プロローグ
汝、聖杯を求めるか?
求めるならば争え、奪え、そして渇望せよ
さすれば汝の眼に、聖杯は映るであろう。
我は願わん
汝に、終わりがあらんことを
それでは、思う存分、楽しみたまえ
この虚構の世界で
0と1で出来た世界で
汝らが望んだこの世界で
存分に
欲望をさらけ出すがいい
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「二人とも走れっ!!」
この世界では主流の武器、片手剣を右手に持った俺は、自分よりもランクの低い二人を逃がすために剣を構えた。相手のモンスターランク|(以下MR)は少々高いものの、今までパーティで狩って来たので戦闘パターンは大分わかっていた。
(出来る……っ!!こいつ等を逃がして、オレも生き残るぐらい楽勝だ!!)
目の前にいるのは一匹の飛竜。本来なら初心者用のエリア『ムズガルズの森』には出現しないはずの『ワイバーン』だ。
主に中級エリアに出現するそいつは、ランクが四桁程度のランカーなら赤子の手を捻るより簡単に倒すことの出来るモンスターだが、今だランク六桁の俺にとっては中ボス級並の強さはある。
それでも、何回も何回もパーティで戦ってきたので(当然負け試合は多かったが)倒すならまだしも、挽きつける自信はあった。
と、後ろで怯え竦んでいた少女――見るからに魔術師だ――は落ちた帽子を手に取ると、混乱した目でこちらに話し掛けてきた。
「え、あ、あなたは……」
「ギルド『紅の英雄団』所属のカエデだ!ここから三百メートル先程度に初心者用のキャンプが張ってある。そこまで走って逃げろ!!」
「で、でも、ワイバーン相手に一人じゃ……っ!」
責任感の強そうな槍使いが、無謀にもプレイ開始時配給されるショートスピアを構えて前に出ようとする。
が、始めたばかりの八桁ランカーと共闘するには敵が強すぎる。
「実戦経験も無い初心者が戦える相手じゃない。出来ればキャンプの近くにいるギルドメンバーを応援に呼んでくれ、頼むっ!!」
迫るワイバーンの攻撃を片手剣で防ぎながら、もう一方の手で蛮勇を奮おうとする男を制した。
こちらの真摯の願いが伝わったのか、こちらを何度も振り向くが二人は舗装された森の道を走っていった。
その姿に一安心すると、空中から鋭い爪で攻撃を仕掛けてきたワイバーンに向かってカウンター気味に羽を一閃し、苦痛の悲鳴とともにワイバーンが再び舞い上がった隙に懐からビンに入った回復薬を一気飲みする。
「あ~、ちくしょう。何度飲んでもなれないな、この苦い味」
環境云々を考えずに、木々の間に空き瓶を投げ捨てた。
回復薬独特の苦味に顔をしかめると、怒りで咆哮しているワイバーンを睨みつける。
正直な話、状況はあまりよろしくない。生粋の剣士職である俺は、仲間の魔法剣士のナンパ野郎のような回復術は使えないし、魔術師の(とてもカワイイ)幼なじみのように遠距離技は持っていなかった。
つまり、俺が攻撃するには飛び上がって斬る、又はカウンターするかの二択のみだ。多分と言うか、絶対に防戦一方になること確実だが……、
「二人がキャンプまでついてくれれば大丈夫か。今日は物好きな大将もいることだし」
初心者狩りに怒るあまり自らが予定していた大遠征をキャンセルして、この初心者エリア『ミズガルズの森』までやってきた『ギルドマスター』を思い出して安堵の溜息をつく。
そう、持ちこたえればいいのだ。
VRMMORPG【ユグドラシル】で最強ランカーと呼ばれる『炎髪の大英雄』が応援にくるまで。
「こいよ化け物。英雄が来るまでの時間稼ぎに遊んでやる」
真っ赤な髪を掻き揚げて、カエデは不敵に微笑んだ。
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汝、聖杯を求めるか?
求めるならば世の果てまでも願いつづけ、叶える意志を持て
さすれば汝の眼に、聖杯は映るであろう。
我は願わん
汝に、始まりがあらんことを
それでは、思う存分、楽しみたまえ
この夢の世界で
0と1で出来た世界で
汝らが望んだこの世界で
存分に
その勇気を試すがいい