サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part37『凶刃と凶弾と凶拳と』
特攻装警グラウザー第二章サイドB第1話
魔窟の洋上楼閣都市37
『凶刃と凶弾と凶拳と』
スタートです
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そこは実験場である。
敵と味方、合法と違法、悪意と善意、無力と暴力、
様々な意思と立場とが絡み合い、運命の科学反応を示していた。
そこは人々の善意の最後の砦である。
決して交わり得ないはずの者たちが最悪の状況を回避すべく手と手を携えて戦列を組もうとしていた。
そこは欲望の発動装置である。
他人の運命などどこ吹く風、自分がただ利益を得たいがために、そして自分勝手な理想を成就させたいがために、目障りな弱者を消し去りたいがために、十重二十重に悪意の時限装置を仕掛けようとしていた。
罠を仕掛けた者の更にその背後に罠がある。
コレならば解決できると掴んだ希望が偽物である可能性もある。
そこは実験場にして、砦にして、発動装置にして、罠である。
そして今――、その仕掛けられた罠を発動させようとする黒い悪意が行動を開始していたのである。
彼らの名は武装警官部隊・盤古、情報戦特化小隊
自らを戦闘と破壊と報復のために作り変え、人であることを放棄した者たちである。
彼らの悪意は今なお、止まることは無かったのだ。
@ @ @
一人の男が吐き捨てる。感情を押し殺した中に、滾るような情念がマグマのように煮立っている――、そんな語り口の男だった。
「返り討ちと敵前逃亡――クズ二匹が。やはり戦いの矢面に立たない者は使えんな」
そして思考の中で思いを巡らせるとある決断をする。
「よし」
シンプルにつぶやくと隊員たちに向けて体内回線を接続し一斉通話した。
〔副隊長・真白より全員に告ぐ。第1小隊用の支援ヘリが無断離脱した。よって第2小隊に回収任務の支援要請を行う。回収時点であらためて一斉送信する。各自回収時点まで所定の任務を続行しろ。なお、第2小隊による回収も困難となったら、各自の判断で離脱、作戦領域から脱出しろ〕
そして真白は体内情報システムをフル稼働させると、その視覚空間内に必要情報を投影する。
【 リアルタイム3Dマップデータ 】
【 対象エリア:有明洋上埋立地 】
【 同期投影情報: 】
【 >当該領域、人的存在一覧 】
【 >犯罪組織構成員 】
【 ≫ゼムリ・ブラトヤ戦闘員 】
【 静かなる男残り数21名 】
【 ≫無戸籍混血孤児:俗称ハイヘイズ 】
【 総数不明、視認推定数9名前後 】
【 ≫他、当該エリア不法滞在住民 】
【 所属ソサエティ等詳細10名前後 】
【 ≫所属違法組織等不明者 】
【 10国籍・民族不定、10名前後 】
【 】
【 >他、白人系青年女子数名確認情報あり 】
真白の頭脳には他の隊員たちや街頭カメラ付近のエリアに展開しておいたステルスドローンなどから得られた情報を元に、現時点での判明情報をリストアップしてマップデータ上にマッピングしていく。
隊長字田が特攻装警たちとやりあっている辺りの各所にゼムリ・ブラトヤの戦闘員たちがおり、ハイヘイズとか言う身元不明の孤児たちが逃げ遅れて隠れているのが確認できている。さらには複数の異なる組織の犯罪組織構成員が偵察行動のためなのだろうか、そこかしこに身を隠しているのが解る。このエリアにねぐらを持っている不法滞在外国人も居るのだろう。逃げ遅れが何名身を隠しているのが視認できている。さらには詳細不明な白人系の少女の存在も視認されている。
真白はそれらのデータを隊員たちと共有しながら指示を下す。
〔全員に告ぐ。今、共有マップデータにてマッピングした当該人物リストは違法性の高い残留者だ。逮捕保護する必要はない。見つけ次第殺害しろ。それとネズミ5、ネズミ6――〕
真白が問いかけるのはネット技術者の亀中と、トラップエキスパートの蒼紫だ。
〔こちら、ネズミ5〕
〔同じく、ネズミ6〕
〔現作戦領域、並びに隣接市街区域に対して有効な都市無力化トラップを発動させろ。破壊行動は当初の暴走促進対象であるベルトコーネに確実に行わせる。お前らはこのエリアに集まっているクズどもや、周辺地域に住み着いているゴロツキたちを露払いとして一網打尽にしろ〕
〔ネズミ6、手段は?〕
〔任せる〕
〔了解、ネズミ5とともに、自立駆動ロボット体を同時展開、同ロボット体によりナノマシン人造ウィルスを現作戦領域、並びに隣接市街区域に同時散布します。散布後作人造ウィルス動開始予定は8分後とします〕
〔よし速やかに実行しろ。他のネズミは抵抗する者たちを強制排除しろ〕
〔ネズミ3、子どもたちは?〕
〔所詮、犯罪予備軍だ。処分だ〕
隊員が投げかけてきた疑問に真白は一切迷いなく答えた。法の基準を満たさないのなら、彼らには子供ですら抹消対象なのだ。粛清された財津は快楽殺人だったが、彼らは治安維持行動を大義名分とした粛清だ。一見異なるようにみえるが、自分勝手な思想と願望による行動と言う意味では何の違いもない。
もっともそんな事に気づく彼らではない。
〔ネズミ2、了解〕
〔ネズミ3、了解〕
ネズミ2は柳生、狂える剣士。ネズミ3は権田、暴走する怪力魔だ。だがもうひとり残っていた。
〔ネズミ4からネズミ1へ〕
〔なんだ〕
〔新たに作戦域への侵入者を確認。数は4名。退避中と思われます〕
ネズミ4は南城、復讐の鬼女と化した女だ。マップデータ上に彼女が確認した相手をディスプレイする。
【 ファミリア・デラ・サングレ構成員 】
【 中南米系・女性4名視認 】
クラウンの下から離れて、ペガソのところへと向かう途上のペラの女性たちだ。流石にペガソの親衛隊クラスだと名前と顔が知れ渡ってしまっている。
〔どうします?〕
〔それは俺が引き受ける。お前は所定の掃討活動を続行しろ〕
真白がそう告げるとネット越しに舌打ちするかのような音がした。
〔ネズミ4、了解〕
渋々ながらの承諾なのはすぐに判った。女は女を憎悪しやすい。それがカリスマ頭首に可愛がられている美女のサイボーグ集団となれば、女の幸せを破壊された己の境遇との格差で憎悪が暴走するのは日の目を見るより明らかだ。作戦の総合的な遂行に支障が出る。ここは自分が行くべきだと真白は判断していた。
〔よし、隊長の戦闘状況を鑑みながら各自行動しろ。行け〕
そして真白の言葉を受けて、各ネズミたちからネット経由で確認信号が送られる。
【 作戦行動確認シグナル〝MOA〟 】
【 ネズミ2よりネズミ5まで確認完了 】
MOA――Maneuvers Overview Acceptanceの略号で非音声シグナルにおける、作戦行動受諾の確認意思を伝える規定信号の一つだ。それが全員分揃ったのを真白は確認する。
「よし――」
真白も行動を開始した。
彼らは黒い盤古――犯罪を憎悪し、犯罪を生み出す素因を憎悪し、それらの地上からの根絶を心から願う者たち。そしてその手段には一切の人間的な慈悲は存在しないのである。
@ @ @
大都市東京の空を行く静音ローターヘリの機影がある。
その数3機――
一つは千葉、成田国際空港のヘリポートから飛来
一つは神奈川、横浜ヘリポートから飛来
もう一つは埼玉、入間基地からの飛来であった。
それぞれがそれぞれに機体の脇に『盤古千葉大隊』『盤古神奈川大隊』『盤古埼玉大隊』の銘が記されてあった。
千葉大隊のヘリに同乗しているのは大石拳伍、フィールを擁する警備1課の課長だ。
神奈川大隊のヘリに同乗しているのは小野川康典、センチュリーを擁する少年犯罪課課長である。
そして埼玉大隊のヘリに同乗しているのは――
「ご協力感謝いたします」
その人物は低い落ち着いた声で問いかけていた。声の主は近衛仁一、警備部警備1課の課長にしてエリオットの監督役である男だ。その近衛の問いかけに答えるのは、ヘリに搭乗している盤古隊員たちを統括する臨時小隊長を務める男だった。
「いえ、礼には及びませんよ。本来なら我々が自分たち自身で対処せねばならない問題なのですから」
その男はひどく落ち着いた声で答えていた。
武装警官部隊・盤古、埼玉大隊大隊長・檜枝枝聖人――、東京大隊の妻木と並んで名の知られた大隊長資格者であり、妻木同様に盤古と特攻装警の存在意義について深く理解している人物であった。
「〝あの連中〟は盤古のみならず、警察組織そのものの歪みと言っていい。あんなものを生み出してしまった事自体がそもそもの過ちなのです」
「確かに――、戦後の警察行政が生み出した最悪の亡霊たちです。だがその亡霊たちにこれ以上好き勝手をさせる訳にはいかない」
「えぇ――」
近衛の言葉に檜枝枝はしっかりと頷く。彼の中には確固たる確信があった。
「たとえ非合法な在留者と言えどかけがえのない人命であることに変わりはない。あまつさえ異国のテロリストの置き土産を看過し、これを暴走を許す事など警察としての根本たる矜持すらも捨ててしまったに等しい。もはや彼らは――」
そして檜枝枝の視線はヘリの外へと向いていた。視線の先では、東京湾の洋上に浮かぶ不夜城と化したならず者の楽園が煌々と灯りを撒き散らしていた。その異端の街を視界に捉えつつ強く言い放つ。
「情報戦特化小隊は警察ですらありません」
その言葉に近衛は頷いていた。
「まさに、その通りですな」
ヘリの機内には標準武装体の盤古隊員が檜枝以下10名が搭乗していた。檜枝と近衛とが交わした言葉を彼らもじっと聞き入っていた。それを否定する者は誰も居なかった。そして機内に居る者全員に向けて言い含める様に近衛は力強く告げたのだ。
「だからこその〝ヤタガラス〟なのですよ」
その言葉に同意するように檜枝の顔は縦に振られていた。
だが、そんな彼らにパイロットシート隣のコパイロットシートの通信手が声をかけてくる。
「檜枝大隊長」
「なんだ」
「追跡対象のヘリ、情報戦特化小隊の第1小隊ヘリが当該作戦空域から離脱していきます」
「離脱だと?」
「はい。どうやら第1小隊の部隊員たちの回収任務を放棄して、ヘリ単独で逃走した模様です」
「何かトラブルでも起きたようだな」
「おそらくは。ですが詳細までは――」
二人の言葉が交わされていたときだ。近衛が懐に収めていたスマートフォンを取り、極秘通話用の専用アプリを起動して通話を始めていた。どこからか入感があったらしい。
「わたしだ――これは――はい。え? 第1小隊のヘリパイロットから? それで――わかりました。そちらはおまかせいたします。はい」
手短に通話を終えるとスマートフォンを仕舞いながら近衛は檜枝たちの方へと視線を向けた。
「近衛課長。どこからですか?」
落ち着いた声での檜枝の問いかけに近衛も抑揚を抑えた冷静な口調で答える。
「公安4課課長の大戸島君です。第1小隊専用ヘリのパイロットが第1小隊指揮下から単独離脱。公安4課に保護を求めたそうです。現在、公安4課隷下の情報機動隊が保護に動いてます。どうやらまともな奴が一人だけいたらしい。現地で違法組織の構成員と戦闘行動になり、これに敗北し無力化された事で戦意を喪失。負けを認めて自分の意志で投降したそうだ」
「ならば、あの埋立地のスラムに乗り込んでいった連中は、離れ小島に取り残されたわけだ」
もしそうなら彼の今後の行動は大きく変わる。ヘリによる支援戦闘行動を警戒する必要がなくなるため、現地での制圧行動を優先すればいい事になる。だが檜枝の言葉を近衛は否定した。
「いや、そうとも言えない。情報機動隊からとんでもない情報が入ってきました」
「とんでもない?」
訝しげに問い返す檜枝に、近衛は強く言い放つ。
「第1小隊だけでなく黒い盤古の〝第2小隊〟も動いたそうです。横須賀からこちらへと向かう機影が確認されているそうです」
第2小隊――、その言葉に機内の隊員たちが一気にざわめき出した。その動揺を代表するように檜枝は驚きの声を上げた。
「第2小隊? あの人間を捨てた連中が? 馬鹿な! 現在彼らは警視庁の警務部の直接監視下に置かれているはずだ! 彼らは先日、戦闘サイボーグ体の違法適用が物証付きで証明されて国家公安委員会から全ての行動を禁止されている! たとえ公安部と言えど出動を命じれられるはずがない!」
檜枝の驚く様が、近衛の告げた事実の問題の大きさを何よりも証明していた。だが檜枝の必死の抗弁を近衛はあっさりと否定する。最大限の驚きをともなって――
「その国家公安委員会から出動許可が降りたそうです。許可理由は『行動禁止命令の法的根拠となった物証が〝誤りである〟とする新たな証明がなされたから』だそうです。新証拠が提出されたのは今から10分前。その5分後に第1小隊支援のための第2小隊の出動を許可すると電子文書化命令書が発行されています。タイミング的にもあまりにも出来過ぎています。どうやら公安委員会の一部と公安部とで見えない糸がつながっているらしい!」
苛立ちと怒りを伴いながら一気呵成に告げると、近衛は握りこぶしでヘリ機体の室内壁を殴りつけていた。檜枝が言葉を吐く。
「なりふり構わないと言うわけか」
「そのようですな」
「だとしても――」
檜枝はその手にしていたM240E6を改めて構え直した。
「黙ってみているわけには行きません。今、あの〝第2小隊〟のバケモノたちを投入したら、さらに収集がつかなくなってしまう! 絶対に阻止しなければならない!」
だが――
「檜枝大隊長――、本当によろしいのですか?」
近衛の声に檜枝の視線が向けられる。
「あの第2小隊まで動くとなれば制圧行動の難易度は飛躍的に上がる。彼らはもはやサイボーグと呼べる範疇すら超えている。軍事用の戦闘兵器そのものだ。だからこそ刑事警察が死に物狂いで彼らを封じた。それが解き放たれた――、これは警察組織の中に〝人間が死んでも構わない〟と考える悪意の塊が存在していることを意味している」
すなわち、この事態は近衛にも想定外なのだ。ここまで警察組織の内部での〝殺し合い〟に発展するとは想像できていなかったのだ。まさかそれだけはないだろう――と。
しかし、檜枝たち以下10人の男たちは解っていた。そして覚悟ができていた。
彼らこそは〝警察そのもの〟であった。
「愚問ですよ。近衛さん」
檜枝は足元に置かれていた標準武装戦闘スーツ用のヘルメットを片手で拾い上げると、それを片手で装着した。手慣れた動作の檜枝に続き、機内の隊員たちも続々とヘルメットを装着していく。それに続いて標準武装戦闘スーツがスタンバイモードから標準作動モードへと移行する。
時同じくして、コパイロットシートの通信手が語りかけてくる。
「大隊長、通信に入感。非音声シグナルで〝神奈川〟と〝千葉〟より合図です。想定通りに目標地点へと進行中とのこと」
「よし、そのまま計画通りに作戦空域へ突入と伝えろ。極秘行動フォーメーション『ヤタガラス』実行開始だ」
「了解、フォーメーション実行開始シグナル打電します」
盤古は音声による通話を最低限にしており、その代わりに暗号化された非音声シグナルにて作戦行動に関するやりとりを行う。敵対者による通信傍受に対して最大限の対策を講じた結果であった。
〔 FILESNAME:YATAGARASU > A.S.F.C. 〕
〔 YH、A.S.O. 〕
〔 CB、A.S.O. 〕
〔 ALL UNIT S.E.S. 〕
A.S.F.C.はAction synchronized final confirmationの頭文字で行動同期最終確認を意味し、A.S.O.はAction synchronization OKで行動同期準備良し、S.E.S.がStrategy execution startで作戦行動開始を意味する。さらにYHは横浜、CBは千葉の大隊コードだ。
すべての準備は整った。大隊長の檜枝が隊員に告げた。
「準備は整った。これよりルート権限により音声通話を第1種レベルで封鎖する。以後、装備内の非音声シグナルよってのみ意思確認を行う」
「了解!」
「了解!」
檜枝の声に隊員たちが答え、近衛もそれにならって一切の会話をやめた。そして最終確認となる宣言を大隊長の檜枝は下したのだ。
「無線封鎖!」
【 音声無線通信、ルート権限封鎖 ―開始― 】
そして更に檜枝はある非音声シグナルを発信した。盤古のヘルメット装備には装着者の思考をスキャニングし、文字コードへと変換して発信する機能が備えられている。それを用いての通信である。
〔 C.S.E.F.A. 〕
〔 GBC ―F.A.― 〕
C.S.E.F.A.はConfirmation strategy execution final approvalの頭文字。
GBCはGeneral battalion commanderの略である
そして機内に搭乗している人数を確認すれば、埼玉大隊の選抜小隊10名の他に近衛とパイロットと、コパイロットシートの通信手が控えていた。総勢13名である。
今――、埼玉から、千葉から、神奈川から、3つの静音ローターヘリが東京アバディーンへと向かおうとしていたのである。
@ @ @
それはまさに見えざる檻である。
一見すると何も無いかのように見える。だがヘリという形態すらからも遠ざかったそれは小型の静音ローターを無数に装着し徹底した光学ステルスを施した長方形の箱型のシルエットをしていた。
通称『黒い方舟』
それにより運ばれるのは人間ではない。
サイボーグとすら呼べない。
武装警官部隊盤古、情報戦特化小隊第2小隊。
――人間を辞めた連中――
そう侮蔑される者たち。
それは横須賀のとある秘匿施設から離陸すると静かに音もなく、東京アバディーンの方角へと進行を開始した。
黒い方舟――、その中に何があるのか。知る者は皆無である。
@ @ @
そして――、同時刻、横浜の南本牧のコンテナターミナル。
かつて、アトラスやセンチュリーたちが武装暴走族を相手に過酷な戦闘を展開したあの地に佇む2つのシルエットがあった。
一人は人間――、ロングコートとスーツ姿の長髪の日本人だ。
もう一人は全身をフード付きマントで覆った身長2m程の巨大な人形シルエット。
彼らは頭上を見上げていた。人間の肉眼では見えないはずの〝黒い方舟〟を確かにその目で捉えていたのだ。
スーツ姿の彼は頭上を仰ぎ、特殊センサーフィルターの仕込まれたふちなしメガネを通じて空を仰いでいた。電子装置的な光学処理が施されたそのレンズには確かに黒い方舟のシルエットが映っているらしい。
「〝連中〟まで投入するとはな、それほどまでにあの土地が憎いらしい」
彼は黒い方舟を視認すると一人で勝手に納得するかのように軽く頷き、そして歩きだし傍らの巨躯へと語りかけたのだ。
「行くぞ。バルバトス――、弟たちに挨拶だ」
問いかけに対して声では答えなかったが、明らかにその声に反応してスーツ姿の男の後を追って歩き出したのだ。
「バルバトス、〝転移開始〟」
男がそう命じるとフード付きマントのシルエットは微かな電子音を奏でる。そして彼らの歩く先の空間に直方体の光の檻を浮かび上がらせたのである。そして、二人自らその光の檻へと足を踏み入れる。そののち、光の檻の中へと完全に入り込むと、光の檻の中の空間と映像はノイズまみれのモニター画像のように瞬く間に掻き消えていく。
そして、いつしか姿をすっかり消すと同時に、光の檻は僅かな残渣すらも残さずに霧散せしめたである。
彼らが何者なのか、知る者は居ない。
後には無人のコンテナターミナルだけが残されたのである。
@ @ @
黒い盤古――その地上側は隊長の字田をはじめとして、6つに分かれていた。
字田はベルトコーネ暴走を成立させる為にグラウザーと対峙していた。グラウザーこそが現時点で唯一、ベルトコーネ暴走を阻止できる手段と知識を有しているはずだからだ。字田にはベルトコーネの暴走を成立させる事こそが目的となっていたのだ。
蒼紫、亀中のコンビは、この洋上スラムの根本的な抹殺のためのトラップを構築準備に入っていた。建築物や構造物の破壊はベルトコーネが暴走を成立させれば十分に可能だ。彼らの役目はそれ以前に、隣接する区域の不法滞在外国人たちを一切の情状酌量無く殺害処分することだ。そのためにこそ誰にも気づかれぬこと無くナノマシン人造ウィルスの散布システムを構築成立させることが目的であった。
柳生、南城は、彼らの作戦行動の抵抗要因となりうる者たちの殺害排除。静かなる男の構成員や、ハイヘイズの子どもたち、隣接するエリアへと逃げ遅れた住人たちを処分するべく武装を行使しようとしていた。抵抗勢力となりうる存在は少しでも排除しておいたほうがいい。否、犯罪行為の担い手となりうる存在を看過することなど彼らの価値観からすれば許さざる行為なのだ。犯罪組織構成員、無戸籍残留孤児、不法滞在外国人――皆、黒い盤古には〝狩り取るべき獲物〟なのである。
そして真白は、当該作戦域から逃走を図った4人の中南米系の女性たちを追っていた。このエリアから何者も逃さない。そのために敢えて隣接する倉庫街のセクションへと移動しつつあった。真白にとって広いフィールドよりもビルが密集した構造物のあるエリアこそが最も得意とする場所だからだ。たとえ数で劣っていても彼の能力なら劣勢を瞬時に逆転させる事が可能なはずなのだ。彼もまた狩猟者としての本能を開放しつつあったのだ。
そこに人間的な情緒はない。救いようのない怨讐の果てに彼らの価値観と相反する存在をひたすら消去しようと進軍するのみである。彼らは駒である。蹂躙する駒である。彼らの行動を阻害するものを蹂躙し、地上から排除するためだけに先鋭化し連携し続ける禍々しき駒である。
その邪悪なる駒の一つ――
その手に握るのは日本刀の形状を模している超高機能切断ツール。名称は『荒神』
高周波振動ブレードに電磁破砕素子を組み込んだもので厚さ数十センチの鋼板すら切り裂く威力を有する。だが、それだけに取扱は非常に困難であり、その性能を十二分に発揮するには所持者自身にも優れたスキルが要求される。現時点で盤古はもとより警察組織内でも、この切断ツールを使いこなせた者は皆無であった。
それ故に荒ぶる神――『荒神』の名が与えられたのである。
そしてここに、その荒ぶる神を唯一完全に使いこなせる男が居た。
武装警官部隊盤古・情報戦特化小隊第1小隊戦闘員・柳生常博――
盤古入隊以前から警視庁内部でも指折りの剣術家として知られた男であった。その彼が電磁ブレード『荒神』を手にした時には、すでに彼は〝闇落ち〟していた後だったのである。
負傷により両眼の視力と全身の運動機能にハンデを負った彼は、失われた力を取り戻すかの様に情報戦特化小隊の闇へと自ら足を踏み入れたのである。
そして彼は一切の正義を捨てた。彼に残ったのは――
『敵を斬る』
――ただそれだけであった。
今、彼は新たな敵と対峙していた。彼の前に立ちはだかった敵の名は特攻装警第3号機センチュリー――、大田原国包と言う有数の格闘家を師に持つ特攻装警きっての拳法家でもあった。そして――
「柳生さんよ。大田原の師匠に詫びる言葉は有るかい?」
センチュリーはステルスで姿を秘匿していた柳生へと問いかける。返ってきたのはただ一言――
「愚問」
――センチュリーが内に秘めた怒りの一切を突き放す無情なものであった。
「そうかい」
センチュリーは残された左腕の拳をしっかりと握り直した。敵をその正拳で撃破するため拳を固め直したのだ。その拳を構えながらセンチュリーは告げたのである。
「俺達は法を守り市民を守る。そのために技を磨いてきた。堕ちた太刀筋しか持たねえアンタは死んで詫びるべきだ。俺達の共通の師匠――、大田原のオヤジになぁ!」
柳生のその剣技の師となり、センチュリーの格闘の師となっていたのは、あの大田原国包・格闘技術指導役であった。柳生とセンチュリーは兄弟弟子と呼べる間柄だったのである。それは絶対に避けえぬ勝負であった。
センチュリーにとってそれは絶対に断ち切らねばならない『堕ちた剣』だったのである。
@ @ @
そしてもう一人――
この荒れ狂う戦場を神の視座で見つめる者が居た。
特S級の電脳犯罪者、神の雷の名をほしいままにする男、シェン・レイである。
彼には解っていた。この戦場に集うものたちが行使する〝ステルス機能〟――これこそが最大の武器であり、障害でもあった。
黒い盤古たちのステルス機能の排除無くして戦闘を優位に進めることは不可能だ。
だがまさに今、シェン・レイは、その持てる電脳技術をフルに駆使しようとしていた。
「黒い侵入者ども――、思い知るがいい。その思い上がりの愚かさと罪の重さを!」
そして、空間上にホログラム展開されたヴァーチャルキーボードで操作を開始する。さらに何処かへと声をかけたのである。
〔イオタ? 準備はいいか?〕
その問いかけにあの猫耳少女のイオタが答える。
〔うん! 準備いいよ! 全てのゼータをインビジブルモードで所定位置に配置完了。いつでも〝あいつら〟の隠れ蓑を壊せるよ!〕
〔よし、こちらでも補足した。そのまま待機だ〕
〔オッケー!〕
〔タウゼント卿も、準備はよろしいか?〕
その問いかけに答えたのは、もう一つのクラウンの配下。ドン・キホーテの如き老いぼれ騎士のタウゼントである。
〔おまかせである! 老兵たちや子供らの命は引き受けた!〕
〔よし! 反撃の準備は整った! ステルスシステムクラッキングのオペレーションを開始する!〕
それはまさに字田も近衛もグラウザーですらも知らぬ所ではじめられた反撃だったのである。今まさに決戦の火蓋は切って落とされたのである。

















