも地取りも無しでタレコミの情報だけでガラを押さえるのはやりたくなかったんだが、横浜は俺たち警視庁の人間の縄張りじゃないからな。決定権はハマの連中の方にあるからおとなしくしてたんだが――」
そこまで話したところでセンチュリーは大きくため息を付いた。
「末端の下部組織の連中には違法サイボーグは居なかった。だが末端組織であるベイサイド・マッドドッグには広域組織がケツ持ちしているって話があるんだ。それでなくても最近は小規模な組織にも広域組織が支援の話を持ちかけて巧妙に支配下に取り込む事案が増えている。下部組織の子分連中がヤバイとなればケツ持ち連中が手を出してくる可能性は十分にあった。そうなれば一般の捜査員と俺だけではどうにもならない。事前に武装警官部隊に話をつけていつでも来てもらえるようにするのがセオリーだ。けどよ――」
「おつかいのお願いはしてなかったってわけか」
「あぁ、県警と所轄署の少年犯罪担当だけで処理する腹積もりだったんだ。案の定だ、派手な戦闘になっちまったんだ」
「無線で聞いた。銃撃戦にまでなったそうだな」
アトラスがセンチュリーに問えば、センチュリーは渋い顔で頷いた。
「ひどいもんだ。派手に打ち合った挙句、捜査員2名が負傷。警察車両も何台かオシャカだ。当初の捜査対象は4名だったんだが、あとから増えて最終的に7名になった。だが身柄を押さえられたのはそのうち3名、残りは綺麗サッパリ逃げやがった」
「逃走を許したのか。脚の早いお前らしくないな」
兄たるアトラスが諌めるようにしてするが、強い口調でセンチュリーは反論した。
「しゃあねぇだろ? 重戦闘が可能なレベルの違法サイボーグが混じってたんだ、明らかに〝俺〟対策で事前にしこんであったとしか考えられねえんだ。両腕の速射レールガンと、両足の放電兵器装置でガチで格闘戦でやりあう羽目になった。そいつの対処に手を取られている間に、軍用の煙幕装備と、無人運転車を使われて、包囲網を強引に突破されたんだ。死人が出なかっただけラッキーなくらいだよ」
「そうか――、で? その違法サイボーグは?」
「逃げられた。そもそも日本国内の犯罪者データーベースに一切乗っていなかった。全くの新顔だ。黒人系のルックスで、海外から密入国してきた可能性もある。そもそも武装のレベルが段違いだ。本当ならそう言う連中の出現を想定した布陣を引くんだが――」
「特攻装警が居るんだから、それで十分と思われたか?」
「あぁ、向こうの生活安全部の課長がやたらと俺のことを気に入ってくれてよ。信頼してくれるのはありがたいけど、腕前を高く買われるのも考えもんだぜ」
「まぁ、お前の言うことはわからんでもない。だが神奈川県警には俺達のようなアンドロイド警官は未配備だ。運用ノウハウが無い分、俺達がカバーするしか無いさ。しかし、よくそんなタレコミ情報が得られたな? 腕の良い情報屋でも抱えてるのか?」
アトラスの問いにセンチュリーは笑みを浮かべて答えた。
「そんなんじゃねえけど、前に非行や暴走行為やらでパクった連中からのタレコミだよ。組織の足抜け手伝ったり、社会復帰するのに受け皿になってくれる所探してやったりしてたら、マメに色々と口コミの情報流してくれるんだ。まぁ、カタギに戻ったんなら無理すんなっては言ってるだがな」
センチュリーも職務柄、複雑な事情を抱えている若者や少年少女と向き合うことが多い。単に捕らえるだけでなく、社会で生きていく道筋を立ててやらないとまた犯罪事案の世界に舞い戻ることは珍しくない。
アトラスもその事はよく痛感している。そのアトラスの所属は警視庁の組織犯罪対策の4課、いわゆる暴対である。いわゆるヤクザはもとより、半グレ・ステルス・海外から流入してくる外国人マフィア。更にはネットワーク社会で国境を超えボーダーレス化した国際犯罪事案にも関わることも多い。21世紀初頭、暴力団対策法の施行で表向き、一般社会から暴力団やヤクザの姿は見えなくなったと言われるが、実際には社会の地下に潜伏する事案が増えただけにすぎない。一見すると一般企業と犯罪組織とが区別がつかなくなってしまい、犯罪捜査がより困難になってしまったのだ。
更には海外から極秘裏に流入してくるハイテク技術やサイボーグ技術の地下社会での氾濫により、違法武装化する犯罪組織が急増してしまい、生身の刑事による捜査では太刀打ち出来無くなりつつあった。
アトラスもセンチュリーも『捜査活動と対犯罪戦闘が同時に行える要員が欲しい』との現場からの痛切な声を日本警察上層部が聞き入れて生み出された背景があるのだ。
「しかし、それよりも兄貴――」
センチュリーが話の流れを変え、先を急ぐ様に兄であるアトラスの顔を見つめる。
「緊急の案件ってなんだ?」
センチュリーの言葉にアトラスもまた鋭く冷静な視線で答える。体内回線でセンチュリーとの間で回線を確保する。そして、センチュリーの視界にアクセスすると必要な情報を画像として送り込んでいく。
そこからの兄からの音声は通信越しだった。
〔これを見ろ〕
今、センチュリーとアトラス、それぞれの見ている視界には、空中に浮かんだホログラム映像の様に犯罪にまつわる情報が映し出されていた。無論それは二人のデジタル視界の中でのみ存在するものであり、他の者には見えることはなかった。
センチュリーはアトラスから送られてきた映像を注視する。そこには横浜の本牧付近の地図と、一人の年老いた白人男性の顔が浮かび上がっている。
〔本牧埠頭――南本牧だな。あの辺りは最新型の無人化コンテナヤード施設と、洋上都市の実験建設プラントがある。それとこの白人のジーサンが何の関係があるんだ?〕
アトラスがデータを操作して、その白人男性のデータを新たに映し出し始めた。
〔ディンキー・アンカーソン、元IRA――、厳密にはIRAの分派の分派、〝真のIRA〝の一派の所属で北アイルランドの英国政府からの独立武装闘争を継続していた過激派組織のメンバーだ〕
〔IRAねぇ。大昔はテロ活動とかで派手だったらしいが、2010年以降はほとんどが武装テロ路線を放棄して大人しくなったんじゃなかったっけ?〕
〔そうだな――、IRAは北アイルランドの自治政府設立って飴玉をしゃぶらされてイギリス政府と戦い続ける理由を取り上げられたからな。だが一部が武装闘争を継続――、しかも、汎ヨーロッパ規模で他のテロ組織と連携するようになり、武器の密売や違法取引にも手を出すようになった。さらには活動の軸足をイギリス国内から外へと移すようになり、結果、武装継続派の一部は、独立闘争とはかけ離れたテロ犯罪組織へと変節していったとも言われている〕
〔無様だな。ポリシーなくした思想家崩れは。それで? このディンキー爺さんが、その残党組織の中で今なお独立闘争ごっこしてるってわけだ?〕
〔いや、すでに武装継続派の残党組織からは独立して、単独でのテロ活動を継続している〕
アトラスが語る言葉にセンチュリーはため息が漏れそうになる。
〔はぁ? 独立って――、たった一人でか?〕
センチュリーが語る言葉には、たった一人と言う言葉にある種の軽蔑が込められていた。
〔武装闘争って、組織だって動くことで初めて意味を成すもんだろ? 一人きりでやったって隣近所で放火騒ぎ起こしてる酔っぱらいオヤジと変わらねーぞ?〕
だが、センチュリーのその言葉にアトラスは同意しなかった。
〔そうじゃない。一人きりと言っても、ただの単独行動犯じゃないんだ〕
〔どういうことだよ〕
怪訝そうに問いかけるセンチュリーにアトラスは努めて落ち着いて説明を始めた。
〔英国国籍のVIPがいればどこへでも現れて破壊活動から殺戮まで何でもやらかす。テロの範疇を超えた。一言で言えば〝イギリス人全体に対するストーカー〟みたいなもんさ〕
〔ストーカーって……〕
あまりに身も蓋もない言い方にセンチュリーは思わず呆れて言葉を失った。
〔実際、イギリスのスコットランドヤードでそう言ってるんだ。それもそうとう恨まれてる。まぁ、主義主張や声明文を見ると、失われたケルト文化の継承とかなんとか、理論武装してるみたいだが、やってる事はまるっきりの無差別テロだ〕
〔まぁ、イスラム原理だろうが政治体制だろうが、テロなんてそんなもんさ〕
〔あぁ。だが、ディンキーには切り札がある。やつは独自に作り上げた武装アンドロイドを駆使したテロリズムを得意としている。『マリオネット』と呼んでいてな。そこからついたニックネームが『マリオネット・ディンキー』と言うそうだ〕
〔マリオネット・ディンキーね――、人形遣いのテロリストってわけか〕
マリオネット・ディンキー――、その名がセンチュリーには妙に記憶にまとわりついた。
〔あぁ、自分自身は動かずに配下の武装アンドロイドに破壊活動を行わせる。頭数こそ少ないものの武装アンドロイドの性能次第では、人間による組織としてのテロよりも恐ろしい結果を引出すことになるだろう。実際、ヤツのターゲットとなる英国系のVIPは、今もなおディンキーの脅威に怯えきっているとも言われているんだ〕
〔洒落になんねーな〕
〔そういうことだ。それで、インターポールを通じて、先ほどスコットランドヤードとイギリス保安局から情報提供があった。現在、英国領内を脱出、中近東とアジアを経由して、フィリピン経由で日本へと上陸した可能性があるそうだ。それと俺の担当している暴力団の緋色会の下部組織末端の一派が今夜横浜で動いている事を掴んだ。向かっている先はここ――本牧の南本牧埠頭〕
アトラスが提示した横浜界隈の地図の中、大黒ふ頭の南西方向にある南本牧の埠頭の一点にマークが点った。
〔緋色会――、マフィア化と地下潜伏が一番進んでいてステルスヤクザなんて呼び名もあるんだってな。兄貴の所属してる暴対の4課でも手こずってるってアレだろ?〕
アトラスはセンチュリーの指摘に思わずため息をついていた。否、アトラスは機械然とした外見のアンドロイドだ。呼吸はしないが、その仕草や動作から本当にため息をついているような錯覚すら覚えてしまう。やや一呼吸置いてアトラスは説明を続けた。
〔お前の言うとおりでな、数あるマフィア化ヤクザの中でも緋色会は特に動向把握が困難な組織だ。今回は情報機動隊やディアリオの力を借りて何とか動きをつかむことができた。だが最近、緋色会が海外の犯罪勢力との連携や抱き込みに熱心でな、特に日本国内で活動を望んでいる思想テロの仲介請負や幇助みたいな事を企んでるらしいんだ〕
〔テロリストのおもてなしをビジネスにしようってわけか?〕
〔そんなところだろう。その緋色会の下部組織の一派が、近々来日するイギリス系の国賓について情報集めをしているとの情報を掴んでから、その動きをずっとマークしていた。緋色会のテロリズムの幇助――、英国国賓についての情報収集――、そこにこの元IRAの英国憎しのテロリストの密入国情報――、それだけ情報が集まれば、緋色会が受け口となってこのおっかないジーサンを日本に乗り込ませようとしていると考えるべきだろう〕
〔オッケー、解った。でもよ、なんで南本牧なんだ?〕
〔今回、緋色会本体や直下の行動部隊は動かないと俺達暴対では見ている。そこで緋色会にからみのあると疑いのある様々な関連組織を洗っていたら、横浜に拠点のある下位の武装化暴走族が横浜本牧付近で動いているとの情報が入ってきたんだ〕
アトラスの話を耳にすれば、センチュリーは自分が掴んだ情報とそれらがリンクしているのに気づかざるを得なかった。
〔なるほど、そういう訳か――〕
納得がいったらしいセンチュリーが続ける。
〔――今夜、本牧で何かが起きる。だが、万が一のことを考えると、兄貴一人では荷が重い。それで俺を呼び寄せたってわけだ〕
〔ご明察だ〕
アトラスは頷きながら答えた。センチュリーは冷静にアトラスを見つめ返しながら、さらに問う。
〔で、本庁や県警からの応援は?〕
〔それは無い〕
センチュリーの問いは最もだったが、返すアトラスの言葉は冷淡だ。
〔今回は情況証拠に基づく俺個人の〝勘〟による判断だ。物証がなければ機動隊や武装警官部隊は動かすことはできない。勘だけで組織を動かしてアテが外れましたではすまないからな〕
アトラスの言葉にセンチュリーは苦虫を潰すような表情を浮かべる。今回横浜の繁華街で起きたケースはまさにそれだからだ。
しかし、後々のしこりを考えるとすっきりしないものがある。センチュリーは右手で頭をかきながらぼやくように言葉を吐く。
〔兄貴、あれか? オレたちが直接乗り込んでってオレたち自身が物証となる――ってやつ〕
〔それしかないだろう? オレたち特攻装警の視聴覚は日本警察のコンピューターシステムに直接リンクしている。〝犯罪事案の捜査情報に限り〟オレたち自身の判断で情報をアップロードできる〕
〔現場をおさえてその場で拘束する、か――〕
そこまで聞いてセンチュリーは、兄であるアトラスがなぜ自分を呼び寄せたのか合点がいった。
〔なるほど、こういう荒事は俺じゃなきゃ無理だわな〕
〔当然だろう? ディアリオやフィールは一般捜査向きだから無茶はさせられん。かと言って警備部のエリオットを動かすにはそれなりの物的証拠を出さねばならん。多少のドンパチが起きても平気でいられるのは俺とおまえだけだからな〕
〔勘弁してくれよ――、先月もこれやって小野川のオヤジから怒鳴られてんだよ〕
兄であるアトラスから振られた無理難題にセンチュリーは思わず天を仰いだ。小野川とはセンチュリーの上司である少年犯罪課の課長の名だった。
〔小野川さんには後でおれから話しておく。まぁ、始末書の枚数が増えるがそれは勘弁してくれ〕
兄のその言葉にため息をつきつつも諦めざるを得ない、腹をくくって兄に答える。
〔しゃーねー、付き合ってやるよ。それに毎度のことだからな〕
センチュリーは明るく笑い飛ばした。捜査対象となる青少年容疑者に対して良心的なセンチュリーだったが、独断行動や規律違反が多く、特攻装警たちの中では群を抜いて始末書提出が多いのだ。センチュリーを管理監督する責任者はさぞ胃が痛いだろう。
〔それに、特攻装警の問題児の名は伊達じゃねえからな〕
〔それ――、自慢になるのか?〕
アトラスのツッコミにセンチュリーは苦笑する。
アトラスとセンチュリーは笑いながら、それぞれの愛車に乗り込んでいく。向かう先は南本牧付近。二人はこれからの行動予定にまつわる情報を共有すると愛車のエンジンに火を入れる。
「行くぞ」
「おぅ」
アトラスのダッジが先をいく。センチュリーの大型バイクがその後を追った。
@ @ @
大黒ふ頭サービスエリアはその周囲を幾重にも重ねられた螺旋状の高速道路に周囲を囲まれた場所だ。
アトラスたちはその螺旋道路を旋回しながら上り詰めていく。進んだ先で道路は東京へと戻る湾岸線と、横浜の市街地へと渡るベイブリッジへの、2つに別れる。
彼らは進路をベイブリッジ方面へと向ける。アクセルをさらに吹かしてアプローチを上り詰めていく――
と、その時だ。
〔こちら神奈川高速1号、特攻装警3号応答願います〕
愛車を駆るセンチュリーの通信回線に割り込んでくる者がある。
〔特攻装警3号から神奈川高速1号へ。その声、横浜の兼崎か?〕
センチュリーが規定の応答で答えれば、センチュリーのバイクに並走するように近づいてくるパトカーがある。ベンツ製の高速仕様パトカーだ。神奈川県警の高速交通機動隊が有する高速道路専用車両である。声の主はその車両の中からセンチュリーに話しかけてきていた。
〔お久しぶりです! センチュリーさんがこちらの管轄に入ってきたと聞きましたんで〕
〔すまねぇ! 少し縄張り荒らすぜ〕
〔かまいませんよ! 多少の揉め事はこちらでフォローしますんで〕
センチュリーが詫びるように答える。警視庁の者が他の県警の管轄で動く場合、色々と面倒なことがある。特攻装警はその希少性から警視庁のエリアを超えて自由に動くことが黙認されているが、やはり県境を超えると気が引ける物がある。だが、通信の相手である高速交機の隊員はそれを咎めるような口ぶりは全く無かった。
〔先日も〝スネイル〟の一部が関内付近で動いていたと組織犯罪対策が話してました。それに先月も川崎でうちの隊員が武装サイボーグの暴徒の件で世話になってます。たまにはオレたちにも恩返しさせてください。何かあったら協力要請してください。すぐに駆けつけます! それじゃ〕
窓越しに通信をしてきた者の姿を見れば軽く手を降っている。センチュリーはそれに自らの視線で答えた。そして、そのベンツ製の高速パトカーは高速道路の分岐でハンドルを切りセンチュリーたちから離れていった。
〔センチュリー〕
センチュリーの回線にまた別な声が割り込んでくる。兄であるアトラスだ。
〔兄貴?〕
〔また、勝手に県境越えたのか?〕
〔しゃーねぇだろ! 違法武装サイボーグの犯罪者を速攻で叩けるのは俺たちしかいねーんだしよ! それに俺達のいる警視庁と違って、神奈川県警の殉職率が高いの知ってるだろう!〕
〔それには異論はないが――あまりあからさまにやるなよ? また県警の上の方から文句言われるぞ〕
〔言いたい奴には言わせときゃいいんだよ! 先行くぜ!〕
センチュリーは会話をそこで強引に打ち切った。組織の論理と、個人の倫理観との狭間で、判断に苦しむことは数多い。だが、目の前の生命の危険を無視することは絶対にできない。それはセンチュリーにとって譲れない一線なのだ。
個人の持つ〝情〟を重んじる。それはセンチュリーの長所だ。だが、組織は個人の感情だけでは動かすことは出来ない。情よりも組織のロジックが、何よりも優先されることがどうしても出てくる。
後々の事を考えるとやはり弟の様に割り切れないと、アトラスは心の何処かで忸怩たる思いを抱かずには居られなかった。
次話
第0章第3話『4号ディアリオ』に続きます。