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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第5部『死闘編』
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サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part34『カエルノオウジサマ』

第2章サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市34【カエルノオウジサマ】


スタートです

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それは一方的な悪意である。

 敵意というのは2つに別れる。一つは正当性のある有るべき敵意、報復、正義、断罪、やる返すだけの正当な理由があって行使されるべきもの。多くは人々の理解を得ることも可能だろう。だがもう一つは正当性のない敵意、差別、嫌悪、虐待、侮蔑、そして加虐的快楽

 その敵意と暴力を振るうにたる正当なる理由がないものだ。

 今、大空から下される敵意は正当性の無いものだ。


 半ば吹きさらし多様な瓦礫と化しつつある廃屋、その1階と地下階に子どもたちは身を寄せ合っている。物陰に身を隠しているが高度な光学センサーを有した者たちからは丸見えに近い状況だった。ましてやそのまま瓦礫に埋もれる危険を考慮するならより安全なはずの地下室へと向かうことはあまりに危険だった。

 今、ジーナやアンジェリカと言った年長の少女たちに率いられて十数名の子どもたちは必死にその身を寄せ合っている。今はただ騒ぎが治まるのをじっと耐えるしか無い。


 瓦礫の影で震える子どもたちが何をしたというのだろう? 彼らを誰が責め立てられるというのだろう? 少なくとも彼らを命の危険に晒していい理由は誰にも無いはずだ。

 だが――

 

『武装警官部隊・盤古、情報戦特化小隊』


――彼らにはそれは通用しない。彼らには不快であるか否か? それだけが基準だからである。



 @     @     @

 

 

 東京アバディーンの東南エリア上空、そこに対空している一機のステルスヘリがある。ロシアの2重反転ローター仕様の特別仕様機だ。夜の闇にひそめる様に茶色がかった黒。そして徹底した静音処理、ローターの風切り音ですら消し去る程である。その機体の側面ドアが開いていて底から覗いているのは黒塗りの巨大な狙撃ライフルである。

 

 狙撃用銃器。ヘリの機体側面部にアーム形状のフレームでつながれたは高圧レールガン。セラミックス製フレシェット弾を放つ形式、情報戦特化小隊仕様のつや消しの黒

 形式コードは【AOT-XW021】

 装備名は【サジタリウス・ハンマー】

 機体側面に固定された支持アームによりホールドされた長銃身は反射光を抑えた表面加工によりその脅威を他者の視点から巧妙に隠していた。そしてその高圧レールガンライフルを地上へと構えている一人の兵士――もとい警官がいる。

 武装警官部隊盤古、情報線特化小隊第1小隊に属する狙撃手の才津である。

 首から下を完璧に覆う盤古標準の動力プロテクタースーツを着用し頭部にはヘルメット、目元には狙撃用の遠視補助光学ゴーグルを装着している。才津はゴーグル越しに地上で徘徊するターゲットを物色していたが、そこに彼の嗜虐心を満足させる理想のターゲットを見つけ出していた。

 ゴーグルは熱光学のサーマルモードを重ね合わせ通常画像にインポーズする。すると彼の視界の中にうっすらと浮かび上がるものが有る。その温度範囲30度から37度前後にかけて、小さい丸のようなものが十数人ほどでひと固まりになっている。その彼の眼下に存在するものそれは――

 

「へえッ、ヘヘ! そんなちゃっちぃコンクリビルの掘っ立て小屋に隠れて助かるわけねぇだろ? 周りは何にも無ぇ荒れた放棄地域! 逃げようにもガキどもの足では無理ってか? さっさと全てを諦められるように――」


【高圧レールガン・サジタリウス・ハンマー  】

【    加圧コンデンサー充填率<100%>】


 そのインジケーター表示を視認して才津はトリガーを引いた。

 

「おじさんがぶっ殺してあげるからよぉお!!」


――キュバッ!!――


 超高速の電磁ノイズを響かせながら、サジタリウス・ハンマーの銃口から超硬化セラミック弾体が射出される。上方狙撃なら最新重戦車の上部装甲すらも貫くほどの破壊力を有している。それを才津はただひたすら眼下にて恐怖に怯える子どもたちを恐れさせ、燻り出すためそのためだけに行使するのだ。


 鉄筋コンクリート製のその廃ビルは元々は3階建てだったが、とある事件で崩壊し、1階フロアと地下フロアだけが残っていた。ラフマニたちはシェン・レイなどの協力を得ながら。その地下フロアを改造し屋根を強化して非常時の退避用施設として確保していたのだ。

 なにしろこの剣呑極まるスラム街である。終の棲家そして一つの場所をいつまでも確保敵出来るとは到底考えられない。万が一のための退避手段はいくつ講じてあっても足りるということは無いのだ。これもラフマニたちが自らで考えて編み出した生き残るための知恵なのだ。だが――


――ズドォオン!!――

 

 子どもたちの頭上を轟音が襲った。レールガンライフルから放たれた超硬化セラミック弾体がシェルター代わりの廃屋を直撃したのだ。鉄筋コンクリートの瓦礫が積み上がった屋上は手榴弾で吹き飛ばされたかのように大きく揺らぎ、そして瓦礫の細片を撒き散らす。

 無論、廃屋は不気味な振動をたてて揺らいでいる。その内部に潜む者たちに大きな恐怖を与えていた。

 

「きゃあっ!」


 女児を中心として甲高い悲鳴が上がる。揺らいだ建物の屋根からコンクリートの欠片が落ちてくる。そのたびに何処かで泣き出す子どもたちが一人また一人と増えていくのだ。

 

「大丈夫! ここに居れば必ず助かるから! ラフマニやシェン・レイが必ず救けてくれるから!」


 パキスタン系の血を引くジーナが皆に必死に声をかける。アルビノの因子を持つアンジェリカが小さな子供らを抱きしめ、一人一人をなだめようとしていた。だがそんな彼女らを弄ぶように悪意が込められた弾丸は散発的に撃ち込まれ、そのたびに子供らに効果的に恐怖を与えるのである。

 それでも子供らは聡明だった。

 追い詰められ耐えるしか無い毎日を手を握りあいながら今日まで生き延びてきたのだ。

 互いが互いの手を握り合い、そして年長の二人が励ますように声をかければ、年上のものから年下の者へ、合言葉の様に言葉と意思は連鎖していた。

 

「大丈夫! お兄ちゃんたちが救けてくれる!」

「うん、大丈夫」


 根拠があるけではない。だが信じているのだ。そして今までも信じた事が裏切られたことは無いのだ。絶対に救いの手は現れる。それが場末の世界で必死に生きてきたハイヘイズの子らの心を支える唯一の理由だったのだ。

 アンジェリカが子どもたちの声に答えるように言う。

 

「うん、大丈夫だよ。救けはかならず来るからね」


 それがどんなに根拠のない願いだったとしても、今は信じるしか無かったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

「ちいっ! 派手にコンクリが吹っ飛ぶわりには貫通しやがらねぇ! なんか細工してやがんな?」


 狙撃手の才津が忌々しげに吐き捨てる。オートローディング式の弾倉が次弾を自動的に装填するが、手元スイッチの操作で断種を別なものに切り替えた。

 

【 サジタリウス・ハンマー         】

【 弾種変更:               】

【 >超硬化セラミックス弾頭から      】

【           爆薬内蔵炸裂弾頭へ 】


 その表示はステルスヘリのメインパイロットシートにも表示される。メインパイロットの香田がそれに気づいていた。

 

「おい! 才津! たかが不法滞在のガキたちにそんなもん使うな! 勿体ねえ!」

「へっ、邪魔な死体の一括処理だ! ビルごとまとめてふっ飛ばしておしめえよお! 脅かしてもうさぎちゃんは中から出てこねえし、隊長たちの支援もしないといけえねしな。一発で決めるしかねえだろう? 良いじゃねえか! これくらい!」

「どうしても殺るのか?」

「あたりめぇだ! 最高のお楽しみじゃねえか? なにしろ合法的に獲物を狩れるんだからよぉ! まったく盤古様様だぜ!?」


 香田はその言葉に呆れるしか無かった。解ってはいた事だが、この男の嗜虐趣味は常軌を逸していた。たとえどんな状況であろうと、最低一人は殺さずにはいられない、そう言う品性なのだ。

 

「ちっ! さっさと済ませろ!」

「分かってるよ! 相棒!」


 狙撃手という性格上、ステルスヘリのパイロットである香田とはペアで行動をしていた。だが才津とペアということは決して名誉ではないのだ。内心、吐きたくなるような嫌悪を隠しながら香田は才津の行動を見守るしか無い。

 狙撃手・才津はそんな相方の深謀遠慮など全く意に介していない。弾頭が装填されたことを、狙撃スコープ内のインジケーターで知る。

 

【 弾頭:爆薬内蔵炸裂弾頭 > セット完了 】


 そして満足気に口元を歪ませると才津は引き金をひく。それは手榴弾数個分に匹敵する爆破力を宿した建築物破壊用の特殊弾――、壊れかけの廃屋などひとたまりもない。そんな恐るべき弾丸が使用されたことを、ハイヘイズの子供らは誰も知らなかったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 その場に正義の味方は居なかった。

 余りにも沢山の悪意と、困難過ぎる敵が立ちはだかっていたからで、必死に生き延びようとする子供らにまで善意の手が回りきることは無かった。

 だがそれを誰も見ていなかったわけではない。しっかりとそれを見ていた者がいる。

 朴訥でひょうきんな口調の中に、純粋な優しさがにじみ出ていた。

  

「いけない。子どもたち――死ぬ」


 それはカエルだった。

 人間の背丈の半分以下の大きさのバケガエルだ。

 濃い緑色の丸っこい身体の上に、ユーモラスな表情を浮かべる丸目が二つついている。両足は大きく、両腕は申し訳程度で、まさにカエルと言うより他はなかった。

 遠巻きに戦場の情景を見ていた彼だったが、高みからある存在を見つけていた。彼の巨大な目は強力な視覚センサーである。通常光学から望遠遠視、熱工学サーモに、電磁波スキャンと多彩な性能を誇っている。それ故に遠くからでもハイヘイズの子らが、戸惑い、恐れ、そして怯えながらも、生き残る道を探して逃げ惑う姿をじっと見ていたのだ。

 今彼はある場所を見つめていた。ハイヘイズの子らがその身を潜めている廃ビルである。彼もまたその建物の中に子供らの命のぬくもりを見ていた。彼らはそこに確かに居た、当然、彼らを狙う悪意が存在することも。

 高性能のレールガンライフルから何度も撃ち込まれる強力な弾丸を目の当たりにして、バケガエルである彼は焦りを覚えずには居られなかった。

 

「まずい!」


 そして弾丸が一呼吸置いて遅れた事に不気味な不安を抱かずには居られなかった。彼もまた主人であるクラウンとともに世界中を巡り、様々な地で多彩な作戦に身を投じてきたのだ。弾丸や砲弾飛び交う戦場を行き来したことも有る。狙撃手に彼自身が狙われたことも一度や二度ではない。それ故に彼は解るのだ。

 連続して撃たれた弾がさしたる効果を発揮しない場合、取られる判断は二つしか無い。一つは狙撃の断念。もう一つは――

 

「〝弾〟が変わる!!」


――更に協力な弾丸が使用されるケースだ。

 

「ヤツらかならず使う!」


 それも相当に質の悪い物だろう。子供を弄ぶような卑劣漢だ。オーバーキルとなる高威力の武装を使うこともなんの躊躇もしないだろう。そのバケガエルは迷うこと無く決断する。物陰から飛び出すと、敵の攻撃を避ける様に右に左にジグザグに飛び回りながら、シェルター代わりの廃ビルへと接近する。そして、倒れかけのコンクリート柱を視認するとそれを足がかりにして飛び乗り、そこから更にひときわ高く跳躍する。

 

「それイケない!!」


 その緑色のシルエットに気づいたものは皆無だ。ただ狙撃手である才津だけが気づいていた。才津が放った悪意の弾丸――、それは子供らのところに届くことはなかった。

 

 それは大型のナパーム弾に匹敵する熱と炎を撒き散らす。そしてあらゆる建築物を破壊し吹き飛ばす力を持つ。それを食らって耐えられる人間は居らず、無論、アンドロイドやロボットであろうとノーダメージではすまないだろう。

 その小さな緑色のシルエットは瞬間的に爆炎に包まれると、力を失って大地へと速やかに落ちていく。そして薄汚れたゴムまりのように瓦礫と廃材だらけの大地の上へと落ちて飛び跳ねるのだ。

 

 彼の名はイプシロン――、カエルのシルエットを持つ機体の持ち主――

 彼はカエルだった。そして、誰よりも子供が好きだった。彼はただ守りたかっただけなのだ。

 だが彼は――

 正義を語れる王子様にはなれなかったのである

 

 

 @     @     @

 

 

 爆炎は余りにも目立ちすぎていた。それ故にステルスだらけの戦場の中ですべての者たちの視線を集めるには十分過ぎる出来事だった。そしてその爆炎の残渣の中から一体のカエルが落ちて地面に横たわったとなれば、そこに何かを感じずにはいられないのは当然であった。

 

 最初に気づいたのはプロセスの中の一人――先程、トリーと語らい合っていたハンチング帽の狩猟ファッションの少女のダウであった。視覚力を始めとして彼女は〝見ること〟に対して誰よりも優れていた。

 爆炎――そこから落ちてくる〝カエル〟――そしてその真下にある廃屋ビル。その廃屋ビルの壊れた窓の隙間から、怯える子供らのシルエットを僅かに見た事で、彼女は全ての事情を察していた。

 

「まさか?」


 そして頭上の方向を仰げば、完全ではないが虚空の空に浮かぶ機械のようなシルエットを視認していた。ダウはそのシルエットの正体を類推する。

 

「おそらくアレは――、狙撃手を乗せたステルスヘリ! 子どもたちを狙ったのか!」


 その闇に隠れた者の正体に気づいた時、ダウは速やかに行動した。ウノがしたように体内に宿した通信手段により仲間たちのプロセスへと声を発した。


〔全プロセスに通達! 上空にステルスヘリが居る! 悪質な狙撃手が無意味な殺戮を試みようとしている! 対策頼む!〕


 ダウの必死の声に返って来た声は3つであった。

 

〔任せて。私とタンが行くわ〕

〔その声、グウィントとタンか?〕


 帰ってきた丁寧な語り口の声にダウが問いかければ、さらに返ってきたのは軍人のような強い語り口の少女の声だった。

 

〔私とグウィントであのカエル型の機体の支援を行う。そのための考えがすでに有る。任せてくれ〕

〔判ったよ、タン。武運を祈る〕

〔君も気をつけ給えよ〕

〔あぁ〕


 その言葉のやりとりの後で、さらに聞こえてきたのは豪快さを感じさせるような男のような語り口だった。女性であることは解るがその性格の力強さがにじみ出ていた。

 

〔ダウ! 聞こえるか?〕

〔あぁ、聞こえる。ダエアだな?〕

〔子供らの保護は俺に任せな〕

〔そうだな君なら適任だな。こちらでも状況を視認して何か起きたら連絡する〕

〔あいよ! それじゃまた後でな!〕


 ウノ、ダウ、そしてトリーに続く、他のプロセスたちも少しづつ姿を表しつつあった。悪意が満ちたこの場所で、独自の価値観を持って毅然と行動する者たちである。

 

〔ダウ〕

〔ウノか?〕

〔そちらでも動いているみたいね〕

〔あぁ、無国籍の孤児たちが逃げおくれてる。誰かはわからないが子供らを狙っている奴らが居る。タンとグウィント、それとダエアが救けに向かった〕

〔分かったわ。私はベルトコーネ回収の指揮を執るから、そちらの統括は貴方に任せるわね〕

〔了解〕

〔それじゃね〕


 速やかにシンプルにやり取りは終わる。そしてダウはすべての状況を冷静に観察把握しながら事の成り行きを見守り続けたのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 東京アバディーン扇状市街区の南米系の住民の多いエリアから、襲撃事件の起きているこの荒れ地のエリアへと足を踏み入れてきた女たちが4人ほど現れる。

 エルバ、イサベル、マリアネラ、プリシラ――

 ファミリア・デラ・サングレの首魁ペガソの腹心の部下でペガソの寵愛を受ける者たち。

 

 部隊名『ペラ』

 

 一人一人が強力な力を持つ戦闘エキスパートの集団であった。

 彼女たちはスラム街の背後を迂回する形で細路地を通り抜けて、今回の戦闘エリアへと足を踏み入れつつあった。本来彼女たちは5人で今回の作戦を命じられていた。だが1名は独断で先行し、残っているのは現在の4名、その4名の中で斥候として先んじる者がいる。

 地上ではなく建築物の頂きにて巧みにその身を隠しながら打ち捨てられた建築物の屋上をつたって移動している。そのステルス能力は極めて高く、その存在が気取られている様子は微塵もない。

 今、戦闘が行われているエリアの背後を突くように回り込み、残る3人の仲間たちを誘導しつつあった。4人の中のひとり、ナイフ使いのエルバが、独特のイントネーションが特徴のプリシラに声をかけた。

 

「プリシラ。あとどれくらい?」


 その問いにプリシラは肉声では答えない。特攻装警たちやプロセスたちがしているように、体内に仕込まれた通信回線により返事を返してくる。

 

〔もうすぐぅ。あと一個ビルを回り込んだらね。戦闘の目の前だから気をつけてね――〕


 独特の緊張の薄いイントネーション、その話し方こそがプリシラの個性の一つである事は誰もが理解していた。だがプリシラは意外な言葉を口にしていた。エルバが返事を返す前に、仲間たちに向けて声を発したのだ。

 

〔あー、ひどーい〕


 その微妙な言い回しにエルバは思わず問い返していた。

 

〔ちょっと? 何が起きてるの? あんたの見えてるものこっちにも回しなさいよ〕

〔うん、わかったー〕


 緊張感の無さがプリシラという女性の持ち味だったが、その能力はペラの女たちにとっては重要な〝目〟の役割をはたすことになる。そして体内回線を通じて送られてきた映像を目の当たりにしてエルバ以下の3人は瞬時にして〝怒り〟を誘われずには居られなかったのである。

 まず、驚きを口にしたのはナイフ使いのエルバ。


〔ちょっとこいつら何やってるのよ?〕


 次に、嫌悪感を吐き捨てたのは銃器使いのイサベル。

 

〔ゲス野郎〕


 冷静に淡々と告げたのは青いマニキュアが特徴のマリアネラ

 

〔こいつらアレよ。日本警察の薄汚れた黒い奴らよ。情報戦特化小隊。名前くらいは知ってるでしょ?〕

〔知らないはずないわ、1000回殺しても飽き足らない連中よ!〕

〔女子供も見境なしの黒い特殊部隊。気の触れたサイボーグ部隊〕

〔うん、そうだよー。どうやらコイツらが騒ぎをひろげてるみたいだねー〕


 プリシラが冷静に状況を分析していた。

 

〔でもどうするぅ? アタシはこうやって視覚フィルター通してどうにか見れるけどぉ、コイツらのステルス能力面倒だよ?〕


 ステルス能力を持つ敵とやり合うには、相手の存在をどう認識するかが要となる。だが現状ではそれを把握できるのはプリシラしか居ないようだ。その現状に判断を下したのはナイフ使いのエルバである。

 

〔どうするも何もいつも通りよ。わかってるでしょ? プリシラ、あんたの力を使うわよ〕

〔うんわかったー、ちょっとまって〕


 その言葉の後に、ビル屋上から一気に飛び降りてくるプリシラ。地上に降りた際の足音こそするもののその彼女の姿は一切見えない。だが魔法を解いたかのようにプリシラの姿が唐突に現れる。

 

〔こっから先はアタシたちも地上から行くね。アタシが先頭で立体ホログラム映像を展開するから一緒についてきて〕


 プリシラの能力――それは単なるステルス能力ではない。自分自身を含む複数の存在を完璧に消しされる程の立体ホログラム映像を広範囲に展開可能なのだ。

 

〔OK、それでいいわ。此処から先は肉声の会話は無しよ良いわね?〕


 エルバがそう命じれば、イサベルとマリアネラが答えを返す。

 

〔オーケィ〕

〔了解〕


 そして4人は一塊となって先へと進む。そして、今さに戦火が激しく交わされている現場へと突入して行く。その彼女たちが目の当たりにしたものそれこそが――

 

〔燃えてる?〕

〔カエル? 何あれ?〕


――銃火に敗れて地上へと真っ逆さまに落ちていくイプシロンであった。その姿にイサベルが叫んだ。


〔あれ! クラウンの部下よ! いつもクラウンにくっついてる腰巾着!〕


 その声がきっかけだった。彼女たちに与えられている命令は一つ――、あの死の道化師の姿を捕らえる事。そしてそれを彼女たちを支配しているペガソへと知らせることであった。

 本能が彼女たちを突き動かした。なぜなら――

 

〔あのイカれピエロをなんとしても見つけるよ!〕

〔当たり前よ!〕


――彼女たちもペガソと同じように過去の悪夢に捕らえられた者たちだからである。



 @     @     @

 

 

 彼は特別頑丈というわけではない。だがしぶとさは彼の隠れた持ち味だった。切られようが撃たれようが容易には殺られない。だが――

 

「ゲロッ……」


 まさにガマガエルが押しつぶされたような鳴き声が響く。淡い緑色の丸いボディが紅蓮の炎に包まれる。爆発の衝撃が同心円状に広がり爆炎を吹き飛ばす。凄まじい爆音が東京湾上の闇夜に響いていた。

 

「グゲッ……」


 瞬間的に炎にまみれていたが、すぐに焼け焦げとなって消えさり全身に黒煙をなびかせながら地上へと落下していく。その両目の光は消えかけている。流石に彼と言えどそのダメージは計り知れないものがあり、微動だにせぬままに落下し続け、廃ビルの瓦礫の上で大きくバウンドすると薄汚れたゴム鞠の様に飛び跳ねるとそのまま横たわったのである。

 彼の名はイプシロン――、滑稽さだけが持ち味のただの〝カエル〟である。

 その彼の上では人々の目から姿をくらませている一機のヘリがある。そのヘリの胴体脇から眼下の地上を見下ろしている男が居る。情報戦特化小隊の狙撃手の財津である。電子スコープ越しに自らの狙撃に割り込んできた物の姿に驚きつつ不愉快そうに吐き捨てた。


「あぁ。なんだぁ?」

「どうした?」


 財津に声をかけるのはヘリパイロットの香田だ。


「なんか飛び出てきやがった。しかもレールガンの射速に追いついてきやがるほどのどエラい跳躍力だぜ」

「サイボーグか?」

「いや――」


 財津は自らが撃った物の姿をあらためてたしかめる。ゴム鞠のように飛び跳ねる光景は到底人間とは思えなかった。


「違うな――」


 財津の視線は自らが撃った物の姿を追い続けている。冷静に、冷徹に、そしてかすかな憤怒を宿して。彼は自らの狙撃を妨害したものに対して本能的な怒りを感じずには居られなかったのである。


「――カエルだ。でけえバケガエルだ。だがただのカエルのアニマロイドじゃぁねえ」

「なに?」


 アニマロイド、あるいはアニマトロニクスロボットと呼ばれるもので動物そっくりに作られたいわゆる動物ロボットのことだ。


「特別製の炸裂弾頭食らっても焦げただけですぐに動けるアニマロイドなんて聞いてことねえよ」


 言い捨てる財津の声はすでにふざけては居なかった。自分が撃った相手の素性を本能で悟ったのだ。どんなにイカれていても彼もまた狙撃手としてはプロなのである。

 そして財津はさらなる弾体を装填する。


【 サジタリウス・ハンマー         】

【 弾種変更:               】

【 >爆薬内蔵炸裂弾頭から         】

【  分離外殻式ジルコニアサーメット    】

【            高貫通ニードル弾へ】


 発射後空中にて外殻サボが分離し、直径2ミリの極めて細いニードル状の超硬質弾芯を打ち込むもので瞬間的な貫通力のみに威力を絞った特殊弾だ。


「次で仕留める。機体安定に専念しろ」

「やるのか?」

「あぁ、非常識な跳躍力だ。このヘリに到達しないまでも奥の手を持ってると厄介だからな。次弾電力充填は終わってる3秒で撃つ」


 その言葉と同時に財津は速やかに射撃姿勢に戻る。サジタリウス・ハンマーをほぼ垂直に真下に向ける。そして義肢を駆使して射撃姿勢の精密調整を行う。心肺機能はサイボーグ化されており、呼吸と脈拍はフルオート制御。指先の引き金を引き動きを最優先して呼吸は最低限で安定化し、心拍も急な拍動を抑止する。ただその視力はサイボーグ化されておらず生身の肉眼のままだ。その生の視力と高解像度の電子スコープによって狙撃対象を正確に捉えるのだ。


「3‥‥2‥‥1‥‥」


 無言に近い小声でカウントする。そしてカウントゼロで財津はトリガーを弾いた。狙い撃つのは地上にはいつくばる不気味なシルエット。非常識な大きさのバケガエル、そしてそれは到底民生用とは思えないほどの防御力を備えているのだ。


――キュバッ!!――


 鋭い電磁ノイズを響かせながらそれは打たれる。レールガンの放電レールを焦がしながら、直径2ミリのジルコニアサーメットのニードルは、眼下の獲物を狙うのだ。

 そしてそれがイプシロンのボディへと命中するその瞬間、財津は吐き捨てる。


「死ね」


――それは言葉として最も強く他者を排除する言葉だった。その言葉は鈍い銀色のニードルに込められた呪詛だったのである。



 @     @     @



 ハイヘイズの子供らが逃れていた廃ビル。それはラフマニたちが小さな子供らが生き延びる可能性を少しでも広げるために必死になって造り上げたシェルターである。3階建ての2階3階部分はすでに崩壊しているが、ただ崩れているわけではない。万一狙撃されたり、攻撃を受けたさいに、避難階層まで被害を及ばせない緩衝部として機能するように計算してあったのである。

 貫通弾が防がれ、炸裂弾頭は一匹のカエルによって食い止められた。立て続けに来た攻撃が止んだことでほんの僅かに安堵感が子供らの中に広がっていた。

 一人の女の子が言う。


「もう大丈夫?」


 ジーナはそれをたしなめる。


「まだ気を抜いてはダメよ。まだラフマニもシェンも来ていないわ。いい? みんなもまだここで我慢しててね。いい?」


 普段からよく言い聞かせられているのだろう。ローラと言う戦闘経験者が居ることも有り、心構えはこんな小さな子らであってもしっかりとできていた。今はまだ安堵すべきときではないと理解できているのだ。

 だがそれでも気が緩んだ子供と言うのは予想外の行動をとってしまうものだ。ジーナとアンジェリカの手を離れて抜け出してしまう者が出てしまうのだ。

 子供の名前はララ、今年で4歳のフィリピンとラテン系のハーフの女の子だ。ララはジーナたちのところを離れるとシェルター内を外へと近い場所へと向かっていた。今、外がどうなっているのか確かめたくて仕方ないのだ。

 小さい好奇心は時には危険と隣り合わせだ。それがどんな結果をもたらすのか、考えることすら放棄する時がある。だがその日、ララにもたらされたのは危険性だけではなかった。それは神の配剤だったのかもしれない。

 瓦礫の隙間から外を眺められる場所を探す。決して広い範囲ではないが、それなりに外を確かめられる場所を見つけると、そのつぶらな瞳で外の様子を確かめ始めた。

 外が安全になっているなら、ラフマニたちが帰ってきたなら、ローラママがそこに居るなら、またあのみんなの家で安心して眠れるのだ。そう考えていたのだろう。だがララはそこで思いも寄らぬ物を見るのだ。


「あれ? カエルさん?」


 ララの視線の目の前に居たものそれは緑色の大きな体のカエルだった。1m程の大きさのアニメの中のお話しに出てきそうなユーモラスなシルエットの大きなカエルだった。だが――


「カエルさん? 怪我してるの?」


 ララはカエルに話しかけた。けっして近い距離ではない。ただララは火傷でもしたような姿のカエルの事が純粋に心配だったのだ。


「だいじょうぶ? カエルさん?」


 大人なら到底聞こえるとは思わないだろう。だが子供の純粋さは常識すら凌駕する。ララは本気でそのバケガエルに問いかけたのだ。そして――


「ゲ、ゲロッ――」


 ララの声はイプシロンに聞こえていた。

 横倒しに転げていたがすぐに体を立て直し声の方を向く。問いかけられた声に気づくと、イプシロンは答えた。明るくユーモラスに、痛ましさを感じさせぬように、精一杯の優しさで。


「オレ、ヘイキ。でもお前危ない、そこから離れろ」

「うん――」


 ララはうなずき、返事をしたが納得しては居なかった。そのララの中の頑なな疑問に気づいたイプシロンは精一杯にお芝居をはじめたのだ。


「オレ、死なない。オレ、魔法がかかってる」

「魔法?」

「そう、オレ。魔法かかってる。でも魔法使いに言われた。その魔法は子どもたちをいっぱい笑わせないといけない。オレ、子どもたちを笑わせる。幸せにする。だからオレ魔法が切れない限り絶対にへいきだから――」


 その時――


――ドォォォォン!!――


 巨大なバスドラムを渾身の力で叩きのめしたような爆音が鳴り響いたのだ。それは針状の弾丸だった。財津が放ったジルコニアサーメットのニードル弾だったのである。


「カエルさん?!」


 ララの声は驚きを超えて悲鳴になっていた。それは小さな子供の心にはあまりに悲惨すぎる光景だったのである。



 @     @     @



 引き金は引かれた。タイムラグはコンマゼロ数秒で弾体が射出される。

 上空のステルスヘリの機体の右脇から眼下へと向けられていたレールガンライフルから、ジルコニアサーメット製の超硬化弾芯がターゲットへと撃ち込まれる。そのターゲットの名はイプシロン。クラウン配下のカエル型の機体の持ち主だ。

 すでに炸裂弾頭を子どもたちを守るためにその身に食らっている。そのため、荒れた大地に這いつくばることにはなったが、それでも完全停止するには至らなかった。這いずるようにして身を起こすと再び立ち上がろうとしていた。そして一人のハイヘイズの幼子を勇気づけようと声をかけていた。

 まだ倒れない。倒れるわけにはいかない。その意志がイプシロンの総身から溢れ出している。だがそれを許すような才津ではない。彼こそは黒い盤古のスナイパーだ。静かなるプライドを匂わせながら、さらなる精緻なる一撃を見舞ったのだ。

 

「おめえにゃもったいねぇが――、この俺のとっておきの一発だ」


 ステルスヘリの機上から狙撃手・才津は吐き捨てる。その口調に喉の小骨を取ったかのような爽快感がにじみ出ている。あんなカエルもどきのアニマロイド如きに、これ以上手こずること事態が彼には我慢ならないのだ。


「これでゴミ掃除に専念――」


 電子スコープ越しに地上の様子を垣間見る。大穴を開けられた残骸がそこに見えるはずだ。そして最高の爽快感を得られるはずと確信していた。だが――


「う、嘘だろう?」


――そこに見えたものに才津は驚愕させられることとなるのである。

 

「当たったはずだぞ? 俺の、一番のとっておきの弾だぞぉ! ふ、ふざけんなよ!」


 引きつったような声を上げる。驚愕をそのまま声にする。指先が震え、驚きは怒りへと転化しつつあった。目の前の光景を受け入れられないが故である。

 生存していた。無傷だった。

 そこに大穴が開けられたバケガエルは存在しなかった。かすり傷一つせず、そのバケガエルは平然としていた。倒れることもなく、その台地の上に手足を踏みしめていたのだ。

 

「米軍の最新戦車の上部装甲すらも貫くとっておきだぞ? 当たっておいてなんで平気なんだよおかしいんじゃねえか? あぁあ!」


 発作的にレールガンライフルに次弾を装填する。弾種の確認などしていない。無差別な発射だった。

 

「俺の弾を勝手に弾いてんじゃねええ!!」


 甲高い裏返った声を上げて才津は引き金を引いた。放たれた弾は通常の硬化セラミックス弾頭だったが、それでも本来ならばダメージを与えられてしかるべき物だった。だがまたも電子スコープの中の望遠映像には驚くべき物が映っていたのだ。

 

 弾丸が弾かれていた。弾が当たる瞬間、大きく凹み、上から潰されたように膨らんでいる。直後に潰される力の反動で凹んでいた部分が逆にはねかえっている。そして命中していたはずのレールガンライフルの弾を勢い良く跳ね返してしまったのである。その姿、まさに昔のアメリカのコメディアニメその物でしかない。

 

――弾が効果を発揮しない――


 こうなると狙撃手はなんの意味も持たない。撃つだけ無駄だからだ。もはや才津は呆然とするより他はなかったのである。

 かたやヘリパイロットの香田は財津に対して叫んでいた。

 

「なに呆けてやがる! ぼさっとしてねぇで自分の役割思い出せ! ボケ野郎!」


 その一方で、パイロットの香田は才津の狙撃の瞬間の映像をリプレイして確認していた。そこに映し出されている映像に香田は思わずある言葉を口にする。

 

「超弾性構造体?」


 その言葉に反応した才津の視線を感じながらも香田はさらに言葉を続けた。


「噂はほんとうだったんだ、あらゆる〝弾〟を無効化する特殊構造ロボットの研究が進められてたのは――」

「あ?」


 香田のつぶやきに才津が問いかける。香田自身も驚きそのままに声を荒げて答えていた。

 

「衝撃を機体全体で分散させ完全吸収するんだよ。まさにお前が目の当たりにしたような状態でな。字田のダンナが言ってたが、ロボット兵器開発の連中の間では密かな噂になってるらしい。実現すれば理想の防弾性能が得られるが、実際には不可能で妥協したレベルでしか再現できない。しかし、本当に有ったのかよ! 完全レベルの超弾性構造体が! だとしたらあのカエル、一体何者なんだ?!」


 性能は本物だった。ならば、なおさらの事、無視することはできない。パイロットシートから狙撃手席へと大声で急き立てた。

 

「才津! ここまで到達されると厄介だ! 火炎放射でも爆装でもなんでもいい! さっさとアレを吹っ飛ばせ!」

「あ、あぁ――」


 怒号を上げる香田に反して、狙撃手の才津はもはや冷静さを失っていた。狙撃手とは想像以上に集中力とタフな精神を要求されるポジションだ。狙撃の瞬間に向けて、己のメンタルをコントロールし続けている。それが糸が切れるみたいに集中力の糸が断ち切られてしまったのだ。震えるその手が、今の才津の〝心〟の状態をつぶさに現していたのである。

 

「くそっ! くそっ! ちくしょぉぉお!」


 無様なまでの狼狽がその声には現れていたのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 ララは呆然としてその光景を目の当たりにしていた。

 

「カエル……さん」


 撃たれたはずのカエルは大きくへこんだかと思うと、すぐに跳ね返って弾を押し返して弾いてしまう。そして、何のダメージもなく、そこに佇んでいる。ララはカエルに再度声をかけていた。

 

「カエルさん!」


 笑っていた。そのバケガエルは笑っていた。ユーモラスな、滑稽な、カエルの特徴を膨らませたような独特のそのシルエットで。漫画のように笑顔を浮かべていた。そしてバケガエルのイプシロンはララに対してこう答えたのだ。

 

「これが俺の魔法。だからおれ平気」

「痛くないの?」

「ちょっと痛い。でも――」


 一呼吸置いてイプシロンは答えた。真面目で落ち着いた声で。

 

「お前のような子供が悲しい顔をしている方がもっと痛い」


 そして再び狙撃の弾は撃ち込まれた。だが、そんなモノは彼にかけられた最高の魔法の前には全くの無力だ。イプシロンはそのシルエットを再び凹ませたが、また何のダメージも無しにはじきかえしたのだ。


「ほんとだ! すごい!」


 死なない――、悪意を象徴するような攻撃にも平然としている。ただその姿を見ただけでもララの心には安堵感が満ちてきていた。

 

「そうだ俺はこれくらいではなんともない。心配しなくて良い。だからなあとちょっとだけ待ってろ、あの暗い空に悪い奴らが隠れている。今あそこに行って退治してくる。だからちょっとだけ待つ」


 優しく諭すような声がする。イプシロンのその言葉にララは思わず、こう答えていた。それは去年の聖夜の夜の時に見た夢物語の思い出だった。

 

「じゃぁ……、あのクリスマスの時みたいに?」

「ゲコ? 覚えてるのか?」


 ララははっきりと顔を縦にふっていた。

 あの時、記憶消去の操作はしっかりとやったはずだが、子供の場合心理状態が不安定なこともあり極稀にこう言うことが起きる。クラウンにバレたら叱責される事だろう。

 

「あやや、それちょっと困る。頼むから誰にも言うな。俺おこられる」

 

 イプシロンの狼狽える声を聴きながらもララは思い出していた。あの聖夜の夜に恐ろしい大人たちに襲われた時に救けてくれた不思議なカエルのことを。でもそのカエルとの約束をララが無視するはずがなかった。

 

「わかった。誰にも言わない」

「そうか、だったら俺も約束する。お前たちを絶対に守る。みんな笑って暮らせるようにしてやる。だからあと少しだけ我慢して待ってろ。いいな?」

「うん」

「ほら、みんなのところへ帰る。ここはまだ危ない」


 その言葉にララは笑っていた。そして大きく頷くと軽く手を振りながら、廃ビルの奥へと去っていったのだった。それを見送りつつ、イプシロンは頭上を仰いでいた。その怒れる視線が地上から、ステルスヘリの方へと向けられている。その怒りと義憤は今なお潰えては居なかったのである。

 

「アレを落とす。絶対に落とす――アイツら、子どもたちを怖がらせた」


 そしてヒタヒタと歩きながら頭上を仰ぎ続けていた。そのヘリに到達するための手段を思案しながら。

 

「お前たちだけは絶対に許さない」


 イプシロンの目が炯々と光っていた。その怒りの視線は確実に黒い盤古たちのステルスヘリへと届いていたのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 3人のプロセスがひた走っていた。

 タン、グウィント、ダエア――、様相も風貌も全く異なる3人だったが、その個性は遠目で見ても際立っていた。

 薄汚れたビル群と瓦礫の隙間をかいくぐるように進む3人の先頭を切ったのはダエア――〝支えるダエア〟の字名を持つ褐色肌の少女だ。

 男のようなニッカボッカズボンと編み上げブーツに、黒シャツの上に迷彩柄の袖なしジャケットを羽織っている。髪は黒で散切り髪のショートカットヘア。男性的なシルエットだがそのボリュームのあるバストが彼女が女性であることを頑なに主張していた。

 

「先行くよ!」


 鋭く告げながら視線をタンとグウィントに目配せしつつ、指差したのはイプシロンが必死に守っていたあのシェルター代わりの廃ビルである。赤いコスチュームのタンがそれに答える。

 

「頼む」


 そしてタンと並んで走っていたグウィントも強い視線を湛えながら頷いていた。そのグウィントにタンが告げる。

 

「行くぞ。私たちは〝彼〟を支援する」

「どうやって?」

「竜巻を起こす。私の炎と君の旋風だ」

「火炎旋風ね? カエルさん、日干しにならない?」

「大丈夫だ! そもそも――」


 タンは物陰から姿を表すと、ひときわ遠くへ跳躍しながら告げた。

 

「この程度でやられるような彼なら、この場に居合わせたりしない!」

「それもそうね!」


 そして着地するとそのまま真っすぐにイプシロンのもとへ向かう。あとに続いてグウィントと言う名の彼女も駆け抜けていた。

 

 先を行くのは赤いシルエットの少女。スカートルックの真紅の軍装を纏い、足元には純白のタイツとレガートブーツ。手には黒地に金モールの篭手を身につけている。髪は大きなヘッドペンダントをつけた赤いショートで右目が髪の毛で隠れている。その背には降り畳まれた弓と矢が背負われていた。

 その後を追うのは純白と水色のシルエットの少女。駆けるというよりは飛ぶように翔けているかの様だ。純白のスカートドレスを身にまとい、上半身には水色のレザー時のようなホールターネックのチョッキを身に着けている。腰には金色のベルトを2本、左右交互に斜めに巻いていた。そして、肩と両腕全体を覆うほどの大柄のロングショールを羽織り、水色の流れるようなロングヘアにはフリル付きヘッドドレスが付き、光り輝く美しい髪を風にたなびかせていた。

 

「行くよ! グウィント!」

「もちろんよ! タン!」


 赤い彼女の名はタン、字名は〝燃やし尽くすタン〟

 白と水色の彼女の名はグウィント、字名は〝吹きすさぶグウィント〟

 今、3人の魔法使いが、決して膝を屈する事のない一匹のカエルにさらなる魔法をかけようとしていたのである。

 

 先に動いたのは〝支えるダエア〟だった。

 頭上に居るであろうステルスヘリの気配を察しながら物陰に隠れている。そして上空から何が行われるかを注意深く警戒している。

 その直後だステルスヘリの機体が有るであろう場所から黒いつや消し塗装の円筒形、缶コーラサイズのアイテムが数個投げ落とされたのだ。それが危害を加えるための物だというのは誰の目にも明らかだった。

 

「来たな?」


 瓦礫の物陰から姿を現し、廃ビルの頂へと跳躍して一気に登る。その黒い瞳はステルスの帳に身を隠しているヘリの機体から撒き散らされた〝ナパーム手榴弾〟に、強い敵意と怒りを露わにしていたのだ。


「ここをガキたちごと、まとめて吹きとばそうったってそうはイカないよ!!」


 そして、その両腕を頭上へと掲げて両指を大きく広げる。と同時に彼女の秘められた力を発動させる〝言葉〟を解き放ったのだ。

 

「支えるダエアの名において命ずる! 岩盤よ! 姿を現せ! そして命を守る盾となれ!」


 そしてその言葉をキーとして、ダエアの体内でその力を発動させるためのシステムが一気に目を覚ましたのである。

 

【 大気中空中元素固定開始         】

【 固定対象>炭素系セラミックス      】

【     >高強度炭素繊維        】

【     >各種珪化物、及び、岩石物   】

【 再構成電磁誘導レールガイド展開     】

【 再構成対象物シュミレート開始      】

【 >再構成想定物体            】

【  ≫炭素物及び珪化物混合プレートシールド】

【                     】

【    ――再構成スタート――      】


 ダエアの両腕と全身から微細な輝きを伴って帯状の電磁波の光が解き放たれている。周囲空間の大気中では周囲に存在する物質を元素固定して、身を守る盾するべき素材を出現させていく。頭上の任意の空間へと誘導し、収束させ、そして再構成させる。

 しかる後に造り上げられた物。それは――


【 炭素物及び珪化物混合プレートシールド  】

【 >再構成完了              】


――灰色がかった楕円形状の数メートルはあろうかという巨大な〝盾〟であった。

 ダエアは自らが生み出したそれを両腕で受け止めると、頭上から降り注いでくる燃焼系の爆破物を弾き返すための防壁としたのである。財津の放った苦し紛れの攻撃から子供らを守るには十分すぎるほどの物だったのである。

 

 今まさに、高い強度を持つプレートシールドの上にナパーム手榴弾が接触し爆炎をあげている。手榴弾内に収めされていたナパーム燃料は炸裂し飛び散り、周囲は瞬く間に火炎地獄をと化す。

 

「弾で撃ちぬけないからって火で焼こうってのか?! 芸が無いねえ! 黒い兵隊さんよ!」


 だがそれも一瞬であり、即席のプレートシールドは亀裂を生じさせつつも悪意の攻撃を阻止したのである。

 黒い盤古のステルスヘリの苦し紛れの悪意の排除に成功して、ダエアは視線でタンとグウィントに合図を送った。その目線の合図を受けるころ、二人の脚は天をじっと仰ぐままのイプシロンのもとへとたどり着いていた。

 イプシロンは焦っていた。

 頭上遥かに隠れる敵にたどり着くにはどうしたらいいか、その手段を求めて必死に考えを巡らせていたのだ。だが、再び頭上から降り注ぐ悪意――高燃焼のナパーム手榴弾に気づくも、イプシロンが駆けつけるよりも早くすでに何者かが子どもたちを守った後であった。

 驚き、訝るも、それを声にするよりも早く、イプシロンに迫ってくる2つのシルエットがる。赤い軍装ドレスの少女と、白いロングショールの少女――、この場末の埋め立ての荒れ地の上にはあまりに似つかわしくない存在だった。

 そう、それはまるで妖精か魔法使いの如くだった。そんな二人に対してイプシロンが問いかけるよりも早く声をかけてきたのは白いロングショールの少女・グウィントであった。

 

「ねぇ、あなた何を見ているの?」


 そのシンプルな問いをイプシロンは拒まなかった。その胸の内に抱いた焦りと苛立ちを目の前に合わられた二人に対して、素直に口にしていた。

 

「あの、闇夜の中の悪い奴ら――、あいつら許せない」


 目の前の二人に目配せしつつ、その視線はやはり闇の空を見上げていた。そのイプシロンの視線に習ってグウィントもタンも頭上を仰いだが、タンは言い放つ。

 

「君には何か見えているんだね。だが僕らには見えない。それだけの見る力がない」

「ゲロッ――そうか」

「でも見えているならなぜなにもしない? なぜただ見上げているだけなんだ?」


 それは単なる質問ではなく、ある種の試しとしての詰問を含んでいた。イプシロンが抱く敵意と怒りの理由を問いただしているに等しかったのだ。それは当然のごとくイプシロンにも以心伝心で伝わっているのだ。

 

「届かない――、俺、空を飛べない。俺の攻撃遠くまで届くけど、あそこまで――あの闇の空まで届く力を持ってない。あそこに許せないやつがいる。だけどどうにもできない」

「そうか」


 タンは冷静な口調で、イプシロンの義憤と無力感を理解し頷いていた。だがタンはイプシロンに対して意外な提案をしたのだ。

 

「だが、君が見えているその〝敵〟のところまで君自身が飛べるなら――」


 赤いシルエットのタンは片膝を突いてイプシロンのところへと目線をおろす。

 

「君は君自身の正義を討ち果たすことができるんだね?」


 鋭くも人としての誇りと優しさに満ちた視線だった。それはイプシロンにも信じるに足る視線であったのだ。はっきりと頷いた後にイプシロンは言い放つ。

 

「ゲロッ、出来る。あの高さに届きさえすれば子どもたちを守ってやれる。あいつらを笑顔にしてやれる。そのためならオレなんでもヤる」


 イプシロンが口にした言葉を、人々はこう呼ぶのだ。

 

――〝覚悟〟――と。


 その小さくも確かな覚悟、それを耳にしてタンとグウィントはこう答えたのだ。

 

「ならば私たちは君に手を貸そう」

「あなたが望む空へと至る〝風〟を吹かせてあげましょう」


 イプシロンにそう問いかけると、タンとグウィントはイプシロンを挟んで距離を取る。そして互いに目配せすると、イプシロンへと改めて問い掛けた。タンが鋭い視線を湛えながら告げる。

 

「今から君をあの空へと送る。少々手荒な事をするが覚悟してくれ」


 次にグウィントも柔和に微笑みながら告げる。

 

「でも、貴方ならきっと成し遂げるわ」


 そう声をかけつつ両手を左右へと大きく広げた。タンが言う。

 

「行くよ、グウィント」


 それにグウィントが答える。

 

「えぇ」


 何かが始まる――、それを理解し軽く周囲を見回したイプシロンだったが、意を決して空を見上げた。

 そして、口上を述べ始めたのはグウィントからであった。両手を左右に大きく広げたまま言葉を滔々と唱え始めた。

 

「吹きすさぶグウィントの名において命じます。一迅の風よ吹きなさい、そして、かの小さくも気高き者の周りにて旋風となりなさい」


 その言葉はトリガーだった。グウィントの中に眠れる力が静かに目を覚まして行く。

 

【 電磁気干渉型大気流制御システム     】

【 >電磁気エフェクトフィールド展開開始  】

【 >大気流制御スタート          】

【  ≫大気流制御パターン         】

【  〔環状旋回、円形フィールドタイプ〕  】

【                     】

【     ――大気流制御開始――     】


 そしてその力は静かに、一迅の旋風をイプシロンの周囲へと生み出していく。

 次に口上を述べ始めたのはタンである。右手を握りしめ拳を作るとそれを胸の前にて構えて、力強く宣言するように言葉を紡いでいく。

 

「燃やし尽くすタンの名に置いて命ずる。我が掌中より炎よ噴き上がれ、そして、熱く熱く熱気を帯びて周囲一帯の大気を加熱せしめよ!」


 述べ終えると同時に握りしめた右手を開きながら前方へと勢い良く突き出す。と、同時に紅蓮の炎は彼女の手のひらから吹き上がり、グウィントの生み出した旋風へと絡み合い、渦巻く炎へと変じていく。

 

【 超高温プラズマ火炎、生成システム起動  】

【 左掌より電磁気エフェクトフィールド展開 】

【 同エフェクトフィールド         】

【 >展開パターン、円錐コーン形状     】

【 プラズマ火炎放射パターン制御開始    】

【 左掌中央より超高温プラズマ火炎放射開始 】

【                     】

【     ――出力急速上昇――      】

 

 タンの右の掌から吹き出した真紅の炎は、何かに導かれるように一直線に前方へと伸びていく。グウィントが生み出した旋風の中へと向かい、旋回する炎流へと変じていく。


「今、風は旋風となり」

「風と絡み合った炎は螺旋を描いて火炎旋風となる」


 そして生み出された火炎旋風は強烈な上昇気流を生み、螺旋の力となって巨大なものを生み出すのだ。そうそれは、

 

「さあお行きなさい!」

「小さくも気高き者よ!」


 天をも貫く【火炎竜巻】である。


――ゴオオォォォォ――


 真紅の炎の龍の如く、それは怒れるようにのたうちながら天へと一直線に伸びていく。

 そして、その竜巻の中を吸い上げられるように空へ空へと運ばれていくのは、カエルのシルエットを持つ小さき者であった。

 その名はイプシロン――、一匹の滑稽なバケガエルは天上へと駆け上がる。

 今こそ、その胸に義憤と正しき敵意を秘めて、闇夜の空に身を潜める黒い悪漢へと鉄槌を下すのだ。

 瞬く間にその1m程の丸いシルエットは炎に吹き上げられた木の葉のように空の頂へとたどり着いたのだ。そしてイプシロンは、子どもたちを脅かしていた脅威の正体を今こそその目に捕らえていたのだ。

 

「見つけた――空から子供らを苦しめるヤツを!」


 火炎竜巻に空へと運ばれながらもイプシロンはその目に強い敵意の輝きを放っていた。

 断罪の輝き、

 憤怒の輝き、

 そして、その何よりも強い視線は、ある者たちの姿を正確に捉えていたのである。

 その視線は、空の高みとホログラム迷彩によるステルスシステムに守られていた才津にとっては驚きと恐怖以外の何物でもなかった。

 

「なっ――、何だ手前ぇ!!」


 とっさにレールガンライフル『サジタリウスハンマー』を前方へと向ける。だがそんな物に怯むイプシロンではない。 

 

「答える理由はない! ケェエエエッ!!」


 怪鳥のような鳴き声を響かせて、イプシロンはその口を開き真紅に染まった〝舌〟をムチのようにしならせて解き放つ。

 

――ヒュオッ!――


 ステルスヘリの機体外側の着陸用のスキッドへと舌を絡ませると一気に攻め寄る。そして、その小さな緑色の身体をステルスヘリの機体内へと飛び込ませたのである。


――ダァンッ――


 まるでバレーボールでも撃ち込んだかのような音を響かせてイプシロンはヘリの機体の中へと飛び込んでいった。巧みに着地に成功し即座に体勢を整えると、ヘリの機体の中で見つけた二人の男たちを怒りの視線で射抜いていた。もう、どこにも逃すつもりは無い。叩きつけるような怒れる口調で二人へと告げる。


「もう遊びの時間は終わった。お前たちをこの空から引きずり下ろす!!」


 同時にその両足に渾身の力を込めている。弾丸のように飛び出す準備はすでにできていた。

 突如としてヘリの機内に飛び込んできた侵入者に、パイロットの香田も、狙撃手の財津も、動揺しないはずが無かった。

 

「何やってんだ! 早くそいつを叩き出せ!」 


 香田が悲鳴のように叫んでいる。機内で暴れられたら墜落しかねない。才津はそれを理解しつつも、狼狽える以外に何もできずに居た。苦し紛れに、その腰に下げていた拳銃【ベレッタPX4ストーム】をバケガエルのイプシロンに向けて抜き放つ。

 

「うるせぇ! ふざけんじゃねええ!!」


 逆ギレでしか無い罵声をぶちまけながらそのトリガーを引いた。だが、イプシロンにはそんなオートマチック拳銃の40口径弾など何の効果もない。何発撃っても全弾跳弾してあっさりと跳ね返し、攻撃することの無意味さをまざまざと見せつけたのである。

 

「なにかしたか? お前?」


 冷ややかに問うイプシロンはそれ以上何も語らなかった。そしてその両足に込めた力を開放すると、ヘリの機内で一気に飛び出していった。

 そもそも――


 正義には様々な形がある。

 悪意を持って悪しきを成そうとする者に対して、様々な形の正義が行使される。

 今、イプシロンもまた一つの形の正義を行使しようとしていた。

 すなわち――


『鉄槌』


――である。


 役目を忘れ、私欲と快楽のために暴力と悪意を行使しようとする者に対しての〝応報の鉄槌〟である。

 今まさに、正義の瞬間は訪れたのである。


次回特攻装警グラウザー


第二章サイドB第1話Part35【死闘・正義のシルエット】


挿絵(By みてみん)

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