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「仕返し屋…?」
少女はこくりと頷いた。
「そう。あと、消去屋でもある」
「なんだそれ」
俺がそう言うと、少女はあたりを見回した。それから
「お兄さん、周りの人から変な目で見られてるわよ」
そう言われて、俺も周りを見回す。何人かの人と視線がぶつかりかけて、お互いあわてて眼をそらした。たしかに、道行く人から変な目で見られているようだった。
俺の様子を見ていた少女が、くすくすと笑う。
「周りの人から見たら、ずっと独り言を言ってる人みたいだもんね、お兄さんは」
「どういうことだ…?」
「私の姿はね、『お客様』にしか見えないのよ」
そう言うと、彼女は俺の手を握ってきた。
「ね。お兄さんのお部屋に連れてってよ。そこでお話ししましょ?」
「だけど君…」
「だいじょうぶ。私、幽霊だから」
何が大丈夫なのか。第一、自分に霊感なんてないはずだ。困惑する俺の腕を、少女は強く引っ張って放さない。俺はあきらめて、彼女と一緒に歩き出した。
途中、ガラス張りの美容院の前で気がついた。
俺の横を歩いている少女の姿が、ガラスには映っていないことに。
「広いお家!」
マンションに到着すると、少女が嬉しそうに笑った。彼女は部屋に土足で上がっているが、足音がしない。…やっぱり
「本当に幽霊なのか?」
「そうよー」
彼女はリビングをうろうろしながら、どうでもよさそうに言う。
「名前は?」
そう訊くと、彼女の動きがぴたりと止まった。俺の方を振り返って、口だけ歪ませてほほ笑む。それから透き通るような声で、自分の名前を言った。
「アリス」
…服装にぴったりな名前だと思う。が、
「それ、本名か?」
「さあ?」
女の子は首をかしげて、くすくすと笑った。
「それで、お兄さんは誰を怨んでるの?」
アリスは俺に断りもせずにソファーにどかっと座ると、こちらを見上げた。俺はしばらく考えてから、彼女の隣に座る。そして尋ねる。
「どうして分かった」
「え?」
「俺が誰かを怨んでるって、どうして分かった」
「それも殺したいほど怨んでるのよね、お兄さん」
アリスはそう言うと、自分の顔を指差した。
「私のこと、見えてるでしょ?」
「…ああ」
「私の姿はね、『誰かのことを強く怨んでる人間』にしか見えないのよ」
俺は黙り込む。彼女の話が正しいのかどうかなんて、分からない。ただ、嘘を言っているようにも見えなかった。彼女は黙り込んでいる俺に向かって、話を続ける。
「そしてそういう…『誰かのことを強く怨んでる人間』は、私にとってはお客様なの」
「さっきも言ってたな、どういうことだ」
俺の言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに笑う。
「あなたの代わりに仕返しを、あるいは嫌な記憶を消去するのが、私の仕事なの」