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初夏とはいえ、段ボールの中はとても暑くて、息苦しかった。
段ボール箱に入れられた私は、とにかく泣き続けた。母の再婚相手は酷く鬱陶しそうな顔をして、吸っていた煙草を乱暴にもみ消した。それからこちらに近づいてきて、私の入っている箱を蹴り飛ばした。
母の悲鳴。うるさいと怒鳴る声。そして、殴られる音。母の再婚相手は、結婚前はとても優しかった。けれど結婚してから、豹変した。子供はうるさいから嫌いだと言って、私を段ボールの中に入れた。やめてくれと懇願する母の顔を、思いっきり殴りつけた。そして毎日、お酒を飲んだ。
何故かは分からないけれど、私はこの記憶を、上から見るような形で覚えている。
不機嫌そうな男の顔も、泣き続ける母の顔も、鮮明に覚えている。
段ボールの中に、いたはずなのに。
泣き続けなきゃ。そう思っていたはずなのに、泣けなくなったのはいつだっただろう。
私は死んだ。段ボール箱の中で。
それが発覚して、男は逮捕された。だけど、その男からの暴力と私の死で憔悴しきった母は、何度も自殺しようとした。やがて閉鎖病棟に隔離された母は、一日中私の名前を呼び続け、そのあと泣き叫んだ。
子供の魂は、天国に行く。だけど私は母のことが気がかりで、現世にとどまっていた。そして毎日、母の様子を見ていた。何もできない自分の非力さを嘆きながら。
『お前の願いを、叶えてやろうか』
その時だった。声が聞こえたのは。
悪魔との契約。条件は、「天国に行くのも地獄に行くのも放棄すること」。私は永遠に、浮幽霊として現世をさまよい続けることになった。
そのかわりに手に入れた、2つの力。
復讐と、消去。
浮幽霊になった私はまず、男のもとに向かった。そして、刑務所の中でへらへらと笑っている男を、トイレの中で処刑した。悲鳴を上げられないように、まずは声帯をつぶす。それから爪を剥ぎ、指を折り、目をつぶし、耳を引きちぎった。声にならない声で、叫び続ける男。…人間に最上級の苦痛を与えながら嬲り殺す方法を、何故か私は知っていた。
復讐を終えると、今度は母のもとに向かった。そして、【母の記憶から、私の存在を消去】した。
その日から、母は私の名前を呼ばなくなった。男の暴力で受けた心の傷は癒えないけれど、私の記憶がなくなった分だけ、心の傷は塞がったはずだ。
…これでよかったんだ、これで。
私のことを忘れてしまった母は、私の母だけど、私の母ではなくなった。
本当の父がどこにいるのかは、知らない。会う気もない。
人間は、2度死ぬ。
私は、2度死んだ。
そして、ひとりぼっちになった。
けれど不思議なことに、『人のことを殺したいほど怨んでいる人間』には、私の姿が見えているようだった。
人の憎しみは、消えない。悲しみも、消えない。
私は、私の姿が見える人の依頼を受けては、復讐と消去を繰り返すようになった。
それでも、人の苦しみがこの世から消えることはない。
だから、私は、