サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part39『死闘・ドンキホーテ』
第二章エクスプレス・サイドB第1話
魔窟の洋上楼閣都市 Part39
【死闘・ドンキホーテ】
スタートです
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――ズシッ――
その男が歩みを進める。
――ズシッ――
その男がまた一歩、歩みを進める。
――ズッ――
彼が右手で持ち上げたのは全長1.5m、先端部のハンマーヘッドの長さ50センチになる大型の破壊活動用のハンマー型ツール。電磁気による破壊能力の強化がされており対物破壊用の特殊ツールだ。
電磁波破砕ハンマー『拷鬼』
常識的には人間に対しては使われるはずのないアイテムである。
――ガッ――
男は、その巨大ハンマーを右肩にかけて構えると周囲に視線を走らせて、攻撃ターゲットをスキャンする。
【 周囲潜伏者、6名視認 】
黒い前進装甲スーツは盤古の標準武装タイプにさらに追加装甲を備えた物。一見して防御力の方にウェイトを置いたように判断できる。だが――
【 抗地磁気反発加速システム『韋駄天』 】
【 両脚部アンチマグネティック 】
【 テスラーコイルモジュレーター 】
【 アイドリングモードから 】
【 メインドライブモードへ移行開始 】
その表示が出るとともに彼の下半身からは不気味な振動音と電磁ノイズが鳴り響き始める。
――ブゥウウウウウン――
高電圧を発する変圧トランスが交流電磁波の作用で発する独特の騒音に極めて似ている。それは彼の体内に電磁気的なエフェクトを生む装置が組み込まれていることを意味していた。
そしてさらに――
【 上肢下肢及び背面部装着型 】
【 エグゾスケルトンサブフレーム 】
【 メインドライブ開始 】
【 >パワーアシストスタート 】
彼の動体と手足には体外装着型の外骨格システムが取り付けられている。それによりパワーと強度が飛躍的に向上する仕組みになっているのだ。
ハーフミラーのゴーグルスクリーン越しに彼は〝敵〟を視認する。
「けっ、露助の老いぼれ共か、余所の国に来てまでまだ殺したりね~のか? あぁ?」
その言葉を吐き捨てながら、彼は右肩にかけた巨大ハンマーを振り上げ威嚇するように荒れたアスファルト路を歩き始めた。そして怒りと敵意に血走った眼には、ゴーグルスクリーンに投影されたステルス装備の解析結果のシルエット像が浮かび上がっていた。
完全に攻撃対象の姿を暴いたわけではないが、その存在位置が解るだけでも彼の敵意は発散可能だった。
彼の視界の中、退避しかけていたシルエット像がこちらの方を向き始める。逃げて命を惜しむより、誇りにかけて戦う道を選択したのだ。
その意志の証拠として彼の視界の中に出現したのは、9ミリ電磁放電セラミック弾――、あの静かなる男たちの所有するサブマシンガンに装填されていた弾丸である。だが――
「無駄無駄――、そんな豆鉄砲、痛くも痒くもねえよ」
――その男の装甲スーツの表面で特殊機能を有した9ミリ弾は弾けて傷をつけることすらできない。彼は自分の装備が敵に対して圧倒的に有利であることに優越感を感じずには居られなかった。
「とっととおっ死ねよ。死にかけ露助爺いども! お前らをすり潰してから隠れているガキどももぶっ殺すんだからよぉ」
そう吐き捨てながら彼は両膝を屈めて力を貯める。そして攻撃対象を視認すると、両足に込めたパワーを一気に開放した。
――ゴッ!――
その鈍重さを感じるシルエットからは考えられないほどのダッシュ力と俊敏さであった。瞬く間に数十メートルの間合いを詰めると右手の握りしめたハンマーを一閃する。
――グシャッ――
不気味な圧殺音を響かせながら、熟れた柘榴の様に赤い鮮血が辺りに飛び散った。命は一瞬にして刈り取られたのだ。
「そらそら、さっさと逃げねーと皆殺しになっちまうぞ!? つっても犯罪者とマフィアは絶対逃さねぇけどよぉ!!」
男が再びダッシュする。そしてハンマーを振り回し勢いを乗せたまま、再び一閃する。二人目の老いた命が、戦意むなしく打ち砕かれたのだ。
「無駄無駄ぁ! マフィア連中の違法サイボーグを逃さない! 攻撃を尽く通さない! それだけを徹底的に狙って造ったんだからよぉ! 俺の身体は! ミサイルでも、RPGでも持ってきやがれ!」
静かなる男の精鋭たちが一定の距離を置いて包囲している。だが決定的な攻撃手段を欠いているため彼らにはどうにもできなかった。だが静かなる男たちにも引けない理由があった。
なぜなら――
彼らの背後には逃げ遅れたハイヘイズの子らが控えているのだ。
だがそれすらも、その醜愚なる力の権化には歓喜の対象だった。男は吐き捨てる。
「逃げられねえよなぁ。あの混じり物のガキどもが居るもんなぁ。へへへ」
そして、男はあえて余裕を見せて圧迫するかのように一歩一歩ゆっくりと歩みを進め始めた。
「安心しろや! まとめて地面の下に送ってやるからよ!」
それは命の価値の一切を考慮しようとしない悪鬼の文言であった。
彼の名は権田、盤古・情報戦特化小隊の戦闘員の一人。彼もまた〝怨讐〟に我を忘れた人物である。
@ @ @
無戸籍混血孤児の集団であるハイヘイズ。彼らの住む宿舎ビルから少し離れた路上で、ベルトコーネを封じるべく勇気を振り絞っていたのはハイヘイズのリーダー格の少年ラフマニであった。
万策尽きた状況で意を決して彼は立ち上がり戦い、そして彼は敗れた。
不完全なサイボーグ体である彼は戦闘の無理からある症状を発症。命の危機に見舞われていたのだ。その症状とは――
〝拒絶反応〟
体内、または体の一部を人工物と置換、あるいは埋め込み処置を行った後に、装着された人工物を〝危険な異物〟として、残された肉体の免疫機構が〝拒否〟するべく引き起こした様々な症状の事である。
発熱、吐き気、痙攣、ショック症状――症状は多岐にわたるが放置すれば最悪〝死〟に繋がり兼ねないため放置する事は決してできない。
当然、ラフマニも一刻を争う状態だった。強い痙攣と嘔吐、そしてショック症状――
だがハイヘイズは混血児の集まりである。
同族たる民族でのつながりが重視されるこの東京アバディーンの街では混血は忌避される傾向にある。当然ながら、無戸籍の混血児孤児の集まりであるハイヘイズは疎まれ見放されている。だがそれに救いの手を差し伸べていたが闇社会最強の電脳犯罪者である神電である。
日夜、あらゆる手段を講じて、ハイヘイズの子らを救うべく奔走していたシェンであったが、何故かこの日だけは現れなかった。当然このままではラフマニの拒絶反応には間に合わない。万策尽きたかに思われたその時であった。
神はハイヘイズの子らを見放しては居なかったのだ。
「大丈夫か!」
その言葉と同時に姿を表したのが、東京アバディーンの一角に住している非合法医の一人――元軍医のマイケル・ピーターソンである。
彼はベルトコーネ襲来の噂を聞きつけ、仲間の黒人男性たちと共に事件の場へと駆けつけたのだ。ピーターソンは軍医、それもサイボーグ化兵士の救命処置のエキスパートである。突然の拒絶反応に苦しむ兵士を何百何千と救ってきた。当然ながらラフマニが今見舞われている症状など、彼にしてみれば日常的によくありえる症例の一つである。
そして彼はラフマニを救った。
人種間の偏見の壁に阻まれ、触れ合うことすら無かった彼らが、この最悪の夜を通じて得た新たな絆だったのである。
@ @ @
そこはベルトコーネとの闘争が行われたところから裏通りへと入り込みしばらく歩いた場所であった。まだ周囲では戦闘の喧騒音が鳴り響き、そこが安全ではないことを思い知らせていた。
そこで歩みを停めていたのは、ドクター・ピーターソンと補助の若者たちと治療を受けていたラフマニである。路上にラフマニが布製の簡易担架の上で横たえられている。その周りをドクターともう1人が囲んでいた。
「ドクター、どうします? このままでは――」
言葉を発したのはドクター・ピーターソンに付き添ってきた黒人系の若者であった。
「あぁ、このままでは命の危険がある」
ピーターソンは、布製の簡易担架へと横たえられたラフマニへと視線を走らせる。先程の急性拒絶反応発作の治療を終えてから安全を考えて移動していたのが――
「しくじった! コイツは適合不良予備群だ!」
「拒絶反応や異物反応が出やすい個体ですよね?」
「あぁ、軍用サイボーグでは改造適用を除外するか、拒絶反応対策を念入りに行うんだが闇サイボーグでは無理を承知で改造処置を施すケースがあるんだ。あのシェン・レイがそんな迂闊なことをするはずがないから、やはり生活の利便を考えて二重三重の策を講じた上で手足を修復してやったんだろうが――」
ドクター・ピーターソンはしゃがみ込むと再びラフマニの容態をチェックする。
「――おそらく戦闘行動や無理な運動は避けるように厳命していたはずだ。そうでなければこんなひどい状態にはならん!」
症状初期には嘔吐と痙攣だけであったが、そこに体温低下と脈拍低下が加わっていた。顔面も血色は悪くこのままでは最悪の事態も考えられる。
「アナフィラキシーショックが抑えきれない。急いでわたしの診療所に運んで抗拒絶反応剤の補助薬を投与しないと」
「しかしドクター――」
治療を急ごうとするドクターに対してもう一人の若者の黒人が問いかけてきた。
「――状況は悪化しています。新たな阻害要因が介入してきたようです」
「なんだと?」
「ベルトコーネと言う個体とは他に無差別攻撃を企図している武装集団が確認されてます。迂闊に動くことは命取りです。少なくとも護衛役を要請しないと」
もう一人の補助役の若者には、戦闘経験者の様な身のこなしがあった。おそらく周囲の状況を調査していたのだろう。的確に周囲状況を集めてくる。
「しかしだからと言ってこのままここで放置するわけにはいかん!」
「それではドクター――」
周囲を探っていた方の若者が声を発する。落ち着いた声で、ある種の覚悟を決めていたかのようであった。
「強行突破しますか?」
「それしかあるまい。君はどうだね?」
ドクターの診察の補助をしていた方の若者にも問いただす。だが答えは明白だった。
「覚悟しています」
「すまんな二人とも――」
詫びを入れるように問いかければ、二人は口元に笑みを浮かべながら答える。
「気にしないでください。ドクター」
「俺達も彼と同じようにあなたに命を救われました。あなたのためならなんでもしますよ」
それは心の底からの感謝であった。受けた恩は必ず返す。人として最もシンプルな善意であった。3人に迷いは無かった。そして、ドクターが命じる。
「行くぞ」
その声に応じて二人が布製の簡易担架を持ち上げる。もはや一刻の猶予もならなかった。
だがそこに不意に差し込んできた特徴的なシルエットがあった。
「ん?」
そのシルエットにドクターたちが目を凝らす。若者の一人が声を発する。
「襲撃者か?」
敵の正体がわからぬ以上当然の対応だった。残る一人が片手で護身用の拳銃を取り出そうとする。と、その時である。
「そこの者たち、難儀しているようであるな? 手助けが必要かな?」
コミカルな芝居がかった老人の声を発して問いかけてきたのは、その特徴的なシルエットの方である。
そのシルエットはまるでおとぎ話の寸足らずの老騎士のようであった。
プロポーションは三頭身で頭はたてがみ付きの煤けた鈍銀色のフルフェイスの兜、全身鎧で寸足らずの胴体の下には太くがっしりした大きめの足がある。両腕にはごついガントレットが嵌められ、背中には擦り切れたマントがたなびいていた。
そしてその右手には彼の身長よりも大きい2mほどの馬上槍=ランスが握られていた。
その傍らには同じように背の低い幾分小太りのドワーフの様なシルエット。体全体をフード付きのマントで覆っており正体は見えにくい。だが露出した手足からは彼も鎧のような鈍銀色の装甲で覆われているのが解る。せむしで腰が低く、隣の老騎士の従者と言った面持ちである。
そしてランスを手にしていた老騎士が声を発した。それは一切の敵意を感じさせない落ち着いた老齢の達者な人物の声である。
「我輩は放浪の騎士タウゼントである。仔細あってかかる難事を解決せんと馳せ参じた。聞けばそこの少年を移送するために案内役が必要な様子。我が従者のパイチェスをつけるがいかがかな?」
古風かつ丁寧な言い回し。またあまりにも芝居めいて居るが故に、これが悪意を持って行動する者のそれとは到底思えなかった。だが場違いと言えば場違いである。驚き、戸惑いつつも、ドクターは即座に眼前の人物の真贋を見極めようとしていた。
「タウゼントと言ったな。どこから来た?」
内心繊細に選んだ言葉を投げかける。その問いにタウゼントは明確に答える。
「我ら〝クラウン様〟の配下である。我が主人よりこの街に降り掛かった災難から市民を助けるように仰せつかっている。不審がるのは当然である。だが案ずるがよい、我らは低俗な快楽は求めておらん」
クラウン――非合法な世界に片足を入れているならば嫌でも聞かねばならない名前だった。その家臣なのだ警戒して然るべきであった。
「低俗な快楽か――ならば何を求める?」
ドクターが改めて問えばタウゼントは笑い声を交えながら誇らしく告げる。
「我が求めるのは〝人々の笑顔〟、表に居ても、裏に居ても――それは決して変わらん」
「なるほど笑顔か」
よどみ無くタウゼントの意思は告げられる。そして彼は表と裏という言葉を使った。それをドクターははにかみながら受け入れる。
「わかった。貴方を信じよう。従者の方に案内を頼む。表通りにまで出られれば安全は確保できるはずだ」
そう告げながらドクターは二人の若者に視線で同意を求める。無論、拒否するような所作は一切見られなかった。
「うむ。心得た! パイチェス! この御仁たちを安全な場所まで案内いたせ。可及的速やかにな」
「かしこまりました! ご主人様!」
タウゼントに命じられてパイチェスは歩き出す。そして簡易担架を運ぶ二人を手招きした。
「ささ! こちらへ!」
そしてドクターも二人に声をかけた。
「先に行ってくれ。すぐに後を追う」
その声に頷き返して二人はパイチェスに導かれてラフマニを運んでいく。その後に残されたのはドクター・ピーターソンと、オンボロ老騎士のタウゼントだけである。
「よし。これであいつらの方はなんとかなるな」
「そうであるな。軍医どのよ」
〝軍医〟――タウゼントはたしかにそう告げた。ピーターソンはタウゼントに冷静な面持ちでこう問いかけたのだ。
「これで誰にも悟られずに話せますな。一つお聞きしたい。あなた、サイボーグですね?」
それは敵意と疑念を持っての追求ではない。ただ心の片隅に引っかかった物を問いかけたいだけの追求だった。
「動きに人間の意思が介在した様な特徴がある。小型ロボットでは出せない人間的な神経動作にもとずく身のこなしだ。あなたは元は――いえサイボーグではあるがその中身は〝人間〟ですね?」
「なぜそう分かる?」
「これでも戦場で何百、いや何千ものクランケを見てきた。人間とそうでない物の区別は大体つきます」
それは確かな実績と経験に基づく判断だった。来る日も来る日も、硝煙と爆轟漂う戦地にて極限の命を看取り続けてきた老医師であるが故に下せる判断だったのだ。ドクター・ピーターソンのその問いかけにタウゼントはかすかに頷くと歩みを進め、ドクターへと向き直って声を発した。
そしてその声は老いた老騎士のそれではなく――
「お久ぶりですね。ドクター・ピーターソン」
――若々しい青年男性のそれだったのである。
「ゆえあって名乗れませんが、わたしはあなたに救っていただいた者の一人です」
にわかには信じがたい。だが厳然たる事実。その意外な正体にさしものドクターも絶句せざるを得なかった。その反応をしてタウゼントは笑いながらつげる。
「はは、驚いてらっしゃいますね。無理もありません。この姿で中身が人間だとは到底思えませんから」
明るく語るその声にドクターは気持ちを意図的に落ち着けると改めて問いかける。
「かつての戦地は?」
その問いにタウゼントは微かにうなずく。
「中東です。シリアやイラク周辺でテロ対策任務に当たっていました」
「最初に肉体を失ったのは?」
「地雷です。右足を全て、左足を膝から下です。サイボーグ化したのですがあのラフマニという若者みたいに適合性が悪くて――、ドクターには本当に世話になりました」
その語られた事実からその彼の素性がおぼろげながら見えてきていた。だが――
「いや礼には及ばん。それに君が誰なのかは――」
そこまで告げてピーターソンは顔を左右に振る。
「いやそれは問うまい。尋ねれば君がその姿に己をやつしている理由を踏みにじることになる。だが一つだけ聞かせてくれ」
「何でしょう?」
不思議そうにタウゼントが問い返す。それに対してピーターソンは言葉を選びながら尋ね返す。それには人として相手の苦痛を思いやる労りに満ちていた。
「辛くはないのかね?」
人として最低限の尊厳すら担保できないようなその正体に思わず尋ねずには居られなかったのだ。だがタウゼントは嘆くこと無くふざけること無く、明朗に淡々と答える。
「辛さですか――、辛くないと言えば嘘になります。身体の殆どを失っていて幻影痛が、首から下の全てで発生します。幻影痛の発生を抑えるために、身体のパーツを制限してあえてこのような姿をしています。必要な時以外は五体満足な姿になれません」
「全身のファントムペイン――」
そのあまりに壮絶過ぎる事実にドクターはそれ以上の言葉を失うしか無かった。
「でもね? ドクター。同情は要りませんよ」
その声には笑いが込められていた。
「ボクは人としての尊厳を全て奪われた状態で、あの死の道化師に救われました。そしてこう問いかけられたんです。『人としての幸せを取り戻すことは二度と叶いません。ですが、道化として世の人々に笑顔と笑いを届けることは出来るはずです。貴方にその意志があるのなら、私とともに道化になりませんか?』――とね」
「そしてその姿に?」
タウゼントははっきりと頷いた。
「今のボクは老いぼれの放浪騎士のタウゼントとパイチェス――人々を笑わせて和んでもらうことが生きがいです。そして闇に潜れば、人として捨ててはならない物を捨て去った愚か者たちを断罪する鋼の騎士のタウゼント――、ボクは今の自分に誇りを持っています。ですからドクター」
「………」
タウゼントに改めて問いかけられてピーターソンは頷いていた。
「少しでも多くの命を救ってあげてください。なぜなら――あの人の言い方をするなら『この世はとてもとても小狡く出来ている』のですから。その狡さに苦しめられている人々を少しでも守ってあげてください」
この世はとても小狡く出来ている――その言葉にうなずかざるを得なかった。
「ならばタウゼント卿よ」
ピーターソンは眼前の老騎士に尊称を加えてその名を呼ぶ。
「いつかこの世に安寧が訪れて、こんなふざけた島が不要となった時、君の本当の名を教えてくれんかね?」
そう問いかけられて、タウゼントは右手に握った馬上槍を縦に構えた。
「この槍に誓って、必ずお約束します」
「そうか」
ピーターソンは声を震わせながらタウゼントと見つめ合う。
「ならば私はこの町でその時が来るまで医者を続けていよう」
「はい、いつか必ず」
タウゼントの返す答えにピーターソンは右手を掲げて敬礼をしていた。かつては同じ軍という場所で命を支え合った戦友であったのだから。
そして、過去を懐かしむ時間は終わる。タウゼントの声はいつもの老騎士のしわがれ声に戻っていたのだ。タウゼントは歩き出しながら告げる。
「では! コレにて失礼する! 軍医どのも急いでここから離れよ!」
「えぇ、そうさせていただきます。それからタウゼント卿――」
それは最後の問いかけ。タウゼントが足を停めて振り返った。
「あなたに神のご加護があらんことを――」
その言葉にタウゼントは頷くと再び走り出す。そして、両足の底から青白い炎を吹き出し始めた。その小さなシルエットは夜空へと舞い上がる。向かう先は理不尽が襲う荒れ地の戦場である。
その姿を見送りながらピーターソンは一人つぶやいた。
「おそらく残っているのは頭部とわずかばかりの内部臓器だけだろう。それでも彼は――」
大きく息を吸い込み吐き出しながら告げた。
「人間だ」
その言葉を残しながらドクターもまた走り去ったのである。
@ @ @
散発的に9ミリ弾の射撃が続く。それは無駄なあがきだったのかもしれない。所有していた武器が攻撃対象に対してあまりにも不似合いだったのは否めない。9ミリ電磁放電セラミック弾はサイボーグやアンドロイドを対象とした弾丸である。退却するのが賢明な判断だったかもしれない。
それだけは絶対にできなかった。
彼らは静かなる男である。そして、誇りあるロシア軍人である。
マフィアの尖兵に身をやつしているとは言え、その身に刻まれた誇りまでは汚されない。
彼らもまた護るもの。
誇りを、
尊厳を、
同胞を、
そして、命を――
彼らは護るために今日の境遇を受け入れたのだ。
彼らは知っている。
失うことを、
残されることを、
悔やむことを、
傷つくことを、
後悔することを、
抗うことを、
足掻くことを、
受け継ぐことを、
そして〝戦う〟事の意味を。
彼らは静かなる男たち。ロシア軍人としての誇りある過去を背負いし男たちである
彼らは武器を取る。
怒りをこめて、
闘志をこめて、
誇りをかけて、
慈しみをこめて、
そこに諦めという言葉は存在しなかったのである。
ネット回線越しに指令が交わされる。指揮官であるウラジスノフが負傷している今、ステルス戦闘を指揮しているのはウラジスノフの副官を務める男――ボリスである。ウラジスノフより背丈は低いがガッチリした体型であり顎髭が目立ついかつい印象の男である。
〔弾種変更! 重比重フレシェット弾だ! 敵の頭部を集中的にねらえ! 首から下は撃っても無駄だ! ステルス機能深度をレベルⅢに深化! なお同軍誤射防止の相互視認ができなくなる! 相互位置の把握は慎重に行なえ!〕
〔да!〕
戦場において兵が討ち倒されるのは当然のことだ。死を悼むのは戦いが終わってからでいい。今成すことは敵を倒す事、そして、背後の存在を護ること。
彼らの名は|Тихий человек《チーヒィ チラヴィエーク》――静かなる男――
ステルス戦闘を得意とする生粋の誇りあるロシア軍人である。
――ブンッ――
微かな電子音を残渣として残して彼らの姿は完全に見えなくなった。ステルス機能の処理深度をさらに高度化させたのだ。たしかにこれなら敵からは視認はさらに困難になる。だが同士討ちを防止するための同軍の視認処理がカットされるため仲間であっても相互位置の把握はより困難になる。位置関係を失念すれば仲間を撃つ危険すらあるのだ。
だが、彼らはそれを実行した。全ては生き残り勝ち得るためにである。
かたや襲撃者である情報戦特化小隊隊員の権田の目からは急速に見えなくなっていく。
「ちっ! 小細工しやがって!」
権田は思ず吐き捨てる。それまでおぼろげなシルエットとして視認できていたのだが今や完璧に見えなくなっていた。権田は装甲スーツの視覚システムをチェックする。
【 視覚系統合センサー系統チェック 】
【 光学ステルス映像スクランブル制御 】
【 インタラプト処理ロジック再調整 】
【 プロトコルパターン 】
【 ファイル#0021から#1204まで 】
【 高速照合処理実行 】
ステルス戦闘をより優位に戦うためには敵の位置を完全に先んじて把握するしか無い。
今や情報戦特化小隊のステルス装備はシェン・レイにより無効化されたが、それでも権田の装備の持つ防御力はそのハンデを物ともしないくらいに頑強であった。
そして彼が優位性を保持しているにはもう一つの理由があったのだ。
「へへ――、そんなんで逃げれるかよ!」
下卑た笑いを漏らしながらシステムからのメッセージを待てば十秒も待たずに結果は出る。
【 適合プロトコルパターン 】
【 ファイル#0437にマッチング 】
【 ステルス処理機能クラッキング成功 】
【 攻撃目標シルエット光学インポーズ 】
それは情報戦特化小隊の彼らだけが持ちうる機能だった。
人間が作り上げたものである以上、それを崩す方法は必ず存在している。ただその方法が簡単か困難かの違いにすぎないのだ。そして――
「ビンゴ! 丸見えだぜぇ!」
彼らのバックには強力な技術力が存在している。世界中に存在する数多のステルス機能システムのプロトコルフォーマット。その膨大なバリエーションに対するデータベース――それは一介の闇社会の住人たちには到底手が出るものではない。絶大な技術力と機動力――それがあって初めて成し得るものだったのである。
権田の視界に浮かび上がったもの――それはステルス処理を強化したはずの静かなる男たちのシルエットだ。おぼろげな輪郭ではなく、今度は熱サーモグラフィー処理がネガ・ポジ反転したかの様な映像だった。無論、攻撃をするためには位置さえわかればいい。その詳細が姿形が分かる必要は無かったのである。
「1,2,3,4――、まだ居るがとりあえずはここから行くか」
そう言葉を漏らしたときだ。
――バババッ――
重く響く音がする。サブマシンガンPP-90の9ミリ弾の発射音。比重の重い重金属によるニードル状の球を十数本ほど束ねたもので、装甲の貫通能力が極めて優れている弾丸だ。
重比重フレシェット弾と呼ばれ、装甲スーツや防護シールドの突破と破壊を目的とした弾だ。これならダメージを与えることも可能だろう。
――ギッ! ギギンッ!――
装甲の表面が削られたかのような音が響く。単に傷をつけたという程度ではない。連続で同じ場所にくらい続ければ貫通されかねない。権田は不意に危機感を覚える。
「この野郎!」
ヘルメットの中で毒づいた権田が、両脚の抗地磁気反発加速システムを再起動させる。速やかに移動速度は上昇し視認に成功した4体の中の1人にターゲットを絞る。その敵意の向かう先は――
「俺のハンマーからは誰も逃げられねぇ!」
――副官のボルツだったのである。
ボルツは信じがたいものを目の当たりにしていた。
敵がこちらを捕らえている。
敵が攻撃対象を補足している。
敵がこちらのステルスを喝破している。
「ば、ばかな? ステルス戦闘はロシアが最高峰のはず――ステルス深度レベルⅢは破られていないはずだ!」
だがそれは事実だ。敵である権田は確かにレベルⅢステルスを見破っていたのである。
焦り、驚き――指揮官の動揺は部隊全体へと伝わる。攻撃に乱れが生じつつあった。敵の行動を封じていた囲みは敗れようとしていたのである。
「どうした? 露助野郎? 自慢のステルス戦闘が見抜かれたんでビックリしちゃったかぁ? ああん? いいか、教えてやるよ! 技術っていうのはなぁ!――」
そのタイミングで振りかぶられたのはあの電磁破砕ハンマーだ。青白い電磁火花をほとばしらせながら権田はハンマーの狙いを定める。
「常に進歩するんだよぉおおお!!」
そこに復讐と憎悪に己を狂わせた男の雄叫びが響いたのである。
@ @ @
【 両脚部内高圧電磁イオンプラズマジェット 】
【 >出力上昇〔+46%〕 】
擦り切れたマントをたなびかせて老騎士がいく。
滑稽劇の主人公として、コメディドラマの寸劇を演じるものとして、彼は日々を暮らしている。だが、その鎧に秘められた思いは作り物ではない。そのランスに掲げた正義は偽りではない。
彼は鋼の騎士。誇りある武人。その眼下に戦場を見ていたが、そこには惨殺死体として2つの命が失われていた。いずれも巨大な鉄塊による圧殺だった。
「おのれ! 命を何だと思っておる!」
度し難い怒りに身を震わせながら狂気の主を探せば、現代的な黒い鎧を身にまとったその男は3人目の犠牲者を産もうとしていたところである。彼の下へと進路を変える。
それは3つ目の血痕となるはずであった。狂気のハンマーは振り下ろされ、無慈悲な殺戮を続けるはずであった。だが――
「む? いかん!」
――それを阻止する力は確かに存在した。飛行軌道をカーブさせて、彼は権田とボルツの下へと舞い降りようとしていたのである。
@ @ @
そしてボルツ目掛けて、電磁破砕ハンマーは一気に振り下ろされる。
「潰れろ! 老いぼれ!」
権田は今まさに薄汚れた歓喜の声をあげた。だが――
――ガギイイィィン!!――
――ハンマーは勢い良く弾かれる。振り下ろされた軌道は変えられ、ボルツの傍らの地面へと振り下ろされていた。
「なっ!? なんだ?!」
突然に襲ってきた衝撃に不意を突かれて周囲を見回せば、そこに信じがたいモノを彼は見ることになる。
ソレはコミックかRPGから抜け出したようなシルエットで、しわがれた老いた声で語りかけてきた。
「なんだと聞かれて答えぬわけにはいかぬなぁ?」
右手に握りしめていた巨大な馬上槍を後方へと引くと、それを突き出しながら権田へと突進する。ランスの先端が権田の装甲スーツの上で壮烈な電磁火花を吹き上げた。
「くそっ!」
体制を整えるため権田は一旦、一歩下がる。そして突然に空から襲ってきた新た敵の姿をその目に焼き付ける事になる。それは滑稽すぎるほどに滑稽であり、到底、ふざけているとしか思えない姿であった。
そのシルエットはまるでおとぎ話の寸足らずの老騎士のようであった。
プロポーションは三頭身で頭はたてがみ付きの煤けた鈍銀色のフルフェイスの兜、全身鎧で寸足らずの胴体の下には太くがっしりした大きめの足がある。両腕にはごついガントレットが嵌められ、背中には擦り切れたマントがたなびいていた。
そしてその右手には彼の身長よりも大きい2mほどの馬上槍=ランスが握られていた。
その太くがっしりした両足の底部から銀色に光り輝く電磁プラズマを噴射し飛行能力としている。コミカルかつユニークなシルエットではあったが、それはまさに戦う者の姿だ。
彼は告げる。己の名を――
それは切り刻まれた身体であっても、誇り高く生きるという自己存在の証明である。
「我が名はタウゼント! 誇り高き遊歴の騎士である! かかるに、この理不尽見過ごせてはおけぬ!」
それは道化である。滑稽ですらある。場違いと言ってもいいだろう。
だがその姿に秘められた闘志は本物であった。
それはまさに――
「なんだ! てめぇは! ドン・キホーテのつもりかぁ!」
――現代を生きる正義の騎士。
権田は電磁破砕ハンマーを振りかぶるとタウゼント目掛けて振り下ろす。ハンマーの先端がタウゼントを捕らえたかと思った瞬間、そのシルエットは残像を残して掻き消える。次の瞬間、タウゼントのランスは勢い良くスイングされて権田の頭部を真正面から痛打する。その衝撃で権田は後方へと昏倒させられたのだ。
その権田へとタウゼントの声が投げかけられた。
「来い! ワシが直々に相手をいたす! 貴様のそのネジ曲がった魂、矯正してくれる! いざ、尋常に勝負!!」
それはまさにドン・キホーテ――
そしてここでもまた一つの戦いが始まったのである。

















