サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part23『静かなる男・前編』
そして運命の地に男たちが集う
第2章サイドB第1話『魔窟の洋上楼閣都市』Part23『静かなる男・前編』
スタートです
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それは全くの人形と化していた。
意識薄く呆然とし、糸に吊るされた人形のごとく全く動かなかった。それはすべての抵抗を止めていた。自らの力の証明であったものを奪われたがために。
哀れなる人形――その名はベルトコーネ。誰の目にも悪運尽きたかに見えていたのである。
「よし、そっちから降ろせ。それともうすこし足をぎっちり縛ろうぜ」
「はい」
センチュリーとグラウザーが作業している。無力化されたベルトコーネの回収準備作業である。あとは支援要請の結果到着するであろうヘリや警察車両により所定の場所へと搬送するだけだ。足を手を胴体を完全かつ幾重にも縛り上げ身動きできなくする。万が一の抵抗を想定して手首と手足の筋に相当する部分を切断しておく。不本意では会ったが、肩と股関節にも対アンドロイド仕様の徹甲弾を何発も打ち込み破壊する。そして動く事すら不可能な状況にして抵抗の可能性を完璧に封じるのだ。
「兄さん、足の固定終わりました」
「よし、俺の方も手足の主要関節の破壊完了だ。いくらこいつでもここまでやればもう大丈夫だろう。まぁ――」
センチュリーは少し苦虫を潰したような表情を浮かべる。
「本当は完全にバラバラにしちまった方が良いんだがな」
「えぇ、そうですね。でもどうしてだめなんです?」
ベルトコーネの厄介さを嫌というほどに味わっている2人にしてみれば、これでも安心できないくらいだ。だが、そうできない理由が有るのだ。
「こいつにはICPOにも世界各国から多数の情報提供要請が寄せられている。たとえ残骸からでも良いからなんらかの情報を引き出したい国はいくらでもあるんだ。然るべき検査を終えないと処分できねーんだよ。めんどくさいけどな」
「国際協力って事ですよね?」
グラウザーはベルトコーネを安易に破壊できない一番の理由を察した。その言葉にセンチュリーは頷いた。
「あぁ、犯罪捜査は国際協力あって初めて成立する面もある。国際テロならなおさらだ。個人の判断ではどうにもならない事はいくらでも起きるさ。さて、それじゃこれで一段落だな。向かえを待つとしようぜ」
「はい」
2次アーマーを身に着けたままのグラウザーが頷く。そして休憩すべくメットを外そうとする。だがそれをセンチュリーが左手をかかげて静止した。
センチュリーが周囲の様子を警戒している。グラウザーもほぼ同時に周囲を見回していた。
何かが居る。誰かが居る。だがそれが誰かがわからない。センチュリーが呟く。
「センサーで検知できねえ」
そのつぶやきを耳にして、兄の代わりにグラウザー周囲をセンサーでサーチする。幾つかのセンサーを行使したが微かながら反応が帰ってきた。
【 光学センサー:シグネチャーフィルター 】
【 > 反応なし 】
【 音響センサー:外界自然雑音解析 】
【 > 対人ノイズ、機械ノイズ 】
【 周囲存在物体との異変検知できず 】
【 電界電磁波ノイズセンサー 】
【 > 極めて微弱ながら反応有り 】
【 推測稼働機器〔小規模電子機器〕 】
【 >ただし 】
【 ノイズキャンセラーの作動痕跡あり 】
その解析結果を小声で兄に伝えた。
「兄さん」
グラウザーの囁きに微かな動きで反応してみせる。
「殆どのセンサーに反応結果ありませんでしたが、極めて微小な痕跡レベルで電子機器の作動が確認されました。ただしノイズキャンセラーが働いているので僕以外にはまずわかりません」
今のグラウザーは2次アーマー体を装着している。アーマーに備えられた高感度センサーがあるがゆえの解析結果であり、センサー機能が一世代前のセンチュリーでは判別不能であった。それはセンチュリーにも解ることだ
「電子機器?」
「例えばそう、義肢や義足の動力機構とか」
「ホログラム迷彩は?」
「使われているでしょう。無音化装備も使用されてます」
「それじゃまるで――」
「アメリカかロシアのステルス装備準拠の対機械化戦闘チームですよ」
「まじかよ?」
2人の胸中に不安がよぎる。まだ戦いも事件も終わりではない事を突きつけられていた。
互いに背中合わせに立ちながら周囲に視線を配り続ける。周囲の存在というのが何者なのか? それが判別できない状況では警告すら発することもできなかった。
「くそっ、やっとコイツを運び出せる目鼻がついたってのに!」
「それですよ」
「あ?」
センチュリーの発した愚痴に何かを感づいたみたいにグラウザーが告げる。
「ベルトコーネの残存ボディを狙ってるんでしょう。これがほしいヤツはいくらでも居るでしょうから。仮に直接利用するアテがなくても、いくら手間賃を払ってでも横取りしたい連中は居るはずです」
「依頼されている可能性か」
「えぇ」
「それなら心当たりがあるぜ。ディンキーの爺いに南本牧で恥をかかされた緋色会の連中だ。やつらなら自分のメンツを保つためにも、ディンキー本人が無理でも、ベルトコーネを手に入れようとするだろうさ」
「でもそれだと――」
グラウザーはセンサー感度を最大値に設定しながら兄へと疑問を語った。
「緋色会が軍隊並みの戦闘部隊を持っていることになります。連中なら配下の武装暴走族を送り込むはずです。緋色会直下の実行部隊は聞いたことがありませんから」
緋色会はとにかく地下潜伏を最優先する。足がつきやすくなる直下部隊は動かさない。直接の実行部隊を持っていると言う話はまず聞かない。だがそれを否定したのがセンチュリーだ。
「いや、一つだけ有る。緋色会直下の戦闘部隊がな。俗称『鬼七』――少数精鋭だが凄腕で犯罪組織同士の抗争にのみ現れる。兄貴は三度ほど遭ったそうだ。俺も一度だけ遭遇したことがある」
「え?」
さすがのグラウザーも驚きの声を上げる。経験はまだまだ浅いグラウザーだが、首都圏の犯罪組織事情には一通りの知識を身に着けていただけあって、予想外のデータに驚いた形だった。
「でも〝連中〟がこう言う状況で顔を出すとは考えられねえ。奴らは存在自体を悟られないからこそ緋色会直下の実行部隊足り得るんだ。だからコイツらは――」
「依頼を受けた〝代理人〟――?」
「おそらくな。それも俺たちにはまだ知られてないつながりだろうぜ」
迂闊な動きができない場所で周囲への警戒を最大レベルにしていたその時だった。
――カラン――
崩れたコンクリート塀からコンクリートの欠片が転がった。そちらへとグラウザーの意識が向いた瞬間である。
――タタタッ――
甲高い乾いた音が響いた。9ミリクラスの小銃弾の連続発射音――サブマシンガンが撃たれた音だ。音の方向はグラウザーの背後。兄のセンチュリーの真正面だ。その音に再び気を取られてグラウザーが再度背後を振り向く。するとセンチュリーもまたコンクリートの欠片の転がる音とサブマシンガンの銃声音のコンボに集中力を奪われた形となっていた。発射された弾丸はセンチュリーの目元をかすめていく。だがその弾丸は端から命中を狙った物では無かったのだ。
――ジジッ!――
不快な電磁ノイズの音を発しながらセンチュリーの目元を3発の弾丸がかすめて行く。そしてその直後、センチュリーは強烈な違和感をその弾丸から食らうこととなるのだ。
【 光学カメラ系作動状態 ―異常発生― 】
【 サーキットシグナル 】
【 ERROR! 】
【 ERROR! 】
【 ERROR! 】
センチュリーの〝目〟は突如エラーメッセージを大量に吐き出していた。
回路信号の異常、光学カメラ系統の作動異常、センチュリーの目が突然不具合を生じて目としての役割を止めてしまったのである。
「くそっ! 見えねぇ! 何だよこれ!」
その原因が先程の3発の弾丸にある事は明白だった。その原因をグラウザーは即座に見抜いていた。
【 外部電磁波受信センサー 】
【 >高出力無指向性電磁波確認 】
【 >微小回路焼損可能性有り 】
「電磁波?」
異常の正体を口にする。それが先程の弾丸によりもたらされたのは間違いない。弾丸に様々な機能を組み込んだ特殊弾丸。特攻装警たち自身も任務内容に応じてそう言ったものを使う時がある。発射速度を向上させる機能を有した〝ベースブリード徹甲弾〟などはその最たる物だ。苛立ち紛れにセンチュリーが叫ぶ。
「さっきのサブマシンガンの弾丸だ! 気をつけろグラウザー!」
その言葉が呼び水となった。さらなる弾丸がグラウザーたちに浴びせられていく。無論、重装甲で覆われた今のグラウザーよりも、丸裸に近いセンチュリーの方が狙いやすい。戦場においては弱い所から攻略して行くのは当然のセオリーだ。守りの強い所から無駄を生じさせながら攻撃を続けるのは単なる馬鹿である。センチュリーは自らが狙い撃ちにされている事を本能的に悟ったのである。
「くそぉっ!」
悪態をつくが視覚が奪われている以上、どうにもならない。弾丸を避けるためにもがくように体を動かすしか無い。それでも3発づつに区切って正確に射撃を続けてくる見えざる敵によってセンチュリーは単なる的にされていたのだ。
弾丸がセンチュリーの全身を襲う――
左肩口に2発被弾。通常なら弾いてしまう射角だったが、装甲を外して居る上にその弾丸の特性がセンチュリーの外部皮膚を〝焼いてしまう〟のだ。
右脇腹に3発被弾。正確な回避動作を行えないために、致命的な角度で弾丸を受けてしまう、右脇腹付近に食らった弾はセンチュリーの外皮素材に穴を開けて食い込む。
左大腿部を3発被弾。うち2発が外皮で弾かれ、残る1発が外皮に穴を開けて内部へと食い込んだ。
それら8発の弾丸を食らうまで瞬く間である。
グラウザーは兄の異変を察知すると体を反転させて彼を庇うようにその体を抱き起こす。そして逃れる場所を探して周囲を見回す。
「どこか身を隠す場所は――」
グラウザーの視線が周囲をサーチする。見つけたのは2箇所。ベルトコーネから離れた場所にあるコンクリート塀。もう一つが遮蔽物としては不完全だが、ベルトコーネにほど近い路上に積み上げられた鋼材の成れの果てだ。
どうする? どう判断する?
選択は2つに1つ、安全策をとってベルトコーネから離れるか、それともベルトコーネを死守するか、どれを選ぶべきかグラウザーは難しい判断を迫られたのだ。今グラウザーのそばには負傷した兄が居る。当然、彼の安全も担保しなければならない。
今、自分たちが置かれている状況と、これから起こりうる結果を必死に判断する。そして1秒とかからずに選択した結果を実行に移す。
「こっちだ!」
兄を抱きかかえてグラウザーは走り出す。向かった先はベルトコーネ近くの積み上げられた鋼材の束だ。グラウザーが選んだ選択――それはベルトコーネを死守する事だったのだ。
あのベルトコーネの恐ろしさ厄介さはグラウザー自身が身を持って知っている。それを闇社会に流出させる訳にはいかない。これだけは完膚なきまでに破壊への道筋をつけねばならないのだ。
ギリギリの選択条件下で、グラウザーが選んだのは警察官として当然である『証拠保存』と言う道であった。それが兄をさらなる危険に晒すことになったとしてもやむを得ない結果であった。グラウザーは兄たるセンチュリーへと告げたのだ。
「兄さんすいません! でも今はベルトコーネの残骸を渡す訳にはいきません!」
だが弟たるグラウザーの選択を兄は責めなかった。苦痛をにじませつつも、ハッキリとした口調でこう告げたのだ。
「それでいい! 優先順位を間違えるな!」
「はい!」
彼らは一人の個で有る以前に〝警察〟であった。そして市民の守り手であった。そしてそれはアンドロイド警察官として生を受けた彼らが絶対に放棄できない矜持でありプライドだった。そして兄は笑いながら弟へとこう言葉を送ったのである。
「お前、やりゃあできるじゃねえかよ」
それは弟であるグラウザーが警察としての技量を身に着けた事を認める言葉だったのである。
@ @ @
その頃、新谷たちを乗せた第2科警研のティルトローターヘリは、東京湾中央防波堤外部埋立地市街区へと一路飛んでいた。品川の涙辞署のあるビルの最上階ヘリポートから離陸してまっすぐに南下していく。ローターを傾斜させて通常航空機モードにすれば速度は400キロを越える事ができるが、密集している市街区上空では安全性を考慮してヘリモードでの運用が厳命されている。そのため時速は150キロほど。目的地到達まで3~4分と言ったところである。
そして新谷はヘリの側面窓から周囲を見回す。眼下には東京湾が見えている。
「もうすぐだな」
そう呟けば闇夜に沈む東京湾の真っ只中に、悪趣味なまでに金色の光にライトアップされたビル群がそびえているのが見える。東京アバディーンの中央に存在する高層ビルゴールデンセントラル200である。
だがいかな警察管轄の航空機とは言え、現状の東京アバディーンの真上を通過するのはあまりにも危険だ。千葉の方へと回り込むように大きく迂回をせざるを得ない。しかしその迂回ルートをとったが故に新谷たちは期待側面に設けられた半球状の窓から眼下の埋立地の様子を見れることになるのだ。
新谷の脳裏にはイギリスのトム・リーから伝えられた〝条件〟の事が脳裏に色濃く想起されていた。条件が満たされれば即時撤退。回収を断念すべき。それがトムからのアドバイスだ。新谷はパイロットに尋ねた。
「あとどれくらいで着きますか?」
「あと10秒ほどです。安全確認が完了するまでは上空ホバリングはできませんが、何とか数百m以内に寄せてみせます!」
第2科警研発足当時から新谷たちの〝脚〟となって首都圏一円はもとより遠く関西にも飛んでくれた事のあるベテラン技官だ。その操縦技術には一点の曇りもない。自ら眼下の回収予定ポイントを視認しつつ、新谷たちも確認しやすいように機体の側面をグラウザーたちが待機している場所へと向けた。
さらに、機体に乗り込んでいた涙路署職員が持参したのだろう、涙路署のネームラベルが貼られた小型の双眼鏡が差し出される。礼を口にしながらそれを受取って眼下のグラうざーたちの様子をうかがう。それはまさに運命の瞬間だった。
「たのむ――無事であってくれ」
それは新谷にとってまさに運命の瞬間だった。トムが告げた条件が満たされていない事を切に願っていた。だが――
「―――」
――新谷は黙して語らなかった。固まったかのように1分ほど眼下をじっと眺めているだけだ。その様子を不審に思った宝田が声をかける。
「新谷所長。一つお聞きします」
その声を耳にして眼下を食い入るように眺める新谷が言葉を返す。
「なんだね?」
「〝条件〟とはなんですか?」
「――聞いていたのか」
「はい、通話が漏れ聞こえていたのもので」
「聞こえて居たのなら仕方ない。君たちにも教えよう」
そこまで言葉を漏らして、ようやく新谷は双眼鏡から目を離した。そしてうっすらと涙の滲んだ目で語り始める。
「英国の科学アカデミーの方からの情報だが、ベルトコーネにはある条件を満たすと致命的な破局的暴走が始まる事がわかったそうだ」
「破局的暴走?」
宝田が呟けば機内の人間たちにも動揺がさざなみのように広がっていく。その疑問の波をう受け止めるように新谷は意を決して答えた。
「やつが通常の暴走よりも始末に負えない破局的暴走の起きる条件――それは――」
一瞬、息を呑む。それは新谷自身にとっても受け入れがたい現実だからだ。
「破局的暴走の条件とは――『ベルトコーネのハードウェアが致命的なまでに破壊された上で完全沈黙する事』だ――」
その言葉と同時に新谷から双眼鏡が差し出される。そして眼下の光景を宝田たちも次々に確かめていく。そしてそこに映し出された光景が――あの壊れた操り人形のように吊るされたベルトコーネであり、それをグラウザーたちが地上に下ろして拘束している。そしてあまつさえ完全に行動不能にすべく四肢の関節に破壊が加えられた後だったのである。
「で、でも――それって単に暴れだすだけですよね?」
その問いには顔を左右に振る。
「それも違う。やつには質量慣性制御能力がある。とてつもない質量を生み出し多大な破壊力を発揮する事が可能。この程度の市街区なら瞬く間に平らげられるそうだ。それらの事実はすでにロシアなどで発生しており、ロシア軍でも数千人規模で被害者が出ている。回避する方法は今のところ見つかって居ない!」
突如として突きつけられた絶望的な事実。そして図らずの最後の引き金を引いたのは皮肉にもベルトコーネの処置を終えたと思っているグラウザーたち自身だったのだ。
「そ、そんな――」
「これは英国の科学アカデミーの世界的権威ある科学者がロシア諜報部と必死の交渉の末に引き出した情報だ。事実であると見て間違いない。破局的暴走が何時起こるかわからない現在、我々はこれ以上接近できない。彼らを助けだす術はない一刻も早く退避するより他は無いそうだ」
愕然とした表情のまま語る新谷に、他の職員が問いかける。
「ですが――有明事件のときも完全沈黙していますよ?」
「あの時は意識が飛ぶほどの攻撃が加えられただけだ。体構造に致命的な破壊が加えられたわけではない。だから〝もう一人のアイツ〟が目を覚ました時も〝偽装沈黙〟と言う形で逃走する程度に留められたんだろう。だが今回は違う。間違いなく〝最後のトドメ〟が加えられている。そこから逃れるためになりふり構わぬ破壊的行動がノーリミッターで繰り広げられるだろう。条件の回避はもはや不可能だ。あの埋立地の住人たちには悪いが、被害が本土の陸地に及ばないようにするしか――」
そう諦めを新谷が口にする。だがそこに一人の男が割り込んだ。
「それは違うでしょう! 新谷さん!」
強い声で、いらだちを紛れさせながら。明確に突きつけてくる。その声の主は、このティルトローターヘリのパイロットである老技官であった。退官間近の58歳、ベテラン中のベテラン。名は室山と言う。その彼が新谷に告げた。
「私は第2科警研が発足してからずっとあなた達や特攻装警のアンドロイドたちの足となって飛び続けてきました。早朝から深夜まで、北は仙台から西は大阪まで、京都まで真夜中にすっ飛んでいったこともあります! 警備部の機動隊ヘリに混じって作戦行動に参加したことも有る。この間だって有明でフィールを救うために布平さんたちを運んだ! 俺は知っていますよ! あなた達が今日に至るまでに積み上げてきた努力と苦労を! 降り掛かってきた災難を! その成果として生み出した彼ら6人を! どれほどの時間が流れたのか知っていますよ私は! それを『この程度の事』で捨ててしまうんですか? あなたが積み重ねてきたものはその程度の物だったんですか?! 新谷所長!!」
それは叫びだった。発足当時、海のものとも山のものともつかぬ得体の知れぬ組織だった第2科警研。そこの重要移動手段としてティルトローターヘリが配備されると決まった時に、警視庁の航空隊より転属してきたのがこの室山だった。口数は少なかったが、配慮の行き届いた信頼のおける男だった。彼が操縦桿を握る機体だからこそこれまでも命を預けてこれたのだ。その彼の言葉だった。海の向こうからのメッセージよりも、新谷の心には強く響いていたのだ。
「できますか? 室山さん?」
新谷はそのパイロット技官の名を改めて呼んだ。
「愚問ですよ。やりますよ私は。私はこの第2科警研ヘリのパイロットとして、あいつらを置いたままここから去る事はできません!」
室山のその言葉に新谷は頷くと覚悟を決める。そして新谷に同行してきた涙路署職員と第2科警研職員に告げた。
「わたしのわがままに付き合っていただけますか?」
非難の言葉は来ない。無言のまま頷く姿が有るだけだ。そして新谷はスマホの画面を眺めたが、トム・リーへと返事をかけることはなかった。代わりに連絡をしたのは近衛である。スマホを操作し近衛を呼び出す。数秒と待たずに近衛が通話越しに問いかけてきた。
「新谷所長? 状況はどうですか?」
「こちら新谷、現在眼下にグラウザーたちがベルトコーネの主要箇所を破壊し終えて回収準備を完了済み。英国よりもたらされた〝条件〟は満たされています。破局的暴走が発生する可能性は極めて濃厚。ですが――」
そこで新谷は一瞬大きく息を吸うと改めて声を発した。
「このままここに残り、グラウザーたちの回収のために尽力しようと思います」
それは覚悟だ。自らが子供のように守り育ててきた彼らを見殺しにはできない。そしてそれは近衛も同じであった。
「了解です。我々も一刻も早く救援に向かいます! それと臨機な対応をお願いします!」
「わかりました」
覚悟は決まった。ならば一刻も早く2人を釣り上げ回収するだけである。だが――
「なんだ? 銃声?」
軽機関銃の軽い銃声が鳴り響く。そしてグラウザーたちが周囲を警戒しつつ身動きが取れなくなっているのが見える
「まずいぞ! 襲撃されている! しかも姿が見えない」
「ステルス部隊か! どこの馬鹿だ! こんな時に!」
戸惑いの声が沸き起こる。運命の歯車は軋み音をあげながら最悪の方向へと回り続けていた。困難を乗り越え、平穏を求める者たちをあざ笑うかのようにだ。そしてさらなる事態の悪化を告げるように致命的な光景が展開されていた。
「センチュリー?!」
窓越しに見えるその光景に新谷が叫んでいた。今まさにセンチュリーが特殊弾丸を全身に被弾しつつあった状況だったのである。
歯車は動き続ける。さらなる悲劇と、時と国を超えた縁を結び合わせつつ――
@ @ @
【 IDNAME:BELTCOUNE 】
【 インターナルフレーム独立機動システム 】
【 総括管理意識体『ブラックボックス』 】
【 >起動プロセススタート 】
それは悪魔の目覚め。
【 インターナルフレームメインスパイン内部 】
【 分散型ナノマシンプロセッサー 】
【 >起動準備完了 】
【 インターナルフレーム総体構造 】
【 高速チェックプロセス開始 】
【 >破損箇所8箇所確認 】
【 >修復プロセススタート 】
【 ≫破損箇所微細分解 】
【 ≫構造体再構成開始 】
【 〔再構成完了まで470秒〕 】
それは確実に目覚めようとしていた。国家機密のベールに包まれていた最悪最凶の悪魔は今、東京の埋立地の片隅にて再び目覚めようとしていたのだ。
【 インターナルフレーム外部 】
【 諸内部器官破損状況高速チェック 】
【 外部組織:重度破損 ⇒ 行動可能 】
【 内部人工筋肉系:中度破損 ⇒ 行動可能 】
【 内蔵部動力系:軽度破損一部再起動可能 】
【 ⇒ 行動可能 】
【 慣性質量制御系 】
【 1:ハードウェア破損なし 】
【 2:制御プログラム全消失 】
【 >インターナルフレーム内部ナノマシン 】
【 プロセッサーによる慣性質量制御系 】
【 疑似再構成開始 】
【 〔再構成完了まで735秒〕 】
【 】
【 逃走行動開始可能まで【72秒】 】
72秒
470秒
735秒
――それは悪魔が完全に目覚めるまでの道標であった。
残されている時間はあと僅かである。
@ @ @
そして、時同じくしてここはゴールデンセントラル200の円卓の間――
そこに残っていた幹部たちはファイブが映し出す様々な情報に注意をはらっていた。
空間にホログラム映像による仮想ディスプレイとして映し出されていたのは、ベルトコーネにまつわるグラウザーたちのやり取りだった。そしてそれと並行してネット上で略取した日本と英国とのあいだで交わされた極秘データの〝鍵〟を開ける作業が続けられていた。
ファイブが〝鍵〟を開けるまでの間、天龍やママノーラたちは街の様相を街灯監視カメラやステルスドローンなどの映像を駆使して得られた映像で眺めている。特にママノーラは、部下であるウラジスノフが直属部隊を展開していることも有り、仮想ディスプレイに映し出された映像を憮然とした表情で眺めていた。そんなママノーラに天龍が声をかける。
「ママノーラ」
「なんだい? サムライの同士」
「ベルトコーネをどうする段取りだったんだ?」
一見穏やかに語りかけているが、その言葉の裏には天龍がベルトコーネに対して持っているヤクザとしてのメンツの問題をどう解決するかがにじみ出ていた。ママノーラは内心苛立ちながらも言葉を選びつつ答えた。
「本当は奴がまだある程度動ける段階で、ヤツを逃走させるように仕向けて、この街のメインストリートの向こう側からこっち側へと、ヴォロージャたちに追い込ませる手筈だったんだよ。そしてモンスターがこっち側で一気に畳み掛けて生け捕りにする。なにしろアイツは対アンドロイド戦闘のエキスパートだ。確実に生け捕ってくれるはずだった。でもソレがあの男のせいで段取りが微妙に狂っちまったみたいだね」
あの男――それが何を意味するのか天竜にもよく分かっていた。
「あぁ、神の雷かい」
天龍のつぶやきにママノーラは頷いてみせる。
「どうやらベルトコーネを致命的な状態までシェン・レイの奴が追い込んじまったみたいだ。日本のアンドロイドポリスにベルトコーネのガラを抑えられたのはちぃっと痛かったねえ」
そこまで告げて、手にしていた細葉巻の灰をガラス製の大きめの灰皿へと落としていく。さり気なく視線を天龍の方へと向けて様子をうかがえば、彼のいらだちがより強くなっているのがわかった。
「言い訳するわけじゃないが――天龍のダンナ。ここはウチのヴォロージャを信頼しちゃくれないか?」
「どう言う意味だ?」
「あれも軍隊上がりで戦闘行動についちゃ凄腕だ。特に気配を隠してのステルス戦闘展開についちゃ現役時代にゃスペツナズでも奴が指導教官をつとめるくらいだったって話だ。こうなったら手負いのアンドロイドポリスを全員くびってでもベルトコーネの身柄を押さえるだろうよ」
「だが――」
天龍が言葉を区切る。
「――あんたの女房役からは報告はまだ無いんだろ?」
「あぁ、それかい。あいつはステルス戦闘が得意だ。順調に事が進んでいるか、まだ打つ手が有るうちは余計な報告は一切上げてこない。こっちの意図を理解した上できっちりと成果を出してくる。アイツはそういう男さ」
「それを信じろってのか?」
「不服かい?」
それはママノーラの挑発だった。天龍がここで不服だと吐露すれば、ママノーラの威厳を無いがせにする事になる。天竜がベルトコーネの身柄拘束をママノーラたちに任せている以上、ある程度の結果が出るまでは待つのが筋だ。内心、舌打ちしながらも天龍はママノーラの言葉に首を縦に振った。
「しゃぁねえ。アンタの貫禄に全部あずけるよ」
「ありがとよ。サムライの」
「その代わり、納得できる結果は出してもらうぞ」
「当然だろ? アタシもベルトコーネの遺骸は欲しいからね。たとえバラの残骸でもアレを欲しいと言ってる奴はいくらでも居るからね。ヴォロージャも手に入りませんでした、ダメでしたではすまないって事はわかってるはずさ。まぁ、もう少し待ってておくれよ」
「あぁ」
ママノーラの言葉に天龍は頷きながらグラスを傾ける。その時、ママノーラが不意につぶやいた。その視線はファイブが映し出した特攻装警たちの監視映像カットに向けられていた。
「時に、天龍のダンナ」
「なんだ?」
「このブラウンの髪のちょっとガキっぽい奴は誰だい?」
ママノーラの指差す先には、東京の雑踏の中を歩いて行く姿のグラウザーが写っていた。
「あぁ、そりゃあ日本のアンドロイドポリスの6体目、公称7号機で〝グラウザー〟ってやつだ。たぶんあそこに来ている」
天龍が指差したのは、東京アバディーンにてベルトコーネが暴れていたエリアだった。つまり今、ウラジスノフたちと対峙している状況に有るのだ。
「そうかい――」
ママノーラは不安げにつぶやきながらベルトコーネの身柄を巡って行われている戦闘の様子に注意を払っていた。今、監視映像下ではグラウザーの素顔は映っていない。2次アーマーが装着されている姿が見えるだけである。当然、素顔を出しているセンチュリーは顔立ちも髪の毛も別物であった。
グラウザーの容姿、それがママノーラには微妙に引っかかっていた。スッキリしない思いが彼女の中に巡っている。そしてその思いがファイブへと向けられる。
「ときに銀の同士、〝鍵〟は開けられそうかい?」
ママノーラの問いにファイブはしっかりと頷いていた。
「えぇ、ママノーラのあと2分ほどで解錠できます。もう少々お待ちを」
極秘データの〝鍵〟が開けられるまであと少し。そしてそれはさらなる波乱を呼び込む緒であったのである。

















