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誰かを怨んでるとする。それも、殺したいほど。そういう場合、人間がやることは大きく分けると三つ。
殺してしまうか、少しずつ復讐するか、諦めるか。
「諦める、が意外に多いんだよね。復讐する場合、自分の手を汚すことになるから」
アリスはそう言うと両手をあげてソファーから勢いよく立ちあがり、
「そこで私の登場!あなたの代わりに、仕返しします!」
明るい声で叫んでから、小さな声で付け加えた。
「もちろん、仕返しが殺しでも、やるわ」
その顔は、笑っていなかった。
「…俺の代わりに?」
「私が復讐するんだから、完全犯罪よ。だって私、幽霊だし」
彼女は楽しそうに笑う。俺は、笑えなかった。
「人の代わりに復讐をする。それが、仕返し屋なの」
彼女は、右手の人差し指と中指を立てて笑った。
「私にできることは二つあるの。ひとつは復讐で、それが仕返し屋。もうひとつは、【誰かの記憶から、誰かの存在を消すこと】」
「存在を消す…?」
俺はぼんやりとした声を出す。アリスはそんな俺を見て、苦笑しながら言った。
「例えば、【あなたの記憶から、あなたの母親の存在を消す】をしたとする。そしたらもう、あなたは誰が何を言っても、母親の顔を見ても声を聞いても、母親のことを…母親との記憶を、思い出せなくなる」
「母親のことを忘れるってことか」
「そう」
彼女は頷き、そっと目を伏せた。
「ただし、できるのは「一人の記憶から、一人の存在を消すこと」だけ。1対1。つまり【あなたの記憶から、あなたの両親2人の存在を消す】というのはできない。…それから」
少しだけ、彼女の声が低くなる。
「一度消すと、二度とその記憶は取り戻せなくなるから注意してね」
そう言い終わると、彼女はまるで力尽きたようにソファーの上にどさっと座った。フリルのついたスカートが、少し間をおいてから彼女の脚の上に落ちる。
「もしもあなたが復讐したいんじゃなくて、そういう怨みつらみを忘れて平穏に生きたいなら、私はそれをお手伝いすることができる。【あなたの記憶から、あなたが怨んでいる人の存在】を消せばいいの。そうすればあなたは、辛いことは全部忘れられる。それが、消去屋の仕事」
「そんなこと、本当にできるのか?」
「できるよ。私にはその力があるの。ただし、両方の仕事を請け負うことはできない。仕返し屋か消去屋、どちらかにしてね」
彼女の顔はどこまでも真剣だった。それを見て、俺は黙り込む。
「…どっちにするかはお兄さんが決めて」
「どちらか一つ、しかできないのか」
「そう。仕返しか消去、どちらか一つ。両方はできない。…そんなの、ずるいからね」
「え?」
彼女はため息をつくと、蔑むような声を出した。
「結構いるんだよね。復讐と消去、両方頼もうとする人。『あいつに復讐してくれ。それが終わったら、俺の記憶からあいつの存在を消してくれ』ってね。…残酷な復讐をしておいて、自分はそれをきれいさっぱり忘れて生きようだなんて、いくらなんでも無責任だと思わない?」
「…。」
「誰かを不幸にしたのなら、…殺したのなら、一生それを覚えているべきよ」
憎しみのこもった低い声で、彼女は吐き捨てた。