5
仕返し、あるいは消去。選べるのは、どちらか一つ。
「どっちも選ばない、もありなのか?」
「もちろん。その場合は縁がなかったってことね」
彼女はそう言うと、窓の外を見た。紺色の混じったオレンジ色の夕空に、飛行機が飛んでいるのが見える。それを見ているのかいないのか、彼女は窓から目を離さない。
「…もしも復讐を頼むとして、代金はどうなる?」
「それは、…殺せってこと?」
彼女がこちらを向いた。酷く、真剣な顔で。
「もし、そうなら?」
俺は額に浮かんでいた汗をぬぐいながら、尋ねる。彼女は楽しそうに、目を細めた。
「人の命を奪う場合。対価は、あなたの命だよ」
彼女が冷たい笑顔でそう言った。一瞬、時間が止まる。
「…なーんて」
彼女はけらけらと笑うと、俺の顔を覗き込んだ。
「仕返しの場合でも消去の場合でも、対価は一緒だよ。丸一日、私と一緒に遊んでくれるだけでいい」
予想外の答えに、眼を見開く。
「遊ぶ?それだけでいいのか?」
「うん。遊園地とか動物園とか、そういうところに連れてってくれたらうれしい」
彼女はそう言いながら、白い歯を見せてにかっと笑った。
「で、どうする?」
「…。」
「決められない?」
俺が無言でいると、彼女がうんうんと頷いた。
「ゆっくり考えてくれていいよ。復讐でも、消去でも」
「…消去を選択するとして」
俺はゆっくりと、彼女の方を向いた。
「俺以外の誰かの記憶を、操作することも可能なのか?」
アリスが少しだけきょとんとする。それから、
「具体的には?」
「…俺の、奥さんの記憶、とか…」
そう言うと、アリスは納得したように頷いた。
「できるわ」
消去、という言葉を聞いた時から、考えていたことがあった。
彼女の記憶から、あの子の存在を、…俺たちの子供の存在を、消せたなら。