サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part29『死闘・創造頭脳』
破滅への歯車は回る
特攻装警グラウザー第2章エクスプレス
サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣』
Part29【 死闘・創造頭脳 】
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特攻装警が他の汎用型のアンドロイドと一線を画すのには理由がある。
単に物を考え行動を決定すると言うだけならばそう難しくはない。ロボットであるならプログラミンどうりか、指示内容に不足する部分を自己推測する程度。アンドロイドでも高度な自己推論能力と判断能力を保有しつつ、原則として与えられた命令と指示を厳守することさえできれば良いのだ。
だが特攻装警は違う。
特攻装警は警察である。
法を遵守し、人間を監視し、膨大な社会情報を取捨選択し、操作対象となる被疑者を選び出し、その行動を法や判例に照らし合わせ、犯罪の証拠物件を見つけ出し保全し、逮捕対象者の行動を制限し拘束し、緊急避難行為においては刑を執行し、さらには被害者を保護し、その尊厳を守るという極めて高度かつ困難を極める条件が要求されるのである。
それゆえ、特攻装警には人間並み、あるいはそれ以上の倫理観とモラル、そして人間に対する高度な感受性が求められていたのである。
一方でこの時代、急速にコンピュータ技術は進化を遂げていた。特にノイマン型のアーキテクチャから離れて、高次AIを運用するために開発された多種多様な非ノイマン型のニューロアーキテクチャの発達と普及が進んでいた。
脳皮質のハイパーコラム構造を模した思考装置『シンクキューブ』
量子素子による多次元並列高速演算装置『アキュームレートシリンダー』
ブルーレーザー光励起光量子ホログラム推論装置『フォトンブレイン』
その他、様々な高次AI装置が開発され商品化されて行く。
そしてそれらは劇的な技術発展が進んでいたロボット・アンドロイド開発へと投入され、ロボットの実用化と商業化に一段と強い弾みをつけることとなった。
だが、アンドロイドの実用化に対しては依然として越えられない壁が存在していた。ロボットとアンドロイドを画するのは、より人間に近いルックスと、より高度な自己判断能力を有し、人間に近い優れた自我の発露が、在るか否か? と言う点にあった。
だがどんなに優れた高次AI装置を駆使しても、自由意志の元となる〝自我〟の発露が見られなかったのである。
自我の発露に対しては様々な方法でのアプローチがなされた。
大脳生理学からのアプローチ、精神医学からのアプローチ、旧来の人工知能理論からのアプローチ、さらにはヴァーチャル・リアリティからのアプローチや、脳ホログラム理論からのアプローチなども行われた。
世界中の科学者/技術者が開発にしのぎを削る中、その〝越えられない壁〟はある偉大なる天才の登場により打ち破られることとなるのである。
その者の名はチャールズ・ガドニック――
フォン・ノイマンの再来と呼ばれ、
今を生きる偉人とまで呼ばれた異能の天才。
また多種多様な異ジャンルへの知識や造詣も深く、
〝万能の天才〟の名をレオナルド・ダ・ヴィンチから奪ったとまで言われる人物であった。
彼は意外な物から人工頭脳の構築を想起した。
それは珪素を基本とした人工生命の創出である。
珪素系の高分子からヒゲ根状に自己成長する素材を発見・開発した彼はそれを元に〝人間の頭脳の模倣〟を試みることになる。
それはまるで阿寒湖のマリモを思わせるものであり、人間の脳組織と比較しても勝るとも劣らない優れた成長性と組織性を現したのである。そしてそれは容器形状や水流などにより、成長パターンの誘導が比較的容易であり、ガドニックが狙った人間の脳の模倣と言う狙いは決して間違ってなかった。
そして、小規模な頭脳体を構築して論理素子として、高次AI素子としての機能性をテストし、それがそれまでの既存の高次AI装置とは比べ物にならない位の性能を発揮することとなる。
ガドニックはその事実から〝人工自我の発露する頭脳体〟の作成は可能である、と判断。開発と作成に着手するのである。
こうして産み出されたのが――
特殊高分子人工頭脳ユニット『クレア頭脳』
――であり、そのクレア頭脳において人工自我を発露させ自我意識体の制御ロジックとして機能する――
人工自我統括管理オペレーションシステム『マインドOS』
――だったのである。
ハードウェアとしてのクレア頭脳と、ソフトウェアとしてのマインドOSの完成は、頭脳素子の未熟さ故に発展の止まっていたアンドロイド開発に多大な後押しをすることとなる。そして世界には実用可能な域に達したアンドロイドたちが爆発的な勢いで世界に普及していく事となる。
そしてそれは人間世界のあらゆる事情を根こそぎ書き換えるものであり、文明社会の基本パラダイムを根底から覆すものであった。それ故かガドニック教授は――
『世界を書き換えた男』
――と呼ばれることとなったのである。だがそこに込められた言葉は賞賛の声だけでは無かったのである。
@ @ @
グラウザーはその視界に写ったものを愕然として見ていた。
糸が切られた。最高レベル、最高強度の単分子ワイヤーが。音もなく姿もなく突如としてその最強の戒めの糸は、まるでお釈迦様が地獄へと垂らした蜘蛛の糸のように切れて地面へと落ちていったのである。
そして、地面へと落下したのは悪漢のカンダタではない。最強最悪のテロアンドロイドである。
――ズシッ――
鈍い音をたててソレは砕けたアスファルトの路面の上へと落ちたのだ。
その黒い壊れかけの巨体は静かに横たわったままだった。
当然だ。そのはずだ。グラウザーが、特攻装警たちが、アラブの戦士たちが、ラフマニが、ローラが、シェン・レイが、死に物狂いで、渾身の力を込めて破壊し続けたのだ。
動かないはずだった、
動いてはならないはずだった、
一切の戦闘行動は取れないはずだった。
そう――
【――動いてはならないのだ――】
グラウザーはその言葉に怒りと戸惑いを入り混ぜながらつぶやいた。
「誰だ?」
その左手は固く握られていたが、明らかに怒りに震えていた。
何者かが介在している。間違いなく、妨害行為が行われている。この単分子ワイヤーが自然に切れるなどと言うことがあろうはずがないのだ。対外センサーをフルに駆使して周囲を探索する。だがベルトコーネから視線を外すことができない現在、補助センサーやレーダーブロックを駆使しての探知では、完全ステルス化した第3の敵を捕らえることは不可能に近い。
「ならば――」
妨害行為を目視できないなら、速攻でベルトコーネを仕留めるしか無い。時間的制約をその脳裏に感じると急がねばならないと言う焦りを感じずには居られなかった。
だが――
・‥…焦らないで…‥・
――その囁きは確かにグラウザーの脳裏へと響いていた。
「え?」
思わずつぶやきを漏らす。だがグラウザーから問い返す前にその声は再びグラウザーの脳裏へと響いたのだ。周囲を見回そうと顔を動かしかけるが、その声は再び響いてくる。
・‥…慌てて引き金を引く必要はない。それより正確を喫すること優先するんだ…‥・
その声に導かれるように、グラウザーは速やかに落ち着きを取り戻す。確かにそうだ。急いて引き金を引いても何の意味もない。外したら終わりなのだ。一旦、銃口を下ろすと一呼吸置いてから自らの脳裏に響いてくる謎の声に語りかけた。
〔だが、ベルトコーネが動き出しかねない〕
謎の声は答える。
・‥…それは分かる。だが奴が動き出すにはまだタイムラグがある。姿勢を整えて射角と射線を確保してからでも遅くはない…‥・
射線確保――、戦場での重要射撃や狙撃などではターゲットへの確実な命中が必須とされる場合には必ず行わねばならないことだ。闇雲に撃ってどうなると言う物ではないのだ。
〔わかった。アドバイス、感謝します〕
謎の声に向けて答え返しながらグラウザーは射線確保のプロセスへと移った。
右手の古銃であるカンプピストルを握りしめた時、あの謎の声は再び響いたのだ。
・‥…Я молюсь Богу удачи вашей борьбе…‥・
それはロシア語だった。とっさに頭脳中枢に付随する多言語翻訳システムが意訳をする。
【 リアルタイムトランスレーション 】
【 マルチランゲージデータベースエンジン 】
【 】
【 入力言語:ロシア語 】
【 出力言語:標準日本語 】
――あなたの武運を神に祈ります――
その言葉の意味を知りグラウザーはそっと頷く。それは多分にして感謝の意味を含むものだった。
グラウザーは、右手にウラジスノフから受け継いだカンプピストルを握りしめ眼前のベルトコーネへと向ける。今ならまだ間に合う。確実に教えられた通りにベルトコーネの後頭部へと狙いを定めるべく速やかに移動する。狙う場所は忘れていない。後頭部の第3頚椎から第6胸椎までを一気に破壊する。その為には正確に脊髄の鉛直方向からの射撃を成功させなければならないのだ。
「焦るな」
グラウザーは自らに言い聞かせるように狙いを定める。その内心の焦りを抑えつつ姿勢を制御する。地面に横たわったベルトコーネの頚椎の位置に合わせて姿勢を低くする。そうして射撃の射線を慎重にベルトコーネの頚椎鉛直方向へと合わせる。チャンスは一度きりだ。仕損じるわけには〝絶対に〟いかないのだ――
――グッ――
旧時代の世界大戦の異物であるソレの引き金に力をかける。まだベルトコーネが自力で動き出していない現状下ではこれ以上は引き伸ばせなかった。グラウザーは覚悟を決める。グラウザーの中で姿勢制御のための全体統括制御が一斉に作動した。
【特攻装警身体機能統括管理システム 】
【 射撃統括制御プログラム】
【 】
【 弾丸射角瞬間計算開始 】
【 射撃対象、及び射手間 】
【 3次元空間位置座標シュミレート 】
【 計算対象:制圧対象攻撃阻止最大効果射線 】
【 >シュミレート演算完了 】
【 >全身各部関節位置高速アジャスト 】
【 使用拳銃銃種:標準装備外 】
【 個体名称:シュツルム・カンプ・ピストル 】
【 弾種:硬化弾芯徹甲弾 】
【 射撃タイミング:自由意志マニュアルモード 】
【 】
【 ――射撃準備完了―― 】
すべての準備は整った。引き金を引くべく右手の人差指に力をかける。
――コレで終わる!――
グラウザーがそう確信を抱いたときである。
・‥…危ない!…‥・
再び謎の声が響く。それは強い警告であり、グラウザーを救わんとする声だった。声が響くと同時に反射的に後方へと退いて周囲を警戒する。そしてその時に兄のセンチュリーからも叫びが響いた。
「グラウザー!! 上だぁ!!!」
センチュリーの裂帛の怒声がこだまする。その声に反応する暇もなくグラウザーが握りしめていたその古拳銃は空のアルミ缶を踏み潰すがごとく潰されてしまう。その瞬間、グラウザーはおのれのすぐ傍らに、とてつもなく剣呑なものが立ちはだかっている事をその本能で悟った。しかし光学的な姿は見えない。音響も響かない。それが極めて高度なステルス装備を有している事の証拠に他ならなかった。
「何か居る!」
グラウザーの声が響く。それは卑劣な狙撃により負傷していたウラジスノフや彼の部下にも聞こえていた。
「メイヨール」
ウラジスノフの部下が叫べば、ウラジスノフも事態を認識していた。
「モレンコフ、〝アレ〟を使え」
「да(ダー)」
重症を負いつつもウラジスノフはどこまでも冷静だった。その老いてもなお鋭い視線で事態を認識していた。忘れてはならない。ウラジスノフもまたステルス戦闘のエキスパートであると言う事を――
モレンコフと言う名の部下に指示を出す。部下も速やかに返答すると着込んでいたジャケットの内側から一つのアイテムを取り出す。オーバー風のジャケットの裾の後ろ側に左手を回すと、その周辺に設けておいた隠しポケットから小型の手榴弾のようなモノを後ろ手に取り出し掌の内に収める。そして、周囲の事情に静かに耳を澄ませる。チャンスは一度きりだ。
――フォッ!――
最小限のモーションで左手首をアンダースローの動きで動かし、手にしていた手榴弾の様な器物を投げ放つ。気配をさとられぬように無駄な動きを一切排除しての特殊技法だ。
それは勘だ。人間だけが持つ第六感に基づく判断と認識だった。
周囲状況から察して相手がどこに居るのか、誰がどこに居るのかを推測する。
人間は情報だけを処理する生き物ではない。感情と、感覚と、想像と、情報と、事実。そして、それらをフルに駆使することによって〝勘〟を働かせることの出来る生き物である。それが単なるロボットやAIとは、人間が大きく異る特徴なのである。
それは余分な雑音や動きを簡単には見せなかった。ごく自然に、なおかつ唐突なモーションだった。むしろ、ウラジスノフの側近である彼の存在は誰の目にも全くの警戒の外だったはずだ。その彼が放ったアイテムは闇夜の中で放物線を描いて、空中へと放り投げられる。そしてそれは、対物センサーによる近接信管によって空中にて炸裂する。
「ど……、どこの――、誰かは知らんが――」
ウラジスノフは苦しそうに荒れた息ながらそっと呟く。それこそは長年に渡り戦場のステルス戦闘の現場にて戦い続けてきた熟練老兵が編み出した渾身の策だった。
「覚えておけ! ステルス戦闘を世界で初めてモノにしたのは我がロシアだ!」
炸裂した手榴弾型アイテム、それはそれは外装容器の破片を撒き散らしながら内部に詰められていた内容物を辺り一面に散布する。ベルトコーネの単分子ワイヤーを無思慮に断ち切った無法者に対してウラジスノフは渾身の言葉を叩きつける。
「アメリカのステルス技術を拝借しているだけの若造が――粋がるな!!!」
――ボオオォォン!――
鈍い爆発音を響かせてソレは砕け散った。
手榴弾様の外装容器が吹き飛び、内部から広範囲に飛散したのは鈍い銀色に輝く微粉末である。微粉末が降り注ぐ真下の一定範囲、キラキラと光り輝きながら不可視だった透明なる存在は徐々にその姿を表していく。本性の現し方はまだらであり均一ではない。ところどころ半透明であったり、透明で不可視なままな部分もある。だがその存在を白日のもとに晒すには十分である。
「なに?!」
グラウザーが驚きの声を漏らし、センチュリーが語る。
「クモ型? まさか義体外装機?!」
サーモグラフィーと音響三次元センサーの組み合わせで隠されていたシルエットが鮮明に浮かび上がる。それは6本の足と2本の腕を装備したクモ型の義体外装だ。大きさは全長で2.5m程度、色は味気のない漆黒に近いダークアーミーグリーン、その姿はある意味軍事兵器然としたルックスであると同時に、化け物じみた生物性を色濃く放っていた。
頭部センサーは12基もの多種多様なセンサーやカメラの集合体であるのだが、大型の光学系カメラが2基、目のような配置となり、残る10基のセンサーが頭部前面に集められている。まさに複眼と単眼とが組み合わされた蜘蛛その物といえる頭部を形成していた。
人ならざる存在、人間性を自ら放棄した存在、その非人道性を体現したかのようなルックスの敵対者に向けてウラジスノフは言い放つ。
「どうだ?! 蛍光性アルミニウム合金の微粉末と重磁性体性ナノマシンの混合パウダーは? どんなに巧妙にホログラム迷彩装置を働かせていても、ソレを阻害する手段は必ず存在する! ステルス技術を駆使するということは、自らが姿を隠す技術だけでは半人前だ! 敵の存在を見抜き、その姿を白日のもとに晒してこそ一流のステルス戦闘者と言えるのだ!」
ウラジスノフの部下が放った手榴弾型アイテムから散布された微粉末――、それはステルス戦闘の要であるホログラム迷彩装置の光学擬装効果を阻害するためのものであった。
蛍光性アルミニウム合金は鈍く光る蛍光効果を持たせたアルミニウム系の特殊合金を削り出し微粉末化した物だ。散布すると物体表面に張り付き容易には落ちてくれない。さらには蛍光効果でぼんやりと蓄積光を放つ効果さえ有し姿を消している対象者の光学擬装効果を阻害し、誤作動を生じさせる。さらには強い磁性効果を持つ重金属ナノマシンの粉末を混合することで、攻撃対象の電子回路の動作を阻害する効果もある。完全にその姿を現させるわけではないが、その存在をおぼろげに浮かび上がらせることは十分に可能だ。
位置――、形――、動き――、それらを掌握可能な状態にすることで次の攻撃への繋がりを確保する。これはそのための攻撃兵装だったのである。
そして、ウラジスノフは己の戦闘経験から導き出された言葉を一気に放った。
「己より弱い者しか相手できない半人前風情が!」
厳しい言葉が響く中、完璧だったはずのステルス機能は、もはやその意味を失っていた。クモ型機体のホログラム迷彩機能がエラーを生じてマトモに動作していない。それ故に、衆目に晒された不気味なシルエットは、それを目の当たりにしたセンチュリーの脳裏にある人物たちの存在を想起させていた。
「そういや居やがったぜ! 非人間型のサイボーグ人体拡張装置を好んで使うイカれ野郎が隊長やってる連中を! なぁ! 情報戦特化小隊さんよぉ!」
今、センチュリーには見えていた。突如として現れた情報戦特化小隊が何を企図してこの地に現れたかということを。その裏側に潜む邪悪な狙いにセンチュリーの内心は煮えくり返っていた。
そしてセンチュリーは、左手でデルタエリートを構え、突如姿を表した〝蜘蛛〟へとその銃口を向けつつ、彼の周囲を囲んでいた3人の静かなる男の工作兵に向けて告げた。
「早く、あの隊長のおっさんのところへ行け。此処から先は、人間やめた連中と人間以上の連中だけの戦いだ!」
そう告げつつセンチュリーの視線は空中からの狙撃にて負傷したウラジスノフの容態を案じていた。その視線の意図をセンチュリーを囲んでいた3人も察したのだろう。小声でそっと言葉を返す。
「спасибо」
――スパシーバ――
感謝を意味する言葉だった。その言葉を残して男たちはセンチュリーから離れて隊長のウラジスノフの下へと向かおうとする。
「これでいい。これならばあのウラジスノフとか言うじいさんをあいつらに任せれる」
センチュリーがそう呟いた時だった。3人のシルエットがセンチュリーの視界の中で静かに崩れ落ちた。姿は見えないが、明らかに第3者による不可視の攻撃だった。ただ、センチュリーのその耳にかすかに聞こえた音がある。
「これは――、日本刀?」
風切音――、日本刀を強く振る時に生まれる微細なノイズ。それはセンチュリー自身が師匠の大田原のもとで修行に明け暮れていた頃に何度も耳にしていた物だ。
「ってぇことは――」
センチュリーはひとりごちると過去の記憶に意識を飛ばしつつ、周囲を慎重に警戒する。
「情報戦特化小隊の中に一人いたな」
センチュリーには心辺りがあった。盤古の隊員で凄腕の剣術使いで、刀剣戦闘の要とも言える男が確かに居た。
「名前はたしか――」
命が惜しければ思い出したその名を口にしてはならない。事は慎重に進めなければならないからだ。ならば成すことは一つだ。敵のステルス戦闘を封じるか、その存在位置を確実に把握しなければならない。
「見てろ」
一言つぶやきながら体内システムを操作する。起動させるのは6モードある視覚システムの一つだ。
【特攻装警身体機能統括管理システム 】
【>視覚系統複合光学センサーアレイ 】
【 〝マルチプルファンクションアイ〟 】
【 ≫超音波画像化モード作動 】
【>頸部発声ユニット、超音波視覚と連動 】
【 超音波シグナル拡散発信[開始]】
【>体内中枢系サブプロセッサー 】
【 エコーロケーション高速演算[開始]】
【 】
【 ――超音波視覚作動スタート―― 】
そして頸部の声帯装置が超音波共振を開始し、人間の耳には聞こえない100キロヘルツ周辺の超音波を発信する。そしてそれが周囲の障害物に反射して帰ってきたシグナルを、本来の聴覚と視覚システム内の超小型ガンマイク型の音波受像装置により受け取り、それを映像化する事で視力とするものだ。
無論、通常視覚と異なり、色は全くわからないが、純粋に物体の形状をハッキリと浮かび上がらせるため、ホログラフ迷彩などを突破して対象者の存在を視認するには最適のシステムなのである。
無論、安易に多用できないのには理由があった。
今、センチュリーの〝音の視覚〟の中、浮かび上がってきたのは一人の男性のシルエットだった。
「ビンゴ。見つけた――黒い盤古さんよ」
それは盤古の標準武装タイプに似た全身保護仕様のプロテクタースーツのシルエットだった。細身で長身だが、銃火器の類ではなく、その手には日本刀のような物が握られていた。抜き身の日本刀が超音波の映像を経て浮かび上がっている。刀身の刃峰の部分が超音波視覚なかで白く光り輝いているのは刀剣自体が高周波振動をしている事の現れであった。
「俺の師匠の大田原のオヤジが嘆いてたぜ。盤古の中でも最高レベル、戦国武将に比肩する腕前のやつが〝闇落ち〟しちまったってなぁ」
そしてセンチュリーは内なる怒りを叩きつけるようにこう告げたのだ。
「なぁ! 情報戦特化小隊隊員の柳生さんよぉ!」
センチュリーの叫びの声に、柳生が握りしめていた刀剣がかすかに動いた。その両足が開かれていき踏みしめられている。確実なる攻撃態勢を取り始めている。柳生から返される声は無く無言である。その行動に対してセンチュリーは告げた。
「そうかい、返事は無しかい」
相手が最低限の礼儀すら拒むなら、それに応じる理由はない。センチュリーもそれ以上の言葉のやり取りを拒絶する。デルタエリートを握りしめつつ、両足を開いて立ちスタンスをとった。
「そう言やぁ、刀握ったやつと殺りあうのはコレで二度目だな」
センチュリーは一人つぶやく。その脳裏にかつて拳と刀を交えたコナンの姿がよぎる。
片やハイテク仕掛けの白刃を握りしめた剣士――
片や満身創痍ながら決して折れる事の無い闘志を秘めた拳士――
沈黙と沈黙、今、避けられぬ戦いが、ここでも始まったのである。
@ @ @
そこはビルの頂きだった。
メインストリートの南側、その中でも特に目立つ15階ほどの雑居ビルがある。その屋上に彼らは集っていた。
先に屋上に佇んでいる影が一つだけある。そのシルエットに声をかけたのは、シルクハット姿の猫耳少女。イオタだ。
「あ、居た居た!」
あの地下空間から〝扉〟を通り過ぎ、5匹の狼――シグマを引き連れて現れたのだ。そしてその先にて屋上ですでに待っていたのは一匹のバケガエルだ。あのクリスマスの夜。ハイヘイズの子供らに救いの手を差し伸べた者たちの一人、巨大な目玉がよく目立つユーモラスなシルエットのイプシロンである。
イプシロンはビルの端に位置してそこから眼下を見下ろしている。そこにはベルトコーネをめぐる死闘の一端が見渡せていた。
季節は初春。冬も終わり春の暖かさがわずかずつだが広がりを見せている。あのクリスマスの凍てつく夜とは違う。本当ならあの子供らも暖かさと温もりを皆で分かち合いながら笑いあっていたはずだ。ようやくに訪れた幸せを享受できていたはずだ。かつてイプシロンがお守役をしていたローラが、あの子供らの母親役を引き受けたことであの子らの幸せの道程は確かなものになったはずなのだ。
イプシロンはバケガエルである。驚かれることと笑われることが存在意義だ。それだけに純粋に驚き、純粋に笑ってくれる子供という存在が何よりも好きだった。
だが――、だからこそ心から思うことがある。
背後からイオタが近づいてきたことにも気づかずにイプシロンはつぶやきの声を漏らした。
「どうしてこうなった」
「え?」
イプシロンのつぶやきにイオタが驚くが、イプシロンは反応しない。
「俺たちあの子らを守った。あの街の連中、あの子らを助けようとしていた。少しづつだけど皆が幸せになっていた。あの子らの笑顔、本物になる――はずだった。どうして? どうしてこうなった?」
「イプシロン――」
イオタはかける声を見つけられなかった。イプシロンの疑問の声にどう言う現実をもって納得させればいいか、皆目見当がつかなかったのである。イオタが迷いを見せている時だった。イプシロンがヒタヒタと足音を鳴らしながら数歩進み出る。その先にはビルの外の夜空である。
「俺、行く」
「行くって? どこに」
イオタが問えばかすかに振り向いて目玉をくるくると回しながら視線で眼下の戦場を指し示した。
「あそこ、子供らを苦しめる元凶が居る。そして、その元凶をわざと暴れさせようとしている奴が居る。あのベルトなんとかが好き勝手に暴れたら――」
イプシロンは再び屋上の縁へと向けて進みながら答えた。
「子どもたちみんな死ぬ」
イプシロンは子供が好きだった。バケガエルと言う自分のシルエットを恐れもせず、純粋に楽しみ、純粋に驚き、そして笑ってくれる子供という存在が好きだった。そして守ってやりたいと思っていた。そして彼は覚悟を決めた。
「イオタ、おれ先行く」
「ええ? 先行くって、タウとパイと一緒に行けってクラウン様が!」
イオタが慌てて静止しようとするが、イプシロンはそんなことは一向に気にかけなかった。その1m足らずのカエルの体を思い切り跳躍させる。そしてビルの屋上から飛び出すと東京アバディーンの夜空へとその身を躍らせていったのである。そのシルエットは瞬く間に消え失せたのである。
「い、行っちゃった」
その唐突な行動を呆然として見ていたイオタだったが、さらにその背後から騒がしい声が聞こえてくる。ガチャガチャと西洋甲冑を鳴らしながら歩いてくる老騎士と、それに従うずんぐりむっくりとしたマント姿の従者。まさに凸凹コンビと言う言い方がしっくりと来る2人であった。
「パイチョス! 主殿から言い賜った集まりの約束の場所とはここかいな?」
「はいです! 旦那様! この汚れた塔のてっぺんにございますです!」
「そうかそうか! して今宵の仕事のお仲間はいずれの者であるか?」
「はいです! 旦那様! 今宵のお仕事は、イオタ姫にイプシロン殿にシグマ殿とお聞き及んでおりますです! おお! 旦那様! 噂をすればあそこにイオタ姫様が!」
「うむ! しかと見た! シグマ殿もおられるではないか! 姫様~~!」
どこかのイタリア映画の3流喜劇から切り抜いてきたような2人がビルの外側の非常階段から現れたのだ。しかし隠密行動が主のイオタやイプシロンとは異なり、ショー向けのコミカルな動きが身に染み付いているのだろう。賑やかしと騒がしさが何より目立っていた。
ドタドタと足音を鳴らしながら2人は近づいてくる。そして、イオタに向けて老騎士のシルエットが声をかける。
「イオタ姫様! 遍歴の騎士タウゼント、ただ今到着いたしました!」
「従者パイチョス、同じく!」
タウゼントが片膝ついて右手を差し出し、パイチョスも両膝を突いてうやうやしく頭をたれていた。時代錯誤という言葉をそのまま絵に描いたような2人である。だが彼らの行動に対するイオタからのリアクションは薄かった。
沈黙したままどこかを見つめているイオタ。そのイオタがボソリと呟く。
「行っちゃった」
「は?」
イオタのつぶやきにタウゼントが声を上げる。
「あの――、姫?」
タウゼントがさらに問いかけるがイオタは完全スルーで何処かへと声を発する。問いかける相手はあの人物である。
〔おーい! ちょっと緊急事態! おーい〕
イオタが呼びかければ返事の声はネット越しでなく肉声で彼らの頭上から聞こえてきていた。
「なんです? 騒々しい」
現れたシルエット――、それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ――
「あ! クラウン様!」
イオタが笑顔を溢れさせながら声の方を振り向いている。視線を向けた先は屋上の中央ほどに設けられた小型の通信タワー、5m程の高さのそれの先端に、まるで物理法則を無視したかのような絶妙なバランスで派手なシルエットのクラウンは立っていたのだ。
その姿を目の当たりにしてタウゼントもパイチョスも顔を上げて言葉をかけた。
「おぉ! 我らが主様!」
「お出向き、ご苦労様でございますです!」
いずこからかかすみの彼方から湧いて出るかのようにクラウンは音もなく姿を現した。そしてイオタたちは何の疑問も抱かずにクラウンに対して各々に声をかけていた。それらに対してクラウンもねぎらいの声を発した。
「皆さんご苦労です。皆、命令通り集まったようで何よりですねぇ――、約一名を除いて」
その言葉尻は怒りというよりは呆れのニュアンスが濃かった。
「まーったく! 何を考えてるのか、あの馬鹿ガエル! 単独で行ってもどうにもならないでしょうに! んもうっ!!」
そして眼下に視線を下ろすと3人と5匹にややキツめの声で問いかけた。
「イオタ! タウ! パイ! あの馬鹿のことは気にしないでさっさとお行きなさい。ゼータの支援も付けます。時間がありません! さぁ早く!」
「は、はい!」
支配者であるクラウンからの強い言葉に驚きながらイオタはシグマを引き連れてそこから立ち去る。先程も行ったようにステッキを大きく円を描くように振り回して〝扉〟を開くと、慌ててその中へとシグマやタウたちと引き連れて飛び込んでいく。
「お待ちを! 愛しのイオタ姫! 我らもお供いたしますぞ! 征くぞパイチョス!」
「はいな、旦那様ーー!」
イオタとシグマが音もなく流れるように姿を消すが、その後で可哀想なくらいにドタ付きながらタウゼントとパイチョスがイオタの後を追う。円形の扉フィールドの中へと先にタウゼントが飛び込めば、素直で実直な従者のようにパイチョスが、タウゼントの後を追いつつ、立ち止まり振り向いてクラウンへと軽く頭を下げて、しかる後に速やかに〝扉〟の中へと姿を消していったのである。
そんな彼らの滑稽なまでの光景を眺めながらクラウンは全ての光景を静かに見守っていた。そして先にビルの屋上から夜空へと飛び込んでいったイプシロンの向かった先へと視線を投げる。クラウンは抑揚を抑えた落ち着いた声で、そっとつぶやいた。
「イプシロン、アナタも気に病んでいたのですね」
そして、クラウンは頭上を仰ぐ。夜空には散りばめたような銀色の星々が輝いている。その星の一つに手を伸ばしながらクラウンはこう問い掛けたのだ。
「願わくば、彼らに祝福を、彼らに勝利を、この街に住まう全ての小さき命に安寧と安息がもたらされんことを――」
そして、細長い通信塔から花びらが舞い降りるように静かに降下していく。クラウンが屋上へと降り立ったその時である。
「失礼いたします。死の道化師――クラウン様でらっしゃいますね?」
それは少女の声だった。流暢な英国英語の発音でオペラ歌手のような流れるような発音が印象的だった。
「どなたです?」
声のする方へと踵をかえし振り向くと、そこには春向けのワンピースのスカートドレスを身にまとい、ブーケスタイルのヘッドドレスと、シルク製の純白のハーフマントコートを肩にかけた美少女が居た。
耳にはパールの大粒のイヤリング。首には白いレザー調のチョーカー。足には編み上げのロングブーツを履いていた。
歳の頃は少し年長で、16くらいだろうか?
そう――、
あのローラとほぼ同じ歳の頃である。
抜けるように白い肌。蒼い眼、光り輝くブロンドのロングヘア。
体躯は非常に細くしなやかで、強く抱きしめると折れてしまいそうな、まるでガラス細工のような人間離れした印象すらある。
その少女を前にして、クラウンは警戒していた。彼の字名である〝死の道化師〟の名を知っていたからである。
「正直、不愉快です。私の忌み名を問いかけるのはやめていただきたい」
立腹気味のクラウンの反応を前にしても、まるでファンタジー世界のエルフのようなシルエットの美少女は一向にひるまなかった。ただ丁寧な口調で詫びの言葉を述べるのだ。
「これは大変失礼いたしました。以後気をつけます。ダディにそうお呼びするようにと生前、聞かせられていたもので」
「ダディ? どなたです?」
クラウンの忌み名を問いかけられる者などそうそう居るものではない。敵対者が迂闊にその名を問いかければ命すら危ういのだ。クラウンからの強い疑問を前にして少女は答える。その少女が語る答えを前にして、クラウンは驚愕させられることとなる。
少女の唇が動いた。
「ディンキー・アンカーソン ――私達の父です」
あまりに唐突な言葉にクラウンは一瞬言葉を失う。そして慎重に言葉を選びながら再び問いかけた。
「初耳です。ガイズ3やシスター4以外に〝マリオネット〟が居たなどとは」
「いえ、違います。マリオネットではありません」
「は?」
ブロンドの少女はこともなげに否定した。そしていささか間の抜けた声を出したクラウンにこう告げたのだ。
「私たちは〝プロセス〟――私達の父であるディンキー・アンカーソンの願いを実現するために生み出された存在。マリオネット・ディンキーではない本来のディンキー・アンカーソンとしての理想と理念を叶えるために生み出された物です」
「私達?」
「はい」
驚きの事実を前に流石にクラウンと言えど驚かざるを得ない。
「初耳です。マリオネット以外にディンキー氏の手による存在が居られたなどとは」
「えぇ、当然の反応だと思います。私達も生みの親がディンキー・アンカーソンと言う人物だと言うことを知らされたのはここ1―2年のことですから」
「――――」
クラウンは沈黙した。そして、慎重に言葉を選んで問いかけたのだ。
「詳しくお話をお聞かせください。その前にお名前を拝聴させていただきたい」
クラウンは左手を腰の裏に。右手を胸の心臓の前にあててうやうやしく上体を前へと傾けて好意を示した。
「これは失礼いたしました――」
その丁寧な所作を前にしてブロンドの美少女は軽く微笑みながらスカートドレス前側の膝の辺りを両手でつまむと持ち上げながら軽く膝を曲げて会釈をする。古式ゆかしい〝カーテシー〟と呼ばれる礼儀作法だ。
そして顔をながら少女は答えたのだ。
「私は第1の〝プロセス〟ウノ・アンカーソン――、またの名を〝使役するウノ〟以後お見知りおきを」
少女は自らをウノと名乗った。マリオネットではなく、ディンキー・アンカーソンの〝娘〟として。そしてウノはこう語り始めたのである。
「時間がないのは承知しています。手短にお話いたします」
それはさらなる混沌と混乱への始まりだったのである。

















