サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part43『死闘・エンターティナー』
特攻装警グラウザー
第2章エクスプレス
サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part43『死闘・エンターティナー』
スタートです
それはピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。
赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼の名を人は『クラウン』と呼んでいた。
その顔には純白のマスクがあり、その下の素顔は誰も知らない。そのマスクをまるでプロジェクションマッピングされたディスプレイのように使って様々な表情パターンを描いて意思表示としている。今は白地の上に、赤い色のアーチ模様が3つ目と口として描かれている。非常に落ち着いた状態のようであった。足音も鳴らさずに無言でクラウンは歩いていた。ダウンライトだけが足元を照らす薄暗い通路、窓は無くすべてが閉ざされた閉鎖空間であった。
歩み続けた先には金属製の左右開きの扉が存在し、その中央にはごつい金属ブロック製のロック機構が取り付けられていた。だがクラウンはそれをものともしなかった。
「商品管理ご苦労さま。でも、通らせていただきますよ?」
右手を突き出しロック機構の金属ブロックへと手を触れる。そして、微細な振動を与えたかと思うと魔法でも駆使したかのようにそのロック機構は――
――カチンッ――
――と、涼しい音を立てて開いてしまったのである。
ちょうどその光景を小型の監視カメラが覗いている。だがそのカメラには一枚の金属製のカードが突き刺さっている。裏面にはピエロを模したようなキャラクターが描かれており、表面にはダイヤの7が表記されている。その7つのダイヤ模様がランダムに点滅している。まるで古式ゆかしい電子装置の作動ランプのように。
「ホッホッホ、そんなカメラ意味ないですよーー」
そうクラウンがつぶやいた時に扉は彼をあるじと認めたかのように涼しく開いてしまう。
その扉の上部には、こう銘が記されている。
【―生体サンプル完全保存シリンダー室―】
そして、扉が開いたその向こうにはまさに総身で怖気がたつような光景が展開されていた。
そこには直径1.2メートルのガラスの円筒のシリンダーが垂直にいくつも林立していた。高さは2メートル程度。その内部には透明な液体が満たされていて一糸まとわぬ生身の人間たちが一つのシリンダーに一人の割合で何体も収容されていたのである。
それも男性女性成年子供東西の人種の要を問わず、驚くほどの数が捕らえられていた。まるで実験室のホルマリン漬けの標本入りのガラス瓶が並んでいるかのようである。
だが、そのいずれもが虚ろな顔をしており意思があるようには見えない。あるいは半昏睡状態にあり意思を持つことを封じられているかのようである。
「揃いも揃えたり――壮観ですねぇ、これではまるで――」
クラウンはマスクの中でクスクスと笑いながら言葉を続ける。
「そうまるで〝人間牧場〟」
一度はそう口にしたがクラウンは顔を左右に振る。
「いやいや! 水槽の中で水の中に漂っているのですからシーフードレストランの生簀でしょうか。なにしろ――」
無数に林立するシリンダー水槽の群れの中を歩いているクラウンだったが、その脚をふと止めて傍らを眺める。するとそこには二十歳くらいの年の頃の若い女性がパーフルオロカーボン溶液の中でうつろな目で漂っている。そしてその体はすでに手が加えられたあとだった。
「――なにしろ、まな板の上で刻まれるのですから」
シリンダー水槽の上部には細長い電子インク表示装置がある。その女性の水槽にはこう記されていた。
【 マテリアルシリアルナンバー 】
【 [#XY12945914] 】
【 適用用途:愛玩慰安用/戦闘兼用 】
【 処置工程:基礎改造段階 】
【 現在状況:強度拒絶反応確認 】
【 改造工程一時中断 】
【 拒絶反応抑止処置適用予定 】
水中に漂うその女性には手足がなかった。肩と股関節の部分で離断されていて、断面がすでにアタッチメント装着のために処置済みだった。全身の各部にも手が加えられた跡があり、センサーと思しき配線が各部に取り付けられている。その姿を見てクラウンは顔を大仰に左右に振って見せる。
「酷いことを――、改造途中で不適合が見つかりましたか――、処置前にやっておけば良いものを」
そしてクラウンはそのマスクを黒一色に染める。目は赤く星のように2つの光点が輝くのみ。
「これはせめてもの情けです」
クラウンはシリンダー水槽の表面に手を触れると、その手のひらから微細な電磁火花を解き放つ。まるで何かのシグナルを発するかのように。すぐさまにシリンダー水槽の上部の表示装置に異変が起きた。
【 >酸素供給遮断 】
【 >中枢神経系200V通電開始 】
【 ≫周波数50Hz 】
【 >水槽内無酸素純水へ置換開始 】
水槽の中から急速に酸素が失われる。そして女性の肉体が跳ねるように痙攣している。その時間、わずかに10秒――
「永遠にお眠りなさい。このまま生きていても地獄ですから」
――そしてその女性の目は大きく見開かれ、その瞳には命の煌きは微塵も残っていなかった。あとは力なく水槽の上部へと浮き上がっていくだけである。クラウンは彼女の行く末を確かめることもなく先へと進んだ。
それからどれほど歩いただろうか。
シリンダー水槽の列の最奥部、その一角にある水槽の一つへとたどり着いていた。
「見つけた――、愛しの姫君」
そしてクラウンのマスクに浮かび上がるのは満面の笑顔。銀色の下地の上で、真っ白な笑い顔が浮かんでいる。その視線の向かう先にあるのは一人の少女だった。
年の頃は8歳か9歳か、人種は白人系で白い肌にプラチナヘアが特徴的だった。
腰まである長い髪は、かなりの長期間、その少女が手入れさえされていない事を示している。そしてその瞳はうつろであり、明確な意志があるようには見えない。ただひたすら眠らされているかのようだ。
水槽の中をタツノオトシゴのように漂うばかりの彼女の顔を水槽のガラス越しに覗き込む。クラウンは彼女に向けてこう告げた。
「お迎えに上がりましたよ。我が姫君――」
それまで笑顔で見つめていたクラウンだったが少女のとある部位の変化に気づいて一瞬だけどす黒い怒りを垣間見せる。
「これは――」
クラウンが気づいたのは〝耳〟である。ジャパニメーションの愛玩キャラのようにその頭部には猫のような三角耳が生やされている。腰の後ろの尾てい骨のあたりにはボブテイル気味の小さなしっぽもある。それは猫を模しているかのような装飾だった。
否、装飾ではない。そう言う機能付加の改造が施されているのだ。
「くだらない真似を。金持ちの愛玩動物にして売り飛ばすつもりか――」
そう語るクラウンの顔は赤く染まっている。血の色であり燃えさかる地獄の業火だ。その右手を一閃すると死神の大鎌を取り出す。
「神様気取りのマッドサイエンティストどもが!」
地獄の底から響くような声を発すると、大鎌を力いっぱいに振り回した。その勢いでシリンダー水槽は打ち砕かれ、中に満たされていた水溶液は一気に流れ出る。
――ザバァッ――
当然、その水槽の中で漂っていた少女の体は外へと投げ出された。それを受け取るのはもちろんクラウンである。
大鎌を振り回して虚空へと消し去ると、返す動きで取り出したのは大きな純白の毛布だった。それをマントのように華麗に翻しながら投げ出されてきた少女の体を片手で受け取る。そして、一瞬のスキもなく鮮やかに裸体の少女を毛布の中へと包み込むのである。
少女の頭部を下の方へと向けて喉と肺の奥にまで浸潤していたパーフルオロカーボン溶液を吐き出させる。予め用意しておいたのだろうか、小型の携帯型の酸素マスクを装着させる。
「高酸素溶液は排出されるのに時間がかかる。完全な自然呼吸を取り戻すのには医療処置が必要です。それまではこれが必要でしょう。それに長期間の強制昏睡――回復するには時間が――」
クラウンが彼女の容態を案じながらそうつぶやいたその時であった。
「あ、うぅ――ひゅぅっ――ゲホゲホッ!」
「ちょっと?! 大丈夫ですか? ほら、顔を下にして――、そう――全部出して――」
クラウンは急に呼吸を取り戻した少女が咳き込んだのに驚きつつ、その上体を下にして気管内に残った残液を吐き出させてやった。
「ゲボッ――ウゲェッ――」
「大丈夫ですよ、慌てないで。そうそう全部出してしまいなさい」
「ゲッ! ゲホッ! ケホッ、ケホッ! ヒュゥ――ケホンッ!」
しばらくえづいて咳き込んでいた少女だったが、クラウンの介助で半分以上は肺中の残液を吐き出したらしい。青い顔ながらもじきに落ち着きを取り戻して呼吸もゆっくりとしたものになった。その顔は衰弱し衰えてはいたが、未だ、生命を手放そうとはして居なかったのである。
ある程度の呼吸を取り戻せて落ち着いたのだろうか、荒い息ではあるがゆっくりと息を吐きながら少女は体を起こして、彼女を抱いているその人を仰ぎ見る。
「――――」
おぼろげに視線を向けるが、表情はうつろで言葉もない。だがクラウンはサーカス風のピエロ顔を浮かべると、静かに語りかける。
「気づきましたか?」
「あ――、う――」
「しーー!」
クラウンは人差し指をたてて口の前に当てる。
「まだおしゃべりしちゃダメですよ。体が弱ってます。ゆっくりと治してあげますからね」
その言葉の意味を少女は理解したのだろう。小首をほんの僅かに縦に傾けた。
「ほほほ、良い返事です。私があなたをお守りします」
クラウンはそう優しく語りかけながら少女の体を両手でそっと抱きしめてやる。
「私はクラウン――」
「くらうん?」
「えぇ、あなたを守る人、そして、あなたを助ける人」
「たすける?」
少女が発する声はオウム返しであり理解して発しているようには見えない。だがクラウンはあえてある事を問いかけた。
「一つだけ大切な事をお聞きしますね。いいですか? お名前は?」
「おなまえ?」
「えぇ、あなたの〝なまえ〟」
「なまえ――」
その問いかけはとても丁寧であり丹念であり優しさに満ちていていた。そしてそれはとりもなおさず〝そうあってほしい〟と言う願いに満ちていたのだ。だが――
「あ――う――」
帰ってきたのは声にならない声、言葉にならない言葉――、
そう、彼女には〝名前〟すらも残されては居なかったのだ。その事実を噛みしめるようにクラウンは強くその少女の体を抱きしめてやる。
「あなた――それすらも消されてしまったのですね」
クラウンのつぶやきを耳にして少女はつぶやく。
「なまえ――ほしい――」
毛布の中からやせ衰えた右手を出すとクラウンの頬を撫でる。それは母の乳を欲しがる赤子のようであり、何も持たずに生まれ落ちた姿に他ならなかった。そしてクラウンは少女の手のひらを見てある事実を知る。
「指紋が――無い!」
否、指紋のような模様はある。だがそれは明らかに人工的に作られた模様だった。だが――、六角のヘックス模様の指紋などあり得るはずがないのだ。その事実はクラウンの総身を震わせていた。
「ここまで――ここまで〝存在証明〟を奪うのか! 人間を――人間を何だと思っている!」
クラウンの顔が赤黒くなる。それは地の底より吹き上がる憎悪だ。
左腕で抱え込むようにして毛布に包まれた少女を抱き上げる。そして、もと来た方向へと戻ろうとする。だが――
――ヴィィィィッ! ヴィィィィッ!――
――そのとき、聴こえてきたのは警報音である。
「当然ですよねぇ。これだけ破壊したのですから」
そうつぶやくクラウンのマスクは黒い地色に赤い口元が耳まで裂けている。そして目は燃え盛る地獄の業火のような真紅の光。それはまさに地の底から吹き上げる断罪の怒りを宿していたのだ。
「来たか。傀儡どもが」
クラウンが視線を向ければそこには直方体形状の10機程の無人警備ロボットと、それを率いる警備部隊が出口を封鎖していた。
手足もなく車輪走行で駆動する無人警備ロボットは高圧テイザーガンを、人間の警備部隊はスリムタイプのプロテクタースーツを身にまといその手にはドイツ・ザウエル社のMPXサブマシンガンの威力改良型が握られている。9ミリパラベラムと言う軍用弾丸を用いる短機関銃である。
その警備部隊の中央に位置する人物が静かに告げる。
「FIRE!!」
その言葉には排除の理論に基づいた殺意しか存在していなかった。クラウンがその胸に抱いた少女の安否など意に介することはまったくない。まさに冷酷かつ無情である。
その声に少女も危険を察知したのだろう。その体を震わせて本能的に怯えていた。だがクラウンはそっと呟く。誰よりも優しく、そして力強く。
「大丈夫です。私があなたを守ります。何も案ずることはありませんよ」
クラウンがその言葉を発するとの同時に、二人は猛烈な弾雨の嵐を浴びせられたのである。
@ @ @
そこは東京の洋上の埋立地だった。
長い間、廃棄物処理の埋立地として使われていたが、新たな市街地として開放されることとなった。
そしてそこには未来を象徴する都市が築かれるはずであった。
しかし今、そこにあるのは理想の未来ではない。虚飾だらけの飽食都市・東京の歪と矛盾が生み出した東アジア最悪のスラムタウンなのである。
その街の名は『東京アバディーン』
その名に意味はない。誰かが適当につけた名前が一人歩きを初めて、非公式な通称として定着しただけの話である。
その街にいるのはその殆どが外国人であり、由来不明の不法滞在外国人だ。そしてその多くが何らかの形で犯罪組織に関わりを持っていた。それが正しいことだとは誰も思っていない。ただ暮らしていくには、生き残っていくには、それしかなかったのだから。
その街のは『東京アバディーン』
天使にも悪魔にも見捨てられた街である。
@ @ @
東京アバディーン外れの未開発地域、その荒れ地の片隅で彼らは出会い、そして、戦っていた。
ある者の名はイオタ――、あの怪人物クラウンの傍らに常にあるスリーピーススーツ姿の猫耳少女。
また、ある者の名は南城、『黒い盤古』の隊員にして憎悪にその身を沈めた女である。
南城がその手に握っているのは一振りのナイフだ。ブレードは漆黒、刃渡りは40センチ程度、ただ一つ通常とは異なるのはブレードの表面から青白い炎を噴き上げているということである。
そのナイフブレードは単分子ナイフと呼ばれるものである。極めて高精度に生成されたブレード本体と分子一つ分にまで鋭利かつ超高精度に研磨加工されたエッジで構成されている。さらに通常のナイフとそのナイフが異なるのは、ナイフブレードの根元側半分の表面に肉眼では把握困難なレベルで一定間隔で無数の穴が開いている。
その穴から噴出されるのは重粒子プラズマによる高熱のガス噴流である。そのナイフの切断有効長を飛躍的に増大させる。
その実質刃渡りは1.2メートル。もはやナイフとは呼べない代物であった。
その武器の名称は「ガスブラストモノポリマーナイフ」
南城だけが所有を許された特殊固有武器である。
南城はその全身に仕組まれたサイバネティックスボディの動作速度を限界まで引き上げていた。全身各部に高負荷が加わる状況でも後に跳ね返ってくるダメージを度外視してまで眼前の敵を確実に排除する方法を選んだのである。
【 改造躯体総括制御プログラム 】
【 第1種最上位コマンド実行 】
【 >最終リミッター〔――開放――〕 】
【 】
【 前肢下肢、及び胴体背面強化フレーム 】
【 反応動作速度 】
【 :平常時の4.3倍 】
【 身体負荷率[2.9倍に上昇] 】
【 戦闘有効継続時間[72秒] 】
南城は、己の視界の片隅に仮想表示された戦闘継続時間の表示を見て一瞬眉間にしわを寄せるが、諦めを入り混じらせながらこう吐き捨てる。
「それだけあれば十分」
無論、戦闘が終了すれば歩行すら支障をきたすだろう。他にサポートが期待できるのであればその人物の手を借りて戦域離脱を図ることは可能である。だが現状ではそれを望むべくもない。避難用のヘリは逃走し、他の隊員たちも次々に倒れ始めている。南城は辿る道筋はもはや破滅しか残されていないのではと半ば諦めの境地に差し掛かっていたのである。
「それでもいいさ、もうこんな命生きながらえる意味がない。だが――」
黒い覆面マスクで目元以外を覆った南城は、その狂気走った目で眼前に立ちはだかる三つ揃えの純白のスーツ姿の奇妙な少女を睨みつけていたのである。それは信念、そして怨讐、自らが奪われたものの代償を求め続けるがための執着だった。
「貴様のくだらない理屈など握りつぶす!」
そこには、歩み寄るべき和解の道筋などあろうはずがなかったのである。
――ブオッ!――
風を切り瞬時に飛び出す。それは人間の動きではなく、獲物を狩る際の肉食獣の動きであった。姿勢は低く地を這うように、その黒いシルエットは荒れ地を駆け抜けていく。向かう先は眼前の獲物――、白いシルエットの少女である。右に左に急角度で進路を変えつつ撹乱しつつ接近する。敵の位置を視認してから肉薄するまでわずか1秒半、南城の視界の中で名も知らぬ猫耳少女の背後が捉えられた。
イオタの上体が振り向き南城に気づいたがもう遅い。
「死ね」
あっさりとした声が漏れ、右手に逆手に握られていたナイフの青白い炎のブレードが虚空を切り裂いた、
だが――
「なにっ?!」
――次の瞬間漏れてきたのは驚きのつぶやきだった。
ガスブラストナイフのプラズマ噴流で切り裂いたのは実体ではない。限りなく実体に酷似した立体映像である。
イオタの全身シルエットが霞のようにかき消えると代りに中から現れたのは小さな小さな羽つき妖精だ。羽を震わせながら急速にそこから離れていく。
「くそっ! 光学デコイか!」
「そのとおり!」
忌々しげに吐き捨てる南城の声に畳み掛けるようにイオタの声が響く。
「ここからは僕のターンだよ! 今夜のステージはゲームショーだ!」
そして、次の瞬間――
「Lass uns spielen!」
――掛け声とともに現れたのは十数体もの、スーツ姿の猫耳少女たち。シルクハットをかぶり、ステッキを手にし、エンターテイメントのステージショーモードそのままの姿でイオタと呼ばれた少女は、無数のシルエットを荒れた台地の上に出現させたのである。
イオタはさらに挑発する。
「本物の僕が〝どれか?〟当ててご覧!」
そう叫ぶのと同時に、イオタのシルエットの大群は一斉に襲いかかってきた。手にしていたステッキを振りかざし叩きつけてくる。
――ブオッ――
ステッキが空を切る音が六度ひびく。それをたくみに掻い潜るのは南城だ。一斉に6体ほどのイオタが南城を取り囲み、単純な物理攻撃を加えたのだ。
「姑息な真似を!」
無論。そんな児戯に等しい小細工に弄されるような南城ではない。
「ガキだな所詮は! 甘いんだよぉ!」
ひときわ叫ぶと右手に逆手握りしめたガスブラストナイフを振るう。低くしゃがんだ姿勢で右足を軸にしてその場で360度回転してなで斬りに切り捨てたのだ。
――ジッ! ジジジッ――
耳障りな電磁ノイズを響かせながら光学デコイの偽イオタはすぐさまに霧散する。その後から現れたのは例の羽つき妖精たち。イオタたちが〝ゼータ〟と呼び称していたあの小型個体群である。その実態を見逃すような南城ではない。
「タネは見えた」
南城とて戦地にて場数を踏んだ猛者である。幾体もの凶悪犯やサイボーグ犯罪事案と向き合ってきた。そのプロとしての本能がイオタの仕掛けの甘さを瞬時に読み取ったのである。そして彼女は――
「一気に仕掛ける」
――勝負に出る。
【 前肢下肢、及び胴体背面強化フレーム 】
【 反応動作速度 】
【 :平常時の5.3倍 】
強化身体の加速性能倍加率を更に引き上げたのだ。
――ガアンッ!――
南城の足元の小石が砕けて飛散して次の瞬間に南城の姿が消えた。そしてその次に聴こえたのはガスブラストナイフのプラズマガス噴流が火の粉を舞い散らしながら空を切り裂くその音である。
――ブオオオッ! ブオッ! ブンッ!――
その回数、9回ほど。残存するイオタのシルエットを超高速移動により一気に切り伏せると、さらに決めの一撃を加えようとする。
「終わりだ」
その言葉を吐き捨て居ると、何も見えないある地点に向けて飛び出し、ガスブラストナイフをふりかざしてさらに切り伏せる。
――ズァッ!――
あきらかな物理実体だった。ホログラム映像を掻き消した虚しい残響ではない。実体ある物質を切断した音が明らかに響いたのだ。斜め上からの袈裟かけ切りで、一切の容赦なく確実なるトドメを加える。そしてなにもない空間から現れたのは一人の少女のシルエット。
「ガキはガキらしく、家でおもちゃで遊んでろ!」
――その罵声と共に浮かび上がったイオタのシルエットは無情にも斜めに両断されて崩れていく。それを満足気に眺める南城だが次に目の当たりにした光景は彼女を驚愕させるには十分であった。
「僕に帰る家なんて無いよ」
南城の背後から諦めを含んだ悲しい声がする。驚き、危険を感じ、対策を取ろうとしたがすでに遅しである。
「――Erdungseffekt Wirkung der Schwerkraftentwicklung, hohe Gravitationsfeldfangbarriere――」
聴こえてきたのは流暢なドイツ語だった。そしてそれは軽妙な語り口のあのイオタの声であったのである。
南城が目の辺りにしたもの――、それは切り伏せたの思った敵本体がさらなる光学デコイであり、コンクリートの石柱を抱え込んでのホログラム展開だったと言う事実。彼女が切り伏せたのはただの石柱だったのである。そして次の瞬間彼女を襲ったのは――
――猛烈な強さの〝高重力場〟――
――見えない力が地面の底から湧いてきて、それが南城の体を捉えていた。そしてさらに重力場の力は上昇し、立っているのも困難になる。必死に抵抗して左手に握った電磁レールサブマシンガンを射とうとするが、放たれた弾丸は射ってすぐに地面にこぼれ落ちるのである。
「クッ!」
更に必死に抵抗したが無駄であった。ガスブラストナイフも電磁レールサブマシンガンも地面へと落としてしまう。それと同時に両足をついに地面につくと、そのままの勢いで地面へと突っ伏しったのである。
――ズシャッ――
勝負はあった。もはやこれ以上の抵抗は無駄である。必死にその場から逃れようとする南城にかけられたイオタの声がある。
「僕は最初からここに居たよ。ホログラム迷彩も使ってない。――気配を消す――、それがステルス戦闘の極意だってある人から僕は教わった」
そして南城の背後から立ち上がったのは、三つ揃えの純白のスーツ姿の猫耳少女のイオタだった。右手のステッキは地面へと強く突き立てられている。それが南城を地面へと戒めているのだということはよく分かる。
「気配を消すことを極めればホログラム迷彩なんていらなくなる。高度な技を極めれば、それは万事に通じる。そしてそれこそが――『技を極める』と言う事なんだ」
その言葉に続けるようにイオタは南城を見下ろしながらこう告げたのである。
「君は装備と身体機能に頼りすぎている。そんなんじゃ〝技〟は極められないよ」
さらに軽く息を吸って強く諭すようにイオタは告げた。
「僕の勝ちだ」
それはあっという間につけられた決着であり、南城が彼女自身が持つ優位性を完膚なきまでに叩き伏せられた瞬間である。彼女は負けた。そして――
「くっ、そおぉぉおお――!」
――喉の奥から絞り出すような悔恨の叫びが吐き出されたのである。それと同時にガスブラストナイフの効果が切れ、青白い刀身は霧散する。あとに残ったのはただの黒いブレードのコンバットナイフである。もう南城に戦う力は残っていなかったのである。
@ @ @
それから重力から逃れようとわずかばかり藻掻いていた南城だったが己の体に重ねた無理は彼女から抵抗する意思を奪い去っていく。そして、憑き物が落ちたかのように――
「負けたよ……」
――そう呟いたのである。
そんな南城にイオタはそっと問いかける。
「もう体の無理がきかないんでしょ?」
「ああその通りさ、お前の仕掛けた最後のトラップでとどめを刺された」
「そう……」
イオタは妙に納得したふうにステッキを軽く持ち上げ地面を一突きする。水面に波紋が広がるように微細な振動が地面を走っていく。次の瞬間南城を戒めていた大地の力は緩められ彼女を解放したのである。
重い体を引きずるように体を持ち上げた南城にイオタは告げる。
「ガスブラストナイフは威力はすごいんだけど持続時間が長くないからサイボーグボディの高速能力と組み合わせないと意味がない。かといって短時間で敵を圧倒できるほどの高速能力はそうそう簡単に手に入らない。神経系の改造を徹底的に行わないと反射神経が追いつかないからね。それに過負荷の無理をすればあなたみたいに体をやられてしまう」
イオタの言葉に、南城はふらつく体で答えを返す。
「詳しいんだな――」
「言ったでしょ? これでも世界中を歩き回ってるから」
「犯罪の現場もか?」
低い音程の鋭い声。だがそこに非難めいたニュアンスはない。
「もちろんだよ」
イオタは地面に落ちていた南城のガスブラストナイフを拾い上げ返して渡す。
「――僕は闇社会の住人だから」
それはすなわち世界中の裏社会の闇を、この小柄な少女が目の当たりにしてきたということを意味していた。その事実を南城は返されたナイフと共に受け止める。
「辛くはないのか? 光の当たる世界へ帰りたいとは思わないのか?」
その問いかけをされてイオタの顔がかすかに悲しみに曇る。それはイオタ自身の力ではどうにもならない事実があることを意味していた。
「帰りたい――、帰りたいけど、帰る場所はないんだ。僕は闇の中にしか生きられないから」
そしてイオタは右手にはめていた純白のグローブを外すと手のひらを南城の目の前に示して見せた。
「見える?」
悲しげな表情でイオタが南城に示したその掌には人としてあるべき肝心なものがなかったのである。
「え?!」
思わず疑問と驚きの声が漏れたのはことであった。なぜなら――
「指紋が――ない?」
南城が目にしたものは人為的に加工された皮膚表面であった。通常のシワ模様が無く、あとに記されていたのは六角形の羅列であり、一般に〝ヘックス模様〟と呼ばれるものだった。そんな物、自然に生まれるわけがない。
指紋はたとえ表皮を深く削ったとしても真皮の段階から確実に再生してしまう。一般に指紋を消すことは困難であり不可能に近いのだ。南城とて警察の一員である。その事は刑事捜査知識の一つとして知っている。だがその指紋が完璧に消されているのだ。それがいかなる意味を持つのかわからぬ彼女ではなかった。
「指紋を消されたのか?」
イオタは頷きながら言葉を続ける。
「ついでに言うと、僕DNA鑑定もできないらしいんだ。全身の遺伝子に細工がされていてDNAスクリーミング検査をことごとく弾くんだってさ。DNAジャミングって言うんだって」
「過去の記憶は?」
「無いよ。何も残ってない。友達――、ふるさと――、産まれた家――、そして、お父さん、お母さん――、何も覚えていない。もしかするとこの顔だって加工されたものかもしれない。僕は僕自身が何者であるかを証明することができないんだ」
それはどうにもならない事と諦念を極めていたのかもしれない。嘆きに嘆いて、涙すらも枯れたのだろう。寂しさをその表情の一端に浮かべるがそれでも涙を浮かべなかったのは、イオタ自身が己に課した矜持の一旦だったのかもしれない。
イオタは気丈さをにじませながら南城に問う。
「でも、あなたはあるでしょう? 帰れる場所が? 自分が何者かを証明することもできるでしょう? どんなに大きな不幸に見舞われてもあなたはあなただ。そして帰る事を許してくれる人が居るはずなんだ。誰も居なかったとは言わせないよ」
「――――」
言葉を返せなかった。沈黙以外の反応を返すことができなかった。考えたこともなかった。忘れ去っていたとも言っていい。自分自身の帰る場所――、それは――
「昔はお前の言う通り有ったさ。でも今は――」
「無いの?」
「この黒い部隊に身をやつし、恨みと怒りの感情に身を染めてしまって縁を断ってしまった。それにだ。公安警察と言う世界の暗部を見てしまった。うかつに帰れば必ず巻き添えを生む。要らない犠牲が生まれることになる。それだけは避けなければならない――」
「そう――」
理解して受け止めるしかなかった。いたずらに捨てたのではなく、帰るべき場所を守りたいがために背中を向けねばならないのだ。それは南城自身が己の罪の深さを今ここで自覚していることに他ならなかった。イオタはそれを慰めるすべを持たなかった。だが――
「でも、お姉さん」
イオタは穏やかに笑みを浮かべながら南城に告げた。
「優しい眼になったね、〝憑き物〟が落ちたみたいだ。今の気分はどう?」
「え?」
憑き物――それが意味していたものを南城はすぐに悟った。
「私は今まで何を? 何に掻き立てられていたんだ?」
己の両の掌をじっと見つめる。そしてその手に染み付いた硝煙と血の匂いに改めて気づく。
「私は何を憎んでたんだ?」
両手が震える。愕然とする。眼にするすべてのものを憎み、怒り、攻撃し排除せねば気が済まない――、そんな歪んだ心理――
それの正体を知っていたのはイオタであった。
「それはね? お姉さん。その敵意が誰かに植え付けられた〝借り物〟の敵意だったからさ」
優しい声がする。その声の方を見つめればイオタがじっと見つめていた。
「それはあなたには要らないものだったんだ」
「要らないもの――」
「そうだよ。だから――、もう終わろうよ。過去の過ちを消せなくても、これからの日々は変えられる。そして、苦しみを知るからこそ、本当に戦うべき相手を見つけることができるはずなんだ」
そしてイオタが右手を差し出す。
「帰る場所がないのなら、一緒に行こうよ」
「わたしが――お前と?」
「うんっ!」
イオタの思わぬ申し出に南城は戸惑いを口にした。だがそれをイオタは一言で満面の笑顔で受け入れたのである。
はじめは戸惑いだらけの中からおずおずと、そして静かにしっかりと――
「私が当たり前に結婚して子供が居たら、お前ぐらいにはなっていただろうか――」
――南城はイオタの小さな手を握ったのである。
その時だ。
――パチパチパチ――
軽やかな拍手の音がする。そしていかにも楽しげな特徴的な語り口の声が聴こえてくる。
「お見事です! 合格ですよ! お二人とも!」
その声の主の方へと二人は思わず振り向いた。
それはピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。
赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼の名を人はこう呼ぶ――
「クラウン様?」
「クラウン? まさか、プレヤデスクラスターズ?」
「はい! そのとおりです!」
そこに佇んでいたのはあのクラウンである。クラウンは上体を傾けてうやうやしく例をすると南城へと向けてこう告げたのだ、
「元情報戦特化小隊隊員・南城香瑠様、お迎えにまいりました」
「私を?」
「はい! 私の秘蔵っ子が認めた御仁であれば大歓迎です。それに色々と複雑なご事情がお有りな様子。とどまるにしろ、立ち去るにしろ、もはやこのままの状態では〝黒い盤古〟の身の上を背負ったままでは生きてくことも困難でしょう。それにです」
クラウンは右手を動かすと南城の顔へと向けて人差し指を突きつける。
「あなたの中に染み付いていた、あのイカれた隊長の掲げるドグマもきれいに消え去ったご様子。あなた自身、わかっていたのでしょう? 犯罪者を憎んでも過去は還らないという当たり前の事実に――、それがこの子の存在がきっかけであなた自身が未練を残していた物が鍵となって改めて自覚できた。すなわち――」
クラウンは南城に歩み寄ると巧みにヘルメットを外させ、その下の素顔を顕にさせる。そして、本当の彼女に対してこう突きつけた。
「あなた子供が好きでたまらないはずです。家庭を持ち、子供を生み育ててみたかった、それだけがあなたの本当の望み。あなたが抱いた憎悪と敵意は、それが奪われたことへの癒せぬ怒りそのものだった。それを人は心理学上は『喪失体験』と呼びます。人間ならだれもが遭遇する当然の反応です。でもね? ミス南城」
クラウンは南城が被っていたマスク付きのヘルメットを放り出す。
「人間はいつかは〝諦め〟がつくものです。そうでなければ〝心〟が壊れてしまうのです。あなたは壊れる前にその事実に気づいた。そして今、正気に戻れたのです」
「――」
南城はクラウンの言葉をじっと噛み締めていた。そしてはっきりと頷いていた。かつて叶うはずだった夢、奪われた夢、その夢の向こうに願っていたものは小さくも確かな幸せだったはずだ。そう気づいた時、南城の手はイオタの手をしっかりと握りしめていたのだ。
クラウンは南城の傍らのイオタにも告げる。
「イオタ――、あなたも見事でした。敵を物理的に排除するのでもなく、心をへし折るのでもなく、怒りと憎悪の勢いを巧みに失わせ、秘していた本心を暴いて改めて突きつける。そして〝破壊者〟として戦うのではなく、あくまでも〝表現者〟として己を律する。世界をかき回し事実を突きつける――それが我らプレヤデスクラスターズの本懐、十分です。一人前の〝エンターテイナー〟と認めましょう」
何度も頷きながらの問いかけにイオタの顔も思わずほころぶ。
「私のマスコットから成長しましたね」
そんなイオタの頭をそっとなでつつも、クラウンは南城に落ち着いた声でさらに問うた。
「さて、そのうえで、一つお聞きします。あなたの本心を確認した上でお尋ねしますが――、この街にはすがるべき寄す処もない哀れな子どもたちが大勢溢れています。それらの子どもたちを守ろうと必死に立ち上がる大人たちが居ます。たとえ非合法でも子供は子供、命は命です。あなた、それを無碍に奪えますか? 消しされますか? その残酷なる企みを見過ごせますか?」
そう問いながら、クラウンは右手を背後に回すとすぐに前方へと差し出す。その手に握られていたのは一枚の仮面、古代のギリシャ彫刻の女神像を思わせるような純白の仮面であった。それを南城へと差し出したのだ。かたや南城も出すべき答えはすでにわかっていた。
「愚問よ。見過ごせるはず無いじゃない」
彼女はすでに己の心の出発点へと立ち戻っていた。迷うこと無く南城は女神の仮面を受け取る。もう植え付けられた悪意に殉じるわけにはいかないのだ。
「それで結構です。ならばその仮面をお使いなさい。これまでの己を捨て、そのうえであなたを我が集団へと受け入れましょう。ようこそプレヤデスクラスターズへ――、今宵、只今からあなたの名は『ファイ』となります。よろしいですか?」
「えぇ、結構よ。でも最後にひとつだけ――」
「なんでしょう?」
「かつての上司に別れの言葉くらいは残しておきたいの」
「いいでしょう。人として大切な礼儀です。最高のタイミングでその機会を作りましょう」
純白の仮面に金色のアーチの目と口が描かれている。クラウンとしても最高の心理状態らしい。
〝ファイ〟の隣に佇むイオタにも一瞥して頷くと、クラウンは身を翻して歩き出しながら告げる。
「行きましょう。そろそろ決着を付けねばなりません。それに、とてつもなく嫌な予感がします。四重五重に企みが重ねられている――そんな予感です」
そのクラウンの背を見つめながら、イオタと、そして〝ファイ〟と名を変えた一人の女性が歩き出した。
「行こうか」
仮面をつけた〝ファイ〟が告げる。その傍らでイオタがうなずく。
「うん」
二人並んでの歩む後ろ姿は〝親子〟と呼ぶにふさわしいものだったのある。
@ @ @
「――Mur de controle inertiel――」
鳴り響いたのは流暢なフランス語だった。
クラウンが左手の掌を敵へと向けながらそのその手を左から右へと横一文字に動かしていく。
かすかに光り輝く光のシェードが張り巡らされると、うち放たれた弾丸の群れは空間上で静止してしまう。まるでその光のシェードに捉えられたかのように。
「無駄ですよ。私にそんな通常兵器は通用しません。無能無策なマニュアル同然ではね」
そして微かに視線を外すと、群がる警備部隊のその背後へと声を掛ける。
「居るのでしょう? イプシロン――」
そう抑揚無く問いかければ、舌足らずな声が聴こえてくる。
「はい、クラウンたま」
「お殺りなさい」
「あい!」
そう答えた次の瞬間だった。
――ヒュゴッ!――
なにか気体が吹き上がる音がして次の瞬間。
「ケケーーッ!」
怪鳥の如き声が響くと真紅の炎が吹き上がったのである。
――ゴォォオオッ!――
その炎によって一瞬にして十数体存在した警備部隊の群れはまたたく間に紅蓮の炎に包まれた。しかしである――
「あちゃちゃちゃ! 熱い熱い! このバカーっ!」
――慌てふためいて逃げ惑うのはクラウンであった。
「あれっ?」
「あれっ、じゃありません! 何やってるんですか? この馬鹿! 私ごと焼き殺す気ですか!」
「あ!」
「あ、じゃありません! この子まで焼けちゃうでしょ! 使うならご自慢の〝舌〟でまとめて貫通でしょうに! この馬鹿馬鹿馬鹿! んもう!」
クラウンは、その炎を吹き上げた本人へと駆け寄るとその勢いのままに右足を蹴りつける。
――ゲシッ!――
「ゲロッ!」
「んもう! オヤツあげないわよ!」
「しょぼーん」
クラウンに蹴り飛ばされ転がり、むっくらと体を起こしたのは小柄なカエル型のシルエットを持つ存在であった。
身の丈と直径は1.2メートルほど。丸い目玉が2つ。まるっきりのまごうことなき〝カエル〟である。
だがクラウンはあらためてそのカエル――イプシロンに告げた。
「でも、助かりました。私一人では骨ですから。ですが、他の者たちも集まっているのでしょう? 報告なさい」
「あい! クラウンたま」
ぺたぺたと足音を慣らしながら、そのバケガエルは歩み寄ってくる。そしてクラウンの足元へとたどり着くと報告を始める。
「アルファ、ベータ、ガンマ、そのほかプレヤデスクラスターズ全構成ユニット当初の目的通り施設制圧を開始しました。その際、施設警備要員、および研究職員はかねてからの指示通りに〝全員抹殺〟」
イプシロンの語る報告にクラウンは満足げに頷く。
「それで結構です。おのれの行為の善悪に何の疑念も持たず、他者の権利を犯すことを当然とする輩も、悪しきを知った上で無意志に迎合する輩も、共に生存する価値はありません。心の目の閉じている愚物は全て処理しなさい」
「あい! ですがもう一つ」
「はい?」
一区切りおいてさらに言葉を続けたイプシロンにクラウンは小首をかしげて問い返した。それにイプシロンは答えた。
「施設の実験体改造プラントの前処置室にて未改造の拉致児童を数人保護しました。今、シータとイータが管理してまふ。どうしましょ?」
「ふむ、未改造個体ですか――」
クラウンは少しばかり思案する。
「そのまま保護なさい。そしてこの施設内で見聞きした事について記憶操作を綿密に加えた上で本来の親元へと返しなさい」
「あやや、帰すの?」
「えぇ、帰しますよ。帰る場所があるのならそれに越したことはありませんから」
「あい! みんなにそう伝える!」
「はい、それでけっこう」
「わかった! クラウンたま!」
「ほほほ、行きましょうか」
ダウンライトが足元だけを照らす長い通路、バケガエルのイプシロンがひたひたと先を行き、クラウンがその後ろを痩せこけた少女を抱えてヒールをコツコツと鳴らしながらついていく。
時折、通路の両側に転がっているのはイプシロンとクラウンが施設への侵入の際に処分した警備部隊の隊員達である。それらの死体が少女には見えないように、クラウンは純白の毛布で少女を慎重に包み込んでやった。
――やがて3人は地上へと帰還する。山間深くの人知れず存在する極秘施設、その地上部分にたどり着いたのだ。時間は深夜、月明かりもない暗黒の世界だ。入り口となる分厚い左右開きの扉。装甲車両がそのまま入れるような大型の扉がある。
――ギギギギギギギッ――
扉が片側だけ軋んだ音を立てて静かに開いていく。そして、硝煙と焼け焦げた匂いが立ち込め、死屍累々と屍が散乱する地上へと歩み出す。
扉を出るとその正面には施設の外へと繋がる幅広い舗装路がまっすぐ延びていた。その舗装路の両サイドに居並ぶのは多種多様な異形の存在たち。
クラウンはその一人一人に視線を投げかけながら歩いていく。
「アルファ、ベータ、戦闘の先陣、ご苦労です」
「御意」
「御意」
行列の先頭の左右にてクラウンを待つのはケンタウロスの体躯を有する2体の異形。アルファは右手にランスを、ベータはその両手に巨剣を有している。
「ガンマ、連携行動見事です。地上制圧の主力はあなた方ですね」
ガンマと呼ばれたのは人間型の装甲体歩兵、十数体程が二列に並んでいた。顔面は巨大なモノカメラで鳥の嘴のような意匠が施されていた。クラウンの問いに声を発することはなかったが、ネット連携でデジタルシグナルによるレスポンスを返してくる。
「ご苦労、また機会あればお願いしますよ」
そしてさらに先へと進めば、次に現れたのは巨大な鳳凰の如き巨鳥――、そして、濃紺のローブを頭部からすっぽりと被った成人ほどの背丈の人物が控えている。その二人が見守っているのは数人の幼子たち。医療用のガウンを着ていることがこれから何らかの医療的処置を施される手前であったことを感じさせていた。
「シータ、イータ――」
鳥型がシータ、濃紺のローブに身を隠しているのがイータだ。イータが子供を二人抱き、シータはまるで赤子を運ぶコウノトリのように運搬用のケージを口に咥えている。クラウンは二人に問うた。
「その子達ですか」
シータが先に答え、イータがそれに続く。いずれも女性のような声である。
「はい」
「どの子も10歳に至りません」
「体に異変は?」
「ありません」
「どこも改造されておりません」
「親元は?」
「施設にパーソナルデータが記録してありました」
「存在証明抹消処置前はまだパーソナルデータを保管しているようです」
「そうですか――」
二人の答えにクラウンは思案する。自らが抱いた子を指し示して問いかける。
「この子のデータは?」
「残念ながら抹消済みでした」
「ここでは作業手順として、被験体についての存在証明を消去処置できれば、パーソナルデータは破棄するものと思われます」
クラウンはその言葉に消された指紋のことを思い出す。おそらくは指紋以外の個人識別特徴も消されているだろう。
「わかりました。その子たちだけは親元へ帰しておあげなさい」
「承知しました」
「御意のままに」
そして、その他の部下たちにもクラウンは声をかけた。
「さて皆さん、このくだらない人間加工工場を壊したところで〝あいつら〟に与えるダメージは微々たるものでしょう。ですが――」
クラウンはその胸に抱いた、あの何も残されていなかった哀れな少女に視線を落とす。
「――我々は立ち上がらねばならない。人が人として生き、人が人として尊厳を誇れる世界。それを取り戻すために世界中の人々を〝目覚めさせねばならない〟」
クラウンは、左手で少女を抱き、右手を星明りに満ちた夜空へとかざす。
「だからこそです! 我々は世界を巡って、史上最高の『道化』を演じるのです! 世界を掻き回し、事実を突きつけ続ける!」
そして、そのまま身を翻してくるくると回りながら叫んだ。
「今こそ! 運命のエンターテイナー! 『プレヤデスクラスターズ』旗揚げのときです!」
クラウンの叫びがこだました時、クラウンの配下であるすべての者たちが雄叫びを上げた。
それはすでに人間のものではない。地の底から響く地獄の慟哭である。
今、クラウンは先頭へと立っていた。その胸元にはあの何も残されていなかった子供。健やかに寝息を立てていたが、薄っすらと眼をあける。
「生きましょう。私達と共に。私達は〝家族〟です」
「かぞく?」
「えぇ、そうですよ。そしてあなたの名前は〝イオタ〟」
「いおた?」
「えぇ、あなたの名前ですよ」
そしてクラウンは慈しむように少女の顔をそっとなでていた。その時初めて、少女は心からの笑みを浮かべたのだ。
「いおた、なまえ」
「気に入っていただけましたか?」
その問いかけに〝イオタ〟ははっきりと頷いた。
その傍らからイプシロンがクラウンに尋ねてくる。
「クラウンたま」
「なんです? イプシロン」
「これからどこ行くの?」
「これからですか? もちろん、決めていますよ」
クラウンは歩みを止めると背後へと振り向いて同胞たちにこう告げたのである。
「次なる舞台は――『メキシコ!』――我々の初舞台です!」
再び身を翻すとクラウンは軽やかにあるき出した。
「さぁ、参りましょう。我々の名を世界に轟かせるのです!」
今、異形の群れが歩みだす。世界中に悪夢と惨劇と気づきと喜劇をばらまきながら。
プレヤデスクラスターズ――、その名が世界中に知れ渡るのはそれ以後である。

















