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 病院に駆けつけた時には、全てが終わっていた。

 俺が病室に入ると、ベッドの上で天井を見ていた咲がこちらに目を向けた。顔は酷く腫れていて、その表情は虚ろだった。

「咲…大丈夫か」

 大丈夫なはずがない。なのに、他になんて声をかけたらいいのか分からなかった。

「…ごめんね。私が、不注意だったの」

 今にも消え入りそうな声で、咲がつぶやく。俺はベッドに近づいて、咲の手を握った。

「咲のせいじゃない」

「赤ちゃん、死んじゃった」

「咲のせいじゃないよ」

「ごめんね、ごめっ…」

 泣きじゃくる咲を、俺はただ抱きしめてやることしかできなかった。




「誰でもよかった。眼に付いた女を車の中に引きずり込んで、数回殴った。それから、強姦した。妊娠しているなんて知らなかった。…気持ちよかった」


 唸るように低い声で、俺はその言葉を口にした。何度繰り返したのか分からないそのセリフは

「咲を犯した奴の言ったセリフだ」

 アリスは黙って、俺の方を見ている。

「当時19歳。今は…21歳かな。そいつに、俺たちの子供は殺された。でも、法的には殺人罪ではなくて堕胎罪だ。殺人罪に比べて、刑は軽い。強姦だって、死刑になることはまずない」

 怒りで声が震え始める。息をするのが苦しい。なのに、吐き出す言葉は速度を増していく。

「俺たちの子供を殺して、咲の精神を壊して。それでも奴は軽い罪に問われるだけ。今でもあいつは、のうのうと生きてるんだ。俺は」

「許せない?」

 不意にアリスが口を開いたので、俺は驚いてアリスの顔を見る。クッションを抱えた格好で座っているアリスは、何故かとても悲しそうな顔をしていた。いつものような笑顔では、なくて。

「…殺してやりたいと、思った。何度も」

 声がかすれる。

「だけどそれをしたら、俺も奴と一緒だ。ただの、殺人者」

「うん」

 アリスは静かな声で頷いたあと、

「だけど許せないんだよね?」

 確認するように、訊いてきた。


「…お前に復讐を頼んだ場合、どんな風に実行するんだ?」

 俺が尋ねると、アリスは少し考えてから、早口で言い始めた。

「殺さない場合でも殺す場合でも、思いっきり痛めつけるよ。そうだねー…、まずは爪を剥ぐかな。それから、指を1本ずつ折る。で、片目を潰す。潰す時は針を使ってゆっくりと。…まだ聞きたい?」

「…いや、いい」

 俺はため息をついた。復讐、…復讐。あれだけ考えていたのに、

「お兄さんはさ、多分、あんまり復讐は似合わないよね」

 クッションを抱えたまま、アリスが口を開く。

「少しでもためらう気持ちがあるのなら、復讐はやめておいた方がいいよ。後悔する」

「…。」

「仕返しをしないのなら…消去の方かな?さっき、奥さんの記憶がどうこう言ってたよね。何を消したいの?犯人の存在きおく?」

「…いや」

 俺は額に手を当てる。きっと、忘れた方がいいのは


「俺たちの子供の、存在だ」


 アリスの顔が、一瞬だけはっきりと曇った。




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