変わらぬ愛
1年ほど前に書いたものを加筆修正したものです。連載の方は不定期となります。カクヨムで投稿始めました。
「必ず、この花を持って。貴方に会う」
「だから……!」
待って、君は、君はだれ……
そこで目が醒める。知らない夢。なのに、妙にリアル。でも別れ際の様に感じた。別れ際は多くてどれかも思い出せない。
私は転勤族だったから、何度も転校して、こんな別れ際はその度経験している。最近、6、7年前、小学生くらいの時に住んでたこの町に戻ってきた。ふと窓の外へ目をやる。
庭に向日葵。季節柄もう枯れかけだが家の花壇だから向日葵園の様な大きなものでは無い。この花壇は母の趣味だ。他にもクレマチス、チューリップ、薔薇、芍薬、花水木。季節柄咲いていないものもあるが、これら全て母が育てている。今度はアネモネとパンジーを植えたいらしい。ただでさえ今は柚子と椿の低木がヒヤシンスとコスモスの日光を遮っているのに何処に植える気なのか。
可哀想に枯れたリンドウはもうとっくに忘れ去られている。枯れてしまった地味な花には見向きもしない。それにこの花粉症には地獄だ。実際父は花粉症だから全く花壇へ近付かない。私は匂いがキツすぎるし虫が多いから近付きたくない。母はこの花を使って香油を作って売っている。趣味の一環らしい。そんな事もしているので家族誰も母を止められない。
マリーゴールド
リンドウよりも影が薄く花壇の隅に追いやられている。母はすっかり忘れている。しかしいつからあるのか分からないほどにこのマリーゴールドは長い間生えている。花も小さく弱々しい。なのにずっと生えている。私は正直に言うとマリーゴールドは余り好きでは無い。理由は知らない。
しかし、しかし何か……何か嫌いなのだ。昔からだ。その裏には、何かがあった気がするが、それも思い出せない。
向日葵が終わり夏が終わる。秋桜が咲いて秋が訪れる。そして十月も半ばを過ぎればマリーゴールドが咲く。その花言葉は、嫉妬。
何故マリーゴールドが嫌いなはずの私がその花言葉を知っているというと、昔マリーゴールドが好きな子がいた。クラスは違がったが、家が近所でよく遊んでいた。私はアネモネが好きで、マリーゴールドよりアネモネの方が可愛いと思っていた。
しかしその子はにっこり笑ってマリーゴールドを愛でていた。何故そこまでその花を気に入っているのか、そう訊くと彼女は……なんと答えたのだろうか。だめだ、あの子に関係することが殆ど思い出せない。あの子の名前は何だっだろうか。声と、マリーゴールドが好きだったという事だけが鮮明に頭に残り、顔も上半分が靄がかかったように思い出せない。まるで、頭が思い出すことを拒否するように。
彼女は……誰だったのだろうか。そういえば、前に友達とどんな女性が理想かと話した。あいつは薔薇の様な女性と話していた。どんな女性か、つまり華やかで美しい自信に満ち溢れた女性ということだろう。
私は百合のような女性と答えた。艶やかで華やかな、というより静かで儚げな、それでいて目を引くような美しい……いや、それはどちらかと言うと表向きの好みかもしれない。どちらにせよ、そんな理想の女性がいる訳もなく、私達には彼女すら居ない。恋人のいない私達は恋人がいれば理想なんていらないと笑っていた。
あの子はマリーゴールドが好きな理由はもう一つの花言葉と言っていて、私にその花言葉の一つは嫉妬だと教えた。良い花言葉だとは思わなかった。どこに好きな要素があるのだろう。するとあの子は私にクローバーの花言葉を調べてみてと言ってきた。
彼女に言われた通り、私はその日クローバーの花言葉を調べてみた。一つは私の知っている幸福、そしてもう一つは復讐。その時の幼い私は多分純粋に驚いたと思う。こんな恐ろしい花言葉が隠されていたとは知らなかった。マリーゴールドの花言葉は調べ損ねた。誰かがその後教えてくれた気もした。しかしその花言葉を覚えていない。
結局、だからと言って彼女がマリーゴールドの花言葉が好きな理由は分からず、その事も忘れていた。
次の日あの子にこの事を伝えようとした。しかしあの子は来なかった。次の日も、その又次の日も。聞けば引っ越したという。クラスの違う私はそのことを知らなかった。知らず、あの日が最後だったのだ。
無性に腹が立った。何故私にその事を言ってくれなかったのか。連絡を取る方法もなくやり場のない怒りに悶々としていたが、その後私も転校し今の今まで思い出さなかったのだから彼女に怒ることは出来ないかもしれない。
「っ……!?」
思い出した。あの時のこと、今の今まで思い出さなかったのに、あの、七年前のことを。
あの子は別れ際私に一輪のマリーゴールドを渡して来た。私はよく分からなかったが、お返しに家の庭に咲いていた勿忘草を渡した。花言葉を知らずに。いや、勿忘草という名前すら知らなかった。私にとってそれが可愛く見えたからあの子に渡したのだ。
あの子は少し驚いた様な顔をして、
「必ずまた逢う。そして逢う日は、私はこれとこの花を。貴方はその花を。必ずこの花を持って、必ず貴方に逢う」 と、話した、気がする。当時の私には意味が分からなかった。
「だから…!」
その先はなんと言ったのか。また思い出せない。依然彼女の名前も分からない。
思い出しきれないもどかしさが気持ち悪い。
とりあえず服を着替え身だしなみを整え庭に出た。
華やかに咲き誇る薔薇達
影で弱々しく咲き枯れてしまっているリンドウ達
前者はまだ母に愛されている。しかしこれもいつかは後者のようになってしまうのだろうか。そして、この後者の花達はまたいつか母に愛される時は来るのだろうか。
マリーゴールドはもうすぐ咲くはずだ。普通なら。しかしこの日当たりの悪いところの小さいマリーゴールドは果たして咲くのだろうか。
眺める。マリーゴールドを。
ああ、だめだ、だめだ。大事なことをなにか忘れている。
それはなんだろうか。なんなのだろうか。
破ってはいけない、約束。
「っ……!」
七年前。あの時の約束。ようやく全て思い出した。もし、もしまだ彼女があの約束を果たそうとしているならー
この約束は破ってはいけない。
直ぐに庭から勿忘草を摘んだ。そして、マリーゴールドも。咲いていなくても、それでも。走り出した。今、行かないと行けない気がした。いや、今じゃないとだめなんだ。
そして夢中で走り目指したのは
あの時の、公園
かつて私があの子と遊んだ場所。いや、あの子ではない。私は彼女の名前を思い出した、今。私はこちらに戻ってきたから行けない距離では無い。確実ではない。寧ろいない可能性の方が高い。それでも、行けばあの子に……忘れてはいけない彼女に逢える気がした。
公園が見えた。その公園に立っていたのはー
「ぁ、綾ちゃん……」
声を震わせて、その子の名前を呼ぶ。
あの子の名は、彼女の名前は、
「綾ちゃん、僕のこと……」
気付いたら、一人称は幼き時のそれに戻っていた。
少女は、綾ちゃんはこちらを振り向いた。
「え……」
綾ちゃんは目を見開いて驚いていた。
「綾ちゃん僕は……」
でも彼女は直ぐに表情を変え、半笑いで話しかけてきた。
「やっと、やっと来たんだね。遅いよ。ほんともう。あの日の約束を、まさか覚えてないの?」
君は、と続ける。
「君は言った。マリーゴールドを持って僕は君に逢いに行く、君はマリーゴールドと勿忘草を持って僕に逢いに来る。」
正解、と彼女は笑った。
「そうだよ。私はあの日この町で過ごす最後の日だった。寂しくなっちゃうから、貴方には言わなかったけど。」
と綾ちゃんはクスクス笑った。
「でも、あの時約束した。貴方に逢いたいから。マリーゴールドを持って私に逢いに来てって。帰って来れるはずの、五年後に。こんな事頼む予定じゃなかった。でも、貴方が勿忘草なんか渡してくるから。」
「私を忘れないで。勿忘草の花言葉。貴方のことだから多分そんなの知らなかったんだろうけど。でもそれでも私は嬉しかった。そして貴方を忘れない。あの日から七年と二ヶ月と九日オーバー。私ずっと待ってた。貴方に想いを寄せて。だって貴方は……」
「僕は……?」
「私の、初恋だもの」
彼女は顔を赤らめそう告げた。
「僕……が、初恋……?」
私は衝撃で固まった。彼女が想いを寄せていた事も驚きだが、そんな事の為にこんなにも長い間待っていたのか。
それと同時に、気付いた。マリーゴールドを渡した理由。
変わらぬ愛
今になって思い出したマリーゴールドの花言葉。もう一つの花言葉。彼女はこの事を言っていたのだ。
七年。
マリーゴールドに想いを寄せて待っていた。その愛は、あの時から七度目のマリーゴールドの季節まで、変わらぬ愛を持ち続けた。
そして、私があげた勿忘草。あなたを忘れない。彼女は待ち続け花言葉を守り続けた。私の為に。
それは、それはとてもとても、深い、深い
「僕も、貴方が、好きです。」
愛だ。
彼女は嬉しそうに笑って、僕に抱きついた。
毎日毎日私を待っていた。変わらない愛で。なんと深い愛だろうか。
私がマリーゴールドを好きではなかったのは、この事を思い出すからだったからだろうか。
好きだった彼女を思い出すから。しかし、マリーゴールドの季節に、再び全てを思い出せたのは、偶然か、必然か。どちらでもいい。母の花壇に今感謝した。あの暗く小さなマリーゴールドが、一番大事な鍵を握っていた。
寒くなった朝の公園は、金木犀の横にマリーゴールドが自生していた。
……嗚呼、マリーゴールドの季節だ。今年も変わらぬ愛を咲かせる。
今ならマリーゴールドが好きになれる気がした。
いや、私はマリーゴールドが好きだ。
〜[完]〜
フラワーストーリー短編 テーマ「マリーゴールド」
タイトル 「変わらぬ愛」




