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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第5部『死闘編』
118/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part36『死の道化師・黒の巨人』

死の道化師と人は呼ぶ……


特攻装警グラウザー

第二章サイドB第一話

魔窟の洋上楼閣都市 Part36

『死の道化師・黒の巨人』 スタートです

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『メキシコの血の惨劇』


 そう呼ばれた悪夢の一夜がある。

 今から4年前、中央アメリカメキシコ国、その首都であるメキシコシティから西方へ200キロほど向かえば、そこはミチョアカン州と呼ばれる農村地帯だ。経済程度は悪く、貧しい者が6割を超える。そしてそれは多くが麻薬などの犯罪産業に加担することで生活利益を得ている状態である。

 

 テンプル騎士団

 ファミリア・ミチョアカナ

 ハリスコ新世代

 ベルトラン・レイバ

 そして――ロス・セタス


 名だたる麻薬組織がしのぎを削り、メキシコ正規軍ですら手を出せない程の高度な武装で、文字通り血で血を洗う抗争が舞夜の如く繰り広げられていた。

 治安回復を目指した市長は尽く命の危険に晒された。その麻薬抗争に引きずられるようにメキシコの治安は瞬く間に悪化していく。そしていつしか隣国アメリカからは麻薬と違法入国者の供給源として蛇蝎のように嫌われることとなる。

 無論、政府や市民も手をこまねいていたわけではない。時の大統領の指示でメキシコ正規軍と市民自衛団が連携して、麻薬組織のボスが殺害され、それが治安奪回の象徴としてプロパガンダとして喧伝される。しかし組織の実体は壊滅すらしておらず、正体不明の病原体のようにミチョアカンと言うメキシコ中西部のそのエリアを食い荒らし続けたのだ。そして、治安回復の切り札であったはずの自警団も、新たなる麻薬犯罪の担い手として、反社会勢力を牛耳るようになる。文字通り『ミイラ取りがミイラになる』と言う有様である。

 

 今や、治安回復の決定打となるものは何もなく、生き残るために武器を取り、生き残るために犯罪に手を染める。そして自らを守るために集団化する――、絶対的な解決はない。それがメキシコにかぎらず中央アメリカ一帯の様々な国にはびこる〝悪〟の現実であるのだ。

 

 だがそれは2036年の9月15日・独立記念日の深夜、突如としてこの国は一変することとなるのだ。

 

『メキシコ・血の惨劇』


――それは独立記念日の夜にミチョアカン州各地の農村地帯から始まった。

 はじめは麻薬関連組織の小競り合いだと誰もが思っていた。だが戦闘は縮小せず、夜を徹して散発的な戦闘は拡大を続けていく。ある噂を伴って――

 

――謎の機械が殺戮を続けている――


――その噂が到達した場所に、謎の襲撃者がさらなる戦闘を拡大する。


 破壊に次ぐ破壊――

 殺戮に次ぐ殺戮――


 いかなる現代兵器も通用しないそれらに対して人々は無力だった。そして、犯罪組織に荷担するしないに関わらず〝それら〟に遭遇した者たちは縊られた鶏のように一切の抵抗叶わずに無残な死体へと変じて屍を累々と残していく。

 謎の殺戮襲撃者の報は、勢いを保ったまま州都モレリアへとなだれ込む事になる。

 500年以上の歴史を誇る古い街・モレリア――、そこに夜明けが近づいてきた時、街の歴史を表すシンボルであるモレリア大聖堂の頂きに佇んでいたのは一人の道化師だった。


 それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。彼は一言、自らの名を名乗る。


「私はクラウン――」


 その声が木霊して人々の視線を集める。その道化師は街の至る所へと響き渡るように口上を唱えた。

 

「栄えある独立記念日を祝おうと喜びを露わにししていた市民の皆様。私から皆様に〝死〟と〝破壊〟と言う素晴らしい贈り物をご用意させていただきました。死とはいかなる者にも等しく訪れる究極の救い。破壊とはあらゆる不公平も富の不均衡も無かったことにしてしまう究極の平等。長年に渡る悪意の連鎖と拡大に苦しむこの国の皆様方に、この夜明けをもって素晴らしい究極の救いを皆様にプレゼントいたしましょう! 遠慮はいりませんよ? さぁ! お受け取りください!」


 狂気を感じさせる興奮気味の口調で、その道化師はオーバーアクション気味に身振り手振りを表しながら高らかに宣言する。そして右手を天へと突き上げ、そこで指先を〝パチン〟と鳴らしたのである。

 それが惨劇の幕開けの合図だと、生存者は伝えている。

 

 銃弾が、

 凶刃が、

 猛毒が、

 火焔が、

 レーザーが、

 剛拳が、

 あらゆる殺害手段が行使され、

 あらゆる破壊手段が行使された、

 命は命でなくなり、

 街は街でなくなった、

 それはまさに『死の舞踏ダンス・マカブル

 その街に居合わせたあまねくすべての人々に死の道化師の贈り物は襲いかかったのである

 

 襲撃者の総数も規模も公式には今だに解っていない。ただその被害者数だけはいつまでも残ることになる。被害総数5万人――行方不明者も含めると10万人をゆうに超えると言う。

 一時期はモレリアからもミチョアカンからも人の姿が消えたと言われるほどであった。

 襲撃者を象徴する存在である謎の道化師――、その素性も正体も未だに解っていない。ただ名前だけは誰が言うともなくこう称する事となる。

 

――クラウン――


 それが闇社会に対して〝死の道化師・クラウン〟の名前が姿を表した最初のときだった。

 その彼の後には道化師にふさわしい奇々怪々たる怪人たちが列をなすこととなる。そしてクラウンは犯罪闇社会の中で、とある集団を結成することになるのである――

 


 @     @     @


 

 ファミリア・デラ・サングレ 総帥直属特別チーム『ペラ』

 それを構成する5人の彼女たちは〝生存者〟である。

 都市部、農村部などの出身地の違いはあるが、何れも半死半生となりながらも、あの血の惨劇にて辛うじて生き残った過去を持っている。

 身体に重篤なダメージを負い、心に拭い得ぬ恐怖を刻まれ、そしてこれからの明日をどう生きればよいのか絶望に打ちひしがれていた。貧しく政治も行政もまともに働いていないこの国では、公的な救済も期待できない。ハンデキャップを負わされてしまったこの体を引きずりながら野良犬のように地面を這いずり回ることしかできないのではないだろうか?

 

――そう絶望しながら自ら死を選ぶことだけを考えていた。


 死の道化師とも呼ばれるクラウンによりもたらされた無差別殺戮――、それは単に犠牲者を生み出したのみならず、多くの組織の壊滅、及び、活動拠点の喪失という事態を招いた。なにより何の犯罪歴も無い、なんの落ち度もない無関係な市民までもが犠牲になっていた。単に犯罪組織構成員への制裁と報復と考えるには、あまりもひどすぎる虐殺行為だった。


 そして、クラウンとその配下による凄惨な血の惨劇の被害状況が明るみに出るにつれて、人々は思うようになる。

 

『明日は我が身か?』

 

――その言い知れぬ恐怖は伝染病のようにその国の至る所へと広がり続ける。恐怖と絶望がその国を覆い始めたのだ。


 だがそこにある男が立ち上がる。

 男の名は『ペガソ グエヴァラ クエンタニーリャ』

 元、ロス・セタスの幹部の一人で重戦闘サイボーグボディの持ち主、あの血の惨劇にて、襲撃被害エリアの中から無傷で生き残れた奇跡の男。彼はある目的のもとに動き出していた。

 様々な組織の生き残りたちを集めると一つの組織としてまとめ上げる。さらに組織関与者で血の惨劇の被害者が居ればすぐに救済を行う。一般市民での被害者・犠牲者に対しても救援を行い、場合によっては政府機関への交渉を行い支援を極秘裏に取り付けることまでやってのけた。

 そして、彼が最も熱心に行ったこと。それは血の惨劇の被害者へのサイボーグボディの適用。そして、自らが新たに立ち上げる組織への勧誘である。

 

『死の道化師へ報復を』


――ペガソたちが願ったのはそれである。そして、その為にはペガソの後に続いた人々のすべてが手段を選ばない覚悟を決めたのだ。皮肉にもクラウンたちが既存組織を無差別に攻撃・破壊したことがきっかけとなり、大同連立を許し、より巨大な一つの組織へと生まれ変わる余地を生み出してしまったのである。

 否、むしろそれを狙っていたと推測するのは穿ちすぎだろうか?

 いずれにせよ、ペガソと言うこの野心家はこのチャンスを逃さなかった。戦闘サイボーグへの適用手術をイニシエーションとした、より戦闘的で好戦的なマフィア組織。彼らを組織として一つに束ねる理念は『血の惨劇をもたらした者たちへの確実なる報復』

 

 それを結実させるために、ペガソと言う男を中心として多くの人々が集まったのだ。

 

 今こそ彼らは名乗りをあげる。

 

――ファミリア・デラ・サングレ――


 彼らは今、血盟により結ばれた一族となったのだ。

 目的はただ一つ、血の惨劇の精算と報復――ただそれだけである。

 

 

 @     @     @

 

 

 彼女たちは思い出していた。ペガソに拾われ、救われた時の事を。

 エルバとイザベルは都市部近郊でそれぞれに異なる組織の戦闘員をしていた。抵抗を試み、無残に肉体を破壊され死に瀕していたがギリギリの所で一命をとりとめた。歩くことさえおぼつかなくなった彼女らに再び立ち上がり戦うことを命じたのは他ならぬペガソである。

 

 エルバはその視界にクラウンとイプシロンを捕らえながらペガソとの初めての邂逅を思い出していた。

 

〔そういや、地下病院だったね。あんたと知り合ったの〕


 エルバはその両手にナイフを持ちながら、イザベルに体内無線で問いかける。

 

〔そうだね。アタシは両足、あんたは両腕、そればかりかほとんど全身をずたずたにされてもう死ぬしか無いって諦めてたのをさ、ペガソ様ったら強引にサイボーグにしようとして地下病院に連れてきやがった〕

〔言いだしたら聞かなくってさあの人〕

〔いつもじゃん。ヤリたい時はいつでも襲ってくるし〕

〔ちょっとそれ言う? 今?〕

〔ペガソ様ならこう言う話笑って喜ぶけどね〕

〔それ言えてるし〕


 エルバと与太話を交えて過去を思い起こしているのは、両手に銃器を握りしめているイザベルだった。また少し離れた別箇所ではマリアネラが息を潜めて状況を見守っている。

 

〔みんな! アレが動くよ。カエルは移動するみたいだけどどうする?〕


 マリアネラの言葉にエルバが答える。

 

〔ほっときな。クラウンが孤立した時を狙うよ〕

〔わかった〕


 エルバはさらにもう一人のメンバーへと声を飛ばす。

 

〔プリシラ!〕

〔うん〕

〔カエルが離れたらあんたの能力ちからで一気にやっちまいな〕

〔もう準備できてるよ。いつでもオッケー〕

〔たのんだよ。あいつを抑える最高のチャンスなんだからさ!〕

〔わかってる――〕


 そっとシンプルに、かつ落ち着いた声でプリシラはつぶやく。

 

【 超高精度仮想実体ホログラムフィールド  】

【          統合管理制御システム 】

【                     】

【    PROGRAM ―OZ―     】

【                     】

【 作動モード:指定領域完全離断工作    】

【 再現レベル:3D映像・完全音響再現   】

【              仮想触感再現 】

【                     】

【 指定フィールド外部への擬装映像投影準備 】

【 仮想実体ホログラムフィールド      】

【         展開プロセススタンバイ 】

【                     】

【 開始トリガー ―待機―         】


 プリシラは少し高い場所にて居場所を確保すると、周囲を見回しつつ身体の各部を〝展開〟させた。

 

【 仮想実体再現ナノマシン群体       】

【 《ELEMENTS‐OZ》       】

【 >高速散布準備             】

【 >ナノマシン高速散布マイクロスロット  】

【             [全展開開始] 】


 プリシラのマイクロドレスに包まれていない全身各部――腕、肩、背面、両足――それらいたるところから数センチ長さで1ミリ幅のスロットが開く。そしてそこから極めてかすかに銀色に光る霧の如きかすみのような物が流れ出て漂い始める。それは、自らの意思を持つかのように速やかに周囲の空間へと広がっていく。

 クラウンを中心とする数百メートル程のエリアにその霞は広がる。それはまるで魔法使いの魔法が人知れず仕掛けられているかのようでもある。そしてその技の実体が姿を現したその時、それから逃れることはごく普通の人並みの人間なら、もはや叶うことはない。


〔いつも通り準備OK、いつでもいいよ〕


 プリシラはそっと告げる。それに言葉を続けたのはマリアネラだ。


〔アタシもいいよ。退路はアタシの〝レーザー〟でいつも通り遮断するから〕


 そしてイザベルもその両手にクリスベクターを構えながら言う。

 

〔じゃぁ、私とエルバがフロントだね〕


 その言葉にエルバが、両手に刃渡り20センチほどのチタンナイフを握りしめてうなづいていた。


〔オッケィ、いい弾たのんだよ!〕

〔任せときな!〕

 

 このチームで動く時、幾度となく繰り返されたフォーメーション。プリシラが領域掌握し、マリアネラが敵の動きを牽制、イザベルが敵の動きを捉え、とどめを刺すのはエルバのブレードテクニックだった。これにもう一人のチームメイトのビアンカが加わる。

 息を吸う様に、阿吽の呼吸で、彼女たちは動いていた。それは全てある一つの思いのために――

 

〔あたしたちでヤツを完全に抑えてペガソ様のところに引きずり出してやる!〕

 

――彼女たちの主人であるサングレの総帥ペガソへの忠誠心がゆえにである。

 

 プリシラがその目に捉えていたものを皆に伝える。

 

〔カエルがでてった――〕


 それにエルバが指示する。

 

〔よし、3カウントでアタック〕


 4人の連携システムが一斉に同じ時を刻む。

 

――3――


 全員が息を潜める。

 

――2――


 全員が体内装備を全起動させる。


【 身体機能・強制ブースト         】

【 全筋力出力倍加率:×4.2       】

【 神経系統反応加速係数:×5.2     】


 筋力を増加し反応速度を強制的に底上げしているのはブレードテクニックを得意とするエルバ。またの名を『セイス・コルテス‐エルバ』〝6つの斬撃〟の字名を持つ。

 

【 視覚・聴覚・3次元空間把握中枢系    】

【            強制拡張アクセス 】

【 視力最大感度:5.2相当作動開始    】

【 全筋力出力倍加率:×2.1       】

【 神経系統反応加速係数:×7.8     】


 エルバとはまた違った形で筋力増加と神経反応強化を行い、視聴覚と空間把握能力を強制的に拡張開放したのは銃器類のスペシャリストのイサベル。またの名を『ヴィスタ・デ・ディオス‐イザベル』 その意味は〝神の視座〟

 

【 曲射レーザー攻撃システム        】

【 レーザー回折マイクロマシンミラー    】

【       高速レビテーション展開開始 】

【 全マイクロマシン高速リレーショナル   】

【 同調・動機リンケージ作動開始      】


 マリアネラは両腕から微細なマイクロマシンを散布した。それは両手の十指から発射される高出力レーザーを反射・回折させ、狙った位置への狙撃を容易にするものだった。多目標を同時に攻撃するともできた。その踊るがごとくの華麗なる攻撃能力から付けられた異名は『アズール・ロンド‐マリアネラ』 その意味は〝蒼の輪舞曲〟


 そしてもう一人――

 

――1――


 プリシラは意識のトリガーを引く。

 

【 PROGRAM ―OZ―        】

【  超高精度仮想実体ホログラムフィールド 】

【 >作動開始               】

【 >仮想実体フィールド 〝発動〟     】


 プリシラが意識のトリガーを作動させれば、周囲一帯に散布・展開しておいた仮想実体再現ナノマシン群体《ELEMENTS‐OZ》が、今、この時限りの仮想実体を伴った立体映像空間を完璧なタイミングで発動させるのである。外部からは突如として目的人物の姿が掻き消えたように見えるだろう。そして攻撃を仕掛けられた当人からすれば何が起きているかなど把握することはほとんど不可能なはずなのだ。その見事なまでの事実隠蔽能力から誰が言うともなく彼女プリシラをこう呼ぶのだ。『アンヘル・ディ・エスペジスモ‐プリシラ』 ――蜃気楼の天使――と。

 

 そして今、ミッションが開始されたのだ。

 

 

 @     @     @

 

 

〝死の道化師〟


 それが彼の字名にして忌み名である。

 そのシルエットをして人は言う。それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ――

 

――クラウン――


 正体不明の怪人物。

 最高級のイリュージョンが如き演出を持って姿を表し、いずこへともなく姿を消し去る天性のトリックスター。神出鬼没にして正体不明。あらゆる存在の敵かと思えば、突如として救いの手を差し伸べる。

 その性格を評するなら曰く一言――

 

『気まぐれ』


――たとえ側近であろうと、その真意を理解できる者は居なかったのである。


 彼は今、珍しく過去へと思いを巡らせていた。

 それは目の前の光景がかつて見たことのあるものに類似していたからだ。

 

「思い出しますねぇ――、もう4年も経つのですか」


 目の前に広がるのは、東京首都圏最悪のスラム街。そして犯罪の坩堝。世界最高の逮捕率を誇る日本警察ですら手をこまねくと言う東京アバディーンである。そしてその街が壊滅の危機に瀕している。

 一触即発――、最後の引き金が引かれてしまえば阻止する手段はもうない。そしてそれはかつて彼が引き起こしたあの惨劇の一日を髣髴ほうふつとさせるモノであった。クラウンは自らの視界からイプシロンが姿を消すのを見届けると不意にこうつぶやいたのだ。

 

「あの時は私が狩る者でした。ですが今宵は私が〝狩り〟を阻止する側。面白いですねぇ世の中と云うのは。そう思いませんか?」


 そしてスラムの外れの荒れ地の際に佇むクラウンは素早くその左手を跳ね上げ、手のひらを外側へと向け、黒く耐久加工を施された超高精度の単分子チタンナイフを握りしめる。

 

「ねぇ? 天馬に飼いならされたメス犬の皆さん?」


 クラウンは首筋に振り下ろされたナイフの主を一瞥もすること無く左手に力を込めた。

 

「―Détruire, la lame de la vengeance en colère, rouillé et émietté―」


 かつてハイヘイズの子らをクリスマスの聖夜の夜に黒社会くずれのゴロツキから守った時と同じように流麗な仏語の口上をもって特殊能力を開放させる。クラウンの首筋を襲った黒いチタンナイフは賞味期限が切れたウェハースの様にあっさりと脆くも崩れ去ったのだ。

 さらに右手を左肩の方へと引き上げ、手のひらを外へと向けながら左から右へと振り回すように左掌を旋回させる。手のひらからは紫色に光り輝く光のシェードが展開され守りのための障壁を形成する。

 

「―Former la barrière optique du champ de force gravitationnelle pour casser l'espace―」


 その紫色に光り輝くシェードは鉄壁の重装甲であるかのごとくに襲い来る弾雨を跳ね返す。使われた弾種は357マグナム並みの威力を有する〝357SIG弾〟イザベルにとって現状で用意できる最強の弾であった。

 

「ちぃっ!」


 思わず歯噛みする声が漏れる。彼女の視界の中でクラウンの姿は紫色の光のシェードに瞬く間に包まれてしまった。

 

「マリアネラ!」


 その名を呼ぶよりも早く〝蒼の輪舞曲〟の異名を持つ彼女は踊るように両腕を広げながらその十指の指先の青いネイルから、青白く光り輝く雷撃の如くのブルーレーザーをほとばしらせる。それは夜空の星々を星座として繋いで描くかのように巧みな折れ線を描きながら、クラウンを光のシェードごと十発同時に全方位から包み込むように貫いたのだ。

 

「いった!」


 思わずエルバが叫ぶが、それを静止したのはイザベルだ。

 

「待って!」


 その言葉が残響を残しつつ消え去るのと同時にクラウンを包んでいた光のシェードはかき消えていく。そしてその中には――

 

「居ない?」

「クソッ!」


 イザベルが驚き、エルバが悪態をつく。そして次の瞬間叫んだのはマリアネラであった。

 

「あっちよ!」


 声に弾かれるようにマリアネラが指差す先には何もなかった。だが徐々に姿が現れてくれば、見えてきたのはクラウンに捕らえられたプリシラの姿である。

 白銀色に光る死神の鎌を手にしたクラウンはプリシラの首筋にそれを突きつけていた。背後から死神の鎌を構えて喉笛に正確に鎌の刃を当てていて、ほんの僅かに横に引けばいつでもプリシラの命を奪うことが可能であった。直接戦闘力に劣るプリシラではこうなるとどうにもならない。

 失敗と敗北を悟った彼女たちにクラウンは静かに尋ねた。

 

「まだやりますか?」


 その声にイザベルがクリスベクターの銃口を地面へと向ける。

 

「やらないよ。仲間の命を天秤にかけるほど馬鹿じゃない」


 イザベルの言葉にエルバの不満げな視線が向けられるが、イザベルはそれを睨み返した。

 

「諦めな。死の道化師の肩書は伊達じゃない。コイツのイリュージョンの種を暴かない限りどうにもならない」

「クソッ」


 エルバは刃峰をボロボロに腐食させられたチタンナイフを放り投げるようにして放棄する。マリアネラも両手の指先の輝きを速やかに消していく。抵抗を諦めてイザベルはクラウンへと告げた。

 

「負けを認める。その子を返してくれ。その子、刃物が苦手なんだよ」

「ほう?」


 クラウンは興味深げに驚きの声を漏らしながら、死神の鎌を収めてプリシラを開放する。恐怖に必死にあらがっていたが漸くに開放されて崩れ落ちるようにその場にへたり込んでいた。

 

「四年前にアンタがやらかしたアレ――、あんときに親父さんとおふくろさんを斬り殺されてから刃物のエッジの光がだめなんだ。プリシラ、こっちおいで」


 イザベルの声にプリシラは蒼白の表情で駆け出した。それを視認しながらエルバも答えた。

 

「アタシが黒塗りの刃を使うのもそれが理由でね。アタシはあんとき全身を焼かれた。両手両足無くしてマネキンみたいになってたのをサイボーグボディでなんとか生き延びてる。あの時のこと、忘れたなんて言わないだろうね?」


 エルバは鋭い視線でクラウンを睨みつけていた。たとて圧倒的な能力差にかなわないと解っていてもその敵意を収める訳にはいかないのだ。4つの視線が一つに集まっている。その一つ一つを受け止めながらクラウンは言葉を返した。

 

「覚えていますよ。忘れるはずが無いじゃないですか。なにしろ私が闇社会にて名乗りを上げた〝始まりの日〟でしたから」


 そして、仮面を白地に黒いアーチ模様だけのシンプルな笑顔に変えると、淡々とした口調でこう尋ね返す。

 

「知りたいですか? あの時の理由が」


 誰も頷かない。だが向けられる強い視線はクラウンのその〝理由〟を明らかに求めていた。答えないわけにはいかないだろう。

 

「よろしいでしょう。お答えします」


 そう告げながら右手を一閃、その手にしていた死神の鎌を空間の中へとしまい込む。その手際、まさに魔術のごとしである。そして、向けられる敵意を気にすることもなく、淡々と述べ始めたのである。

 

「一言で言えば――〝デモンストレーション〟――です」


 そのあまりに無思慮な言葉にエルバが怒りを口にする。


「ふざけやがって。そんな事で――」


 だがその言葉を隣りにいたイザベルが制止した。たとえどんな情報でもいい、クラウンに語らせられるなら語らせるべきなのだ。イザベルはエルバに耳打ちした。

 

「我慢して。やつから情報を得るチャンスだよ。逃げられたら二度と聞けない」


 道理である。物理的に叶う事ができない今、逃走を阻止することは不可能だ。イザベルの言葉にエルバはぐっと唇を噛みしめる。その二人のやり取りをクラウンは冷静に見つめていた。

 

「正しい判断です。あなたお名前は?」

「イザベル」

「お隣は?」

「エルバ、ちなみにアンタが鎌を突きつけたのがプリシラで、もう1人がマリアネラだ」

「覚えておきましょう。貴方の思慮分別に免じて、望むだけ答えて差し上げましょう。あの血の惨劇の理由についてでしたね?」

「あぁ」


 クラウンは腰の後ろで両手を組みながら答え始める。過去を思い出すのではなく、これからの未来を予言するかのように。朽ちた建物の頂に佇みながら見下ろすようにして語り始めた。

 

「そもそもわたしはね〝リベンジャー〟なのですよ」


 その言葉にマリアネラが訝しげにつぶやく。

 

「あなたが?」

「えぇ、そうです。私の立場はある意味においてはあなた達と大差はないのですよ。ご理解は到底いただけないでしょうけどね」

「そんな――一体、誰に復讐するって言うのよ?」


 エルバが告げる。苛立ちと疑惑の視線が集まる中、それでもクラウンは淡々と続けた。一つ一つの言葉を丹念に選ぶようによく響く声で答える。

 

「この〝世界〟そのものです」


 問い掛けも反論もなかった。あまりに飛躍した言葉故に理解が追いつかなかったのは確かだ。闇夜にクラウンのシルエットが浮かび上がる中、そのマスクは青白い不気味なハレーションを放ちながら下弦の月のような狂乱の笑みを浮かべて語り続けたのだ。

 

「あなた方は知らなさすぎます。いいえ、あなた達だけではありません。この世界に住むすべての人々が自分たちは肥え太らされる養鶏の白色レグホンと何ら変わりないのです。目に見えない檻の中に閉じ込められて三すくみの構図で互いに突っつきあって血だらけになっているだけ――、その檻を仕掛けた張本人の存在に気付こうともしない。しかし世界は確実に食いつぶされていく。

 世界が破綻し、限られた一握りの存在しか生き残れないその時が着実に迫っていると言うのに――、そしてまるまると太らされたチキンのように調理されて貪られる運命も知らずに今日も今日とて、せっせせっせと弱い者いじめの殺戮ゲームと、少ない餌の奪い合いの毎日――、それがこの世界の現実であり正体。滑稽すぎるほどの現実です!!

 皆さん、そんな事すら、考えたこともないでしょう? 思考の外でしょう? いいんですよ。いいんです! 反論なさらなくても! そのままで! 大抵の人間は今日の食い扶持を得ることと足元が汚れていないかを気にすることで精一杯なのですから。聖人君子や正義の味方のように明日の平和を願う余裕なんかこれっぽっちも有りはしないのですから! でもね――」


 クラウンは右手の人差し指を立てて語り続ける。

 

「もっと上を見ましょうよ? もっと世界の裏側を見ましょうよ? 世界はね、とてもとても小狡く創られているんです。世界の人々が疲弊して疲れ果ててボロボロになっているその後ろでほんの一握りの人々が心のなかでベロを出して喜んでいる! 醜いモルモットが共食いをしている姿を手を叩いて喜んでいる! それが世界の真実なのです! 私はね、そんな世界のずるい真実その物に復讐を果たす。ただそのためだけに生きているのですよ。そしてその復讐劇をはじめたのが――」


 クラウンは右手の指を収めると両腕を胸の前で折り曲げてから、ペラの女性たちへと贈り物を投げかけるかのように勢い良く開いたのだ。

 

「あなた達が暮らしていたあの血の惨劇でもって浄化した矮小な世界なのですよ」


 浄化――そのショッキングな言葉にイザベルたちは怒りをその顔に表さずにはいられなかった。だが彼女たちが声を発する前に問い掛けたのはクラウンの方であった。

 

「だって考えてもご覧なさい? あなた達が暮らしていたあのミチョアカンと言う小さな世界で、どれだけの派閥と勢力が血で血を洗う抗争を続けてきましたか? 麻薬密売、人身売買、殺人、農業搾取、賄賂、報復、暗殺、富裕層の襲撃! メキシコは危ない! 行けば殺される! などと言う風評すら起こされてもそれでもなお、意味もないデス・ゲームをやめようともしない! 状況を少しでも改善しようと集まった自警団の武装組織ですらも、いつのまにか麻薬密売組織と大差ない危険なメンツに乗っ取られる始末! 挙句の果てに国境を面したアメリカからは物理的な壁を作って入れなくしてやるとまで言われる有様! 違うと言えますか? 否定できますか? どうです?」


 クラウンがペラの一人一人に視線を送っている。それに答えられる者は誰も居なかった。狂気じみた笑みのままにクラウンは更に言葉を続けるのだ。


「ではもうひとつ質問をしますね? それを陰から仕掛けている本当の黒幕の存在は? デス・ゲームのゲームマスターはどこに居ます? そんな事、いちども考えたこと無いでしょう? だって世界の人々はまさに〝生きていく〟だけで精一杯なのですから!

 だ・か・ら! みんな心のなかでこう思っていたはずですよ?

『生きていくためにはしかたがない』――って!! 眼の前で誰かが撃たれても、骨を拾うことすらしなかったはずです。忘れたなんていわせませんよ?! アハハハハ!」


 白銀の仮面の中、赤い口が大きく開いて狂気じみた笑みが浮かんでいた。

 反論できなかった。しかたがない――それが世界中の誰もが一度は抱く言い訳なのだから。

 だがクラウンは哄笑を止めるとふだんの平素な笑みの仮面へともどっておだやかに告げる。

 

「だからね、ひとつドでかい花火をあげたんですよ。ドカーンと! まずは麻薬組織に絡んだ人間を血祭りにあげて数を大幅に減らす。それこそ二度と麻薬と利益の奪い合いのデス・ゲームを再開できないように! そして――罪もない無垢なる市民を『私自身』が手をかけることで、私が多くの人々の復讐の対象となる! そうすればいがみ合っていた人々は一つに納まるでしょう。復讐を果たす――ただひとつのその思いのためだけに! いがみ合う人間たちを一つにまとめる。そのために巨大な仮想敵を一つ作り上げる――、かつてナチスも冷戦時代のアメリカもソビエトも古代ローマも、連綿として行ってきた統治手法です。物は試しとやってみたのですが、まぁ素晴らしいくらいにハマってくれました! それまで無数に在った組織はファミリア・デラ・サングレの名のもとに一つにまとまる。あのペガソと言う男をカリスマに仕立て上げて! そして私を永遠の宿敵として恨み続けることで内輪の対立を削ぐこともデキる! あげくにミチョアカンを始めとするメキシコの各地で起きていた組織間抗争もなりを潜め治安も飛躍的に改善し始めたといいます。そう、これは『浄化』――、悪しき物を絞り出すための『大掃除』――その憎まれ役を私が! 引き受けたというわけなのです。おわかりですか? ペラの皆さん? ククク――」

 

 一気呵成に答えると、クラウンは身をくねらせるようにして忍び笑いをする。

 

「だからね!? 感謝してほしいくらいですよ! あの日を境に多くの人々が幸せになったのは事実なのですから! アーーーーーッハハハ! ハ――」


――ドンッ!――


 357SIGの重い銃声が鳴り響いた。その弾丸は正確にクラウンの額を撃ち抜いていた。

 否、目に見えない障壁に阻まれてはいたが、その弾丸は確実にクラウンを捉えていた。イザベルがクリスベクターで放った弾丸である。

 

「ふざけんな」


 その銃口は確かにクラウンの方をむいていた。弾丸は弾かれて何処かへと飛び去っていた。だが確実にその弾丸はクラウンを捕らえていたのだ。

 

「だとしてもだ、アンタがアタシたちの家族を! 仲間を! 親友を! 故郷を! この世から消し去った事実には変わりはない! 私たちには、アンタの命に手をかける権利があるんだ! それだけは否定させない!」

 

 イザベルのその重い一言が辺りにこだましている。その言葉をクラウンは茶化すこと無く真摯に受け止めていた。両手を合わせてささやかに拍手をする。そして穏やかな口調でこう答えたのだ。

 

「正解です。貴方は正しい。現実に打ちひしがれず、現実を言い訳に後ろを向かず、たとえ怨讐にその身を焼こうとも一つの目的に向けてまっすぐに進むのであれば! 私はあなた達をいつまでもお待ちしていますよ」


 クラウンは右手をその胸にあててこう述べる。

 

「わたしは復讐者――」


 そしてその右手をイザベルたちへと向けて告げる。

 

「あなた達も復讐者――」


 更にその右手を再び己の胸にあてる。

 

「ならば皆さんにはわたしを討つ権利がある。誰もにも邪魔されない正当なる権利が――

 だからこそです。あなた方が宿したその刃を磨き続けるのです。この私に、その報復の刃が届くその時まで! 今はまだ未熟すぎます、まだまだ私には掠りすらもしません。ならば自らの力を少しでも磨くことです。そしてあなた達の刃が私に届いた時、私が見ていたものがあなた達にも見えるはずです! 世界の影に潜む、真の黒幕の存在について! まさに、真に撃つべき巨悪が存在する事に気づくはずなのです!」

 

 その言葉を告げた瞬間、クラウンは頭上を仰いでいた。その視線の先にはただの夜空しか無い。だがその視線は確かに何かを見抜いていたのだ――

 その視線の意味が何であるのか、イザベルたちには解ろうはずがなかった。訝りながら荒い言葉を投げかける。

 

「おい、何を見ている」


 その一言にクラウンは再びペラの女たちと向かい合っていた。

 

「教えてあげてもいいのですが今のあなた達には意味がない。それより――」


 苛立ちと敵意を収めようとしない彼女たちを諭すようにある事実を伝えはじめる。

 

「こんな所で油を売っている暇はありませんよ。なにしろあなた達のご主人様が死に瀕しているのですから」


 クラウンの言葉に驚きを超えにしたのはエルバ――


「え?」

 

 混乱から思わず否定したのはマリアネラ――

 

「ちょっと何血迷ったこと言ってんのよ」


 反対に冷静に受け答えするのはイザベルだ。

 

「どう言う事?」


 その問い掛けにクラウンは真面目に応答していた。

 

「サイレントデルタのファイブとかいう糞ガキが任務失敗で爆砕処分のお仕置きを受けましてね、席次順の都合、最も至近距離に居たペガソがまともに爆発の破片を食らったみたいなのです。どうやら脊椎を傷つけた模様で」


 その言葉にプリシラはとっさに通信連絡を飛ばしていた。メッセージを求める相手はペガソのそばにいつでもいるナイラ、そして彼女から返ってきたメッセージに蒼白な表情で皆に向けて叫んだのだ。

 

「みんな! 彼の言っていること本当だよ! 今、血圧が急低下して緊急手術を受けてるって!」


 その言葉に弾かれるように4人はすぐに行動を開始する。指示を出したのはエルバだ。

 

「急いで戻るよ」


 その一言を引き金に即座に彼女たちは動き出す。プリシラが広げたホログラム映像のフィールドを解除すればクラウンたちを覆い隠す物はもう何もないのである。一番最後に残ったのはイザベルだった。クラウンを鋭い視線で一瞥すると頷きもせずにそこから走り去った。その一瞥の意味をクラウンはもちろん理解していたのだ。

 

「解っていますよ。好きな時にいつでもおいでなさい。私はあなた達が来るのであれば、逃げも隠れもいたしませんから。なにしろあなた達は、大切な大切な復讐者なのですから。さて私も行くとしましょうか――」


 そしてクラウンは立ったままでその場で一回転する。夜の帳の下でその姿は風に吹き飛ばされたように掻き消えてしまう。そして、まるで奇術師のイリュージョンの様に一瞬にして消え去ったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 

「アナ! タブレット消して!!」

「え?」

 

 ロングソファに寝そべって大型のタブレットで東京アバディーンの様相を垣間見ていたメガネルックの女性のアナだったが、それに対して鋭く叫んだプラチナブロンドのゾラだった。アナの手にしていたタブレットを蒼白の表情で見つめると慌てて駆け寄ってくる。

 

「ちょ――なに?」


 アナが驚きの声をあげるが、それに構わずゾラはタブレットに映し出されていた光景をじっと見つめていた。そして――

 

「まずい!」


 タブレットをおもむろに取り上げると、勢い良く床へと叩きつけたのである。

 

――ガッ!!――


 叩きつけた瞬間にタブレットのプラズマディスプレイがひび割れ、内部基盤が火花をちらして砕け散った。無論、作動はできず一瞬にしてオシャカである。


「ちょっと何す――」


 アナが抗議の声を上げる。だが反対に激高したのはゾラの方であった。

 

「アナ! 誰に見られてたかわかってるの? 浮かれるにも程があるわよ!」

「え?」

「〝クラウン〟知ってるでしょ?」

「知ってる――。けど、まさか?」

「〝あそこ〟に居たのよ。そしてこっちを見てたの! あいつと神の雷なら逆探知されかねない。それにモニターごしにまともに視線がかち合ったの。こっちの存在に気づいた可能性は極めて高いわ。なにしろアイツは――」

「そっか、そうだったね」


 はじめは興奮してまくし立てていたゾラだったが、徐々に落ち着きを取り戻し、冷静に分析を加えている。そして、アナも右手を口元に当てる仕草をしながら冷静に状況判断をはじめていたのだ。抑揚を抑えた落ち着いた声で答えた。

 

「移動しよう。〝印し〟を付けられた可能性が高い」

「えぇ、私もそう思う」

「じゃ、早速準備しよう――エルサス!」


 アナが何者かの名をよびかける。その声に導かれて姿を表したのは一体の男性型の黒人風の容貌を持ったアンドロイドだった。肌は褐色系、髪はプラチナブロンド――、190程の身長のボディを三つ揃えのトラディショナルスーツで包んでいる。足元には高級革靴を履き、両手には鋲付きの革グローブが嵌められている。

 

「お呼びでしょうか? マスター」

「ここを引き払うわ。予備の拠点に移動する。3分で準備して」

「かしこまりました。2分でお支度いたします。サーヴァントのメイドロイドにも補助させますのでお二人のお着替えもご準備いたします。少々お待ちを」


 慇懃にうやうやしく上体を屈めて会釈をすると、体内無線で指示を出したのだろう。どこからか姿を表したメイドスタイルの女性型アンドロイドたちを駆使して速やかに退去準備を始めたのだ。そしてアナにゾラにそれぞれ1体のメイドロイドが歩み寄り、二人の着替えを補助し始める。その手際、まさに精密機械がごとしで瞬く間に部屋着のドレスから外出用の女性用ビジネススーツへと姿を変えていく。

 その最中、テーブルの上に置いてあったスマートフォンが鳴った。

 執事アンドロイドのエルサスがそれを採りスイッチを操作する。

 

「ハロー? ――イエス、少々お待ちを」


 そしてスマートフォンを持参してゾラの耳へと添っとあてがう。その通話の主の名を彼女は唱えた。

 

〔サイラス?〕

〔やぁ、久しぶりだねミス・ゾラ〕

〔どうしたのこんな夜更けに? そっちは朝日が登ったばかりでしょ?〕

〔いや、NYじゃないよ。僕もこっちに来てるんだ。ビジネスの所用でね――、そしたら色々と面白い連中が姿を表したっていうじゃないか。いるんだろう? あの〝ピエロ〟〕


 ピエロ――それが何を意味するか知らないゾラではない。

 

〔えぇ、居るわよ。絶賛暗躍中。あの海の上のスラムでさっきから何かやってるわ。それにあなたが一番手こずってる相手ですものね〕

〔あぁ、そのとおりさ。やつは僕らのビジネスには余りにも邪魔過ぎる。それに日本のポリスも存外に〝高性能な駒〟を造ってるじゃないか。このままでは僕らにとって面白くない結末を迎えるだろうね。だからちょっとしたジョーカーを切ることにした。君たちは知らない存在だが、なかなかにユニークだ。それに大変優秀でね〕

〔サイラス。誰のことを言ってるの?〕


 サイラスの意味深なセリフの連続に訝るゾラだったが、サイラスは重要なキーワードをスマートフォン越しに送ってきた。

 

〔――Lost B――、世の中って本当に面白いよ。人生を楽しくさせてくれる最高のゲームだ。あの薄汚れた洋上のチェス盤で僕も駒を進めることにしたよ。名付けるなら〝黒い巨人〟と言うべきかな〕

〔黒い巨人? なにそれ?〕

〔いずれ解るよ。それとそこを引き払うんだろう? よかったら僕のところに来ないか? 美女二人が来てくれるなら大歓迎さ〕


 ゾラは一瞬、緊張を強いられた。ゾラとアナが退去を決めたのはついさっきだ。それをいつの間に知ったというのだろうか? それを皮肉交じりに嫌味を告げた。

 

〔サイラス! 覗き見は嫌われるわよ!〕

〔ハハッ、全部を覗いたわけじゃない。エルサスの行動ログの一部を眺めただけさ。君のシャワーシーンは見てないから安心してくれ。そちらに迎えを送るからサイラスのアドバイスに従ってくれ。それじゃ――〕


 通話の相手であるサイラスは言うだけ言うと、一方的に通話を切ってしまった。その横暴さにため息をつきながらも今回は大人しく従うことにした。エルサスも絶妙なタイミングで〝迎え〟の来訪を告げてくる。

 

「ゾラ様。アナ様。サイラス様からのお迎えがいらしたそうです」

「えぇ、わかったわ。貴方はサーヴァントたちを連れて別動でついてきて」

「承知しました」


 会話を終える頃には着替えも退去準備も終わったところである。

 

「行くよゾラ」


 アナも着替え終えて歩き始めていた。

 

「サイラスからの迎えだろ?」

「えぇ、美女二人を迎えたいそうよ」


 ゾラも歩きはじめる。二人の必要荷物はエルサスとメイドロイドが運んでいる。

 

「美女二人ねぇ――、アタシらなんか眼中にない癖にさ。だってアイツ、病的なロリコンじゃん!」


 アナが忍び笑いをする。ゾラも否定しない。

 

「そうねアタシみたいに身長の高い女は、アイツも一番キライだからね。アタシも生身の男は嫌いなの。ね? アナ?」


 そう囁きながらゾラはアナの右手を自らの左手で握った。アナもそれを握り返して答え返す。アナの口元が淫猥に歪んだ。

 

「分かってるよ。あとでたっぷり可愛がってあげるからさ。さ、行くよ――」


 そんなやりとりを残しながら二人はそこから立ち去っていった。後にはなんの痕跡も残さなかったのである。


次回

魔窟の洋上楼閣都市Part37『死闘・凶刃と凶弾と凶拳と』


挿絵(By みてみん)


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