サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part30『死闘・錯綜戦列』
今、戦いのステージへと演者たちが赴く
サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』
Part30『死闘・錯綜戦列』
スタートです
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今、戦火は燃え上がろうとしていた。
災厄の象徴を破壊しようとする者。
災厄の象徴を眠らせようとする者。
災厄の象徴を目覚めさせようとする者。
様々な立場の者たちが1つの地に集い始めていた。
戦火が燃え上がろうとしていた。
今、一つの戦いが始まろうとしていたのである。
■とある屋上にて。ダウとトリーの場合――
そこは8階建てくらいの小規模なビルの屋上だった。
ビルの半数以上が空室で放置されている。そこに潜り込んでいる人影の集団があった。
とは言え、残っているのはわずかに4人程度、他は各々の判断ですでに動いていた。屋上に居る二人は見張りの役目をしていた。
人影は少女である。
歳の頃、15ないし16と言ったところだろう。
二人とも小柄で子供っぽいあどけなさと、大人びた背伸び感が同居している年頃だった。
1人は男装の美少女。薄紫のショートヘアを革製のハンチング帽に押し込んでいる。シャツにネクタイ。スエード革のチョッキベスト、濃緑にチェック柄の半ズボン、白いタイツに編み上げブーツ。肩には防寒用にハーフマントをはおっている。その肩にかけられているのは狙撃用のライフル銃で軍用にも民生用にも広く使われているレミントンライフルである。右腰には護身用とは思えないショートバレルのリボルバーも下げられている。
一見すると狩り仕様の英国のご令嬢とも見えるが、それにしてはあまりにも物々しかった。
その顔立ちは凛々しく。子供っぽさと凛々しさが中和して、独特の気高さを純粋さをかもしだしている。その視線はまっすぐに事件の起きている場所を見つめていた。
彼女の隣には所在なさげに佇んでいるもう一人の少女が居る。
背丈は狩猟姿の男装少女と同じくらいだが、ルックスは全くの真逆である。
肩出しで膝上丈の真紅のスカートドレス。腰から下はチェック模様とフリル付きで腰から上は光沢感のある生地で豊かな胸を包んでいる。ドレスの下には幾重にもピンク色のパニエが重ねられている。足は薄ピンクのストッキングタイツで両足は膝下までのロングの革ブーツ。赤色でそこかしこに女の子らしいリボンがあしらわれている。髪も深いピンク色のふわふわロングで髪の両サイドにはリボンアクセ。そのアクセのある辺りには奇妙なことに猫のような獣耳がついている。そして少女はその手にコーンに盛られたトルコアイスを手にしていて、それを味わっていた。
よほどその味がお気に召しているのか、スカートの裾からは長い猫尻尾が覗いていて尻尾の先端が右に左にと楽しげに踊っている。その猫耳少女が男装少女の所へと歩み寄った。
「ダウ、食べる? たべかけだけど」
猫耳少女はニコニコと笑顔を絶やさぬまま話しかける。すると傍らの男装少女であるダウは静かに微笑み返しながらこたえる。
「トリー――、じゃ、もらおうかな」
ダウに問いかけた少女の名はトリーと言う。ダウの返事にトリーは手にしていたトルコアイスを差し出す。
「はい」
「ありがとう。この辺、空気が澱んでるからのどが渇いていたんだ」
そして受け取ったアイスを口にすると、年相応の少女のようにはにかみながら味わっている。
「どう?」
「うん、悪くない」
「でしょ? 本物のトルコの職人さんが作ったんだって! お話してたらオマケしてもらっちゃった」
「トリーは相変わらず仲良くなるのが早いな。僕には無理だな」
「そんなこと無いよ。あたしは馬鹿だから怖いってことを感じないし、ちょっとおしゃべりなだけだよ」
明るく笑いながら謙遜するトリーに、ダウは少し羨ましそうに言う。
「でも、それだけ人の心に入り込めるってだけでも才能だと思うな。僕にはできないよ。すぐに考え込むからね」
そう自嘲気味につぶやくダウだったが、自らの欠点を納得しているようであり、決してそこに悲観し耽溺しているようにはみえない。そんなダウにトリーは告げる。
「でもあたし、思慮深いってだけでもすごい才能だと思うな」
「そう言ってもらえると安心するよ」
そう答えつつダウはトリーにアイスを返す。
「ありがとう」
「うん」
はにかむダウにトリーも笑顔で答えた。そしてアイスを受け取りながら語る。
「そう言えばウノちゃん、大丈夫かな」
「今、交渉に行ってるんだろう? クラウンって人物の所に」
「うん。なんかパッと見すごい人だし」
「そうだね。常識が通用しそうにないから難しいと思うな。それに――」
ダウは不安げに言葉を区切る。
「〝あれ〟はまともな人間じゃない。危険すぎる」
慎重に言葉を選びながらダウはクラウンの人と成りを評した。
「すべての価値観が常識人から外れていて、昨日親切にしていたと思えば、次の日には首筋に刃物を振るう――、そうかと思えば人間をゴミみたいに見ていたと思えば、その生き残りを手塩にかけて守る――、あらゆることが矛盾している。何を成したいのか、何を目的に見据えているのか整合性がまったくない。敵対すれば一切の慈悲も容赦もなく、それでいて自分の仲間内は手厚く守る。両極端で気分屋、分析すればするほど常識的な人間の範疇から遠ざかっていく。理論的なコミニュケーションはまず無理だな」
そしてため息をつきながら言った。
「交渉はできないだろうな」
ダウのその言葉にトリーは言う。
「まぁ、私達の望んでいることを認めてもらうのは無理だろうね。でも――」
トリーが漏らした意外な言葉にダウは思わず視線を向けた。
「わたしは〝可哀想な人〟だとおもったな」
「可哀想?」
「うん――、何て言うかさ、過去にあまりに大きな困難に襲われて心も気持ちも何もかも滅茶苦茶にされてさ、それでいて人間という生き物を諦めきれずに何とか近づこうとしている。それでもうまく行かなくてもがいている――」
トリーは少し悲しそうに瞼を伏せながら言葉を続けた。
「でも、気が狂いそうなほどの苦しみや怒りや不安と言ったものにずっと襲われ続けてて沸き起こる怒りを抑えきれなくなる。そんな風に見える。ほらあの人、仮面をずっと付けてるでしょ?」
「あぁ、ピエロだからね」
「うん。でも多分あれ、ああやっていないと自分の本心がどうなのかわからなくなるんだと思う。あの仮面の下の素顔はきっと泣いていると思うな」
「それはトリーがそう〝感じる〟のかい?」
「うん、わたしの〝力〟は〝感じる〟ことと〝伝える〟ことしかできないから」
トリーが語る言葉をダウはしみじみと噛み締めている。そしてダウは大きく頷きながらまた前を見据える。
「わかった。今のトリーの言葉覚えておくよ」
「うん」
それは理性派と情緒派の会話だった。全てを理で分析し判断する事で対処するタイプと、センスと感情で感じることで向き合うタイプとの違いが現れていた。だがそこには対立も齟齬も無かった。
トリーはアイスを食べ終えると軽く両手をはたいてコーンの欠片を払い落とす。そしてその仕草にダウもトリーが休憩を終えたことを悟った。
「行くのかい? トリー」
「うん、アタシもそろそろ動く。この辺の動物さんたちとお話しておきたいし」
「そうか、他の連中は?」
「デュウとペデラは下で待ってた。パンプとタンとグウィントとダエアはもう街の方へ行ったよ」
「わかった。僕もウノからの指示を待って動くよ」
「オッケー、それじゃまたあとで会おうね!」
「あぁ、君も気をつけて」
「うん!」
ダウの言葉にトリーは目いっぱいに笑顔を浮かべて手を振りながら去っていく。あとには軽やかに金属製の外階段を降りていく足音がきこえる。
その時だ。
「――僕だ。うんわかった。スグ行く」
ダウは右手を自らの右耳にあてながら独り言のようにつぶやき始めた。まるで電話で誰かと語り合っているかのように。そして通話を終えたかのように右手をおろすときびすを返してその場から離れて歩き始める。
「行こう」
今、ダウの視線は何よりも強く前方を見据えていた。力強い視線をたたえて彼女はこうつぶやいた。
「僕らの戦場が待ってる」
そしてそれはこれから始まる戦いへと続いているのである。
■とあるビルの頂きにて。ウノとクラウンの場合――
今、クラウンの前には一人の少女が立ちはだかっていた。突如として姿を表し、予想外の事実を立て続けに口にして彼を戸惑わせた少女。彼女は自らの名を名乗った。
――使役するウノ――
それは闇社会に深く根を下ろすクラウンですら聞いたことのない名だったのである。
「ウノ様――と申しましたか」
「はい」
「聞いたことのないお名前ですね。私、これでも世界中を飛び回っています。裏でも表でも何かしら関わり合いがあるのなら記憶に残るはずです。それがましてやディンキー老に関わるお話でしたらなおのこと」
「ご懸念、ごもっともです」
クラウンの言葉に一つ一つ頷きながらウノは静かに笑みを浮かべながらクラウンと向き合っていた。
「私達、今の字名を背負って活動を始めたのはつい最近のことです。私達の生みの親たるディンキー・アンカーソンの意思を次いで戦いの世界へと足を踏み入れたのは昨年の秋頃のことです」
「ディンキー老が日本においでになられた頃ですね」
「はい」
そしてウノはそれ以上の問いかけを断ち切るように唐突に要求をクラウンへと突きつける。
「さて――結論から申し上げます」
ウノの視線は微笑んではおらずひたすら冷静にじっとクラウンの方を見つめている。ウノはクラウンにたったひとつの要求を突きつけた。
「あなたたちがベルトコーネと称している個体を我々で回収させていただきます」
その明確にしてシンプルな要求はクラウンが到底飲めるものでは無かった。それまで笑い顔だったクラウンの仮面が速やかに口の裂けた怒り顔へと変じる。そして抑揚の絶えた野太い声でクラウンは告げた。
「正気ですか?」
クラウンの両手が腰の後ろに回されていた。その次に何らかのアクションを起こそうとしているのは明らかだ。だがそれを前にしてもウノと名乗った純白のブーケの少女はたじろぎも恐れもしない。あらゆる事情に恐怖を感じないかのように毅然としてクラウンと向かい合っている。
「はい、正気です。嘘偽りもありません。確実に暴走を停止させしかる後に回収します。あれは我々にとって絶対必要な個体なのです」
ウノがそう言い切れば、クラウンの右手が一閃され、その手にはあの死神の鎌が握られている。右手を振るう動きのままに鎌の切っ先はウノの首筋へと向けらていた。
「戯言を口にするのも大概になさい。私が子供に対して甘いと思ったら見込み違いです」
「では交渉は決裂ということでよろしいですね?」
「くどい」
ウノはこうなるのは当然とばかりにため息一つもらさずに右手を下から前方へと掲げるとクラウンの鎌をそっとその指先で押し戻そうとする。その鎌は触れ得るものを瞬時にして分解し破壊してしまう。ウノの指先が砕け散るはずだった。だがウノの指先は砕けも切り裂けもせず何の問題もなかったかのように力強く敵意の刃を押し戻したのだ。
そして、彼女は一切恐れもせずに力強く宣言したのだ。
それは凛々しかった。誇らしかった。そして、全ての結末を可能性を初めから覚悟して正面から受け入れることを理解していた者の姿であった。凛とした力強い声が鳴り響く。
「ならばアナタは私達の敵です」
誇るでもなく荒らげるでもなく、冷静に明確にウノは宣言する。はじめからただの一度も信念は揺らいでは居なかったのだ。
「アレが世界中であまりに多くの悲劇をもたらし世界中の敵意を一身に集めている事も知っています。ですがたとえそうだったとしても、あの個体が持つ真の力を失うわけにはいかないのです。アレはまだ、正しいあるべき姿にはなっていないのですから」
凛々しく響く声を前にして、クラウンは沈黙していた。ウノという少女にただならぬ物を感じていた。自らの刃をいともたやすく拒絶した彼女に対して、口にできない驚きを感じてもした。クラウンは問いかける。
「あなた、何を言ってるのですか? アレは所詮は暴走することしかしらない狂える拳魔! 制御する事も抑止することもできはしない! それを――!」
そこまで語った所でクラウンの言葉は失われた。ビルの屋上柵の向こう側、地上から浮かび上がるかのようにウノの背後の空間に姿を現した物がある。その攻撃的な黒いシルエットに警戒し、驚かずには居られなかったからである。
「ド、ドローン? アメリカ軍の軍用戦闘仕様? まさかアナタ、あの国の――」
「いいえ、それは違います」
ウノは静かに後ろへと下がりながら言葉を続ける。ウノの背後には米軍が施設警備と強襲作戦用に開発された2mほどの飛行機械が空中で静止していた。機関銃を4基装備した本格戦闘用の大型空戦ドローンが飛んでいたのである。
それはまるでウノを自らの主人であると認めたかのように、付き従っているようにも見える。所詮は遠隔操作されるだけのドローンのはずだが、あたかも自らの自由意志をもって行動を決断しているかのような力強さがそこはかとなく感じられるのだ。
とまどいを隠しきれないクラウンに対して、ウノは明確に告げた。
「この子は、私がこの国へと入ってくる時に、在日米軍の基地にちょっと立ち寄って拝借したものです。今ではすっかり私の忠実な僕です」
その言葉に反応するかのように、ドローンは柵の向こうから柵のこちら側へと入り込んできた。そしてウノが腰掛けるのにちょうどいい位置に移動する。そしてそのままウノが腰を落ち着けてくれるのを待っているかのようだった。
「覚えておきなさい。道化師よ」
白いブーケの下でウノの二つの青い瞳が鋭く輝いていた。
「わたしの名はウノ。使役するウノ――、私が触れた機械はあらゆる物が私の下僕となります。そしてもう一つ――、私は人間ではありません」
「なに?」
クラウンのその言葉を無視するかのように、優雅に静々とウノはドローンの上に腰を下ろす。それを待っていたかのように、まるで王女を乗せた名馬のように宙へと浮かび上がり始める。ウノはクラウンへと力強く告げたのだ。
「私たちは〝プロセス〟――、人間が次なる進化へと至るための〝道程〟と成る者。道化師よ、いずれまたお会いするでしょう。それでは――」
ウノがそう言葉を残し、彼女を乗せたドローンは高く舞い上がり、ベルトコーネを巡って醜い争いが起ころうとしているあの荒れ地へと飛んで行く。その光景をクラウンは驚きと混乱がために沈黙したまま呆然と見送るしかできなかった。
だが彼とて闇社会にて一組織を率いる首魁である。ただ使役されるだけの弱者ではないのだ。
「使役するウノ――、プロセス――、また厄介な者が現れたものです。こうしては居られない!」
速やかにその仮面をいつもの笑い顔へと戻すときびすを返して反転して歩き出すと、何処かへと問い掛けている。
「シェン・レイ! 聞こえますか? 緊急事態です! シェン・レイ!」
今宵、同盟を結んだはずの神の雷へと問い掛けていた。かかる突然の自体に彼も対処せざるをえないのだ。そして闇夜に掻き消えるように姿を消すと何処かへと去っていったのである。
■スラム街のオープンテラスにて。エルバとイサベルとマリアネラとプリシラの場合――
時同じ頃、東京アバディーンのメインストリートの南側、メキシカンやブラジル系などの多いエリアにて集まっている人影があった。何れも中南米系の焼けた肌の美女ばかり。髪の色は黒、赤毛やブロンドが混じっている。その数4人。メインストリートから脇路地に入り、少し入ったところにある路上のオープンテラスにて佇んでいた。カウンターテーブルに並んで立ち雑談を決め込んでいる。
身長170程の美女たちばかりで、何れもがはちきれそうなほどの色香を放っている。
着ている服装はまちまちだが、何れもが露出ということに関しては一切遠慮がなかった。
その手にはアイスコーヒーやアルコールや炭酸飲料など各々に異なるグラスを手にしている。
一人目は、タイトでボディラインにピッタリと張り付いた蛇革のロングのレギンスを履き、上半身は黒いレザー地のビスチェで締め上げている。髪は黒でショートのウルフカットにして乱雑に左右に流している。両腰や腰の裏に6本程の多様な長さのナイフを下げているのが、視線の鋭さが目立つエルバだ。エルバは細めのタンブラーグラスに注がれている黒ビールを傾けながら皆に問い掛けた。
「それで何すればいいんだっけ?」
エルバが声を発すれば、それに答えたのは隣に立つたイサベルだ。赤と黒の変わり迷彩柄のビキニブラにローライズのデニムのホットパンツ。足にはローヒールのパンプスを履いた、ナチュラルなワンレンロングの赤毛の女だ。
「何? もう忘れたの? ダンナ様から言われたでしょ? あの〝キチガイピエロ〟を見つけてこいってさ」
「あぁ、そうだったわね」
「相変わらずね。人の話は一回で覚えようよエルバ」
「解ってんだけどねぇ」
気にせず明るく嗤うエルバを尻目に、イサベルはカウンターテーブルで腰に下げていたオートマチックのチェックをしていた。使用しているのはドイツHK社のP30、口径はS&W40.。ホルスターは太腿の両サイドに有り、左右に一挺づつ下げていて、予備弾倉は腰の後ろのヒップバッグに収めてあった。さらには今回の任務のためにもう一つ獲物を用意してあった。カウンターテーブルに立てかけてあるのを、もうひとりの女が気づいた。
「あら、イサベル。珍しいわね。サブマシンなんて。アンタならハンドガンで十分でしょ?」
イサベルのさらに隣、カウンターテーブルに背中でもたれかかっているのは金髪ドレッドスーパーロングヘアのマリアネラだ。バストが4人の中で最も大きくフェイクファーのチューブトップに無理矢理に押し込んでいる。腰のあたりはレザー地のタイトなマイクロミニでボディラインを隠すつもりは毛頭ないらしい。
マリアネラは指先の青いネイルを丁寧に手入れしている。その彼女にイザベルが答えた。
「あぁ、これ? 今日はあのピエロだけじゃなくてごちゃごちゃ集まってるって言うからさ。奮発したのよ」
そう語りながらイザベルが取り出したのは一般には見慣れない形状のサブマシンガンであった。
興味深げに覗き込むのは4人の中で一番小柄、長い赤毛のロングヘアをフィッシュボーンに丁寧に編み上げて、タイトなオフショルダーのミニドレスに体を包んでいるプリシラであった。
「なにこれ? 変な形ぃ」
先の3人と異なり、プリシラは少しテンションが変わっている。そんなプリシラのリアクションを気にもせず、イサベルはシンプルに答えた。
「これね。クリス・ベクターって言って、反動吸収がいいから強い弾を使っても命中させやすいのよ。力のないプリシラでも楽に撃てるわよ。使ってみる?」
イサベルが問いかければプリシラは興味なさげに顔を左右に振った。
「いい、いらない。多分撃っても当んない」
プリシラも、よほど銃器類に自身がないのかあっさり引き下がる。そんな彼女の態度にイサベルも少しばかり苦笑していた。
そんなやり取りをよそにエルバが再び皆に問い掛けた。
「そういやビアンカどこ行ったの?」
答えたのはマリアネラだ。
「あぁ、あの子、もう行っちゃったわよ。いい男探すって。まったく殺し合いの場所に何しに行く気なんだか。ほんと尻軽なんだから」
マリアネラの言葉にプリシラがクスクスと嗤う。
「しらないよぉ、あとでバレてご主人様にお仕置きされてもぉ」
「平気よ」
あっさりいい切るのはイサベルだ。
「あの子、お仕置きされるのをむしろ期待してるんだからさ、こっちが迷惑しない限りすきにやらせりゃいいのよ。ダンナ様だってあの子の実力高く買ってるんだからさ。さて、そろそろ行きましょ。始まってる頃よ」
「そうね。行こうか。〝ピエロ〟探し」
「うん」
「えぇ」
言葉を交わし終えてカウンターテーブルにグラスを戻す。そして歩き際にエルバが店の店員に声をかけた。
「ツケといて。あとでまた来るわ」
普段から店員も辺りの住民たちも慣れているのだろう。彼女たちの振る舞いに口を挟むものは誰も居なかった。いや、居るはずがない。なぜなら彼女たちは――
「さて、わたしたちのダンナ様――、ペガソ様を喜ばせなきゃね」
――あのペガソの忠実なる飼い犬たちだったからである。
ペガソ直属のエージェントチーム。チーム名は『ペラ』
メス犬を意味するスラングであった。
「さぁ、行くわよ!」
エルバがひときわ高く叫ぶ。
4人は一斉に、事件の核心と一人のとある道化師の姿を求めて、走り出したのである。
■戦場の入り口にて。エージェント・コクラの場合――
緋色会若頭筆頭・天龍、その子飼いのエージェント、
通り名は『コクラ』
彼は直属の上司である氷室のもとから離れて東京アバディーンの夜の帳の中へと足を踏み出していた。
メインストリートを抜けて貧民街を駆け抜ける。人目を避けて裏路地の人気のない所へと移動し、見通しの良い場所を探す。彼が目をつけたのはまだ使用されている倉庫兼作業所となっている所ですでに日中の業務を終えて灯りが落ちていた。建物の高さは5階建て程度、建物の向こう側はすでに事件と喧騒が起きているあの地だ。荒れ地に面した市街地の最果てである。
建物を背後から回り込み物色すれば、隣接する建物の外階段から登って目的のビルの屋上へとアプローチできる。足音も立てずに近づき、瞬間、両膝をかがめると一気に飛び上がり、途中、3階のステップに僅かにつま先を引っ掛けると再び跳躍する。そして瞬く間に屋上へとたどり着いてしまう。それは明らかに何らかの強化処置が施されていることの現れであった。
無論、足音はもとより、靴底が擦れる音すらたたない。ほぼ無音で気配を消し去る見事な身のこなしはコクラのエージェントとしてのスキルの高さを物語るものであった。そして身をかがめてビルの屋上を端まで移動して、その先を確かめれば、長く伸びるトラック向けの物流倉庫の建物がある。ベルトコーネを追い詰める戦闘の時にアラブ系の男たちが潜伏し、攻撃の機会を練っていたあの場所である。
「これか――」
その言葉を呟きつつ自らの視界に映る光景を整理すれば、物流倉庫ビルを背後として、その前方に広がる場所は、東京アバディーン、南側扇状市街区の東南の外れの辺りであり、ハイヘイズの子らが寝起きしていた廃ビルの周囲は古い倉庫ビルや打ち捨てられた建物が並び、その先は未開発の荒れ地が広がる最果ての地であった。
その状況下でハイヘイズの根城の廃ビルの辺りを中心として、廃ビル正面付近の広い路上にベルトコーネの体躯が転がっており、そこから少し北に移動した付近にアラブのレジスタンスたちが持ち込んだクレーン車とフォークリフトとが横転している。
その道路をメインエリアとして道路の両サイドの廃ビルや倉庫ビルの敷地や、空き地や荒れ地などに、おぼろげなシルエットとしてステルス仕様の戦闘要員がそこかしこに身を潜めている気配を感じる。コクラは両耳にかかる髪をかきあげ耳を露出させると、その聴力の感度を増幅させた。
【 AuditorySensitivity 】
【 >Amplifier 】
【 MultiplesRate×〔11.5〕】
一気に受信感度を上げると聴覚中枢を痛める恐れがある。状況を判断しながら慎重に倍率を上げてゆき、必要な情報が得られるレベルにまで感度増幅倍率を上昇させ、適切な感度にセットする。そしてさらに聴覚から得られるであろう膨大な音声データを、左右の聴覚の位相差から発信元方向を計算して処理していく。こうすることでただ単に声を聞くというだけでなく、どこで何が行われているかを突き止めることが可能となるのだ。
【 SoundDirection 】
【 Parallax 】
【 3D‐Position Mapping 】
【 】
【 ―Calculation Start― 】
強化された聴覚をフルに駆使して自らの前方の戦場に散らばっている声をかき集めていく。それはコクラが最も得意とする情報収集スキルであった。そしてそこにはピアニストとしての音感と感性がフルに生かされていた。
音に対する絶対的感覚。
それがこの男のピアニストとしての才能と、闇社会のエージェントとしての実力を確かなものにしているのだ。
そして、コクラは集まってくる情報の一つ一つを吟味する。
――焦るな――
誰かが自分自身に言い聞かせている。若い男の声で聞こえてくるのは、あの騒動の中心地だ。重要な行動をする際に自らに冷静である事を努めて言い聞かせているようだ。その声のするほうに視線を向ければ、全身を覆うプロテクターに身を包んだ一人の人物の姿がある。白と青、そして日本警察の桜のエンブレム。彼が警察の手のものである事は明白だった。
さらに声を集めれば強い警告としての叫びが聞こえてくる。
――グラウザー!! 上だぁ!!!――
警告としての何よりも強い叫び、命令口調ではなく、互いを信頼して居るがゆえの強い語りかけであることが伝わってくる。だがその後に聞こえてきたのは金属物を踏み潰すような鈍い打撃音だ。
「なんだ?」
思わずつぶやきつつその後に聞こえてくるものに集中すれば次に聞こえてきたのは老人のしわがれた声だ。ダメージを受けているのか息も荒かった。
――モレンコフ、〝アレ〟を使え――
言葉のニュアンスからして日本人ではない。ましてやロシア系となればこの場に居合わせているのは彼らしか居ない。
「ロシアン・マフィアの実戦部隊か」
推測するにベルトコーネが現れたこの場にロシアン・マフィアの部隊と、日本警察が鉢合ていると言うことだ。しかも深刻な対立関係にはないようで、協力しあっている気配すらある。
マフィアと日本警察の特別利害関係――
理解しがたいが、そう言う危険行為に及ばざるをえないほどに、自体が切迫しているとも考えられた。そう判断しつつも極めて微かに聞こえてくるのは金属的なマニピュレータが作動する音だ。義肢や義手というよりは、作業用の機械のそれに近く、使用形態としてはパワードスーツの様な強化服などの装備が考えられるだろう。
「ロシアン・マフィアがそんな物を使うとは考えられない。第三者か――」
ロシアン・マフィアに日本警察、それらに反目する第三者など想像しにくいものがある。戸惑っていれば、存外にその正体はすぐに露見する。
――クモ型? まさか義体外装機?!――
義体外装――、サイボーグがその身体機能を拡張するさいに用いるパワードスーツの様な物であり、外装機体の内部に入り込みつつ、頭脳部を制御系と直結させることで、身体機能を大幅に広げることを可能とするものだ。だがそんなもの、一般社会で医療用にしかサイボーグが認められていないこの国では、そうそう存在するものではない。よほどの規模の犯罪組織か、政府系の特殊組織が関与していると考えるべきだろう。
そしてその答えとなる言葉を、あの日本警察の名物アンドロイド警官が教えてくれたのである。
――そういや居やがったぜ! 非人間型のサイボーグ人体拡張装置を好んで使うイカれ野郎が隊長やってる連中を! なぁ! 情報戦特化小隊さんよぉ!――
声の主はセンチュリー、コクラも彼の存在を嫌と言うほど知っている。そのあまりの目立ちっぷりに苦笑せざるを得ない。
「バレバレですよ。アナタらしいですが」
だがセンチュリーの言葉から得られた事実にコクラも戦慄せざるを得ない。
「情報戦特化小隊――、あの無法者たちか。たしかに天龍さんたちが警戒するわけだ。あの連中ならこの街に何が起きても不思議ではないか。死人が出ても気にするような連中でもない」
苛立ちと不安を抱えながら状況を考察する。そしてさらにセンチュリーのつぶやきが聞こえてくる。
――これでいい。これならばあのウラジスノフとか言うじいさんをあいつらに任せれる――
ウラジスノフ――、ウラジスノフ・ポロフスキー、ロシアン・マフィアのゼムリ・ブラトヤの女首魁の右腕として広く知られる人物であった。言葉の内容からウラジスノフを誰かが補助しなければならない状況にある事が読める。そして、それだけの危機的状況が進んでいるのだ。
前後の言葉と声を照らし合わせて判断すれば、アンドロイド警官とロシアン・マフィアが協力して事態の解決を図ろうとして居るところに、警察内部の無法者集団である情報戦特化小隊が妨害を試みてきた――、そう考えるべきだろう。
「その妨害の目的こそが、ベルトコーネの暴走と言うわけか、」
一つの結論を得た時、さらに別な方から声がしてくる。方向としてはコクラの背後と言って良い。
――デュウとペデラは下で待ってた。パンプとタンとグウィントとダエアはもう街の方へ行ったよ――
それは若々しい少女の声だった。張りがあり元気で、性格の明るさが口調の端々ににじみ出ている。だがその言葉の中に出ていた人物たちの名前が問題であった。
「誰だ? 聞きなれない名だな。それに――」
コクラはほんの僅か思案すると答えを出した。
「名前は全て〝ウェールズ語〟――数字に火に風と水と大地、意味が似かよりすぎている。一つの集団の中のコードネームか?」
一つの疑問を処理するが、さらに聞こえてきた言葉にコクラは思わず耳を疑わざるを得なかった。それはまた別な方角から聞こえた一人の少女と思わしき声だったのだ。
――あなたたちがベルトコーネと称している個体を我々で回収させていただきます――
「なんだと?」
――あなた、何を言ってるのですか? アレは所詮は暴走することしかしらない狂える拳魔! 制御する事も抑止することもできはしない!――
少女が対話している相手の正体を、そのあまりに特徴ある口調からすぐに思い起こせる。その人物の名はクラウン。闇社会の中でもトップクラスの謎に満ちた不審人物だ。
「一体何を考えている? 正気かこいつら?」
そしてなにより、あのベルトコーネ争奪に乗り出そうとしているのだ、とてもではないが正気の沙汰とは到底思えなかった。重要度から言えば、黒い盤古よりも、特攻装警よりも、こちらのほうが重要だった。
――私たちは〝プロセス〟――、人間が次なる進化へと至るための〝道程〟と成る者――
それが突如として現れた、新たなる勢力の名であった。
「プロセス――? 聞いたことが無い」
そしてコクラは決断した。まずは最初の報告をするべきだろう。体内に装備する通信装置機能を起動させて上司である氷室の下へと通信を接続する。無論、暗号化強度は最高レベルである。
コクラは回線接続の処理を待って氷室へと呼びかける。
〔氷室様、最初の成果を掴みました。ご報告いたします〕
〔話せ〕
〔はい――、現在状況ですが――〕
回線の向こうで氷室がコクラの報告に耳を傾けている。氷室からさらなる指示が下るのはその直後である。
■死線の上にて。情報戦特化小隊の場合――
そこは戦場である。犯罪捜査の場ですら無かった。
ベルトコーネという災厄をめぐる、闘争の場と化していた。
そこに平穏はない。あるのはただ敵意――それだけである。
ベルトコーネをめぐり黒い盤古――、情報戦特化小隊の部隊員たちは周辺エリアに各自展開して、あの狂える拳魔が際限なき暴走をする時をひたすらに待ちわびていた。そしてなにより彼らは――
『犯罪に関与した人間の生存を絶対に容認しない』
――のである。
だが思い起こして欲しい。ここは東京アバディーン。
無法と悪意が交錯し、弱肉強食がまかり通る終末的エリアである。違法的行為にかかわらずに生きることが極めて困難な場所なのだ。
そしてその事実が故に、情報戦特化小隊のメンバーは皆、東京アバディーンと言うこの街を心の底から憎んでいた。悪意の拡散と増殖は続いていたのである。
〔ネズミ1から、各ネズミへ〕
隊員の一人が命令を発する。コードネーム・ネズミ1は真白だ。
低層の廃ビルの屋上に陣取り、全体を俯瞰で見渡しながら隊長の字田を除く全員へと指示を発した。隊長字田がグラウザーやベルトコーネと交戦している現在、指揮をとるのは副隊長の役目であるのだ。
〔隊長が戦闘を開始した。行動プランのチェックだ。まずはネズミ4と6、所定の爆破トラップを構築せよ。敷設完了と共に起爆権限を隊長へと移管せよ。作業は速やかに行え〕
〔ネズミ6蒼紫了解。爆破トラップを戦闘フィールドの6ヶ所に敷設します〕
〔ネズミ4亀中了解。爆破トラップ連携システム構築に移ります〕
〔ネズミ4と6は作業にかかれ。次いで、ネズミ3と5は、ネズミ1の俺とともに戦闘フィールド内に潜伏する不法武装容疑者を速やかに摘発し緊急避難による処分を実行しろ。逮捕拘禁は不要だ〕
〔ネズミ3権田了解。戦闘いつでも行ける〕
〔ネズミ5南城了解。スグに殺れます〕
〔よし、残るネズミ2は隊長機の支援だ。的確に判断しろ〕
〔ネズミ2柳生了解。隊長周辺の残存戦闘能力者は俺が処分する〕
〔よし、行動を開始せよ〕
地上部隊の副隊長真白が隊員への指示を整理していた時だった。彼らの頭上から通信が降ってきたのだ。声の主は狙撃員である才津。独特の言葉回しで彼は皆に告げた。
〔こちらコウモリ2、面白いもん見つけたぜ。映像をそっちへ回す〕
それは上空の二重反転ローターのステルスヘリのからの空撮望遠画像だ。夜間であり望遠画像であるためやや荒い映像だが、対象物を視認するのは十分な映像であった。そこには市街地外れの荒れ地の片隅にて建築途中で放棄された小規模ビルだった。
そこの片隅には、今日のこの災厄が一刻もはやく終わるようにと肩寄せあって振るえている小さな姿が無数にあった。
ラフマニとオジーがいざと言う時のために用意していた避難用の簡易シェルターである。その彼らの素性を才津はすでに見抜いていた。
〔不法残留者、無戸籍無国籍の混血のガキどもだ。とっ捕まえてイミグレに突き出してえが、そもそも送還する出生国が無いってんでイミグレからも疎まれてんだ。こっちで〝処分〟してえんだがどうだ? ネズミ1?〕
その吐き気を催すようなゲスな判断に、副隊長真白は即断する。
〔好きにしろ。他の作戦行動に影響は残すな〕
〔コウモリ2了解っと。野うさぎ狩りとしゃれこませてもらうぜ〕
ヘリからの通信が切られる。ヘリが地上に向けての攻撃準備を始める。そのさまを見て、副隊長の真白が吐き捨てるように言った。
「サディストの殺人狂風情が――」
理念が無いどころか、快楽殺人の予兆も感じさせる。それは情報戦特化小隊の中にあっても絶対に相容れない存在であるのだ。忌々しげに吐き捨てる言葉が全てを物語っている。気を取り直して真白は無線越しに隊員全員へと指示を出す。
〔全ネズミへ、これより作戦行動を開始する〕
その言葉がトリガーだった。地上展開の6人が一斉に行動を始める。
彼らにとって目障りな無法の街を屠るため、音もなく姿が闇夜へと消えていくのである。
■ネット空間越しにて。シェン・レイとイオタとタウゼントの場合――
同じ頃、ネットを介して繋がった3つの存在があった。
1人は神の雷の名を持つ電脳犯罪者シェン・レイ、ハイヘイズの少女、カチュアを助けるため大規模外科手術を終えて経過を見守っている所だ。
もう1人はイオタ。あの死の道化師クラウンの子飼いの部下にして、猫耳とタキシード姿がトレードマークの謎の猫耳少女だ。
そしてさらにもう1人が、タウとパイとの凸凹コンビ。特にタウに対して話しかけている。
イオタは普段はクラウンの言葉にのみ服従しているが、この日だけはクラウンからの厳命もあり、協力関係者であるシェン・レイの言葉に素直に耳を傾けていた。ネット越しに3人は声のやり取りを交わしていた。
〔それではあの〝黒い盤古〟が間違いなく戦闘エリアにすでに侵入を果たしているんだな?〕
落ち着いた口調のシェン・レイに対して、チャイルディッシュな弾むような口調で答えているのがイオタだ。
〔うん。ウチのゼータも使って確認したけど、隊長さんが1人に、地上の隊員が6人、それから上空にステルスヘリが居てそこから狙撃もあるからパイロットと狙撃手でプラス2人、全部で9人ってとこかな〕
〔ステルスレベルは?〕
〔軍用としての基準も含めると10段階で上から3番目ってとこかな。色と熱は完璧、電磁波もきっちり遮断してる。ただ偽装信号がレベル低いから逆にきれいに消えすぎててステルス戦のベテランなら解っちゃうね〕
〔ゴミ溜めに真っ白なボールを置けばはっきり判るからな〕
〔うん、そんなとこ。セオリーに忠実すぎて足出てるってとこだね〕
〔了解した。ステルス状況のデータを解析しているが独自開発の物ではないな〕
〔どう言うこと?〕
〔君から貰った映像を精査したが、アメリカ陸軍の特殊部隊などが使っている映像フォーマットをそのまま使用している。警察用途では使用されていないものだが、軍の特殊部隊ではけっして珍しいものではない。技術供与を独自に取り付けて得られたものをそのまま使ってるか、もしくは――〕
一言区切った声にイオタは耳をそばだてた。
〔――米軍と軍産複合状態にある軍需企業から直接連携状態にあるのだろう〕
〔え? なにそれ?〕
イオタが疑問の声をあげれば、脇でおとなしく耳を傾けていたタウが口を挟んだ。
〔軍需産業から支援してもらう代わりに、自らをモルモットに差し出した――、と言うところであろうなぁ〕
〔それで間違いないだろう。あいつらからやりかねん〕
タウの言葉をシェン・レイが肯定する。そこにイオタが更に疑問の声をあげた。
〔あの黒さんたちって日本警察でしょ? そんなのありえるの?〕
〔あぁ、ありえるとも〕
イオタの疑問の声にシェン・レイは明確に答える。
〔なにしろ日本は公的には特殊部隊や軍向けの健常者用のサイボーグボディは厳しい制限がかかっている。戦闘用途のサイボーグとなれば海外企業に支援してもらわねば材料すら手に入れられないと考えるべきだろう。そしておそらくは――〕
そう語りながら、シェンレイはイオタとゼータからの視覚映像をデータ処理してイオタたちへと転送した。
【 CG立体映像迷彩解除ソフトウェア起動 】
【 迷彩形式:自動識別モード適用 】
【 識別結果>US-ARMYDELTA1X 】
【 フィルター解除プロセススタート 】
【 シグネチャ特性抽出⇒ 】
【 RGB判別⇒明暗深度⇒光度位相⇒ 】
【 原型画像合成シュミレート⇒〔完成〕 】
【 活動対象フィールド指定 】
【 フィルタリング画像マッピングスタート 】
【 >地上7体 >上空、ヘリ1体 】
【 3DマップデータディスプレイOK 】
シェン・レイは敵のステルス機能を解除しその存在を浮かび上がらせ、さらにはその位置情報を周辺領域の3Dマップ上へとマッピングした。そしてさらにそれをイオタやタウたちと共有したのだ。
〔彼らは日本警察中枢部の意思には従っていないと見るべきだ〕
驚くような言葉に、イオタは思わず悪態をつく。
〔なにそれ? それで警察なの?〕
心底信じられないと言う語り口にシェン・レイは答える。
〔肩書上は警察の身内になっている。ただし、日本の警察は二つに分裂している。刑事と公安と言う二つの勢力にね。特攻装警とか言うアンドロイドたちは刑事の方だが、あの黒いならず者たちは公安の勢力に属している見るべきだ〕
〔あきれた。身内で喧嘩してるの?〕
〔やれやれ。同じ法を守る者たちのはずなのに、不毛ですなぁ〕
ため息をつくイオタとタウにシェン・レイは苦笑する。
〔不毛か――、否定せんよ。それより話を戻そう〕
そしてシェン・レイは更に言葉を続けた。
〔俺はこれからあの黒い盤古どものステルスシステムをクラッキングして無効化する。そのためのサポートを頼む〕
〔オッケー、何すればいいの?〕
〔イオタ、君はゼータとか言う飛行体を誘導してくれ、ゼータの内部システムを中継システムとして利用する。黒い盤古の地上部隊のそれぞれに効率的にゼータの各個体を配置してくれ〕
〔うん! わかった。まかせて〕
〔次にタウゼント卿〕
〔はいである〕
〔あなたには黒い盤古の隊員の破壊行為を阻止してもらいたい。特に周辺に展開しているロシア・マフィの実働部隊である〝静かなる男〟たちを守ってやってくれ〕
〔マフィアを? なぜに?〕
タウの疑問の声にシェンが答える。
〔静かなる男たちは皆老齢の元軍人ばかりだ。サイボーグ化しているとは言え、やはり重戦闘には無理がある。それに今は隊長であるウラジスノフ氏がダメージを負っていて指揮系統にトラブルを生じていると見るべきだ。黒い盤古の粗暴行為をから守ってやらねばならん。犯罪組織構成員とは言え一つの命であることに変わりはない。無論、それ以外にも破壊や殺戮を行う可能性もある。何しろ彼らは――〕
シェン・レイはデータを映し出す。9人の黒い盤古のメンバーをシルエットとして各個毎に表示したのだ。そしてシェン・レイがひときわ強く告げた。
〔彼らはこの街を憎んでいる〕
そしてその言葉に続いたのはイオタとタウへのメッセージだった。
〔この街には命がある。人間が住んでいる。戸籍や国籍の有る無しで人間の優劣が決まるわけじゃない。奴らの悪意を阻止するためにも力を貸してくれ〕
その心から告げられた言葉にタウもイオタも明確に答えていた。
〔騎士として人々の命を守るのは当然のこと! 任せるのである!〕
〔そうだよ。命を大切にしない奴らに負けるわけにはいかないよ〕
二人の口から出た言葉は素直であり、偽りやごまかしは感じられない。その真っ直ぐな心性にシェン・レイは少なからず感心していた。
〔よし、それでは早速行動を開始しよう。闇に隠れて悪意を行使するあいつらを白日のもとに引きずり出すぞ!〕
〔心得た! 行くのである! パイチェス〕
〔オッケィ。行くよ! シグマ、ゼータ!〕
イオタとタウが動き出していた。それをネット越しに感じながらシェン・レイは情報を整理していた。だがその時、彼の下へと割り込んでくる通信要請がある。
〔聞こえますか? 緊急事態です! シェン・レイ!〕
〔何だ?〕
ネット越しに問いかければ返ってきたのは聞き慣れた声である。
〔私です。神の雷!〕
〔クラウンか。どうした? 音声通信のみだなんて〕
そしていぶかしがるように問いかける。
〔今しがたお前さんの配下のイオタとタウに指示を出していたところだ。何か起きたのか?〕
〔困ったことが起きました。新たな勢力の介入です〕
〔新たな勢力? なんだ。どこかの軍部か?〕
〔いえ、我々が見知った人物に関与しています。しかも事前情報では痕跡すらありませんでした。あのディンキー・アンカーソンに関わる者たちです〕
者たち――、その表現に対象者が複数存在することが伺える。
〔それで。名前は?〕
シェン・レイが問えばクラウンはよく響き通る声で告げる。
〔〝プロセス〟――ディンキー・アンカーソンが生み出した存在にしてマリオネットとは全く異なる個体です〕
〔プロセス? 人間か? アンドロイドか?〕
〔わかりません。情報不足です。しかし、この戦いに介入して、あのベルトコーネを回収しようとしています。放置できません。いかがしますか?〕
シェン・レイはクラウンの問いに即座に決断した。
〔その件は後回しにしよう。今は情報戦特化小隊を排除しつつ、ベルトコーネの暴走を抑止するのが重要だ。プロセスとやらがベルトコーネを目的としているなら戦場にて鉢合わせるだろう。その際に適時決断すればいい。ただし、情報収集はお互い完璧に行おう〕
〔承知しました。では私も彼の地で監視に当たることにします。得られたデータはネットを介してアナタと共有致します〕
〔それでいい〕
〔では改めて〕
クラウンとの会話が終わる。そしてシェン・レイは早くもネット上の情報をかき集めようとしていた。プロセス――、その名を手がかりにして。
「しかし、あのクラウンを慌てさせるなどどんな連中なんだ?」
シェン・レイは沸き起こる疑問を制御しつつデータの海へとダイブしていったのである。
■戦場の片隅にて。イプシロンの場合――
イオタと一緒に居たあのビルの頂きから跳躍し、別なビルの上へと渡る。再び跳躍し、更に別なビルへと渡る。まるで石伝いに川を渡るように、イプシロンは闇街の空間上を渡ろうとしていた。そして、通信塔を兼ねた鉄塔に気づくと、その頂に張り付くようにして静止する。気配を一心に殺すと、その童話のキャラクターのような丸い目で醜悪な作戦行動が展開されているエリアを一望した。
そしてイプシロンの視線が、かつて救った子どもたちを探し求めていた。
「どこだ? どこに行った?」
まずは眺めたのは子どもたちがねぐらにしていたあの廃ビルだった。だがそこは熾烈な戦闘が行われていたこともあり、いまでは誰もいない。グラウザーや字田やベルトコーネをめぐる戦いのメインステージと化している。
さらに視界の望遠倍率を上げて詳細に眺めていけば、その先の荒れ地に近いエリアに奇妙な建物があるのが見えた。市街地外れの荒れ地の片隅にて建築途中で放棄された小規模ビルである。その窓越しに小さな人影が見え隠れしている。
「こどもたち! 居た!」
子どもたちの無事に安堵するイプシロンだったが、すっかり安心するにはまだ早かった。必死に姿を隠しているが小さな子どもたちも居るために隠しきれていない。視力や聴力の良いものが眺めれば即座に露見してしまうだろう。それに隠れた場所があまりに悪かった。
「だれかいる」
ハッキリと姿は見えないが、イプシロンのその視力にはほんのわずかに微かにゆらゆらと揺らぐものが見える。イプシロンは自らの視界に映る映像にフィルターをかけた。
【 加工画像解析フィルター・作動 】
【 >ホログラム迷彩アンチフィルター 】
シェン・レイのような高度なものではないが、それでも取っ掛かりだけでもつかみやすくなる。そしてそのフィルターを作動させた結果、たしかに人間のシルエットに似た何かが動いているのがつかめたのである。
「まちがいない」
そっとつぶやきながらイプシロンは警戒して周囲を眺めた。
「誰かいる。子どもたちの近く、誰かいる。誰だ?!」
そしてイプシロンは気付いた。その戦闘エリアの頭上遥かに対空している大型の〝なにか〟のシルエットがある事に。音も聞こえない。映像もハッキリとは見えない。だがあまりに何も見えないがゆえに綺麗すぎてシルエットがおぼろげに浮かんでくるのである。そのシルエットの正体をイプシロンは直感する。
「まさか――戦闘ヘリ?」
それは悪夢の記憶に繋がるものである。そしてイプシロンが持つ忌まわしき記憶の鍵をこじ開けようとしていた。戦闘エリアの上空に戦闘ヘリが待機している時、行われるのは二つしかない。
一つは地上への降下作戦。戦闘要員を送る事だ。
そしてもう一つ――
「狙撃?」
――地上部隊支援のために支援攻撃が行われるのである。
イプシロンはその可能性に気づいてしまったのだ。
イプシロンはバケガエルである。笑われてなんぼの存在でしか無い。
だがイプシロンとて、あのクラウンの部下である。クラウンに付き従って様々な場所を飛び回っているのだ。そして悪意に満ちた戦場や悲惨な犯罪現場を幾度もその目に焼き付けてきているのだ。
「そんな――まさか――」
否定したかった。信じたくなかった。
「子供たち」
だがその最悪の可能性が現実になろうとしていた。全ての状況がそれを確定しているのだ。
「狙っているやつがいる!」
もう猶予はならなかった。もう我慢ならなかった。イプシロンは全ての不安をかなぐり捨てて全力で飛び出していた。その胸にある思いはただ一つだった。
「子どもたち守る」
イプシロンはバケガエルである。
笑われてなんぼ、驚かれてなんぼの存在である。
大人はたいてい驚いて気味悪がって去っていく。
だが子どもたちは違っていた。
「こどもたちの笑顔を、オレ守る!」
いつでも子どもたちだけはイプシロンを怖がらなかった。
子どもたちだけは、バケガエルのイプシロンを驚き、興味を持ち、そして笑って楽しんでくれたのだ。
イプシロンは子供が好きだった。
子どもたちの笑顔。それだけが生きがいだったのである。
■何処かの高級ホテルにて。未知の2人の場合――
「あー、やってるやってる。ゾラこれ見なよ」
そこはとあるホテルの一室だった。プライバシーが完全に守られたスイートルームの一室。理知的そうなふちなしメガネを付けたドレス姿のユダヤ系風の青年女性が居る。スカート丈は膝のあたりで無理な露出はしていなかった。
ロングのソファによこ座りに腰掛けながら、手にしている大型のスマートパッドに映し出された中継映像を眺めていた。そしてそれを指し示しながら、彼女と同室にて滞在している連れの人物にも声をかけた。
「〝あの場所〟で派手にやってるよ。どうにかしてあのデカブツの暴走を止めたいみたいだね。出来るわけないじゃない! ボクのつくったアレはそう簡単に壊せないんだからさ!」
冷酷――と言うより有り余る知識を持て余しているような傲慢さが垣間見えていた。
「当然でしょ。基礎プログラムとセキュリティは私も関わったんだから。突破も破壊もできっこないわ。たとえ基礎原理その物がわかったとしてもね」
その声は冷ややかであり、他者をこばむ冷徹さがあった。スイートルームの奥のシャワー室から湯上がりの体にロングのバスタオルを巻いた女性が現れた。肌は白く、髪も銀髪、目は蒼く、アートの彫像のように細い体は神がかりな美しさを放っていた。その手には高級シャンパンの注がれたグラスを手にしている。アルコールを口にしながらゾラと呼ばれた女性は語る。
「第2頚椎から第6胸椎までで第2頭脳を構成しているのは当然として、肋骨や骨盤や大腿骨にも予備構成頭脳体を仕込んであるから、脊髄を破壊しただけでは壊れないわ。むしろ、暴走が早まるだけよ。際限ない爆縮を伴ってね」
「でもそれじゃ、あの街残らないじゃん」
「別に――」
ゾラと呼ばれた女性は一気にグラスを飲み干すと吐き捨てた。
「今更この世界の人間が千人、万人、消えたからって何が変わるわけじゃ無し、ミニマムな悲しみが発生したって何の意味があるのよ。こんなくだらないゴミゴミした猥雑な星、終わらせるべきよ。そうでしょ?」
「否定はしないよ。でも――」
ふち無し眼鏡の女性はスマートパッドを、ゾラと言う女性へと投げ渡した。
「――面白い見世物だよ。これだけたくさんの人間たちが、価値観ってくだらないレッテルを巡って右往左往してるんだからさ! ねぇ、賭けない? 誰が死んで、誰が生き残るか」
ゾラはスマートパッドを受け取ると冷酷な笑みを浮かべながら答えた。
「面白いわね。乗ったわ。アナは誰にするの?」
「ボクは、ハイヘイズとか言うガキたちが死ぬのに一枚。それで日本警察のサイボーグ部隊が反撃されて全滅にもう一枚」
「なら、あたしは子どもたちが生き残るのに一枚。そして――」
ゾラはスマートパッドに映る一人の人物を指差して告げた。
「この白い鎧の正義の味方が勝つことにもう一枚ね」
そこに写っていたのはグラウザーであった。今まさに姿を表した字田のクモ型ボディと対峙している状況が映し出されていた。ゾラの選択に、アナと呼ばれた女性が揶揄をした。
「正義のヒーローが子どもたちを救って大団円? 安いシナリオだねぇ」
「あら、ハリウッドでもこう言う王道シナリオってけっこうまだ人気あるのよ? サイラスも言ってたわ。そう言う映画が一番手堅く小銭を稼げるって」
それは命を軽んじる会話だった。命のやり取りをトランプのポーカーのように楽しんでいた。その傲慢なる遊びの存在を知るものは今は誰も居なかったのである。
■世界の中心にて。グラウザーと字田の場合――
タイムリミットへのカウントダウンが進む。
微かに動きはじめているベルトコーネが居る。
そのベルトコーネを背後に守るように立ちはだかるのが、巨大なクモ型のボディの機械体だった。人間らしさは微塵もなかったが、悪意と敵意だけは枯れることがなかった。その3対の足を地面に踏みしめ、1対の腕を敵めがけて威嚇している。その機体を駆使するのは情報戦特化小隊を率いる隊長の字田だった。
字田は無言のままだった。そして攻撃対象を眼前の白磁のボディの戦士へと向けていた。
「特攻装警ダナ?」
濁りきった電子音声。字田の人工声帯から絞り出された機械の声だ。その声に応じるのが特攻装警の第7号機であるグラウザーだ。第2科警研の技術者たちが渾身の思いを込めて作り上げた2次武装アーマーをその身に装着している。
グラウザーは字田の呼声にハッキリ頷いた。
「そうだ。特攻装警第7号機グラウザーだ。そう言う貴様は誰だ?」
「答えル義務はナイ。消エ去るオ前が聞く必要モナイ。おとナシク消去サレろ」
「そう言う訳にはいかない! ベルトコーネを暴走させる気か? そこをどけぇ!! 邪魔だ!」
グラウザーは怒りを発露させていた。目の前に突如として立ちはだかった奇っ怪なる存在に対して、そこに秘められた意図に気づいたからだ。だが字田とて簡単には下がらない。彼にとって忌々しいこの都市エリアを破壊しつくして完全に消去するのにこれほどまで最適なチャンスは無いのだ。
「それコソ答えル義理ハナい。そしテお前ヲ放置すル理由もナイ!」
その叫びを残して、クモを模した奇っ怪なる存在は飛びかかるようにグラウザーへと襲いかかったのだ。
それは死闘だった。
絶対に引き下がれぬ死闘だった。
そして、戦いの火蓋は切って落とされたのである。
■東京アバディーンの夜空にて。使役するウノの場合――
ウノは、彼女が使役する軍用ドローンの上にいた。ビルとビルの間を縫うように飛びながら同じプロセスの皆が向かっている戦闘エリアへと移動していた。
そしてドローン上に腰掛けたまま仲間のプロセスへと声を伝えた。それはクラウンとの交渉結果を伝えるがためのものであった。
「みんな聞いて。交渉の結論が出たわ」
ウノからの呼びかけに返事は帰ってはこなかったが、仲間たちが聞いていると言う確信はたしかにあった。
「クラウンの答えはノー。ベルトコーネの機体は私自身の手で奪い取るしか無いわ。あれをむざむざ暴走させる訳にはいかない。そして、破壊もさせない。あれこそは父様が残した私達への大切な贈り物だから! 絶対に取り戻すわよ!」
ウノが宣言する。すると続々と声が帰ってきた。
「ダウ、了解」
「トリーも聞いたよ」
「ペデラ、承知しました」
「ペンプ、オッケーだよ」
「タン、了解した」
「デュウです。わかりました」
「グウェントも心得ました」
「ダエア、イエスだ」
全てで9人。それが全員の総意だった。
「それじゃみんな! 行くわよ! 父様の遺志! 取り戻すわよ!」
ひときわ高くウノが宣言する。そして新たなる彼らはたちもまた、動き出したのである。
■そして、東京アバディーン上空にて。フィールの場合――
フィールは失念していた。ここがいかなる場所であるかということを。
知識として理解はしていたが経験としてどれだけに危険な場所であるかということを見誤っていたと言ってよかった。そして、地上で行動しているはずのグラウザーとセンチュリーに向けてメッセージを発信したのは、やむを得ない事とは言えあまりに剣呑なる行為だった。
――グラウザー! 聞こえる!――
その叫びを地上へと向けて発信する。それが誰に受信され、どんな反応を生み、そして、どんな結末を迎えるかはわかろうはずがなかったのである。
そして今、フィールの視界には自らの行為の結果が映し出されようとしていたのだ。
フィールは己の目に写った〝ソレ〟を目の当たりにして絶句せざるを得なかった。
「なに? あれ――」
半ば呆然として事実を見据えるしか無い。音もなく忍び寄ってくる無数の影、闇夜の空を響かせるような低い振動音。まるでカラスの大群か、砂漠を覆うイナゴの大群を見るかのような光景であった。
「うそ――」
それがようやくにして紡ぎ出せた言葉であった。
フィールは自分の心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。そして、その小さな総身を貫いたのは、ただひたすらに純粋な〝恐怖〟そのものだったのである。
その目に映る物、それは――
――総数、100体以上戦闘ドローンの巨大な群れ――
それが眼下の東京アバディーンの市街地のあらゆる場所から湧き出てくるように空へと舞い上がっていく。そして逃げる間もなく瞬く間にフィールは全周を囲まれてしまったのである。今まさに『退路は絶たれた』のだ。
フィールが今感じた物――それを人は〝絶望〟と呼ぶのである。
フィールはついに死を覚悟しようとしていたのである。

















