サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part40『死闘・武人タウゼント』
特攻装警グラウザー
第二章サイドB第1話 Part40
スタートです
本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます
這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印
The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ロシアン・マフィア・ゼラムブリトヤ、
極東ロシアを拠点として日本へそしてアジアへと進出を果たした野心的マフィア集団、
そしてその上級精鋭部隊が Тихий человек――『静かなる男たち』である。
彼らは部隊を率いる隊長であるウラジスノフ・ポロフスキーの下に集った元ロシア軍人の精鋭中の精鋭である。陸海空様々な経歴を持ち、いずれもが卓越したステルス戦闘のエキスパートである。そして彼らを一つに束ねている〝意思〟それは――
――ある一つの存在への〝復讐心〟である――
彼らはマリオネット・ディンキーとその主戦力であったベルトコーネに対して積年の思いを抱いていたのだ。
彼らは知っている。失うということの苦痛を、
彼らは知っている。喪うということの残酷さを、
彼らは知っている。残されることの孤独を、
彼らは知っている。奪うということの酷さを、
そして彼らは立ち上がる。いつか来るべき審判の日のために。
老いた体に鞭打ち、過酷なサイボーグ処置を受け、戦闘エキスパートとして己をさらに磨き上げ、ウラジスノフの指導のもと、ゼラムブリトヤの首魁であるノーラ ボグダノワに忠誠を誓い日夜活動を続けてきた。
そう――、全ては彼らの復讐対象である〝ベルトコーネ〟を討ち取るために――
そして彼らは今、その本懐のすぐ間際へとたどり着きつつあった。復讐を果たすその直前までたどり着いたのだ。
あと一歩、あと一撃、あと一発――
悲願となるとどめの一撃のラストショットがまさに放たれる瞬間。理不尽は彼らのもとに降り掛かった。
――黒い盤古――
犯罪を地上から滅殺せんと妄執する異形の官憲――、それはもはや法に基づく正義ですら無い。
一般市民を犯罪から守ると称し、その犯罪要素をはらむ違法な存在の全ての滅却を望む非合法サイボーグ部隊。
正式部隊名、武装警官部隊・盤古、情報戦特化小隊第1小隊――
彼らは望む。破滅的暴走の発生を。
かつて静かなる男たちが親愛なる肉親を喪うきっかけとなったベルトコーネの破局的暴走状態、それを成立させる事でこのならず者の楽園と呼ばれる洋上スラムを壊滅させんと欲しているのだ。
そう、それは――『絶対に相容れぬ相反する価値観の衝突』
今、打ち捨てられし洋上スラムの最果ての荒れ地の上で、静かなる男たちの尖兵である老兵たちохотникに悪意と敵意と憎悪をもって凶器の鉄槌を振るわんとする凶者が一人。
建築構造物破壊用の電磁破砕大型ハンマーを振るう男、情報戦特化小隊隊員――〝権田〟
小銃弾すら跳ね返す動力装甲スーツに身を包み、大地の地磁気を利用して加速移動を可能とする『抗地磁気反発加速システム』を装備したパワーファイタータイプの戦闘工作員。その手にした大型ハンマーにより破壊と殺戮を撒き散らす男だ。すでに権田は2名の静かなる男の命を屠っていた。鉄塊一閃、その酷いまでの重圧にて法的正義を盾にして人命をすり潰したのだ。だが、砕かれる頭蓋、柘榴のように弾ける鮮血――、その光景にまともな正義があるとは到底思えない。だが到底看過できるはずが無い。
静かなる男たちはその誇り故に、悲願達成を前にしてむざむざ退却するわけには行かなかった。それに加え、その彼らの背後にはあのハイヘイズの子供らが逃げ遅れているのだ。
「あの子供らを見殺しにはできない!」
彼らを放置して撤退すれば最悪の事態が再び子供らを襲うだろう。それだけは――、そう、それだけは到底容認できない。
なぜなら静かなる男たちは『誇りある軍人』なのだ。銃後にて恐怖に怯える者たちを護るのは当然の役目だ。
そして戦陣を張る静かなる男たちの隊長であるはずのウラジスノフは狙撃の凶弾に倒れていた。
今。部隊を率いるのは副官を務める熟練の元ロシア軍人のボリスと言う男だ。顎の貼った角顔の風貌で右手は黒い革手袋で覆われているが、それが金属製の頑丈な義手である事は容易に解る。右頬には三条の傷跡がある。ナイフ傷ではない。爆発物の破片により引き裂かれたような傷跡だった。右目も人工眼球に更新されている。ウラジスノフのそばにて彼の意図を正確に読み取り、静かなる男たちの第2の司令塔として活躍する男である。壮烈なる戦歴を持つ彼は今、状況を冷静に把握しようとしていた。
@ @ @
隊員たちに携行しているサブマシンガンの弾種の変更を命じ、彼らが得意とするステルス戦闘行動の深度レベルをⅠからⅢへと深化させる。彼らにとって取り得る最適な判断をしたはずであった。彼らにはロシアこそがステルス戦闘の世界最高峰であると言う痛烈な自負があったのである。
「いける。ヤツに重比重フレシェット弾は有効だ!」
頭部への集中攻撃を命じ敵の行動を牽制する。そして次の戦闘行動へとつなげる――はずであった。
「ば、馬鹿な――」
予想に反して彼が目の当たりにしたもの。それはステルス機能を見破り一直線に接近してくる権田の姿だったのである。
「ステルス戦闘はロシアが最高峰のはず――ステルス深度レベルⅢは破られていないはずだ!」
自らの誇りと自負の支えとなっていた事実を思わず口にする。だがそれに対して無慈悲に告げられたのは権田の悪意に満ちた嘲笑だったのだ。
「いいか、教えてやるよ! 技術ってのはなぁ! 常に進歩するんだよぉおおお!!」
それは優越感である。
それは敵意である。
それは充足感である。
それは快楽である。
それは憎悪である。
全ては犯罪者への敵対と断罪を大義名分として振りかざしているだけであった。
そこには何の正当性も、何の正義もなかった。
ただ理不尽だけが存在していたのである。
「潰れろ! 老いぼれぇ!」
そこに〝人間〟に対する尊厳と畏敬の念はどこにも存在しなかった。その抗いようのない理不尽に対してボリスが抱いたのは絶望よりも悔しさよりも心の底から湧いてくるのは組めども組めども尽きぬただ純粋なる怒りだ。
「なぜだ――」
思わず言葉が漏れる。その瞬間、時間はその流れをとてつもなく遅くする。そして、その記憶の彼方に思い出すのはかつての戦場での光景の数々。
命令に服して戦場へと赴く一兵卒、
不慣れな戦闘にて必死に銃器を構える新兵たち、
満足のいく量を届けられぬ糧食や支援物資、
それを分け合いながら戦地にて肩を並べた戦友たち、
だが彼らは一人、また一人と倒れていく。
生き残った者たちも、弾雨や爆風にて傷つき、時には体の一部を失っていく。
そして戦う相手は、
時にはイデオロギーを異にする異国軍であり、
時には死に物狂いの抵抗を続けるゲリラであり、
時には狡猾に組織されたテロ集団であり、
時にはかつては同じソビエト連邦下にあったはずの隣国でもあった。
時が流れ世界が変わり、国軍でも国家でも民兵組織でもない者たちが、大規模に支配領域を獲得し国際社会に驚異を与えていく。
無力な住民たちは虐げられ貪られ、難民として行き場のない流浪を強いられていた。
そんな残酷な現実に抗いながら戦場にて武器を取り戦うのは、どこでもいつでも、ボリスやウラジスノフたちの様な軍属であった。さらには時代が進むにつれて彼ら軍属たちの闘いは混迷の度合いを深め、いつ果てるとも解らぬものへと変質していく。
さらに時代が進み世界の様相が代わり戦場の様相も急速に変貌を遂げる。
空をドローンが飛ぶ。
無人化された小型戦闘機が頭上を行き交う、
負傷した体に義肢が移植され再び戦場へと追い返され、
国際社会は単なる利害関係では割り切れぬほど複雑化し、
ボリスたちの任務には諸外国に対しては公にできぬ極秘任務化した物が急速に増えていく。
あらゆる事情が極秘扱いとなり、寡兵で高難易度の任務を負わされ、
そして、
仲間と――
肉体と――
精神の安定とが擦り切れ失われていく。
だがそれでも最後の最後に残ったものがあった。それが〝誇り〟であった。
ウラジスノフはボリスに口癖のように言っていた。
「おれたちの誇りはマフィアにはない。俺達の誇りはいつでもあの場所にある。背後の者たちを護るために駆け抜けたあの〝戦場〟にある! いいか?!――ロシア軍人としてのプライドだけは絶対に捨てるな! あの狂える拳魔を討ち倒すその日まで!」
そうだ――、ロシアの男として、ロシア軍の軍属として、背後の者たちを護る。それが彼らの最後の最後のギリギリに残された唯一のプライドであり拠り所だったはずだ。
そしてボリスの脳裏に蘇る物があった。シリア領内の狂信的宗教原理主義集団の掃討殲滅任務。国際社会の記録には一切残されない極秘の非合法任務。勝とうが負けようが戦歴として記憶される事は絶対にない『存在しないはずの軍務』
ボリスにとって正規軍人としては最後となった闘いであった。
一度は死を覚悟した最後の戦場。その時の最後の被弾の瞬間がボリスの脳裏に克明に浮かび上がっていたのだ。
敵が手にしていたのは中国製のハンドグレネードランチャーで87式と呼ばれるモデル。そして、そこから放たれたのは手のひらほどのサイズのグレネード弾。それがボリスの右脇の至近距離にて炸裂する。
爆風、爆音、衝撃、そして全身が焼けるような感覚――
それを最後にして彼の戦場での記憶はぷっつりと断ち切られる。
気づいた時には既に一般生活用の医療用義肢が移植されたあとであった。
彼は今、己の軍人としての戦歴の日々が終わったその瞬間を呼び起こされていた。
「クソォッ! こんな所で!」
思わず口から漏れた言葉は誰にも届かない。そして今まさに彼に目掛けて血にまみれた電磁破砕ハンマーは振り下ろされたのである。
@ @ @
それはカリカチュアである。
それは道化である。
そしてそれは、おとぎ話の主人公である。
彼は自らをこう名乗った――『放浪の遊歴騎士タウゼントである』と――
無論、そんな事、ありえるはずはない。ここは現代、そしてハイテク犯罪渦巻く東アジア最悪の犯罪スラム街なのだ。伝説と神話の園の中つ国ではない。ハイテクが社会の隅々に広がり続ける東京なのである。もはやそれは滑稽ですらある。だがそれでも彼は演じ続ける。滑稽劇の主人公としての〝ドン・キホーテ〟を。そう、彼は誇り高き〝騎士〟である。そして自分自身をそうあるべきとして全身全霊で〝演じて〟いたのである。
人知れず鉄兜の中で〝彼〟は怒りを込めながらつぶやいていた。
『命を――人しての尊厳を一体何だと思っている!』
鉄兜の外へは聞こえぬ声だ。それは彼が永遠に失ってしまったものなのだ。もう望んでも彼の一人の人間としての尊厳は帰っては来ないのだ。だからこそである。彼は到底眼前にて展開されていた蛮行を〝許すこと〟ができないのだ。
『それは、お前が無碍に毟り取っていいものじゃぁない!』
誰にも聞こえぬ秘された機構の中で〝彼〟は怒りを叫んでいた。タウゼントではない己自身として。
『それは奪い取ったら、二度と帰ってこないんだ!! なぜそれがわからない!』
そしてその怒りは、彼が演じる老騎士のタウゼントの言動として解き放たれたのある。
今まさにタウゼントは、イカれた正義を振りかざして凶行を正当化しようとする愚かなる黒い盤古に向けて、ランスの痛烈な一撃と怒号とともに高らかに唱えたのだ。
「貴様のそのネジ曲がった魂、矯正してくれる!!!」
だが権田は、その言葉を素直に聞き入れるような愁傷な人間ではなかった。タウゼントの持つ2m長の電磁ランスを痛打されて昏倒させられたが、ハンマーの重量と装甲スーツの動力を駆使して体を跳ね起こして速やかに立ち上がる。そして唐突に飛来して現れた存在を真っ向から睨みすえると彼に強烈な一撃を食らわせた者の存在をあらためて認識しようとする。
そこに権田は、彼の理性では到底理解し得ない存在を目のあたりにするのである。
「糞ったれがぁ! 出来損ないのゲームキャラが何のようだ! 邪魔すんなぁ!!」
権田は装甲スーツのヘルメットのゴーグル越しに怒りに我を忘れた血走った目で、目の前の老いぼれ騎士のカリカチュアの様な存在を認識する。それは、おとぎ話の寸足らずの老騎士のようであった。
背丈は1m有るか無いかで、プロポーションは三頭身、頭はたてがみ付きの煤けた鈍銀色のフルフェイスの兜、全身鎧で寸足らずの胴体の下には太くがっしりした大きめの足がある。両腕にはごついガントレットが嵌められ、背中には擦り切れたマントがたなびいていた。そしてその右手には彼の身長よりも大きい2mほどの馬上槍=ランスが握られていた。
先程の瞬間、権田の顔面を痛打したあのランスである。
タウゼントはその手にしていたランスを、改めて権田へと突きつけながら告げる。
「儂が遊戯の登場人物か? 心外だな! 儂の名はタウゼント! 誇りある遊歴の騎士である! 儂が今から貴様を成敗してくれる! 命の価値と尊厳をわからぬ愚物がぁ!!!」
タウゼントは再びその脚底部から電磁ブースターの火花を迸らせた。体内に蓄積しておいたキセノンとアルゴンの混合ガスをMHDブースターノズルにて噴出させる。背中にたなびかせたマントは量子力場浮遊装置〝クォンタムレビテーション〟の機能を持つ浮遊装置である。
それらを駆使することでタウゼントはその見た目に反して高速かつ機敏に動くことが可能となるのである。
「喰らえぃ! 我が正義の槍『悪龍砕き』を!」
タウゼントが手にしている槍、それはただの馬上槍の模造品ではない。全長2メートル、中世のランスにも似たその形状には円錐状の攻撃部分に超高出力の電池破砕装置が仕組まれている。刺突、打撃、その長さを生かした突撃や旋回攻撃が持ち味であり、現在の姿のタウゼントがその高速移動能力をもってして使うには最適の武器であった。そして、その悪龍砕きの槍には更なる力が秘められているのだ。
「いざ参る!」
擦り切れたマントをたなびかせ脚底部から青白い炎を吹き上げ、敵である権田の周囲を旋回しながらその攻撃の死角を探り出したのである。
タウゼントは権田が右利きであると判断した。人間の神経系が差配している限り左右の神経系の優劣は必ずついて回る問題なのだ。権田の右手から後方へと回り左背後に位置を取る。そして、タウゼントはその手にしていた槍を勢いよく後方へと引き絞った。
「ここだ!」
狙いすまして攻めるは左背面後方、肩甲骨のやや下側である。命中すれば貫通せずとも大ダメージは与えられるはずだ。引き絞った電磁ランスを勢い良く突き出し撃ち放とうとする。
だが敵である権田とて素人ではない。
「うらぁああああっ! 舐めんなぁ! ガラクタぁ!!」
権田は両脚の中のシステムに仕込まれた機構をフル稼働させる。右の脚と左の脚、その進行方向のベクトルを前後逆に発動させると、重戦車の超信地旋回の如くにその巨躯を反転させたのである。
【 抗地磁気反発加速システム『韋駄天』 】
【 両脚各部抗地磁気エフェクトユニット 】
【 左右逆位相モード 】
【 >右:後進加速 】
【 >左:前進加速 】
【 ≫超信地旋回モード作動 】
【 】
【 上肢下肢及び背面部装着型 】
【 エグゾスケルトンサブフレーム 】
【 >協調連動モード作動 】
【 >腕部サブフレーム 】
【 ハイパワーラピッドブーストモード 】
彼の肉体の下半身と上半身、さらには両手両足の構造体を連立連動させ、全身での剛性を強化させる。さらに反応速度を強制加速させ、全身レベルでの〝攻撃速度〟を驚異的なまでに引き上げた。その手に握りしめているのは凶悪なまでの打撃破壊力を有する巨大電磁波破砕ハンマー『拷鬼』、すでに二人の命をすり潰した血糊がこびりついているのだ。
権田はハンマーを自分の左肩上方へと振り上げていた。その視界には放浪騎士のタウゼントの姿が捉えられている。さらにハンマーを握りしめる両腕に満身の力を込め急速反転の勢いを加えると、紫電を迸らせる破砕ハンマーを一気に振り抜いたのである。
「潰れろぃ」
権田が放ったのその言葉には、まるで奥歯に挟まった異物を除去して吐き捨てるかのように、不快な物に対するいらだちがニュアンスとして入り混じっている。権田の視界の中でタウゼントは彼の心理を波立たさせる存在であった。
まるでゴキブリでも潰すかのように、まるで銀蝿でもはたき落とすかのように、畏敬も礼儀もない荒々しさで権田はその手にしていた破砕ハンマーを振り抜くと、そのハンマーヘッドを彼が意図していた〝敵〟へと一気呵成に叩き付けたのである。
――ガァアアン!!――
鳴り響いたのは、中空の金属塊をメタルヘッドのハンマーで叩き付けたかのような金属打撃音だ。鈍い残響を響かせながらも権田が振るった電磁ハンマーは予想外の動きによる不意打ちの効果もあり、タウゼントのボディーを横薙ぎに殴りつけた。ハンマーヘッドのインパクトの瞬間、電磁ハンマーはその内部に蓄積していた高圧マイクロ波を一気に開放すると単なる物理的打撃にはとどまらない暴力的なまでの電磁破砕効果を発揮する。
打撃した目標物がそこいらの自動車のボディであるなら一発にしてドアをまとめてぶち抜き、シャシとフレームを一気に捻じ曲げて即刻スクラップ送りにしてしまうだろう。それほどの威力を感じさせる様なリアクションでタウゼントのボディは弾き飛ばされた。ダメージも決してゼロでは無いはずだ。
互いの行動の裏をかき合い、一撃必殺を狙いあったこの勝負は残念なるかな、黒い盤古の権田の方が上であった。
僅か1mほどのその鈍銀色のボディは突如彼を襲う横ベクトルの打撃インパクトにより真横へとすっ飛ばされることとなる。そしてタウゼントのボディが飛ばされたその先にあったのは、誰であろう静かなる男たちの副長ボリスが佇んでいたところだったのだ。
そして、それは数奇なる運命による再開劇の幕を開けさせたのである。
@ @ @
「なにっ?!」
思わず驚きの叫びを漏らしたのはタウゼントの方であった。
軽量なその身故の高速の体捌き、残像すら許さぬ素早さでの死角への回り込みであったが、それを見切り、あまつさえ相手はその巨躯に似合わぬ常識はずれの俊敏さで、重戦車の動力砲塔のように180度反転し旋回してみせたのである。
「しまった! リニア移動効果装――」
敵が装備していた機能の正体を喝破するよりも早く、タウゼントのその小さなボディを襲ったのは、あの人命を無残に潰し取る血まみれの電磁ハンマーだった。打撃のインパクトはタウゼントの右手側から襲ってきた。回避する隙もないままに鈍銀色のボディーをハンマーは打ち据え、砲弾で撃ち抜いたかのようなインパクトでタウゼントの小柄な体躯を吹き飛ばしたのである。
そしてタウゼントのその滑稽劇の演者の如きボディは緩やかな放物線を描いて飛んでいく。抵抗も軌道修正もなかったのはその強烈なるインパクト故に意識がホワイトアウトしたため。当然、受け身も着地も取れるはずがなく、飽きられて放り投げられたアンティークトイのように地面の上を二~三転してうつ伏せに倒れ伏したのである。
「おい――」
一人の男が問いかける。
「おい! 貴様、大丈夫か?!」
その声の主は声をかけてくると同時に右手でタウゼントの体躯をつかむと揺すって確かめようとする。
「貴様! 生きているなら返答しろ! 聴こえないのか!」
それはいささか乱暴で無作法ではあったが、元から礼儀やマナーなど気取っていられない世界で生きていたが故の問いかけだった。声の主は静かなる男たちの副長ボリス、その魂の髄にまで染み付いた軍属として身のこなし、そして生き様、それゆえに彼のタウゼントへの問いかけは戦場で敵弾に倒れた友軍の兵士への呼びかけ行為を彷彿とさせるものだったのである。
〔全軍へ、PP90以外の携帯武器の使用を許可する! 敵へ牽制! 足止めだ!〕
〔да〕
体内無線通信経由でボリスの指示を受け、静かなる男の隊員たちはジャケットの後ろ側に秘匿していた銃器を次々に取り出す。
単発擲弾発射器:USSR GP25
携帯小型散弾銃:USSR KS23M
ニードル弾水中拳銃:USSR SPP-1M
コンパクトタイプ突撃銃:KBP 9A-91
それぞれの隊員の特性やチーム編成に応じて異なる銃器が与えられている。互いの武器の機能性を考慮しながら男たちは権田への弾幕を張り始めたのである。
シンプルな外見の小型機関銃9A-91に消音サプレッサーを装着し敵へと初弾を叩き込む。
それに導かれるように前進し始めた権田に対して、次に攻撃を加えたのは携帯型小型散弾銃KS23Mだ。4番ゲージと言う大口径から放たれたのはズヴェズダと呼ばれる音響閃光弾。それが権田の眼前で炸裂したことで一時的にその視聴覚を麻痺させる。
そして足止めに成功した所で、2名ほどが肉薄接近する。手にしているのは本来は水中下で用いるニードル弾水中拳銃SPP-1Mだ。首、肘、脇の下、脇腹などを狙い鋭利かつ高貫通力の弾丸を2名で4発、計8発を連続で撃ち込めば、頸部と右肘にニードル弾が食い込んでいた。
さらに仕上げ処理として4名が単発の擲弾発射器GP25を突きつけた。本来はAK74ライフルに装着して使用するはずのそれを単独で使用、狙いを定めると4発の擲弾を連続して叩き込んだのである。
その流れるような連携攻撃を食らい、黒い盤古の一人である権田は後方へと吹き飛ばされていた。これで止まるような脆弱な輩で無いのは分かっているが現状で彼らが行える攻撃はこれで精一杯なのだ。
その間にボリスは、タウゼントの体――その右肩をつかむと一気に引きずった。そして権田との距離を稼ぎつつ安全な距離を確保する。今なら敵も一時的に行動不能となっている。その間にボリスはどうしてもやらねばならない事があるのだ。時間的猶予は無い。危機感に神経を張り詰めさせたまま副長ボリスは再度問いかけたのである。
「おい!」
「吾輩、〝おい〟などと呼ばれる謂れは……ない……」
うつ伏せ、伏していたタウゼントだったが、その生命は潰えては居なかった。打撃を受けた頭部の鈍銀色の房付きの兜には変形こそ見られるものの、正気を取り戻したのか即座に体を起こし体制を整えると、視線をボリスの方へと走らせたのである。
「吾輩、流浪の騎士タウゼントである」
銀色の兜のマスクのスリットの下、淡黄色く光り輝く目が浮かび上がっている。その光に瞳のようなものが見えなくもない。その視線を単なる何かのメカニズムの点滅だと切って捨てる事は可能だ。だが、そこから感じる物は明らかに人の意志に満ちたものだったのである。
「〝静かなる男〟の副隊長を務めるボリス・ミハイロフだ。タウゼントとやら。なぜ私を救けた?」
それは当然の問いかけだった。ボリスは軍属である。軍属とは命令と状況判断に基づく必然性を基準として全ての行動決定を行う人間たちである。あらゆる行動には理由がある。そして必然性と必要性があり、その結果として排除対象である敵への対処の際の行動判断が行われている。そこには善意とか曖昧とか人として当然と言った理想論・概念論は何の意味も持たない。そのような実体を持たない価値基準は、軍隊という組織全体の速やかなる行動を阻害し妨害するからである。
それ故に軍隊は非人間化し、その行動様式は機械化される。
理由と必然性の無い救助行為はむしろ、組織全体の行動決定を邪魔するものでしか無い。明確な理由と利害関係があってこそ価値がある――、そう捉えるのが軍人だからである。そしてボリスと静かなる男たちは、本質的には軍人なのだ。彼はタウゼントが発するであろう答えをじっと聞き入ったのだ。だがタウゼントの口から語られたのは意外な言葉だったのである。
「10年前――否、12年前であったか。シリアでの極秘作戦以来であるなあ。覚えておいでか? ボリス准尉殿」
タウゼントが静かにも淡々と語るその声、そこに示されていた事実とその意味に、かつての名を問われたボリスは思わず己の耳目を疑っていた。
「ばっ――なぜソレを?」
驚きを隠さぬボリスの狼狽えは他の静かなる男たちの行動にも影響しつつあった。さざなみのように私語が微かにもれ始める。それを察してかタウゼントは先を急ぐように告げる。
「気をしっかり持たれよ准尉殿! この場の指揮官はそなたであるぞ?!」
タウゼントのその言葉に思わずボリスはハッとなる。そしてハンドサインで速やかに指示を出す。
――一時後退、遮蔽物に隠れよ――
その指示を速やかに理解した静かなる男たちは音も静かに後方へと退き、その身を潜めていく。そしてあとに残されたのはタウゼントとボリスのみ。タウゼントはさらにボリスへと語りかけた。
「あれは世界の戦史にも、公的な記録にも一切残されることのない〝存在しないはずの任務〟であった。表向きは対立関係に有るはずの准尉殿の母国と吾輩の母国、その精鋭が集まり、72時間と言う定められたタイムリミットの中で目的を果たすことが求められた作戦――、ご記憶か?」
タウゼントの言葉にボリスの記憶は速やかに蘇った。忘れようとしても忘れられない記憶だった。
「狂信的宗教原理主義勢力の指揮系統破壊任務――、任地はシリア山岳国境付近だったな。その時の任務役割は?」
「当時の我輩の役目は、戦車を含む戦闘車両への遠距離攻撃、及び行動阻害工作。准尉殿たちを後方からお守りする役目であった」
何をしていただけでなく、何を見ていたかも思い出しつつあった。その時の硝煙煙る地での光景が鮮明にボリスの中に蘇っていたのだ。
「そうだアンタたちは俺のケツ持ちだった。そして俺は近接格闘戦闘を含む重火器使用による人的障害の排除――有り体に言えば暗殺戦闘要員だ」
「その通りである! お互いににらみ合いながらの初顔合わせであった。だがその後も上手く事が運ばぬとロシア語とアメリカ英語で罵り合い! だが意味が通じないのが面倒くさくて喧嘩も長続きしなかった。食い物の好み、好きな音楽、右を行くか、左を行くか、些細な事ばかりですぐにいがみ合った!」
「アンタの右ストレートは強烈だった」
「准尉殿は蹴りが得意であったな」
「コマンドサンボは血反吐はくまでやったからな。そうだ――あんたはフットワークが素早かった! 敵の死角に巧みに入り込み! 一撃で必ず敵を仕留めた!」
「准尉殿はチーム全体掌握と指揮が見事であった。一緒に居れば必ず生き残れると言う信頼感があった!」
「あぁ、2日もすぎれば俺達は言葉は違っても意思は通じるようになっていた。そして作戦成功のあと回収地点到着前夜に浴びるほどに酒を飲んだ!」
「あの時のウォッカは美味かった! だが約束のバーボンのボトルはついぞ送ってやれなかった」
「部隊回収が失敗したからな。物陰から撃ち込まれたグレネード弾――それで俺たちは吹き飛ばされた。俺は右半身の機能を失った、あんたは体がバラバラだったからな、てっきり死んだと思ってた――」
そこまで語ったときにボリスは改めてタウゼントへと視線を投げかける。
「生きていたんだな。――〝伍長〟」
ボリスはすべてを思い出していた。眼前のこの鎧姿の道化者が一体誰なのか、彼がなぜボリスを救けたのか、その理由と必然性が全て飲み込めたのである。そしてそれは喜びとともに、もう取り返しのつかない悲しみが互いの間に横たわっていることを思い知らされずには居られなかったのである。
「このような無様な成りではあるがなぁ」
「馬鹿野郎! ハロウィンの仮装パーティーの時期じゃねえぞ!」
「そう言うな。准尉殿! これでも吾輩、この格好気に入っとるのでなぁ」
「言ってろ! アメ公!」
ボリスの顔に思わず笑みが浮かぶ。そしてその目からは涙が溢れていた。ボリスにとっても、タウゼントにとっても、あの過去は取り返せないのだ。
「時に准尉殿、娘子は息災か?」
「そうだと言いたいが――テロに巻き込まれて吹き飛ばされて死んだよ」
「あの狂える拳魔の一派か?」
「そうだ」
それ以上は問えなかった。踏み込んではならない領域の記憶だからだ。だが、今はそれより先になさねばならないことがある。タウゼントはボリスに問いかけた。
「ならば問うが。あのような〝愚か者〟を許しておけるか?」
愚か者――それが権田や黒い盤古の連中のことを意図しているのは明確だった。
「愚問だ。あのネジ曲がりきった性根。ぶっ叩いてやりたくなる!」
「ならばそれを行うのは、老兵たる我らの努め。先輩らしく新兵はしっかり教育してやらんとなぁ」
「Правильно!」
それはあの72時間の任務の中で何度も聞いたフレーズだった。たとえ運命の偶然に弄ばれたのだとしても、あの時の記憶は彼らが助け合う理由には十分過ぎるモノであった。
――ミシッ――
地面が鈍い軋み音を放った。仰向けに倒れ伏していたはずの権田がその身を起こし始めたのだ。
ボリスはタウゼントに問う。
「やれるか?」
「無論である」
「ならば俺たちがバックアップする。やつの行動を阻害する!」
「心得た、ならば吾輩がヤツにとどめを刺す、今少しで儂の〝余り〟の部分が追いつく故」
「了解」
そして先に動いたのはタウゼント――ボリスの元を離れ、権田の方へと走り出していく。対する敵は完全に立ち上がり、復活した視聴覚で現在状況を把握しようとその視線を周囲へと走らせていた。ボリスも、それを視界に捕らえつつ静かなる男たちに対して指示を下す。
〔全員に告げる! これよりタウゼント卿と共同戦線を張る! その際、全部隊を3つに分ける。右手に4名、左手に4名展開! 重比重フレシェット弾とKS23Mのショットシェルにて頭部を中心に攻撃! 敵の攻撃行動を妨害しろ! 残りは私とともに中遠距離レンジからの支援攻撃だ! 急げ!〕
無線回線を通じて指示に対する返答の声がする。一斉に返される言葉は一つしか無い。
〔да!〕
そしてボリスたち静かなる男たちも行動を開始する。全ては力なきか弱いものたちを、そして信念のために闘い続けた誇りの記憶を護るため。
――護る――
その明確な信念のもと、彼らは動き出したのである。
@ @ @
タウゼントは今、奇妙な縁が紡ぎ出す運命の交差路の真っ只中にあった。
かつての命の恩人、
対立を乗り越えて共に轡を並べて戦った異国の戦友、
そしてそのいずれもが、タウゼントが持つ戦人・武人としての矜持を真に語り合える相手であった。
その頭部に被った鈍銀色の兜の中で誰にも聞こえぬ声で密かにつぶやいてみる。
『まさか、このような異郷の地にてかのような出会いが有るとは。あの人がお膳立てしたわけではあるまいが――』
そして、タウゼントは〝もう一人の彼〟からの声を聞く。
〔旦那様~~!!〕
その特徴的な声――、控えめでありつつも懇切丁寧な言い回し。いつでもタウゼントのそばに有る、もう一人の彼――
〔来たか! パイチョス!〕
〔はいです! 旦那様! あと10秒ほどでそちらに参ります!〕
〔よし! お前が帰着と同時に〝結合〟を行う! 準備せよ!〕
〔かしこまりましてございます! 旦那様!〕
無線通信で届いたその声の主は、タウゼントの忠実なる従者パイチョスであった。先程の道先案内を終えたのである。
〔それでは!〕
〔うむ!〕
そして、両足に力をこめて立ち上がり姿勢を正すと、振り向かずにボリスに告げる。
「ボリス准尉殿、10秒後に5秒ほど時間をいただきたい」
その求めにボリスは答える。
「支援攻撃だな?」
「吾輩が近接格闘戦への準備対応を行う!」
「わかった。その間、ヤツを牽制する!」
そしてボリスが静かなる男たちの隊員たちに指示を送った。それは精密機械の如き緻密さでの行動だった。
〔全員に告ぐ、16秒稼ぐ! 敵重装兵が動き次第、その攻撃行動を牽制する〕
老いている、傷ついている、立ち枯れている。
サイボーグ処置を受けたとは言え、老いさらばえた肉体では若い連中と同等か僅かにそれを超える肉体機能を取り戻すのが精一杯だ。圧倒的な戦闘力を得ようとしても老いて枯れた中枢組織がそれを制御しきれないのだ。だからこそ彼らは重火器に頼らざるをえないのである。
だが老兵は死なない。己の魂の中に培った信念の元に立ち上がり、体が動く限り戦うのみだ。 ボリスからの指示を静かなる男たちは速やかに受諾する。
〔да!〕
そして、ボリスは静かに笑みを浮かべながらタウゼントへと告げたのだ。
「タウゼント卿」
微かにタウゼントの頭が右へと動く。ボリスは彼にさらに告げた。
「生きてここから帰るぞ」
その言葉にタウゼントは静かに頷いた。
「無論である」
そして数歩進みだしながらタウゼントは言葉を残していく。
「准尉殿もご武運を!」
その言葉と同時にタウゼントが脚底部から電磁遊離プラズマガスを噴出させて一気に飛び出せば、権田は完全に両足で立ち上がり再び攻撃態勢を整えると、電磁破砕ハンマーを振りかぶろうとしていた。そこに攻撃布陣の両サイドから、左右に4名つづ展開した右左翼のグループが牽制攻撃を始めた。重比重フレシェット弾と高出力電磁放電ショットシェルを敵の頭部メットに叩き込みつつ、権田の行動を阻害していく。
その間にタウゼントは権田の右脇をすり抜けると、巧みに敵の背後へと回り込んだのである。
「小僧!」
低く抑えつつもよく通る声で権田へとタウゼントは声をかける。それに対して権田は静かなる男たちからの攻撃をかいくぐりつつ、背後に視線を向けようとする。その仕草を認めたタウゼントはさらに荒々しくこえをかけたのである。
「大概にするのである! 貴様に逃げ場は無い!」
だがその権田の方も、周囲を包囲されての牽制攻撃の弾雨に晒されたことで、イラつきは頂点に達しようとしていた。
――ギリッ!――
メットの中で奥歯が割れんばかりの歯ぎしりを立てると、怒号一閃大声で叫んだのだ。
「やかましぃ!! 犯罪者ァ!」
そしてその怒号をスイッチにするがごとく権田が身に纏っていた装甲スーツは変化を見せたのだ。
【 回折レーザー誘導式 】
【 超高電圧流曲射攻撃システム 】
【 ―― 雷神咆 ―― 】
【 】
【 >レーザー誘導放電端子 】
【 ≫肩部、背部、前腕部 ――展開―― 】
【 >スーツ内高電圧昇圧トランサー 】
【 ――作動開始、昇圧スタート―― 】
【 >アイドリング放電 ――スタート―― 】
権田の装甲スーツの6箇所に放電端子が展開される。背面、肩、そして前腕、そこから放たれる放電攻撃を駆使する物と推測される。さらに権田は両脚の抗地磁気反発加速システムを駆使して勢いよく背後へと振り向いたのだ。
「潰れろぉ!!」
6箇所の放電端子から6条の紫電が稲光となってほとばしり、静かなる男たちはもとよりタウゼントの体にも雷撃を正確に浴びせたのだ。そしてその雷撃が隙を生み、タウゼントは2度目のハンマーの打撃をもろに食らうこととなったのである。
――ガァアアン!!――
金属へと大型ハンマーが打ち据えられたような異音が響いた。その後にタウゼントが放物線を描いて飛んでいく様がボルツの側からも見えていた。闇夜の中を弾き飛ばされるタウゼントの姿にボリスも思わず叫んだ。
「伍長!」
雷撃と打撃の連鎖攻撃にさしものタウゼントも為す術なかったかのようにも見えた。ボリスとは裏腹に権田が口にしたのは喉の奥から異物が取れたかのような心地よさに満ちていた声であった。
「目障りなんだよ!」
しかしだ――、これで終われるはずがなかった。
「我輩の闘志と矜持を、これくらいで折れると思うたのか?! 若造!! 甘いわ!」
怒りに震える声でタウゼントは叫んでいた。そしてその身を空中で翻して姿勢を制御していく。戦いは終わらない。今再び、全身全霊をかけて戦いが再開しようとしていたのである。

















