サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part27 『死闘・黒い盤古』
特攻装警グラウザー
第2章エクスプレスサイドB第1話
魔窟の洋上楼閣都市27 『死闘1』
スタートです
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ここは府中市の第2科警研研究施設内。
グラウザーの開発スタッフである大久保以下G班の面々が詰めている研究ルーム。そこで大久保は苛立ちと焦りを隠せないでいた。
「どうしたっていうんだ? グラウザーのやつ! 再度、緊急コールしろ!」
「だめです! 基本制御信号のハードウェアモニター信号はつながっていますが、視聴覚信号のデータは完全オフラインです! 呼びかけにも応じません!」
大久保の指示にG班のスタッフの一人が声を発する。それはグラウザーが大久保たちとの情報共有を拒んでいることに他ならなかった。突然の事態に驚き戸惑う大久保たちだったが、そこに割り込むように声をかけてきた者がいる。少しドスの効いた強面声の主で、情報機動隊員で上原と言う。
「ちょっといいですか? 大久保主任」
「上原さん?」
情報機動隊メンバーの中では最年長であり、元公安捜査員として活動したこともある強面のベテランだった。大戸島公安4課課長からも信頼厚く、警察内外の荒事にも対応可能な有能な警察人。ディアリオに次ぐ存在として鏡石隊長のバックアップを任せられる男である。ディアリオを情報戦特化小隊に同行させるに当たって、第2科警研とグラウザーの仲介バックアップを大戸島から任されたのである。
大久保の方には上原の画像こそ届いていなかったが、上原の声は修羅場を幾度もくぐり抜けてきた猛者としての実力と迫力を匂わせている凄みがあった。大久保もその声に耳をかさないわけには行かなかった。
「大久保さんたちもご存知ですよね? 特攻装警の視聴覚データアップロードに関する制限事項の事は」
「――特攻装警自身が認めた場合に限り、日本警察の情報ネットワークにアップロードできる――でしたよね?」
「えぇ、そうです。しかしそれは逆を言えば、特攻装警自身のプライベートを守り、特攻装警を警察の街頭監視カメラ代わりにしないための足かせであり防波堤となる物です。おそらくは今グラウザーは我々に対して明かせない何か重要な状況にあるのだと思われます。それも、今回の対ベルトコーネ制圧戦闘を行うにあたって〝第3者のプライバシー〟を守る必要が出てきたのだと思われます。これは特攻装警の取扱規定に基づいた正当な行為です。こればかりは向こうからの通信再開を待つしか無いでしょう」
「基本情報が送られているだけでも良しとするするしか無いということですか」
「そう言う事です。私も送られてくる必要情報の仲介はこのまま継続します。今は向こうからの反応をじっと待ちましょう」
「はい、分かりました。アドバイスありがとう御座います」
大久保は上原に丁寧に礼を言う。流石に情報機動隊員として情報犯罪の最前線で戦い続けてきたベテランとしての判断力と胆力に感心するしか無かった。大久保は部下に指示を出す。
「回線余裕率は?」
「開始時と変わらずです。安定しています」
「各種バイタルは?」
「オールグリーン。作戦行動に支障なしです」
その答えに続くように別な研究員が声を発する。
「ですが――」
「どうした何かあるのか?」
「はい。クレア頭脳の情動反応数値で対人シンパシーにまつわる数値が凄い数値を示してます。おそらくとても重要な人物と対話をしているのだと思われます。それと記憶と想像に関する頭脳領域の神経反応が激しい動きを示してます。二人分の記憶情報がいっぺんに動いているようです。まるで別人の誰かが乗り移ったかのようです」
「別人? 技術者ならオカルトはよせ――」
そう叱咤しつつ研究員が示したデータを見る。
「これは? どういう事だ? コレでは多重人格状態じゃないか?」
大久保が見た頭脳データマップは、通常ではありえない激しい処理反応の痕跡を示していた。それは言うなら一つの脳内に、2人の異なる情報ネットワークの動きがあるような物であった。
「そうですね。基本頭脳部分以外の拡張頭脳部分であるエンジェルレイヤーもフル稼働している状態です。グラウザー自身の記憶と人格の他に、もう一人分の何者かがグラウザーの頭脳を利用して対外コミニュケーションをとっているかのようです」
「ハッキングされたか?」
大久保の疑問の声に上原が告げる。
「いえ、それは有りえませんよ。私の他に3名の情報機動隊員が鉄壁の防壁を張ってます。興味本位のアクセスすら許しませんよ」
それもその通りだ。むしろ、そのためにディアリオに支援を求めたのだ。だがそれでは今のグラウザーの状態に説明がつかないことになる。大久保はグラウザーが呼びかけに応じてくれない現状を苦々しく思わずには居られなかった。
「こんな状況、初めてだ。二人分のメンタルデータが駆動するなんて完全に想定外だ。頼むグラウザー! 早く応答してくれ!」
大久保たちはレスポンスの得られない現状に苛立ちながらも、反応が返ってくるときをひたすら待ちわびるしかできなかったのである。
@ @ @
それは悪意そのものである。
ある者は狙撃任務の途中で反撃に合い小型榴弾を至近距離で胸と両腕に食らって心肺機能と両腕を奪われた。
ある者は違法アンドロイドによる自爆テロで倒壊する建造物の下敷きになり下半身を圧砕されてしまった。
ある者は人工頭脳搭載型の新型の時限爆弾の除去作業に失敗、身体の前半分を破壊された。
またある者は、近接格闘能力を持つアンドロイドにより頭蓋骨を粉砕され死線を彷徨っていた。
武装警官部隊・盤古にて対機械戦闘・対アンドロイド戦闘の任務につくことは、戦闘被害のリスクを背負うことである。そして実際に多数の負傷者殉職者を生み出していた。ハイテク化・重武装化の一途をたどる未来型犯罪に対抗するためとは言え、その犠牲は決して少なくなかった。当然、その任務の過酷さに異を唱えるものも現れる。このままでは犯罪抑止のために戦えない。
――もっと力を――
上申されたのはさらなる重武装化の要求である。海外では軍隊や治安維持特殊部隊などに対して条件付きで行われている健常者への戦闘用サイボーグ技術の適用が求められたのだ。
だがその上申に対して、日本政府は動かなかった。
ハイテクサイボーグの合法適用をあくまでも医療用に限定し、健常な肉体を持つ者への武装目的のサイボーグ技術適用を違法として警察関係者や自衛隊に対してサイボーグ技術適用を制限したのである。
その代わりとして、盤古隊員に支給される武装は強化され、それまで軽武装タイプしか無かったのが装甲防御力とパワーアシスト機能を強化した標準武装タイプの盤古プロテクターが支給される事となった。さらにはより防御力と戦闘力を強化した重武装タイプの開発と支給へとつながる事となる。
だが、その融通の聞かない判断がある事件を引き起こしてしまう。
一向に減らない犠牲者殉職者の現状に不満を持った異分子による東京都心での小規模クーデターが発生してしまう。通称『東京戦争』と呼ばれる事件である。
この事件は東京都心への自衛隊の投入という最悪の事態をギリギリで避けるため、盤古と盤古が血で血を洗う闘争を繰り広げると言う、もう一つ別な最悪の事態を招くこととなってしまったのだ。そして警察が重武装戦闘力を持つ事への議論が引き起こされ、さらには人間が武装をすることの是非へと議論が進んでいく。犯罪抑止のためのサイボーグ技術の適用の是非と言う深刻な問題と交差しながら――
そして最終的に日本警察と日本政府は『人間以外の者に重武装を運用させる』と言う結論を導き出すこととなる。これを具現化するために考えられたプランこそが〝特攻装警計画〟だったのである。
一方で、戦闘サイボーグの合法適用の除外と言う結論にどうしても同意できなかった者たちが居た。犯罪者の違法武装に対抗できるだけの戦闘力を警察が保有する。それは決して間違ったことではない。それに何より、盤古隊員の消耗を減らすことは何よりも急務なのだ。必要とされる物を必要として求めて何が悪いのだろう? 忸怩たる思いを抱えたまま最前線から身を引かねばならない者たちが、東京戦争への不満を残しながら失った身体機能を補うために医療用サイボーグ素材を移植されることとなった。確かに社会生活への復帰は医療用で達成できた。多くを望まなければ日常生活には何の問題もない。だが盤古として警察官としての職務への復帰は絶望的であった。
だが――
元盤古隊員の医療サイボーグ適用――、
その事に目をつけたある者たちが居た。
日本警察公安部、一般に公安警察と呼ばれる彼らは国体と言うシステムを守ると言う目的さえ達成できれば、その過程は一切問わない剣呑な連中であった。
彼らは盤古の運用状況に対して生ぬるいと考えていた。犯罪抑止のために悠長に手段を選んでいては世界地図規模の違法犯罪集団の日本流入を食い止めきれないのだ。そのためにも彼ら公安は盤古のさらなる強化を望んでいたが、それは刑事警察との駆け引きや、一般世論や政府中枢の思惑も有り、公安部の思うようには進められずに居た。
正規の盤古を、公安が望む形で運用する事は到底達成することは不可能だ。盤古隊員のサイボーグ化と、それによる対犯罪戦闘能力の総合的な強化。それだけが公安が盤古に求めた理想である。
そして彼らは思い至る。
武装サイボーグを健常者に適用するのがダメなのならば――
――医療サイボーグを、武装サイボーグとして転用すればいい――
――公安の急進的な一派はそう考えたのだ。
そして盤古東京大隊にある特殊な新小隊を設立するプランを上程、速やかに実行させることに成功する。対電子戦・対情報戦闘に特化した専門部隊を設置するプラン。すなわち『武装警官部隊盤古・情報戦特化小隊』の設立案である。
公安部はこの情報戦特化小隊の隊員を、負傷により医療用サイボーグ技術適用となり、盤古の最前線から除隊せざるを得なくなった者たちから選抜する。対電子戦・対情報戦闘に特化させることで、慢性的な志願者不足に陥っていた盤古の隊員の増員を医療サイボーグ適用者から充当して行くと言うのが表向きの理由だった。健常な肉体を持つ者が最前線での戦闘行為を行い、医療用サイボーグ適用者が身体に負担の掛からない範囲で後方支援や、遠距離攻撃、あるいは対電子戦・対情報戦闘を行う。そう言う趣旨のもとに設立されたのがこの『情報戦特化小隊』なのである。
だがその表向きの説明を信じる者は盤古内部には誰にも存在していなかった。
それは公安部が意図する本意が余りにも露骨に現れていたからに他ならなかった。医療用と言いつつ、与えられた肉体補助機能が健常者の肉体機能を遥かに超えた物ばかりとなれば、それが何かしらの邪な企みの上に存在しているとは誰の目にもわかることだ。
それに加えて集められた人員のメンタルが、恐ろしく歪んでいたことも影響していた。
情報戦特化小隊に集められた者達はいずれもが対犯罪戦闘の中で身体機能を失い、日常生活にすら支障をきたしていた者たちばかり。そしてその彼らが、重武装化する犯罪者と犯罪がもたらす利益に群がる利害関係者への憎悪として、巨大な敵意を露わにしているとなれば、彼らがまともに、警察としてのモラルの上に理性的な行動を取るとは到底思えなかったのである。
その事を危惧して情報戦特化小隊の運用停止を具申するものも居た。盤古東京大隊の前大隊長だった峯岸と言う人物だ。彼は情報戦特化小隊の内情と実状を命をかけて調査し、それを警視庁と警察庁の上層部へと上訴しようとした。犯罪に対して憎悪をもって行動する者を野放しにするわけには行かないと言うのが彼の持つ信念であった。
だがわすれてはならない。
情報戦特化小隊の背後に居る者達は――
警視庁公安部の急進的な一派
――なのである。国体の護持と国家システムの堅持と言う結果を導くためならば手段は一切問わない情け容赦無い者たちなのだ。そして彼らは敵視した、〝大隊長峯岸〟の存在を――
その後、峯岸は理由不明の失踪の後に心臓麻痺死体で発見され事故死扱いで処理された。その死因捜査を指揮したのが実質公安部だったとなれば、峯岸の死に違法性が無いとは誰が言えるだろうか?
疑問と疑念が大量に沸き起こったが、その疑念を裏打ちする確かな物証は何一つ出てこなかったために、峯岸大隊長の死の問題は時を置かずして風化することとなる。
そしてさらに追い打ちをかけるように、情報戦特化小隊に対してある異常な決定がなされる。
――情報戦特化小隊の指揮系統を盤古東京大隊から独立させる――
すなわち、他の盤古部隊から一切独立した不可触部隊として運用するという決定がなされたのだ。これらの決定を促した者たちが誰であるのか、聡明な者なら即座に察知しただろう。だが峯岸の不審死の事件が、情報戦特化小隊の背後を暴くことへの無言の警告として力を発揮していた。確実な物証なき状態で敵対的な行動を取ることは命取りとなるのだ。
誰もが情報戦特化小隊と言う存在を忌避し煙たがるようになる。その黒いプロテクターになぞらえて〝黒い盤古〟との悪名を背負って。
だが、その黒い盤古へと身をやつす者達は自ら望んでその部隊へと関与していた。
自らの身体機能を奪い、自らの警察人として職を奪い、人としての尊厳すら奪っていった犯罪と言う事実。そして闇社会に蔓延する違法ハイテクと、それをばらまき続ける組織犯罪を彼らは憎悪した。
彼らは望んだ。犯罪がこの世から無くなることを。
だがその手段には一切の慈悲も、一切のモラルもない。ただハイテク犯罪を行う者たちへ最大級の悪意と憎悪をもってして彼らは容赦のない過剰な攻撃を加えるのである。
彼らの名は『武装警官部隊盤古・情報戦特化小隊』
それは常軌を逸した〝狂える正義〟である。そして〝無法者の巣窟〟である。
@ @ @
それは調布飛行場から離陸した無灯火の漆黒の機体のヘリであった。
二重反転ローターの特殊静音ヘリ。ロシア製のカモフKa-226をベースとして大幅に改良されたモデルであり、特にエンジンとローターに徹底した静音化が施されていた。コレに加えて、ホログラム迷彩装置や、逆波形式電子消音システムなどを装備し、夜の闇に紛れてひっそりと飛び立ち、誰にも気づかれぬこと無く、作戦目的地域へと赴くことが可能である。機体名『闇烏』、武装警官部隊・盤古東京大隊所属でありながら、武装警官部隊の中央指揮権から切り離されて独立行動を許可されている特殊な2小隊にのみ与えられた機体である。機体開発発注者は警視庁公安部。運用しているのは武装警官部隊・盤古『情報戦特化小隊』警察の中にありながら、警察ではない〝無法者の巣窟〟と呼ばれたセクションである。
その機体の中にありながら、小隊長・字田は自らのネット能力と拡張身体機能を駆使して、地上に展開した6人の部隊員の位置を把握しつつあった。地上展開した人員は全員で6名。それぞれが対犯罪戦闘による負傷で医療用サイボーグの適用を余儀なくされた者たちばかりだ。そして医療用と言う言葉を隠れ蓑に、犯罪者を殺戮抹消出来るだけの戦闘力を手に入れた者たちだ。
彼らが望むことはただ一つ。
――犯罪者の絶対的な死――
彼らに一切の慈悲は存在しないのだ。
「始めるゾ。狩りノ支度ダ。俺は〝心〟をトバス」
今、二重反転ローターヘリの小隊長・字田はつぶやきながら自らの中枢頭脳の認識野を強制拡張する。パイロットの香田もスナイパーの才津も、聞こえてきたその言葉が字田隊長が戦闘行動のために自らの人間性と情緒を焼き切り、目の前の敵の一切を抹消する戦闘マシーンへと自らを追い込む合図だと言う事をわかりすぎるほどに解っていた。
「香田。了解」
「才津。オーケィ」
二人の声に頷きながら字田は声を発した。
「行くゾ」
【 生体中枢頭脳強制拡張ブースターデバイス 】
【 〔BRAIN BACK DOOR〕 】
【 】
【 ―システム起動― 】
【 】
【 コマンド実行 】
【 >ナイトヘッド領域活性化 】
【 ≫強制実行 】
【 〔中枢頭脳機能強化率⇒144%〕 】
【 >中枢意識時分割マルチタスク制御開始 】
【 ≫時分割レート 】
【 ①通常行動:37% 】
【 ②周辺監視ドローン制御:15% 】
【 ③対ネットワーク監視:20% 】
【 ④拡張身体制御:16% 】
【 ⑤制御余裕分:12% 】
そのメイン頭脳内に埋め込まれている特別な頭脳強化装置を起動する。それは人間の生脳をネット環境へと直接接続する技術の開発の過程で生まれた人体生脳の強制活性化装置である。中枢神経の中にくまなく超小型電子制御デバイスによるマイクロコンピュータ・ネットワークを埋め込み、己の脳を電子頭脳化して能力強化を図るものであった。
当然、脳その物への負担は大きく生命の危険も増大する。過激な連用は死に直結する。それ故に開発元の軍の非合法サイボーグ部隊においても、装着を望む者は皆無という代物であった。
だが字田はそれを自ら望んで装着した。自らの脳をほとんど分解するかのような過酷な施術処置の末に、彼が得たのは超高速アンドロイドの神経反射機能を遥かに超える、神速のレスポンス性能であった。そして対ネットワーク機能の強化はもとより、複数の異なる行動を同時に破綻無く行えるようになったのだ。
そしてその最終性能は、特攻装警4号のディアリオにすら匹敵する物であったのだ。
字田は今、隊員たちに対してネット越しに暗号化コマンドのやり取りで指示を伝達していた。情報戦特化小隊のメンバーは〝生脳のネット接続機能〟を全員が義務付けられている。それにより無線や音声による指示のやり取りを行わずにダイレクトに行動指示を下すことが可能となるのだ。
字田は拡張した脳機能全体の20%をネットワーク機能へと与える。これにより直接戦闘行動を低下させずに極めて素早いネット対応が可能となるのだ。同時に2重反転ローターヘリの機体から5機の情報偵察ドローンが放出された。これにより眼下の戦闘作戦領域を掌握するのだ。
その字田の側で、香田と才津が指示を待ち待機していた。その雰囲気には先程までのふざけたような空気は感じられなかった。あるのはただ冷静に行動指示を待とうとする忠誠心だ。
眼下を映像で掌握すれば、現場は北西から南東へと幅広い舗装路の真っ只中で、散乱する大型鋼材と砕けたアスファルトと、横転した大型クレーン車。そして壁をぶち破られた倉庫ビルとその他の建造物がある。その真っ只中にベルトコーネが居り、その側にセンチュリーとグラウザーが居る。
そのグラウザーの傍らには、スナイパー才津により撃たれたウラジスノフが居る。そしてそれを囲むようにして、姿を消しているのが〝静かなる男〟の隊員たちである。その彼らをさらに包囲し、退路を断つかのように展開しているのが、情報戦特化小隊の地上展開している6人だ。高機能なステルス装備でその姿を消し去り、ステルス戦闘部隊である〝静かなる男〟たちのお株を奪ってその姿を完全に消し去っている。
平穏な日々を失い、肉体の一部を失い、その代償として巨大な欲望を伴った悪意と戦う力を得た復讐者たち。そして、その内に秘めた犯罪に対する敵意は何よりも巨大であるのだ。
敵意と復讐心。字田と共通するそれらを有する部下たちは、隊長字田とは深い信頼の絆で結ばれていた。
字田はその6人に対して呼びかけた。香田・才津とともに絶対の信頼をおく懐刀たる6人へと。
【 ヨタカより、全ネズミへ 】
【 これより最終確認を行う。順次返答せよ 】
【 まずは――、ネズミ1 】
まずはじめの男は道路に隣接する雑居ビルの頂から眼下を見下ろしていた。
彼の名は真白――
爆発物処理の撤去作業の失敗により全身を負傷し、生死の境を彷徨っていた所を字田に無法者の巣窟へと招かれた男だ。全身の皮膚が人造の特殊装甲素材で、両手両足も伸縮自在に特殊機能化されている。爆発物処理のエキスパートであり、高所構造物を利用した高速移動戦闘を得意とする副隊長だ。
【 ネズミ1、準備完了 】
字田の問い掛けに真白はネット越しにシンプルに答えた。
次いで2人目、ベルトコーネが横転させた大型クレーン車の背後にてその気配を消している。
2人目の名は柳生――
違法サイボーグ犯罪者との近接戦闘で両目を潰されて人工カメラ眼の移植を余儀なくされた男だ。近接戦闘力を強化するため、神経機能の強化と両手足の筋肉の人工筋肉化を医師の診察データを偽造改竄してまで全身機能を改造した執念の男だ。
日本剣術の高位有段者であり、剣術を実践で使える程の手練であるためそれを活かすために高精度セラミック製の日本刀型切断ツールを使いこなす切り込み役である。
【 ネズミ2、行ける 】
柳生も字田に返答のメッセージを飛ばす。
さらに、あのアラブ系の男たちが潜んでいた倉庫ビルの1階の物陰にも1人の男が潜んでいた。大柄な体を潜ませて小岩のごとく微動だにしない。その手には戦闘用の大型ハンマーが握られていた。
彼の名は権田――
とある違法アンドロイドによる自爆テロで、倒壊する小型ビルの瓦礫の下敷きとなり下半身を粉砕されている。その粉砕された両足と下半身全体の骨格が人工化されており、また両腕と背面にサブフレームが施されていて文字通り腕力とパワー出力は絶大であった。その腕力により障害物の排除を得意とする隊員である。
【 ネズミ3、了解 】
完結な言葉で権田も返答をする。
さらに4人目がアスファルトの路上に這うようにして目標から距離をとっている。
彼の名は亀中――
もともとは盤古で対サイバー犯罪対策要員をしていた電子戦の専門家で、すぐれたハッキング能力を持っていた男。とある犯罪者の銃弾乱射の犠牲となり、右手首から先と左手の3本の指を失っている。そしてその失われた機能を取り戻すかのように、両手首から先を脱着可能にすることで多彩な任務への適応が可能となった男であった。
【 ネズミ4、スタンバイ 】
亀中も行動開始の時をじっと待っている。
そしてさらに5人目、権田とは道路を挟んだ位置ブロック塀に同化するがごとくに完璧なまでのステルス隠身で姿を消している。
彼女の名は南城――
女性でありながらも優れた盤古隊員だったが、制圧戦闘に失敗、違法サイボーグの集団に拉致されて強姦・暴行を受けた経緯を持つ。女性固有の肉体機能と顔面を含む外見を大きく破壊されて除隊を余儀なくされるが、医療用サイボーグ素材の移植治療の過程の中で、自らがすでに幸せな結婚生活を望む事ができない身体状況にある事を思い知らされる事となった。さらに婚約を破棄され人生に絶望し、自ら憎悪の黒い海におのれを沈めた復讐の鬼女と化した女だ。
色、音、匂い、振動、電磁波などまでも完璧に消し去ることが出来るステルス行動のエキスパートであり、自己変形可能な特殊骨格と人造皮膚を全身に持つことにより高度な偽装能力を有するに至っていた。それも全て、犯罪者との違法サイボーグを憎むがゆえだ。
【 ネズミ5、いつでもどうぞ 】
周囲の動きに目配せしつつも、南城は目標であるベルトコーネからその視線を外すことはなかった。
最後に6人目――、
ハイヘイズの子らが住まう廃ビルの壁面に器用にその身を張り付かせるようにして待機している。
彼の名は蒼紫――
単分子ワイヤーと高機能ケーブルを使いこなし、ビル構造物を利用したトラップにも長けている。あの有明事件でマリオネットとの戦闘の場に居合わせており、マリオネット・アンジェにより頭部を焼かれており、常に人造レザー製の全頭マスクをかぶっていた。そのため生身の肉眼は残っておらず、多彩なセンサーアレイを備えた専用のゴーグルを常用。また、もともと健康だった手足を負傷したと偽って四肢を戦闘用義肢化している。第1小隊の中では最も若輩の人物だ。
【 ネズミ6、GOだ 】
そして6人目の蒼紫が準備完了のメッセージを字田へと飛ばす。これで地上と空中との間での立体の包囲フォーメーションが完成したことになるのだ。
彼らはじっと待っていた。字田が作戦開始のサインを送ってくることを――、
彼らが望むのはまさに犯罪の完全なる撲滅と抹消。そのためならいかなる傷も犠牲もいとわない狂信者たちだ。
そしてその狂える6匹の黒いネズミたちを解き放つべく字田がメッセージを送信した。
【 ――作戦開始―― 】
引き金は引かれた。
真白が、柳生が、権田が、亀中が、南城が、蒼紫が、ある目的を達成するために行動を開始する。
その目的こそ〝ベルトコーネを正しく破局的暴走へと導くこと〟であり――、
この埋立地『東京湾中央防波堤外域埋め立て市街区』――、通称、東京アバディーンを雑草一つ、命一つ無い、荒野へと返す事であるのだ。
そして、字田は自らを――〝変形〟――させた。
人間のシルエットが崩れ落ちる。異形と化し、そして二重反転ローターヘリの下部に偽装隠匿されて吊るされていた小型コンテナを解き放つ。漆黒の直方体は瞬く間に変形し6本足と2本のマニピュレータを備えたクモ型の大型デバイスへと変じる。そして、字田であった物はヘリ機内の床面に設けられた移動ハッチから大型クモ型デバイスの胴体部分へと潜り込み、やがて同化するのだ。
【 任務状況開始 】
【 全隊員へ告ぐ 】
【 非合法殺傷行為、―限定制限全解除― 】
8人の字田の部下たちに課せられていた最後の悪意が今、完全に開放されたのだ。
さらに、大型クモ型デバイスはヘリから切り離され、地上へと無音のまま舞い降りていく。それはさながら闇夜の捕食場へと身をおどらせるタランチュラの如くである。
【 行くゾ、俺も喰らいに行く 】
今こそ9つの狂える力がグラウザーたちと静かなる男たちに向けて解き放たれたのである。
@ @ @
〔 ちょっとぉ――! 話が違いやしませんか?! 〕
ネット空間の何処かから特徴のあるひょうきんな声がする。姿はまだ現れては居ないがその声の主が立腹しているのはよく伝わってくる。
ここは【サイベリア】――ネット上に存在する高次仮想シュミレーション空間。
自らの全人格を投影しうるネット回線容量と大規模ストレージ領域の上に構築された、ヴァーチャルシュミレーションフィールドである。
七色の幻想的なハレーションを伴う仮想空間。天も地もない電子的幻想エリアの中で、その声は響いていた。そしてメッセージを伝えるべき相手に向けて、送られたのは1羽の白い小鳥。それはメッセージコミニュケーションのやり取りを求めるアクセス要望トークンを仮想空間上で模したものだった。
そしてその小鳥が飛び去った彼方から帰ってくる声がある。
〔 そういきり立つなクラウン。俺のミスなのは認めるよ 〕
そしてその声の後に、ネット空間の彼方から飛来してくるのは青い輝きを伴った光点だった。それがその仮想空間の真っ只中にて静止すると、一人の人物の姿を形どっていく。
プラチナブロンドの髪、目元を180度カバーするゴーグル、漆黒のマントコートに、手元にはメカニカルなハンドグローブ。特徴的な姿を持つ人物――、シェン・レイである。
「以前から、ベルトコーネの暴走には何かあると踏んで、世界中の機密情報を調べていた。特にロシア領内の案件が気になって、極秘情報を抑えているはずのFSBのセキュリティ突破を試みていたんだが今回の件に間に合わなかった。それがこんな事になるとはな」
ため息をつくシェン・レイだったが、そのシェン・レイの前に出現するもう一人の人物が居る。ひらひらと舞い落ちる一枚のトランプ――、そのスートにも属さない道化者のカード。ジョーカーがまるで踊るように回転しながらその存在を誇示している。ジョーカーのカードの回転は加速して、一気に光り輝けば、それは一人の人物の姿を形どっていった。
「ホッホッホ、アナタらしくない凡ミスですねえ――、シェン・レイ」
仮想空間上に現れたシルエット――、それを人はピエロともいう、ジェスターともいう、アルルカンと呼ばれることもある。赤い衣、黄色いブーツ、紫の手袋に、金色の角付き帽子、角の数は2つで角の先には柔らかい房状の球体がついていた。襟元には派手なオレンジ色のリボン――、派手な笑い顔の仮面をつけた道化者。人は彼をこう呼ぶ――
「クラウン、お前にそれを言われるとグウの根も出ない」
「当然でしょう?」
そうにやりと笑った笑い顔のまま両手を広げて周囲に視線を投げるている。
「なにしろこの電子の世界はアナタの〝庭〟、アナタはその手のひらに世界中の情報を掌握できるはず。それが――」
そう告げながらクラウンは右手を軽く振るとある映像を出現させる。それは外国の砂漠地帯のとある戦場にて異国の軍隊を相手に暴走をしているベルトコーネその物だった。
「――この男の〝破局的暴走〟について知らなかったとはお粗末な話です」
「弁明もできないな」
肩をすくめてため息をつくシェン・レイだったが淡々と答え続けた。
「俺が情報を手に入れるより、事件が引き起こされるのが早かったと言う事だが今となっては最悪の事態をなんとしても食い止めることでしか挽回できんからな」
「たしかに」
シェン・レイの言葉にクラウンは笑い顔のままでしっかりと頷いた。
「この〝破局的暴走〟と言う惨事だけは絶対に避けなければなりません。ソレが引き起こされたらアナタとの盟約も無意味になってしまう。あのローラ嬢が終の棲家として選んだこの地。それを失わせるわけにはいきません。そのためにも――」
そしてクラウンは再びその右手を振るう。するとそこにはあの二重反転ローターヘリがグラウザーたちの居る場所の上空に飛ぶ姿が映し出されていた。それはおぼろげなシルエットであり、通常の生身の肉眼であるならそれを視認する事は困難だ。
「こいつらをのさばらせるわけには参りません」
「―――――――……」
クラウンの言葉にシェン・レイは無言のまま軽く右手を動かして新たにツール・ソフトを起動する。
【 CG立体映像迷彩解除ソフトウェア起動 】
【 迷彩形式:自動識別モード適用 】
【 識別結果>US-ARMYDELTA1X 】
【 フィルター解除プロセススタート 】
【 シグネチャ特性抽出⇒ 】
【 RGB判別⇒明暗深度⇒光度位相⇒ 】
【 原型画像合成シュミレート⇒〔完成〕 】
それは東京アバディーンへと極秘上陸しようとしていたアトラスたちのステルス機能を解除する際に用いられたツールプログラムであった。そして、シェン・レイが自ら作り出したそのソフトウェアの能力はステルス能力で自らの姿を闇に隠そうとする悪漢たちの正体を白日のもとへとさらけ出させる。
そして浮かび上がってきた敵の正体を目の当たりにした時に、シェン・レイの顔には強い憎悪が色濃く浮かび上がっていたのだ。
「黒い盤古――、世界創生の大地の巨人の名を穢す狂信者どもか」
その言葉にクラウンは無表情の白仮面で頷いている。
「いかがなさいますか? 神の雷? このまま放置しますか」
その白仮面は無表情や無意思を表すものではなかった。白とは鏡である。何者にもまだ染まっていない事を意味している。そしてその白に、己以外の別の者の意思を受け入れようとする意図の表れであった。
クラウンの言葉を耳にしてその両手を強く握りしめていたシェン・レイだったが、右手を眼前に構えるとあらん限りの力を込めて振り下ろす。その際にシェン・レイの右腕はその全体から眩いばかりの稲光をほとばしらせた。
「愚問だ。クラウン」
そしてその身を翻しつつ、盟友へと告げる。
「ミスの挽回だ。ベルトコーネは暴走させん。こいつらも生かして返さん。この街は俺の庭だ。国籍がなかろうが、法を犯していようが、この地には〝生きている人間〟が住んでいる。それを認めぬ奴らを一人たりとして生かしてはおかない」
そしてその怒りの感情を映し出すようにクラウンのマスクに現れたのは恐ろしいまでの大きく裂けた牙むき出しのシャークマウス顔である。その避けた口元からは歓喜の声が迸っていた。
「重畳! 重畳! それでこそ我が盟友! 同盟のしがいがあったというものです! ならば私はアナタの手足となりましょう。まだカチュア嬢の手術のために動けないのでしょう? 物理的な行動や視聴覚情報の収拾は私と私の配下におまかせください。今こそ、この盟約の絆を行使する時! 悪意のみに身をやつした官憲などに生きる価値はありません! ベルトコーネの破局的暴走は〝彼ら〟に任せるとして、我々は奴らを屠りましょう! これでこそ闇! これでこそ無法! 愚か者への断罪の刃ほど甘露なものはありません! さぁ、まいりますよ!」
そして一陣の風が吹き抜けたかのようにクラウンの体は無数のジョーカーカードへと姿を変えて遥か彼方へと霧散していった。それと同時にシェン・レイの姿も掻き消えていったのである。
そこに居たのは、闇社会最強の電脳の支配者――
そこに居たのは、死を司る道化師――
彼らもまた死闘の地へと赴いていったのである。

















