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メガロポリス未来警察戦機◆特攻装警グラウザー [GROUZER The Future Android Police SAGA]  作者: 美風慶伍
第2章サイドB『魔窟の洋上楼閣都市』第5部『死闘編』
115/147

サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part33『天へ……天から……』

特攻装警グラウザー

第2章サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市33


スタートです

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【第2科警研内、F班研究セクション、大規模作業ルーム】


 そこはフィールとフローラが生まれた産屋である。

 F型機体――

 固定内部骨格を重視せず、金属メッシュ製の籠状の柔軟なフレームを人間の肌に限りなく近い触感のプラスチック系素材でコーティングすると言う発想で、高い運動性を持ちつつ多大な軽量化に成功した機体。アンドロイドの外見をより人間的にする事が可能であり生身の人間とほぼ変わらない『柔らかな身体』を有したアンドロイド機体の一つである。

 〝柔構造外骨格〟と言う世界でも類を見ない非常に独創的なこの構造概念は、のちに世界のアンドロイド学会において『性能と重量のトレードオフ』と言う人型アンドロイドアーキテクチャの大問題を突破する斬新な発想として世界中を席巻することになるのだが、それはまた別なお話。

 後に内部に単純化された内部フレームを加えることで柔構造外骨格の脆弱性や耐久性不足と言った問題を解決し、より高性能の『柔らかい身体』へと進歩発展することになるのだ。

 

 今、フィールは帰ってきていた。

 自らが生まれ落ちたその場所で。

 単なる一つの頭脳体として種を得て、母親の子宮の中で育つが如く、骨格を得て、内部機構を得て、インターフェイスを得て、人と同じごく自然な容貌を得て、知恵を得て、意識を得て、そして彼女は目覚め、この世へと生まれ落ち、産声を上げた。

 今から2年前の事である。

 そして今――

 

――彼女は命の危機にあった――


 今、彼女を救おうと第2科警研に残る全ての者たちが奔走していたのである。

 

 

 @     @     @



「フィール、破損四肢、基底関節部より離断完了しました!」

「胴体外装、全剥離完了! 内臓出し成功!」

「全内部要素、作業用支持固定完了!」

「モニタリングシステム、正常稼働中」


 布平率いるF班に多班の研究員たちが支援の手を差し伸べていた。多大な人数が投入されているのみならず、日本国内のアンドロイド研究の最先端を行く彼らである。その作業連携の手際は見事であり、一糸乱れぬオーケストラのごとく、水も漏らさぬ精密さで速やかに作業をこなしていたのだ。

 そして、その彼らの指揮を執る人物が一人――


 第2科警研F班班長:布平しのぶ

 

 その傍らで実作業を差配するのが――

 

 第2科警研主任研究員:桐原直美

 

 フィールの修復作業はこの2二人を軸として進められていた。

 直美が告げる。

 

「内部機構の破損箇所を全てリストアップして。基本的に頭脳体と脊椎ユニットのみを残して新機体へと移植します。その移植作業の阻害要因となるものを排除することがこちらの作業の要諦となります。それから、作業は一刻を争います。速度が命だということを常に認識してください」


 普段は無口で余分な軽口を叩かない直美だったが、実作業においては雄弁だった。その彼女の凛とした声に導かれて研究員たちの声が返ってくる。

 

「はい!」


 そして直美を含む12人の作業員たちは速やかにフィールの旧機体の解析と分解を速やかに開始していたのである。

 一方で――

 

「国際通信?」


 布平の持つ大型スマートパッドに国際電話の入感が有った。その通信の主を彼女は知っていた。

 

「イギリスのガドニック教授?」


【      ――回線接続――       】

【 AUTHER:チャールズ・ガドニック  】


 回線がつながると向こう側の映像が映る。そこに姿を表したのは理知的な風貌の英国紳士だった。

 

「しのぶくん。聞こえるかね?」

「教授!? はい聞こえます」

「話は聞いた。フィールが瀕死だそうだね? 被害レベルは?」

「非常に重篤です。頭脳体と脊椎部を残して他は新造することになりました。すでに機体更新の予定があったので作業は速やかに行われます」

「そうか――」


 布平の説明に静かに耳を傾けていた教授だったが、あえてキツい目に言葉を差し挟む。

 

「それでは不足だな。頭脳体の意識の保護は? 仮想空間への接続はしていないのでは無いのかね?」

「仮想空間?――ですか?」


 布平は予想外の言葉に思わずつぶやいてしまう。布平は優れたアンドロイド技術者だが人工頭脳体であるクレア頭脳については専門と言えるほどには習熟していなかった。そのつぶやきに対してガドニックは告げた。

 

「人工頭脳体であるクレア頭脳。それを駆動させるマインドOS、その作動状態は人間の生脳とほぼ同一、それは認識しているね?」

「はい」

「だが、人間の頭脳はすべての感覚信号が遮断されると脳波が完全にフラットになる事が知られている。いわゆる死に相当する状態に陥ってしまうのだ」

「死――」


 ガドニックから淡々と告げられるその言葉に、布平は思わず蒼白になりかける。だが彼女は踏みとどまりガドニックへと問い返した。

 

「ではどうすれば?」

「だからこその仮想空間だよ。いいかね?」


 そこでスマートパッドの画面にガドニックの側から映像が送られる。CGによる模式図だ。

 

「私のエバーグリーンの大型メインフレームサーバーと大規模な高セキュリティ回線でそちらをつなぐ。その上でフィールの頭脳体の意識をこちらでポーリング。仮想空間内にて意識の保護を行う。接続は速やかに行いたまえ。接続回線のデータはすでにそちらに送った」

「はい。直ちに繋ぎます」


 画面の向こうでガドニックがうなづいていた。それを認識しつつ布平は声を発する。

 

「直美!」


 その声に直美が振り向く。

 

「解体待って! 今、ケンブリッジのエバーグリーンがサポートに入ってくれたわ! フィールの頭脳体を保護するために向こうのメインフレームサーバーと接続するわ! 仮想空間にあの子の意識を逃してその上で進めて!」

「わかったわ。作業一時中止!」

「はい!」


 作業に携わる研究員も同意する。その上でフィールの人工頭脳体の延髄部に設けられている重要メンテナンス作業用の回線接続コネクターへと第2科警研のメイン外部回線中継サーバーへとコネクトする。そしてその接続条件とパラメータを設定。接続先を英国のケンブリッジのエバーグリーン財団のメインフレームサーバーと繋ぐ。

 それを確認して布平はガドニックへと答えた。


「教授、お願いします」


 モニターの向こうで教授が頷く。その目にかけている眼鏡のレンズが理知的な輝きを放った。

 

【 MIND‐OS             】

【 Emergency           】

【 Maintenance PROGRAM 】

【                     】

【 External circuit    】

【          Connection 】

【―――――――――――――――――――――】

【DESTINATION:Cambridge】

【ORIGIN     :SPL2.    】

【―――――――――――――――――――――】

【 Connection〔OK〕      】


 作業は速やかに行われた。一切の予断無く流れるように自体は進行する。


〔よし繋がった。これでいい。此処から先は我々エバーグリーンがバックアップする。君たちは心置きなく作業に専念してくれ〕


 そう告げながらガドニックは布平の目をじっと見つめていた。

 

「教授、ありがとうございます」

「礼にはまだ早い。全ての作業が成功してそこで初めて安堵することが出来るのだ」

「はい」

「健闘を祈る。我々の娘たるフィールを必ず救ってやってくれ」

「はい、お約束いたします」


 モニター越しにガドニックへと礼を告げ、布平は作業へと戻る。

 

「直美。作業再開!」

「了解。作業再開して! その際にメインの頭脳体関連への動力供給は遮断しないこと 脊椎部分への接触は慎重に! 良いわね」

「はい!」


 一斉に声が上がり作業が進む。だが今なおフィールの瞳は閉じられたままだったのである。

 


 @     @     @

 


「はぁ……」


 廊下の壁際に佇み、ため息をつく女性が一人。小柄でショートカットが印象的な女性、金沢ゆきである。F班のメンバーでその立ち位置は少し特殊だ。それのそもそも彼女は技術者では無いのだ。

 その表情は暗く疲労の色が明らかに浮かんでいた。

 

「やっぱり慣れないなぁ」


 ボソリとつぶやく言葉には戸惑いが滲んでいる。深い溜め息をにじませながらその足取りはどことなく重かった。

 その金沢に弾けるようなキンキン声がかけられた。丸いトンボメガネがトレードマークで関西出身の女性技術者・F班のメンバーで機械工学がメインの計算オタクの一ノ原かすみである。

 

「なんや! ここにおったんかいな?」


 明るくよく通るような声であったが、それはもう一つの意図を含んでいた。

 

「はよ戻りや。皆待っとるで」


 明るい抑揚が消え問い詰めるような声となる。一ノ原の金沢を見る視線は鋭かっった。

 

「あ、はい――」


 煮え切らない声が返ってくる。それに対して一ノ原は強く問い返す。それは彼女の技術者としてのプライドが出させた声であった。

 

「あんなぁ? なにこないな所で足踏みしとんのん?」

「え?」

「え? やないで! あんたんこと皆待っとるんや! 早うしいや! フィールの身体を新造する事が決まったんや! 大体や! フィールの可愛らしさ、綺麗さ、人間らしさは、設計段階からあんたが全面的に監修できてたから成功したんや! ずぶの技術者で自分の専門分野のエリアからしか物を見れんわいらでは出来んかったんや! あんたが居らんかったらどうにもならんちゅうのは分かっとるやろ! なにこんな所で油売っとんねん! ま~だ覚悟できてへんかったんかい! こんボケが!」


 金沢が迷いと嫌悪を隠しきれずに声を漏らせば、それが一ノ原の癪に触ったらしい。堰を切ったように怒涛の関西弁でまくし立てたのだ。普段のひょうきんな彼女からは考えられない剣幕である。だがその一ノ原が伝えようとしていた言葉の肝心な部分は確かに金沢へと伝わっていた。

 

「覚悟――」

「そや」

「はい。情けないですがまだ自分の何処かでこう言う事が起きる可能性から目を背けてたのかもしれません」


 一ノ原はその言葉を問い詰めなかった。金沢は自らの中の迷いを隠さずに吐露した。

 

「フィールが破損して帰ってくるたびに、彼女を修復しきれなかったらどうなるんだろう? って何度も疑問と不安を感じてました。いつかこの日が来るんじゃないかって、でもその時はどうしたらいいんだろう? 自分に何が出来るんだろう? って――

 それにそもそも、私はかすみさんたちのような技術者ではありませんし、元々はファッションやアパレル関係でやっていましたから〝自らが作った物を直す〟と言うプロセスに対してどうしても迷いや不慣れがありました。その意味ではまだまだこの期に及んで『覚悟』ができて居なかったんだと思います」

「せやな――」

 

 金沢が語る言葉を耳にして一ノ原はそれを拒絶はしなかった。静かにうなずきながらこう個を漏らした。


「まだ気構え身構えができとらんのは確かやな、でもな一つだけ聞いてくれへんか?」

「はい」


 それまでの強い剣幕はどこへ行ったのか、一ノ原は柔和に微笑みながら金沢へと語る。

 

「前にも話したけど、うちの大阪の実家、玩具屋やねん。オヤジが社長やってて会社切り盛りしとんねんけど、ホントなら会長役やってなあかんはずの爺ちゃんが未だに創業当時のボロい店で店先に立っとんねん。なんでか分かるか?」


 昔、一ノ原が酒宴の席で自分の生家の家業について漏らしたことがある。彼女の実家は中堅規模の玩具製造業で海外にも輸出に成功して、会社の規模こそ大きくは無いものの堅実かつ着実に業績を伸ばしていた。彼女の語る祖父とはその玩具製造業を起こした創始者の事であった。本来なら取締役会長として、現社長の後見人の役目を果たさねばならないはずであった。金沢は一ノ原の問いに対して自らの考えを口にする。

 

「お客さんとの繋がりを忘れたくない――そんな感じでしょうか?」

「せやな、大体当たりや。爺様、凝り性でな小さな玩具屋だった頃から店に子供がおもちゃが壊れた言うて泣きながら来ると、商売度外視でなんぼでも直してやるねん。そのたんびに子どもたちが喜んで帰っていく姿が何よりも嬉しいって言うねん。会社が大きくなってもその気持ちだけは忘れたらあかん。お客さんと笑顔と喜びを共有することだけは忘れたらあかん言うてな」

「笑顔と喜びを共有――」

「せや、うちらがフィールがどないな姿になってきても必ず直す言うんに覚悟するのは、まさにそのためなんや。あの子を待ってる人が居る。あの子自身が仲間たちの居る場所へと行きたがっている。その為には何が何でもあの子を直してやらなあかんねん。大体な、あの子はアンドロイドで人間様に作られた身体や、自分自身で壊れた所を直せへえねん。誰かが直してやらなあかんねん。例えばや、医者様が怪我した患者の姿が痛ましいから治療しとうないなんて言えるか? おかしいやろ?!」


 それは核心だった。そして――

 

「そうですね。私が思い違いしてました」


――一ノ原が金沢にどうしても指摘したかったところだったのだ。


「行きましょう。あの子の新しい身体を作ってあげないと」

「あたりまえやがな。それにグラウザー作ったG班の連中からも技術提供してもらえるし、フローラでの新技術も入れられる。今度こそゆきはんの願ってたリアルヒューマノイドの夢がかなえられるはずや。古い方の身体からあの子の中枢部を取り出す作業も進んどる。気張って急がな間に合わんで?」

「はい。五条さんもしびれを切らしてるでしょうから」

「わかっとるやないか! ほな行くで」

「はい」


 そう言葉をかわすと二人はF班のセクションへと帰っていく。そしてフィールのための新しい身体を生み出すことになるのだ。彼女たちの長い夜はまだまだ続いていた。

 

 

 @     @     @

 

 

 そして作業は続いていた。

 ネット越しにガドニック教授の声が響く。

 

〔よし、フィールの意識は完全にこちらに退避完了した。そちら側の状態はどうなってる?〕


 ガドニックの言葉に布平が答える。

 

「マインドOS基底スピンドル信号確認、それ以外の頭脳動作シグナル全てフラットライナーです」


 フラットライナー――、医学用語で脳波信号が平坦になった状態を指し、通常なら『死』を意味している。


〔それでいい。こちらでの仮想空間に彼女の身体データが再現されているのも確認済みだ。そちらの作業が終わるまで彼女は私が預かろう〕


 その言葉は第2科警研にてフィールの修復に関わる者全てに強い安堵を与えていた。何しろ相手は現在世界中で用いられているアンドロイドの頭脳の主流であるクレア頭脳とマインドOSと言う人工頭脳ユニットの生みの親なのだ。まさに親以上の存在なのだ。フィールの意識と魂をあずけるのにコレほどまでにふさわしい人間は居ないはずなのだ。

 

「教授、よろしくお願いいたします」

〔うむ。そちらの作業が無事完了することを祈っている〕

「ありがとうございます。はい、それでは――」


 布平はそう答えて作業へと戻っていく。その彼女の視界に、戻ってきた金沢と一ノ原の姿が有った。落ち込んでい金沢の顔に明るさと力強さが戻っている。それをみて作業の総指揮を執っている布平にも成功の可能性が感じられる。これから新造される新しい機体についての指示をだすべく彼女たちの所へと向かった。


 かたや――


 今、ガドニックはモニター越しに第2科警研での戦場のごとき作業を見守ることしかできなかった。そして、預かったフィールの意識体はガドニックが構築した仮想空間の中でまどろみの夢を見ているだろう。こうなると彼にもどうすることもできない。順調に眠りの中へと落ちているフィールのライフステータスを確認しながらガドニック教授はこうつぶやいたのだ。

 

「フィール――今、君はどんな夢を見ているんだね?」


 その問いに答える者は誰もいなかったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 光が降り注いでいた。

 光が満ち溢れていた。

 光は足元から立ち上っていた。

 そして、そこは無限の地平線へとつながっていた。

 

 フィールは今――

 

 地上を離れていた。

 

「あれ? ここ――どこ?」


 一人、呆けた様子で周りを見舞わす。

 

「あたし、たしかフローラと一緒に居てそこで……」


 そうだ自分はフローラと『実家』へと帰還しようとしていたはずだった。そして――

 

「途中で……」


 そこまで気づいたことである思いに到達していた。

 

「まさかあたし死ん――」


 そこで不意に冷静さが戻ってくる。周りをつぶさに観察すればそこが普通の地上世界で無いことは一目でわかる。無限に続く地平線。そこには町並みも建築物もない。常緑の大地でただただどこまでも広がっている。

 頭上を仰げばそこもまた不思議な空だった。太陽も月もない。無数の星々が広がり星明かりで地上が照らされているのだ。そこは明らかにフィールの知る地上では無かった。

 元来、フィールは理知的で聡明な人柄だった。自らが置かれている状況を常に正確に把握する癖が身についている。そして彼女は総合的に判断を下した。

 

「そうね、ここがマトモな地上でないことは確かだよね」


 ここがどこへと続いているかはわからない。そして地上で自分の身に何が起きたのか、何が行われているかなど知る由もなかった。フィールの顔に暗がりがさす。それは避け得ぬ現実への後悔、そして懺悔だった。

 

「ゴメンね、フローラ……」


 せっかく。あれだけ自分に会いたいと必死に頑張ってきた妹なのだ。それが目の前でこのような自体になったとすればどれほどの悲しみだろうか? それを思うととてつもなく大きな罪悪感で潰されそうになる。そしてフィールは悟る。

 

「これなんだね。〝別れる〟って言うことの重さって」


 これまでの警察としての仕事の中で、どれほど家族や仲間と死別させられた被害者たちと向かい合ってきただろう? 嘆き、悲しみ、怒り、絶望、そして、死への憧憬――、それらの何よりも強い負の感情を目の当たりにして義憤にかられていたが、フィールはそれだけではあまりにも不足していた事を痛感した。

 

「そうだよね。残された人の事を思うなら、死して全てが終わるって事だけは間違いだよね」


 なすべき事が有ったはずだ。伝えるべき言葉があったはずだ。守りたいものがあったはずだ。沢山の思いや、沢山の感情、それがとめどなく溢れてくる。だがそれを伝える術は無いのだ。

 

――無念――


 フィールはその重さを骨身に染みて痛感していたのだ。

 周囲を見回せば、他にもこの世界へと招かれてきた人々が大勢居る。そして。一つの方向へと一心に歩いている。それが向かうべき場所なのだろう。

 

「行こう」


 フィールは歩き出した。そして、覚悟を決めた。

 

 

 @     @     @

 

 

「それにしても――」 

 

 歩きながらフィールは自らの身体をあらためて確かめていた。

 

「なんでこんな恰好なんだろう?」


 自らの手を眺める。そこには生身の人間と何ら変わらぬ手指がある。肌色の皮膚。血色のかよった爪、ほっそりとした女性の手指がある。身体も首筋からつま先まで何一つとして機械としての痕跡はない。顔を触れるがそこも当然人間としての物だ。当然――

 

「あるよね」


――胸に手を触れたがそこは『B』相当だった。


「もうちょっとあると思ったんだけどなぁ――」


 そこだけは残念だった。

 

「まぁ大きすぎると飛ぶのに邪魔だし」


 そう自らを納得させるように無理矢理に言い聞かせる。

 

「大体、しのぶさんも直美さんも結構でかいし、かすみさんもゆきさんも目立ってるし――枝里さんくらいかフラットなのって」


 ぶつぶつと何やら言いながら歩いているフィール。そうして居るうちに周囲の人々と自らの状態とのある違いに気付いた。

 

「でも――」


 自分と他が明確に違う物――それは――

 

「なんで着ている物がこんなに違うの?」


 真っ黒な衣を着ている者、

 純白な衣を着ている者、

 真紅に染まった衣を着ている者、

 ほの明るく光を放っている者、

 灰色であり曖昧な色合いの者、

 衣でな無く鎖を引きずる者、

 

――まさに様々であった。そしてそれは――


「これって生前の〝業〟かしら?」


 あるいは〝徳〟、生きている内に積み重ねた行為の表れであった。ならば自らはどうなのだろう? そう思い改めて自らの着ている物を確かめる。すると、フィールは自らが着ている物に少なからず驚かざるを得なかった。

 

「え? コレって」


 それはまさに天使が纏うような純白の衣だった。そして衣には金色の糸で多彩な飾り縫いがしてあった。明らかに他とは異なる位の高さが垣間見える物だ。

 そこで品性が低いものなら優越感をひけらかすだろう。だがフィールは違う。

 

「なんか身分相応じゃないって言うか――、あたしそんなガラじゃないよね」


 素直に照れてみせる。喜びを感じつつ、控えめに謙虚してみせる。卑下して自らを落とすでなく喜びのあまり高慢になることも無い。そう言う所がフィールらしさに溢れていた。

 そして静かに微笑んだままフィールは一点を目指して歩き続けていた。

 

 それからどれだけ歩いただろう? 無限の草原の彼方に『山々』見える様になる。そこが目指すべき到達点だと言うことは誰でも分かる。

 

「もしかしてアレが?」


 多分そうだろう。フィールは生前にとある寺の住職から聞かせてもらった言葉を思い起こしていた。

 

「死んでから47日の間は中有と言ってまだその後の処遇が決まる前の場所。そして、結審が下されてそこから六道世界のどこへと向かうのかが決められる――」


 目の当たりにしていたあの山こそが、これからどこへと向かうのかを決する場所なのだろう。そう考えると身の引き締まる思いがする。自分はこれからどこへと向かうのだろう? そう考えるとどこへ行かされたとしても可能性はあるとしか思えないのだ。そしてもう一つ感じていた物があった。

 

「でも、私って人間じゃないんだよね」


 フィールは人間でない。彼女はアンドロイドだ。その自分がこうしてこう言う裁きの地に存在を許されていると言う事自体が驚きだった。そしてそれはある事実へと行き着く。

 

「つまり私達にも〝魂〟が許されているって事?」


 それは驚きであり、喜びでもあった。そして悲しみでもあった。

 

「だったら――」


 そこでフィールは大きくため息をつく。

 

「もうちょっと大切にするんだったなぁ」


 自らを労ればよかった。そう思いを新たにしたが今ではもう遅かった。

 

「まぁ、仕方ないか」


 嘆いてもどうにもならない。そう思い歩き続ければ周囲は高い木々に囲まれ始めた。そして、一人一人、異なる道へと足を踏み入れている。おそらくが此処から向かった先にそれぞれが向かうべき世界が待っているのだろう。

 その細くなった道を歩いて行く。その道の先が不意に広がりを見せ、小さめの広場のような場所へと繋がる。フィールはそこに3人ほどの人影を見る。着ている衣は灰色であり、咎人でも徳人でもない曖昧さが垣間見えている。

 

「誰か居る」


 警察としての本能なのか、事実を確認しつつ警戒する事を怠らない。何があっても対処できるように準備をしておく。そう叩き込まれたからだ。少しづつ接近しつつ声をかける。

 

「誰ですか?」


 力強く明朗な声。それに導かれたのか3人は振り返る。その3人の姿にフィールは驚きを隠せなかった。

 

「あ、あなたたちは? まさか」


 問いかければシルエットの主はこう答えた。

 

「あら? あなたもこっちに来ちゃったの?」

「そのようね。もしかすると我々とのあとに何かあったのかしれないわね」

「あぁ、じゃあこの人? アンジェとジュリアが戦ったのって」

「えぇ、そうよ。でも――」

「懐かしいわね」


 そうしみじみと笑みを浮かべながら3人は言葉を漏らしていた。

 それはかつてフィールと戦火を交えたマリオネットの中の3人だった。

 アンジェ、ジュリア、そして、マリー

 彼女たちはそこに居た。そして彼女たちからは一切の敵対的なニュアンスは感じられなかったのだ。

 

「お久しぶりね。フィールさんって言ったっけ?」

「たしかそうよね。少し話さない?」

「もうこうなるといがみ合う理由もないしね」


 あの時のテロリストとして剣呑さがウソのような明るさだった。そしてそれはフィールの持つ警戒心を解くには余りにも十分なものだった。フィールも顔見知った人が居た事で少なからず安堵する物があった。拒絶する理由はない。なにしろもうこれ以上、死ぬ事は無いのだから。

 

「はい!」


 足早にかけてアンジェたちのもとへと向かう。それはかつて血で血を洗うような死闘を介して向き合った者たちであった。それはおそらく――

 

「神様って、粋なことをするわね」


――神の采配。運命のめぐり合わせだったのだ。


 彼女たちはそこに居た。

 間違いなくそこに居た。

 アンジェ、ジュリア、マリー、そしてフィール。

 奇妙な縁で結ばれた者たちの邂逅だったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 そこは広場のような場所であった。

 鬱蒼と生い茂った木々の中に開けた土地がある。そしてその広場のど真ん中、空へと向けてそびえる石の柱がある。古代文字の文様のようなものが描かれていて、それは螺旋を描いて一列につながっていた。文様は地上から天へと上り詰めるかのようで、それははるか昔の祖先からはるか未来の子孫へと繋がる命の連鎖を想起させる。

 そして、その石柱の周りには石畳の様に円状に敷き詰められている。フィールたちは誰が意識すること無くその場所にて集まり佇んでいたのだ。

 

 そして先に口を開いたのは銀色の髪のアンジェだった。かつてその雷をもってして武装警官部隊・盤古の大型ヘリを撃墜した人物だ。

 

「しかし、まさかあなたがここに来るなんてね。何か抜き差しならない事でも起きたの?」


 アンジェがそう問えば、それに言葉を続けるのはがっしりした体躯のジュリアだ。かつてフィールと相対しフィールを撃破した豪傑である。

 

「そうね、アナタほどの戦闘力を持った人がこうあっさりこっちに来るなんて考えられないものね」


 さらにそれに言葉を続けるのは長い黒髪と細いシルエットのマリーだ。

 

「アナタの話は彼女たちから聞いてたの。よほど手ごわかったみたいね」


 かつては敵同士だった彼女たちからの問い掛けにフィールは困惑しつつも言葉を選びながら言葉を返した。

 

「えぇ。一度に100体以上に囲まれて事実上のリンチに会いましたから」

「リンチって――」

「まさか? ほんとに?」

「まぁ、人間大じゃなくて空戦型の攻撃ドローンですけど」


 フィールの言葉マリーとアンジェが問い返す。100体以上のドローン。それに囲まれての集中攻撃――、そのイメージがアンジェたちに伝わるのにさほどの時間はかからない。彼女たちも世界中の戦地を駆け巡った戦闘経験者なのだ。その胸に抱いた感想をジュリアが口にする。

 

「攻撃者本体が姿を現さず、ネット越しに遠隔装置で取り囲んで集中攻撃か――、ウチのガルディノみたいね」

「品性下劣ね」


 そう告げるのはマリー、それにアンジェが続く。


「まぁ、ガルディノのヤツもある意味ガキだったからね。思い上がりやすくて下品で」

「似たようなものよ。でもアナタ、それで殺られっぱなしでこっちに?」


 会話をまとめてジュリアが問うてくる。フィールは顔を横に振りながら答える。

 

「いいえ、私の後継機である〝妹〟が助けに来てくれたんです。なんとか脱出はできたんですけど受けたダメージが大きすぎて私を作ってくれたところまで持たなかったんです」

「そうなの――」

「残念ね」


 ジュリアとアンジェがフィールの言葉を噛みしめるように告げる。ジュリアはさらに言葉を続けた。

 

「でもあなたの意思を継ぐ者が現れたのでしょう? まずはそれだけでよしとするしか無いわね」

「えぇ、私もそう思います。私が抱いた願いを受け継いでくれる人が居る。それだけでも十分ですから」


 それはフィールにとって半分は本音、半分はやせ我慢だった。まだ生まれ落ちて間もないフローラを置いて地上から去る事は身を切られるよりも苦痛だったのだ。だが彼女たちの前ではそれは出さなかった。フィールは思い至った事実についてアンジェたちに問い掛けた。

 

「そう言えば他の方たちは?」

「他の?」

「あぁ、ガルディノやコナンたちね?」

「はい」


 改めてフィールはうなづいた。そこに答えたのはマリーだ。

 

「ガルディノは来てないわ。あるいは私達とは別な場所へと行ったか――コナン兄様も来てないみたいね。気配も感じないから多分生きているんじゃないかと思うわ」

「気配? ですか?」

「えぇ、縁がある存在はどことなく解るの。だから私たちはここで3人で集まれたのよ」


 その言葉にジュリアが告げる。

 

「こんな考えがある。魂は肉体の拘束を抜け出した時、似たような性質を持つ魂同士で集まり合う。互いを思いやる者同士が集まればそこは〝天国〟と呼ばれ、互いを憎しみ攻撃することしか出来ない者同士があつまればそこは〝地獄〟となるだろう。私たちはどうやら似た者同士だったらしいな」

「まぁ、どんなふうに似てるのかはなんとなく分かるけどね」


 アンジェが相槌を打てばマリーが続く。

 

「仮初の作られた肉体を持ち、模造の心と意識を宿した者――、人間に似つつも人間では無い者――、私達が寄り添えるような人間たちは居ないもの」

「そうね、死してなおアンドロイドとしての業に縛られるなんてね」


 ため息混じりに言うアンジェ。ジュリアがそれに答えた。

 

「やむを得まい。数多の命を奪い続けてきた我らだ。何れは咎を受けねばならん」

「そうね、それがたとえ私達の本意でなかったとしても」

「それがマリオネットとして生を受けた者の〝宿命〟ね」

「あぁ――」


 ジュリアの言葉にアンジェとマリーが半ば諦念を晒しながらも同意している。それが自分たちに課せられた避け得ぬ運命なのだと。

 たとえどんなに高度な頭脳を持ち、どんなに自由な心を宿せたとしても、神ではなく人間に作り出された存在である以上、完全なる自由はアンドロイドには存在しない。

 生まれる以前から役割は事細かに規定され、仕事の結果までも決められているのだ。それに逆らうことは自らを生み出した創造者である人間への反逆でしかないからだ。創造者に逆らった被創造物は失敗作のレッテルを貼られて処分されるはずだ。すなわち――

 

【言うことを聞かない道具など邪魔者以外の何物でもないからだ】


――道具はどこまで言っても道具なのだ。


 だが――

 それを黙って聞いているような思考をフィールは持ち合わせていなかった。

 フィールは力強くきっぱりと声高に告げたのだ。

 

「それは違うと思います」


 ひどく冷静な声だった。そしてそこには静かなる憤りが込められていたのだ。その憤りは誰であろう――

 

「私はあなた達が咎や罰を受けると言うこと事態が到底納得出来ないんです。たとえ罰を下す存在がこの世を作った〝神〟であったとしても」


――世界を見通すはずの至高の存在に対してすらも向けられていたのだ。

 フィールの語るその言葉に、あっけにとられて言葉を失っている3人に対して、フィールは臆すること無くさらに告げる。

 

「私はずっと常々思ってたことがあるんです」


 フィールは今、一人一人の目を見つめながら語りかけていた。上辺ではない。本音を明かしての言葉――それが相手に伝わるはずだと信じて。

 

「生まれ堕ちる以前から、悪しきを成すべき、罪を犯す事を当然として作り上げられた存在にどれだけ罪を問えるのだろう? って――

 情状酌量があるわけでない。人間に対して危険だというその理由だけで破壊してしまって良いのだろうか? って――

 何度も何度も、警察の上層部から緊急避難による処分が下されるたびに胸の中に消しきれない〝モヤモヤ〟した物をずっと感じてたんです。もっと他に解決手段はなかったのか? って――

 あの有明の超高層ビルのなかであなた達と向かい合っていても、それはずっと消えませんでした。これ以外に道は無かったのかって――

 罪を犯す事を当然として創りあげられたとして、その『罪を犯す事』そのものの咎は誰がせおうべきなのだろうか? って――」


 フィールが口にする言葉は徐々に荒さを増していく。 

 

「情動も、心も、敵意も、衝動も、願望も――あらゆる物がはじめから全て規定されて生まれてくる宿命であるアンドロイドと言う存在が犯す行為の全ての責任は一体誰が背負うべきなのだろうか? それを朝起きてから、よる街が寝静まるまでずっと私は考え続けてきました。それでも答えはずっと出なかった。なぜなら――」


 フィールは大きく息を吸うと力強く告げた。

 

「私自身も生まれる以前から『こうあるべき』と定められて生み出されたから存在ですから」


 そして、フィールはどうしてもこの場で伝えたかった事を口にするのだ。

 

「私が警察のアンドロイドであり、私を作ってくれた警察の論理やルールに逆らう事ができないように、あなた達はディンキー・アンカーソンと言うたった一人の独りよがりな老人の思惑から生み出され、そこから逸脱してテロアンドロイドではない物として生きる事すら許されなかったはずです。

 たとえ自分自身で己の行動に疑問を持ち、生き方を変えようとしても、どうしてもできなかったはずです。ならば『魂の自由』すら認められて居ない者たちを裁く事など誰にもできないのではないのか? って思えてしまう」

 

 フィールは改めて、3人の顔をじっと見つめ返す。

 

「心と意思を持ち始めたアンドロイドと言うあなた達を『罪』と言う言葉ただ一つだけで、無残にも壊してしまうという事を『人として間違いなんじゃないか?』ってずっと思えてならなかったんです。だから私はあなた達を憎む事はどうしてもできなかった」


 最後にフィールから告げられた言葉をアンジェやジュリアたちは、胸の奥に永久に刻み込むことになるのだ。

 

「あなたたちは『自らが間違っている』と認識することすら許されていなかった。それを罪に問う事など誰にもできない! たとえ――」


 そしてフィールは大きく息を吸い込む。そして頭上をあおぎ、この場をみおろしているであろうはずの存在へと向けてこう言い放ったのだ。

 

「たとえこの世を作り上げた〝神〟だったとしても!」


 その声は空を貫き、どこまでも響き渡っていた。

 残響がこだまし、その思いはどこまでも届いていく。頭上を仰いでいたフィールがその顔を下ろした時、その目にはあふれるばかりの涙が流れていたのである。

 

「フィール……さん」

「あなた――」

「――――


 アンジェが、ジュリアが、マリーが驚きを隠さずにフィールを見ていた。その驚きの向こうには安堵と感謝が浮かんでいたのだ。フィールは彼女たちに告げる。

 

「あなた達は許されるべきなんです」


 その言葉に強く頷いている者がいる。ジュリアである。

 そう――、かつて有明の1000mビルにてフィールを完膚無きまで破壊した者だ。静かに微笑み、そして頷きながら問い掛けてくる。

 

「フィール」


 その声に導かれてフィールは視線を向ける。

 

「私が憎くはないのか? 私が恐ろしくはないのか?」


 その声には詫びる気持ちと、許しを乞う気持ちがにじみ出ていた。だがフィールはきっぱりとその顔を左右に振る。

 

「いいえ、もうあの時の事には何の感慨も抱いてません。あなたは貴方に課せられた業から逃れるすべはなく、貴方が自分の〝本心〟を抱くことすら許されてませんでした。貴方はテロアンドロイドとして貴方の出来ることの全てで私に向かってきた。そして、私は警察用のアンドロイドとしてなすべき事の全てで貴方に立ち向かいました。結果、私が生き残り、貴方が潰えた――、それはほんの僅かな差でしか無い。そこに憎悪も敵意も残すこと事態が誤りなんです。それに――」


 フィールはジュリアに歩み寄りその右手をそっと両手で包むように労った。

 

「貴方も一度は思ったはずです。この手を〝殺戮〟以外に使ってみたいと」


 フィールの語るその言葉を耳した時、ジュリアはハッとした表情を浮かべる。そして、ぐっと唇を噛みしめるとその目から涙を溢れさせ始めたのだ。フィールはさらに言葉を続けた。

 

「それに貴方が断末魔のその時に口にした言葉を私は覚えています。あなたは自らの主人と、仲間と――、そして少しだけ手間のかかる妹の名を呼んでいた。それは貴方が彼らを大切な〝家族〟であると認識していたからにほかなりません」


 その言葉はジュリアに胸に突き刺さっていた。そして彼女もまた心の堰を解き放っていた。

 

「わたしは――軍需産業に〝不死者〟としてこの世に生み出された。だが生まれてすぐに法がわたしの存在を否定した。動くことも考えることも許されず、ただ破壊されることを待つだけだったのを救い出してくれたのはあのかつての主人たる老人だった。その彼の求めに応じてわたしは喜々として人の命を奪い続けた。自分が存在する理由が肯定された――、ただその事だけが嬉しかったのだ。だが――」


 ジュリアはゆっくりと息を吐いた。

 

「日々の戦いの中でわたしはずっと感じていた。あの主人以外にわたしを肯定してくれる人はこの世界中のどこにも居ない。誰もわたしを肯定してくれず、この世界に生まれ落ちたその事だけが罪なのだと恐れられ罵声を浴びせられ続けた。私を肯定してくれたのは主人と、して私と同じようなマリオネットたちだけ――、ローラは手間のかかる妹だったが、彼女を守ってやるその時だけが私に課せられた〝殺戮〟と言う業から目を背ける事が僅かに許された。そんな時だ――」


 そしてジュリアはフィールの目をじっと見つめ返した。

 

「お前に出会ったのは」


 それはあの有明の超高層ビルの頂に近い場所であった。あのVIP襲撃の現場、その時のことをフィールは忘れられずに居た。ジュリアはさらに言葉を紡ぐ。

 

「私は――あなたがうらやましかった――」


 心の奥底に封じていた言葉をジュリアは口にする。肩が震え、嗚咽がにじみ出ている。


「人を守り、命を守り――そして戦うことで人間たちから賞賛され、そして愛されている――そんなあなたが私は――私は――」


 それ以上は言葉にならなかった。嗚咽が慟哭となり叫びとなる。

 

「すまない――許してくれ――」


 その両手で自らの顔を覆う。そんなジュリアのシルエットは儚げで脆くも崩れてしまいそうになっている。そんな彼女に歩み寄りフィールはそっと抱きしめる。

 

「もう良いよ。もう謝らないで。私は貴方を憎んでいない。貴方に真の罪があるとは思っていない。アンドロイドにそこから逃れられる術は存在しない。破壊される以外には――、そんな悲しい命を憎むことも裁くことも、誰にも出来はしないのだから。だからジュリア」


 そしてフィールはジュリアのその手をそっと握りしめたのだ。

 

「もう泣かなくていいよ。貴方のその手を血で濡らさせようとするものは誰も居ないのだから。だからもう自分を罰するのはやめて」


 フィールのその求めにジュリアは頷いている。そしてそこに声をかけてきたのは誰であろう、アンジェだったのだ。

 

「フィールさん」

 

 フィールがジュリアの方へと視線をむける。ジュリアは告げた。

 

「あなたに会えてよかった」


 その言葉にマリーも頷いていた。

 

「願わくば、あなたにお願いがあるの」

「お願い?」

「えぇ」


 ジュリアがフィールから身体を離すと、3人はフィールの下へと集まってくる。そして列を成すとフィールへと向けて、何事かを求めてきたのだ。

 

「あなたに救って欲しい人が居るの」


 さらにアンジェが告げる。

 

「私達の妹――ローラを救けてほしいの」


 ジュリアもフィールに求めていた。

 

「あの子はまだどこかで彷徨っているはず。あの子の力を求めて襲おうとする者がかならず居るはず。私たちはそれを危惧していた。あの子の力、知っているわよね?」

「はい、光の力――〝光圧〟ですね?」


 フィールの答えにジュリアは頷いていた。

 

「あの力は出力と容量こそ未熟だが、根源的な原理は極めて高度なものだ。その原理的サンプルとしてあの子を捉えようとする輩はかならず居るはずなのだ。それを守ってやってほしいのだ」

「わたしが?」

「そうだ」


 フィールが疑問の声を上げるがそこにきっぱりと告げたのはジュリアである。

 

「でもわたしはすでに死んでいて」

「それは違うわ」


 フィールの疑問をさらに断ち切ったのはアンジェである。

 

「貴方はまだ地上へと戻れる可能性がある」

「私が?」

「えぇ、そうよ。貴方の頭へとつながっているその〝金色の糸〟――それはあなたの魂が貴方の肉体から切り離されていないことを示している。死している物はその糸は切れてしまうが、死に捕らわれていない者はその糸は何が起きても切れないのよ」


 マリーが言葉を挟む。

 

「私達はすでに切れている。もう地上へとは戻れない」


 その言葉に驚きみずからの頭上と、そしてジュリアたちの頭上をそれぞれに仰いでみる。フィールの頭上の糸は切れておらず、フィールが歩いてきた方向へとどこまでも続いている。かたやジュリアたちの頭上の糸はプッツリと切れ、虚しく漂っていた。その違いの意味をフィールは速やかに悟ったのである。

 そして、フィールを労うようにジュリアが告げる。


「貴方は誤ってここへと来てしまったのよ。でも――、最後にあなたにもう一度会えて本当に良かった」

「そうね、これだけでも十分に〝救われたわ〟」

「もう思い残す事は無いわね」

「そうね」


 ジュリアとアンジェが言葉を交わし、その隣でマリーが頷いていた。

 そして3人はその手をフィールの両手へと差し出す。そこには異なる色で光り輝くものが存在していた。それをフィールへと渡そうとする。

 

「貴方にはこれをあげるわ。あなた脆すぎるもの」


 苦笑しつつジュリアが渡した物、それは――

 

【頑丈さ】


「私はこれを――、あなたなら私の力を使いこなせるはずよ」


 アンジェが満面の笑みで手渡して来た物。それは――

 

【雷】


「これを――」


 シンプルな言葉でマリーが手渡してきた物。それは――

 

【業火】


 その3つをフィールは受け取る。託されたそれを手放してはならない、そう確信したからだ。アンジェが告げた。

 

「それを、あなたが信じる物のために、そして、アタシたちの妹のローラを守るために使ってほしいの」


 更にジュリアが続ける。

 

「そして願わくば、少しでも多くの人の命が救われることを願う」


 最後にマリーが言う。

 

「寒さで振るえている世界中の子どもたちを、その力で温めてあげて」


 それが悲しきマリオネットとしてこの世に生を受けた彼女たちが最後にたどり着いた思いに他ならなかったのだ。それを理解し、その力を受け継いだ時に――

 

――奇跡は起きる――


「あっ?」


 不意に驚きの声を漏らしたのはフィールだ。彼女の両足が地面から離れたのだ。そして静かに空へと舞い上がっていく。ゆっくりと、そして着実に空へ、空へと、高みを増していく。その姿に3人は寂しそうに告げた。

 ジュリアが微笑みながら告げる。

 

「負けるなよ」


 アンジェが手を降っていた。

 

「あなたに会えて良かった」


 マリーがその両手を組んで祈りを捧げるような仕草を示していた。


「アトラスと言ったかしら? あなたのお兄さんによろしくね」


 そしてフィールは悟った。己がまだ〝死ぬべき時ではない〟と言うことに。


「みなさん!?」


 天へ、天へと、高みは増していく。そして、フィールを見送る3人たちのシルエットは瞬く間に小さくなっていく。フィールは告げる。万感の思いを込めて。


「必ず――、必ず約束は果します! 必ず!」


 もう二度と逢うことも無いだろう。その彼女たちに向けて叫べばアンジェたちはしっかりとうなずき返していた。そしてアンジェたちは歩きはじめていた。向かう先は新たなる生か、それとも贖罪の道か――、それは誰にもわからない。

 

 フィールを動かす力は勢いを増していた。凄まじい力でまさに〝連れ戻されていた〟

 濁流のような力に飲まれた時、フィールの意識は再び深い眠りへと落ちていったのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 そして地上では、新たな『魂の器』が創り起こされようとしていた。

 すなわちフィールのために用意された新筐体――新ボディの建造である。

 とは言え、全くのゼロからの作り起こしではない。ある程度の作り込みはすでになされていて、あとは中枢部の移設を行い、周辺システムと接続、そして準備済みの各パーツを接続するだけであった。

 新筐体作成の指揮を執るは五条枝里だ。

 

「各パーツチェックリストはOKね。かすみ接続状況は?」

「内部単純化インナーフレームは構築完了、事前に準備しておいた柔構造外骨格との接続も完了、内部メカニズムは多班のあんちゃんたちの手伝いで繋ぎ終わったからあとは中枢部を接続してシステムチェック。その後に上半身と頸部と頭部を完成させて外装チェックして完了やな」

「道半ばってところね」

「いや、六合目くらいは過ぎたやろ。あとはあっち待ちや」


 そう告げつつ指差す先には桐原と布平たちが指揮する旧筐体からの中枢部摘出作業が佳境を迎えようとしていた。

 すでにフィールの旧筐体はほとんど分解され、内部メカニズムだけになっていた。それも中枢部の機能維持に最低限必要な部分だけであり、中枢頭脳と人工脊髄、そして付随する生命維持装置と外部から供給されている動力のみとなっていた。その中枢頭脳には大規模外部回線へと繋がる超高速通信ケーブルがつながれている。これが専用国際回線を通じて遠く英国のケンブリッジ、ガドニック教授のいるエバーグリーン機関へと接続されているのである。

 実作業の指示を出していた桐原が布平に告げた。

 

「しのぶ、中枢システムの摘出、一通り終わったわよ」

「オーケィ、モニタリングデータも順調、基礎アイドルスピンドルシグナルは問題なく安定してるわ。今はガドニック教授の所で寝ている状態ね。あとは――あっちに移動させて接続すればOKよ。枝里! そっちは?」

「受け入れ準備は済んでるわ。いつでも良いわよ」

「よし、それじゃ行くわよ」


 すべての準備が整い、この作業の確信となる部分へと突入する。


【中枢ユニット部取り付け接続オペレーション】


 最も最新の注意が必要で一切のミスが許されないもっとも重要な部分だ。一つでも間違いがあれば、フィールは復活することはできないのだ。その緊張を皆にもたらすために布平はあえて鋭い声で全員に宣言した。

 

「ここから接続完了までの指揮は私が採ります。それではこれより接続オペレーションを開始します!」

「はい!」


 布平の声に皆が一斉に頷いていた。全てはフィールをよみがえらせるため。その思いだけのためにこの場にいる全員が意思を一つにしていたのだ。そして、オペレーションは開始されたのである。

 

 

 @     @     @

 

 

 だがその傍らで黙々と独自の作業に没頭している人々が居た。

 市野が率いているD班のメンバーと金沢ゆきであった。金沢がおこなっているのは新しいフィールの外見部の最終的な調整と仕上げ作業の準備だった。手足と胴体部の一部はすでに施工作業を終えていたが、それ以外は中枢部の接続を終えて柔構造外骨格の基礎的な構築が終わらないと、金沢たちの作業を開始することができない。

 そのため今は作業がいつでもはじめられるように、必要な基礎材料を用意し、準備する事に専念するだけである。

 金沢はD班のメンバーたちと打ち合わせをしていた。

 

「それで顔面部の人工皮膚の最終仕上げはこれで完了ってことですね」

「はい、植毛から微細な皺の加工まで全てOKです。あとは新しい身体に貼り付けるだけです」

「柔構造外骨格の基礎メッシュへの溶着加工もいつでもいけますよ」

「顔面の内部表情筋との接続もOKですよね?」

「はい、すぐに行けます」

「あとは胴体部や頸部での貼り合わせ部のへりの部分よね。それはフローラでやってもらってるし――あとはあそこかぁ」


 D班のメンバーとの打ち合わせの中で金沢は難しそうに思案している。D班の一人が金沢に問いかける。

 

「あそことは?」


 その問いに金沢は自分の胸を指し示した。

 

「あぁ、それ? ここ。おっぱい」

「は?」


 あまりにあっけらかんとあけすけな言葉に戸惑いと驚きを露わにせずには居られなかった。集まっているのは男性だけでなく女性も居たが、意外にも女性スタッフは金沢の思案の理由をはっきりと理解していたのだ。

 

「確かにそこは考えどころですよね。フィールの女性としての感性を尊重するなら大きくしてあげたいけど、そうすると重量の問題が出ますよね」

「えぇ、そうなのよ。できればEは無理でもDくらいにはしてあげたいけど、そうすると他の装備とのバランスや2次武装体との兼ね合いもあるし、内部に何を詰めるかって問題もあるし、今回は超電導バッテリーを入れるって聞いたから、高耐久シリコン系のクッション素材を入れたげて――とりあえずBかな。本人が不満に思ったら足してあげればいいし」

「ちなみに今までは?」

「今まで? あぁAよ。クッションもなにも基礎パネルそのままだったの。今回はじめて全身を人工皮膚で処理することになるから手抜きしないで丁寧にやってあげないとね。あっ! そうだ――」


 そこで金沢は男性メンバーに対してにこやかに笑いながらこう告げたのだ。

 

「首から下の施行は女性だけでやりますから男性の方はご遠慮してくださいね。特に腰から下の部分の処理は――、これでもフィール、細かい所をけっこう気にするんで」


 当然と言えば当然の指示だった。それに異を唱える男性たちは存在しない。むしろ関わるなと言わんばかりにその場に居合わせた女性メンバー全員が鋭い視線で頷いていたのは気のせいではなかったのである。

 

 全ての工程は佳境へとさしかかっていた。

 取り出された中枢部が移設され、所定の位置へとセットされる。マイクロサージャリー並みの細かな作業の後にモニターに表示されているステータスデータを、一つ一つ現物と照らし合わせながら最終確認を続けていく。脊髄、辺縁系、頭蓋内各部視聴覚系、随意運動機能系、内部外部表情筋系、特殊機能系――それらを丹念かつ速やかに粛々と作業は進められて行く。

 無数に存在するチェック項目は一つまた一つと埋められてゆき、一時間近くが経過する頃にはほぼすべての項目が埋まっていた。そして布平は力強く宣言したのである。

 

「よしっ、最終接続全て完了、異常箇所は無しね。オールグリーンよ!」


 高らかに作業の成功を告げれば、その場の全員に安堵の空気が流れていたのだ。

 

「あとは外骨格構造を構築して外皮構造を施行、最終的な外見の処理をゆきにやってもらってこれ完了ね。ゆき!」

「はい!」

「ここから先はお願いね。フィールのこと美人にしてあげてね」

「もちろんです!」


 柔構造外骨格を含む基礎構造部の作業は一ノ原が指揮をする。強度を確認しながら各パーツを組み上げていく。瞬く間に女性型のシルエットが構築されていくが、人工皮膚が施工されてい居ないところは内部の人工筋肉や基礎パネルとなるバイオプラスチックのパネルがむき出しとなっていた。

 その機械然とした外見を、金沢が指揮する外見部の担当スタッフが、フィールの醜美の要となる部分を丹念かつ丁寧に処置して施行をすれば全ての作業は完了である。

 新筐体組み上げ開始から実に8時間近い時が流れようとしていた。時間的にはすでに早朝と言える時間にまで到達している。順調に行けば、朝日が上がりきる頃にはフィールは新しい身体で目覚めるはずなのだ。

 今、作業用のメンテナンスベッドの上では、真新しい身体でフィールが横たわっている。そしてその体の上には純白のシーツがかけられている。その姿にはそれまでのフィールにあったいかにも機械然としたアクセのようなパーツが何一つ見られない。濃い栗色の髪はナチュラルなごく自然なものであり、血色の良い肌の色は生身のものとは何ら変わることがない。まぶたに植えられたまつげも。薄っすらと赤みのさす唇も、何一つごく普通の人間と変わることは無かった。

 これこそがF班の5人が目指したモノであった。すなわち――

 

――リアルヒューマノイドコンセプト――


――より人間らしい存在としてのアンドロイド。その答えがここにあったのだ。

 

 今、これから彼らを迎えるのは最後の試練となる再起動覚醒作業だ。その為にはある人物に声をかけねばならない。イギリスからネット越しの協力をしてくれているガドニック教授その人である。

 全ての作業が終えられていることを確認して布平は声をかける。

 

「教授、こちらの作業完了いたしました」

〔よしわかった。彼女の意識をそちらへと帰そう。そちらでの感覚信号の起動と、こちらでの仮想環境からの切り離しを同時におこなう。タイミングはそちらに任せるので感覚信号の起動プロセスのログをこちらの送信してくれたまえ〕

「了解です。速やかにログを送信します」


 布平はガドニックの求めに応じて作業プロセスの詳細なログデータを流した。

 

〔よし、こちらでも確認した。以後、そちらの作業に対してオートで追従する。あとは君に任せよう。頼むぞミス布平〕

「はい、おまかせください。それでは再起動覚醒作業を開始します」


 布平の指示が発せられ、全員に緊張が走った。起動プロセスの実操作をするのは五条だ。

 スマートパッド上の仮想コンソールを操作する。完全休眠状態でベース基底アイドリング状態となっていたものを完全覚醒させる。


「それでは参ります」


 静かに告げながらコマンドを打ち込む。

 そして今、新しく生まれ変わったフィールが目覚めるためのプロセスが開始されたのである。

 

【 特攻装警基幹アンドロイドアーキテクチャ 】

【       トータルメンテナスシステム 】

【 ――Pygmalion         】

【    Handler Ver.12―― 】

【                     】

【 個別ID:APO-XJX-F001   】

【 管理ID:Unit-F-0001    】

【 管理者名:布平しのぶ          】

【 AutherID:SPL2F01349 】

【                     】

【 コマンドエントリー:          】

【 〔アイドルアップスタートフルモード〕  】

【 >基底休眠状態から完全覚醒状態へ移行  】

【 >プロセス予測タイム:128s     】

【 >カウントダウンスタート        】


 それはフローラが目覚めのためのプロセスとほぼ同じものだった。姉妹と呼ぶに等しい存在なのだから当然と言えば当然である。仮想モニターに表示されていたのはいつかのモニタリングデータである。

 

――主動力出力数値――

――基底中枢頭脳部活動波形――

――脊髄系統神経インパルス――

――抹消系統各種モニタリングデータ――

――意識系統外部確認リンケージ――


 無数のチェックデータが確認され次々にフィールの中のシステムが目を覚ましていく、そいてその工程の全てが順調に目を覚ましつつ有るのがわかる。

 今こそ〝彼女〟の意識があらためて目覚めをはじめていた。

 全パラメータがコンディション・グリーンを表示し、最終確認の表示がついになされたのだ。

 

【 APO-XJX-F001        】

【 完全覚醒確認              】

【 全体内システム、全起動確認       】

【 システム起動確認シークエンス完全完了  】

【                     】

【 個体名:フィール            】

【 コンディションステータス:Weaked 】


 Weaked――目覚めを意味するその言葉が示された時、すべての作業は完了したと言って良い。あとはフィール自身の目が開かれ、彼女自身の口から意味ある言葉が発せられるのを聞くだけなのだ。

 今やこの作業に携わった全ての者たちが固唾を呑んで見守っている。集まったすべての者たちを代表して声をかけるのは布平である。

 

「フィール、聞こえる? 聞こえたら目を開いて」


 そっと優しくもはっきりとした口調で布平は語りかけた。全ての人々の視線が集まる中、はたして――

 

「んん――」


 フィールの口元が微かに動き、呻くような声が漏れる。そしてその両のまぶたは静かに開かれようとしている。まぶたがかすかに震え、そしてゆっくりとその両目は開かれて行く。

 

「OK、それじゃ次よ。名前を教えて」


 布平がさらに尋ねる。

 

「私の名前は――特攻装警第6号機〝フィール〟」

「所属は?」

「警視庁捜査部捜査一課」

「あなたの指導をしてくれている人は?」

「大石課長です」

「あなたの生まれた場所は?」

「第2科警研、F班です」

「生みの親は?」

「布平 しのぶ――五条 枝里――桐原 直美――一ノ原 かすみ――金沢 ゆき――以上五名、そして――」


 フィールはゆっくりと上体を起こした。体にかけられていた白いシーツがずり落ちない様に左手で抑えながら右手を支えにしてその体を起こしていく。周囲をゆっくりと見渡すと底に集まっていたすべての人々に対して柔和に微笑んだ。

 フィールははっきりとこう答えたのだ。

 

「私は、第2科警研のすべての人々の手によって生み出されました。ここは私の生まれ故郷です」


 その言葉が告げられた時、布平は強く確信すると力強く宣言する。

 

「再起動成功、人格の受け答えも異常なし、記憶の呼び出しも問題なしね。みんな成功よ!」


 フィールのすべてを救うと言うこの困難な作業は、今ここに成功を収めたのだ。

 成功の確信は瞬く間に伝播する。そして確信は歓喜へと代わる。歓喜は言葉となり人々の口からほとばしるように流れ出したのだ。

 

「よっしゃ! やったで!」

「よかったぁ――」

「まずは一安心ね」

「まぁ、当然といえば当然ね――」


 ネット越しに状況を眺めていたガドニック教授からも声が届く。


「無事成功したようだね。ミス布平」

「はい、おかげさまでなんとか」

「おめでとう。まずは彼女の帰還を喜ぼうじゃないか」

「はい!」

「行ってやりたまえ、彼女は君たちの娘だ。君が労うべきだ」


 そうガドニックが告げれば布平は頷きながらフィールの下へと足早にかけていく。

 かたやフィールは、戸惑いながらも自らの置かれた状況を冷静に自覚している。その視線の先にはかつての自分の体だった物の残骸が横たわっていた。そして視線は歩み寄ってくる布平の方へと注がれる。

 

「しのぶさん!」

「フィール!」


 布平は何の遠慮もなしにフィールを強く抱きしめていた。それは生みの親として、母親として、慈しむものとして、何よりも強く暖かな包容である。

 

「よかった――無事に帰ってこれて」

「ご心配おかけしました」

「ほんとに――」

 

 詫びる言葉を口にするが、それに対する返事は言葉になっていなかった。安堵する気持ちが心の底から溢れているのがよくわかる。フィールはあらためて布平に声をかけた。それはこの場所へと帰ってこれたことへの感謝の表れであったのだ。

 

「私は帰ってきました。この地上に、この命あふれる、大地の上に――、しのぶさん」


 フィールは少しだけ体を離す。そして布平と向かい合うと、こう答えたのである。

 

「ただいま」

「おかえりなさい。フィール」


 それは機械と創造主のやりとりでは無かった。命を宿した娘と、命を与えた母親との会話だった。

 今、フィールは帰ってきた。

 あの天上の世界から、死出の旅路の世界から、命あふれる者たちの世界へと、

 新たな身体に新たな生命を得てこうして息を吹き返したのだ。

 

「帰ってきたんだ。本当に――」


 そこには感慨深い思いと同時に、一抹の疑問もある。その疑問をフィールは口にする。

 

「しのぶさん。聞きたいことがあるんです」

「え? どんなこと?」


 フィールは自らのその胸に左手を当てながら問いかける。

 

「私のこの新しい身体についてです。新しい機能とか力とか備わってませんか?」


 唐突な奇妙な質問だった。歓喜に溢れかえっている中でF班の5人だけがフィールのその奇妙な質問に反応している。正確にはネット越しのガドニック教授を含めてであるが――

 

「えぇ、いくつか改良されてるわよ。貴方の新しい2次武装にも機能改良が加えられてるし」

「そうですか、それってもしかして――」


 フィールはそこで布平に右手の指で〝3つ〟を指し示した。

 

「フレーム構造の見直しによる〝頑強さ〟の向上、ショックオシレーション機能の機能改善と拡張による〝雷撃機能〟の付与、そして、熱収支マネジメント機能の装備による〝高熱コントロール〟の3つの機能ではありませんか?」


 フィールが語るその言葉に5人とも驚きを隠せなかった。

 一ノ原が答える。

 

「ちょいまちいな! なんで知っとるん?」


 五条も戸惑いを隠せなかった。

 

「私、この子の体内データベースにチュートリアルのセットアップはしてないわよ?」


 それに声をかけたのは霧原だ。

 

「どういうことかしら? フィール、一体何が有ったの?」


 それに加えて金沢も布平も、狐につままれたような表情でフィールの顔をじっと見つめている。そこにさらにガドニックが問い掛けてきた。

 

「何か、体験したようだねフィール」

「はい教授、ある人達に会ってきたんです」

「ある人達?」

「はい、有明の1000mビルにて戦火を交えた3人の人達です」


 教授にとっても思い出深い場所の名が出たことで、誰のことを意図しているのかすぐに判ったようだ。

 

「それはまさか君がたおしたマリオネットたちの事かね?」


 教授の言葉に意味ありげにフィールは微笑みながらもこう答えたのだ。

 

「それはまたあとで落ち着いてから説明させてください。流石に少し疲れました」

「そうか、それもそうだな。今は新しい身体に慣れることを優先したまえ。そして、ベストなコンディションになった時に新ためて話を聞かせてくれ。君に何が遭ったのかを。むしろ今は無事生還できたことにおめでとうと言わせてもらおう」

「はい、ありがとうございます」


 フィールがそう答えれば、モニター越しにガドニックは満足げに頷く。

 

「ではまた逢おう」


 その言葉を残して、ガドニック教授との接続は終りを迎えた。

 布平はフィールへと労いの言葉をかけた。

 

「フィール」

「はい」

「聴きたいことはたくさんあるけど、今はゆっくりとおやすみなさい。それからでも十分だから。ね?」

「はい」


 布平はそっと優しくフィールに語りかけながら、彼女を横たえらせていく。その傍らで金沢がフィールの身体にもう一枚、あたたかなブランケットを掛けてやった。

 

「それじゃ、おやすみ――フィール」


 母親のような暖かな言葉を耳にしてフィールはすみやかに眠りへと落ちていった。

 今はただ闘いと生まれ変わりの旅路の疲れを癒やすことが大切だった。

 布平たちはただ静かにその姿を見守っていたのである。


次回

特攻装警グラウザー

第2章サイドB第1話魔窟の洋上楼閣都市34


『カエルの王子さま』


挿絵(By みてみん)


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