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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第5部『死闘編』
124/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part42『死闘・Now It's ShowTime!!』

クラウン配下の猫耳少女――イオタ――彼女が踏み出すステップは――


特攻装警グラウザー第2章サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市42


スタートです

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 イギリスの田園地帯の一角に存在する学術都市ケンブリッジ――

 その郊外に拠点を構えているのは、イギリスを代表する世界的なアンドロイド用人工頭脳研究の世界的権威であるチャールズ・ガドニック博士が代表を務める多目的開発研究機関『エヴァーグリーン』の活動拠点となる研究施設である。

 そこに小型の無人化パーソナルヘリで直行してきた人物が居る。

 円卓の会のメンバーにして、機械工学博士にして軍事情報の研究者であるマーク・カレルである。彼はパーソナルヘリを屋上のヘリポートに着陸させると慌ただしく降り立ち、そして足早に建物の屋内へと降りていく。向かう先は無論、ガドニック教授たちが集っているレストルームだ。エレベーターも使わずに非常階段で直行する。そしてレストルームに飛び込むなり声をかけたのだ。


「チャールズ、トム、経過はどうだ?」


 突如現れたカレルに驚きの声を上げたのはガドニックであった。

 

「カレル?」

「FSBとのやり取りを終えてまっすぐ来たんだ」

「そうか、わざわざすまんな」

「いや、気にするな。それより――」


 ガドニックが問い返せばカレルがさらに尋ねてくる。

 

「日本で動きがあったのか?」

「あぁ、あったはあったが――」

「非常にまずい状態なんです」

「どういう事だトム?」

「コレを見てください」


 そう告げると日本とのネット中継映像を指し示す。壁一面の巨大スクリーンにガドニック教授の日本現地スタッフが撮影する東京アバディーンのドローン空撮映像が映し出されていたのだ。そしてそこには以前に日本で第2科警研スタッフに紹介されたあのティルトローターヘリが映し出されていたのだ。

 

「これは! 日本の第2科警研?! どういう事だ?」


 驚きを隠せないカレルにガドニックとトムは苦しげな表情のまま説明する。

 

「第2科警研の所長のミスター新谷が、あのベルトコーネが活動しているエリアで活動中なんです」

「グラウザーとセンチュリーが孤立しているそうでね、しかもセンチュリーがベルトコーネとやり合って片腕を粉砕、別な襲撃者に視覚機能を壊されたようだ。一応、グラウザーがまだ戦闘継続中だが芳しくない――」

「それに第2科警研の人にSNSで問い合わせた情報ではアトラス、ディアリオ、エリオットが消息不明、必死の探索が続けられているそうです」

「なんという事だ――」


 もたらされた凶報にカレルも思わず嘆かずには居られなかった。あの有明の地で生死をともにし、生存を喜びあった仲だ。そして何よりも英国の多くの人間の平穏と未来を救ってくれたのは間違いなく彼らなのだ。

 だが彼もまた英国の誇る頭脳の1つである。そして戦争と犯罪は彼の専門フィールドだ。さらに彼は10年以上もアンドロイド犯罪の矢面に立ち続けた歴戦の猛者なのだ。嘆くよりも立ち上がる事が何よりも重要だと彼は知り尽くしていたのだ。

 

「フィールは?」


 カレルの問いにガドニックが答える。

 

「現場上空で監視活動中だそうだ。所属部署から決して地上へは近づくなと厳命が出ている」

「そうか――、妥当だな。彼女は高速性能は高いがやはり構造的に脆弱過ぎる」

「わたしもそう思います」


 声をかけるのはトム、


「確かに彼女はリアルヒューマノイドとしては理想的ですが、戦闘行動を伴う警察用途としては厳しいですよ」

「確かに――」


 カレルは相槌をうちながら映像をくまなく見ていた。

 

「チャールズ、画角は変えられるか? コレ以外に撮影地点があるなら写してくれ」

「わかった。待ってろ」


 そう告げると大型のタブレットを取り出し、そこを通じて日本現地スタッフに指示する。すると複数展開されていた空撮ドローンの管理権限が移譲され、ガドニックの手元で操作が可能になったのである。

 

「距離をとって望遠空撮する。連続サーチするから静止画保存が必要なときは声をかけてくれ」

「分かった」


 そして全てで7機のドローンがカメラを動かしていた。そして遠巻きでありながらも東京アバディーンの事件現場を様々な角度から映し出していく。その流れるように映される映像をカレルはチェックしていく。

 

「№3」

「OK」

「№7を静止してズームをひきながら連続」

「OK」

「№1を第2科警研ヘリから地上へとパン」

「OK」

「№6で周囲を全周空撮」

「OK」

「それから……」


 ガドニックはカレルの指示を淡々とこなしていく。そして10分ほどの撮影の後にカレルは呻くように声を発したのだ。

 

「なんてことだ――」


 カレルが右手で思わず頭を掻いていた。その仕草にトムが尋ねた。

 

「カレルさん?」

「東アジアで暴れている犯罪性組織の見本市だ!」

「どういう事だ」


 ガドニックの問いにカレルは速やかに答えた。

 

「見ろ――、おぼろげだがステルス機能を実行したための痕跡がある」


 指差したのは地上映像の1つだ。

 

「この映像のブレかたから言って旧社会主義の東側で使われている物だ。おそらくはロシア系、あのエリアで活動しているロシア系組織は1つしか無い。大地の兄弟――ゼムリブラトヤだ! あそこには元ロシア軍人でステルス戦闘の超エキスパートのウラジスノフ・ポロフスキーが居る。首魁はノーラ・ボグダノワ、奴らが動く理由はただ一つ。ベルトコーネへの報復だ」

「報復?」

「あぁ、ベルトコーネはロシア領内で度々暴れているからな。今回の極秘情報で明確になった。おそらく組織の誰かが犠牲になっているのだろう。それとここ――」


 それはほんの僅かな違いだった。常人なら凝視しても解らないだろう。だがそれをカレルは喝破したのだ。

 さらに別な映像を指差す。そこには露出度の高い衣装を身に纏った女性が物陰を利用して移動をしている。

 

「部分だけしか写っていないが、東アジアで犯罪現場で半裸で動き回る女性たちと言えばファミリア・デラ・サングレ――、メキシコ発祥のサイボーグマフィア集団、その女性親衛部隊だろう」

「メキシコマフィアですか? それが日本に?」


 写っていたのはわずかに腕と腰のあたりが数カット。だがそれだけでカレルは見抜いていた。カレルはトムに答える。

 

「首魁のペガソは野心的な男だ。狭いメキシコのマーケットを抜けて世界各地に拠点を作ろうとしている。日本に根を張れれば、アジア全域に手がとどくからな」

「でも――、なぜ日本なんだ?」

「中国あたりは政府の締め付けがきびしいし外国人の流入には厳格だ。日本は個人の自由を保証しているため、出入りがしやすいからな。さらに――コイツだ」


 指差した先には寸足らずの鎧の剣士――あのタウゼントだ。

 

「アンドロイドだけで構成されたサーカス集団の演者の一人、タウとパイだ」

「サーカスのアンドロイドだと?」

「あぁ、だがそれは偽装だ。物証がつかめないので推測だが。奴らには犯罪請負人と言う裏の顔があると言われている。彼らを率いるリーダーである〝クラウン〟の意思のもと、正義とも悪とも付かない行動を日夜繰り広げている」

「クライアントがいるのか?」

「可能性はあるが、首魁のクラウンは天性の愉快犯だ。ベルトコーネの存在を面白がって手を出している可能性もある」


 そこまでカレルとガドニックが語り合ったときだ。トムが叫ぶ。

 

「ガドニックさん! カレルさん! これ!」


 トムが指差す先に居た者、それは――

 

「マリオネットのローラ?」


 ガドニックが驚きの声を上げた。それに続いたのはカレル。

 

「有明の事件現場から逃げていたとは聞いていたが、こんな所に居たのか。しかし――」


 驚きの声を上げるカレルだったがその口調は不意にしんみりとしたものになる。

 

「すっかり様相が変わったな」

「あぁ、わたしもそう思う。あれではまるで若い母親だ」

 

 ガドニックが同意すれば、トムも告げる。

 

「元テロリストには全然見えませんよ――」


 そこには白い木綿のドレスを血まみれにして戦ったその後の彼女が居た。そしてグラウザーが駆けつけて彼女を助けることに成功した後であった。そのローラがラフマニの所に駆け寄ったところである。

 さらにそこに駆け寄ろうとしている影がある。その姿を見てトムが声を漏らした。その時のトムの声は驚きとともに絶望を滲ませていた。そしてそれにふさわしい単語を口にしたのだ。

 

「Thunder of God――」


 その声を訝しんだのはカレルだ。

 

「どうした? トム」

「とんでもないヤツが居ますよ。神の雷と呼ばれる男です。シェン・レイって知っていますか?」


 その言葉にカレルが反応を見せる。


「シェン・レイ――まさか? あのシェン・レイか? 最強クラスの電脳犯罪者だぞ? 誰もその姿を見た治安関係者は居ないと言われるんだ! そのアイツの姿を知っているのか?」

「はい――、アソコに居ますよ。少し傷だらけですが」

「まさか、東アジア最強の男まで居るとは――」


 カレルまでが驚きの声を上げるなかガドニックは問いかけた。

 

「どういう事だ? 何者なんだシェン・レイとは?」

「シェン・レイ――神の雷の異名を持つ東アジア最強の電脳犯罪者だ。人種不明だがアジア系だとの説が強く神出鬼没。その姿を公に見た者は居ないと言われるんだ。だが――」


 そう告げたカレルの視線はトムに向けられる。

 

「トム、なぜ知っているんだ?」


 その問いにトムの口は重かった。

 

「それは申し訳ありませんがここでは言えません」

「なぜだ? 超重要人物だぞ?」

「ええ、わかってます。ですが彼は自分の素性が露見することを最も嫌っています。ここで明かせばどう秘してもいずれは外部に漏れます。そうなれば彼は血眼で出自を追うでしょう。そうなれば私達もただではすみません。やつはエバーグリーンの情報施設を壊滅させてでも隠蔽を図ります。そう言う男なんです!」


 普段は虫も殺せないような温和で押しの弱いトム。その彼が初めて見せる剣幕だった。その気迫に押されてカレルはため息をつく。

 

「そうか――君は情報技術関係が専門だったな。君がそうまで言うなら食い下がるまい」

「申し訳ありません」 

「構わん、気にするな、なにより――なんだ?――」


 カレルの疑問の声にガドニックが続く。

 

「ワルキューレの騎行?」


 それはクラシック音楽だった――

 壮大なるオペラ組曲の中の一曲。魔人と呼ばれた偉大なる男が残した悪魔の一曲。

 かつてナチスドイツがその最盛期に、ニュルンベルクの党大会で自らの繁栄と勝利を喜びたたえ知らしめるために奏であげたのがまさにこの曲だったのだ。

 曲名は「ワルキューレの騎行」オペラ「ニーベルングの指環」の中の一楽曲である。


 おふざけとしてはあまりに度が過ぎた悪趣味な演出にガドニックは吐き捨てるように言う。


「何の真似だナチス党大会の真似でもする気か!」


 トムが苦笑いで問いかける。


「いや案外違うかもしれませんよ」


 トムの言葉に二人はスクリーンを眺めながら耳を傾ける。


「昔ベトナム戦争をテーマにした映画がありましたよね。ある陸軍大佐が多数の攻撃ヘリを投入して現地民を焼き払うシーンで流していて……」


 だがそこから先の彼らには軽口を叩くような余裕はでも残されてはいなかった。ドローンから送られてくる映像のすべてに信じ難いものを見たからである。


「な、なんだ――」


 ガトニックが絶句する。カレルは呻くように告げる。


「ドローンの大群だと? しかもこれは全て軍用だ!」


 半球形の丸みを帯びたシルエット。外部にローターを出さない秘匿性の高いステルスドローンである。そしてトムがその視線の先に見たのはドローンの大群が襲おうとしている一人の白銀のシルエットだったのである。

 トムが思わず叫んでいた。


「あれは?! フィールさんじゃないか!」


 それはさながら黒い羽を持つ悪魔の群れに周囲を取り囲むまれ、逃げ場をなくした一人の天使。その白い羽を毟り取られ嬲り殺しにされようとしているのは明らかだったからである。

 残酷なるショーが始まった。サイレントデルタのファイブによる処刑ショーの幕開けである。


 しかしただそれを漫然と眺めている様な彼らではなかった。ガドニックが大声で告げる。


「すまん! 席を外す」

「どこへ行くチャールズ?」

「日本だ。第二科警研に連絡を取る」

「そうか、ならば私は日本の警察に状況の確認を行う」

「それならタイムのところに行くといい。今日本のミスター近衛のところに話をつけているはずだ」

「わかった」


 そしてガドニックは振り返るとトムに告げる。


「トム!」

「はい」

「君はここで状況をモニターしていてくれ。そして何があったら連絡してくれたまえ」

「判りました」


 そしてカレルもトムに声をかけた。


「よろしく頼む」

「はい」


 そしてその言葉を残してふたりはレストルームから去っていく。後に残されたのは若いトムただ一人である。


 誰もいなくなったその部屋でトムは壁面のスクリーンをじっと見つめている。その視線の先にはあの男〝神の雷〟――


「なぜ……」


 トムの絞り出すような声が流れる。


「なぜそこに……」


 それは到底理解しえないものに対する魂の奥底からの疑念と義憤の噴出--


「なぜ、そんなところにいるんですか? 兄さん」


 トムのその叫びに答えられるものは居ようはずがなかったのである。



 @     @     @



 思い起こせばもっとも古い記憶は水槽の中だった。

 パーフルオロカーボン液と呼ばれ酸素の含有量が非常に高く、その液体中であれば空気を息するように呼吸が可能だった。

 その液体の中に全身を沈められ、センサーを体中に取り付けられ、一糸まとわぬ姿でただ一切の自由を許されずに漂うばかりであった。

 

 いつからそんな所に居たのか――

 そもそもどこから自分は来たのか――

 ここはどこなのか――

 自分をこんな所に沈めているのは誰なのか――

 わからないことだらけだ。

 だが疑問を抱いたと言う事実すら彼女は記憶していなかった。

 なぜなら――

 そうなぜなら――

 ええと――

 誰? わたしは誰?

 ここはどこ?

 わたしは――、わたしは――、わたしは――――

 

【Internal Memory      】

【Periodic EraseProcess】

【                     】

【    ――Execution――    】


――ブッ!――


 そしてわたしはまた〝無〟に帰る。

 いつ果てるともなく――

 自分自身に加えられる変化を自覚することもなく。

 だがそれは唐突に終わりを告げるのだ。

 そう〝あの人〟に出会えたため――

 

 そしてそれは〝私〟と言う物が確立するための始まりの日だったのである。

 

  

 @     @     @

 

 

 今、少女は戦場に立っていた。

 とある一体のアンドロイドを巡り勃発した奪い合い――

 それを一歩離れた場所から傍観していた彼女だった。だが、運命は彼女に傍観を許さなかったのだ。

 偵察する、肉薄する、展開する、連携する、そして、その戦場にて姿を隠して暗躍していた悪意の塊を現実へと引きずり出すと、さらなる悪意を止めるために自ら闘いの真っ只中に身を投じたのである。

 だが彼女は兵士ではない。

 重厚な武装で身を守る男でもない。

 その手に握りしめているのはライフルでもサブマシンガンでもない。一本のシンプルなストレート形状のステッキである。

 さらにはその身を包んでいるのは、重厚なる鎧でもなければ、ハイパワーの武装プロテクトスーツでもない。

 純白の生地で仕立てられた三つ揃えのスーツである。

 さらには頭にはシルクハットをかぶり、襟元にはネクタイ。

 そう、それはまるでステージショーへと登るマジシャンの如くだ。

 素肌は白く、髪はブロンド。その頭側部の辺りに2つの三角の耳が生えており、碧色の瞳で見据えているのは果たして何であろうか?

 その身の周辺にはキラキラと光り輝く薄羽の妖精たち――

 さらには5匹の巨大な体躯の狼までもが彼女に従っていた。

 彼女の名は『イオタ』、あの死の道化師クラウンの直属の配下である猫耳少女だ。

 そのあどけない容姿の中に、彼女は静かなる怒りを秘めていた。

 そしてその怒りを、彼女と真っ向からぶつかり合うもう1人の冷酷なる存在へと叩き付けていた。

 咎無き無垢なる存在たちを守るために――


 かたや――

 そのイオタと真っ向から向かい合う相手が居た。

 黒い盤古〝武装警官部隊・盤古、情報戦特化小隊〟――その戦闘員の1人で名を『南城』と言う。

 サブマシンガンサイズの大きさの可搬型の高速レールガンを構えた全身黒い装甲スーツの長身の女性――

 左手にレールガン、右手には単分子ナイフ。遠近両面での戦いに備えている。

 その全身をサイボーグ手術で戦闘体へと自らの意思で作り変えた女。今、その身に宿しているのは情愛ではなく、その身を焼き尽くすような怨念と敵意。そして、鮮烈なる〝嫉妬〟――

 彼女はただ、ただひたすらに恨んでいた。その身から奪われてしまった幸せがあったがゆえにだ。

 彼女――南城は冷え切った冷たい声で問いかける

 

「どこへ行く」


 その問いにイオタは反訴する。


「さあね。アンタたちこそなにやってるのよ」

「知ってどうする」

「やめさせる」

「そうか、ならばお前を――」


 そしてその女――南城は弾丸のように素早く駆け出した。

 

「排除する」


 戦いの火蓋は切られた。イオタはステッキを右手で順手に構えると両足をシッカリと踏みしめた。


「ヤラれる訳にはいかないよ」


 ステッキを旋回させると光のカーテンを展開し始めた。鮮やかな技を行使しながらイオタは彼女はつぶやく、目の前のかかる理不尽を受け入れがたくて。

 

「咎人にして罪人であるのならともかく、罪も咎も無いのに気に食わないと言うだけで狩られていい生命なんて在りはしないんだ!」


 そしてここに今、

 

 闇夜に姿を消しながら報復の刃を振るう女――南城と、

 あどけない姿で魔法の如き技を行使する少女――イオタの、

 

 絶対に互いを容認できない者同士の闘いが始まろうとしていたのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 先に仕掛けたのは南城の方だ。

 その右手に握りしめた電磁レールガン仕様の高速サブマシンガンを固め撃ちする。硬化タングステン弾丸の猛射がイオタに襲いかかる。


「甘い!」


 イオタはそう叫びながらその右手に握りしめたステッキを振り回す。ステッキの中程を握り縦に構え、右手後方から前方へと振り回せば、そのステッキ全体から虹色に光り輝く光のカーテンが展開される。


――ジジジッ!!――


 独特の奇妙な音を発しながら、その光のカーテンは、南城が射ち放った弾丸を食い込ませるように静止して空間上で動きを止めてしまう。跳弾し跳ね返ることすらさせない。


「甘い甘い! この程度の射撃なんて僕には絶対に当たらないよ」


 それにイオタの反撃が続く。


「それっ!」


 右手でステッキの根元の握ると自らの周囲を囲む様に振り回し光のループを完成させる。すると次の瞬間そのループの中に落ち込むかのようにイオタは姿を消してしまう。


「なにっ!?」


 驚きを口にするのは南城の方だ。まるで魔法の如き光景に一瞬理解が追いつかない。だが彼女とてれっきとした盤古隊員である。そして、人を人とも思わない黒い盤古のメンバーであるのだ。

 敵を倒す。犯罪者を葬る。違法行為の兆候を見せた者をその可能性の段階から始末する。そんな剣呑な思想に染まった人間であるのだ。瞬間的な攻撃者の勘で銃口をある方向へと向けた。


――キュキュキュキュッ!――


 電磁レールガン仕様のマシンガンは独特の発射音を奏でる。わずかな電磁放電ノイズと弾体が空を切り裂く音。それが断続的に連続する音だ。

 南城は背後を振り返ることなく、右手だけを後方へと向けていた。

 弾丸の群れは当然、その方角へと飛んでいく。その方角から聞こえてきたのは――


「うわあっ!」


 可愛らしい少女の悲鳴だった。そしてそれに続いて、到底戦場とは思えないチャイルディッシュの抗議の声が上がったのである。


「危ないなあもう! 当たったらどうするんだよ!」


 イオタが叫ぶその強い抗議に、南城は侮辱の声で返していた。


「貴様馬鹿か? ここどこだと思っている? 戦闘現場だぞ、人の命が一円の価値も持たない限界の場所だ。勝った者が生き残り、負けたものは屍となる。ただそれだけのこと。まさかお前死ぬ覚悟もなしにここに立ってるのではないだろうな?」


 南城が向ける視線の先には少し小高い瓦礫の上に立っているイオタの姿があった。傾いたブロック塀の頂き、そこに立つ攻撃対象に向けて南城は左手に握りしめた単分子ナイフをかざす。


「戯れ言に付き合う義理はない」


 南城は両手両足を戦闘用の義肢に換装している。背面部にはサポート用の強化フレームを接続しておりその戦闘力は遠距離射撃から近接戦闘まで幅広くカバーできるものだ。そして、彼女が握りしめているナイフはただのコンバットナイフではない。


【 ガスブラストモノポリマーナイフ     】

【 >切断効果域拡張作動開始        】

【 電子遊離プラズマガス          】

【 >予備生成スタート           】


 そのナイフはつや消しの黒に塗られていたが、通常のグリップのその根元の方にはタバコケースほどの大きさのボックスが接続されている。加えて刃渡りは40センチほど。しかしそのブレードの表面には奇妙とも言える微細な穴が無数に設けられていた。

 イオタはそれを視界の片隅に捉えていたが彼女が反応するよりも早く仕掛けたのは南城である。

 

「―――」


 無言のまま酷薄な視線で凝視しつつ、南城はイオタが立っていた瓦礫の根本へと手にしていたモノポリマーナイフを斬りつける。そして斬撃の瞬間、彼女が手にしていた得物は青白い輝きを噴出させたのである。

 

【 重質量電子遊離プラズマガス       】

【 >光圧噴出開始             】

【 ブレード表面部マイクロノズル      】

【 >全開放                】

【 実質ブレード効果範囲長〔1.2m〕   】


 それまで僅か40センチほどのコンバットナイフだったそれは、突如として白銀の光を放つプラズマブレードへと変化する。破損した鉄筋コンクリートの壁面など、スチロール塊を切り裂くように用意に切断してしまう。そしてイオタは自らの足場を無くしてバランスを崩すのだ。

 

「きゃっ?!」


 可愛らしい悲鳴が漏れる。だがそれも南城には耳障りなだけだ。


「死ね」


 ただシンプルにつぶやき攻撃手段を右手の電磁レールハンドガンにスイッチする。高所から落下するイオタを狙い撃つつもりだ。

 だがイオタとて表社会の住人ではない。クラウンたちと肩を並べる闇に生きる存在なのだ。


「えいっ!」


 強く合図すると自分自身の周囲を一周するように再びステッキを振り回す。そして描いたループはまた別な機能を発揮する。

 

――ポインッ!――


 それはまるで家庭用ゲーム機の横スクロールアクションの効果音のようで、事実、空間上に光のトランポリンでも展開させたかのような感じでイオタの体を弾ませていた。イオタは軽やかなアーチを描いて虚空を飛ぶとまた別な箇所へと降り立っていく。今度は鉄柱の上、それを追うのは南城の放つ電磁レールガンサブマシンガンの硬化タングステン弾丸で、移動する先を予測したうえ弾幕を張った。

 

「貴様! ちょこまかと!」


 苛立ちをそのまま言葉にして叩きつける。かたやイオタは降り注ぐ弾雨避けるかの様に連続で光のトランポリンによる跳躍を繰り返す。その光景はまさにゲーム。あるいはエンターテイメントショー、敵である南城の剣呑さに比べて、イオタの動きのそれはいささかの緊迫感すらも感じさせる物では無かった。

 

「はっ! ホイッ! よっ!」


 空間力場である光のトランポリンを連続で発生させて移動を繰り返す。音速を超える弾丸をかわし続けるイオタだったが、不思議な事に彼女からの反撃は一度もなかった。一向に反撃してこないイオタに対して南城は射撃を停止すると相手の出方を探り始めた。


「貴様! 何のつもりだ!」


 苛立ちと怒りが南城の口からほとばしる。それはまるで全く理解しえない得体の知れないものを嫌悪し忌避する気持ちに似ていた。

 その南城からかけられた攻撃的な問いかけに対してイオタは静かに言葉を返す。あまりにも紳士的な言葉によるアプローチに南城も攻撃を再開するのを躊躇せざるを得ない。そのわずかの隙をつきイオタは南城に問いかける。


「ぼく、あなたと戦う前に聞きたいことがあるんだ」

「なに?」

「時間は取らせないよすぐ終わる」


 静かさの中に微かな笑顔、そしてそれは闇雲に相手を攻撃するような意図がないことを伝えるには十分すぎる威力を持っていた。銃口こそイオタに向けたままであったが、南城はその引き金にかけた力を少しだけ緩めた。


「言え」


 南城が示したわずかな譲歩、たったそれだけでもイオタには十分すぎる反応だ。思わずイオタの口から感謝が漏れた。


「ありがとう! じゃあ聞くね?」


 それは奇妙な光景だった。かたや黒ずくめの戦闘用の装甲スーツ。かたや純白の三つ揃えのタキシードスーツ。白と黒のコントラストをもってしてもその二人には絶対に噛み合わない何かがあったのだ。

 そして今イオタはその何かを探ろうと南城のその目をじっと見つめ問いかけたのだ。


「あなたはなぜ、誰かを攻撃するの? なぜこの街の人たちを受け入れないの? ぼくにはどうしても理解できないんだ」

「なんだそんなことか――」


 南城は半ば呆れ気味にイオタに言葉を返す。それは理由である。南城が戦う理由である。闇に身を落とし、敵意に身を焦がし、憎悪と怒りのバケモノと化してでも戦い続けることを欲する己自身の存在証明であった。


「奪われたからさ」

「何を?」

「幸せと未来を」

「誰に?」

「犯罪者」

「それがあなたが戦う理由?」

「そうだ、それ以外一体何がある?」


 南城はイオタを睨みながら答え続ける。まるで心の中に閉じ込め続けた魔獣を解き放つかのようで――


「そりゃ私だって昔はまともな認識は持ってたさ。人と同じく友を持ち、家族を持ち、恋人とともに愛を語り合い、いずれ来るであろう未来を信じた。でもそれは――私には遂に訪れなかった。わかるか小娘?」


 心の内側に隠し続けた赤黒く汚れた記憶の澱を解き放つかのように、南城はイオタの答えを待たずして絞り出すように言葉を発した。


「ある作戦で制圧行動に失敗し撤退を余儀なくされた。そして私は無能の仲間に置き去りにされ、敵に拉致された。小娘、犯罪者のゴロツキどもが抵抗できない女に対して何をするかわかるか」


 苛立ちと怒りと拭いきれぬ悲しみが南城の言葉にはにじんでいた。その言葉の先が意味することを理解できないイオタでもなかった。眉間にしわを浮かべ不快さを感じつつも答える。


「なんとなくわかるよ。僕も世界中の色々な場所を見てきてるからね。それにそういう女の人たちをこの手で助けたこともある。たぶんそう――あなたは助けが間に合わなかったんでしょう?」


 フルフェイスのマスク越しゴーグルの目元から覗く視線が一切の登場も一切の共感もかたくなに拒んでいる。


「これ以上の説明は不要だ。これが私が自分以外の全てを憎悪する理由さ」


 それは南城にとって消し去りようのない事実であった。同情を求めているわけではない。救いなどあろうはずもない。

 だがそれに対してイオタが返した言葉は意外なものだったのだ。


「なんだそんなことか」


 彼女が返した言葉はたった9文字。だが、南城のすべてを、そして彼女の自己憐憫を完全に突き放すには十分だったのである。


「何だと――」


 真っ向正面からの否定、理解も同情も何もない。南条の情動は憎悪の炎に焼けそうになる。だが――


「お前ごときに何が! 私は――」

「何もわかっていないのはアナタだ!」

「――!?」


 南城の言葉を遮りつつ、跳ね返ってきたのはイオタの驚くような剣幕だ。


――カッ!――


 そしてイオタは右手に携えていたステッキを足元のコンクリートに叩きつけるように突きつけながら叫び返したのである。


「確かにあなたの中のそのひとつの悲劇はとても大きかったかもしれない。一生消えず拭い去りきれないかもしれない! でも――」


 イオタはステッキを振り上げると力の限り振り下ろす。そこから先は、イオタ自身が内に秘めた想いを解き放つ番であった。


「あなたは僕にないものをたくさん持っている!」

「何?」


 訝しげに南條がつぶやく。だがその声をイオタは押し切るように叫び続ける。


「もう一度言うよ、あなたは何も失くしてない! 本当に無くすということはどう言う事なのか? あなたは何も知らない!

 たとえ大きなひとつを無くしても、帰る場所も、思ってくれる人も、何もかもが消え失せるということは絶対ない!」

「黙れ!」


 そこまでが南城にとって譲歩の限界だった。右手のサブマシンガンを構え直し駆け出しながら大声で叫んだ。


「お前に何がわかる! ガキが分かったような口をきくなぁ!」


 硬化タングステンの弾丸の猛射が襲いかかる。イオタはそれを軽いステップの跳躍ひとつで華麗にかわしてみせた。

 降り立った先は中程から砕けた電柱の頂き、奇しくも、星明かりと月明かりがスポットライトのように、イオタのその小柄なシルエットを、ステージ上にたたずむ一人のエンターティナーのようにくっきりと浮かび上がらせた。

 彼女は静かに、南城に向けて告げる。


「ガキじゃないよ! 僕にはイオタと言う名前がある。あの人からもらったたったひとつの僕だけのもの――、何一つも残っていなかったちっぽけなこの僕の――」


 いつしか、ひとしずくの涙がイオタのその頬を伝っていた。彼女はソレを左でとっさに拭うと告げたのだ。


「さあ始めようか! これは戦いではない! 殺し合いでもない! これはショーだ! どちらかがこのステージのメインスポットを独占できる! 主役を張るのは僕だ!」


 そしてイオタは頭上へとステッキをかざした。

 

「おいで! ゼータ!」


 問いかける声に応じるように現れたのは、微かな光を放つ薄羽を備えた小さなシルエットの妖精たち。それが緩やかなカーブのラインを描きながらイオタの周りを飛び始めた。ここはスラム。洋上の場末の荒れ地の一角。そして、瘴気漂う大都会の夜の闇の待っただなかだ。

 突如始まった奇妙な演出に戸惑いながらも南城もまたイオタの挑戦を真っ向から受け止める。

 

「いいだろう」


――そのシンプルな答えがすべてを物語る。彼女もまた己の信念を曲げるつもりは微塵もない。


「生き残った者だけがくだらない戯言を正当化出来る。シンプルなルールだ」


 そして南城もまた、己の全てを開放しようとしていた。

 

【 改造躯体総括制御プログラム       】

【 第1種最上位コマンド実行        】

【 >最終リミッター〔――開放――〕    】


 上肢下肢の全てと背面部。そして胴体の一部に備えられた強化型の人工筋肉とリニアモーターアクチュエータ――、それに備えられていた安全確保のための出力リミッターと作動制限装置をカットする。だがそれは戦闘後の安全の一切を考慮しない諸刃の剣だ。それをしてなおも相手の主張をねじ伏せるという妄執の一端が現れていた。

 

「殺す」


 南城が妄執をたった一言に凝縮させる。だがそれを甘んじて受け入れるつもりなどイオタ自身にも毛頭なかった。

 ならば、イオタもまた、彼女自身が自分自身で居られる最高のキーワードをもってして降りかかる残虐を否定するのみである。

 イオタは、薄羽で極彩色の光を振りまき続ける妖精たちを、周囲に翔ばせながら折れた電柱のその狭い頂きの上で、軽くステップを踏みながら高らかに告げた。

 

「Now It’s Show Time!」


 これは闘いではない。

 殺し合いでもない。

 己のプライドと信念のすべてを掛けて、人生のステージの主役を握る熾烈なゲーム。

 そして二人とも負けるつもりは毛頭無かった。

 


 @     @     @

 

 

 そしてその熾烈なゲームを見守る者が1人――

 それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ、

 

――クラウン――


 死の道化師の字名を持つ天性のトリックスター

 

「ほっほっほ! 始まりましたねぇ、もう一つの〝ショー〟が!」


 しずかに両手を叩いて今始まったばかりのショーにクラウンは興味深げに視線を送りながら、声を潜めて問いかけた。

 

「イオタ? 解っていますか? それがあなたにとってとても重要なゲームだと言う事を」


 そしてクラウンは両腕を組む。それまでの笑い顔が消えて、白地のマスクの上に、シンプルなアーチで描かれた目と口だけが浮かんでいる。


「あなたは今まで私のペットかマスコットの様な地位に甘んじていました。ですが、人と言うのはいずれ、己自身の世界を確立するために戦わねばなりません。そして、この一戦にてあなたはまた新たな何かに変わるでしょう――」


 マスクに浮かんでいたシンプルな顔、その口元が開いて赤いU字型のアーチとして笑顔が溢れた。ある種、残酷さを漂わせるほどの笑顔を――

 

「それをもってして、あなたが何に変わるのか見届けて差し上げましょう。満足できる結果にならなければ、あなたとはココまでです。私がこれから先、進むであろう闇の世界のどす黒い戦いの日々に同行することはとうてい無理なのですから」


 クラウンは一呼吸おくとイオタに呼びかけるように告げたのだ。

 

「イオタ、成長のときです。〝大人〟になりなさい」


 その意味深な言葉――、それを耳にしていた者は誰も居なかったのである。


次回――


第2章サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市43『死闘・エンターテイナー』


挿絵(By みてみん)

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